短編
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?? ???×女夢主(年下)
七松 小平太×女夢主(同い年)
少女漫画みたいに、潮江文次郎先生が振り向かなくても未来へ進む話。ハロー、バイバイ(潮江文次郎)、ハロー、バイバイ 弍(潮江文次郎)の続編。
◆名前変換夢の為、名前入力を推奨。
◆一人称(夢主、七松)視点で進みます。
◆室町時代末期を舞台した話が好き・現代パロディが苦手の方は、ブラウザバック推奨。
◆その他、教師×女生徒の関係を肯定または推奨する訳でもなく、七松の過去の交際経験の描写が、ほんのりと出てきます。各登場人物に、前世の記憶もありません。
◆既存キャラの解釈違い(口調や性格)が出てくると思われますので予め、ご了承下さい。
夢主の簡単な設定
・大学生
・誕生月は秋(9月〜11月のどこか)
・
一年生の春
大学に通う為に借りたアパートは、生活に必要な物だけを揃えた味気ない空間だった。壁は白く、棚は空っぽで、机には新品のパソコンだけが置かれている。
高校時代に着ていたワイシャツやブレザー、スカートは自宅に置いたまま。卒業祝いに貰った香水・卒業式を終えた後に撮って貰ったツーショット写真だけは、どうしても手放せなかった。
この二つさえあれば、わたしは前に進めると思っていた。あの日を忘れたわけじゃない。この先に、もっと素敵な景色がある筈だと、どこかで信じたかった。
けれど、このアパートは静かすぎて、私の決意を独り言みたいにしてしまう。静かすぎて、ふとした瞬間にあの人の声が、蘇ってしまう。
▽
アルバイト先の店長に、バックヤードへ呼び出されたかと思えば、大柄で、どこか幼さの残る顔立ちをした男の子がニコニコと笑顔を浮かべて、立っていた。
「今日から新しく入った七松くんなんだけど、名無しさんと同じ大学に通っているそうだよ」
どうやら、わたしと同じ大学に通っている人らしい。入学したばかりという事もあり、まだ学内で会った事は無いと思いつつ、挨拶を交わす。
店長は、控え室のデスクで伝票作業をするからと席を外していく。バックヤードに残されたのは、同い年のわたし達だけだ。
「同じ大学に通っている人なのか。知り合いが居るだけでも、心強いな」
『あっ、えっと…、七松くんって、何学部の人なんですか? わたし、学内で見かけた事がなくて……』
初対面にも関わらず、普通に接してくる七松くんに警戒心を抱いてしまうが、わたしはそう問いかける。所属している学部を聞かされ、あまり接点のない所だというのが、最初に抱いた感想だった。
バイトの終了時刻を迎え、女性用の更衣室で着替えを終えた。バックヤードを出ていくと、壁にもたれる形で、携帯をいじっている七松くんを見かける。
「あっ、やっと出てきた」
わたしを見るなり、そう言い放つ七松くんの言葉に、またしても警戒心を抱いてしまう。
(こんな自然に距離を詰めてくる人、どう接したらいいのか分からない……前だったら、そんなの怖くなかった筈なのに……)
むしろ、どうしたら距離を縮めてもらえるかとばかり考えていたのに。そこで、大きな背中をした後ろ姿のあの人が過ぎってしまう。
一人で不安に思っていると、七松くんは、手にしていた携帯の画面を見せてきた。
「んっ」
『えっ?』
メッセージアプリが起動されて、友達追加と映されている。意図が読み込めずにいると、七松くんは人差し指でトントンと音を立てて、画面を叩く。
「学部は違うけど、一般教養とかで一緒になるかもしれないし。バイト先の事とか、もし困ったことがあったら、気軽に聞けた方が安心だろう」
一瞬、返事に迷う。手にたらりと汗が垂れた様な気がする。しかし、七松くんから優良物件を紹介された時の様に、連絡先交換の売りを言われてしまい、断れなかった。
▽
あれから、二週間が経過した。
同じ大学に通っており、且つ同い年であるからと、七松くんとのシフト被りが増えた。店長なりの気遣いだろうけど、快活で人懐っこく、ぐいぐいと推しの強い様は、今の私には些か刺激が強い。
「○○ちゃんって、男性が苦手だったりするのか?」
休憩時間中、賄いのご飯を頬張ると声がした。正面に座る七松くんに、はっきりとした言葉で問いかけられたのだ。
『えっ…、な、何で?』
「女性相手とか店長なら普通なのに、私とか他の男性にはちょっと距離あるっていうか……今だって、警戒してるだろう?」
アルバイト先での、わたしと振る舞いを的確に言われ、更には今現在のわたしの心境までも見破られる。
『あっ、うん……高校が女子校だったから……その、免疫が弱まってるのかも』
決して、嘘をついている訳ではない。三年間、同性しか居ない空間で過ごした事により、異性への免疫が弱まっていた。もう一つの理由としては、また大きな背中のあの人が浮かんでしまう。
そんなわたしを他所に、七松くんは「へぇー」と軽い口調で返事をして、携帯を取り出す。慣れた手つきでフリック入力をし終えると、わたしに向けて、検索結果の画面を見せてきた。
「この辺だと……もしかして、この高校か?」
そこには、私が在籍していた女子校の情報を纏めたサイトが表示されている。外部向けのもので、年間スケジュールや中等部・高等部の生活の様子等が細かく掲載されていた。
『うん、そこだよ』
「実は妹が気になっている高校で、オープンキャンパスに行きたいと話していてな。○○ちゃんは、どうだった?」
兄弟想いなんだと思いつつ、高校での生活を頭から捻り出す。楽しい事もあれば、苦いと自分では思う事もあった。全部を事細かく、話しはしない。
『……楽しかったよ。うん。楽しかった』
まるで、自分に言い聞かせている様にも思えてしまう。それを見透かされているのか、七松くんはジッと見てくる。何を言われるんだろうと身構えていると、七松くんは小さく笑う。
「そっか、良かったな」
必要以上に問いかける事はなく、そこで高校の話題を終える。
▽
大学生活を迎えて、初めての梅雨の時期を迎えた。七松くんの人懐っこさと豪快な性格により、わたしは少しずつ心を開き始めている。以前の様に緊張したり、警戒心を抱く事は少なくなり、七松くんの面白い話にも少しずつだが笑えたりと、変化が訪れていたから。
タイムカードを切って、わたしと七松くんは店の裏口から外へ出ていこうとする。扉を開けると、ざあざあと音を立てて、雨が降っている。トートバックの中に入っている折り畳み傘を取り出すと、七松くんが声を上げた。
「あっ、傘持ってくるの忘れてしまった」
どうやら、七松くんはアルバイト先に向かう前まで、傘を持っていく事を覚えていたものの、忘れてしまったという。それを聞いて、よくある事だなぁと、同情してしまう。だって、高校生の時に傘を忘れてしまった事があったから。
「アパートまで、いけいけどんどんに走っていけば、何とかなるだろうし。気にしなくてもいいか」
傘を忘れてたという問題を、持ち前の体力と運動神経を駆使して、"いけいけどんどん"という七松くんなりの鼓舞の言葉を発して、自己完結した。その場で屈伸運動を始めてから、わたしは手にしている折り畳み傘を一瞥する。あの人は、こんな気持ちで自分の傘を渡してくれたのだろうか。
『七松くん』
屈伸運動中の七松くんに声を掛けると、わたしの方へと顔を向け、見上げた。
『小さいけど、もし良かったら使って』
そう言って、七松くんに折り畳み傘の持ち手を向けて、差し出す。受け取るのかと思いきや、七松くんは特徴的な丸い目を更に丸くさせて、わたしを見つめてくる。
「そしたら○○ちゃんは、どうやって家まで帰るつもりだ?」
『その内、雨が止むと思うから。店長に適当に理由付けして、控え室で時間潰してるよ』
時間が経てば、小降りになるだろうと高を括っているわたしは、店長に何を話せばいいかと考え始める。
「女の子一人、置いて帰る訳にもいかないだろ」
すると、隣から七松くんの言葉が飛んできた。それは、強い意志を感じさせる。
