生と死のスクウェア
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人に取って家とは安らぎであり、憩いの場所であり、って以前にも全く同じ事を言っていた様な気がする。そして当時と同じく私は自分の家の前で立ち往生していた。加えて帰ると宣告した時間は疾っくに過ぎてしまっている。連絡は一切していない。絶対に心配しているだろうな。そうだ、ここでこのまま立ち止まっていても始まらないし、これ以上彼等に取り越し苦労をさせない為にも私はノブを握り玄関のドアを開いた。
「ただい―――」
「待っていたよ名前―」
「名前ッ!!!!」
一瞬、頭痛を引き起こすデジャヴュに襲われたが元就さんがその原因もろとも手加減なしで壁に突き飛ばした御蔭で悪夢の再来は未然に防がれた。いつもは粛々とした振る舞いで落ち着きのある元就さんが血相を変えてドタドタと足音を響かせながら走って来てそのまま私をがばっと抱き締めた。ぐへっ、苦しいっ。
「嗚呼、名前!無事であったか!名前!」
私の名前を呼びながら存在を確かめるかの様にぎゅうぎゅうと強く力を込める元就さんの両腕。冷静さを失い周章狼狽する元就さんの様子からして予想以上に心配をかけてしまったらしい。てっきり叱られると思っていたのだが自分が仕出かした事の重大さに焦燥と罪悪感が入り混じる。それと並行して家族を失ってしまった私にとって、家で私の帰りを待ってくれる、私を心配をしてくれる存在が居る事に心が温かくなる。但し、一人は例外とする。
「そなたが約束した時間を過ぎても帰って来なかった間、生きた心地がしなかった。」
「いや、もう死んでるし!」と突っ込みそうになったが相手があの元就さんなので冗談なのか本気なのかわかり兼ね、突っ込むべきか突っ込まないべきか判断に迷う。半兵衛さんなら躊躇せず「もう死んでるだろうが!寧ろ肉片残さず消え失せろ!」と喉元に手刀を抉り込ませると言うのに。この様子からして恐らく冗談ではないのだろう。
「…ごめんなさい…。」
「いや、名前が無事で何よりだ。」
「本当に心配をかけてすみません。」
「名前!!僕も心配したんだよ!君が居ない間、僕がどれだけ引き裂かれそうな思いで―」
「お前は黙れ。物理的に私が引き裂いてやろうか。」
「何この扱いの差!」
「して、―――」
元就さんの目付きが鋭く険しいものとなり眉間に深く皴が刻まれる。腕を組んで立つ半兵衛さんも同様だ。完全に威嚇し敵視する冷たい視線の先には男が一人。
「貴様、何者だ。」
「まさか、彼女の帰りが遅れた理由は君にあるんじゃないだろうね?」
あまりにも露骨に敵意を剥き出しにする二人の手厚い歓迎に対して男は気圧されもせず怖じ気づく気配もなく堂々としている。それどころか、二人を挑発しているのかニヒルに笑ってみせた。
「Ha!初対面の相手に対して随分な持て成しだな。そうだな…俺はそこに居るkitiyのlover、とでも言っておこうか。」
「はあ!?!?」
「何だって!?!?」
「何だと!?!?」
男の突拍子もない事実無根の発言に私と半兵衛さんと元就さんが同時に叫ぶ。そのリアクションを見て、男は悪びれもせずニヤニヤと厭らしく笑っている。態々、何故そんなすぐにばれる嘘で煽って来るのか。男の気がしれない。
「な、なな何言ってるんですかあなた!」
「何だ?照れてんのかhoney?」
「照れてもいなければ況してやキティでもラバーでもハニーでもない!」
「戯れ事を…!その様な空言を我が信じると思うてか!」
「僕が居ながら君と言う人はまた浮気かい!?やはり、鎖に繋いで監禁でもしなければいけない様だね!」
「私より初対面の男の言う事を鵜呑みにするお前は何なんだ。阿呆なのか。阿呆なんだな。」
阿呆の喉元に手刀を抉り込み、相手を沈黙させてから私達は場所を玄関からリビングに移し話をした。
「そんな訳で私はこの伊達さんに命を助けてもらいました。」
「また死人とは、ね。名前、君の体質は一体どうなってるんだい。」
「え、それをあなたが言いますか。あなたが。そして、まるで私の体質が悪い様な言い方がとてもじゃないが解せない。」
「俺の事は政宗かdarlin、何ならご主人様と呼んでも構わないんだぜ?」
「では、お言葉に甘えて変態片目野郎と呼ばせて頂きます。」
