短編
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潮江文次郎(高校教師)×女夢主(年下)
少女漫画みたいに、潮江文次郎先生は振り向いてくれない話。
ハロー、バイバイ(潮江文次郎)の続き。
◆名前変換夢の為、名前入力を推奨。
◆一人称(夢主)視点で進みます。
◆室町時代末期を舞台した話が好き・現代パロディが苦手の方は、ブラウザバック推奨。
◆教師×女生徒の関係を助長または推奨する訳でもなく、各登場人物に前世の記憶もありません。
◆既存キャラの解釈違い(口調や性格)が出てくると思われますので予め、ご了承下さい。
夢主の簡単な設定
・女子校に通う生徒。
・
三年生
無情にも日々は過ぎていき、三年生へと進級してしまう。
見慣れた正門を潜り抜けて、毎年の様に生徒達の校風検査をする潮江先生の姿を捉えると、胸が高鳴る。
(……これを見るのも、最後なんだなぁ)
そう思うと、潮江先生の前を通り過ぎるのが嫌になってしまう。
生理的ではという訳でなく、じわじわと"卒業"への道を歩いていると考えてしまうわたしに、自己嫌悪するという意味で。
「おはよう、名無し」
二年生の時の様に、潮江先生はわたしを見つけては、挨拶をしてくれた。
こういうタイミングの悪い時に声を掛けられると、嬉しさよりも嫌悪感が湧いてしまうなんて、後から後悔する筈だ。
潮江先生から声を掛けられて、顔を見れた絶好の機会だったのにと。
『おはようございます。潮江先生』
わたしは笑顔を取り繕って、挨拶を返す。
チクチクと胸が痛いのは、きっと潮江先生に"恋"をしているせい。
◇
春は、明確に進路を確定すべき期間。夏は、大学受験に向けた勉強会の日々。
わたしは、私立大学に進学予定。
学費の高いこの女子校に入学している時点で察して欲しいが、わたしの家庭はそれなりに潤っているらしい。
指定校推薦やAO入試が珍しくないご時世だが、学費が半額免除される特待生コースの希望も失ってはいけないと、こうして勉強漬けの日々を送っている。
そんな事をしていれば、例年と変わらない暑さの残る秋と共に、最後の文化祭が目前に控えていたのだ。
(クラスの出し物は決まったけど……あの"恒例イベント"、今年は参加しようか迷ってるんだよなぁ……)
この女子高では、日頃から感謝を伝えたい相手にカップケーキを贈るイベントがある。
相手は友人・先輩・先生等と自由。
希望者は調理室を貸し切って、簡単なカップケーキを作る事となるので、体力も手間もそれなりに掛かるのだが。
(……一番に渡したい人は居る。でも、その人だけだと怪しまれるから、家族や友達でカモフラージュすれば、誤魔化せる筈)
まさか、家族や友人を盾にして考える日が来ようなど、想像もしていなかった。
入学したばかりのわたしや、中学時代の私は驚くに違いない。
「あたし、他校の彼氏にカップケーキあげようと思ってるんだぁ」
「えー、いいじゃんいいじゃん。○○は?」
『うーん。わたしは、友達とか家族にあげるよ』
「無難だなー」
一つの机を囲んで、昼食を撮っている時間の話題は文化祭の事で持ち切りだ。
こうした浮かれ気分となる特別行事は、今は嫌いじゃない。わたしが潮江先生に恋心を抱いていると誰も気が付かなくなるから。
(一番に渡したい人……、……潮江先生にカップケーキあげたら、困るかな)
ちょっとした不安が過ぎったが、それを取り払うべくと、弁当に入っているタコさんウィンナーを頬張り、咀嚼していく。
◇
その後、何事もなく文化祭の日は訪れた。
大々的に宣伝していた事で、外部のお客さんの数が、自分が在籍していた中で一番ではないかと錯覚してしまう程に。
クラスの出し物の当番を終えて、わたしは友達と共に別のクラスや部活動ごとの出し物を見に行くべく、校内を散策する。
食べ物屋・お化け屋敷・体験型コーナー・バザー等とバラエティに富んだものばかり。
(潮江先生は、保護者や外部の人達の対応で忙しいとか言ってたっけ)
もし、潮江先生と文化祭を回れたら、どんな事が起きたんだろう。
一緒に焼きそばとかを食べて、お化け屋敷に入ったり。そんなのって、まるで恋人がする事じゃない。
(………これ、渡したいなぁ)
ブレザーの胸ポケットにしまわれた、一個のカップケーキ。
渾身の出来だと自負して、潮江先生にプレゼントしたいと思って、心を込めた物。
(やっぱり、やらない後悔だけはしたくない)
文化祭終了のアナウンスがスピーカーを通して伝えられ、各々のクラスで出し物の片付けをして、廊下に出した机を元に戻したりと、非日常の文化祭から日常の風景へと戻りつつある。
保護者や外部の人達も掃けて、窓の外から夕陽が差し込んでいて、静かな放課後の空気が顕著に感じられた。
書類を手にしていたわたしは、職員室でクラスの出し物の報告書をパソコンで作成している潮江先生の元に向かう。
『潮江先生、お仕事中に失礼します』
わたしが声を掛けると、パソコンと睨めっこしていた潮江先生が目間いを抑えながら、わたしを見た。
「おぉ、名無しか。文化祭の後だってのに、クラス委員の仕事もしてくれて、ありがとうな」
三年間の積み重ねがあると認識しているからか、潮江先生の言葉から鋭いものは感じられず、柔らかくわたしを労る言葉が飛んできた。
文化祭の感想について書かれた書類を渡して、職員室を出ていけば、クラス委員としての役割は終わる筈。
けれど、一向に足を動かさないわたしに、潮江先生は怪訝そうな顔をこちらに向けてくる。
「どうした」
いつもならば、用事が済めばすぐに離れていくわたしが、未だ自分の隣に居座っている事に、潮江先生は何事かと思っているに違いない。
ブレザーのポケットから、ビニール袋の掠れる音がすると、わたしは意を決して口を開く。
次に、ポケットの中で出番を待ち侘びていたカップケーキを取り出す。
『あ、あの、これ。今日のイベントで作ったカップケーキなんですけど……』
ビニール袋の先端をリボンで装飾して、中身のカップケーキが出てこない様にと工夫が凝らされている。
わたしからカップケーキの入った袋を渡され、潮江先生は言葉を失っていたのが分かる。
「……お、おぉ、ありがとう。こんなの貰ってもいいのか?」
ようやく言葉を口にした潮江先生は、明らかに困っている様子だ。
無理もない。このカップケーキは友達や家族に渡す人も居るのなら分かるが、異性の先生に渡すのが部活動の関係でなく、クラス担任とその生徒であるわたし達の関係では、異質と捉えられても仕方ないからだ。
『潮江先生宛てのカップケーキです』
はっきりと告げれば、困惑している様は相変わらず。それでも潮江先生は、わたし作った受け取ってくれた。
時間が経っているから、美味しさが失われていなければいい。後は、腐っていなければいい。
そんなわたしの不安を他所に、潮江先生は後ではなく今、この場でカップケーキを食べてくれるという。
袋からカップケーキを取り出すと、一口だけ口に含む。
「……うん、美味いな」
そのあまりにも、あっさりとした反応が潮江先生らしいと、そう考えたわたしの頬に熱が集まる。
(やった……!)
