お家に帰りたい
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私がこの戦国時代という名の過去のような、異世界のような、異空間ようなところへ来てから、元の世界の時は止まっているのか、それともこちらで過ごしただけ同じ時が進んでしまっているのか。何にせよ、今頃なら私はすでに元の世界に帰っていた。美味しいおやつにほかほかご飯を食べてポチャポチャお風呂に入ってあったかい布団で寝ていたはずなんだ。テレビも無ェ、ラジオも無ェ、自動車は全く走って無ェ、私、こんな乱世嫌なのに、未だに元の世界に帰ることができず、この戦国時代に留まっていた。わけがわからん。本当にわけがわからん。わけがわからなさ過ぎて脳内を圧迫した、到底、収まりきらなくなった疑問符が行き場を求めて口から漏れ出す。
「毛利さんって私のこと好きなんですか?」
「その気色の悪い妄言をほざく口を即刻閉じよ。然もなくば言葉を交わすこと叶わぬ身となろうぞ。」
どういうことなんですかこれ。聞いていた話と違うじゃないですか。これで何で帰れないんですか私。上の座で脇息に片肘をつき、立て膝で座る毛利さんは、いつもの調子で罵倒されたが、そんなことは右から左へ流れていき、恐怖や悲しみを押し退けて増殖し続ける疑問に私は開いた口が塞がらず、憚ることなく腑抜けた間抜け面を晒す。普段であれば、こんなこと絶対に質問するはずもないのであるが、あまりにも深刻な不具合に危機管理を怠っている私は一寸先の死に気付きもしない。もしかして、こんな冷たい態度をとってはいるが、愛情の裏返しなのではないだろうか。毛利さんが好きな子を虐めてしまうタイプだったとしたら。今の発言も漫画で見たことがある、うるせえ口だな我の口で塞いでやろうかってことなのでは?有り得る。
「ちなみになんですが、その言葉を交わすこと叶わぬ身というのは、接吻して黙らすぞという意味でしょうか?」
「誰か、針と糸を持ってまいれ。」
違った。針と糸を使って黙らすぞという意味だった。上唇と下唇を縫われてしまう。やめて!誰も来ないで!誰も針と糸を持ってまいらないで!でないと人生で一度お目にかかるかどうかのグロシーンに立ち会うことになりますよ!耳を塞ごうとも鼓膜の裏で延々と反響し続ける、トラウマ必至の絶叫を上げる自信しかないですよ!自分が拷問をされる鮮明な未来像によって正気を取り戻した私は気色の悪い妄言をしたことに対して謝罪をし、二度と口が開かないように上唇と下唇を糸で縫い付けられてしまう罰を与えようとするのを止めてもらうよう哀願した。その真摯な態度が伝わったのか、「二度と胸が悪くなる世迷言をほざくでないぞ、屑めが」と寛容な御心で許していただけた。毛利さんの優しさは天井知らずである。
「して、何故そのような愚言を口にしたのだ。」
「…この際だから白状しますけど、毛利さんに嫌われていたら私は元の世界に帰れるんですよ。」
「話が見えぬわ。ならば、何故に貴様は我が眼前にて、未だ恥を晒し続けておるのだ。」
「私が聞きたいです。」
未だに私が元の世界に帰れないことも、何故、元の世界に帰れずにいる可哀想な人間に恥を晒し続けると追い打ちのように暴言を吐かれることも私が一番知りたい。いや、やっぱり後者については知りたくはない。徒に私の心が傷付けられるだけだから。
「ということは毛利さんって、私のこと嫌いではないってことなんですよね?」
「下らぬ。斯様なこと、我が思惟の域に及ぶものではない。」
そう言われて私は一つの可能性に思い至った。なるほど、無関心。嫌いでもなければ、好きでもない。無関心となれば、どちらにも当てはまることはなく、私が元の世界に帰れることもない、ということだろうか。それならばすべて合点がいくと私は一人納得した。しかし、折角、疑問が解決したというのに、ここで、またしても私の中で新たな疑問点が湧き出て来た。好きでもなく、嫌いでもなく、そのどちらでもない埒外の無関心。私が毛利さんにとって、利用できるか、利用できないかの捨て駒となり得ているのかと言えば、力もなく、智もない、この戦国時代において無力同然の存在が盤上に並ぶなど有り得ないだろう。無関心かつ利用価値のない人間を文字通り斬り捨てることもせずに今も生かし続けている毛利さん。その理由とは果たして何なのだろうか。
