類は友を呼ぶ
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いけ好かない、という訳ではないが、その朗らかな笑顔の裏側に何か隠すタイプの人間だろう、というのが、神鳥谷遥斗の第一印象だった。
「今日は、Legenders初のトーク番組のお仕事です!対話が中心なのでなかなか慣れないと思いますが、頑張って下さいね」
そう言ったプロデューサーは気合が入ってはいるものの、あまり心配はしていないようだった。
今までテレビといえば音楽番組に出演していた自分達だったが、とうとう初のトーク番組の仕事が舞い込んできた。少しの会話と一曲の歌唱で出番を終える音楽番組と違い、トーク番組は必然と対話が中心となる。
バラエティ番組よりも先にトーク番組の仕事が入ったのは、恐らく自分達特有の落ち着いた雰囲気によるものだろう。
とはいえ、自分も古論も北村も、相当個性的な人間だ。音楽番組ならある程度誤魔化せたところも、上手くはいかないだろう。
そう、自分達だけであれば。
「まぁ、何かあったら俺がフォローするし、Legendersは楽しくやってくれよ」
「ありがとー。遥斗さんが一緒なら心強いなー」
トーク番組と言われた時は緊張した様子を見せていた北村も、遥斗が一緒だと聞いて安心しているようだった。
トップアイドルと謳われる神鳥谷遥斗が同じ事務所に所属していることは知っていたが、彼は多忙なスケジュールのため事務所に立ち寄ることが少なく、会うのは今日が初めてだった。
「大先輩の遥斗と仕事が出来るなんて、光栄だな」
自分がそう言うと、遥斗は笑いながら首を横に振った。
「大先輩って言われると照れるな。俺たち同い年だろ?フランクにいこうぜ、雨彦」
「そうか…?なら、甘えさせてもらおう」
人懐っこい顔で笑うところは、同い年よりも、いくつか幼いような印象を受ける。
年齢はどうあれ、業界では明らかに先輩であるにも関わらずこうも親しく接してくるのだから、人間関係に関して寛容な人物なのだろう。
「遥斗さんはいつもお忙しそうですが、お休みの時は何をしているんですか?」
「休み?んー、俺けっこう私生活だらしないから、休みの日はだいたい寝るか、一日テレビかゲームで終わるんだよな」
そうなんですか、と古論は意外そうな顔をする。
確かに、自分や古論と同じくらいの年齢であるにも関わらず、モデルとしても活躍できるようなスタイルを維持しているのだから、休日はスポーツジムなどに通っているものと思っていた。
しかし、普段からハードなスケジュールをこなしているのだから、たまの休日は冷却期間にしているのだろう。
「ただ…」
思案するように首を傾げた遥斗が、言葉を続ける。
「俺、水族館好きだから時間ができると行ったりするよ」
ああ、それは真実だとしても言ってはいけなかった。
俺と北村が思わず目を合わせたと同時に、古論はパアッと目を輝かせる。
「水族館ですか…!?それは、海に興味がおありなんでしょうか…!?」
文字通り水を得た魚のように、心底嬉しそうな顔をした古論が興奮を抑えられないといった様子で遥斗に詰め寄る。
古論は、海の魅力とやらを多くの人に伝えるため、アイドルになったと聞いている。あまりに熱心な語り口のため適当に流されてしまうこともしばしばだが、そんな古論にとって「水族館が好き」という遥斗の発言は余程嬉しいものなのだろう。
しかし、一般的に水族館が好きな人間でも、行くのはせいぜい月に一度か、下手をすれば半年に一回程度のものだ。週に何回も通っている古論の感覚とは違うだろう。
「海限定ではないなー、川のエリアも好きだし」
古論の勢いに驚いたのか、遥斗が目をぱちくりさせている。
長い海語りが始まる前に、助け船を出さないと…。
「魚とか、水族館独特の落ち着いた雰囲気が好きでさ。首都圏の水族館は全部年パス持ってるし週に二回は行くかな」
その言葉を聞いた瞬間、俺は理解するまで幾分か時間がかかり、隣の北村も言葉を失っているのがわかった。
…年パス?週に二回?