次には、心の中でガッツポーズをして、喜びを噛み締める。
「受験勉強や出し物の準備と忙しい中で、これを作ってくれたのか」
『はい』
「……、………ありがとうな。今年は生徒からは、名無しからしか貰っていないから、これは素直に嬉しい」
そう言ってくれて嬉しい。
だってそのカップケーキ、本当は潮江先生に一番にあげたくて、心を込めて作ったんですよ。
そんな事、口に出して言える訳もないから、心の中に留めておく。
最後の文化祭の締めとして、ここで終えたなら最高なものとなっただろう。
『あの、潮江先生』
「ん、どうした」
カップケーキを食べ終えて、味を噛み締めている潮江先生に声を掛けた。
今は、潮江先生しか職員室に居ない。
胸のどきどきが、さっきからうるさい。
それでも、わたしは負けない様にと口を開ける。
『わたしが希望する大学に合格したら……』
潮江先生から目を逸らさず、次の言葉を口にした。
『思い出作りに、付き合ってくれませんか?』
わたしの要望を聞き、潮江先生は本日、二度目の怪訝そうな顔を向けてきた。
「お、思い出作り? 学校でする事か?」
『学校じゃなくて…、……隣町の遊園地、一緒に行きたいです』
先生と生徒の線引きとして、一線を超えていると誰もが分かってしまう発言だ。
潮江先生も理解して、またしても言葉を失っている。そして、わたし自身がそれを一番、理解している。
「……名無し、そういうのは、近い年の奴と……友達とすべき事だろ」
『友達は皆、国公立や公立を目指していて、都合が合わないんです。それに他校の男友達は、県外の大学を希望していて、日にちも合わなくて』
潮江先生は、教師として、大人として、わたしの行動に意を呈して、踏み留まらせてくれていると、いやでも分かってしまう。
わたしの言い分なんて、その場限りの言い訳に過ぎない。
『先生が約束してくれたら…、わたし、受験勉強の方……もっと頑張れるんです』
自分で、随分と狡い事を言っている自覚はある。
潮江先生のこれからの教師人生も、受験を控えるわたしの人生もろとも破滅させる気かと。
「……、………っ…、……あ〜〜……っ!」
頭を抱えているその様子は、わたしの言葉に困り果てているのだと思ったのも束の間、潮江先生は勢いよく顔を上げた。
「分かった……、名無しの条件通り、ちゃんと合格したらだ」
簡潔に伝えてくる言葉から、わたしの条件を呑み込んでくれたのだと理解するのに、時間がかかった。
そして、それを理解した時には、わたしは目を丸くさせた。
(…、……えっ? 今、何て言ってくれた?)
「ただし、こちらからも条件付きだ」
わたしに喜ばせる暇を与えず、潮江先生は人差し指を突き立てて、ある提案をしてきたのだ。
「俺はこの学校の教師として、人生を棒に振りたいとは思わん。名無しの受験資格を剥奪させる事を担任として、させたくないのが本音だ」
『……はい』
「しかし三年間、クラス委員を頑張ってきた☆☆を労るという形で、俺の旧友も一緒であっても構わないのなら、その申し出は受ける」
『……旧友の方』
つまり、潮江先生の旧友の方と一緒に居て、帽子などで変装して保護者や同僚の先生方にバレない様に、遊園地を楽しんでくれるという。
『…、あ、ありがとう、ございますっ』
何とか礼だけを述べて、発起人であるわたしは潮江先生から背を向けて、職員室を後にする。
夕陽が差している橙色の廊下を歩き、わたしはようやく二度目の喜びを噛み締められた。
(やった……!)
