腐敗しゆく平和
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
瞼を貫く陽の光のせいか、寝苦しさのせいか、それとも両方なのか、眠っていた私は覚醒した。そして、体を縛られ自由を奪われている事に気が付く。
「え、はあ!?何!?これ何!?どうなってんの!?」
「お早う、名前」
ベッドの左側に厭らしい笑みを浮かべる地底人、基、半兵衛さんが立っていた。
「あなたの仕業ですか、半兵衛さん」
「駄目だよ。今、僕の事はご主人様と呼ぶんだ」
「頭と心に蛆が湧いてるんですね。どうでも良いですけど解いてくれませんか?私、学校に行かないといけないんで」
「君が今まで僕にしてきた事に対してのお仕置きも兼ねて君を調教してあげるよ」
「自分から学費払ってくれたくせに学校に行かせないってどういう事ですか!?」
「学費を払ったのは、君の側にいる為の手段だよ。君だって気付いていたんだろう?」
自分からばらしちゃったよこの人!いや、気付いてたけどね!気付いてましたけどね!多分、今ばらした所で家から追い出せない事を確信した上での発言なんだろう。
「兎に角!今すぐ縄を解いて下さい!」
「何事も初めが肝心だからね。優しく出来るかは保証しないよ」
そう言って馬乗りしようとしてくる半兵衛さん。私は体を右に転がし、足を持ち上げ体ごと勢い良く左へ反転させた。足は半兵衛さんの顔面に見事クリーンヒットした。相手の手足を縛って優越感に浸り油断していた半兵衛さんは床に沈む。
その隙に体の自由を奪う縄から自力に脱出し、時間を確認してみれば、もう家から出なければならない時間だった。
舌打ちをした私は、床で既に死んでいるが、死んだ様に横たわる地底人を尻目に学校へ行く用意を始める。
リビングの机に美味しそうな料理が並べられていたが、半兵衛さんが作ったのだろうか。残念ながら朝食を摂る時間もない。私は鞄を持ち、急いで玄関に向かう。今から全速力で走れば何とか間に合うかもしれない。
「……名前……ちょっと待つんだ……」
靴を履いている時に後ろから半兵衛さんの声がした。振り向くと、顔を押さえながらよろよろと歩いて来る姿があった。声からしてもどうやら相当なダメージだったみたいだ。でも、私に罪悪感などない。
「朝食、食べていかないのかい?」
「時間ないんで」
「折角、作ったのに」
「うん。じゃあ何で私を縛ったんですか。縛らなかったら食べれてましたよ、きっと」
「作り終えた後に名前を起こそうとしたら、寝顔にそそられてしまってね…つい」
「行ってきまーす」
「待って」
まだ何かあるのか、半兵衛さんが腕を掴んで私を止める。
「これ」
差し出されたのは丁寧に布で包まれた箱だった。黙って受け取ったその箱を私はまじまじと見る。
「…お弁当ですか?」
「そうだよ」
素直に喜び、感謝の一言を言いたい所だが、そうしないのは作った人物が半兵衛さんなのに問題がある。
地底人だが、作る料理のレパートリーが泥団子だけじゃないのはリビングの机に並べられていた料理で証明されている。心配なのはそこじゃない。
「変な物入ってませんよね?」
「僕が食べ物に催淫剤を入れるなんて姑息な手段をすると言いたいのかい?」
「誰もそんな具体的な事言ってません。でもあなたならやり兼ねません」
「大丈夫だよ。そんな物は入っていないから。何か入っていると言うならば、それは僕の愛情だけさ」
吐き気を催す発言に耐え切れず私は黙って家を飛び出した。もう付き合い切れない。気持ち悪いお弁当は廊下に置いてきました、気持ち悪いから。半兵衛さんの冗談は心底笑えない。心底笑えないし、心底気持ち悪い。全く、朝から憂鬱だ。
学校にはギリギリ間に合った。通い慣れた筈の場所に暫く来なかっただけで何故か緊張してしまう。けれど、それも最初だけで、直ぐに以前の学校生活を取り戻せた。
時間はあっという間に過ぎてお昼休みの時間となった。気持ち悪いお弁当を拒絶した私は購買部にパンを買いに行こうとしていた。元々お昼はそうするつもりだったし、鞄を机に置いて財布を探す。
「おい、苗字。ちょっと来なさい」
教室の前の入り口から担任の先生が私を呼んだ。財布を探すのを一旦止め、鞄はそのままにして席を立ち、先生の方へ向かった。
「何ですか?」
「あぁ。お前に忘れ物を届けにくれた人が来てな」
「はい?」
「ほら、あの人だ」
私は教室から廊下に顔を出して先生が指差す方を見る。
少し離れたそこには、学校の制服に身を包む生徒に紛れ、私服の男性が立っていた。左手だけ不自然に手袋をはめ、白い髪とは対照的な黒いサングラスを着用しているので顔は見えないが、残念な事に私はあの人を知っている。知っていたくはないが、知っている。だから、思わず叫びそうになった。
「弁当を届けに来たそうだ。良かったな間に合って」
このまま、気持ち悪い届け物を持ってお帰り願いたかったがそう言う訳にも行かないので走って奴の所まで行った。
奴は走って来る私に気付いたみたいで、笑顔で迎える。
「やぁ」
「やぁ、じゃねぇよ!何しに来たんですか!」
「何しに来ただなんて酷いな。名前がお弁当を忘れたから僕が親切で届けに来てあげたのに」
「忘れ物じゃないですよ、態と置いて来たんですよ!寧ろ私にとってそれは忘れ物じゃなくて記憶から忘れたい物ですから!」
「そんな事言って。君は僕が届けに来るとわかってて態と忘れたんだろう?僕には全てお見通しだよ」
「あー、もうこの窓から落ちて下さい。落ちてそのまま埋まって下さい」
折角、学校で平和な時を過ごしていたのに!学校に居る時だけ全てを忘れられていたのに!何故、来る!何故、来た!あんまり彷徨いて目立つ様な事しないで下さいよ!もう少し自分の立場を弁えて下さいよ、頼みますから!