それではまるで、古論と同じではないか。
驚き過ぎて完全に思考が停止している自分達をよそに、古論は感激のあまり遥斗の手を取り固い握手を交わしていた。
「そうそう。ドラマの撮影とか、二時間とか三時間とか普通に待たされるからさ。最寄りの水族館に行ってクラゲエリアでぼーっとしてるのとか最高なんだ」
「なるほど水族館にそんな活用法が…!クラゲでしたら、私は特にあの水族館が…」
古論の海語りに本気で付き合うことのできる人間がいるとは、アイドル業界はまだまだ広かったらしい。
トーク番組を撮影するテレビ局へ移動する道中も、古論と遥斗は楽しそうに水族館談義に花を咲かせていた。
「ふふ、クリスさんとっても嬉しそうだねー」
俺の車で行こう、と言ってくれた遥斗の言葉に甘えてテレビ局まで移動し、車を降りてからも会話の勢いが止まらない古論を見て北村が笑う。
「ああ。収録の前に古論の声が枯れないといいが」
「確かにそれは困っちゃうかも」
自分達では、古論が満足するほど海の話に付き合ってやることはできない。
あまり口には出さないものの、自分の気持ちを誰かと共有したかったであろう古論の楽しそうな様子を見るのは、同じユニットのメンバーとしても嬉しかった。
そんな話をしながら、前を歩く遥斗について行くと、局の入り口を入ってすぐの場所で立ち止まる。
「さて、今日の収録は十六階だったな」
遥斗が入場カードを出し、駅の改札のようになっているゲートを慣れた様子で入っていく。
自分と古論は当たり前のようにその後に続いたが、北村はゲートを通る直前で、あっと声を上げて立ち止まった。
「ごめん、入る前にちょっとトイレ寄っていいかな。すぐ追いかけるから」
北村の指差す先、入り口のすぐ横には確かに化粧室がある。
しかし、そこに何か淀んだ空気が漂っていることに、俺はすぐに気が付いた。
世間一般に何となく知られている通り、芸能界という業界は煌びやかである反面、嫉妬や恨みといった感情が生まれやすい世界でもある。
ここはそんな芸能界を生きる人間が多く出入りするテレビ局。具体的にどんなものかはわからないが、何か悪いものが憑いている、ということだけはわかった。
「待て北村、そこは…」
止めようとして声をかける。
ところが、俺が何か言うより先に、前を歩いていた遥斗が振り返って北村を呼び止めた。
「想楽、上の楽屋の横にも化粧室あるから、荷物置いてから行けばいいよ。そっちの方が関係者用だから綺麗だし」
その様子に、思わず眉をひそめた。
偶然か。いや、そんなことはないだろう。
一見すると自然に北村のことを呼び止めたように見えるが、俺にはわかる。遥斗は恐らく、自分と同じ理由で北村に声をかけた。
遥斗の視線が、北村ではなく、その向こうの化粧室に向いていることからも、それは明らかだった。
信じ難いことに、つまり彼は…俺と同じものが見えている。
訝しむ顔を上手く隠そうと必死になっている俺を他所に、北村も入場ゲートを通り中へ入ってきた。
「そうなんだ、じゃあそっちにしようかなー」
「ここのテレビ局もよく来るんですか?」
「まあね。土曜に放送してる俺の番組、いつもここで収録だから…」
北村と古論と遥斗、三人がエレベーターホールへと歩き出す後ろで、遥斗の背中から目が離せない。
まさか日本一のトップアイドルと言われている彼が、自分と"同類"だったとは。
なるほど、やはり、この業界はまだまだ広く、そして面白い。
テレビ局に到着したあたりから、雨彦の視線が痛い。
無事にトーク番組の収録を終えた後、Legendersの三人をそれぞれの自宅に送るため、俺は自分の車を走らせていた。
三人には申し訳ないからと遠慮されたのだが、思ったよりも終了時刻が遅く、デビューしたばかりとはいえアイドルである三人を終電間際の電車に乗せるのは忍びなかったため、現在に至る。
「北村と古論はすっかり寝たな」