潮江先生との約束は、わたしの一番のご褒美だ。
でも、まだ”思い出作り”。それ以上を望んではいけない。絶対に合格して、ちゃんと思い出を作りに行くんだ。
◇
二月中旬の、まだ寒さの残るある日。
隣町まで電車を使って向かい、今度は遊園地行きの専用シャトルバスに乗車する。
車内には家族連れの姿を見かけ、ちらほらとわたしと同年代の子達も居た。
(この人達も、今から遊園地を楽しみにしているんだなぁ)
時間潰しに携帯をいじり、ワイヤレスイヤホンを繋げて、音楽を聴いて外の風景を眺める。
携帯の冷たさが指先に伝わり、イヤホンから流れる音楽が周囲の喧騒を和らげてくれた。
冬の灰色がかった空に溶け込み、遠くに見える観覧車が静かに揺れている。
次第に目的地の遊園地が見えてくると、シャトルバスはバス停前で停車し、揺れを感じた。
順番にシャトルバスから降車して、待ち合わせ場所に決めていた入口前へと向かうと、見覚えのある男性が帽子を目深に被ってる。
その隣には、美麗という言葉が似合う男性が立っており、わたしをジッと見つめていた。
『その人が、旧友の方ですか?』
「何だ、文次郎。私の事を日頃から、そのように話してくれているのか」
「ばっ…、お前、揶揄うのも体外にしろよな……、そうだ。コイツが俺の旧友の立花仙蔵」
立花仙蔵さんという方は、潮江先生の中学時代からの付き合いだという。
遠くからは女性なのかと疑ったが、近くで見ると顔つきや喉仏を発見して、男性であると改めて理解する。
「初めまして。是非、学校での様子を聞かせて欲しいな」
『はいっ。三年間も居たから、沢山話せますっ』
「そこで、意気投合してるんじゃない……」
大人二枚、子供一枚の園内パスポートを購入して、わたし達は遊園内を歩き出していく。
初めにお化け屋敷に向かい、三人で屋敷内を歩いて時折、現れるお化けに驚きながらも、リタイアせずに出口まで辿り着けた。
立花さんは、わたしと潮江先生が肩を震わせて驚く様子を見ては、笑いを堪えていたのを覚えている。
どうやら、立花さんは心霊物の耐性が強い様だ。
次に、ライド系アトラクションに乗った。
立花さんから、わたしと潮江先生の二人で乗車したら良いと言われ、素直に応じた。
潮江先生が戸惑いながらも、説明書きを見て仕方なさそうに頷く姿に、胸がぎゅっと締め付けられる。
心臓が高鳴り、手のひらがじっとりと湿るのを感じた。
目は伏せたまま、呼吸が浅くなるのが自分でも分かる。
「このまま、時間が止まればいいのに」と、心の中で何度も呟く。
視線を交わさずとも、隣にいる潮江先生の存在が、確かにここにあるんだと、ひしひしと感じていた。
昼食時間前、フードコート前で席を取ったおかげで、混雑に巻き込まれずに済んだ。
焼きそば、ホットドック、フライドポテト、ドリンクとそれぞれ好きな物を頼み、腹を満たしていく。
そんな中で、焼きそばを見た時に文化祭を思い出し、潮江先生とまさかご飯を食べる日が来るとはと一人で舞い上がった。
午後の時間帯もアトラクションを楽しみ、時刻は午後の三時を指していた。
冬のこの時期は日が暮れるのが早いので、それに従って解散時間も早めにと潮江先生からルールが課されている。
嫌だなぁ、潮江先生と一緒に居られる時間がこんなにも楽しくて、早く過ぎ去っちゃうなんて。
「○○ちゃん。私も一緒に観覧車に乗って、構わないかな」
『えっ?』
「いや何、堅物な教師と言えど、旧友の人生を破滅に導かせる気遣いが出来る程、私も人間が出来ていないものでね」
難しい物言いをされたが、わたしがこの観覧車の中で何をしようとしているのか、立花さんは見破っているのか。
"思い出作り"としか、言っていないのに。
わたしと潮江先生、立花さんの三人を乗せた観覧車がゆっくりと動き出す。
隣に座る立花さん、向かいには潮江先生が対面する形で座っている。十分な広さの筈なのに、潮江先生が何だか遠い。
「さて、私は外の景色でも堪能しようか」
立花さんはそう言い、窓越しに外の景色を見始める。
潮江先生が声を掛けても、返事は無し。まるで、自分は初めから居ないとでも言わんばかりに。
わたしに告白する時間を、与えているかの様に。
『……潮江先生』
何度も練習した言葉を今、ここで、やっと口にする。
『ずっと、先生のことが好きでした』
震える声だけど、嘘じゃない。練習通りに、震えつつも言葉を言えた。
それを聞いた潮江先生は、ほんの少しだけ目を細めた。
優しげでも、驚きでもなくて、何となく気付いていたような、そんな何とも言えない顔だ。
『卒業してから、わたしは貴方とお付き合いしたいと考えています。いきなり、こんな事を言われて困るとは思います。でも、わたしはこれを言いたくて、今日まで頑張ってきました』
潮江先生からすれば、あまりにも唐突な言葉ばかりだ。
だって、私は一度も潮江先生への好意を口にして来なかったから。
何とも言えない顔をしていた潮江先生は、わたしの言葉を聞いて、ようやく冷静さを取り戻したのか、学校で見かけるいつもの表情へと戻っていく。
返事を今か今かと待っているわたしだったが、次に紡がれた言葉によって、そんな淡い期待は脆く崩れ去る。
「俺は、名無しの担任だ。三年間、クラス委員として信頼はしてきた……、……でもな、それ以上の感情を持った事は、一度も無い」
真っ直ぐに告げられたその言葉は、思っていたよりも冷たく無い。けれど、しっかりと心に突き刺さり、痛かった。
「教え子が成人して大人になろうが、俺は自分のかつての生徒としてしか見られない」
言葉と同様に、潮江先生はわたしから目を逸らす事もせず、確かにそう言った。
「これは、名無しの人生を考えた上でも、俺自身の為にも必要な線引きだ」
頭では、十分わかっている。
先生の立場も、責任も、本当はどうしようもない事を。それでも、両目から溢れ出てくる涙を塞き止められない。
『…、……でも、伝えたかったんです……っ』
「……あぁ」
潮江先生は、その場で泣き出すわたしに、涙を止めろとも言わないし、だからと言って慰めようともしない。
ただ、静かに見ているだけ。
