2章
Name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
夏休みが明けたばかりとはいえ、海辺の風は冷たい。いや、東北は9月から肌寒くなっていくのだろうか。普段なら残念に思う太陽を隠す分厚い雲は、今日ばかりは心を穏やかにさせた。潮風に当たると髪の毛が重たく靡く。指通りの悪くなったそれが顔に張り付くが、払うことすら億劫だ。
あの日から私は家にこもっていた。涙は枯れることなく、堰を切ったように流れ続けた。泣き疲れていつの間にか眠り、頭痛で目を覚ます。そんな日をきっと1週間は繰り返した。この世界で一生を過ごすなんて、推しを間近で見られて最高だと思っていた。今は…ただこの世界にいる事が辛い。
バレーをしていない、いや、出来なくなった彼らを見なくてはならない。そう考えると涙が止まらなかった。
学校に連絡を入れていなかったため、担任が訪ねて来たりもした。驚いたのは、月島まで訪ねてきたことだ。自宅を知っている唯一のキャラクターだが、訪ねてくるなんて思わなかった。カーテンの隙間から姿を確認した瞬間、冷や汗が止まらなくなり、気配に気づいたのか月島が視線を私に向けた。玄関から人の気配が消えるまで何時間にも感じ、必死に息を殺したのだ。
今日も部屋を照らすのはカーテンの隙間から入る光だけ。ゆるりと太陽を見上げ、手を伸ばす。
夏が、終わる。
気がついたら海へ向かう電車に乗っていた。オーバーサイズのパーカーを着てフードを深く被る。昼間の電車は空いていて心は落ち着いた。海に着くと、太陽はすっかり隠れていた。少し湿った砂浜は固くなり、足を取られることもなかった。
何も考えたくなくて、靴を脱いで海へと進む。思ったより冷たくて身体が震えた。あぁ、このまま進めば…なんて、思ってもないことを考える。こんなことで居なくなりたいだなんて贅沢だ。
乾いた笑いを漏らすと、隣に人が現れた。現れたというか、海から出てきたというか。
ぷはっと息を大きく吸い込み、海水で重たくなった髪の毛を犬みたいにぶるぶると震わせていた。
だ、誰…というか、なんで。いつから?いきなり海面に現れた人間に思考が定まらない。
「ふう〜っ…」
「……………。」
「ん?」
やがてその人間はこちらに気がついて、くりくりした大きな目が私を捕らえた。人間、いや彼女は、大きくウェーブのかかった明るい茶髪。海水に濡れてもなお上を向き続ける長いまつ毛。崩れてはいるがそれでも分かる派手な化粧。色鮮やかなネイル。露出の多めな派手な服。
彼女は私が関わったことの無い人種…正直に言うと、関わりたくはない人種のようだ。
「うわあ!?エっ、誰!?いつから!?なんで!?」
「…」
こちらのセリフだ。私は足だけだが、彼女は全身海に浸かっていたのだ。どう見ても驚くべきなのは私だ。
「人が居るなんて思ってなかったから、超びっくりだよ〜。びしょ濡れで恥ずかし〜!」
「…あ、の、何してたんですか…?」
「んっとね、探し物!大事なものなんだけど、昨日海にポーイってされちゃってさー。」
「!」
それはもしやいじめではないだろうか。私の偏見だが、こういった風貌の所謂ギャルの女の子はいじめられる側ではなくいじめる側だと思っていた。だが確かに、今時こんな典型的なギャルは希少だろうし、普通の清楚っぽい優等生がいじめる側でしたという漫画はよく見る気がする。そう思い始めると急になんとかしてあげたくなるのが人間なのだろう。
「いじめられてるの…?」
「へ?……あぁ!違う違う!くーちゃんにぽいってされたの!」
「く、くーちゃん?」
「ここ、くーちゃんの…あ、飼ってる犬ね!散歩コースでさ。よく枝とかごみを咥えてぽいしちゃうのー。で、昨日は間違って私のブレスレット持ってっちゃってさぁ…。」
心配して損した。
「で、おねーさんは?」
「え?」
「こんな寒い日に、海でなにしてんの?」
「何って…」
なんだろう。そんなの、私が聞きたい。学校も部活もサボって、家にこもり続ける日々。急に海が見たくなったのだ。理由なんて…いや、このままなんて嫌だと思っているから海に来た。どうしたらいいか分からなくて、誰でもいいから受け止めてほしくて。私も、きっと。
「…探し物、かなあ。」
「…ふーん?私とおんなじだね。」
「ふふ、うん。」
あ、久々に笑った気がする。明るくて不思議な子だなあ。人と言葉を交わすのは感情の整理に最適だ。変な子には変わりはないと思うが、案外取っつきにくいギャルではないかもしれないと思うと同時に、勝手に運命的なものを感じて、私も服のまま海に潜ってみた。
