隣人は静かに笑う
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
秀吉さんからの頼みで手持ち無沙汰していた私は半兵衛さんを探す事になった。日頃からお世話になってる身なのだ、それくらいお安いご用である。さて、やはり先ずは、本人の部屋から当たって見るかと考えながら廊下を歩いている時だった。遠くで半兵衛さんの姿を見付け、これは探す手間が省けたと名前を呼ぼうとしたのだが、躊躇った私はそれを直ぐに行動に移す事が出来なかった。半兵衛さんがとある部屋に入っていくのを目撃したからである。その部屋は間違いなく私の部屋だった。もしかして半兵衛さんも私に何か用事があったのだろうか。しかし、見た限りでは襖越しから呼び掛けた様子もなく、まるで自分の部屋に戻るかの様に入っていた様に見えた。どうした事だろうか。何となく声が掛けづらくなった私は呼び止めるタイミングを失い、半兵衛さんが部屋に入っていく姿をただ傍観していた。襖の前まで歩み寄るものの、自分の部屋だと言うのに何故だかとても入りづらい。そろりそろりと襖の取っ手に手を伸ばし音を立てず慎重に横へと滑らして僅かに生まれた隙間から中の様子を窺う。本当に、自分の部屋だと言うのに何をやっているのだろうか私は。
部屋を覗くと中央に佇む半兵衛さんの後ろ姿が見えた。私に用事でもあったのだろうか。ならば、こんなこそこそとしなくても普通に入れば良かったじゃないかと自分が馬鹿らしく思った私はそのまま襖を開けようとした。
ガタガタ、ゴトン、ガラガラガラ、バキッガシャン
突然、襖一枚隔てた向こう側から大きな物音が聞こえて来て心臓と肩が飛び跳ね、思わず叫びそうになった口を咄嗟に両手で塞ぐ。閑散としていたのが一変、不穏な音が自分の部屋から響き渡り、驚きの後の不安と恐怖に駆られながらも再び襖の隙間から恐る恐る片目を隙見させる。
すると、片付いていた部屋が目を離したたった一瞬で物取りの被害にあったかのごとく荒れに荒れた惨状に変わり果てているではないか。誰がこんな事を、なんてバラバラのパズルを組み立てて推理するまでもない。そしてポルターガイストなんて現象の所業でもない。そう言い切れるのは半兵衛さんが現在進行形で尚も私の部屋を荒らしてくれているからだ。箪笥を倒し、更にその箪笥を破壊して破片と中身を散乱させ、机も上に乗ってる物なんてお構いなしに足でひっくり返し、紙やら服やら湯呑みやら何やらがそこらじゅうに無造作に捨て置かれ、壁や畳など至る所を愛刀で切り付けられたりとその他諸々のテロ行為により見るも無惨な空間の出来上がりである。この荒廃ぶり。何この悲劇的ビフォアフター。何と言う事をしてくれたのでしょう!え、何?怒ってんの?半兵衛さん怒ってるんですか?私、あなたがそこまで烈火の如く激昂するほどの何かをやらかしてしまったのでしょうか。いつものあの癒しの微笑みの裏ではマジ許すまじ、マジ万死に値する、命の限りデストロイとか思っていたのだろうか。いつもの優しい半兵衛さんじゃない!と襖から垣間見る鬼神の姿に恐れ戦いた私は全身から血の気が引くのを感じていた。
一体、どんな鬼の形相でこの様なテロリズムを仕出かしているのかと怒れるテロリストの顔を拝見してみれば、私の予想とは反したそれはそれは実に愉しそうな笑みを浮かべていらっしゃるではないか。何で笑ってるんですか!怖ッ!超怖いッ!!他の状況なら兎に角、今そんな風に笑まれましても未だ嘗てない異様な恐怖に私は戦慄するしか反応が出来ないですよ!怒りのボルテージが振り切れて新たな境地に踏み入ってしまわれたか。記憶の糸を手繰ってみても半兵衛さんがここまで荒ぶるほど癪に障る何かをやってしまったのか思い出せない。もし私がこの部屋に留まっていたのなら今頃、どうなっていたのか。
「…名前。」
一瞬にして体も心臓も氷結した。名前を呼ばれ見付かった、そう思ったのだが、どうやら違ったらしい。呼ばれたのではなく、ただ呟いただけの様だ。
「……ふふ、…ふふふ…あはははは、あはははははははは…ははっ!ははははははは、はは!」
え!!!!そこ笑う所!?!?今の笑う所だったのか!?!?笑う所だったんですか!?!?何処が笑う所だったんですか!?!?何がそんなに面白かったと言うんだ!全く理解出来ん!そんなに他人の物を破壊するのが楽しいのか!若しくは私の名前がそんなに面白可笑しいのか!笑えんぞ!どちらにせよ私は笑えんぞ!もうドン引き!あなたの笑いのツボにドン引きです!