「私って毛利さんにとって、何なんですかね。」
私が元の世界に帰る足掛かりになるかというのもあるが、それを抜きにした、素朴な疑問だった。必要も、意味も、価値も、義理も、責務も、愛情や憎悪といった心に至っては言うまでもない。何もかも、何一つない。その潔癖さゆえ、厳格な白か黒かの吟味に気紛れなど介在し得ない。裏も表もない実直な問いにも、毛利さんは眉一つ動かさない。
「ほら、だって、私、居る意味ありますか?ないですよね?」
「何ぞ。貴様死にたいのか。」
「そんなわけないじゃないですか。でも、これで今、私が死にたいって言えば、毛利さんは殺してくれるんですか?それなら私って、とっくに死んでいてもおかしくないと思うのですが、生かしておく意味って何かあるんですか?私自身、毛利さんの役に立っているだなんて思っていませんし、それなら私って毛利さんにとって何なんですかね?」
言いたいことを吐き出したところでハッとする。こんなにもズバズバとすらすらとズケズケと物申したりなんかして、今までただただ運よく生き永らえた些末な命が、いよいよ潰えるかもしれないというのに。自分の軽率な言動に血の気が引いていくのを感じた。ただ、生きた心地がしない中、殺意が湧けば、その前に嫌悪の感情が出て来る気もする。そうなれば、殺される前に元の世界に帰れるかもしれないという微かな希望も垣間見た。私の命運を左右する毛利さんは囀りを鬱陶しいと感じたのか少し眉間に皺を寄らせていた。しかし、表情で不機嫌を主張するくらいで危害を加える様子はなかった。何なら先ほどの針と糸の方が余程、身の危険を感じるくらいである。程なくして毛利さんは口を開く。
「名前。」
「は、はい。」
「貴様は何なのだ。」
「………はい?」
「貴様という存在の定義だ。一体、何のためにそこに在る。」
「いや、何なのだと言われましても…それ、私の台詞なんですよね。」
「何一つ抜きん出た才もなく、何者にもなれず、取るに足らぬ凡庸な身で、存在そのものに何の価値も見出せぬ貴様など、どうにでもできるというのに、それでもなお、その命が潰えることなく、今も我が眼前でその阿保面を晒し続ける。その命に、いかなる道理があるというのだ。」
「私もそこまで扱き下ろされて、元の世界に帰ることもなく、ただただ心を傷付けられる存在に疑問を持たれるこの時間に何の意味があるのか知りたいです。」
私の言葉と存在を無視するようにして、毛利さんは顔を背ける。頬杖をついていた指の背を口元に滑らせて、思案に耽る。有難いことに、その明晰なる頭脳で私の存在の意味を見出してくれようとしているのだろうか。いやいやいやいや。ないない。そんなものはありなどしない。いいから早く嫌え。嫌ってしまえ。そんな安芸の安寧にも、毛利家の繁栄にも、何にも関係ないことに思考を割いていること自体が無駄なことだと気付いてくれ。煩わしさのあまり死ぬほど嫌ってくれ。そして、私を解き放ってほしい。解放の道だけがお互いの救いとなるのだ。さあ、嫌え。嫌うんだ。嫌え!もう、何なら待つよりも行動に移した方が早いのかもしれない。抑々、毛利さんに嫌われない方が至難の業なのだ。嫌われる方法など、宇宙の果てしなさのように際限なく広がっている。ビンタをぶちかますことから悔恨を呼び起こす過去をぶち撒けるまでその可能性は無限大である。事の成り行きを見届けるよりも、某タクティシャンだった頃の黒歴史を暴露した方が手っ取り早いだろう。ビンタというのは流石に私の道徳心が許さないので、精神的に殴ることにしようと思う。私が今、最も恐れる事態は思案の末、無関心のままに私が捨てられるか、もしくは殺されてしまうことにより、元の世界に帰ることができなくなることである。そんな不幸な未来が導き出されてしまう前に、毛利さんが忘れてしまっている愛の方程式を説いていた封印されし記憶を呼び覚ませてやろうと、この瞬間だけ、私が裁定者となろうとした時、毛利さんがゆっくりと顔を俯かせ、頭の重みを右手に預けていた。特段、気にする事もなく様子を見守っていたが、暫くそのまま動かずにいたので、流石に気分が悪くなってきたのではないかと心配になってきた。