「大学生で、それも女の子が夜道を歩いていたら、不審者の格好の餌食だぞ。わたしが傘を持つから、○○ちゃんは中に入ってくれ。そもそも、○○ちゃんの傘なんだから、本来は○○ちゃんが使うべき物だ」
七松くんが折り畳み傘を開き、取っ手を持つ。視線を注がれて、耐えきれなくなったわたしは、傘の中へと入っていく。まさにこれは、相合傘と言っても過言では無い。
アルバイト先を出発して、七松くんと共に、わたしが借りているアパートまでの帰路を歩いていく。天候の悪さで、普段より空の色は黒く、街灯の明かりが頼りになる。
道中でも、七松くんはいつもと変わりなく、大学の授業やアルバイト等の話題を提供してくれて、話が盛り上がる。ただ静かに帰路を辿るだけではつまらないだろうと、七松くんなりの気遣いと捉えよう。
『ありがとう。ここまでで、大丈夫だよ』
そんな事をしていれば、あっという間にわたしの住むアパート付近に到着した。
「あぁ。何も起きなくて、良かった」
大柄な七松くんが隣に居てくれたおかげか、不審者と遭遇する事はなかった。傘から出ていこうとした時、わたしは七松くんを見上げる。
『七松くん。やっぱり、その傘は貸すよ。わたしの住んでるアパートから、七松くんの住むアパートまで案外、距離があるみたいだから。濡れて風邪を引かれても嫌だから、使って』
未だ雨は収まらず、小降りではない。そんな中で傘を取り上げて、湿り気があり且つ寒い中で、七松くんを帰らすのは申し訳ないと思ったからだ。
「そうか? ……分かった。壊さないって約束する。だから今度、礼をさせてくれ。絶対だ」
『そんなっ、大袈裟だよ』
「大袈裟じゃない。○○ちゃんは、優しい人だな」
七松くんに褒められて、どう返せばいいか分からない。異性からのお褒めの言葉にも、慣れていかないと。あの人は、わたしからの熱視線に対して、振り向きはしなかったけど、小さく手を振ってくれた。そんなスマートな対応は、わたしには出来ない。
「また明日な」
そう言われて、わたしはせめてもと思い、下ろしていた右手を挙げる。
『七松くん、またね』
アパートへ帰宅する七松くんに向けて、小さく手を振る。わたしの声を聞いて振り返ると、七松くんは笑顔を浮かべて、手を振り返してくれた。
(あの人は、振り返らなかった。けれど、小さく手は振ってくれた……でも七松くんは、振り返って、笑ってくれた)
その違いに、わたしはまだ上手く気づけていない。
七松くんの後ろ姿を見送ってから、わたしは鍵を開けて、借りているアパートの一室の扉を開ける。スイッチを押すと、玄関がパッと明るさを取り戻す。
靴からスリッパに履き替え、リビングへと向かう。トートバッグを床に置いてから、必要な物だけを揃えた味気ない空間に目を向ける。
(……、…………)
以前は空っぽだった棚には、あの人から貰った香水が目立って置かれている。何となく手にして、蓋を開けようかと考えたが、それは止めにした。これは今、使う時じゃないから。
(前に進むって、こういう事だったっけ)
元の位置に香水を戻して、湿り気を拭おうとシャワーを浴びたい欲求に駆られた。脱衣所で衣服や下着を脱いで、風呂場に入る。シャワーの温度を確認してから、頭から足の爪先まで湯で洗い流していく。
その中でもう一度、七松くんの後ろ姿を思い出す。振り返って、笑ってくれた背中を。
一年生の春(七松視点)
他人から、"細かい事は気にしない"が口癖の、豪快で大雑把な人間と称される私は珍しく、困り果てていた。
(○○ちゃんに、礼をするとは言ったものの……何をすればいいのか……)
同じ大学に通い、アルバイト先まで一緒の名無し○○ちゃん。学部が違うので、大学では精々、履修した一般教養が被った際に見かける位。仲良さげな他の女の子達と講義を受けている姿をぼんやりと見ては、自分の中で違和感が生じていく。
(○○ちゃんって、どこか壁を感じるんだよなぁ)
始めは、人見知りか男嫌いなのかと思っていた。けれど日を追う事に、○○ちゃんは同性以外の相手(つまり、私を含めた殆どの男性)に対して、どこかぎこちなく、本心を悟られない様に壁を作っている気がすると思った。
それでも最近は、初対面の時よりは私に心を開いてくれている様で、小さく笑ってくれる回数も増えた。でも、その笑みも寂しげで、同年齢の女の子が見せるものなのか。
(どこか出掛けようにも、○○ちゃんが本当に行きたい所を話してくれるか分からん……欲しい物は何かと聞いて、全然違う物を言ってきたりするかもしれん……っ)
そこまで考えた所で、私は自分の思いにまで違和感を覚え始める。
(○○ちゃんの事が、気になってる? いや、違う、ただ気になるだけだ……あれ、でも……)
気付かない振りをしていた胸の奥が、変にざわついて、落ち着かない。
(あぁ! こんな悩んでいる等、私らしくない!)
むしゃくしゃして、髪の毛を掻いて落ち着かせようとする。ボサボサで毛並みの整っていない髪は、更に酷い有様になった。今は、そんな事を気にする必要なんてない。酷いと思われたなら、別にそれでいい。
(もしかすると、他人に触れられたくない何かがあるんだろう。それだったら話したいと思わないし、聞かれない様にと壁を作ってしまうのも無理はない……今は、そう思えばいい)
夕方から、閉店間際までのシフトを入れていた私と○○ちゃんだったが、今日ばかりは運が悪いとしか言いようがない。
「こりゃあ、酷いな……」
店長は、店内に搭載されたテレビのライブ中継を見ては、顔を顰める。レインコートを着用したアナウンサーが必死になって、外の状況について説明しているが、風の音が勝って何も聞こえない。
「二人共、気をつけて帰ってね」
閉店準備を終えてから、店長は店内の戸締りの確認をすると言って、席を外す。
『あっ』
そんな時、携帯を眺めていた○○ちゃんが声を挙げた。
「どうした?」
『わたしのアパートのある地区、洪水が起きたみたいで……』
お天気アプリのライブ中継には、河川が洪水を起こしている映像が映されて、時刻も今を指している。
○○ちゃんが借りているアパートのすぐ近くにこの河川があるらしい。道路は水浸しで、歩くだけでも濡れて、荷物の中身も水没してしまうのでは無いかと恐ろしくなる。○○ちゃんが、そんな姿になっているのを想像すると、気がつけば口を開いていた。
「私の家、来るか?」
時間差で、○○ちゃんが『えっ?』と困惑の声を挙げた。そこで私は、家というのは、実家じゃなくてアパートの事だと訂正したが、ズレているだろうか。
○○ちゃんが困った様な顔をして、スマホを握り閉める。ほんの一瞬、心のどこかで"来てくれるのか"なんて、期待してしまう。
『な、七松くんは、迷惑じゃないの?』
「そんな事あるものか。それに、私の住んでいる地区はまだ洪水注意報だから、警報にはなっていない」
それを伝えても、○○ちゃんはまだ決断出来ずに居る。異性の家に行く事に躊躇いがあるのは分かるけれど、このまま見過ごして、自然災害で命を落としてしまうなんて最期は駄目だ。
「ライブ中継もほらっ。まだ水浸しにもなっていないし、ずぶ濡れにはならずに済む。予報じゃ、明日の朝まで雨が続くらしいから、○○ちゃんのアパートの地区に今、帰るのは危ないだろ」
お天気アプリで、自分の住む地区のライブ中継の画面に切り替えて、○○ちゃんに見せる。
「そもそも○○ちゃんが、帰れない家に帰ろうとする方が迷惑なんだぞ? ほら、遠慮するな」
それが説得の項を期したのか、○○ちゃんは観念した様に表情を緩めて、わたしを見てきた。
『……じゃあ、一日だけお邪魔しても大丈夫かな?』
「あぁ、私は全然構わない!」
○○ちゃんを安心させる為に、ニッコリと笑顔を見せた。
(○○ちゃんが、部屋に来るのか……なんか、ちょっとだけ、楽しみになってきたかもしれない)
アパートに来てくれるのが嬉しいのだと、その時は思ってしまった。
(何故だ……助けたいとか、困ってるからとか、そう思ったはずなのに……家に来てくれるのが、嬉しいのか?)
