非日常に迷い込む
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気が付くとそこは私の部屋ではありませんでした。おまけに起き上がろうとしても体が全く動かず、不思議に思ったら全身を縄で縛られていました。目を覚ますと全く身に覚えのない場所でその上、縄で拘束されているとなれば身の危険しか感じない。忽ち焦りに闇雲に体を捩るものの、これでもかと言わんばかりにきつく頑丈に縛られた縄が肌に食い込むせいで兎に角、自由がない。だ、誰かあ!!!!誰か助けてくれえ!!!!
「お目覚めかな。」
まるで私が目覚めるのを見計らった様な声に引き付けられる視線。誰だ!敵か!?!?味方か!?!?ここは牢屋なのだろうか。格子の向こう側に異様な格好をした男の人が微笑みながら私を見ていた。男の顔は記憶にはなかった。会った事もない知らない男だった。けれども直感的に私は確信した。間違いない。
こ の 男 は 敵 だ 。
私の中のありとあらゆるものが警報機を鳴らし、拒絶をしている。危険だ、シックスセンスが私自身にそう告げる。この男と関わると私の一度きりの人生を取り返しのつかない程に滅茶苦茶にされると悟った。「今が最悪の状態、と言える間は、まだ最悪の状態ではない」と言う名言を聞いた事があるがこれは間違いなく最悪だ。いや絶望だ。
「あの、あなたは…?」
「僕の名は竹中半兵衛。豊臣軍で軍師をしている。そして君が居るこの場所は大阪城内にある牢屋だ。」
何言ってんだこの人。この竹中さんと言う方は日本語を話してるのだが何を言ってるかは理解は出来ないものの、豊臣とか大阪城とは聞こえたのだが。それにこの牢屋、まるで昔の牢屋の様だ。まさか。いやいやいやいや、そんなはずは。そうだ!これは夢だ!夢なんだ!間違いない!そうとわかると私の気分は軽くなり、安堵からと早くこんな変な夢から覚める為に目を閉じた。牢屋の格子が開く音と足音が響く。男が牢屋の中の入り、こちらへ近付いて来ているのか。だが私には関係ない。早く目を覚まさなければ。
ドゴオッ!
「がばあっ!!!!」
「誰がいつ寝て良いなんて言ったんだい。話はまだ終わってはいないよ。」
こ、この人、今一体何をした!?!?もしかして、私の顔を蹴ったのか!?!?初対面で尚且つ無抵抗の女の顔を何の躊躇もなく蹴ったのか!?!?いや、間違いなく蹴った!!!!鬼か!人の皮を被った鬼か!!!!初対面で尚且つ無抵抗の人間の顔を何の躊躇もなく蹴った後の私を見下ろすあの氷の眼!人間がする目ではない!それにしても痛い。蹴られた頬が痛い。つまりはこれが夢でない事が証明されてしまった。痛い。蹴られた頬と初対面の人間に尚且つ無抵抗な所を何の躊躇もなく顔を蹴られた事によって心が痛い。そして、あまりの絶望的な状況に茫然自失とした。
「さて、君の名を聞かせてもらおうか。」
「……苗字名前、です。」
「苗字君。君が城の中で倒れている所を通り掛かった兵士が見付けたのだけれど、君は一体何をしていたんだい?」
「わかりません。気が付いたらこの牢屋で縛られていました。」
「君はまだ自分が置かれている立場を弁えられていない様だね。」
「あだだだだだだだだだッ!!!!本当です!本当ですってば!!!!何でこんな状況で嘘を言わないといけないんですかあああああ!?!?」
嘘なんか吐いてないし、何も悪い事はしていない。ただ事実を供述しただけだと言うのに竹中さんは私の蟀谷を足でぐりぐりと強く踏み躙って来た。それともこの人は私にやってない事をやったと言えと言うのか!それでも私はやってない!寧ろ、何で私がここに居るのかなんて私自身が聞きたいくらいだ。大体、さっきから城やら兵士ってなんだ!私は一体何処に居ると言うんだ!