全身が冷たい。気持ちいい…かもしれない。隣で女の子が驚いたように声をあげたのが分かる。その後、泣きはらした目に海水が染みて死ぬほど痛かった。
結局その子の探し物は見つからなくて、二人で陸に上がった。びしょ濡れの二人は凍えながら風を凌ぐために岩場の陰に身を寄せ合った。初めて会った人とこんな奇妙な経験をするなんて、と、可笑しくてクスリと笑う。
「もー、変なおねーさん。急に潜ったかと思ったら、痛いぃ!って騒いで、今は笑ってるし。」
「ふふ、ごめん。」
君に言われたくはないよと心で突っ込んだ。それから「あ、見て。」という彼女の声がした。口元に伝ってくる水滴は、涙なのか海水なのか塩辛くて分からなかったけど、言われた方向を見ると太陽がしっかりと顔を出していて、頬に伝ったそれを乾かしてくれた。
「おねーさんの探し物は?見つかった?」
「…うん、」
そんな気がするよ。良かったねと笑う彼女に感謝の気持ちを伝えた。太陽に照らされた私たちの震えは段々と収まり、波の音がこの時間をより非日常のように感じさせる。つい、この子の名前を知りたいと思ってしまった。
「私、槙島ツユリ。烏野高校に通ってる1年生。あなたは?」
「エ!烏野!私ね、枢戸ちょこ!」
「ちょ、チョコ?ちゃん?」
キラキラネームだ…。
「おねーさんだと思ったけど同い年なんだ~!エ、烏野って、バレー部の人誰か知ってる人いる??」
「な、なんでバレー部?(正直今その話したくはない…。)」
「私バレー好きでさ!よく観に行くんだよね!ほら、かっこいい人多いし~、烏野なら菅原さんとか。月島くんとか!夏の試合もかっこよかった~!」
話の雲行きが怪しくなった気がする。ミーハーな子なのか…私もかっこいいとは思うけど、バレーを好きな理由=かっこいい人が多いから。という言い方が気になった。気にしすぎかもしれないけど。
「…知ってるも何も、一応、バレー部のマネージャーだから皆知り合いだよ。」
「…え?」
ずっと笑顔だった彼女の顔から、急に色がなくなった。真顔でこちらを見つめる彼女がなんだか怖くて、目を背ける。彼女は何かブツブツと言葉を発していたようだったが、私には聞こえない。
暫くして、ようやく聞こえる声で発した言葉に耳を疑った。
「烏野に入るマネってやっちゃんだけじゃないの?もう一人なんていなかったよね?え、おねーさんもトリップしてるってこと?」
「…え。」
先ほどまでの明るい、非日常が嘘のように。冷汗が背中を伝う。
あの日から私は家にこもっていた。涙は枯れることなく、堰を切ったように流れ続けた。泣き疲れていつの間にか眠り、頭痛で目を覚ます。そんな日をきっと1週間は繰り返した。この世界で一生を過ごすなんて、推しを間近で見られて最高だと思っていた。今は…ただこの世界にいる事が辛い。
バレーをしていない、いや、出来なくなった彼らを見なくてはならない。そう考えると涙が止まらなかった。
学校に連絡を入れていなかったため、担任が訪ねて来たりもした。驚いたのは、月島まで訪ねてきたことだ。自宅を知っている唯一のキャラクターだが、訪ねてくるなんて思わなかった。カーテンの隙間から姿を確認した瞬間、冷や汗が止まらなくなり、気配に気づいたのか月島が視線を私に向けた。玄関から人の気配が消えるまで何時間にも感じ、必死に息を殺したのだ。
今日も部屋を照らすのはカーテンの隙間から入る光だけ。ゆるりと太陽を見上げ、手を伸ばす。
夏が、終わる。
気がついたら海へ向かう電車に乗っていた。オーバーサイズのパーカーを着てフードを深く被る。昼間の電車は空いていて心は落ち着いた。海に着くと、太陽はすっかり隠れていた。少し湿った砂浜は固くなり、足を取られることもなかった。
何も考えたくなくて、靴を脱いで海へと進む。思ったより冷たくて身体が震えた。あぁ、このまま進めば…なんて、思ってもないことを考える。こんなことで居なくなりたいだなんて贅沢だ。
乾いた笑いを漏らすと、隣に人が現れた。現れたというか、海から出てきたというか。
ぷはっと息を大きく吸い込み、海水で重たくなった髪の毛を犬みたいにぶるぶると震わせていた。
だ、誰…というか、なんで。いつから?いきなり海面に現れた人間に思考が定まらない。
「ふう〜っ…」
「……………。」
「ん?」
やがてその人間はこちらに気がついて、くりくりした大きな目が私を捕らえた。人間、いや彼女は、大きくウェーブのかかった明るい茶髪。海水に濡れてもなお上を向き続ける長いまつ毛。崩れてはいるがそれでも分かる派手な化粧。色鮮やかなネイル。露出の多めな派手な服。