助手席から後ろを振り返る雨彦の声に、俺もミラーで後部座席を確認する。
「クリスは海の話ができてテンション上がってたし、想楽はなんだかんだ緊張してたからな」
いつの間にか後ろで寝息を立てている二人の様子に微笑み、視線を前に戻す。
初めてのトーク番組だったはずだが、三人とも上手く立ち回っていた。スタジオで撮影に臨んでいた編集担当が喜んでいたくらいだ。あとは、放送当日を待つだけだろう。
「まぁ、何事もなく一安心だな」
リーダーとして、今日の収録を無事に終えたことに、雨彦も安堵している様子だった。
俺も、後は三人を送り届けるだけ。そのはずなのだが。
「…ところで、ひとつ聞いてもいいか」
来た。二人きりのこのタイミングで何か言われるとは思っていたが、予想通り。
テレビ局に着いてからというもの、何故か雨彦から痛いほどの視線を感じていた。
「いいよ。何?」
雨彦の気分を害するような心当たりはない。
今日の仕事も特に問題はなかったはずで、では、何が気にかかってしまっているのだろう。
探るような鋭い視線はそのままに、雨彦が口を開く。
「お前さん…"見えてる"だろう」
「見えてる?」
雨彦特有のぼかした言い方に、一体何のことだろうと思考を巡らせて、一つ思い当たった。
「ああ、仕事前の想楽の話か」
「そうだ。あの化粧室に何か見えたから、北村を呼び止めたんだろう?」
ちらりと隣の雨彦に目を向けて、思い出す。そういえば彼は、霊的なものに対する感覚が鋭いのだと、北斗から聞いたことがあった。
「まぁ見えてるっていうか…。"感じてる"って言った方が正しいな」
確かに、あの時は何か嫌な予感がして想楽を呼び止めたのだが、幽霊や悪霊が見えるというわけではなく、自分が感じるのはせいぜい"予感"程度だ。
「幽霊とか、そういうものの姿形がはっきり見えるわけじゃないよ。俺はね」
赤信号で車を止め、改めて雨彦に顔を向けると、車外からの強い光に照らされる端正な顔は普段よりもさらにミステリアスに見えた。
ハンドルに片肘をついて覗く俺の視線に、数回瞬いた後、目を細めてにやりと笑う。
「随分と意味深な言い方だな」
「雨彦はそういうのはっきり見えるの?」
「さぁ…。ま、否定はしないさ」
適当に誤魔化されてしまうかと思ったが、意外だった。
俺は自分のこの体質が俗に言う霊感なのかはわからないし、誰かに話したところで信じてもらえるとは思っていないので、自分から打ち明けたことはほとんどない。
なるほど、雨彦の「芸能界の汚れを掃除するために」とは、そういうことだったのか。
「…というか、もしかしてそれが聞きたくて、今日一日中俺のこと見てたの?」
「おっと、バレてたか」
「見られ過ぎて穴が開くかと思ったよ」
楽屋から収録中まで、あまりに雨彦がこちらを見ていたため、不自然に目が合ってしまいそうで何故かこちらがヒヤヒヤしてしまうほどだった。
本人はそこまで意識していなかったのか、首を傾げながら今日のことを思い出そうとしている。
「けど、なんていうか普通の話で良かった」
思っていたよりも平凡な話題で安心し、思わず安堵のため息をつく。
「変な気を遣わせて悪かったな、一体何の話だと思ったんだ?」
「いやぁだって、あんまり見られてるから、俺はてっきり…」
言葉にしようとして、口を噤む。改めて考えると自意識過剰な話で、本人に言うのは少々恥ずかしい。
しかし、何かを言いかけてやめたその様子を雨彦が見逃すはずはなく、無言で続きを急かしてくるので、俺は観念するしかなかった。
「…惚れられてるのかと思って」
きょとんとした顔で、雨彦が眉をひそめる。
そういう反応をされるとわかっていたから、言いたくはなかったのに。
「誰が?」
「俺が」
「誰に?」
「雨彦に」
信号が変わり、緩やかに走り出した車内に沈黙が漂う。それは、耳を澄ませば後ろの二人の寝息が聞こえそうなほど。
次に雨彦が発した声は、僅かに震えていた。
