元JKの記憶喪失空っぽ夢主は、忍たま達に囲まれて生き延びたい
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日差しはまだ柔らかく、風に揺れる柳の枝が川面に長く影を落とす。市中を包む空気は、花冷えというには温もりを残し、菜の花の香りが仄かに鼻を掠める。
学園長先生の斡旋により、今日は忍術学園からそう遠くない市中にて行われる、ドブ掃除のアルバイトに参加していた。
(忍術学園の生活に慣れきてきても、やっぱり、銭は必要だもんねぇ)
"りゅっくさっく"を背負いながら、銭袋の中に溜め込まれた小銭が、歩く度に細やかに揺れ、じゃらじゃらと愉快な音を立てる。仮に天涯孤独であっても、衣食住が保証され、守られている自分はまだ恵まれているーーー、そんな感覚が、心の奥に居座っていた。
「お嬢ちゃん、ここから川沿いの石垣までが担当だよ」
竹簀の扉から顔を出した、気前のいい年配女性から、ドブ掃除の範囲について教わる。掃除用にと渡された鍬くわ手に持ち、取り除いた汚泥へどろを桶に入れていく。説明だけなら至って簡単だが、これがまた体力勝負となる。
(いやぁ…、にしても、まさか忍装束の常服まで、"すまあとほん"で変えられるなんて思わなかったよ)
忍術学園で支給される忍装束の裏生地は、"変り衣の術"を用いて、柄が施された常服へと変わるのだ。忍術学園の生活に馴染む前、支給された小袖ばかりを着ていたが、それが分かれば、わたしが学園内で倒れていた際に着用していた、本来の服装を常服にしたいと願った。
すると、またしても"すまあとほん"に光の粒子が集まり、本来の服装を着ていても、それを咎める者は一人も居なかった。
桶の中に、粘土の様な重みを感じさせる汚泥を落とされ、濁った水が跳ね、鼻をつく匂いが立ち上る。空は澄み切って、柔らかい雲が綿みたいに浮かんでいた。
『あれ?』
人通りの切れた角を曲がると、見覚えのある横顔が視界に入った。川縁で膝を折り、汚泥に手を伸ばしている若い男性に、わたしは躊躇いもなく声を掛けた。
『土井先生?』
そこに居たのは、若い男性の先生こと、土井半助先生だった。つい最近、その名前を教えられて馴染むようにと、意識して呼んでいる。
「○○さんじゃないか。どうして、町内会のドブ掃除に、参加しているの?」
袖をたくしあげ、肩には汗がにじんでいる。
だが、どこか安堵にも似た微笑みが、その整った顔に浮かんでいた。生徒である筈のわたしが、土井先生から"さん"付けされているのは、本来の年齢的に元服済み且つ、大人としての対応をするべき相手だと思われているからである。
『学園長先生がアルバイトとして、御紹介して下さったんです……、土井先生こそ、どうしてここに?』
「忍術学園が休みの日は、ここで借りている長屋で暮らしていてね。私の住んでいるこの地区が丁度、ドブ掃除の日だったという訳なんだ」
忍術学園で見てきた土井先生は、優しげな笑みを浮かべて、わたしや一年生の皆に接してくれる。けれど、どこか淡々として、達観していると思わせる……、空っぽな自分と、どこか似ていると勝手ながらに思う。
『さぁ、土井先生。ドブ掃除を始めましょう』
「元気があって、若いってのはいいなぁ」
『土井先生もお若いじゃ、ありませんか』
聞けば、わたしと土井先生は三つやそこらの年の差であり、案外と近い。そこでもまた、親近感を抱く。袖に溜まった汚泥の重みが、どこか現実を繋ぎ止めてくれる気がしていた。
◇
その後、汗水垂らしてドブ掃除に取り組んだわたしは、手足や頬に付着した汚泥を拭いに、土手道を抜けて、河原へと足を運ぶ。
足元には、ひっそりと咲く薺なずなが陽を浴びて揺れ、土の匂いが春風と混じって鼻先をくすぐる。小さな春草が足元を彩り、蕗ふきの薹とう緩やかな陽射しに眩しそうに顔を覗かせていた。
『わぁ…、綺麗……』
川面には、綻び始めた桃色の花びらがいくつも漂い、日の光を受けて、銀砂を彷彿とさせる煌めきがあった。さらさらと流れる水音に耳を傾けながら、汚れた手と頬を清水で洗う。ひやりと肌を刺すが、どこか心地よく、自分の内側に積もった埃まで洗い流してくれる気がした。
「ご苦労様。このアルバイト、あんまり来てくれる子が居ないから、アンタみたいなやる気に満ちた子で、本当に良かったよ」
汚れを落とした後、気前のいい女性から、差し入れの包みを手渡される。包みを開くと小さなおむすびがふわりと湯気を立てていた。素朴ながら丁寧に握られた物ばかりで、土地の味と温もりが宿っている。
