元JKの記憶喪失空っぽ夢主は、忍たま達に囲まれて生き延びたい
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あれから、ひと巡りの季節が過ぎた。
春の霞に包まれていた日々が、蝉時雨の降る夏へと、木々が赤く染まる秋へと、凛とした静寂の冬へと、教室を白く閉ざしていた。その全てを越えて、今また、柔らかな陽射しとともに春が戻ってきたのだ。
わたしは、この忍術学園という異質な日常に、少しずつ体と心を馴染ませながら過ごしてきた。子どもたちの笑い声、薪のはぜる音、竹林のざわめき、そのひとつひとつが、やがて当たり前のように心に溶けていく。
そして今、新たに迎える春の気配の中、また新しい一年生たちが、まっさらな足音を立てて、この学び舎へとやってきたのだった。
「袋槍は、明の国では異なる扱い方をされている……焙烙火矢は、手榴弾の一種とも言われている……、縄鏢は、隠し武器であり、先端の鏢は、棒手裏剣状の長い棒を用いている……」
忍術学園の教室棟の内、午後の座学を終えて、人気の少なくなった一年い組の教室には、わたしの他に二人の生徒も一緒になり、長机に教科書を広げている。
『潮江くん、凄いね。教科書に一度も視線を落とさず、忍器についての説明を読み上げるなんて』
「い、いえ。これ位、出来て当然です」
い組の担当教員の影響もあってか、潮江文次郎くんは忍器の説明の読み上げと、一年生では難しいと思われる事を物の見事に成し遂げ、それでも謙遜する様子を見せる。
「○○さん」
『ん?』
「その手にしている"はんぺん"を掲げ、平仮名と漢字をお読みになって、いらっしゃるのですか?」
潮江くんの言い放ったはんぺんとは、"すまあとほん"を指している。
そう。教科書等に記載されている漢字はまだしも、平仮名は文字全体が蚯蚓の様に纏まり、読み上げるのが、わたしには至難の業であった。原因は分からないが、その症状は一年前から続いており、過去に校医の新野先生に診てもらった事もある。精神的な不調ではないかと診断されたものの、新野先生も困り気味であったのをよく覚えている。
(そう思っていた時に、"すまあとほん"がまた動いたのよね)
課題に取り組もうにも、文字が読み取れずに困り果てていたある時、"すまあとほん"がまたしても、小刻みに震え出した。それを持ち上げて偶然、教科書の上に翳かざしてみたら、文字が解読出来る様になったのだ。
(おかげで、文字の読み書きを苦労する事は一年前より減ったけど…、"すまあとほん"の形が、はんぺんに似ているから)
いつも白くて四角いはんぺんを持ち歩いている、素性不明な風変わりな女ーーー、一部の忍たま(その他、くのたま)の間では、"はんぺんを持ち歩く風変わりな女"こと、“はんぺん女”と囁かれているらしい。
その他に、くの一教室の授業以外にも、忍たまの座学や実技に飛び入り参加しても構わないと学園長先生直々に許可が下ろされて尚更、注目を浴びてしまっており、尾びれについてしまっているのがこの現状。
「やはり俺には、何も見えません」
潮江くんが、"すまあとほん"を覗き込んでも、何も見えないという。隣に座る立花仙蔵くんも同様の行動を見せるが、そもそも文字すら現れず、ただ白い平面のみが広がっているらしい
「おぉ、ここに居たか」
その時、教室の外から山田伝蔵先生が顔を覗かせた。ここに来るまで、足音すら聞こえてこなかった様な気が。
「揃って勉強中の所で悪いが、少しいいか? 明日の実技授業の当番について、変更点が出てきたのでな。私と一緒に、職員室に来てもらっていいか?」
「はいっ。じゃあ、仙蔵、○○さん。用事が済んだら、すぐに戻って来るから」
明日の合同授業にて、変更点が見られたという事で、潮江くんは山田先生に連れられ、職員室にてその説明を受けるとの事だ。教室に残されたのは、わたしと立花くんの二人のみ。
『立花くん』
「は、はい」
突然とわたしに声を掛けられ、立花くんは驚いた様子を見せつつ、返事をしてくれた。
『明日の合同授業、何するんだろうね』
「この間は、苦無を用いた崖登りの実技訓練を行いましたし…、今回は、手裏剣の種類や汎用性を理解した上での、手裏剣打ちの実技訓練でしょうか?」