「苗字!」
先生は他に私に用事があったのか、まだ教室の前に居て私を手招きしている。
「教師の分際で僕達の邪魔をするなんて。一度思い知らせておこうか」
「何をだ。あなたこそ何様ですか」
「僕は君の旦那様兼ご主人様だよ」
「その気持ち悪い箱を持って今直ぐ土に還れ」
私は半兵衛さんからお弁当を受け取る事なく、先程から待たせてしまっている先生の元へと足早に戻った。
「何でしょうか」
「あの人は一体誰なんだ?校長先生が許可したからここまで案内はしたが」
あー、まずい。こんな事を聞かれてどう答えたら良いなんて一切考えていなかった。何て答えれば良いんだ。早く答えないと何か怪しまれる。
「あー…あの人は…親戚のー……親戚の親戚の……親戚です」
「お前、それ最早他人じゃないか?」
しまった、親戚過ぎたか!!でも、あんまり親しい仲だと思われたくない!
「僕は名前さんの配偶者ですよ、先生」
いつの間に隣に居たのか、土に還らなかった奴はあろう事か恐ろしい発言をした。配偶者って何だ!私は青春真っ盛りの学生だぞ!何でそんな事を言う!自分の人生が既に終わってるからって、人の人生を狂わすのがそんなに楽しいのか!?え!?
それより、先生が勘違いされる前に何か言わないと!
「せせせ先生、違うんですよ!この人は」
「おー、なんだ!苗字の彼氏さんか!そうか、そうか!」
遅かった!
「いやあ、正直先生は苗字の事が心配だったからな。こうゆう頼れる人が居るとわかって安心したよ」
「大丈夫です先生。名前さんは僕が幸せにします」
「先生!私の顔が幸せそうに見えますか!?」
「ははは、苗字は照れ屋だな」
「えぇ。でもそんな所も含めて僕は彼女を愛しています」
うおい!!もうお願いします!もう本ッ当にお願いしますから、黙って死ぬか、死んで黙って下さい!
「じゃあ僕は帰るよ。また後でね、名前さん」
人前で、しかも担任の先生が居るのにも関わらず、耳に口付けをされた。流石にこれには絶叫してしまい、殴ろとしたが私の拳は素早い身のこなしで避けられ、奴は手を振りながらニヤリと笑って去っていった。死ねば良いのに。
「いやー、良い恋人が居てよかったな苗字!」
「先生の目は節穴です」
「あ、そうそう。これ渡しといてくれって、あの人から預かったぞ」
一体、何を預かったのかと思えば先生の手中には気持ち悪い箱があった。うっわ、最悪だ!どのタイミングで先生に渡していたんだ!
受け取りたくはなかったが、迷惑は掛けられないので私は渋々、お弁当を受け取る。誰かに毒味してもらおうか。
「苗字」
「はい?」
「お前の彼氏さんだけどな」
「彼氏じゃないです。親戚の親戚の親戚の親戚の親戚です」
「さっきより親戚過ぎないか。じゃなくてな、先生あの人をどこかで見た事ある気がするんだ」
「黒いサングラス掛けてるからタモリさんと間違えてるんじゃないですか」
「それはない」
先生はその後も腕を組んで唸っていた。私は先生は呆けが始まったんだと思っただけで、その時は何も気に止める事などなかった。手にある気持ち悪い箱をどう処理するかで頭が一杯だった。
その場で気持ち悪い箱を開封した私は先生に毒味してもらい、何ともなかったのを確認してからお弁当を食べた。意外にも味は美味しかった。
「もう学校に来ないで下さいよ!何ですか、眼鏡の代わりに似合わないサングラスなんかして。有名人気取りですか!」
「そんなに似合ってなかったかい?」
「サングラスが半兵衛さんを拒絶してました」
「それは違うよ。サングラスが僕を拒絶したんじゃなくて、僕がサングラスを拒絶したんだ」
「意味がわからない」
腐敗しゆく平和
(花嫁の憂いは深まるばかり。)
MANA3*080719