元JKの記憶喪失空っぽ夢主は、忍たま達に囲まれて生き延びたい
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近畿地方の山奥に存在する忍者の教育機関。取り扱う情報は職業柄、どれも極秘性に包まれているといわれ、学び舎の名は忍術学園。
その冬の山は、ひどく静かだった。竹林に囲まれた、現学園長の大川平次渦正の住処の庵の屋根には、夜明けから音もなく、雪が降り積もっている。ただの白が、世界をゆっくりと埋め尽くしていくーーーそんな朝だった。そして大川は、この日の出来事を鮮明に覚えている。
大川は湯飲みを手にして、日課でもあるヘムヘムお手製の煎茶の味を堪能している所だった。程よい渋みと温もりを持ち、体の芯まで染み渡る。
「ずずっ……、んぅ?」
喉を鳴らしたその時、ヘムヘムの鳴き声が響いた。それは何かを知らせる声であると、長年の相棒で自身の忍犬である大川には分かり、瞼がほんの僅か、持ち上がる。
(気配が一つ……、)
手にかけた障子を開けると、眼前には一面の白が広がっていた。積雪に音を奪われた竹林は、どこまでも静かで、まるで別世界。
竹林の中央に降り積もられた雪上に、ヘムヘムが座っている。隣には、まるで打ち捨てられた様に、少女とも女性とも取れる人物が横たわっていた。頭から肩、腕、指先まで、凍てつく様な雪がうっすらと積もっている。
どことなく厚さを感じさせる白色の服(後の時代の白ベスト、下に着られたワイシャツ)、下半身を保護する分離された衣服(後の時代の黒色スカート)、脚絆と思わしき履物(後の時代のローファー)、見慣れぬ形の風呂敷と形容しがたい包み物(後の時代のリュックサック)、大川とヘムヘムにとって、摩訶不思議・奇天烈珍妙といった言葉で片付けるには些か、難しい。彼女は動かず、目を閉じている。ただ眠っているのか、それともーーー。
「ヘムヘム。これは一体、何事じゃ」
何故、忍術学園の最深部とも言えるこの場所にて、近辺の市中でも見掛けた事の無い女性が倒れていたのかと、ヘムヘムに問う。しかし、ヘムヘム本人にも理由は分からず、気がついたら、横たわった状態でこの場に居たとの事だ。
「学園長先生、」
気配を察知したのは、大川だけではなかった。
間もなく、竹林を揺らすようにして、いくつもの影が庵へと集う中で、地を蹴る音も、枝葉を裂く気配もほとんど見られない。枝の上から音もなく降り立つ者、庵の影に潜む者と、それぞれが瞬時に布陣を整える。
山田伝蔵を筆頭に、数名の教員が軒下に姿を現した。その顔には緊張が滲んでおり、目は庵の奥ではなく、横たわる人物に向けられている。
「気配は一つだけではございますが、何者かの遣いかもしれません」
「うむ……どうにも、音もなくこの場に現れたようじゃが、ヘムヘム本人もその目で現れた瞬間を見た訳では無いと、申しておるからのぉ……」
「もしも、敵意を持たぬ者ならば……それも見極める必要がございますな」
声を潜めて、山田が大川と交わす言葉の奥には、学園長であり、忍術界の重鎮に位置する大川の暗殺を企む不届き者と判断出来たなら、容赦なく排除せんという覚悟があった。
(装束の形も、生地の質も…仮に、この女子が南蛮の人間と素直に吐いたとしてもじゃ……こやつは、本当に人であるのか?)