そう考える自分が照れ臭くて、"また自分らしくない"と、その言葉で片付ける。
照明○○の付けられた風呂場には、衣類を身に纏っていないちゃんが立っている。扉越しでもなるべく視線を向けない様にと気をつけながら、支度をする手を止めない。
「○○ちゃん、洗濯機の上に私の私服を置いとくから、それ着てくれ。ズボンは紐を結べば、緩さとかも調整出来るから」
アパートに向かう途中、○○ちゃんがコンビニで購入した女性用下着が入った袋の下に、女性が着てもサイズの心配がない上下の衣類を置いた。
まだ使えるバスタオルを置いたタイミングで、風呂場でシャワーを浴びている○○ちゃんから、『ありがとう』と、礼を言われる。
「体はちゃんと温めて、タオルでよく拭いてから、出てくる様にな」
扉越しにそれだけ言い、逃げる様にして脱衣所から出ていく。今度は、物が散らかり放題のリビングを整理しなくては。
(うむむ…、教科書の山はこの辺に置いて、登山サークルのセットは、今は置き場所がないから、ここに置いとくとして……、いや、別にやましい物は無い。そもそも、○○ちゃんを部屋に招くつもりも更々無かった。でも、あんな洪水の中で女の子を一人で帰らすなんて事、私には出来ん)
整理したものの如何せん、散らかっている所が目立つ。今の私は、これが限界だ。
すると、脱衣所の扉が開く音が小さく聞こえ、風呂上がりの○○ちゃんが、リビングに現れた。
『ありがとう、七松くん。お風呂まで貸して持っちゃって』
上のシャツは若干、ダボついているものの、何とか着れてはいる。下のズボンも紐で緩さを調整してくれたのか、ずり落ちていない。流石にドライヤーまでは置いてないから、しっとりとほんの少しだけ濡れた髪の毛が、色気を感じさせてしまう。
「それ位は、どうって事ない。風邪でも引かれたら私も困るし、○○ちゃんも嫌だろうからな」
『…、……七松くん、優しいね。タオルとか服も用意してくれて、凄い手際が良いと言うか……手馴れてるって感じがして……』
相変わらず、褒められるのは慣れない。しかし、○○ちゃんの口から、"手馴れている"と言われ、何か誤解を生ませたのではと思ってしまう。
「いや、弟と妹、親戚の子達の世話をしていたものだから。それで慣れている様に、○○ちゃんには見えたのかもな」
これは真実で、嘘では無い。実家には計七人の弟妹、預かっている親戚の子達が居る。大学に進学する前は、一緒に遊んだり風呂に入って、体を拭いたりと甲斐甲斐しく世話をしていた。その癖が○○ちゃんの前で出たに過ぎないと、そう思いたい。
『何だか楽しそうだね』
「あぁ。下の子達の面倒を見るのは、楽しい」
そこまで言った所で、腹の音が鳴る。私と○○ちゃん双方の腹からであると分かり、○○○○ちゃんはどこか照れている様子を見せた。
「あー…、……今、カップ麺ぐらいしか、まともに出せないんだ。それでも大丈夫か?」
『うん。カップ麺は、よく食べるよ』
湯を沸かし終えると、電気ポットから音が鳴る。二人分のカップ麺に湯を注いで、テーブルに置いた。他に食べ物がないか漁っていた中で、ポテトチップスを発見したので、それも一緒に添えてある。
「○○ちゃんは元々、この辺に住んでいる人なのか?」
『うん。大学は、無難に行ける所だったら何でも良くて。高校も…、制服が可愛いから通ってただけで……』
「そういや、妹も制服が可愛いとか言っていたな。でも、規律とか色々と厳しかったんだろ?」
『まぁ、昔からある女子高だったから、その辺は仕方ないよ。でも、わたしの友達には、他の学校に彼氏が居た子は、ちらほら……、……七松くんも、この辺に住んでいる人?』
ここに来て初めて、○○ちゃんから私の事について質問された。今までは私が聞いて○○ちゃんが答えると、受動的な対応が殆どだったが、○○ちゃんの口からそう言われたのだ。
「そうだな。もしかすると、○○ちゃんの実家と案外、近いかもしれないな。ちなみに、高校は……」
通っていた高校の名前を出すと、ちゃん○○は少しだけ驚いて見せた。オープンキャンパスの宣伝文句で、進学校と言われている所だからというのが理由の一つかもしれない。
「私の周りにも、付き合っている奴等はそこそこ居たな。別れた奴も居れば、遠距離で今も続いてたりして……」
女子高となれば、恋愛の機会も少なそうなイメージがあったが、その辺りは寛容なのだなと一人で思う。
私も過去に交際していた女の子は居たが、全員とお別れしている。デートより部活動を優先してしまった・友達の扱いと変わらない等と一方的に色々な事を言われた覚えしかない。そこまで考えてから、ある考えまで巡らせた。
「○○ちゃんっ」
『どうしたの?』
「もしかして、彼氏とか居たりするか?」
『えっ?』
「いや、私が連れて来て言うのはおかしいと思うが……彼氏さんの家が近かったなら、そっちに行った方が良かったんじゃないか……」
浅はかな行動をしたと珍しく後悔しても、何も変わらない。しかし、そんなわたしの様子など知ってか知らずか、○○ちゃんは小さく笑う。
『彼氏は、居ないよ。今までもずっと』
最後の言葉を言った○○ちゃんは、何だか寂しそうだと、私には思えた。
「でも、気になる人とかは居たんじゃないのか?」
何気なく質問すると、○○ちゃんはしばらく考え込んでから、顔を伏せる。
『気になる人…、………うん、居たよ。居たけどね……、…………』
その後に続く言葉は、いくら待てども出てこない。
「無理に言わなくていい。私が軽率だった」
『違うよっ。七松くんは、悪くない』
珍しく、○○ちゃんは焦った様子を見せた。○○ちゃんの"気になる人"は、大事な人だったんだろうなぁと思うと、必要以上に詮索するのを止めにした。
いやに気まずい雰囲気となり、沈黙が走ったのも束の間、○○ちゃんがカップ麺の蓋を開ける。湯気が立ち、天井へと伝っていく。
『え、えっと……カップ麺、伸びちゃうから……食べようよ』
私に気を遣ってくれていると分かれば、それを無下にはしない。
「そうだな。すっかり腹ぺこだから、美味さも抜群だ! ポテトチップスを砕いて入れると案外、美味しいしな」
気まずい空気を打破する様に、私は笑顔を見せた。○○ちゃんがホッとしたような顔を見せてくれて、雰囲気も改善出来たと安心した。
そこから、少し遅めの夕飯を食べ始める。カロリーは気にしないのかと○○ちゃんに聞けば、今日は特別の日にすると言ってくれて、その響きがやけに私の中では心地いい。
『…、………さっきの、気になる人の話だけどね』
麺を啜っている最中、○○ちゃんから先程の話を繰り出された。
『気になっていたけどね、もう終わっちゃったの』
"終わってしまった"という言葉には、どれだけの意味が込められているのか。○○ちゃんは、酷く切なげな表情を浮かべているのを、わたしは見とれてしまう。
『好きですって伝えたけど、振られちゃった……、だから、もう終わったの。付き合ってもなくて、わたしが好きなだけだったから』
そこに居るのは、いつも通りの○○ちゃんなのに。何で今になって、こんなに綺麗なんだと思ったんだ。
外の景色は、台風一過の青空が広がっている。カーテンの隙間から射す柔らかな光が、床にまだらに落ちているのを、ぼんやりと眺めた。
敷物を敷き、その上で横になっていた私は、眠い目を擦りながら、手探りで携帯を探す。ロック画面を解除してから、今日は休みの日だと寝ぼけながら思う。用事も無いので、大学に赴く理由は無く、慌てる必要も無い。
(あれ…、○○ちゃんは?)
ベッドの上で寝ている筈の○○ちゃんが、そこに居なかった。周囲を見回したが、トートバッグが、床にぽつんと置かれたまま。まだ、この部屋のどこかに居る。
『おはよう、七松くん』
台所の方から、○○ちゃんの柔らかい声がした。立ち上がろうとすると、眠気でふらつく。それでも、すぐに踏みとどまり、転ばずに済んだ。
ゆっくりと台所に着くと、二枚の皿に焼き立てのトーストが置かれていた。脇には、マーガリンの箱と、使った後のヘラが丁寧に添えられて。ほんのりと湯気が上がっていて、静かな朝を柔らかく温めている。
『ごめんね、勝手に台所を借りちゃって。ぐっすり寝てる七松くんを起こすの、何だか申し訳ないと思って……』
控えめに小さく笑う○○ちゃんのその声が、私の胸に沁みた。最初は警戒心を抱かれていたが、ゆっくり距離を縮められたらそれで良かった。今ではこうして、○○ちゃんが私に小さく笑ってくれる様になったから。
(最初は、あんなにも壁を感じてたのに)
その壁は、まだ完全には無くなっていない。でも今日の朝だけは、○○ちゃんから踏み出してくれた。
『賞味期限は近いけど、まだ食べれそうだったから……食パンを焼いてみたの。卵があったから、スクランブルエッグも作って……そのままでも、トーストに乗せても食べられる様に……』
○○ちゃんは、許可無しに台所を使ったからと、私が嫌じゃないかと、様子を伺っている。
こんな光景、まるで恋人同士で迎える爽やかな朝じゃないか。なんでこんなに心臓が煩いのか、上手く説明がつかない。
(作ってくれた朝食を見て、こんなに嬉しいと思うなんて……ただ一緒にいるだけで、こんなに心が温かいなんて……)
○○ちゃんは、言葉を発しない私を見上げて、様子を伺っている。
(この瞬間が、欲しかったのかもしれない)
気づいた時には、私は○○ちゃんの両手を取って握っていた。○○ちゃんの手が、思ったよりも温かい。
「好きだ」
誰か対して向ける好意の言葉が、口から溢れ落ちる。○○ちゃんの全部を、今すぐ知りたいとは思わない。ゆっくりでいい。これから、もっと知りたい。
一年生の夏
アルバイト先で知り合った男の子である、七松小平太くんから告白を受けた。いきなり両手を握られ、真っ直ぐにわたしを見つめて、「好きだ」と簡潔ながらも、はっきりと異性へ向ける好意を向けられたのだ。
(好きだって言われたのは、嬉しい……でも、ドキドキする気持ちは、もしかしたら”告白されたから"って、驚いたのかも……私、ちゃんと恋してるのかな……)
恋心って、こういうものなんだっけ。付き合うって、こういう気持ちでいいのかな……そんな事ばかり、頭の中で巡る。
(でも、一緒に過ごす時間は楽しいし……そんな理由で、付き合って良いの……?)