以前なら、この手の話題になると、どこか鬱屈とした空気を感じさせる立花くんであったが、今日はどこか違う。
『ねぇ、もしかして良い事でもあった?』
「何故、そうお思いになられたのですか……?」
『少し前だったら、実技訓練の話になると暗い顔をしていたけど、今はなんか違うなって思ったの』
そう言うと、立花くんは少しだけ目を丸くさせた。図星だったのかと思うと、立花くんは辺りを見渡し、立花くんは、ちらりと教室の戸口を確認する。誰も来ないと分かったのか、わたしの方へ身を乗り出して、ちょいちょいと小さく手を動かした。誰にも話したくない内緒話なのだろうか。
「実は……火薬の使い手になろうと、決めたんです。だから今は、実技訓練にも前向きに取り組める様になったんです」
僅かな照れと、自分だけの目標を見つけた喜びが滲んでいた。火薬に関しては、一年生の忍たまの座学に飛び入り参加して、教わった覚えがある。そしてつい先程、潮江くんから説明を受けたばかり。
『火薬って…、"焙烙火矢"とかの事?』
「正確には、火器の種類は豊富で、それぞれ使い方も異なるのですが…でも、忍たまが火薬を取り扱うには、"火薬免許"を所持していなければいけません」
『火薬免許?』
「はい。そして、その免許を取得する為の試験が"火薬免許試験"と呼ばれます。実地試験と筆記試験を合格すれば、火薬に関する武器の所持を先生方からの許可が下ろされるのです」
真面目な顔で語る横顔は、誇らしげで、それでいてほんの少しだけ照れくさそう。今まで見てきた彼とは別人の様に見えて、不思議と胸が温かくなる。
(立花くん、凄いな……ちゃんと自分の“なりたい”に向かって進んでるんだ)
流れるような説明は、まるで先程の潮江くんそのもの。どちらも真剣で、自分に与えられた目標を大切にしているのが伝わってくる。
春の日差しが、優しく差し込む教室の中で、わたしの中に少しだけ、確かな芽が顔を覗かせた気がした。
(わたしも、何かを“決める”日が来たら……、空っぽは、満たされるのかな)
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あれから、ひと巡りの季節が過ぎた。
春の霞に包まれていた日々が、蝉時雨の降る夏へと、木々が赤く染まる秋へと、凛とした静寂の冬へと、教室を白く閉ざしていた。その全てを越えて、今また、柔らかな陽射しとともに春が戻ってきたのだ。
わたしは、この忍術学園という異質な日常に、少しずつ体と心を馴染ませながら過ごしてきた。子どもたちの笑い声、薪のはぜる音、竹林のざわめき、そのひとつひとつが、やがて当たり前のように心に溶けていく。
そして今、新たに迎える春の気配の中、また新しい一年生たちが、まっさらな足音を立てて、この学び舎へとやってきたのだった。
「袋槍は、明の国では異なる扱い方をされている……焙烙火矢は、手榴弾の一種とも言われている……、縄鏢は、隠し武器であり、先端の鏢は、棒手裏剣状の長い棒を用いている……」
忍術学園の教室棟の内、午後の座学を終えて、人気の少なくなった一年い組の教室には、わたしの他に二人の生徒も一緒になり、長机に教科書を広げている。
『潮江くん、凄いね。教科書に一度も視線を落とさず、忍器についての説明を読み上げるなんて』
「い、いえ。これ位、出来て当然です」
い組の担当教員の影響もあってか、潮江文次郎くんは忍器の説明の読み上げと、一年生では難しいと思われる事を物の見事に成し遂げ、それでも謙遜する様子を見せる。
「○○さん」
『ん?』
「その手にしている"はんぺん"を掲げ、平仮名と漢字をお読みになって、いらっしゃるのですか?」
潮江くんの言い放ったはんぺんとは、"すまあとほん"を指している。
そう。教科書等に記載されている漢字はまだしも、平仮名は文字全体が蚯蚓の様に纏まり、読み上げるのが、わたしには至難の業であった。原因は分からないが、その症状は一年前から続いており、過去に校医の新野先生に診てもらった事もある。精神的な不調ではないかと診断されたものの、新野先生も困り気味であったのをよく覚えている。
(そう思っていた時に、"すまあとほん"がまた動いたのよね)