大川の思考は、山田をはじめとした教員達も同様に辿り着いていた。この時代にそぐわぬ格好をした者で、庵前にて意識を無くしているこの状況は、得体の知れない存在そのもの。
「学園長先生。この者の処遇は、如何なさいましょうか」
下級生の組にて教科担当を務める安藤夏之丞が、未だ意識を無くして、横たわる女性の処遇について、大川に問う。この場に居る誰しもが、大川がどのような処遇を下すのかと待っていたが、本音の所は一抹の不安も抱えている。
そんな事も露知らずか、傍らに座したヘムヘムが、一歩たりとも動かずその女の傍に在り続けている姿を大川は一瞥した。
「処遇については後日、改めて儂の方から伝達する。皆、持ち場へ付く様に」
教員一同、大川の下した処罰に言葉を無くす。平時であれば、"突然の思いつき"で、教員や忍たま達を翻弄するのが日常茶飯事。雪がしんしんと降り積もる、音なき世界の中で、言葉に込められた意味を読み取ろうとするが、誰も辿り着く事は出来ない。
「あぁ、それと、」
食堂のおばちゃんに頼んで、お粥と白湯の入った湯呑みを持ってきてくれる様、伝えてはくれんかのぉーーー、どこか遠くを見る様な、穏やかな老爺の優しさが滲んでおり、茶目っ気の見られる姿へと戻っていた。
「……、心得ました」
山田が大川に向けて一礼し、音もなくその場を離れる。それに続き、他の教員達も地を蹴り、枝葉の裂く音すら感じさせず、姿を消す。風のない竹林に、ただ細く、静かに、幾重もの雪片が降り積もる。
庵の前には、白く冷たい世界が広がっていた。その中心で、女性の傍らに寄り添うヘムヘムの姿だけが、僅かな温もりを灯す。
◇
体が重くて、重くて堪らない。手足も、上手く動かせない。ただ出来たのは、閉じていた目を開くだけ。
『……、…………』
視界一面には、天井が広がっている。首は何とか動かせたので、体の上に敷かれた白色の厚い敷物で、体が動かせなかったのかと思う。
(…、………?)
何も起きない。敷物の重みではなくて、本当に体が重くて動かない。そんな時、何かの鳴き声が聞こえて、そちらに顔を傾けた。
「おぉ、気がついた様じゃな。どれ…長い事、野外に居たもんじゃから、体も冷えておるじゃろう」
声を掛けてきたのは、白髪で背丈の低いおじいさんの様な人だ。その隣に、白色で水色の被り物をしている生き物が一緒に座っている。
『……、………』
口を動かしても、言葉が出てこないので、何も話せない。ぱくぱくと動かすだけ。
「喉の乾きで、話せんのじゃな。ほれ、温い内にお飲みなさい」
差し出してきたのは、ほわほわと白い湯気のたつ白湯というもの。隣には、お粥の乗せられた皿。力を入れると、無理やり体を起こす事が出来た。
『………、………』
無意識に、でも目を合わせないで、おじいさんに頭を下げてから、白湯を飲む。全て飲み干すと、喉のおかしな感じが無くなって、言葉も話せる。
「お主、名は何と申すのじゃ?」
名前ーーー、自分の名前は、すぐに出てきたから、おじいさんに伝えられた。
「そうか。○○というのじゃな。しかし、こんな辺鄙な山奥で…、ましてや、雪の降り積る中で其方は何故、儂の住む庵の前で倒れておった?」
どうして、山奥に居たのか。どうして、雪の降っている外の中で倒れていたのか。おじいさんか、その事が知りたい。けれど、何でここに倒れていたのか、分からない。何でここに居たのか、分からない。
それでも、何となくだった。わたしの中で感じ取った事をそのまま、おじいさんに言った。
『ーーーころして、ください』
部屋の中が、静かになる。しばらくしておじいさんが、わたしに話しかけてきた。
「取って食ったりはせんよ。儂はただ、其方の身を心配しておるだけじゃ」
『ちがい、ます。わたしを、ころしてください。わたし、ここにいたらいけないんです』