「何を言ってるんだい。こんな状況だから君は白を切るつもりなんだろう。嘘を吐いて何とかやり過ごそうと、そう思っている。」
「だから嘘なんて吐いてませんよ!私みたいな人間に一体何が出来ると言うんですか!」
「君がただの女ならね。だが忍となれば話は別だ。」
私は俄かに男の言葉と自分の耳を疑った。忍だと!?!?いつの時代の話してんだこの人!そんなもん絶滅危惧どころか絶滅してるよ!それを私が忍だと?耐え忍ぶと言う意味でなら現在進行形で忍んでますけど。嘘です。耐え忍べないです。助けて下さい。忍がこの世から居なくなった様に私もこの世から絶滅しそうです。
しかし、豊臣、大阪城、忍、それにこの古めかしい牢屋。頭の中に浮かんで来た一つの仮説が色濃いものとなり、いつしかその突拍子もない考えは、このとんでもない事態が相俟ってからなのか、私の中で限りなく真実に近いものとなっていて、疑念など微塵も抱いてはいなかった。
「竹中さん。一つだけわかった事があります。」
「何だい。」
「私…未来から来たかもしれません。多分。」
私達を息が詰まる程の静寂が包み込む。長く重い沈黙。殊勝な姿勢で衝撃の告白をした私を竹中さんは変わらず冷淡に見下ろす。
「…君が、未来から?」
「はい。」
「…なるほど、わかった。」
「ちょっと待って下さい。そう言いながら腰に携えている物を抜こうとするその手はなんですか。」
「君がそんなにも死にたいと懇願するものだからご要望に答えようと思ってね。」
「してませんけど!そんな事、心を込めて丁重にお願いした覚えはありませんけど!全然わかってないじゃないですか!」
「君が必要な人間でない事実をわかったと言ったのだよ。」
「違う!私の思ってたわかったと違う!そんな事わかってほしくなかった!」
竹中さんが腰に差していた物は何と刀だった。そのぎらりと鋭く研ぎ澄まされた光に嘗てない恐怖を急速に芽生えさせつつも、やはり、ここが私の居た時代ではないと言う考えをまた一歩、確固たる真実へと近付けさせた。しかし、今はそれどころではない。一刻も早く、私の無実と仮説を証明せねば竹中さんに殺されてしまう。一瞬、私の服の事を主張すれば信じてもらえるのではないかと思ったが竹中さんのお召し物もコスプレの様な何だか変わった物であった。あれ、ここ本当に過去の時代か?
「未来から来たなど僕がそんな絵空事を信じるとでも思ったのかい?嘘を吐くのならもう少し増しな嘘を吐きたまえ。」
「だから嘘じゃないですって!確かに直ぐに信じてもらえと言っても無理な話かもしれませんが、だからこそ生死がかかっているのにそんな嘘を吐くと思いますか!?」
「それほどまでに君の気が触れているのだよ。」
「会って間もないのに初対面の人にそこまで言われるとはッ。あ!そうだ!今いつですか!?!?もしかして戦国時代じゃないですか!?!?」
「それがどうしたと言うんだい。」
「ほら!ほらやっぱり!私、何百年後先の平成から来たんですよ!」
「言い残す事はないかい。」
「話に耳を傾けてもくれない!」
何か、何か良い手立てはないだろうか。迫り来る死への恐怖に押し潰されそうになりながらもごちゃごちゃとした頭で私は考え倦ねる。ここは戦国時代。戦国時代、豊臣秀吉、竹中半兵衛、…竹中半兵衛、………あ…。
「あなた、病気を患ってませんか?」
私の問いに竹中さんの表情が少しだけ、本当に少しだけ険しくなった様に見えた。竹中さんは顔面に変な仮面の様なものを貼付けているし、私の気のせいかもしれないが。しかし、又しても訪れた沈黙は確かに明確に先程よりも張り詰めていて、重苦しいものであった。自分の心臓の音が酷く大きく聞こえ、それは生きている証であるにも関わらず耳障りでしかなかった。
「……何故、そう思う?何故、君にそんな事がわかる。」
「あの、ですから、未来から来たと…。」
心做しか、竹中さんの声のトーンが下がり、心が凍り付く様なとても冷たいものに聞こえた。竹中半兵衛と言う人物が病気なのを知っていたのは偶然だった。これで信じてもらえるのならとぽろりと口から出てしまったが、もしかして私は助かるどころか更に自分の首を絞める結果を作り出してしまったのかもしれない。私は押し黙ってしまった竹中さんを固唾を呑んで見守った。