課題に取り組もうにも、文字が読み取れずに困り果てていたある時、"すまあとほん"がまたしても、小刻みに震え出した。それを持ち上げて偶然、教科書の上に翳かざしてみたら、文字が解読出来る様になったのだ。
(おかげで、文字の読み書きを苦労する事は一年前より減ったけど…、"すまあとほん"の形が、はんぺんに似ているから)
いつも白くて四角いはんぺんを持ち歩いている、素性不明な風変わりな女ーーー、一部の忍たま(その他、くのたま)の間では、"はんぺんを持ち歩く風変わりな女"こと、“はんぺん女”と囁かれているらしい。
その他に、くの一教室の授業以外にも、忍たまの座学や実技に飛び入り参加しても構わないと学園長先生直々に許可が下ろされて尚更、注目を浴びてしまっており、尾びれについてしまっているのがこの現状。
「やはり俺には、何も見えません」
潮江くんが、"すまあとほん"を覗き込んでも、何も見えないという。隣に座る立花仙蔵くんも同様の行動を見せるが、そもそも文字すら現れず、ただ白い平面のみが広がっているらしい
「おぉ、ここに居たか」
その時、教室の外から山田伝蔵先生が顔を覗かせた。ここに来るまで、足音すら聞こえてこなかった様な気が。
「揃って勉強中の所で悪いが、少しいいか? 明日の実技授業の当番について、変更点が出てきたのでな。私と一緒に、職員室に来てもらっていいか?」
「はいっ。じゃあ、仙蔵、○○さん。用事が済んだら、すぐに戻って来るから」
明日の合同授業にて、変更点が見られたという事で、潮江くんは山田先生に連れられ、職員室にてその説明を受けるとの事だ。教室に残されたのは、わたしと立花くんの二人のみ。
『立花くん』
「は、はい」
突然とわたしに声を掛けられ、立花くんは驚いた様子を見せつつ、返事をしてくれた。
『明日の合同授業、何するんだろうね』
「この間は、苦無を用いた崖登りの実技訓練を行いましたし…、今回は、手裏剣の種類や汎用性を理解した上での、手裏剣打ちの実技訓練でしょうか?」
以前なら、この手の話題になると、どこか鬱屈とした空気を感じさせる立花くんであったが、今日はどこか違う。
『ねぇ、もしかして良い事でもあった?』
「何故、そうお思いになられたのですか……?」
『少し前だったら、実技訓練の話になると暗い顔をしていたけど、今はなんか違うなって思ったの』
そう言うと、立花くんは少しだけ目を丸くさせた。図星だったのかと思うと、立花くんは辺りを見渡し、立花くんは、ちらりと教室の戸口を確認する。誰も来ないと分かったのか、わたしの方へ身を乗り出して、ちょいちょいと小さく手を動かした。誰にも話したくない内緒話なのだろうか。
「実は……火薬の使い手になろうと、決めたんです。だから今は、実技訓練にも前向きに取り組める様になったんです」
僅かな照れと、自分だけの目標を見つけた喜びが滲んでいた。火薬に関しては、一年生の忍たまの座学に飛び入り参加して、教わった覚えがある。そしてつい先程、潮江くんから説明を受けたばかり。
『火薬って…、"焙烙火矢"とかの事?』
「正確には、火器の種類は豊富で、それぞれ使い方も異なるのですが…でも、忍たまが火薬を取り扱うには、"火薬免許"を所持していなければいけません」
『火薬免許?』
「はい。そして、その免許を取得する為の試験が"火薬免許試験"と呼ばれます。実地試験と筆記試験を合格すれば、火薬に関する武器の所持を先生方からの許可が下ろされるのです」
真面目な顔で語る横顔は、誇らしげで、それでいてほんの少しだけ照れくさそう。今まで見てきた彼とは別人の様に見えて、不思議と胸が温かくなる。
(立花くん、凄いな……ちゃんと自分の“なりたい”に向かって進んでるんだ)
流れるような説明は、まるで先程の潮江くんそのもの。どちらも真剣で、自分に与えられた目標を大切にしているのが伝わってくる。
春の日差しが、優しく差し込む教室の中で、わたしの中に少しだけ、確かな芽が顔を覗かせた気がした。
(わたしも、何かを“決める”日が来たら……、空っぽは、満たされるのかな)
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