どうしてかは、分からない。わたしは、ここに居たらいけない。ここの人じゃないんだと思った。
「"ここに居たら、いけない"……、ふむ、其方の住んでいる村が災害や戦…何者かの追ってから逃れるべく、この地へと辿り着いたのか……うぅむ、ヘムヘム。御主は、どう思うか」
ヘムヘムと呼ばれた犬と話をする、おじいさん。わたしには、何を話しているのか分からない。ただ見ているだけで居ると、おじいさんとヘムヘムが、わたしを見た。
「まずは、そのお粥を口にしてみたらどうじゃ?」
白湯の隣に置かれたお粥の皿。また無意識に、匙を上手く掴めた。湯気が立っているからと、知らない内に息を吹いて、熱いのを冷やす。匙に乗った一口分を口に入れると、まだ熱かったけれど、美味しさが勝った。
二口、三口……、お粥を食べようと匙を動かす手が止まらない。冷たかった体が、温かくなっている。そうすると、ぽたり、ぽたりと、いつの間にか涙の粒が零れてきた。何が悲しいのか、何が嬉しいのか、分からない。何だか何だか、よく分からない。
『おい、しい……っ』
「そうか、そうか」
おじいさんが嬉しそうにして、わたしを見ていた。また涙の粒が零れるけど、お粥と美味しい。ずずっと鼻を啜って泣きながら、お粥を食べ続ける。
「其方……いや、○○。食べながらで構わん。ここには、儂とヘムヘムだけ居ると思い、粗相をしても、儂ら二人は咎めたりはせん」
わたしに話しかけてきたおじいさんは、両目から零れる涙の粒で、滲んで見えた。この部屋には、おじいさんとヘムヘムしか居ない、らしい。
「美味しいか?」
『…ずずっ……、…おいしい、と…おもいます』
「そう言って貰えて、そのお粥を作ってくれた御方はさぞ嬉しいじゃろうなぁ」
お粥を作ってくれた人の事を気にしながら、おじいさんは笑顔を見せてくれた。
「じゃが…、御主がこの場で"殺して下さい"と乞い、一寸の狂いもなく、首を刎ねられてしまえば……そのお粥を作ってくれた御方は、御主の口から"美味しかった"と言葉を貰えず、御主もその美味しさを堪能する事は、二度と出来なくなってしまうのぉ」
片目を閉じながら、わたしが食べているお粥を作ってくれた人に"美味しかった"と話せなくなる事や、その人のご飯が食べられなくなると話し始める。
「○○……、御主の体は、まだ生きたいと叫んでおると、儂には思える」
『い、いきた…い……』
「ここは、学問について学び、他者との協調性を育む事の出来る学び舎。そして、そんな儂は……この学び舎で最も偉く、尊敬されるべき学園長先生なのであーる!」
いきなり立ち上がって、大きな声をあげたおじいさんこと、学園長先生を見て、わたしは言葉を出せない。何を言えばいいのか、分からない。
「……とまぁ、そういう訳じゃ」
さっきまでの姿と変わって、学園長先生は静かになると、また座り直す。
「御主はちとばかし、特殊な生い立ちではあるかもしれぬが……、戦によって、住む場所や家族を失った者、ただならぬ事情を抱えた物も通っておる。人の手ではどうにもならぬ災害や、人同士の醜い争いにより起こる戦…どこへ行こうが、地獄ではある。じゃが、それら全てに立ち向かうガッツを身につけ、生きる術を得られる」
つらつと、難しい事を話す学園長先生。けれど、それをわたしに話してくれるのは、わたしがこの学び舎に居ても良いと言ってくれているのかもしれない。
『わたし…、ここにいて、いいんですか』
「入学金さえ支払えば、ここは誰でも入れる場所じゃからのぉ……見た所、御主は銭を一銭たりとも、持っておらぬようじゃが……心の広い儂は、銭が溜まったその時に返済さえしてくれたら、何も言いはせぬ」
今度は、わたしの傍に寄り添うヘムヘムに向けて、目を細めて、どこか優しげな空気を感じた。
「御主を見つけた時、ヘムヘムは片時も御主の傍から離れず、寄り添っておった……ヘムヘムは、儂の長年の相棒でなぁ。言葉を交わさずとも、何を伝えたいのか読み取れるという訳じゃ」