「も、毛利さん、大丈夫ですか?どうかされたんですか?」
正面に座っていた私は立ち上がって、顔を俯かせたままの毛利さんへと近付く。声を掛けても何の反応もない。軽々しく体に触れるなど、立場やその後の仕打ちなどから憚られたものの、何かあっては遅いとそっと、肩に手を添えてみた。
「ッ…触るでない!!」
添えられた手は拒絶の一喝を浴びせられるとと共に勢いよく払われた。普段の冷静沈着な毛利さんからは想像もつかない取り乱し様に、たちまち不安と負い目が押し寄せてくる。
「っわ!すすすすみません!返事がなかったものだから!心配で、その―」
続くはずだった言葉は喉につっかえてしまう。毛利さんは片手でその大層整ったご尊顔を覆っていた。指の隙間から覗く鋭い目が真っ直ぐに私を睨み据える。気のせいなのかもしれないが、その肌は微かに赤らんでいるように見えた。一喝され、振り払われた手は、きっと痺れるような痛みが疼いているのかもしれない。だが、痛みはその衝撃によって掻き消された。声を荒らげられ、手を弾かれたことにも驚いたが、目の前の光景はそれを凌駕していた。氷の面と畏れられる、その瞳に身体の芯まで凍てつく冷徹さは微塵もなく、寧ろ、ひりつくような情の熱が伝わってくる。それは怒りというよりも焦燥と緊張が綯い交ぜになった痛切なまでの危うさがそこにはあった。どちらにせよ、やはり、珍しいものであることは変わりはない。私はかける言葉も見付からず、この場から立ち去るのも何だか躊躇ってしまい、どうしていいのかもわからず、ただただ呆然と立ち尽くす。
「…恐らく―」
沈黙は破られた。よく通る凛とした声であるはずなのに、微かな揺れを感じた。恐らくだなんて、この人にしては何と自信のない、話の切り出しだろうか。あんなに取り乱した様子を曝け出した後に一体、何を言われるのか。私は緊張の中、ごくりと固唾を呑んだ。
「貴様は、元の世界には帰れぬ。」
沈黙は再び訪れた。それは思いもよらぬものだった。いつものように冷たく言い放たれたものではないのに、かつてないほど残酷なことを告げられたのだと気付くまで少々、時間を要した。自分が計略智将と名高い毛利元就という自覚はちゃんとお持ちなのであろうか。恐らくだなんて、らしくない保険をかけた枕詞を添えようとも、何かしらの根拠があっての発言のはず。流石に何の理由もなくそんなことを言う人ではあるまい。それこそ、自身の主義に反するものであろう。だからこそ、私にとっては死活問題。残酷な現実をはい、そうですかと簡単に受け入れるわけにはいかない。到底、納得できない。納得できるはずがない。
「え……っと、…あの……それは…―」
「…………。」
「な、何ででしょうか…?」
「…………。」
「恐らくってことは、そうは言っても帰れる可能性も勿論、あるってこと…ですよね?」
「…………。」
黙るな。なぜ黙る。何とか言え。説明責任を放棄するな。沈黙は肯定になってしまうでしょうが。死刑宣告だけして、その評決を申さずに放置するだなんてそんなことありますか。しかも、目も合わせずに。人と話す時と人に判決を下す時はその人の目を見なさいって教わらなかったのか。理由なき絶望を与えてはいけないよって戦国時代ではそんな義務教育さえも受けられないのか。嘆かわしい。しかし、今は時代を憂えるよりも自分自身の身を案じるべきである。理由は不明であるにも関わらず、どういったわけか、私が元の世界に帰れない可能性が非常に高い。現状から察するに、多分、殺されない、はず。となれば、捨てられるのか。それはまずい。毛利さんとの接点がなくなってしまえば、嫌われるも何もあったものではない。それだけは何としても回避せねばならない事態であるが、理由もわからない上に非力な私に一体何が出来ようか。自然と震える両手が胸の前で組まれる。
「………す、…捨てないでください…。」
哀れな私にできることなど、懇願することくらいだった。情を持たない相手に情で訴えかける。どう考えても無意味で無益で無駄な行為だった。だが、人というものは抗いようのない絶望的な状況に陥った時こそ、何かに縋りつく生き物のようだ。例えそれが、理由なき死の宣告をし、絶望を生み出した、人ならざる緑の悪魔だったとしても。
「…………捨てぬ。そのような思考、端から持ち合わせておらぬ。」