それが正解なのかどうか、まだ分からない。でも、一緒にいる事が自然なものだと思う時間が、ほんの少しだけ増え始めていた。
▽
「じゃーん!」
大学の夏季休暇中、わたしは小平太くんが借りているアパートの駐車場にて、新車のキャンピングカーのお披露目会に居合わせていた。
『この車、どうしたの?』
「買った!」
『免許は?』
「近所の教習所の合宿に参加してな。そしたら、一発合格で、すぐに免許も取れた!」
乗ったばかりで、まだピカピカのゴールドだと自慢げに伝えられたが、それよりもわたしは別の事柄に圧倒されている。
(こ、行動力の塊……)
世間で言う、恋人関係に発展してから、わたしは小平太くんの様々な一面を垣間見た。
有り余る体力を持っている。日頃から体を動かすのが好き。何かの大会に出るからという理由も無く、ただひたすらに走り回り、何故か土埃にまみれている事も珍しくない。更には、怪力の持ち主。以前、わたしが貸した折り畳み傘を絶対、壊さないと言った小平太くんの言葉はやけに説得力があったと今なら思う。
「車があれば、通学も楽になるし……何より、家族や○○ちゃんを連れて、色々な所へ出掛けられる。それを考えたら、楽しみで楽しみで堪らなくて」
こういう所で、小平太くんは自分が大切だと思う人達の名前をすらすらと言えて、羨ましいと感じる。
「○○ちゃんは、どこか行きたい所とかは、あったりするか?」
ニコニコと笑顔を浮かべながら、小平太くんは声を掛けてくる。
「何でもいいぞ。行ってみたい場所とか、前に行った事のある場所とか何でも。もし思い付かなかったら、私のオススメの場所に行こう」
わたしが答えやすい様に気遣いを見せてくれると、脳裏に隣町の遊園地が一番に浮かぶ。
『ま、前に……、遊園地に行った事があるの』
あの人とその旧友と言う方と三人で、園内を歩いてアトラクションに乗って、楽しんでいた筈だったのに。
「おぉ、良いな。ジェットコースターとか観覧車とか面白い物が揃っているし、何より楽しい。今度、行ってみる?」
あの頃は、出掛けられる範囲も狭く、背伸びをしてあの場所を選んだ。苦い思い出だと決めつけていたけど、あの日の私は楽しんでいた。
『……ううん。子供っぽいから、止めとく』
「そうか? 大人も子供も楽しめるのが、遊園地だと思うが……まぁ、○○ちゃんが行きたいって思う所があったら、また教えてくれ。一緒なら、どこでも楽しい場所になると思うしな」
言い訳がましい言葉を述べても、小平太くんは変わらず、詮索はしてこない。申し訳ないと思い、どこか安心している自分が存在している。
「ほら、暑いから部屋に入るか。それにアイスも買ってきたから、一緒に食べて涼しもう」
小平太くんの額、頬、首筋に汗がたらりと垂れている。それはわたしも同じく、冷房の効いた部屋で涼しくなりたかった。小平太くんにふいに繋がれた手が、いつもより少しだけ汗ばんでいる。それが妙に気になりつつも、ゆっくりと歩き出す。
小平太くんの借りている部屋には、いくつかわたしの私物が置かれている。シフトが重なった日は、小平太くんと共にこの部屋に帰って、泊まる頻度も少しだけ増えた。わたしの私服・下着を何着か置かせて貰い、一つのベッドで一緒に寝る事が当たり前になりつつある。
「○○ちゃんの食べてるアイス、私も食べたい」
チョコチップ入りのカップアイスを食べていると、小平太くんは目を閉じて、大きく口を開けていた。
『え、っと……』
「ほら、あーん」
片目だけ開け、アイスを食べさせて欲しいと話してきた。なんか、恋人っぽい事してる。スプーンでアイスを掬い、小平太くんの口元に近づける。
スプーンの先端が口内に入った事が分かれば、小平太くんは、パクッと効果音が鳴ったかの様に口を閉じて、チョコチップ入りのアイスを堪能していく。
『お、美味しい?』
「うん、美味いっ」
溌剌とした笑みを浮かべて、小平太くんはプレーン味のアイスをスプーンで掬う。アイスの欠片が乗せられた先端を、今度はわたしの口元へと向けられた。
『へっ?』
「お返しだ」
変わらず、笑みを浮かべている。わたしが口を開けると、スプーンの先端が口内へと入ってきた。先程の様な効果音は、付きはしないものの、口の中が清涼感に包まれて、蕩けていく。
『冷たくて、美味しい……』
頬が緩んでいた最中、小平太くんが「んふふっ」と綻び、わたしの頬に口付けをした。
『あ、っ…、えっと……』
「○○ちゃんの可愛い所を近くで見れて、私は嬉しい」
その言葉を放つ小平太くんに、羞恥心は無いのだろうか。素直に好意を向けられて、どう反応していいか分からずに、アイスの味も堪能しないで飲み込んでしまう。せっかく、期間限定のチョコチップ入りだというのに。
「そんなに、恥ずかしがらなくてもいいだろう」
『ま、まだちょっと、慣れなくて……』
「ふーむ……、○○ちゃん、キスの方もまだぎこちないもんな。今日もちょっと練習しよう」
アイスを食べ終えた小平太くんは、カップとスプーンをテーブルに置いて、わたしと向き合う。丁度、アイスを食べ終えたわたしに、逃げ場は無い。
「○○ちゃん、ほらっ」
目の前に座る小平太くんは、目を閉じる。こうなると、いくら時間が経っても、わたしからキスをしないと目を開けてくれないのだ。
(き、緊張する…、……っ)
唇に触れるまでの僅かな距離が、やけに長く感じた。緊張で、息をするのも忘れてしまいそう。わたしは小平太くんの唇に、自分の唇を押し当てる。
「違う、違う。ちゅって音を鳴らすみたいに、私の唇に触れてくれ」
もう一度、小平太くんの唇に触れた。今度は、ちゅっと音が鳴る様にして触れたのが分かってから、離れていく。
「よし、今度はハグの練習だ」
どうしたらいいのか、まだよく分からない。ぎこちなく、恐る恐る背中に腕を回すと、小平太くんは小さく笑う。
『ご、ごめんね…、あんまり上手に出来なくて』
「そう落ち込むな。誰だって最初は出来ない事もあるし、これから慣れていけばいい。うーん…そうだなぁ……」
小平太くんから、手の力をもう少し強めていいとアドバイスを貰う。それに従って、わたしは少しだけ力を込めて、小平太くんを抱き締める。その瞬間に、小平太くんの体温がじんわりと腕に伝わってきた。柔らかい布地越しに感じる温もりが、心まで包んでくれるみたい。
「良いぞ。そうやって、私の事をぎゅって抱き締めればいいんだ」
『こ、こう?』
「あぁ、それで良い」
小平太くんは、どこか楽しそうだ。キスやハグの仕方を優しく丁寧に教えてくれる姿は、豪快で大雑把な一面とまた違う魅力だと気付かされる。
「○○ちゃん」
距離が近くになっていた事で、小平太くんの声を耳元で聞き取る。擽ったさを感じて、肩が震えてしまう。
『な、なに?』
「今度は、○○ちゃんの住んでるアパートにも行ってみたい」
心臓が。ドクンと一際大きく跳ねた。今まで楽しく話していた空気が、一瞬で張り詰めた気がした。
『わ、わたしの部屋……?』
いつもより、少しだけ声が上ずっているのが自分でも分かる。
「雨の日に近くまで送りはしたけど、まだ部屋に行った事は無いと思ってな」
小平太くんは、いつも通りの無邪気な笑顔を見せる。
(別に、疚しい物は無いじゃない……、あの香水が置いてあるだけ。それに断ったら、変に思われるかもしれない。恋人なのに……こんな事で躊躇する方が、おかしいのに)
中々、返事を出さないでいるわたしを見かねて、小平太くんはわたしの顔を覗き込む。くりくりとした丸い目と合い、答えざるをえない。
『う、うん……いいよ。そしたら、いつ来る?』
「明日とかは、どうだ?」
あまりにも、期間が早い。でも、先延ばしにしてソワソワしてしまうよりか、早く済ませた方が何事も良いとは言う。
『わ、分かった……部屋、綺麗にしておくね』
了承の返事をすると、小平太くんは「楽しみだな!」と喜びを見せた。その姿を見て、ほんの少しだけ、胸が苦しくなる。
▽
続き→はじめての香り 弍(潮江・七松)(R18描写あり)
.