「未来から来た、君はそう言ったね。」
信じてもらえたのだと内心喜んだ私はその通りと勢いよく首を縦に振る。助かりたい一心に必死だった。
「その話、信じよう。」
「本当ですか!?!?」
「但し、条件がある。」
「条件、ですか?」
「難しい事ではない。一つだけ僕の質問に答えればそれで良い。」
一つだけ。一つだけ質問に答えれば信じてもらえるし私は助かる。それで助かるならばここで拒否する理由などありはない。寧ろ、選択肢などないに等しいではないか。死ぬかもしれないと言うのに見す見すここで断る馬鹿はいないであろう。
「わかりました。それで、質問と言うのは?」
「僕が死ぬ日はいつだい。」
聞き間違えじゃないかと思った。だからもう一度と言おうとしたが竹中さんの目を見て言葉を飲み込む。それが聞き直さずとも、聞こえた通りなのだと物語っていた。自分が死ぬ日はいつなのか、と。この人は確かにそう言った。実に素朴で簡単な質問だ。何月何日と言えばそれで良い。ただそれだけの事なのだから。それだけで命の保証がされるのだ。私は徐に唇を動かす。
「……え……せん…。」
「…何だって。」
「…言えませんッ。」
恐ろしくて竹中さんの顔は見れなかった。見なくてもどんな目で私を見下ろしているのかなんて容易に想像がつく。それに漂う空気が嫌でも犇々と伝わって来て精神を蝕んでいく。竹中さんはきっと怒っている。今の竹中さんの瞳を見たら、それだけで心臓がぴたりと止まってしまうのではないかと、そう思ったのだ。
「理解し兼ねるね、苗字君。僕がした単純な質問に答えれば僕は君を信じると言うのに。やはり、君が言った事は全て妄言だったのか、それとも本当に気が触れて自暴自棄になってしまったのかい?」
「ち、違いますッ!」
「では何故、質問に答えられない。言えない理由でもあるのかい。」
間髪入れず、まるで罪を犯した人間を裁くかの如く、激しく咎め立て言い募る竹中さん。私は悪事など働いていない。悪意など持ち合わせていない。なのに心をきつく縛り上げるこの罪悪感は何なのだろうか。違う、そう思うのは私が気圧されているからだ。ここで及び腰になってはいけないと、私は今だけでもと恐怖から目を背ける。
「確かにあなたが死ぬ日を教えるのは単純かもしれません。しかし、その単純な事が時間が経つにつれ、どんな影響を及ぼすかはわからない。今は見逃しても良い程の小さな事でも後にそれが未来に変化をもたらさない可能性は必ずしもないとは言いきれないんです。風が吹けば桶屋が儲かる、つまりそう言う事です。私が竹中さんの質問に事によって、この先の未来を改変してしまう恐れは十二分にあります。」
竹中さんは何も言わなかった。私の声が耳に入っているのであればそれで良い。だが、その無言の裏では何を考えるのかが推し量れないのは非常に恐ろしい。それでも私は話を続けた。
「だから、残念ながら私はあなたの質問に答える事は出来ません。それと同時に私が未来から来た事を証明する事は出来ません。しかし、これだけは言えます。私が知る竹中半兵衛は自分の死を悟らなくても、自分の役目を最後まで真っ当に果たし、歴史に名を残しました。私の言いたいのはこれだけです。」
こうして私の話は終わった。それと平行して私の人生も終わった。自ら殺して下さいと言ったと同じなのだ。でも、死ぬつもりはないし死にたくもない。だからと言って助かる術もない。これは賭けみたいなもの。白状すると私は竹中さんの命日なんか知らないんだ。そんなもの知ったこっちゃない。病気だと知っていたのも偶然だと言うのに。寧ろ、あなたの命日よりも私の命日の方がわかってしまいそうですよ。だが、素直に知らないと言えば殺されるのは目に見えている。なら、こうして方便なり詭弁なり何なり並べ立てた方が微かな希望がある、はず。悪足掻きと言ってしまえば勿論、それまでなのだが。私が生きるか死ぬかは竹中さん次第。後はこの人の情けに縋るしかないのだ。そう考えれば私は多分死んだ。いや、絶対死んだ。
「…わかった。」