「…まさかとは思うが、告白されるとでも思ったか?」
「ちょっとドキドキした」
そして、ついに堪え切れず、どちらからともなくほぼ同時に吹き出した。
片手で口元を隠しながら肩を揺らして笑う雨彦は、普段の澄ました様子からは想像できない姿だった。
「は、ははは…くくっ、お前さん、マジか」
「マジマジ。俺のときめき返せよ!」
飄々とした振る舞いや、余裕のある表情をしているものだから、どこか掴みどころのない部類の人間だと思ったのだが。
こうして話してみると、思っていたよりもずっと人間らしく、妙な親近感を感じた。
雨彦も、俺に対して元々少し距離を感じていたのだろう。初めて会う相手に、どうしても緊張感を与えてしまうくらいには、自分は有名になり過ぎているし、その自覚もあった。
「はは…なんか、こんな風に誰かと笑うの久しぶりだ」
ここ数日は仕事が忙しく、他人とゆっくり会話を楽しむ余裕もなかった。それに、仕事はあくまで仕事であって、素の自分を相手に見せることはなかなか難しい。
なんだか嬉しくなってしまった俺を見て、笑いの落ち着いた雨彦が口を開く。
「トップアイドルともなると、色々大変だな」
「そうだな。やめないけど」
アイドルとして輝くために、夢を掴むために多くのものを捨ててきた。
十代の青春も、二十代の自由な時間も、自分にはない。けれど、その代わりに今の自分と、一緒に夢を目指す事務所の仲間たちがいる。
「話し相手が欲しいなら、俺がいつでも聞いてやるぜ」
「え?」
突然の提案に、咄嗟に返す言葉が見つからなかった。
どう返したものかと俺が考えている一瞬の間に、雨彦が続ける。
「恋人にはなれないがな?」
見れば、その口角は楽しそうに、意地悪くつり上がっていた。
「お前…それ引きずるつもりだろ」
「なんなら今度のライブのMCネタにするつもりだ」
勘弁しろよー、と笑い混じりに言えば、雨彦も再び笑う。
後部座席の二人が起きるまで、俺は久々に"友人"との他愛のない会話を楽しんだ。
「今日は、Legenders初のトーク番組のお仕事です!対話が中心なのでなかなか慣れないと思いますが、頑張って下さいね」
そう言ったプロデューサーは気合が入ってはいるものの、あまり心配はしていないようだった。
今までテレビといえば音楽番組に出演していた自分達だったが、とうとう初のトーク番組の仕事が舞い込んできた。少しの会話と一曲の歌唱で出番を終える音楽番組と違い、トーク番組は必然と対話が中心となる。
バラエティ番組よりも先にトーク番組の仕事が入ったのは、恐らく自分達特有の落ち着いた雰囲気によるものだろう。
とはいえ、自分も古論も北村も、相当個性的な人間だ。音楽番組ならある程度誤魔化せたところも、上手くはいかないだろう。
そう、自分達だけであれば。
「まぁ、何かあったら俺がフォローするし、Legendersは楽しくやってくれよ」
「ありがとー。遥斗さんが一緒なら心強いなー」
トーク番組と言われた時は緊張した様子を見せていた北村も、遥斗が一緒だと聞いて安心しているようだった。
トップアイドルと謳われる神鳥谷遥斗が同じ事務所に所属していることは知っていたが、彼は多忙なスケジュールのため事務所に立ち寄ることが少なく、会うのは今日が初めてだった。
「大先輩の遥斗と仕事が出来るなんて、光栄だな」
自分がそう言うと、遥斗は笑いながら首を横に振った。
「大先輩って言われると照れるな。俺たち同い年だろ?フランクにいこうぜ、雨彦」
「そうか…?なら、甘えさせてもらおう」
人懐っこい顔で笑うところは、同い年よりも、いくつか幼いような印象を受ける。
年齢はどうあれ、業界では明らかに先輩であるにも関わらずこうも親しく接してくるのだから、人間関係に関して寛容な人物なのだろう。
「遥斗さんはいつもお忙しそうですが、お休みの時は何をしているんですか?」
「休み?んー、俺けっこう私生活だらしないから、休みの日はだいたい寝るか、一日テレビかゲームで終わるんだよな」