?? ???×女夢主(年下)
七松 小平太×女夢主(同い年)
少女漫画みたいに、潮江文次郎先生が振り向かなくても未来へ進む話。ハロー、バイバイ(潮江文次郎)、ハロー、バイバイ 弍(潮江文次郎)の続編。
◆名前変換夢の為、名前入力を推奨。
◆一人称(夢主、七松)視点で進みます。
◆室町時代末期を舞台した話が好き・現代パロディが苦手の方は、ブラウザバック推奨。
◆その他、教師×女生徒の関係を肯定または推奨する訳でもなく、七松の過去の交際経験の描写が、ほんのりと出てきます。各登場人物に、前世の記憶もありません。
◆既存キャラの解釈違い(口調や性格)が出てくると思われますので予め、ご了承下さい。
夢主の簡単な設定
・大学生
・誕生月は秋(9月〜11月のどこか)
・
一年生の春
大学に通う為に借りたアパートは、生活に必要な物だけを揃えた味気ない空間だった。壁は白く、棚は空っぽで、机には新品のパソコンだけが置かれている。
高校時代に着ていたワイシャツやブレザー、スカートは自宅に置いたまま。卒業祝いに貰った香水・卒業式を終えた後に撮って貰ったツーショット写真だけは、どうしても手放せなかった。
この二つさえあれば、わたしは前に進めると思っていた。あの日を忘れたわけじゃない。この先に、もっと素敵な景色がある筈だと、どこかで信じたかった。
けれど、このアパートは静かすぎて、私の決意を独り言みたいにしてしまう。静かすぎて、ふとした瞬間にあの人の声が、蘇ってしまう。
▽
アルバイト先の店長に、バックヤードへ呼び出されたかと思えば、大柄で、どこか幼さの残る顔立ちをした男の子がニコニコと笑顔を浮かべて、立っていた。
「今日から新しく入った七松くんなんだけど、名無しさんと同じ大学に通っているそうだよ」
どうやら、わたしと同じ大学に通っている人らしい。入学したばかりという事もあり、まだ学内で会った事は無いと思いつつ、挨拶を交わす。
店長は、控え室のデスクで伝票作業をするからと席を外していく。バックヤードに残されたのは、同い年のわたし達だけだ。
「同じ大学に通っている人なのか。知り合いが居るだけでも、心強いな」
『あっ、えっと…、七松くんって、何学部の人なんですか? わたし、学内で見かけた事がなくて……』
初対面にも関わらず、普通に接してくる七松くんに警戒心を抱いてしまうが、わたしはそう問いかける。所属している学部を聞かされ、あまり接点のない所だというのが、最初に抱いた感想だった。
バイトの終了時刻を迎え、女性用の更衣室で着替えを終えた。バックヤードを出ていくと、壁にもたれる形で、携帯をいじっている七松くんを見かける。
「あっ、やっと出てきた」
わたしを見るなり、そう言い放つ七松くんの言葉に、またしても警戒心を抱いてしまう。
(こんな自然に距離を詰めてくる人、どう接したらいいのか分からない……前だったら、そんなの怖くなかった筈なのに……)
むしろ、どうしたら距離を縮めてもらえるかとばかり考えていたのに。そこで、大きな背中をした後ろ姿のあの人が過ぎってしまう。
一人で不安に思っていると、七松くんは、手にしていた携帯の画面を見せてきた。
「んっ」
『えっ?』
メッセージアプリが起動されて、友達追加と映されている。意図が読み込めずにいると、七松くんは人差し指でトントンと音を立てて、画面を叩く。
「学部は違うけど、一般教養とかで一緒になるかもしれないし。バイト先の事とか、もし困ったことがあったら、気軽に聞けた方が安心だろう」
一瞬、返事に迷う。手にたらりと汗が垂れた様な気がする。しかし、七松くんから優良物件を紹介された時の様に、連絡先交換の売りを言われてしまい、断れなかった。
▽
あれから、二週間が経過した。
同じ大学に通っており、且つ同い年であるからと、七松くんとのシフト被りが増えた。店長なりの気遣いだろうけど、快活で人懐っこく、ぐいぐいと推しの強い様は、今の私には些か刺激が強い。
「○○ちゃんって、男性が苦手だったりするのか?」
休憩時間中、賄いのご飯を頬張ると声がした。正面に座る七松くんに、はっきりとした言葉で問いかけられたのだ。
『えっ…、な、何で?』
「女性相手とか店長なら普通なのに、私とか他の男性にはちょっと距離あるっていうか……今だって、警戒してるだろう?」
アルバイト先での、わたしと振る舞いを的確に言われ、更には今現在のわたしの心境までも見破られる。
『あっ、うん……高校が女子校だったから……その、免疫が弱まってるのかも』
決して、嘘をついている訳ではない。三年間、同性しか居ない空間で過ごした事により、異性への免疫が弱まっていた。もう一つの理由としては、また大きな背中のあの人が浮かんでしまう。
そんなわたしを他所に、七松くんは「へぇー」と軽い口調で返事をして、携帯を取り出す。慣れた手つきでフリック入力をし終えると、わたしに向けて、検索結果の画面を見せてきた。
「この辺だと……もしかして、この高校か?」
そこには、私が在籍していた女子校の情報を纏めたサイトが表示されている。外部向けのもので、年間スケジュールや中等部・高等部の生活の様子等が細かく掲載されていた。
『うん、そこだよ』
「実は妹が気になっている高校で、オープンキャンパスに行きたいと話していてな。○○ちゃんは、どうだった?」
兄弟想いなんだと思いつつ、高校での生活を頭から捻り出す。楽しい事もあれば、苦いと自分では思う事もあった。全部を事細かく、話しはしない。
『……楽しかったよ。うん。楽しかった』
まるで、自分に言い聞かせている様にも思えてしまう。それを見透かされているのか、七松くんはジッと見てくる。何を言われるんだろうと身構えていると、七松くんは小さく笑う。
「そっか、良かったな」
必要以上に問いかける事はなく、そこで高校の話題を終える。
▽
大学生活を迎えて、初めての梅雨の時期を迎えた。七松くんの人懐っこさと豪快な性格により、わたしは少しずつ心を開き始めている。以前の様に緊張したり、警戒心を抱く事は少なくなり、七松くんの面白い話にも少しずつだが笑えたりと、変化が訪れていたから。
タイムカードを切って、わたしと七松くんは店の裏口から外へ出ていこうとする。扉を開けると、ざあざあと音を立てて、雨が降っている。トートバックの中に入っている折り畳み傘を取り出すと、七松くんが声を上げた。
「あっ、傘持ってくるの忘れてしまった」
どうやら、七松くんはアルバイト先に向かう前まで、傘を持っていく事を覚えていたものの、忘れてしまったという。それを聞いて、よくある事だなぁと、同情してしまう。だって、高校生の時に傘を忘れてしまった事があったから。
「アパートまで、いけいけどんどんに走っていけば、何とかなるだろうし。気にしなくてもいいか」
傘を忘れてたという問題を、持ち前の体力と運動神経を駆使して、"いけいけどんどん"という七松くんなりの鼓舞の言葉を発して、自己完結した。その場で屈伸運動を始めてから、わたしは手にしている折り畳み傘を一瞥する。あの人は、こんな気持ちで自分の傘を渡してくれたのだろうか。
『七松くん』
屈伸運動中の七松くんに声を掛けると、わたしの方へと顔を向け、見上げた。
『小さいけど、もし良かったら使って』
そう言って、七松くんに折り畳み傘の持ち手を向けて、差し出す。受け取るのかと思いきや、七松くんは特徴的な丸い目を更に丸くさせて、わたしを見つめてくる。
「そしたら○○ちゃんは、どうやって家まで帰るつもりだ?」
『その内、雨が止むと思うから。店長に適当に理由付けして、控え室で時間潰してるよ』
時間が経てば、小降りになるだろうと高を括っているわたしは、店長に何を話せばいいかと考え始める。
「女の子一人、置いて帰る訳にもいかないだろ」
すると、隣から七松くんの言葉が飛んできた。それは、強い意志を感じさせる。