後に判明した事だが、土井先生が借りている長屋の大家さんらしい。土井先生は住んで間もなく、特殊な環境下の忍術学園での生活により、長期間の留守にする機会も多い為、様々な面で頭が上がらないという。
「前から、気になっていたけれど……」
『どうしましたか?』
ドブ掃除を終えてからも、わたしは河原の草原に腰掛けている土井先生の隣に座り、他愛ない話を繰り広げていた最中だ。
「ひょっとして○○さんは、学園長先生のお孫さん?」
その問いに、どこか納得したような、しかし確かめずにはいられない素振りが見えた。もしかすると、わたしと学園長先生が血縁関係ではないのかと勘違いを起こしているのかもしれない。
『いえ、違いますよ』
「なら、親戚の子とか……」
『わたし、学園長先生の突然の思いつきで拾われた御恩が、ありますから』
言葉を選ばず、けれど誤魔化さずにそう答えた。嘘偽りのないその言葉に、土井先生は、わたしと学園長先生の関係性と共に、それとなく伝わるわたし自身の生い立ちを察したのか、それ以上の詮索はしてこない。
「あぁ、あともう一つ……、そのーーー」
今度は、視線を泳がせながら、何度も言い淀みつつ言葉を探している。
「は、はんぺんを……、常に携帯していると聞いたけれど、それは本当?」
ようやくのことで絞り出したその問いに、わたしは思わず、瞬きを繰り返した。
("すまあとほん"の事だろうけど、わたし以外の人が触っても、何も起きないからなぁ……、それにしても、はんぺんと言ってから、土井先生、やけに顔が真っ青だなぁ……)
土井先生の顔色が、見る見る内に悪くなっていくのを目の端で捉えながら、脳裏に、ある仮説がひらめいた。
『土井先生、練り物がお嫌いなんですか?』
「……じ、実は……そうなんだ……、食堂のおばちゃんって、お残しに厳しいから、練り物が出た時は、どうしても………」
お残しは許しまへんでーーー、食事の食べ残しを一切、許しはしない食堂のおばちゃんの怒声は、安易に想像出来た。
授業では見せない照れ臭そうに、だが困りつつもある仕草を土井先生が見せる。年上相手ながら思わず、頬が緩む。春の光に縁取られた横顔は、少しだけ身近に感じられた。
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日差しはまだ柔らかく、風に揺れる柳の枝が川面に長く影を落とす。市中を包む空気は、花冷えというには温もりを残し、菜の花の香りが仄かに鼻を掠める。
学園長先生の斡旋により、今日は忍術学園からそう遠くない市中にて行われる、ドブ掃除のアルバイトに参加していた。
(忍術学園の生活に慣れきてきても、やっぱり、銭は必要だもんねぇ)
"りゅっくさっく"を背負いながら、銭袋の中に溜め込まれた小銭が、歩く度に細やかに揺れ、じゃらじゃらと愉快な音を立てる。仮に天涯孤独であっても、衣食住が保証され、守られている自分はまだ恵まれているーーー、そんな感覚が、心の奥に居座っていた。
「お嬢ちゃん、ここから川沿いの石垣までが担当だよ」
竹簀の扉から顔を出した、気前のいい年配女性から、ドブ掃除の範囲について教わる。掃除用にと渡された鍬くわ手に持ち、取り除いた汚泥へどろを桶に入れていく。説明だけなら至って簡単だが、これがまた体力勝負となる。
(いやぁ…、にしても、まさか忍装束の常服まで、"すまあとほん"で変えられるなんて思わなかったよ)
忍術学園で支給される忍装束の裏生地は、"変り衣の術"を用いて、柄が施された常服へと変わるのだ。忍術学園の生活に馴染む前、支給された小袖ばかりを着ていたが、それが分かれば、わたしが学園内で倒れていた際に着用していた、本来の服装を常服にしたいと願った。
すると、またしても"すまあとほん"に光の粒子が集まり、本来の服装を着ていても、それを咎める者は一人も居なかった。
桶の中に、粘土の様な重みを感じさせる汚泥を落とされ、濁った水が跳ね、鼻をつく匂いが立ち上る。空は澄み切って、柔らかい雲が綿みたいに浮かんでいた。
『あれ?』
人通りの切れた角を曲がると、見覚えのある横顔が視界に入った。川縁で膝を折り、汚泥に手を伸ばしている若い男性に、わたしは躊躇いもなく声を掛けた。
『土井先生?』
そこに居たのは、若い男性の先生こと、土井半助先生だった。つい最近、その名前を教えられて馴染むようにと、意識して呼んでいる。
「○○さんじゃないか。どうして、町内会のドブ掃除に、参加しているの?」