そうなんですか、と古論は意外そうな顔をする。
確かに、自分や古論と同じくらいの年齢であるにも関わらず、モデルとしても活躍できるようなスタイルを維持しているのだから、休日はスポーツジムなどに通っているものと思っていた。
しかし、普段からハードなスケジュールをこなしているのだから、たまの休日は冷却期間にしているのだろう。
「ただ…」
思案するように首を傾げた遥斗が、言葉を続ける。
「俺、水族館好きだから時間ができると行ったりするよ」
ああ、それは真実だとしても言ってはいけなかった。
俺と北村が思わず目を合わせたと同時に、古論はパアッと目を輝かせる。
「水族館ですか…!?それは、海に興味がおありなんでしょうか…!?」
文字通り水を得た魚のように、心底嬉しそうな顔をした古論が興奮を抑えられないといった様子で遥斗に詰め寄る。
古論は、海の魅力とやらを多くの人に伝えるため、アイドルになったと聞いている。あまりに熱心な語り口のため適当に流されてしまうこともしばしばだが、そんな古論にとって「水族館が好き」という遥斗の発言は余程嬉しいものなのだろう。
しかし、一般的に水族館が好きな人間でも、行くのはせいぜい月に一度か、下手をすれば半年に一回程度のものだ。週に何回も通っている古論の感覚とは違うだろう。
「海限定ではないなー、川のエリアも好きだし」
古論の勢いに驚いたのか、遥斗が目をぱちくりさせている。
長い海語りが始まる前に、助け船を出さないと…。
「魚とか、水族館独特の落ち着いた雰囲気が好きでさ。首都圏の水族館は全部年パス持ってるし週に二回は行くかな」
その言葉を聞いた瞬間、俺は理解するまで幾分か時間がかかり、隣の北村も言葉を失っているのがわかった。
…年パス?週に二回?
それではまるで、古論と同じではないか。
驚き過ぎて完全に思考が停止している自分達をよそに、古論は感激のあまり遥斗の手を取り固い握手を交わしていた。
「そうそう。ドラマの撮影とか、二時間とか三時間とか普通に待たされるからさ。最寄りの水族館に行ってクラゲエリアでぼーっとしてるのとか最高なんだ」
「なるほど水族館にそんな活用法が…!クラゲでしたら、私は特にあの水族館が…」
古論の海語りに本気で付き合うことのできる人間がいるとは、アイドル業界はまだまだ広かったらしい。
トーク番組を撮影するテレビ局へ移動する道中も、古論と遥斗は楽しそうに水族館談義に花を咲かせていた。
「ふふ、クリスさんとっても嬉しそうだねー」
俺の車で行こう、と言ってくれた遥斗の言葉に甘えてテレビ局まで移動し、車を降りてからも会話の勢いが止まらない古論を見て北村が笑う。
「ああ。収録の前に古論の声が枯れないといいが」
「確かにそれは困っちゃうかも」
自分達では、古論が満足するほど海の話に付き合ってやることはできない。
あまり口には出さないものの、自分の気持ちを誰かと共有したかったであろう古論の楽しそうな様子を見るのは、同じユニットのメンバーとしても嬉しかった。
そんな話をしながら、前を歩く遥斗について行くと、局の入り口を入ってすぐの場所で立ち止まる。
「さて、今日の収録は十六階だったな」
遥斗が入場カードを出し、駅の改札のようになっているゲートを慣れた様子で入っていく。
自分と古論は当たり前のようにその後に続いたが、北村はゲートを通る直前で、あっと声を上げて立ち止まった。
「ごめん、入る前にちょっとトイレ寄っていいかな。すぐ追いかけるから」
北村の指差す先、入り口のすぐ横には確かに化粧室がある。
しかし、そこに何か淀んだ空気が漂っていることに、俺はすぐに気が付いた。
世間一般に何となく知られている通り、芸能界という業界は煌びやかである反面、嫉妬や恨みといった感情が生まれやすい世界でもある。
ここはそんな芸能界を生きる人間が多く出入りするテレビ局。具体的にどんなものかはわからないが、何か悪いものが憑いている、ということだけはわかった。
