お家に帰りたい
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結論からいうと私は元の世界には帰れなかった。もうこの話は終わりだ、と言いたいところだが、事はあらぬ方向へと進んでしまった。事の発端はこうである。とある人物に仕事の手伝いを頼まれて、その人物の部屋へと一緒に行ったところ、襖を開けたら何故か布団が敷かれていた。布団が出しっぱなしであることを指摘しようとしたら景色が反転し、背中に感じるのは柔らかな衝撃。咄嗟のことに意図も容易く布団の上に組み伏せられ、何が起きたのか思考が追い付かない私の視界には手伝いを頼み部屋へ連れ込んだ人物が満面の笑みを浮かべていた。その状況が何を意味するのか理解するための平静を保つことができない中、身の危険をけたたましく警告する本能に従って全身全霊で抵抗したものの、その甲斐はなく私の体は蹂躙されたのである。男女の力の差というのもあるが、如何せん相手が悪かったのだ。そのとある人物というのが何を隠そう半兵衛さんだったのだが、私の中での半兵衛さんは性欲があるようにも思えず、例えあったとしてもその対象に私が該当するとは微塵も考えられなかったのだ。まさに私にとって青天の霹靂に他ならない今回の事件でトラウマ級の喪失感を味わったのに対して、現実味というものが一切湧いてこず涙も出ない。流れぬ涙の代わりに「初めてだったのに…。」と虚ろな気持ちを溢すと「よかったじゃないか。初めてがこの僕で。」と半兵衛さんは悪びれる様子もない。いいわけがあるかクソボケが。半兵衛さんがこのような蛮行に及んだ動機は元の世界に帰りたい私への嫌がらせだと思い、こんなことをしてまで私を元の世界に帰らせたくなかったのかと追及すると相手が怪訝そうな顔つきをするものだから、もしかして知らなかったのかと確認すれば何も知らなかったと何故か不機嫌に答えられた。何故裁かれるべき立場にあるあなたが被害者の私を差し置いてそんな顔ができるのか。罪人としての意識が低いのではないのだろうか。多くは望まないので少なくとも死をもって贖ってほしい。そもそも、私が元の世界に帰れる方法を知らなかったのなら何でこんなことをしたんだ。怖い。嫌がらせだとしても怖いが動機が不明瞭なのはもっと怖い。半兵衛さんが関わればどう転ぼうが怖いのだが。動機について気懸りではあるのだが、怖いということとあまりにも多くを失い茫然自失となった私にはその気力は残されてはいなかった。そして、この話は例のごとく私が泣き寝入りする形で終わる、はずだった。
ここまでは更なる地獄への序章に過ぎず、あらぬ事態があらぬ方向へと展開したのはここからなのである。この日を境に半兵衛さんは毎日、必ず一度、私とそのような行為に及び始めたのだ。それは夜に限らず、朝でも昼でも時には布団がなくとも人目を憚るのであれば、貴重なものが保管されている蔵や人が滅多に寄り付かない廊下の隅で事に及ぶなんてことも。勘弁してくれ。何がそんなにあなたを性欲の化け物へと駆り立てるのだ。欲を吐き出すだけなら私でなくとも半兵衛さんなら引く手数多だろうに、何故私なのかと流石に固執するその理由を尋ねてみれば、元の世界に帰さないためとのこと。結局、嫌がらせではないか!どこに惜しみない尽力を注いでいるんだ!夢はどうした!こんなことにかまけている暇はないだろうに!私を解放しろ!しかし、ここでとある一つの疑問が浮上するのである。私はてっきり、一度事に及んでしまえば元の世界に帰れないとばかり思い込んでいたが、もしかして、帰れるチャンスというのは一日一回あるということなのだろうか。だから、半兵衛さんも毎日こんな嫌がらせをしているのだろう。何たるデイリーボーナス!そこに気付くとは流石は天災、いや天才と呼ばれるだけはある!翌日、善は急げと私は半兵衛さんからの逃亡計画を図る。が、あっさりと見付かってしまい捕獲された挙句、余程、半兵衛さんの琴線に触れてしまったのか枷を付けられ、ほぼ監禁に近い状態の生活を送る羽目となった。ここまでする?何で枷までする?これは罪人である半兵衛さんがするべきものなのでは?半兵衛さんがしろよ!必然的に拘束プレイに洒落込む羽目になってしまい、その時の半兵衛さんの活き活きした姿ときたら。それに反して私は死に死にしてましたけどね。誰かの幸せは誰かの不幸の上で成り立っているのだと身を以てして実感することとなった。このド鬼畜軍師が!もはや精神的にも肉体的にも疲弊してしまった私は元の世界へ帰ることと現状から抜け出すことを諦めていた。死んだ目をして観念した私を見て、残された搾りかすの慈悲か飽きたからかは定かではないが、半兵衛さんは枷と監禁生活からは解放してくれた。
そんな日々が続き現在に至る。今日も今日とて行為に及ぼうとするところなのだが、一つ問題というか異変というか不安というか、この行為そのものとは別の抵抗する要素があった。
「あの…半兵衛さん…。」
「………。」
「…顔色が優れないようですけど…。」
病人である半兵衛さんの顔色が悪いのなんていつものことであるが、今日は殊更に悪く見える。軍師としての職務に加え、自らも戦場に赴き剣を振るい、その上、毎日、情事に浸っていては、無理が祟ってしかるべきであろう。自分が病人であることを忘れているのであろうか。病人なら病人らしく床に臥せているべきだ。そんな状態では事に及んでいる最中に血を吐いたとしてもおかしくはないし、私はそんな地獄さながらの酸鼻を極める事件現場に絶対に居合わせたくなどない。正直に言うと、もう二度と訪れないと思っていたデイリーボーナスが復活するのではないかという淡い期待はあるが、私は半兵衛さんと違って他人の気持ちに寄り添おうとする人の心があるので、体調が芳しくない人を目の前にしたら普通に心配である。後、吐血によってこの場を事件現場と化してほしくはない。