『勝手に……勝手に、好きになっただけ……わたしが……』
やっと絞り出した言葉を聞いてから、潮江先生は少しだけ息を吐く。
「それでも勇気を出して言ってくれて、ありがとうな」
その声は穏やかで、学校では聞いた事がないと思いつつも、胸が締め付けられる様に痛む。
ぽたりぽたりと涙が頬を伝い落ちる。
肩が小刻みに震え、息は浅く、詰まった様に短く途切れがちだ。
自分の感情を押し込めようとしたが、胸の奥の熱い物が溢れ出し、涙が止まらない。
潮江先生はただ静かに、遠慮がちに距離を保ちながら見守っている。
立花さんも景色を見ているフリをしてくれている。
慰める言葉も、抱き寄せることもせず、ただその存在が、少しだけ救いだった。
それから、帰りの時間となったと伝えられ、自宅付近まで立花さんの車で送ってもらう事となった。
助手席にわたしが座り、後部座席には潮江先生が座っていたが、ミラー越しで潮江先生を見る事はない。
思い出作りの前のわたしなら、バレない様にと気をつけながら、潮江先生を見ていた筈。でも、わたしはそんな事は出来ない。
初めから、わたしの一方通行の恋。
これが本当に、誰にも気づかれない恋だったんだと。わたしと潮江先生、立花さんを傷つけてしまった恋の結末は、何とも苦い思い出。
◇
遊園地に出掛けた日から一瞬にして、卒業式当日を迎えてしまった。
あれ程、卒業式の練習をしていた日々だったのに、その時の記憶は無いに等しい。
けれど、卒業式本番になれば、この伝統ある堅苦しい女子校とも今日でお別れなんだと、何故だか涙が伝った。
卒業式を終えたわたしは、正門前に群がる卒業生や在校生の塊を校舎の窓から眺めつつ、廊下を歩く。
最後の学校生活で使用していた教室前に到着し、扉を開けた。
『潮江先生、』
"卒業おめでとう"と大きく書かれ、チョークアートが残された黒板前には、スーツ姿の潮江先生が一人、ポツンと立っていた。
まるで、この思い出の場所に浸ろうと言わんばかりに。
「名無し…、……どうした」
『卒業アルバムに、コメントを書いて欲しいと思って、潮江先生を探していました』
厚みのある卒業アルバムを差し出すと、潮江先生は困惑しながらも、それを受け取る。
次にマジックペンを渡して、逃げ場を無くす。
ペン特有の音が、わたしと潮江先生しか居ない教室内で響く。
しばらくしてから、コメントを記入し終えた潮江先生は、卒業アルバムを返してくれた。顔を伏せて、涙を零しそうになりながら、これは前を向くための涙だと言い聞かせる。
『潮江先生、この間は立花さんと一緒に"思い出作り"に付き合ってくれて、ありがとうございました』
先月の思い出作りに付き合ってくれた事に対して、まだ礼を言えていなかったのだ。
この場を借りて、私は深々と頭を下げてから、そう告げる。
『……わたし、一方通行な恋をしてただけでしたね。潮江先生が先生である事も、学校に居られなくなる事も、後先考えずに告白して、先生を困らせちゃって』
卒業したら会えなくなるって、先生との思い出に執着していたから。末尾にそれを付け足す。
『潮江先生の事は忘れるから、何も心配しないで下さい』
先生と生徒の恋愛なんて、第三者からすれば穢れた物と思われる。
だから、ここで無かった事にすれば、わたしも潮江先生も後味が悪くならない。
そう思っていた時、潮江先生は白色の小さな箱を取り出して、わたしに差し出してきた。
『あの、潮江先生――』
「卒業祝いだ」
渋々といった様子で受け取ると、想定よりも重みが少しだけ感じられる。
けれど、小物だ。何が入っているだろうと思いながら、リボンの紐を解いて、箱の蓋を開けていく。
『こ、これって………』
入っていたのは、香水だ。どういう意図が込められているのか、わたしには理解出来ない。
「名無しが、これから出会う“いい男”の前で纏えばいい。あくまで、そいつに似合う香りだ……俺は、クラス委員を務めた名無しの担任だからな」
その発言から、潮江先生はわたしの"未来"を応援してくれていると遅れて気がついた。
恋愛としての意味は無いけど、"未来"に待っているわたしの幸せを願ってくれているんだと。この香水は、そんなとっておきの道具だと。
香水に込められたメッセージの考察に耽けていると、潮江先生のポケットからバイブ音が聞こえた。
携帯の画面と睨みめっこする潮江先生は、メッセージアプリの通知であると教えてくれた。
「……仙蔵から、メッセージだ。"外で待っているから、写真でもどうだ"……だとさ」
卒業式の日は、基本的に外部の方は立ち入れない。
ましてや、伝統あるこの女子校は特に厳しく、立花さんは外でわたしと潮江先生を待っているとの事だ。
つい先程、潮江先生の事は忘れると言った矢先に、立花さんは空気が読めないのか。
わたしと潮江先生は、他の生徒や先生達に見つからない様にと、校舎外で待つ立花さんの元に到着した。
「卒業おめでとう、○○ちゃん」
『あ、ありがとうございます。でも、今日が卒業式ってよく知ってましたね』
「文次郎から聞いていてね。それにしても、この学校は昔から変わらない」
立花さんは、校舎を見上げながら懐かしそうにして言う。
もしかして、男性ではなくて女性なのと失礼な発言をかましてしまうものの、立花さんはクスッと笑い、受け流してくれた。子供の戯言だと思ってくれたのか。
「ほら、今日が最後だろう? 記念に、私が写真を撮ろうじゃないか」
『へっ?』
「お前は、昔から突発的なんだよな。本当に」
潮江先生は、立花さんの一連の行動に呆れながら、ポリポリと頭をかく。
「ちゃんと形に残るから、良いんじゃないか」
穏やかな笑みを見せた立花さんに、潮江先生は何も言い返せなくなる。
『あの、立花さん』
「ん?」
わたしは、立花さんに近づいてから小声で話しかける。
『わたし、形に残る物はもう良いんです。思い出も全部、無かった事にしたいんです』
教室で、潮江先生との恋愛を無かった事にしたいと潮江先生本人に言った事まで話してから、立花さんは変わらず、笑みを浮かべていた。
「……○○ちゃんが、文次郎が好きだったという思い出は決して、苦いままで終わらない。少なくとも、私はそう思っている」