「待て北村、そこは…」
止めようとして声をかける。
ところが、俺が何か言うより先に、前を歩いていた遥斗が振り返って北村を呼び止めた。
「想楽、上の楽屋の横にも化粧室あるから、荷物置いてから行けばいいよ。そっちの方が関係者用だから綺麗だし」
その様子に、思わず眉をひそめた。
偶然か。いや、そんなことはないだろう。
一見すると自然に北村のことを呼び止めたように見えるが、俺にはわかる。遥斗は恐らく、自分と同じ理由で北村に声をかけた。
遥斗の視線が、北村ではなく、その向こうの化粧室に向いていることからも、それは明らかだった。
信じ難いことに、つまり彼は…俺と同じものが見えている。
訝しむ顔を上手く隠そうと必死になっている俺を他所に、北村も入場ゲートを通り中へ入ってきた。
「そうなんだ、じゃあそっちにしようかなー」
「ここのテレビ局もよく来るんですか?」
「まあね。土曜に放送してる俺の番組、いつもここで収録だから…」
北村と古論と遥斗、三人がエレベーターホールへと歩き出す後ろで、遥斗の背中から目が離せない。
まさか日本一のトップアイドルと言われている彼が、自分と"同類"だったとは。
なるほど、やはり、この業界はまだまだ広く、そして面白い。
テレビ局に到着したあたりから、雨彦の視線が痛い。
無事にトーク番組の収録を終えた後、Legendersの三人をそれぞれの自宅に送るため、俺は自分の車を走らせていた。
三人には申し訳ないからと遠慮されたのだが、思ったよりも終了時刻が遅く、デビューしたばかりとはいえアイドルである三人を終電間際の電車に乗せるのは忍びなかったため、現在に至る。
「北村と古論はすっかり寝たな」
助手席から後ろを振り返る雨彦の声に、俺もミラーで後部座席を確認する。
「クリスは海の話ができてテンション上がってたし、想楽はなんだかんだ緊張してたからな」
いつの間にか後ろで寝息を立てている二人の様子に微笑み、視線を前に戻す。
初めてのトーク番組だったはずだが、三人とも上手く立ち回っていた。スタジオで撮影に臨んでいた編集担当が喜んでいたくらいだ。あとは、放送当日を待つだけだろう。
「まぁ、何事もなく一安心だな」
リーダーとして、今日の収録を無事に終えたことに、雨彦も安堵している様子だった。
俺も、後は三人を送り届けるだけ。そのはずなのだが。
「…ところで、ひとつ聞いてもいいか」
来た。二人きりのこのタイミングで何か言われるとは思っていたが、予想通り。
テレビ局に着いてからというもの、何故か雨彦から痛いほどの視線を感じていた。
「いいよ。何?」
雨彦の気分を害するような心当たりはない。
今日の仕事も特に問題はなかったはずで、では、何が気にかかってしまっているのだろう。
探るような鋭い視線はそのままに、雨彦が口を開く。
「お前さん…"見えてる"だろう」
「見えてる?」
雨彦特有のぼかした言い方に、一体何のことだろうと思考を巡らせて、一つ思い当たった。
「ああ、仕事前の想楽の話か」
「そうだ。あの化粧室に何か見えたから、北村を呼び止めたんだろう?」
ちらりと隣の雨彦に目を向けて、思い出す。そういえば彼は、霊的なものに対する感覚が鋭いのだと、北斗から聞いたことがあった。
「まぁ見えてるっていうか…。"感じてる"って言った方が正しいな」
確かに、あの時は何か嫌な予感がして想楽を呼び止めたのだが、幽霊や悪霊が見えるというわけではなく、自分が感じるのはせいぜい"予感"程度だ。
「幽霊とか、そういうものの姿形がはっきり見えるわけじゃないよ。俺はね」
赤信号で車を止め、改めて雨彦に顔を向けると、車外からの強い光に照らされる端正な顔は普段よりもさらにミステリアスに見えた。
ハンドルに片肘をついて覗く俺の視線に、数回瞬いた後、目を細めてにやりと笑う。
「随分と意味深な言い方だな」