学園長先生は、ヘムヘムがわたしに傍に居てくれた事で、この学び舎に居てもいいと許してくれたのかな。
それは分からないけど、学園長先生とヘムヘムは仲良しで、ヘムヘムが言葉を話せなくても、二人は何を思って、考えているのか分かってしまうんだ。
『あ、あのーーー』
わたしは、学園長先生と初めて顔を合わせて、口を開いた。
『ころしてくださいって、かるがるしくいって、ごめんなさい』
おかゆ、おいしかったですっていわないと……、最後にそう付け足すと、学園長先生はまた笑顔を見せてくれた。
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近畿地方の山奥に存在する忍者の教育機関。取り扱う情報は職業柄、どれも極秘性に包まれているといわれ、学び舎の名は忍術学園。
その冬の山は、ひどく静かだった。竹林に囲まれた、現学園長の大川平次渦正の住処の庵の屋根には、夜明けから音もなく、雪が降り積もっている。ただの白が、世界をゆっくりと埋め尽くしていくーーーそんな朝だった。そして大川は、この日の出来事を鮮明に覚えている。
大川は湯飲みを手にして、日課でもあるヘムヘムお手製の煎茶の味を堪能している所だった。程よい渋みと温もりを持ち、体の芯まで染み渡る。
「ずずっ……、んぅ?」
喉を鳴らしたその時、ヘムヘムの鳴き声が響いた。それは何かを知らせる声であると、長年の相棒で自身の忍犬である大川には分かり、瞼がほんの僅か、持ち上がる。
(気配が一つ……、)
手にかけた障子を開けると、眼前には一面の白が広がっていた。積雪に音を奪われた竹林は、どこまでも静かで、まるで別世界。
竹林の中央に降り積もられた雪上に、ヘムヘムが座っている。隣には、まるで打ち捨てられた様に、少女とも女性とも取れる人物が横たわっていた。頭から肩、腕、指先まで、凍てつく様な雪がうっすらと積もっている。
どことなく厚さを感じさせる白色の服(後の時代の白ベスト、下に着られたワイシャツ)、下半身を保護する分離された衣服(後の時代の黒色スカート)、脚絆と思わしき履物(後の時代のローファー)、見慣れぬ形の風呂敷と形容しがたい包み物(後の時代のリュックサック)、大川とヘムヘムにとって、摩訶不思議・奇天烈珍妙といった言葉で片付けるには些か、難しい。彼女は動かず、目を閉じている。ただ眠っているのか、それともーーー。
「ヘムヘム。これは一体、何事じゃ」
何故、忍術学園の最深部とも言えるこの場所にて、近辺の市中でも見掛けた事の無い女性が倒れていたのかと、ヘムヘムに問う。しかし、ヘムヘム本人にも理由は分からず、気がついたら、横たわった状態でこの場に居たとの事だ。
「学園長先生、」
気配を察知したのは、大川だけではなかった。
間もなく、竹林を揺らすようにして、いくつもの影が庵へと集う中で、地を蹴る音も、枝葉を裂く気配もほとんど見られない。枝の上から音もなく降り立つ者、庵の影に潜む者と、それぞれが瞬時に布陣を整える。
山田伝蔵を筆頭に、数名の教員が軒下に姿を現した。その顔には緊張が滲んでおり、目は庵の奥ではなく、横たわる人物に向けられている。
「気配は一つだけではございますが、何者かの遣いかもしれません」
「うむ……どうにも、音もなくこの場に現れたようじゃが、ヘムヘム本人もその目で現れた瞬間を見た訳では無いと、申しておるからのぉ……」
「もしも、敵意を持たぬ者ならば……それも見極める必要がございますな」
声を潜めて、山田が大川と交わす言葉の奥には、学園長であり、忍術界の重鎮に位置する大川の暗殺を企む不届き者と判断出来たなら、容赦なく排除せんという覚悟があった。
(装束の形も、生地の質も…仮に、この女子が南蛮の人間と素直に吐いたとしてもじゃ……こやつは、本当に人であるのか?)
