死ぬ
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私は生きる為に死のうとしていた。そんな矛盾に勇気を振り絞り立ち向かった。全ては元の世界に戻りたいが為。頭上から垂れ下がる縄の端に作られた輪に頭を潜らせる。後は踏み台を蹴って、自分の体を宙に浮かせるだけ。しかし、中々、踏み台を蹴るには至らない。激しくなる脈拍、荒くなる息遣い、滲み出る嫌な汗、定まらない、焦点。やらないといけないんだ。やらないといけないんだ。やらないと!
「何をしているんだい。」
背後からした声に驚き振り向こうとした瞬間、謎の強い衝撃に踏み台がなくなった。がくんと落ちる体を縄が支えた結果、私の首はぎりぎりと絞まる。
「ぐっ…は、ぅ…ア…ッ!!」
「何をしているんだと聞いている」
背後から前に回り込んで来た人物は案の定、半兵衛さんだった。目の前で人が首を吊って悶絶していると言うにも関わらず、この人は腕を組みながら平然とその様を傍観している。寧ろ、何かちょっと笑ってる辺り流石ですよこの人!首絞まってるんですよ見てわからないんですか!喋れないんですよ!言葉に出来なくとも、目なり、身振りなりで伝え様とする間にも、意識と視界が段々とぼやけて来た。死ぬ。一瞬、綺麗なお花畑が見えたと思ったら、首への圧迫感が消え去り、体は畳の上に落ちた。
「がはッ!ごほごほッ…!」
刀が鞘に収まる音が聞こえる。上から伸びていた首に掛かる輪の結び目より先の縄が下へと垂れていた。切られた跡が残った縄から察するに半兵衛さんが助けてくれたのだと思う。呼吸が少しだけ楽になった所で半兵衛さんを窺えば、やれやれと今にも溜息をつきそうだった。
「首吊りとはね。君はそれが一番楽に死ねる方法だとでも思ったのかい。これでわかっただろう。楽に死ねる事なんてこの世にはないのだよ。」
「…いや、…あの……。」
「おや、違うのかい。僕はてっきり君がこれ以上生き恥を晒すのが堪え難くなって死にたくなったものだと思って老婆心ながら踏み台を蹴ってあげたと言うのに。」
「人殺し!!!!」
それ老婆心じゃなくて歴とした悪意じゃないですか!老婆心とは名ばかりの殺意じゃないですか!老婆はそんなつもりではないのだ老婆に謝れ!確かに死のうとしてましたけど、こっちにも心の準備と言うものがあるんですよ!半兵衛さんの名目だけの老婆心のお陰で首を吊って死ぬ気はすっかり失せてしまった。それ所が死への恐怖が増してしまい、これでは私が元の世界へ帰る計画が頓挫してしまう。
「それにしても、何故死のうとしたんだい?」
「勘違いがない様に言いますけど、死にたかったから死のうとした訳ではないんですよ。帰れるんですよ、死んだら。」
「…帰れる…?」
「そのままの通りです。元の世界に帰る方法が私が死ぬ事なんです。全く、帰りたいだけなのに死ぬだなんて難儀な事ですよ。……半兵衛さん?」
半兵衛さんの様子が何か可笑しい事に気付く。俯いていて顔に影が出来て、表情はわからず、だんまりとしている。どうしたのだろうか。まさか、具合が。そう思うと心配せずにはいられない。いられないのだが、相手が私を殺そうとした事を思い出したら、心配しなくても良いんじゃないのか。寧ろ、今後の為にもここで止めを刺すべきなのではないのだろうか。しかし、そんな事なんてせず気遣おうとする私。まるで阿弥陀様じゃないか!
「どうしたんですか、半兵衛さん。大丈夫ですか?」
「……ない…。」
「はい?何て言ぐぶぉッ!!!!」
消え入りそうな声で喋る相手の言葉が聞き取れず、聞き返そうとした所、首に引っ掛かっていた縄をぐいっと引っ張られて体がずるずると這いずる。引かれる力と体重により首に縄が食い込む。半兵衛さんの意図が掴めない行動。再び訪れた息苦しさに悲鳴を上げる事もままならず、ただただ、じたばたと悶絶するだけ。頭上から垂らした縄で首を吊った時と比べれば、多少は苦しくはないかもしれないが、生かさず、殺さず、加えて何をされるかもわからないこの生殺し状態は首吊りの比ではない。万が一、これで死んで帰れたなら、なんて悠長な考えなどしていられなかった。不意に首が引っ張られる力が消えて、為すがままだった体が倒れる。冷たい。ここは何処だ。頭がくらくらと揺れ、目がちかちかと瞬く。
「…ッ……一体何なんですか半兵衛さん。」
「帰さないよ。」
両肩をがしりと強く掴む手にびくりと肩が跳ねる。しかし、私が驚愕したのはそんな事ではなかった。
「帰さないよ。絶対に帰さない。帰さない帰さない帰さない帰さない帰さない帰さない帰さない。そもそも、何処に帰ると言うんだい?今君が居るこの世界が君の帰る場所だろう?僕が居るこの世界が君の居場所なんだよ。名前、君は僕が居ないと生きていけないんだ。わかっているのかい?君を死なせたりなどさせない。絶対に。絶対に許さない。僕が許さない。安心して。僕が君を守るから何も心配しなくても良い。名前は僕の為に生きてくれればそれで構わないから。」
早口に捲し立てる半兵衛さんの口は笑っていたものの、ゆらゆらと不安定に揺れるも真っ直ぐに私を捕える瞳は笑ってなどいなかった。明らかに半兵衛さんの様子が可笑しい。異常だ。いや、いつも異常だが、今は殊更に異常だ。ど、どうした!!!!情緒不安定か!?!?新しい病気が発作したのか!?!?何かわからんがテンション高いなオイ!付いていけないわよ!テンション高い所の話じゃなさそうだが。相手に気圧されながらも兎に角、落ち着きなさいよとビンタの一発でもお見舞いするべきか否か考えていると、今頃になって連れられて来た場所が牢屋の中である事に気が付き、全身の血の気が失せていくのがわかる。こんなもの落ち着いていられるか。ビンタしようにも言葉で宥めさせようにも手も口も動こうとはしない。逃げなければ。けたたましいサイレンを鳴らす頭ではわかってはいるのに。このままでは私は死んで元の世界に帰る所か半永久的に“この世界”に生かされてしまう。いやいや、半兵衛さんは少し気が動転してるだけなんだ。そうだ、そうに決まっている。若しくは冗談に違いない。そうですよね!半兵衛さん!
「とりあえず、君がまた変な気を起こさない様に手枷と足枷を嵌めるけど、構わないよね?」
死なせろおおおおおおお!!!!!!!!!!死なせてくれえええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!!
MANA3*130508