それを聞いた瞬間、仄暗く沈んだ心に光が差し込む。思わず、表情が綻び、「ありがとうございます!」などと感謝を述べ、表情が綻ぶ。九死に一生を得たことに胸を撫で下ろす私に毛利さんは溜息を吐いて、ぶつぶつと「有り得ぬ」、「何故、このような奴を…」と何やら一頻りぼやくと、命の有難みを噛み締める私に部屋から出ていくように告げた。一先ず、捨てられずに身の安全の確保と帰れる可能性が潰えなかったことに安堵し、上機嫌で退室した私だったが、すぐさまに根本的に何も解決していないことに気付いてしまう。結局、私は元の世界に帰れていないし、何なら帰れない可能性があるらしい。しかも、その理由は毛利さんが頑なに口を割らないために不明。捨てられないと馬鹿みたいにその言葉を鵜呑みにしたものの、相手はあの毛利さんである。その約束に一体どこまでの保証と信用があるのだろうか。ないだろう。だって、それはあの毛利元就だから。根拠としてはそれで十分事足りる。それにさっきの有り得ぬとかこのような奴などのぼやきは何なんだ。有り得ぬのはこちらの台詞なのである。そちらの胸先三寸で帰れず、この世界に囚われ続けている私の気持ちを理解できるわけがあるまい。どこからどう見ても可愛そうなことこの上ないそんな私にこのような奴って。どの口がそんなことを言っているのか。人の心とかないのか!いや、ないわ!なかったわこの人!さきほどまでの胸を満たしていた歓喜が瞬く間に憎悪へと変貌し、膨張し、歪んでいく。その対象はたった一人の人間だけに留まらず、この世界、いけとし生けるもの、ありとあらゆる森羅万象に及びかねないほどに。このままではいけない。今はまだ人でいられるが、いずれ私はこの宇宙すべてを終焉へと導く厄災へと成り果ててしまうだろう。世界の平和を守るためにも、何としてでも一刻も早く私は元の世界に帰らねばなるまい。こうなったら、あの人に頼るしか他ならない!
「というわけで、ご指南願います!!長曾我部さん!」
「おいおい、何だってんだ藪から棒によぉ。」
「どうすれば嫌われるんですか!」
「教えてもらわなくても、もうその方法を知ってるみてぇだが。」
「不特定多数の人ではなく、毛利さんに嫌われる方法です。」
「逆にあいつに好かれる方法がこの世にあんのかよ。」
「毛利さんに嫌われると言ったら長曾我部さんの右に出る者はいないじゃないですか。」
「その言い回しをされて喜べねぇことってあるんだな。」
「お願いしますよ!どうやったら嫌われるんですか!」
「その言い方やめて。それにアンタが何やろうとも無駄だと思うぜ。」
「ええ!何でですか!」
「それはだなぁ―」
「長曾我部。」
「はっ!もももも毛利さん!」
「げっ、毛利。」
「身の程を弁えぬ屑が。今ここで朽ち果てるがよい。」
「いやあああ!やめて!殺さないで!命だけは!何卒!」
「まあ、待てって名前。こいつはアンタにそんなことは絶対にしねぇから安心しな。なあ、毛利。」
「死ぬのは貴様よ長曾我部。」
「えええ!俺なの!?」
「やめてください毛利さん!長曾我部さんを殺すのは私が許しませんよ!今の所は!」
「その後どうなんだよ、俺の命はよぉ!」
「案ずるな。すぐにでもその命、ここで散らしてくれようぞ。」
「てめぇはそれで俺が何で安心できると思ってるんだよ!」
「ずるいですよ長曾我部さん!勿体ぶらずにさっさとどうやったら嫌われるのか死ぬ前に教えて下さいよ!」
「誰も勿体ぶってねぇわ!アンタはアンタでぞんざいに扱われる俺の命ついて何とも思っちゃいねぇのかよ!」
「名前。その屑から何を学ぶというのだ。我に疎まれたいのならば、我の傍らで、精々その醜態を死ぬまで晒し続けるべきであろう。」
「べきではないですね!あなたが定義する私、目的を見失って満たされない空虚な毎日を生きてますよ!」
「嫌われるために一生傍に居ろってか?随分、まどろっこしいことを言うじゃねえか、毛利よぉ。ちっとは素直にアンタの気持ちを言ってみたらどうなんだ?」
「長曾我部。貴様は跡形もなく消え失せろ。」
「今の流れで俺になわけねぇだろうが!」
MANA3/260114
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