大川の思考は、山田をはじめとした教員達も同様に辿り着いていた。この時代にそぐわぬ格好をした者で、庵前にて意識を無くしているこの状況は、得体の知れない存在そのもの。
「学園長先生。この者の処遇は、如何なさいましょうか」
下級生の組にて教科担当を務める安藤夏之丞が、未だ意識を無くして、横たわる女性の処遇について、大川に問う。この場に居る誰しもが、大川がどのような処遇を下すのかと待っていたが、本音の所は一抹の不安も抱えている。
そんな事も露知らずか、傍らに座したヘムヘムが、一歩たりとも動かずその女の傍に在り続けている姿を大川は一瞥した。
「処遇については後日、改めて儂の方から伝達する。皆、持ち場へ付く様に」
教員一同、大川の下した処罰に言葉を無くす。平時であれば、"突然の思いつき"で、教員や忍たま達を翻弄するのが日常茶飯事。雪がしんしんと降り積もる、音なき世界の中で、言葉に込められた意味を読み取ろうとするが、誰も辿り着く事は出来ない。
「あぁ、それと、」
食堂のおばちゃんに頼んで、お粥と白湯の入った湯呑みを持ってきてくれる様、伝えてはくれんかのぉーーー、どこか遠くを見る様な、穏やかな老爺の優しさが滲んでおり、茶目っ気の見られる姿へと戻っていた。
「……、心得ました」
山田が大川に向けて一礼し、音もなくその場を離れる。それに続き、他の教員達も地を蹴り、枝葉の裂く音すら感じさせず、姿を消す。風のない竹林に、ただ細く、静かに、幾重もの雪片が降り積もる。
庵の前には、白く冷たい世界が広がっていた。その中心で、女性の傍らに寄り添うヘムヘムの姿だけが、僅かな温もりを灯す。
◇
体が重くて、重くて堪らない。手足も、上手く動かせない。ただ出来たのは、閉じていた目を開くだけ。
『……、…………』
視界一面には、天井が広がっている。首は何とか動かせたので、体の上に敷かれた白色の厚い敷物で、体が動かせなかったのかと思う。
(…、………?)
何も起きない。敷物の重みではなくて、本当に体が重くて動かない。そんな時、何かの鳴き声が聞こえて、そちらに顔を傾けた。
「おぉ、気がついた様じゃな。どれ…長い事、野外に居たもんじゃから、体も冷えておるじゃろう」
声を掛けてきたのは、白髪で背丈の低いおじいさんの様な人だ。その隣に、白色で水色の被り物をしている生き物が一緒に座っている。
『……、………』
口を動かしても、言葉が出てこないので、何も話せない。ぱくぱくと動かすだけ。
「喉の乾きで、話せんのじゃな。ほれ、温い内にお飲みなさい」
差し出してきたのは、ほわほわと白い湯気のたつ白湯というもの。隣には、お粥の乗せられた皿。力を入れると、無理やり体を起こす事が出来た。
『………、………』
無意識に、でも目を合わせないで、おじいさんに頭を下げてから、白湯を飲む。全て飲み干すと、喉のおかしな感じが無くなって、言葉も話せる。
「お主、名は何と申すのじゃ?」
名前ーーー、自分の名前は、すぐに出てきたから、おじいさんに伝えられた。
「そうか。○○というのじゃな。しかし、こんな辺鄙な山奥で…、ましてや、雪の降り積る中で其方は何故、儂の住む庵の前で倒れておった?」
どうして、山奥に居たのか。どうして、雪の降っている外の中で倒れていたのか。おじいさんか、その事が知りたい。けれど、何でここに倒れていたのか、分からない。何でここに居たのか、分からない。
それでも、何となくだった。わたしの中で感じ取った事をそのまま、おじいさんに言った。
『ーーーころして、ください』
部屋の中が、静かになる。しばらくしておじいさんが、わたしに話しかけてきた。
「取って食ったりはせんよ。儂はただ、其方の身を心配しておるだけじゃ」
『ちがい、ます。わたしを、ころしてください。わたし、ここにいたらいけないんです』
どうしてかは、分からない。わたしは、ここに居たらいけない。ここの人じゃないんだと思った。
「"ここに居たら、いけない"……、ふむ、其方の住んでいる村が災害や戦…何者かの追ってから逃れるべく、この地へと辿り着いたのか……うぅむ、ヘムヘム。御主は、どう思うか」
ヘムヘムと呼ばれた犬と話をする、おじいさん。わたしには、何を話しているのか分からない。ただ見ているだけで居ると、おじいさんとヘムヘムが、わたしを見た。