その発言をした立花さんは、わたしが潮江先生に恋をしていた姿を肯定してくれていると言う。
「せっかくだし、きみの携帯で撮っても構わないか? 思い出に残る写真を、わたしが撮ってあげるから」
そう言われ、携帯のロックを解除してから、立花さんに渡す。桜並木を背景に、わたしと潮江先生はぎこちなく隣に並ぶ。
「ほら、笑って」
立花さんの言葉を受けて、わたしは笑みを取り繕う。カシャッとシャッター音が聞こえて、携帯に思い出が残されたのが分かった。
―――――――――――――――
◆名無し ○○
女子校に通っていた生徒。第一印象が最悪だった潮江先生の優しさ等に触れて、一方通行の恋に落ちる。
面と向かって振られ、潮江先生や思い出も忘れると言ったものの、香水や写真と形に残ってしまった。
大学進学後、新たな出会いを迎える事となる。
◆潮江 文次郎
高校教師で、○○が所属していたクラスの担任。
見た目から近寄り難い印象を受ければ、中身を知れば面白く、面倒見がいい。
生徒から恋心を抱かれ、告白されたのは人生で初めてだったが、自分と○○の人生を考えて、教師としての立場を貫いた。
◆立花 仙蔵
文次郎の旧友で、相談事を受けるメッセージ相手。
教師としての体裁を保つべくと、遊園地に連れてこられたが案外、楽しんでいた。
○○が旧友に恋心を抱いて玉砕した一部始終は、顔を背けていたがガラス越しに見届る。
文次郎(年上で、教師)に恋をしたのは、苦いだけで終わらないと○○にとって救いの言葉を述べる。
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潮江文次郎(高校教師)×女夢主(年下)
少女漫画みたいに、潮江文次郎先生は振り向いてくれない話。
ハロー、バイバイ(潮江文次郎)の続き。
◆名前変換夢の為、名前入力を推奨。
◆一人称(夢主)視点で進みます。
◆室町時代末期を舞台した話が好き・現代パロディが苦手の方は、ブラウザバック推奨。
◆教師×女生徒の関係を助長または推奨する訳でもなく、各登場人物に前世の記憶もありません。
◆既存キャラの解釈違い(口調や性格)が出てくると思われますので予め、ご了承下さい。
夢主の簡単な設定
・女子校に通う生徒。
・
三年生
無情にも日々は過ぎていき、三年生へと進級してしまう。
見慣れた正門を潜り抜けて、毎年の様に生徒達の校風検査をする潮江先生の姿を捉えると、胸が高鳴る。
(……これを見るのも、最後なんだなぁ)
そう思うと、潮江先生の前を通り過ぎるのが嫌になってしまう。
生理的ではという訳でなく、じわじわと"卒業"への道を歩いていると考えてしまうわたしに、自己嫌悪するという意味で。
「おはよう、名無し」
二年生の時の様に、潮江先生はわたしを見つけては、挨拶をしてくれた。
こういうタイミングの悪い時に声を掛けられると、嬉しさよりも嫌悪感が湧いてしまうなんて、後から後悔する筈だ。
潮江先生から声を掛けられて、顔を見れた絶好の機会だったのにと。
『おはようございます。潮江先生』
わたしは笑顔を取り繕って、挨拶を返す。
チクチクと胸が痛いのは、きっと潮江先生に"恋"をしているせい。
◇
春は、明確に進路を確定すべき期間。夏は、大学受験に向けた勉強会の日々。
わたしは、私立大学に進学予定。
学費の高いこの女子校に入学している時点で察して欲しいが、わたしの家庭はそれなりに潤っているらしい。
指定校推薦やAO入試が珍しくないご時世だが、学費が半額免除される特待生コースの希望も失ってはいけないと、こうして勉強漬けの日々を送っている。
そんな事をしていれば、例年と変わらない暑さの残る秋と共に、最後の文化祭が目前に控えていたのだ。
(クラスの出し物は決まったけど……あの"恒例イベント"、今年は参加しようか迷ってるんだよなぁ……)
この女子高では、日頃から感謝を伝えたい相手にカップケーキを贈るイベントがある。
相手は友人・先輩・先生等と自由。
希望者は調理室を貸し切って、簡単なカップケーキを作る事となるので、体力も手間もそれなりに掛かるのだが。
(……一番に渡したい人は居る。でも、その人だけだと怪しまれるから、家族や友達でカモフラージュすれば、誤魔化せる筈)
まさか、家族や友人を盾にして考える日が来ようなど、想像もしていなかった。
入学したばかりのわたしや、中学時代の私は驚くに違いない。
「あたし、他校の彼氏にカップケーキあげようと思ってるんだぁ」
「えー、いいじゃんいいじゃん。○○は?」
『うーん。わたしは、友達とか家族にあげるよ』
「無難だなー」
一つの机を囲んで、昼食を撮っている時間の話題は文化祭の事で持ち切りだ。
こうした浮かれ気分となる特別行事は、今は嫌いじゃない。わたしが潮江先生に恋心を抱いていると誰も気が付かなくなるから。
(一番に渡したい人……、……潮江先生にカップケーキあげたら、困るかな)
ちょっとした不安が過ぎったが、それを取り払うべくと、弁当に入っているタコさんウィンナーを頬張り、咀嚼していく。
◇
その後、何事もなく文化祭の日は訪れた。
大々的に宣伝していた事で、外部のお客さんの数が、自分が在籍していた中で一番ではないかと錯覚してしまう程に。
クラスの出し物の当番を終えて、わたしは友達と共に別のクラスや部活動ごとの出し物を見に行くべく、校内を散策する。
食べ物屋・お化け屋敷・体験型コーナー・バザー等とバラエティに富んだものばかり。
(潮江先生は、保護者や外部の人達の対応で忙しいとか言ってたっけ)
もし、潮江先生と文化祭を回れたら、どんな事が起きたんだろう。
一緒に焼きそばとかを食べて、お化け屋敷に入ったり。そんなのって、まるで恋人がする事じゃない。
(………これ、渡したいなぁ)
ブレザーの胸ポケットにしまわれた、一個のカップケーキ。
渾身の出来だと自負して、潮江先生にプレゼントしたいと思って、心を込めた物。
(やっぱり、やらない後悔だけはしたくない)