「大学生で、それも女の子が夜道を歩いていたら、不審者の格好の餌食だぞ。わたしが傘を持つから、○○ちゃんは中に入ってくれ。そもそも、○○ちゃんの傘なんだから、本来は○○ちゃんが使うべき物だ」
七松くんが折り畳み傘を開き、取っ手を持つ。視線を注がれて、耐えきれなくなったわたしは、傘の中へと入っていく。まさにこれは、相合傘と言っても過言では無い。
アルバイト先を出発して、七松くんと共に、わたしが借りているアパートまでの帰路を歩いていく。天候の悪さで、普段より空の色は黒く、街灯の明かりが頼りになる。
道中でも、七松くんはいつもと変わりなく、大学の授業やアルバイト等の話題を提供してくれて、話が盛り上がる。ただ静かに帰路を辿るだけではつまらないだろうと、七松くんなりの気遣いと捉えよう。
『ありがとう。ここまでで、大丈夫だよ』
そんな事をしていれば、あっという間にわたしの住むアパート付近に到着した。
「あぁ。何も起きなくて、良かった」
大柄な七松くんが隣に居てくれたおかげか、不審者と遭遇する事はなかった。傘から出ていこうとした時、わたしは七松くんを見上げる。
『七松くん。やっぱり、その傘は貸すよ。わたしの住んでるアパートから、七松くんの住むアパートまで案外、距離があるみたいだから。濡れて風邪を引かれても嫌だから、使って』
未だ雨は収まらず、小降りではない。そんな中で傘を取り上げて、湿り気があり且つ寒い中で、七松くんを帰らすのは申し訳ないと思ったからだ。
「そうか? ……分かった。壊さないって約束する。だから今度、礼をさせてくれ。絶対だ」
『そんなっ、大袈裟だよ』
「大袈裟じゃない。○○ちゃんは、優しい人だな」
七松くんに褒められて、どう返せばいいか分からない。異性からのお褒めの言葉にも、慣れていかないと。あの人は、わたしからの熱視線に対して、振り向きはしなかったけど、小さく手を振ってくれた。そんなスマートな対応は、わたしには出来ない。
「また明日な」
そう言われて、わたしはせめてもと思い、下ろしていた右手を挙げる。
『七松くん、またね』
アパートへ帰宅する七松くんに向けて、小さく手を振る。わたしの声を聞いて振り返ると、七松くんは笑顔を浮かべて、手を振り返してくれた。
(あの人は、振り返らなかった。けれど、小さく手は振ってくれた……でも七松くんは、振り返って、笑ってくれた)
その違いに、わたしはまだ上手く気づけていない。
七松くんの後ろ姿を見送ってから、わたしは鍵を開けて、借りているアパートの一室の扉を開ける。スイッチを押すと、玄関がパッと明るさを取り戻す。
靴からスリッパに履き替え、リビングへと向かう。トートバッグを床に置いてから、必要な物だけを揃えた味気ない空間に目を向ける。
(……、…………)
以前は空っぽだった棚には、あの人から貰った香水が目立って置かれている。何となく手にして、蓋を開けようかと考えたが、それは止めにした。これは今、使う時じゃないから。
(前に進むって、こういう事だったっけ)
元の位置に香水を戻して、湿り気を拭おうとシャワーを浴びたい欲求に駆られた。脱衣所で衣服や下着を脱いで、風呂場に入る。シャワーの温度を確認してから、頭から足の爪先まで湯で洗い流していく。
その中でもう一度、七松くんの後ろ姿を思い出す。振り返って、笑ってくれた背中を。
一年生の春(七松視点)
他人から、"細かい事は気にしない"が口癖の、豪快で大雑把な人間と称される私は珍しく、困り果てていた。
(○○ちゃんに、礼をするとは言ったものの……何をすればいいのか……)
同じ大学に通い、アルバイト先まで一緒の名無し○○ちゃん。学部が違うので、大学では精々、履修した一般教養が被った際に見かける位。仲良さげな他の女の子達と講義を受けている姿をぼんやりと見ては、自分の中で違和感が生じていく。
(○○ちゃんって、どこか壁を感じるんだよなぁ)
始めは、人見知りか男嫌いなのかと思っていた。けれど日を追う事に、○○ちゃんは同性以外の相手(つまり、私を含めた殆どの男性)に対して、どこかぎこちなく、本心を悟られない様に壁を作っている気がすると思った。
それでも最近は、初対面の時よりは私に心を開いてくれている様で、小さく笑ってくれる回数も増えた。でも、その笑みも寂しげで、同年齢の女の子が見せるものなのか。
(どこか出掛けようにも、○○ちゃんが本当に行きたい所を話してくれるか分からん……欲しい物は何かと聞いて、全然違う物を言ってきたりするかもしれん……っ)
そこまで考えた所で、私は自分の思いにまで違和感を覚え始める。
(○○ちゃんの事が、気になってる? いや、違う、ただ気になるだけだ……あれ、でも……)
気付かない振りをしていた胸の奥が、変にざわついて、落ち着かない。
(あぁ! こんな悩んでいる等、私らしくない!)
むしゃくしゃして、髪の毛を掻いて落ち着かせようとする。ボサボサで毛並みの整っていない髪は、更に酷い有様になった。今は、そんな事を気にする必要なんてない。酷いと思われたなら、別にそれでいい。
(もしかすると、他人に触れられたくない何かがあるんだろう。それだったら話したいと思わないし、聞かれない様にと壁を作ってしまうのも無理はない……今は、そう思えばいい)
夕方から、閉店間際までのシフトを入れていた私と○○ちゃんだったが、今日ばかりは運が悪いとしか言いようがない。
「こりゃあ、酷いな……」
店長は、店内に搭載されたテレビのライブ中継を見ては、顔を顰める。レインコートを着用したアナウンサーが必死になって、外の状況について説明しているが、風の音が勝って何も聞こえない。
「二人共、気をつけて帰ってね」
閉店準備を終えてから、店長は店内の戸締りの確認をすると言って、席を外す。
『あっ』
そんな時、携帯を眺めていた○○ちゃんが声を挙げた。
「どうした?」
『わたしのアパートのある地区、洪水が起きたみたいで……』
お天気アプリのライブ中継には、河川が洪水を起こしている映像が映されて、時刻も今を指している。
○○ちゃんが借りているアパートのすぐ近くにこの河川があるらしい。道路は水浸しで、歩くだけでも濡れて、荷物の中身も水没してしまうのでは無いかと恐ろしくなる。○○ちゃんが、そんな姿になっているのを想像すると、気がつけば口を開いていた。
「私の家、来るか?」
時間差で、○○ちゃんが『えっ?』と困惑の声を挙げた。そこで私は、家というのは、実家じゃなくてアパートの事だと訂正したが、ズレているだろうか。
○○ちゃんが困った様な顔をして、スマホを握り閉める。ほんの一瞬、心のどこかで"来てくれるのか"なんて、期待してしまう。
『な、七松くんは、迷惑じゃないの?』
「そんな事あるものか。それに、私の住んでいる地区はまだ洪水注意報だから、警報にはなっていない」
それを伝えても、○○ちゃんはまだ決断出来ずに居る。異性の家に行く事に躊躇いがあるのは分かるけれど、このまま見過ごして、自然災害で命を落としてしまうなんて最期は駄目だ。
「ライブ中継もほらっ。まだ水浸しにもなっていないし、ずぶ濡れにはならずに済む。予報じゃ、明日の朝まで雨が続くらしいから、○○ちゃんのアパートの地区に今、帰るのは危ないだろ」
お天気アプリで、自分の住む地区のライブ中継の画面に切り替えて、○○ちゃんに見せる。
「そもそも○○ちゃんが、帰れない家に帰ろうとする方が迷惑なんだぞ? ほら、遠慮するな」
それが説得の項を期したのか、○○ちゃんは観念した様に表情を緩めて、わたしを見てきた。
『……じゃあ、一日だけお邪魔しても大丈夫かな?』
「あぁ、私は全然構わない!」
○○ちゃんを安心させる為に、ニッコリと笑顔を見せた。
(○○ちゃんが、部屋に来るのか……なんか、ちょっとだけ、楽しみになってきたかもしれない)
アパートに来てくれるのが嬉しいのだと、その時は思ってしまった。
(何故だ……助けたいとか、困ってるからとか、そう思ったはずなのに……家に来てくれるのが、嬉しいのか?)