わかった?そのわかったとは一体どんな意味が込められているのか。先程のこの人が言う要らない人間だから殺すと言う意味なのか。ああ、きっとそうだろう。私を生かす利点などこの人にとってないはずだろうから。私は唇を噛んで、ぎゅっと目を瞑る。
「一先ず君の言う事を信用しよう。苗字君。」
反射的に顔を上へと上げた。依然として、竹中さんは冷ややかに私を見下ろしていたものの、その雰囲気は命が危ぶむものではなく、どことなく緩和したかに感じた。竹中さんに慈悲と言うものが残っていた事に胸を撫で下ろす。その瞬間、緊張の糸が切れ、一気に押し寄せる疲労にくたりと力が抜けた。
「あ、ありがとうございます。信じてくれて。」
「今から君には秀吉に目通りしてもらう。」
秀吉とは豊臣秀吉の事だろうか。その豊臣秀吉に会うと聞いて、緊張感から解放され脱力したばかりの体がまた硬直する。一体、会って何をすると言うのか。
「わかりました。でも―――」
「未来に影響を及ぼす事は話せないと言いたいんだろう。わかっているさ。会って少し話すだけで構わない。後は僕が説明する。」
それならば、と多少は解れたものの、やはり緊張せずにはいられない。まさか、あの豊臣秀吉に会える日が来ようとは。それにしても、一体全体、戦国時代にトリップするなどと、何故こんなフィクションの中でしかない有り得ない事が起こったのだろうか。私が何をしたと言うんだ。早く家に帰りたい。
「さあ、立つんだ、苗字君。秀吉の所へ良くよ。」
「いや、立てと仰いましても。こんな頑丈に縛られてちゃあ、立とうにも立てないんですけど。」
「当然だ。何せ君を縛ったのは他でもないこの僕なのだよ。」
「あなただったんですか!こんな風に私を縛り上げたのは!」
「丁度、新しく考えた捕縄を試してみたかった所でね。どうだい?身動き一つ取れないだろう?」
「ご覧の通りですよ!何故、私で試したんですか!このままじゃ、豊臣さんに会いに行けないんですけど!」
「…仕方がないね。」
溜息を吐いた後にこちらへ歩み寄る竹中さんを見て、私はてっきり縄を解いてくれるのかと思ったのだが、あろう事か竹中さんは縄の端を掴み、私を引き摺っていく。しかも足の方の縄である為に顔やら頭が擦れたり、ぶつかったりする。
「あだッ!痛、痛い痛い!あのすみません!引き摺ってます!引き摺ってますけど!」
「君に逃げられたりしては困るからね。縄を解く訳にはいかないのだよ。」
「それにしても引き摺るって!縄を解いてもらえない辺り信用すると言った側から信じてもらえてない!」
彼の有名な豊臣秀吉と奇跡的な邂逅を果たした時には私はボロボロであった。若干、流血もしていた。誰だあの人に慈悲が残ってるなどほざいた奴は。豊臣さんは心配してくれていた様子で竹中さんと比べて良い人でした。私の知ってる豊臣秀吉でなかったけど良い人でした。ゴリラだけど良い人でした。
「―――こうしていると思い出さないかい?あの日の事を。」
「人を縛りながら何思い出に浸ってるんですか!ぎゃああああ痛い痛い痛い痛い!!!!何で縛るんですか!」
「つい先程、新しい縛り方を閃いてね。想像するよりも実際に試した方がわかりやすいだろう?」
「ぐへえ、何て要らない閃き!だからって何で私なんですか!くそっ、何なの!結局、あの時から私は全く信用されてないって事なのか!」
「それは違うよ。ずっと前から僕は君を信用してるよ、名前。」
「…信用しているのに何で縛るんですか。無茶苦茶ですよ半兵衛さん。もう無茶苦茶。」
「わからないのかい?信用してるからこそ縛るのだよ。」
わかるかそんなもん。わかりたくもないわ。
あの日、半兵衛さんと初めて出逢った時の嫌な直感は心ならずも当たっていたのだ。そして、私は未然、元の世界には帰れないまま。理不尽に虐げられる毎日を送り続け、この人本当、いつ死ぬのかなとか思ったりなんかしてませんよ、いや本当。私はいつになったら元の世界に帰れるのか。いつになったら竹中半兵衛と言う呪縛から解き放たれるのか。それから、この縄からも。至極楽しそうな半兵衛さんの顔に辟易とさせられる。早く家に帰りたい。
非日常に迷い込む
MANA3*130415
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