文化祭終了のアナウンスがスピーカーを通して伝えられ、各々のクラスで出し物の片付けをして、廊下に出した机を元に戻したりと、非日常の文化祭から日常の風景へと戻りつつある。
保護者や外部の人達も掃けて、窓の外から夕陽が差し込んでいて、静かな放課後の空気が顕著に感じられた。
書類を手にしていたわたしは、職員室でクラスの出し物の報告書をパソコンで作成している潮江先生の元に向かう。
『潮江先生、お仕事中に失礼します』
わたしが声を掛けると、パソコンと睨めっこしていた潮江先生が目間いを抑えながら、わたしを見た。
「おぉ、名無しか。文化祭の後だってのに、クラス委員の仕事もしてくれて、ありがとうな」
三年間の積み重ねがあると認識しているからか、潮江先生の言葉から鋭いものは感じられず、柔らかくわたしを労る言葉が飛んできた。
文化祭の感想について書かれた書類を渡して、職員室を出ていけば、クラス委員としての役割は終わる筈。
けれど、一向に足を動かさないわたしに、潮江先生は怪訝そうな顔をこちらに向けてくる。
「どうした」
いつもならば、用事が済めばすぐに離れていくわたしが、未だ自分の隣に居座っている事に、潮江先生は何事かと思っているに違いない。
ブレザーのポケットから、ビニール袋の掠れる音がすると、わたしは意を決して口を開く。
次に、ポケットの中で出番を待ち侘びていたカップケーキを取り出す。
『あ、あの、これ。今日のイベントで作ったカップケーキなんですけど……』
ビニール袋の先端をリボンで装飾して、中身のカップケーキが出てこない様にと工夫が凝らされている。
わたしからカップケーキの入った袋を渡され、潮江先生は言葉を失っていたのが分かる。
「……お、おぉ、ありがとう。こんなの貰ってもいいのか?」
ようやく言葉を口にした潮江先生は、明らかに困っている様子だ。
無理もない。このカップケーキは友達や家族に渡す人も居るのなら分かるが、異性の先生に渡すのが部活動の関係でなく、クラス担任とその生徒であるわたし達の関係では、異質と捉えられても仕方ないからだ。
『潮江先生宛てのカップケーキです』
はっきりと告げれば、困惑している様は相変わらず。それでも潮江先生は、わたし作った受け取ってくれた。
時間が経っているから、美味しさが失われていなければいい。後は、腐っていなければいい。
そんなわたしの不安を他所に、潮江先生は後ではなく今、この場でカップケーキを食べてくれるという。
袋からカップケーキを取り出すと、一口だけ口に含む。
「……うん、美味いな」
そのあまりにも、あっさりとした反応が潮江先生らしいと、そう考えたわたしの頬に熱が集まる。
(やった……!)
次には、心の中でガッツポーズをして、喜びを噛み締める。
「受験勉強や出し物の準備と忙しい中で、これを作ってくれたのか」
『はい』
「……、………ありがとうな。今年は生徒からは、名無しからしか貰っていないから、これは素直に嬉しい」
そう言ってくれて嬉しい。
だってそのカップケーキ、本当は潮江先生に一番にあげたくて、心を込めて作ったんですよ。
そんな事、口に出して言える訳もないから、心の中に留めておく。
最後の文化祭の締めとして、ここで終えたなら最高なものとなっただろう。
『あの、潮江先生』
「ん、どうした」
カップケーキを食べ終えて、味を噛み締めている潮江先生に声を掛けた。
今は、潮江先生しか職員室に居ない。
胸のどきどきが、さっきからうるさい。
それでも、わたしは負けない様にと口を開ける。
『わたしが希望する大学に合格したら……』
潮江先生から目を逸らさず、次の言葉を口にした。
『思い出作りに、付き合ってくれませんか?』
わたしの要望を聞き、潮江先生は本日、二度目の怪訝そうな顔を向けてきた。
「お、思い出作り? 学校でする事か?」
『学校じゃなくて…、……隣町の遊園地、一緒に行きたいです』
先生と生徒の線引きとして、一線を超えていると誰もが分かってしまう発言だ。
潮江先生も理解して、またしても言葉を失っている。そして、わたし自身がそれを一番、理解している。
「……名無し、そういうのは、近い年の奴と……友達とすべき事だろ」
『友達は皆、国公立や公立を目指していて、都合が合わないんです。それに他校の男友達は、県外の大学を希望していて、日にちも合わなくて』
潮江先生は、教師として、大人として、わたしの行動に意を呈して、踏み留まらせてくれていると、いやでも分かってしまう。
わたしの言い分なんて、その場限りの言い訳に過ぎない。
『先生が約束してくれたら…、わたし、受験勉強の方……もっと頑張れるんです』
自分で、随分と狡い事を言っている自覚はある。
潮江先生のこれからの教師人生も、受験を控えるわたしの人生もろとも破滅させる気かと。
「……、………っ…、……あ〜〜……っ!」
頭を抱えているその様子は、わたしの言葉に困り果てているのだと思ったのも束の間、潮江先生は勢いよく顔を上げた。
「分かった……、名無しの条件通り、ちゃんと合格したらだ」
簡潔に伝えてくる言葉から、わたしの条件を呑み込んでくれたのだと理解するのに、時間がかかった。
そして、それを理解した時には、わたしは目を丸くさせた。
(…、……えっ? 今、何て言ってくれた?)
「ただし、こちらからも条件付きだ」
わたしに喜ばせる暇を与えず、潮江先生は人差し指を突き立てて、ある提案をしてきたのだ。
「俺はこの学校の教師として、人生を棒に振りたいとは思わん。名無しの受験資格を剥奪させる事を担任として、させたくないのが本音だ」
『……はい』
「しかし三年間、クラス委員を頑張ってきた☆☆を労るという形で、俺の旧友も一緒であっても構わないのなら、その申し出は受ける」
『……旧友の方』
つまり、潮江先生の旧友の方と一緒に居て、帽子などで変装して保護者や同僚の先生方にバレない様に、遊園地を楽しんでくれるという。
『…、あ、ありがとう、ございますっ』
何とか礼だけを述べて、発起人であるわたしは潮江先生から背を向けて、職員室を後にする。
夕陽が差している橙色の廊下を歩き、わたしはようやく二度目の喜びを噛み締められた。
(やった……!)