「まずは、そのお粥を口にしてみたらどうじゃ?」
白湯の隣に置かれたお粥の皿。また無意識に、匙を上手く掴めた。湯気が立っているからと、知らない内に息を吹いて、熱いのを冷やす。匙に乗った一口分を口に入れると、まだ熱かったけれど、美味しさが勝った。
二口、三口……、お粥を食べようと匙を動かす手が止まらない。冷たかった体が、温かくなっている。そうすると、ぽたり、ぽたりと、いつの間にか涙の粒が零れてきた。何が悲しいのか、何が嬉しいのか、分からない。何だか何だか、よく分からない。
『おい、しい……っ』
「そうか、そうか」
おじいさんが嬉しそうにして、わたしを見ていた。また涙の粒が零れるけど、お粥と美味しい。ずずっと鼻を啜って泣きながら、お粥を食べ続ける。
「其方……いや、○○。食べながらで構わん。ここには、儂とヘムヘムだけ居ると思い、粗相をしても、儂ら二人は咎めたりはせん」
わたしに話しかけてきたおじいさんは、両目から零れる涙の粒で、滲んで見えた。この部屋には、おじいさんとヘムヘムしか居ない、らしい。
「美味しいか?」
『…ずずっ……、…おいしい、と…おもいます』
「そう言って貰えて、そのお粥を作ってくれた御方はさぞ嬉しいじゃろうなぁ」
お粥を作ってくれた人の事を気にしながら、おじいさんは笑顔を見せてくれた。
「じゃが…、御主がこの場で"殺して下さい"と乞い、一寸の狂いもなく、首を刎ねられてしまえば……そのお粥を作ってくれた御方は、御主の口から"美味しかった"と言葉を貰えず、御主もその美味しさを堪能する事は、二度と出来なくなってしまうのぉ」
片目を閉じながら、わたしが食べているお粥を作ってくれた人に"美味しかった"と話せなくなる事や、その人のご飯が食べられなくなると話し始める。
「○○……、御主の体は、まだ生きたいと叫んでおると、儂には思える」
『い、いきた…い……』
「ここは、学問について学び、他者との協調性を育む事の出来る学び舎。そして、そんな儂は……この学び舎で最も偉く、尊敬されるべき学園長先生なのであーる!」
いきなり立ち上がって、大きな声をあげたおじいさんこと、学園長先生を見て、わたしは言葉を出せない。何を言えばいいのか、分からない。
「……とまぁ、そういう訳じゃ」
さっきまでの姿と変わって、学園長先生は静かになると、また座り直す。
「御主はちとばかし、特殊な生い立ちではあるかもしれぬが……、戦によって、住む場所や家族を失った者、ただならぬ事情を抱えた物も通っておる。人の手ではどうにもならぬ災害や、人同士の醜い争いにより起こる戦…どこへ行こうが、地獄ではある。じゃが、それら全てに立ち向かうガッツを身につけ、生きる術を得られる」
つらつと、難しい事を話す学園長先生。けれど、それをわたしに話してくれるのは、わたしがこの学び舎に居ても良いと言ってくれているのかもしれない。
『わたし…、ここにいて、いいんですか』
「入学金さえ支払えば、ここは誰でも入れる場所じゃからのぉ……見た所、御主は銭を一銭たりとも、持っておらぬようじゃが……心の広い儂は、銭が溜まったその時に返済さえしてくれたら、何も言いはせぬ」
今度は、わたしの傍に寄り添うヘムヘムに向けて、目を細めて、どこか優しげな空気を感じた。
「御主を見つけた時、ヘムヘムは片時も御主の傍から離れず、寄り添っておった……ヘムヘムは、儂の長年の相棒でなぁ。言葉を交わさずとも、何を伝えたいのか読み取れるという訳じゃ」
学園長先生は、ヘムヘムがわたしに傍に居てくれた事で、この学び舎に居てもいいと許してくれたのかな。
それは分からないけど、学園長先生とヘムヘムは仲良しで、ヘムヘムが言葉を話せなくても、二人は何を思って、考えているのか分かってしまうんだ。
『あ、あのーーー』
わたしは、学園長先生と初めて顔を合わせて、口を開いた。
『ころしてくださいって、かるがるしくいって、ごめんなさい』
おかゆ、おいしかったですっていわないと……、最後にそう付け足すと、学園長先生はまた笑顔を見せてくれた。
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