「愚かだね、政宗君。名前にとってのダーリンもご主人様もこの僕以外に有り得ないのだよ。」
「愚かなのはお前だよこの変態眼鏡が。」
何でこんなに死体が寄って来るのか何て私が一番知りたいわい。人生初のモテ期がまさかこんな事態になろうとは。こんな死臭が香しいモテ期なんて嫌だ。しかもこの伊達政宗さんとか言う人、半兵衛さんと同じ匂いしかしない。頭が可笑しくなり過ぎて首がもげてしまったに違いない。可哀相に。一番可哀相なのは私だけど。真面な人が元就さんしか居ないではないか。その元就さんも故人だし。喜ぶべきなの悲しむべきなの。とりあえず泣いても良いですか。
「で、あんたは何なんだよ。」
伊達さんがL字型のソファの幅が狭い方に私と一緒に座る元就さんを見る。てか何でこの人あんなに態度が大きいんだ。あなたが何なんだよ。腕を組みながら姿勢正しく座る元就さんが視線だけを伊達さんへと動かす。
「貴様の言っている問いの意味を理解し兼ねる。」
「あんたもhoneyのloverとか言うjokeを言うのか。」
「最初に言ったのあなただろうが。」
「No、俺は本気だぜ?」
「態々、我の口から聞かねば解らぬのなら教えてやろう。我は名前と将来を誓い合った伴侶ぞ。」
「Duh、そいつは笑えねえな。それにあんたのその澄ました顔もどうにもいけ好かねえ。」
「ほう、奇遇だな。我も貴様の存在が気に食わない。」
空 気 悪 ッ ! ! ! !
何この空気!こんな空気吸えたもんではないですよ!何であなた達そんなに仲悪いんですか!奇跡的な存在なんだからもっと喜びやら苦しみやらを分かち合えよ!どうして死んでまで啀み合うんだ!私か!私が消えれば全て丸っと収まるのか!兎に角、新鮮な空気が吸いたいです。マイナスイオンの美味しい空気を吸いたいです。
「止したまえ二人共。名前が困っているのがわからないのかい?」
「…半兵衛さん。」
「何故君達は自分の考えを押し付けてばかりでもっと彼女の意志を聞こうとしないんだい。本当に彼女を思っているならばその様な利己的な発言は出来ないはずだ。もっと彼女の意思や感情を尊重したまえ。それにその話し合いは徒労に過ぎないよ。何せ、名前には既に僕と言う愛すべき存在が居るからさ。どんなに君達が自分の意見を主張しようともそれは変わらない事実なのだよ。僕には誰よりも彼女を愛している自信があるし、愛されている自信もある。例え目隠ししていたとしても触っただけで下着の色、デザイン、使用頻度を言い当てる事が出来る程に名前を愛しているよ!何なら触らずとも匂い―」
「お前が一番私の意思も人権も尊重してねえじゃねえか!!!!」
強烈なエルボーを相手の側頭部にお見舞いする事により変態を黙らせてやった。珍しく静かだと思ったらそれかい。しかし、真面な事をほざこうともあなたには期待も何もしていない。死体は死体らしく死んでおけ。お前が出すのはマイナスイオンではなく毒ガス以外のなにものでもない。消えるが良い。
「成る程、な。Rivalは多いって訳か。OK!それはそれで燃える展開になりそうじゃねぇの。それに、もし仮にhoneyがあんたらのものだったとしても関係ねえ。略奪愛ってのも悪くはない。」
「貴様如きに我の名前は死んでも渡さぬ。」
うん、ですからね!死んでるんですよ!あなたもう既にご臨終されておられるのですよ!どうしたんですか元就さん。今日はやたらそのネタ押して来ますね。気に入った?もしかして気に入っちゃいました?残念ながらそのネタは私が側頭部にエルボーを食らわせた変態と同レベルですよ。どうか目を覚まして下さい。やはり突っ込んで欲しいのだろうか。でも突っ込まない。あえて私はスルーをしよう。後一回でも言われたら突っ込んでしまいそうだが。
「Hum…そうかい。なら、」
両膝に手をやりゆっくりと腰を上げた伊達さんがソファの後ろへ回り、私達の背後へとやって来て、突然、顎を掬い上げられたかと思えば、伊達さんの顔が目の前にあって、同時に唇が何かで塞がれていた。不意を突かれ、驚きのあまり一瞬、頭が真っ白になってしまったが直ぐに我に返る。
「こうすりゃ俺のもんだろ?You see?」
「びゃああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
バチーーーンッ!!!!!!