潮江先生との約束は、わたしの一番のご褒美だ。
でも、まだ”思い出作り”。それ以上を望んではいけない。絶対に合格して、ちゃんと思い出を作りに行くんだ。
◇
二月中旬の、まだ寒さの残るある日。
隣町まで電車を使って向かい、今度は遊園地行きの専用シャトルバスに乗車する。
車内には家族連れの姿を見かけ、ちらほらとわたしと同年代の子達も居た。
(この人達も、今から遊園地を楽しみにしているんだなぁ)
時間潰しに携帯をいじり、ワイヤレスイヤホンを繋げて、音楽を聴いて外の風景を眺める。
携帯の冷たさが指先に伝わり、イヤホンから流れる音楽が周囲の喧騒を和らげてくれた。
冬の灰色がかった空に溶け込み、遠くに見える観覧車が静かに揺れている。
次第に目的地の遊園地が見えてくると、シャトルバスはバス停前で停車し、揺れを感じた。
順番にシャトルバスから降車して、待ち合わせ場所に決めていた入口前へと向かうと、見覚えのある男性が帽子を目深に被ってる。
その隣には、美麗という言葉が似合う男性が立っており、わたしをジッと見つめていた。
『その人が、旧友の方ですか?』
「何だ、文次郎。私の事を日頃から、そのように話してくれているのか」
「ばっ…、お前、揶揄うのも体外にしろよな……、そうだ。コイツが俺の旧友の立花仙蔵」
立花仙蔵さんという方は、潮江先生の中学時代からの付き合いだという。
遠くからは女性なのかと疑ったが、近くで見ると顔つきや喉仏を発見して、男性であると改めて理解する。
「初めまして。是非、学校での様子を聞かせて欲しいな」
『はいっ。三年間も居たから、沢山話せますっ』
「そこで、意気投合してるんじゃない……」
大人二枚、子供一枚の園内パスポートを購入して、わたし達は遊園内を歩き出していく。
初めにお化け屋敷に向かい、三人で屋敷内を歩いて時折、現れるお化けに驚きながらも、リタイアせずに出口まで辿り着けた。
立花さんは、わたしと潮江先生が肩を震わせて驚く様子を見ては、笑いを堪えていたのを覚えている。
どうやら、立花さんは心霊物の耐性が強い様だ。
次に、ライド系アトラクションに乗った。
立花さんから、わたしと潮江先生の二人で乗車したら良いと言われ、素直に応じた。
潮江先生が戸惑いながらも、説明書きを見て仕方なさそうに頷く姿に、胸がぎゅっと締め付けられる。
心臓が高鳴り、手のひらがじっとりと湿るのを感じた。
目は伏せたまま、呼吸が浅くなるのが自分でも分かる。
「このまま、時間が止まればいいのに」と、心の中で何度も呟く。
視線を交わさずとも、隣にいる潮江先生の存在が、確かにここにあるんだと、ひしひしと感じていた。
昼食時間前、フードコート前で席を取ったおかげで、混雑に巻き込まれずに済んだ。
焼きそば、ホットドック、フライドポテト、ドリンクとそれぞれ好きな物を頼み、腹を満たしていく。
そんな中で、焼きそばを見た時に文化祭を思い出し、潮江先生とまさかご飯を食べる日が来るとはと一人で舞い上がった。
午後の時間帯もアトラクションを楽しみ、時刻は午後の三時を指していた。
冬のこの時期は日が暮れるのが早いので、それに従って解散時間も早めにと潮江先生からルールが課されている。
嫌だなぁ、潮江先生と一緒に居られる時間がこんなにも楽しくて、早く過ぎ去っちゃうなんて。
「○○ちゃん。私も一緒に観覧車に乗って、構わないかな」
『えっ?』
「いや何、堅物な教師と言えど、旧友の人生を破滅に導かせる気遣いが出来る程、私も人間が出来ていないものでね」
難しい物言いをされたが、わたしがこの観覧車の中で何をしようとしているのか、立花さんは見破っているのか。
"思い出作り"としか、言っていないのに。
わたしと潮江先生、立花さんの三人を乗せた観覧車がゆっくりと動き出す。
隣に座る立花さん、向かいには潮江先生が対面する形で座っている。十分な広さの筈なのに、潮江先生が何だか遠い。
「さて、私は外の景色でも堪能しようか」
立花さんはそう言い、窓越しに外の景色を見始める。
潮江先生が声を掛けても、返事は無し。まるで、自分は初めから居ないとでも言わんばかりに。
わたしに告白する時間を、与えているかの様に。
『……潮江先生』
何度も練習した言葉を今、ここで、やっと口にする。
『ずっと、先生のことが好きでした』
震える声だけど、嘘じゃない。練習通りに、震えつつも言葉を言えた。
それを聞いた潮江先生は、ほんの少しだけ目を細めた。
優しげでも、驚きでもなくて、何となく気付いていたような、そんな何とも言えない顔だ。
『卒業してから、わたしは貴方とお付き合いしたいと考えています。いきなり、こんな事を言われて困るとは思います。でも、わたしはこれを言いたくて、今日まで頑張ってきました』
潮江先生からすれば、あまりにも唐突な言葉ばかりだ。
だって、私は一度も潮江先生への好意を口にして来なかったから。
何とも言えない顔をしていた潮江先生は、わたしの言葉を聞いて、ようやく冷静さを取り戻したのか、学校で見かけるいつもの表情へと戻っていく。
返事を今か今かと待っているわたしだったが、次に紡がれた言葉によって、そんな淡い期待は脆く崩れ去る。
「俺は、名無しの担任だ。三年間、クラス委員として信頼はしてきた……、……でもな、それ以上の感情を持った事は、一度も無い」
真っ直ぐに告げられたその言葉は、思っていたよりも冷たく無い。けれど、しっかりと心に突き刺さり、痛かった。
「教え子が成人して大人になろうが、俺は自分のかつての生徒としてしか見られない」
言葉と同様に、潮江先生はわたしから目を逸らす事もせず、確かにそう言った。