彼女は私が関わったことの無い人種…正直に言うと、関わりたくはない人種のようだ。
「うわあ!?エっ、誰!?いつから!?なんで!?」
「…」
こちらのセリフだ。私は足だけだが、彼女は全身海に浸かっていたのだ。どう見ても驚くべきなのは私だ。
「人が居るなんて思ってなかったから、超びっくりだよ〜。びしょ濡れで恥ずかし〜!」
「…あ、の、何してたんですか…?」
「んっとね、探し物!大事なものなんだけど、昨日海にポーイってされちゃってさー。」
「!」
それはもしやいじめではないだろうか。私の偏見だが、こういった風貌の所謂ギャルの女の子はいじめられる側ではなくいじめる側だと思っていた。だが確かに、今時こんな典型的なギャルは希少だろうし、普通の清楚っぽい優等生がいじめる側でしたという漫画はよく見る気がする。そう思い始めると急になんとかしてあげたくなるのが人間なのだろう。
「いじめられてるの…?」
「へ?……あぁ!違う違う!くーちゃんにぽいってされたの!」
「く、くーちゃん?」
「ここ、くーちゃんの…あ、飼ってる犬ね!散歩コースでさ。よく枝とかごみを咥えてぽいしちゃうのー。で、昨日は間違って私のブレスレット持ってっちゃってさぁ…。」
心配して損した。
「で、おねーさんは?」
「え?」
「こんな寒い日に、海でなにしてんの?」
「何って…」
なんだろう。そんなの、私が聞きたい。学校も部活もサボって、家にこもり続ける日々。急に海が見たくなったのだ。理由なんて…いや、このままなんて嫌だと思っているから海に来た。どうしたらいいか分からなくて、誰でもいいから受け止めてほしくて。私も、きっと。
「…探し物、かなあ。」
「…ふーん?私とおんなじだね。」
「ふふ、うん。」
あ、久々に笑った気がする。明るくて不思議な子だなあ。人と言葉を交わすのは感情の整理に最適だ。変な子には変わりはないと思うが、案外取っつきにくいギャルではないかもしれないと思うと同時に、勝手に運命的なものを感じて、私も服のまま海に潜ってみた。
全身が冷たい。気持ちいい…かもしれない。隣で女の子が驚いたように声をあげたのが分かる。その後、泣きはらした目に海水が染みて死ぬほど痛かった。
結局その子の探し物は見つからなくて、二人で陸に上がった。びしょ濡れの二人は凍えながら風を凌ぐために岩場の陰に身を寄せ合った。初めて会った人とこんな奇妙な経験をするなんて、と、可笑しくてクスリと笑う。
「もー、変なおねーさん。急に潜ったかと思ったら、痛いぃ!って騒いで、今は笑ってるし。」
「ふふ、ごめん。」
君に言われたくはないよと心で突っ込んだ。それから「あ、見て。」という彼女の声がした。口元に伝ってくる水滴は、涙なのか海水なのか塩辛くて分からなかったけど、言われた方向を見ると太陽がしっかりと顔を出していて、頬に伝ったそれを乾かしてくれた。
「おねーさんの探し物は?見つかった?」
「…うん、」
そんな気がするよ。良かったねと笑う彼女に感謝の気持ちを伝えた。太陽に照らされた私たちの震えは段々と収まり、波の音がこの時間をより非日常のように感じさせる。つい、この子の名前を知りたいと思ってしまった。
「私、槙島ツユリ。烏野高校に通ってる1年生。あなたは?」
「エ!烏野!私ね、枢戸ちょこ!」
「ちょ、チョコ?ちゃん?」
キラキラネームだ…。
「おねーさんだと思ったけど同い年なんだ~!エ、烏野って、バレー部の人誰か知ってる人いる??」
「な、なんでバレー部?(正直今その話したくはない…。)」
「私バレー好きでさ!よく観に行くんだよね!ほら、かっこいい人多いし~、烏野なら菅原さんとか。月島くんとか!夏の試合もかっこよかった~!」
話の雲行きが怪しくなった気がする。ミーハーな子なのか…私もかっこいいとは思うけど、バレーを好きな理由=かっこいい人が多いから。という言い方が気になった。気にしすぎかもしれないけど。
「…知ってるも何も、一応、バレー部のマネージャーだから皆知り合いだよ。」
「…え?」
ずっと笑顔だった彼女の顔から、急に色がなくなった。真顔でこちらを見つめる彼女がなんだか怖くて、目を背ける。彼女は何かブツブツと言葉を発していたようだったが、私には聞こえない。
暫くして、ようやく聞こえる声で発した言葉に耳を疑った。
「烏野に入るマネってやっちゃんだけじゃないの?もう一人なんていなかったよね?え、おねーさんもトリップしてるってこと?」
「…え。」
先ほどまでの明るい、非日常が嘘のように。冷汗が背中を伝う。
8/8ページ