「雨彦はそういうのはっきり見えるの?」
「さぁ…。ま、否定はしないさ」
適当に誤魔化されてしまうかと思ったが、意外だった。
俺は自分のこの体質が俗に言う霊感なのかはわからないし、誰かに話したところで信じてもらえるとは思っていないので、自分から打ち明けたことはほとんどない。
なるほど、雨彦の「芸能界の汚れを掃除するために」とは、そういうことだったのか。
「…というか、もしかしてそれが聞きたくて、今日一日中俺のこと見てたの?」
「おっと、バレてたか」
「見られ過ぎて穴が開くかと思ったよ」
楽屋から収録中まで、あまりに雨彦がこちらを見ていたため、不自然に目が合ってしまいそうで何故かこちらがヒヤヒヤしてしまうほどだった。
本人はそこまで意識していなかったのか、首を傾げながら今日のことを思い出そうとしている。
「けど、なんていうか普通の話で良かった」
思っていたよりも平凡な話題で安心し、思わず安堵のため息をつく。
「変な気を遣わせて悪かったな、一体何の話だと思ったんだ?」
「いやぁだって、あんまり見られてるから、俺はてっきり…」
言葉にしようとして、口を噤む。改めて考えると自意識過剰な話で、本人に言うのは少々恥ずかしい。
しかし、何かを言いかけてやめたその様子を雨彦が見逃すはずはなく、無言で続きを急かしてくるので、俺は観念するしかなかった。
「…惚れられてるのかと思って」
きょとんとした顔で、雨彦が眉をひそめる。
そういう反応をされるとわかっていたから、言いたくはなかったのに。
「誰が?」
「俺が」
「誰に?」
「雨彦に」
信号が変わり、緩やかに走り出した車内に沈黙が漂う。それは、耳を澄ませば後ろの二人の寝息が聞こえそうなほど。
次に雨彦が発した声は、僅かに震えていた。
「…まさかとは思うが、告白されるとでも思ったか?」
「ちょっとドキドキした」
そして、ついに堪え切れず、どちらからともなくほぼ同時に吹き出した。
片手で口元を隠しながら肩を揺らして笑う雨彦は、普段の澄ました様子からは想像できない姿だった。
「は、ははは…くくっ、お前さん、マジか」
「マジマジ。俺のときめき返せよ!」
飄々とした振る舞いや、余裕のある表情をしているものだから、どこか掴みどころのない部類の人間だと思ったのだが。
こうして話してみると、思っていたよりもずっと人間らしく、妙な親近感を感じた。
雨彦も、俺に対して元々少し距離を感じていたのだろう。初めて会う相手に、どうしても緊張感を与えてしまうくらいには、自分は有名になり過ぎているし、その自覚もあった。
「はは…なんか、こんな風に誰かと笑うの久しぶりだ」
ここ数日は仕事が忙しく、他人とゆっくり会話を楽しむ余裕もなかった。それに、仕事はあくまで仕事であって、素の自分を相手に見せることはなかなか難しい。
なんだか嬉しくなってしまった俺を見て、笑いの落ち着いた雨彦が口を開く。
「トップアイドルともなると、色々大変だな」
「そうだな。やめないけど」
アイドルとして輝くために、夢を掴むために多くのものを捨ててきた。
十代の青春も、二十代の自由な時間も、自分にはない。けれど、その代わりに今の自分と、一緒に夢を目指す事務所の仲間たちがいる。
「話し相手が欲しいなら、俺がいつでも聞いてやるぜ」
「え?」
突然の提案に、咄嗟に返す言葉が見つからなかった。
どう返したものかと俺が考えている一瞬の間に、雨彦が続ける。
「恋人にはなれないがな?」
見れば、その口角は楽しそうに、意地悪くつり上がっていた。
「お前…それ引きずるつもりだろ」
「なんなら今度のライブのMCネタにするつもりだ」
勘弁しろよー、と笑い混じりに言えば、雨彦も再び笑う。
後部座席の二人が起きるまで、俺は久々に"友人"との他愛のない会話を楽しんだ。
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