そう考える自分が照れ臭くて、"また自分らしくない"と、その言葉で片付ける。
照明○○の付けられた風呂場には、衣類を身に纏っていないちゃんが立っている。扉越しでもなるべく視線を向けない様にと気をつけながら、支度をする手を止めない。
「○○ちゃん、洗濯機の上に私の私服を置いとくから、それ着てくれ。ズボンは紐を結べば、緩さとかも調整出来るから」
アパートに向かう途中、○○ちゃんがコンビニで購入した女性用下着が入った袋の下に、女性が着てもサイズの心配がない上下の衣類を置いた。
まだ使えるバスタオルを置いたタイミングで、風呂場でシャワーを浴びている○○ちゃんから、『ありがとう』と、礼を言われる。
「体はちゃんと温めて、タオルでよく拭いてから、出てくる様にな」
扉越しにそれだけ言い、逃げる様にして脱衣所から出ていく。今度は、物が散らかり放題のリビングを整理しなくては。
(うむむ…、教科書の山はこの辺に置いて、登山サークルのセットは、今は置き場所がないから、ここに置いとくとして……、いや、別にやましい物は無い。そもそも、○○ちゃんを部屋に招くつもりも更々無かった。でも、あんな洪水の中で女の子を一人で帰らすなんて事、私には出来ん)
整理したものの如何せん、散らかっている所が目立つ。今の私は、これが限界だ。
すると、脱衣所の扉が開く音が小さく聞こえ、風呂上がりの○○ちゃんが、リビングに現れた。
『ありがとう、七松くん。お風呂まで貸して持っちゃって』
上のシャツは若干、ダボついているものの、何とか着れてはいる。下のズボンも紐で緩さを調整してくれたのか、ずり落ちていない。流石にドライヤーまでは置いてないから、しっとりとほんの少しだけ濡れた髪の毛が、色気を感じさせてしまう。
「それ位は、どうって事ない。風邪でも引かれたら私も困るし、○○ちゃんも嫌だろうからな」
『…、……七松くん、優しいね。タオルとか服も用意してくれて、凄い手際が良いと言うか……手馴れてるって感じがして……』
相変わらず、褒められるのは慣れない。しかし、○○ちゃんの口から、"手馴れている"と言われ、何か誤解を生ませたのではと思ってしまう。
「いや、弟と妹、親戚の子達の世話をしていたものだから。それで慣れている様に、○○ちゃんには見えたのかもな」
これは真実で、嘘では無い。実家には計七人の弟妹、預かっている親戚の子達が居る。大学に進学する前は、一緒に遊んだり風呂に入って、体を拭いたりと甲斐甲斐しく世話をしていた。その癖が○○ちゃんの前で出たに過ぎないと、そう思いたい。
『何だか楽しそうだね』
「あぁ。下の子達の面倒を見るのは、楽しい」
そこまで言った所で、腹の音が鳴る。私と○○ちゃん双方の腹からであると分かり、○○○○ちゃんはどこか照れている様子を見せた。
「あー…、……今、カップ麺ぐらいしか、まともに出せないんだ。それでも大丈夫か?」
『うん。カップ麺は、よく食べるよ』
湯を沸かし終えると、電気ポットから音が鳴る。二人分のカップ麺に湯を注いで、テーブルに置いた。他に食べ物がないか漁っていた中で、ポテトチップスを発見したので、それも一緒に添えてある。
「○○ちゃんは元々、この辺に住んでいる人なのか?」
『うん。大学は、無難に行ける所だったら何でも良くて。高校も…、制服が可愛いから通ってただけで……』
「そういや、妹も制服が可愛いとか言っていたな。でも、規律とか色々と厳しかったんだろ?」
『まぁ、昔からある女子高だったから、その辺は仕方ないよ。でも、わたしの友達には、他の学校に彼氏が居た子は、ちらほら……、……七松くんも、この辺に住んでいる人?』
ここに来て初めて、○○ちゃんから私の事について質問された。今までは私が聞いて○○ちゃんが答えると、受動的な対応が殆どだったが、○○ちゃんの口からそう言われたのだ。
「そうだな。もしかすると、○○ちゃんの実家と案外、近いかもしれないな。ちなみに、高校は……」
通っていた高校の名前を出すと、ちゃん○○は少しだけ驚いて見せた。オープンキャンパスの宣伝文句で、進学校と言われている所だからというのが理由の一つかもしれない。
「私の周りにも、付き合っている奴等はそこそこ居たな。別れた奴も居れば、遠距離で今も続いてたりして……」
女子高となれば、恋愛の機会も少なそうなイメージがあったが、その辺りは寛容なのだなと一人で思う。
私も過去に交際していた女の子は居たが、全員とお別れしている。デートより部活動を優先してしまった・友達の扱いと変わらない等と一方的に色々な事を言われた覚えしかない。そこまで考えてから、ある考えまで巡らせた。
「○○ちゃんっ」
『どうしたの?』
「もしかして、彼氏とか居たりするか?」
『えっ?』
「いや、私が連れて来て言うのはおかしいと思うが……彼氏さんの家が近かったなら、そっちに行った方が良かったんじゃないか……」
浅はかな行動をしたと珍しく後悔しても、何も変わらない。しかし、そんなわたしの様子など知ってか知らずか、○○ちゃんは小さく笑う。
『彼氏は、居ないよ。今までもずっと』
最後の言葉を言った○○ちゃんは、何だか寂しそうだと、私には思えた。
「でも、気になる人とかは居たんじゃないのか?」
何気なく質問すると、○○ちゃんはしばらく考え込んでから、顔を伏せる。
『気になる人…、………うん、居たよ。居たけどね……、…………』
その後に続く言葉は、いくら待てども出てこない。
「無理に言わなくていい。私が軽率だった」
『違うよっ。七松くんは、悪くない』
珍しく、○○ちゃんは焦った様子を見せた。○○ちゃんの"気になる人"は、大事な人だったんだろうなぁと思うと、必要以上に詮索するのを止めにした。
いやに気まずい雰囲気となり、沈黙が走ったのも束の間、○○ちゃんがカップ麺の蓋を開ける。湯気が立ち、天井へと伝っていく。
『え、えっと……カップ麺、伸びちゃうから……食べようよ』
私に気を遣ってくれていると分かれば、それを無下にはしない。
「そうだな。すっかり腹ぺこだから、美味さも抜群だ! ポテトチップスを砕いて入れると案外、美味しいしな」
気まずい空気を打破する様に、私は笑顔を見せた。○○ちゃんがホッとしたような顔を見せてくれて、雰囲気も改善出来たと安心した。
そこから、少し遅めの夕飯を食べ始める。カロリーは気にしないのかと○○ちゃんに聞けば、今日は特別の日にすると言ってくれて、その響きがやけに私の中では心地いい。
『…、………さっきの、気になる人の話だけどね』
麺を啜っている最中、○○ちゃんから先程の話を繰り出された。
『気になっていたけどね、もう終わっちゃったの』
"終わってしまった"という言葉には、どれだけの意味が込められているのか。○○ちゃんは、酷く切なげな表情を浮かべているのを、わたしは見とれてしまう。
『好きですって伝えたけど、振られちゃった……、だから、もう終わったの。付き合ってもなくて、わたしが好きなだけだったから』
そこに居るのは、いつも通りの○○ちゃんなのに。何で今になって、こんなに綺麗なんだと思ったんだ。
外の景色は、台風一過の青空が広がっている。カーテンの隙間から射す柔らかな光が、床にまだらに落ちているのを、ぼんやりと眺めた。
敷物を敷き、その上で横になっていた私は、眠い目を擦りながら、手探りで携帯を探す。ロック画面を解除してから、今日は休みの日だと寝ぼけながら思う。用事も無いので、大学に赴く理由は無く、慌てる必要も無い。
(あれ…、○○ちゃんは?)
ベッドの上で寝ている筈の○○ちゃんが、そこに居なかった。周囲を見回したが、トートバッグが、床にぽつんと置かれたまま。まだ、この部屋のどこかに居る。
『おはよう、七松くん』
台所の方から、○○ちゃんの柔らかい声がした。立ち上がろうとすると、眠気でふらつく。それでも、すぐに踏みとどまり、転ばずに済んだ。
ゆっくりと台所に着くと、二枚の皿に焼き立てのトーストが置かれていた。脇には、マーガリンの箱と、使った後のヘラが丁寧に添えられて。ほんのりと湯気が上がっていて、静かな朝を柔らかく温めている。
『ごめんね、勝手に台所を借りちゃって。ぐっすり寝てる七松くんを起こすの、何だか申し訳ないと思って……』
控えめに小さく笑う○○ちゃんのその声が、私の胸に沁みた。最初は警戒心を抱かれていたが、ゆっくり距離を縮められたらそれで良かった。今ではこうして、○○ちゃんが私に小さく笑ってくれる様になったから。
(最初は、あんなにも壁を感じてたのに)
その壁は、まだ完全には無くなっていない。でも今日の朝だけは、○○ちゃんから踏み出してくれた。
『賞味期限は近いけど、まだ食べれそうだったから……食パンを焼いてみたの。卵があったから、スクランブルエッグも作って……そのままでも、トーストに乗せても食べられる様に……』
○○ちゃんは、許可無しに台所を使ったからと、私が嫌じゃないかと、様子を伺っている。
こんな光景、まるで恋人同士で迎える爽やかな朝じゃないか。なんでこんなに心臓が煩いのか、上手く説明がつかない。
(作ってくれた朝食を見て、こんなに嬉しいと思うなんて……ただ一緒にいるだけで、こんなに心が温かいなんて……)
○○ちゃんは、言葉を発しない私を見上げて、様子を伺っている。
(この瞬間が、欲しかったのかもしれない)
気づいた時には、私は○○ちゃんの両手を取って握っていた。○○ちゃんの手が、思ったよりも温かい。
「好きだ」
誰か対して向ける好意の言葉が、口から溢れ落ちる。○○ちゃんの全部を、今すぐ知りたいとは思わない。ゆっくりでいい。これから、もっと知りたい。
一年生の夏
アルバイト先で知り合った男の子である、七松小平太くんから告白を受けた。いきなり両手を握られ、真っ直ぐにわたしを見つめて、「好きだ」と簡潔ながらも、はっきりと異性へ向ける好意を向けられたのだ。
(好きだって言われたのは、嬉しい……でも、ドキドキする気持ちは、もしかしたら”告白されたから"って、驚いたのかも……私、ちゃんと恋してるのかな……)
恋心って、こういうものなんだっけ。付き合うって、こういう気持ちでいいのかな……そんな事ばかり、頭の中で巡る。
(でも、一緒に過ごす時間は楽しいし……そんな理由で、付き合って良いの……?)