袖をたくしあげ、肩には汗がにじんでいる。
だが、どこか安堵にも似た微笑みが、その整った顔に浮かんでいた。生徒である筈のわたしが、土井先生から"さん"付けされているのは、本来の年齢的に元服済み且つ、大人としての対応をするべき相手だと思われているからである。
『学園長先生がアルバイトとして、御紹介して下さったんです……、土井先生こそ、どうしてここに?』
「忍術学園が休みの日は、ここで借りている長屋で暮らしていてね。私の住んでいるこの地区が丁度、ドブ掃除の日だったという訳なんだ」
忍術学園で見てきた土井先生は、優しげな笑みを浮かべて、わたしや一年生の皆に接してくれる。けれど、どこか淡々として、達観していると思わせる……、空っぽな自分と、どこか似ていると勝手ながらに思う。
『さぁ、土井先生。ドブ掃除を始めましょう』
「元気があって、若いってのはいいなぁ」
『土井先生もお若いじゃ、ありませんか』
聞けば、わたしと土井先生は三つやそこらの年の差であり、案外と近い。そこでもまた、親近感を抱く。袖に溜まった汚泥の重みが、どこか現実を繋ぎ止めてくれる気がしていた。
◇
その後、汗水垂らしてドブ掃除に取り組んだわたしは、手足や頬に付着した汚泥を拭いに、土手道を抜けて、河原へと足を運ぶ。
足元には、ひっそりと咲く薺なずなが陽を浴びて揺れ、土の匂いが春風と混じって鼻先をくすぐる。小さな春草が足元を彩り、蕗ふきの薹とう緩やかな陽射しに眩しそうに顔を覗かせていた。
『わぁ…、綺麗……』
川面には、綻び始めた桃色の花びらがいくつも漂い、日の光を受けて、銀砂を彷彿とさせる煌めきがあった。さらさらと流れる水音に耳を傾けながら、汚れた手と頬を清水で洗う。ひやりと肌を刺すが、どこか心地よく、自分の内側に積もった埃まで洗い流してくれる気がした。
「ご苦労様。このアルバイト、あんまり来てくれる子が居ないから、アンタみたいなやる気に満ちた子で、本当に良かったよ」
汚れを落とした後、気前のいい女性から、差し入れの包みを手渡される。包みを開くと小さなおむすびがふわりと湯気を立てていた。素朴ながら丁寧に握られた物ばかりで、土地の味と温もりが宿っている。
後に判明した事だが、土井先生が借りている長屋の大家さんらしい。土井先生は住んで間もなく、特殊な環境下の忍術学園での生活により、長期間の留守にする機会も多い為、様々な面で頭が上がらないという。
「前から、気になっていたけれど……」
『どうしましたか?』
ドブ掃除を終えてからも、わたしは河原の草原に腰掛けている土井先生の隣に座り、他愛ない話を繰り広げていた最中だ。
「ひょっとして○○さんは、学園長先生のお孫さん?」
その問いに、どこか納得したような、しかし確かめずにはいられない素振りが見えた。もしかすると、わたしと学園長先生が血縁関係ではないのかと勘違いを起こしているのかもしれない。
『いえ、違いますよ』
「なら、親戚の子とか……」
『わたし、学園長先生の突然の思いつきで拾われた御恩が、ありますから』
言葉を選ばず、けれど誤魔化さずにそう答えた。嘘偽りのないその言葉に、土井先生は、わたしと学園長先生の関係性と共に、それとなく伝わるわたし自身の生い立ちを察したのか、それ以上の詮索はしてこない。
「あぁ、あともう一つ……、そのーーー」
今度は、視線を泳がせながら、何度も言い淀みつつ言葉を探している。
「は、はんぺんを……、常に携帯していると聞いたけれど、それは本当?」
ようやくのことで絞り出したその問いに、わたしは思わず、瞬きを繰り返した。
("すまあとほん"の事だろうけど、わたし以外の人が触っても、何も起きないからなぁ……、それにしても、はんぺんと言ってから、土井先生、やけに顔が真っ青だなぁ……)
土井先生の顔色が、見る見る内に悪くなっていくのを目の端で捉えながら、脳裏に、ある仮説がひらめいた。
『土井先生、練り物がお嫌いなんですか?』
「……じ、実は……そうなんだ……、食堂のおばちゃんって、お残しに厳しいから、練り物が出た時は、どうしても………」
お残しは許しまへんでーーー、食事の食べ残しを一切、許しはしない食堂のおばちゃんの怒声は、安易に想像出来た。
授業では見せない照れ臭そうに、だが困りつつもある仕草を土井先生が見せる。年上相手ながら思わず、頬が緩む。春の光に縁取られた横顔は、少しだけ身近に感じられた。
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