「はは、名前が帰って来てこの部屋を見たらどんな表情をするだろうか。驚くだろうか、恐くて泣きそうになるだろうか。ああ、まさか僕がこんな事をは思わないだろうな。」
狂喜の爆笑の次は恍惚と独り言を呟き始めましたよ!ダイナミックガサ入れなう!思わなかったけど信じざるを得ないものを直接見てしまいましたよ!決定的瞬間を目の当たりにしてしまいましたよ!どんな表情ってですからドン引きですって!もう驚いて恐くて泣きそうで悲鳴を上げてしまいそうなくらい見てはいけないものを見てしまった顔してますけど!もしかして最近、部屋の物の位置が変わっていたり、私物が紛失したり、変な手紙が置かれていたり、明白に誰かが侵入した痕跡が残っていたりしたのは全部、この人の犯行なのか!?!?犯人か!黒か!黒なのか!疑う余地もなく真っ黒なのか!にも関わらず、私がその事で悩んで相談に乗っていたのか!自作自演なのか!!!!自作自演でみっともなくべそかいてる私に対して優しく微笑んで頭撫でて僕が居るから大丈夫だよ安心してなんて慰めつつ心中では甘く柔らかにほくそ笑んでいたのかあなたは!どの口が安心やら大丈夫やらほざいてた!ただの天才軍師ではなく演技派でもあったとはな!流石は知らぬ顔の異名を持つだけはあるな!間違いなくアカデミー主男優賞もんですよ!私が自信を持って保証します!受賞おめでとう!
「嗚呼…名前…。名前、名前…名前名前名前名前名前名前名前名前名前名前名前名前名前名前名前名前名前名前名前名前名前名前名前名前名前名前。」
破壊衝動に飽き足らず、今度は呪詛を唱え始めたぞあの人!!!!え、そこまで!?!?私そこまでの悪事を働きました?!?私が誰か人を殺めましたか!?!?逃げようと思えばこの場から脱兎の如く一目散に脇目も振らず逃げられるはず。だが、何故だがこの奇怪な光景から目が離せず、足は廊下にきっちりと縫い付けられた様に動こうとはしないのだ。
さあ、どうする私。私はこの物語の主人公なのか?そうでなければ、主人公より先に真実を知ってしまったらそれは絶望への伏線だぞ!一体、どうすれば無事にトゥルーエンドを迎えられるのかと考え倦ねている間にも犯人は私の服を拾い上げてそれを両腕で抱くその光景はまるで愛おしい人を抱擁するにも見えなくはないが、恐怖に染まった私の目にはそれが何か一種の他人を不幸にする呪いを施す祈祷師の姿にしか映らなかった。私は伏線から逃れられる事敵わず何れあの祈祷師によっては呪い殺されてしまうのであろうか。
延々と繰り返されていた呪詛がぴたりと止む。いや、あまりにも小さくて良くはっきりとは言葉を拾う事は出来ないが名前ではなく未然、何かを呟いている。「どうして、」「―想いに気付いてくれない。」「…に晒すのも忌ま忌ましい…」「…どうすれば…」「僕だけのもの、…僕だけの…」と辛うじて断片的に聞こえた独白。何の事だかさっぱりわからない。しかし、私はもう十二分に嘗てないアンビリーバボーな恐怖体験をした。もうちょっとやそっとの事では驚かないだろう。これ以上のものなどもうあるはずがない。なくていい。止めてくれ、止めて下さい。お願いします。まだ死にたくないです。心底、信頼していた人間が犯人だった今、私は一体誰を信じれば良いと言うのですか。まさに人間不信に陥りかけている私を余所に、何かを思い付いたのか半兵衛さんは「そうだ、」と呟く。その声は何処か嬉しそうで悦に浸っていた。
「名前を監禁しよう。」
私はその場から全速力で逃げ出した。
隣人は静かに笑う
MANA3*120924