番外編01_終わりへと歩み始めた日
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「今日は僕の誕生日なんだ。」
燦然と亡者はそう言った。棒アイスを食べながらソファーで寛いでいた私は一旦、観賞していたテレビから視線を外し、それを無表情で見遣ってからそれは、はっきり言って向き損だったことを思い知る。
「あっそ。」
「うわ…つっっめった…。もっと何か言うことはないのかい?」
「はいはい。おめでとう、おめでとう。面白い、面白い。」
「愛する夫にそれだけ?」
「早く、お手頃な墓石が見付かれば良いですね。」
「てか、左手の骨剥き出しになってる状況でよく誕生日がどうだとかほざけますね。」と言ってやりたかったが、嫌な予感がしまくりなので、私はもうこの話題に触れたくはなかった。そんな私の心情を知ってか知らずか死んでも尚、恥を晒すかの如くの煩悩まみれの奴がそう簡単に引き下がる訳がなかった。
「じゃあ、手始めにキスを…」
「手始めって何ですか、手始めって!何もかも終わってるあなたに一体何が始まるって言うんですか!」
ソファーの隣に座った半兵衛さんは私の当たらなくて良い予感通りの発言をするもんだから、全力で拒否した。誕生日とか関係ない。私にとってこの人の誕生日とこの人に出会した日ほどの厄日はない。
この人とキスなんかしたら現代の医学では手の施し様がない謎の伝染病にかかってしまいそうな気がする。あれだ。称するならば死の接吻だ。いや、そんなRPGに出て来る技みたいな格好良い響きのものではない。死の接吻改め、泥裡に土塊を洗うだ。いつだったか口に砂が入って嫌な気分になるあの思い出が蘇る行為に違いない。
「酷いよ、名前。今日は僕の誕生日だと言うのに。」
「さっき、聞きましたよ。あなたから。それにですよ、半兵衛さん。誕生日だからと言って、その日が必ずしも自分が幸せになれる日だと決まっている訳じゃないんですよ。もしかしたら、その日が自分が土に埋没する日になる可能性は誰にも否めないんですよ。」
「僕はただ名前と一緒に居られるだけで幸せなんだよ。そう、ただ今夜、君を辱しめる行為をさせてくれるだけで僕は」
「おぉ、台無し。台無しだよ、半兵衛さん。後、一生のお願いです。 消 え ろ 。」
「いやぁ、だって名前のアイスを食べてる姿が僕には誘っているようにしか見えないから欲情するのは仕方がないことだと思うんだ。」
「あー、半兵衛さん。このアイスを食べ終えたら残った棒に半兵衛さんの名前書いてお墓を作ってあげますからそれが私からの最初で最後のプレゼントってことで。お誕生日おめでとうございます。そして、さようなら。永遠に。次はこの世に生を受けなければ良いですね。」
手作りのお墓とか凄く心が込もっていると思う。私の場合は憎悪が込もってるけど。それも半兵衛さんの言動に原因があるから仕方がないことだ。これは因果応報なのだ。半兵衛さんは自分の本能にあまりにも忠実過ぎた。己の醜い欲深さを冥土で悔いればいい。
「名前。」
足の間のスペース空けて、そこをぽんぽんと叩く半兵衛さん。嫌でもその意図がわかってしまった私は冷めた眼差しを地底人に注ぐ。
「おいで。」
「 お 断 り だ 。」
誰が行くか。誰がそんなデンジャーゾーンに行くものか。危ないとわかっていながら自ら危険領域に飛び込む愚行は犯さない。もう私は見す見す身を危険に晒すだなんてことはしない。
「そんなに警戒しなくても何もしないよ。」
「私はもう竹中半兵衛という名のありとあらゆる生物の言うことは例外なく信じないって決めてるんです。」
「じゃあ、僕のことは信じてるってことなんだね。嬉しいよ。」
「何でだよ!何でそうなるんだよ!竹中半兵衛という名のって言っただろうに!お前誰だよ!お前は何処の誰なんだよ!」
「とにかく、ここに来てくれないか。話はまずそれからだ。」
「意味がわからない、断固拒否する。」