それが正解なのかどうか、まだ分からない。でも、一緒にいる事が自然なものだと思う時間が、ほんの少しだけ増え始めていた。
▽
「じゃーん!」
大学の夏季休暇中、わたしは小平太くんが借りているアパートの駐車場にて、新車のキャンピングカーのお披露目会に居合わせていた。
『この車、どうしたの?』
「買った!」
『免許は?』
「近所の教習所の合宿に参加してな。そしたら、一発合格で、すぐに免許も取れた!」
乗ったばかりで、まだピカピカのゴールドだと自慢げに伝えられたが、それよりもわたしは別の事柄に圧倒されている。
(こ、行動力の塊……)
世間で言う、恋人関係に発展してから、わたしは小平太くんの様々な一面を垣間見た。
有り余る体力を持っている。日頃から体を動かすのが好き。何かの大会に出るからという理由も無く、ただひたすらに走り回り、何故か土埃にまみれている事も珍しくない。更には、怪力の持ち主。以前、わたしが貸した折り畳み傘を絶対、壊さないと言った小平太くんの言葉はやけに説得力があったと今なら思う。
「車があれば、通学も楽になるし……何より、家族や○○ちゃんを連れて、色々な所へ出掛けられる。それを考えたら、楽しみで楽しみで堪らなくて」
こういう所で、小平太くんは自分が大切だと思う人達の名前をすらすらと言えて、羨ましいと感じる。
「○○ちゃんは、どこか行きたい所とかは、あったりするか?」
ニコニコと笑顔を浮かべながら、小平太くんは声を掛けてくる。
「何でもいいぞ。行ってみたい場所とか、前に行った事のある場所とか何でも。もし思い付かなかったら、私のオススメの場所に行こう」
わたしが答えやすい様に気遣いを見せてくれると、脳裏に隣町の遊園地が一番に浮かぶ。
『ま、前に……、遊園地に行った事があるの』
あの人とその旧友と言う方と三人で、園内を歩いてアトラクションに乗って、楽しんでいた筈だったのに。
「おぉ、良いな。ジェットコースターとか観覧車とか面白い物が揃っているし、何より楽しい。今度、行ってみる?」
あの頃は、出掛けられる範囲も狭く、背伸びをしてあの場所を選んだ。苦い思い出だと決めつけていたけど、あの日の私は楽しんでいた。
『……ううん。子供っぽいから、止めとく』
「そうか? 大人も子供も楽しめるのが、遊園地だと思うが……まぁ、○○ちゃんが行きたいって思う所があったら、また教えてくれ。一緒なら、どこでも楽しい場所になると思うしな」
言い訳がましい言葉を述べても、小平太くんは変わらず、詮索はしてこない。申し訳ないと思い、どこか安心している自分が存在している。
「ほら、暑いから部屋に入るか。それにアイスも買ってきたから、一緒に食べて涼しもう」
小平太くんの額、頬、首筋に汗がたらりと垂れている。それはわたしも同じく、冷房の効いた部屋で涼しくなりたかった。小平太くんにふいに繋がれた手が、いつもより少しだけ汗ばんでいる。それが妙に気になりつつも、ゆっくりと歩き出す。
小平太くんの借りている部屋には、いくつかわたしの私物が置かれている。シフトが重なった日は、小平太くんと共にこの部屋に帰って、泊まる頻度も少しだけ増えた。わたしの私服・下着を何着か置かせて貰い、一つのベッドで一緒に寝る事が当たり前になりつつある。
「○○ちゃんの食べてるアイス、私も食べたい」
チョコチップ入りのカップアイスを食べていると、小平太くんは目を閉じて、大きく口を開けていた。
『え、っと……』
「ほら、あーん」
片目だけ開け、アイスを食べさせて欲しいと話してきた。なんか、恋人っぽい事してる。スプーンでアイスを掬い、小平太くんの口元に近づける。
スプーンの先端が口内に入った事が分かれば、小平太くんは、パクッと効果音が鳴ったかの様に口を閉じて、チョコチップ入りのアイスを堪能していく。
『お、美味しい?』
「うん、美味いっ」
溌剌とした笑みを浮かべて、小平太くんはプレーン味のアイスをスプーンで掬う。アイスの欠片が乗せられた先端を、今度はわたしの口元へと向けられた。
『へっ?』
「お返しだ」
変わらず、笑みを浮かべている。わたしが口を開けると、スプーンの先端が口内へと入ってきた。先程の様な効果音は、付きはしないものの、口の中が清涼感に包まれて、蕩けていく。
『冷たくて、美味しい……』
頬が緩んでいた最中、小平太くんが「んふふっ」と綻び、わたしの頬に口付けをした。
『あ、っ…、えっと……』
「○○ちゃんの可愛い所を近くで見れて、私は嬉しい」
その言葉を放つ小平太くんに、羞恥心は無いのだろうか。素直に好意を向けられて、どう反応していいか分からずに、アイスの味も堪能しないで飲み込んでしまう。せっかく、期間限定のチョコチップ入りだというのに。
「そんなに、恥ずかしがらなくてもいいだろう」
『ま、まだちょっと、慣れなくて……』
「ふーむ……、○○ちゃん、キスの方もまだぎこちないもんな。今日もちょっと練習しよう」
アイスを食べ終えた小平太くんは、カップとスプーンをテーブルに置いて、わたしと向き合う。丁度、アイスを食べ終えたわたしに、逃げ場は無い。
「○○ちゃん、ほらっ」
目の前に座る小平太くんは、目を閉じる。こうなると、いくら時間が経っても、わたしからキスをしないと目を開けてくれないのだ。
(き、緊張する…、……っ)
唇に触れるまでの僅かな距離が、やけに長く感じた。緊張で、息をするのも忘れてしまいそう。わたしは小平太くんの唇に、自分の唇を押し当てる。
「違う、違う。ちゅって音を鳴らすみたいに、私の唇に触れてくれ」
もう一度、小平太くんの唇に触れた。今度は、ちゅっと音が鳴る様にして触れたのが分かってから、離れていく。
「よし、今度はハグの練習だ」
どうしたらいいのか、まだよく分からない。ぎこちなく、恐る恐る背中に腕を回すと、小平太くんは小さく笑う。
『ご、ごめんね…、あんまり上手に出来なくて』
「そう落ち込むな。誰だって最初は出来ない事もあるし、これから慣れていけばいい。うーん…そうだなぁ……」
小平太くんから、手の力をもう少し強めていいとアドバイスを貰う。それに従って、わたしは少しだけ力を込めて、小平太くんを抱き締める。その瞬間に、小平太くんの体温がじんわりと腕に伝わってきた。柔らかい布地越しに感じる温もりが、心まで包んでくれるみたい。
「良いぞ。そうやって、私の事をぎゅって抱き締めればいいんだ」
『こ、こう?』
「あぁ、それで良い」
小平太くんは、どこか楽しそうだ。キスやハグの仕方を優しく丁寧に教えてくれる姿は、豪快で大雑把な一面とまた違う魅力だと気付かされる。
「○○ちゃん」
距離が近くになっていた事で、小平太くんの声を耳元で聞き取る。擽ったさを感じて、肩が震えてしまう。
『な、なに?』
「今度は、○○ちゃんの住んでるアパートにも行ってみたい」
心臓が。ドクンと一際大きく跳ねた。今まで楽しく話していた空気が、一瞬で張り詰めた気がした。
『わ、わたしの部屋……?』
いつもより、少しだけ声が上ずっているのが自分でも分かる。
「雨の日に近くまで送りはしたけど、まだ部屋に行った事は無いと思ってな」
小平太くんは、いつも通りの無邪気な笑顔を見せる。
(別に、疚しい物は無いじゃない……、あの香水が置いてあるだけ。それに断ったら、変に思われるかもしれない。恋人なのに……こんな事で躊躇する方が、おかしいのに)
中々、返事を出さないでいるわたしを見かねて、小平太くんはわたしの顔を覗き込む。くりくりとした丸い目と合い、答えざるをえない。
『う、うん……いいよ。そしたら、いつ来る?』
「明日とかは、どうだ?」
あまりにも、期間が早い。でも、先延ばしにしてソワソワしてしまうよりか、早く済ませた方が何事も良いとは言う。
『わ、分かった……部屋、綺麗にしておくね』
了承の返事をすると、小平太くんは「楽しみだな!」と喜びを見せた。その姿を見て、ほんの少しだけ、胸が苦しくなる。
▽
続き→はじめての香り 弍(潮江・七松)(R18描写あり)
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