「べぼらあ!!!!!!」
反射的に出た平手打ちが相手の頬に綺麗に決まり、渇いた音を家中に大きく反響させた。考えるよりも体が先に動き、手加減も情けもない強烈な一撃を喰らった伊達さんはその衝撃でフィギュアスケートの選手の様なトリプルアクセルをして華麗に地面に平伏せた。
「貴様あああ!!!!死ねッ!己が愚行を呪って今すぐ死ぬが良い!!!!」
呪うも何ももうその人死んでるから!その人も死んでるし、あなたも死んでますから!でも出来るならば殺してくれ!と馬乗りになった相手の胸倉を掴んで嘗て見た事のない元就さんの烈火の如く激昂にさっきまでなら遂に突っ込んでいたのだろうが、あまりにも突然の事にその様な気力はなかった。あまりにも一瞬の事、精魂果てた私は床に平伏して言葉を失う。そこへいつの間にか復活した半兵衛さんが気遣う様に寄り添う。
「大丈夫かい名前!?!?ああ、可愛そうに!」
心底相手を労る様なその声は耳に届いても心までには響かず、決して浅くない、ある意味では致命的な傷に虚ろになりながらも確かに胸を痛め、一向に収まる気配はない。
「……私の……私の、…ファーストキスが……。」
そう。先程のが私の人生で初めてのキスだったのだ。こうも容易く、ただ一人のまだ見ぬ愛する人の為に固く守って来た唇を奪われ、純情な乙女の心を深く傷付けられようとは。立ち直れない。鬱だ。どうしようもなく陰欝だ。不意に涙が零れ落ちそうな気息奄々な状態の私の頬にそっと添えられた手に俯いた顔を上へ上げさせられた。そこには優しく微笑む半兵衛さんが。
「大丈夫、大丈夫だよ名前。」
「……半兵衛さん…。」
何故だか解らないが不思議と重苦しい塞ぎ込んでいた心が少しだけ軽くなった気がする。奇妙な感覚だった。相手が半兵衛さんなだけに。この甘い感傷とも言える気持ちは何なのだろうか。
「安心したまえ。君のファーストキスは君が寝ている間に僕がもらったから。」
「おらあああああああああ!!!!!!!!!!!!!」
瞬く間に殺意に駆られた私はボディーブローと言う然るべき罰を半兵衛さんに加えてやった。相手は完全に沈黙した。何が大丈夫だ!!!!全く以って身の上がご無事じゃねえよ!!!!身を案じられた本人のせいでご無事じゃねえよ!!!!どう言う事だよ!諸悪の根源が善人ぶるな!!!!私を本当に安心させたいと言うのなら消滅しろ!!!!塵一つ残さず細胞レベルで消滅しろ!!!!二度と現し世と私の目の前に姿を現すな!!!!お前だけは絶対に許さない!死んでも絶対に許さない、絶対にだ!!!!
一瞬にして深い悲しみを忘れさせてくれた業火の様な燃え盛る怒りは、又しても押し寄せて来た、失った物はもう決して戻りはしない虚しさにより、見る見る内に鎮火させられてしまう。気力もファーストキスも奪われた私はがくりと頭を項垂れて床に手と膝をつく絶望の体勢になった。先程まで伊達さんに対し、まるで親の敵と言わんばかりに怒り狂ってた元就さんが傍らで今の私と全く同じ絶望の体勢になっているのに気付く。どうしたと言うのか。何かぶつぶつと呟いている。因みに伊達さんは未だに失神してるのかぴくりとも動かない。そのまま半兵衛さんと一緒に神秘的な光を放ち、すうっと音もなく幻想的に消えてくれ。現実では有り得ないファンタジー映画みたいなそんな現象も今なら受け入れよう。快く受け入れよう。受け入れるから跡形もなく消えてくれ。
「我だけ、…我だけが名前と接吻していない、だと…?」
え、そこ。そこなんですか元就さん。何ですかその着眼点は。そう思ったが、今の私にはやはり突っ込む気力なんてものは一切なかった。とりあえず、もう寝たいです。今日の出来事が忘れる程に眠りたいです。
生と死のスクウェア
(生きた花嫁が一人、死んだ花婿が三人。)
MANA3*130308