今日の半兵衛さんはくどい。いつも以上にくどい。重ねて、うざい。誕生日だからと言って調子に乗っている。そして、半兵衛さんが調子に乗ることによって被害を受けるのは私だ。被害が私に集中するのだ。それを阻止するには奴を成仏させる他にないのだろう。
「隙あり!」
「のわっ!?」
やはり、ここは再び地上に這い上がって来れぬように地中深くに埋没してその上にアイスの棒を聖剣みたく突き立てるべきかと考えていた時に、横から伸びてきた腕に体を抱き締められ、ずるずると引き摺られながら私の体は危険領域へと収まってしまった。
「ちょ、ちょっと!離し、離して下さい!!はな、離せ変態があああ!!!!」
「意味がわからない、断固拒否する。」
嗚呼、
純 粋 な 殺 意 が 芽 生 え る 。
脱出を試み、懸命に藻掻くが私を捕縛した腕はびくともせず、外れる気配はない。こいつ!見掛けによらずマッチョ野郎だというのか!巷で噂の細マッチョとかいうやつなのか!左手に至っては細いの度を通り越して成れの果て状態になっているが!くそっ!こんな状況に陥ってしまうのなら山に籠って修行をして素手で熊を倒せるほどの力を身に付けて『熊殺しの名前』の異名を持つべきだった!世界一の格闘家を志せばよかった!
「逃げないで。」
今更しても意味がない後悔を足掻くことを止めずにしていると、耳の傍で囁かれる切ない声。自然と抵抗を静止してしまう。その間隙にも体は強く抱き締められる。優しくもありながら恐ろしくもある、酷く矛盾めいた感覚に襲われた。
「少し…少しだけで良いから、このままでいさせてくれないか…。」
そう言うと、半兵衛さんは私の首筋に顔を埋めた。白の柔らかい髪が当たってこそばがゆい。何故だろうか。抵抗する気が起きなくなってしまった。これも、急に半兵衛さんが不意にやるせない声色なんか発したせいに違いない。
私は半ば諦めていた。意外にも半兵衛さんが本当に何もしてこなかったからだ。抱き付かれてはいるのだが、予測していた様な如何わしいことはなにもされない。何だかこれはこれで羞恥心に駆られはするけれど、誕生日のプレゼントとして満足してくれるなら、私は少しの間だけ我慢することにした。
一体、あれから何分経ったのだろうか。確かなのは平均的な少しは越えてしまっていることである。半兵衛さんは私に抱き付いたまま微動だにしていない。少しって言ったじゃないか。あなたの少しはいつまでなんだ。半永久的じゃないか。まさか、寝てしまったのか。それとも本当に死んでしまったのか。そろそろ、この体勢もきつくなってきた。もう、色々と耐えられくなってきた。何よりもトイレに行きたくなってきた。
「………は、半兵衛さん…?」
「…何だい。」
ちっ、まだ本当にくたばってはいなかったか。
「そろそろ、退いてもらえませんか?トイレに行きたいんで。」
「別にいいよ。ここでしても。」
「いいわけあるか!あなたが良くても私が嫌だよ!とにかく、もう終わりです!離れて下さい!早く、行かせて下さい!」
「早く、イかせて下さいだなんて今日の名前はえらく積極的だね。」
「お前、体をバラバラにしてトイレに流してやろうか!?」
再開される攻防戦。もうこれ以上この地底人を調子に乗らせるわけにはいかない。奴の首をへし折らないとここから抜け出せないというならば、今の私は迷わず奴の首を捻り折る。そして、この死体を土臭い醜悪な思い出と共に埋没させる。
「名前の肌ってすべすべだね。」
「ちょっ、いい加減に、」
「あ。思った通り、名前の胸って、丁度僕の手に収まる大きさだね。これはもう運命としか言い様がないよ!」
「ぎゃあああああ!!!!!!人の胸触って勝手に運命感じんな!!!!!!」
「あれ?どうしたんだい名前、体が震えているよ?もしかして―」
感じてるのかい?
終わりへと歩み始めた日
(今、庭にはアイスの棒が突き立てられています。)
MANA3*090927