「…半兵衛さん。無理をしたら体に障りますよ。今日はやめておいた方が…。」
「やる。」
「いや、でも―」
「やる。」
この人、目が据わっていやがる。積み重なった疲労のせいで正常な判断ができていない。このままでは半兵衛さんの体力どころか命が持たない。情事の最中に死ぬだなんて笑えないし、もしそうなった場合、最悪私が罪人扱いされて、誰とは言わないが残滅される可能性がある。死にたくはない。
「半兵衛さん。自分の体なのだから半兵衛さんが一番わかっているのではないのですか。もしもの時があってしまっては遅いんですよ。そうなってしまったら半兵衛さんもそうですし、秀吉さんや他の皆さんも困るのではないんですか。」
「…僕に気を遣っているのかい?」
「そんな顔色を見せられたら気も遣いますよ。」
「だったら今日は君が動いてよ。」
「何故そうなるのか!」
何で半兵衛さんが私に対する嫌がらせの手助けを私自身がしなければならないんだ!するわけないだろ!今の半兵衛さんの狂乱した頭の中で私までもれなく狂乱させないでいただきたい!こんな時まで私の優しさを蔑ろにするどころか自分の欲望に利用しようとするな!例え私が狂乱に身を委ねて動くことになったとしてもそれはそれで体力消耗するでしょうに!狂乱の果ての死は免れんだろ!死にたいのかあなたは!
「動きませんよ!そもそも私はこんなことしたくないんですから!」
「初めての経験で泣くほど善がっていたくせにかい?」
「よよよよ、よが、よがよが善がってないわ!」
正常な思考を持ち合わせていないせいで記憶まで改竄されるらしい。同意の上の行為ではないのに善がるわけないだろ!さっきまで死んでいた半兵衛さんの顔が僅かに微笑んだ気がした。初めてで善がっていたという半兵衛さんの頭の中だけに存在する私を思い出して笑わないでくださいこの助平が。その私は現実の私ではないんですからね!決して!それにしてもこの人、やると決めたらとことん頑固者だから厄介である。流石は命の限りやら命を懸けてとのたまいているのは伊達じゃないが命の限りこんなことしてほしくないし、こんなことに命を懸けないでいただきたい。とにかく、死んでしまっては困るのだ。そこで私はとある一つの提案を持ちかけることにした。本当ならば口にするのも躊躇するような提案を。
「半兵衛さん、提案なんですけども数日、せめて今日だけでも誰か他の人に代わっていただいたらいいんじゃないですか?それだと私はまだこの世界に居ますし、半兵衛さんも休むことができますよ。」
私は半兵衛さんだろうが誰だろうがやりたくないものはやりたくないし、まるで誰でも受け入れるみたいなふしだらなことだって言いたくはない。本当ならこんな提案だってしたくはないが、半兵衛さんの死を回避するには私が歯を食いしばりながらも譲歩しなければならないのだろう。この身はすでに穢れてしまったが、心はまだ清いままでだと自分に言い聞かせて。まったく、私から歩み寄ったことを感謝してもらいたいほどである。
「どうですか半兵衛さん?半兵衛さんにとっても悪い話ではないと思ぐッ!!」
突如として咥内に侵入した異物感により、私の言葉は遮られた。その異物感の正体とは半兵衛さんの指であった。そのしなやかで細長い指が口の中を無遠慮に這いずり回るせいで息が苦しく、言葉の代わりに今にも唾液が溢れ出しそうになる。この行動の意味を推し量れず、半兵衛さんを見れば先ほどまで自分の妄想で口元を緩ませていたのとは打って変わり、静かな怒りを浮かべていた。感謝こそされどそんな風な表情されるとは思っておらず私は混乱を禁じ得なかった。
「実に気遣いのある意見をありがとう。君は本当に優しいね、名前。君のその優しさが今は無性に腹立たしくて仕方がないよ。何故、僕が貴重な時間と労力を割いてまで君を抱くのか、まるでわかっていないのだから。誰かを代わりにだって?そんなことするわけないだろう、絶対に。そもそも、今更、君は僕以外の男で満足できるわけがないくせに。僕を気遣うというのであれば、大人しく僕に身も心も委ねて快楽に溺れていればそれでいいんだよ。」
口の中と同様に私の思考も搔き乱す指のせいで、半兵衛さんの話がうまく聞き取ることができない。例え聞き取れたとしても、その話を理解するまでには至らなそうな気しかしない。その要因となる指が引き抜かれて、一つや二つ吐こうとした言い分は言葉ごと飲み込まれ、唾液が顎を伝った。
その後。案の定、無理が重なり、限界を迎えた半兵衛さんは事の最中に盛大に吐血し、私の上に倒れた。吐かれた真っ赤な血を浴びた私は城中に大絶叫を響き渡らせて、騒ぎに駆け付けた石田さんが登場したことにより、行為中の自分の姿を晒す羞恥心と痴情の縺れの末ともいえるような惨状に勘違いされて残滅される恐怖で更に絶叫を木霊したが、辛うじて半兵衛さんの息があったため、私は死を免れることができた。これにより半兵衛さんは数日休むこととなったものの、半兵衛さんから解放された私はというと元の世界に帰ることはなかった。何が天才だ竹中半兵衛ふざけるな。
MANA3/241128
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