「これは、名無しの人生を考えた上でも、俺自身の為にも必要な線引きだ」
頭では、十分わかっている。
先生の立場も、責任も、本当はどうしようもない事を。それでも、両目から溢れ出てくる涙を塞き止められない。
『…、……でも、伝えたかったんです……っ』
「……あぁ」
潮江先生は、その場で泣き出すわたしに、涙を止めろとも言わないし、だからと言って慰めようともしない。
ただ、静かに見ているだけ。
『勝手に……勝手に、好きになっただけ……わたしが……』
やっと絞り出した言葉を聞いてから、潮江先生は少しだけ息を吐く。
「それでも勇気を出して言ってくれて、ありがとうな」
その声は穏やかで、学校では聞いた事がないと思いつつも、胸が締め付けられる様に痛む。
ぽたりぽたりと涙が頬を伝い落ちる。
肩が小刻みに震え、息は浅く、詰まった様に短く途切れがちだ。
自分の感情を押し込めようとしたが、胸の奥の熱い物が溢れ出し、涙が止まらない。
潮江先生はただ静かに、遠慮がちに距離を保ちながら見守っている。
立花さんも景色を見ているフリをしてくれている。
慰める言葉も、抱き寄せることもせず、ただその存在が、少しだけ救いだった。
それから、帰りの時間となったと伝えられ、自宅付近まで立花さんの車で送ってもらう事となった。
助手席にわたしが座り、後部座席には潮江先生が座っていたが、ミラー越しで潮江先生を見る事はない。
思い出作りの前のわたしなら、バレない様にと気をつけながら、潮江先生を見ていた筈。でも、わたしはそんな事は出来ない。
初めから、わたしの一方通行の恋。
これが本当に、誰にも気づかれない恋だったんだと。わたしと潮江先生、立花さんを傷つけてしまった恋の結末は、何とも苦い思い出。
◇
遊園地に出掛けた日から一瞬にして、卒業式当日を迎えてしまった。
あれ程、卒業式の練習をしていた日々だったのに、その時の記憶は無いに等しい。
けれど、卒業式本番になれば、この伝統ある堅苦しい女子校とも今日でお別れなんだと、何故だか涙が伝った。
卒業式を終えたわたしは、正門前に群がる卒業生や在校生の塊を校舎の窓から眺めつつ、廊下を歩く。
最後の学校生活で使用していた教室前に到着し、扉を開けた。
『潮江先生、』
"卒業おめでとう"と大きく書かれ、チョークアートが残された黒板前には、スーツ姿の潮江先生が一人、ポツンと立っていた。
まるで、この思い出の場所に浸ろうと言わんばかりに。
「名無し…、……どうした」
『卒業アルバムに、コメントを書いて欲しいと思って、潮江先生を探していました』
厚みのある卒業アルバムを差し出すと、潮江先生は困惑しながらも、それを受け取る。
次にマジックペンを渡して、逃げ場を無くす。
ペン特有の音が、わたしと潮江先生しか居ない教室内で響く。
しばらくしてから、コメントを記入し終えた潮江先生は、卒業アルバムを返してくれた。顔を伏せて、涙を零しそうになりながら、これは前を向くための涙だと言い聞かせる。
『潮江先生、この間は立花さんと一緒に"思い出作り"に付き合ってくれて、ありがとうございました』
先月の思い出作りに付き合ってくれた事に対して、まだ礼を言えていなかったのだ。
この場を借りて、私は深々と頭を下げてから、そう告げる。
『……わたし、一方通行な恋をしてただけでしたね。潮江先生が先生である事も、学校に居られなくなる事も、後先考えずに告白して、先生を困らせちゃって』
卒業したら会えなくなるって、先生との思い出に執着していたから。末尾にそれを付け足す。
『潮江先生の事は忘れるから、何も心配しないで下さい』
先生と生徒の恋愛なんて、第三者からすれば穢れた物と思われる。
だから、ここで無かった事にすれば、わたしも潮江先生も後味が悪くならない。
そう思っていた時、潮江先生は白色の小さな箱を取り出して、わたしに差し出してきた。
『あの、潮江先生――』
「卒業祝いだ」
渋々といった様子で受け取ると、想定よりも重みが少しだけ感じられる。
けれど、小物だ。何が入っているだろうと思いながら、リボンの紐を解いて、箱の蓋を開けていく。
『こ、これって………』
入っていたのは、香水だ。どういう意図が込められているのか、わたしには理解出来ない。
「名無しが、これから出会う“いい男”の前で纏えばいい。あくまで、そいつに似合う香りだ……俺は、クラス委員を務めた名無しの担任だからな」
その発言から、潮江先生はわたしの"未来"を応援してくれていると遅れて気がついた。
恋愛としての意味は無いけど、"未来"に待っているわたしの幸せを願ってくれているんだと。この香水は、そんなとっておきの道具だと。
香水に込められたメッセージの考察に耽けていると、潮江先生のポケットからバイブ音が聞こえた。
携帯の画面と睨みめっこする潮江先生は、メッセージアプリの通知であると教えてくれた。
「……仙蔵から、メッセージだ。"外で待っているから、写真でもどうだ"……だとさ」
卒業式の日は、基本的に外部の方は立ち入れない。
ましてや、伝統あるこの女子校は特に厳しく、立花さんは外でわたしと潮江先生を待っているとの事だ。
つい先程、潮江先生の事は忘れると言った矢先に、立花さんは空気が読めないのか。
わたしと潮江先生は、他の生徒や先生達に見つからない様にと、校舎外で待つ立花さんの元に到着した。
「卒業おめでとう、○○ちゃん」
『あ、ありがとうございます。でも、今日が卒業式ってよく知ってましたね』
「文次郎から聞いていてね。それにしても、この学校は昔から変わらない」
立花さんは、校舎を見上げながら懐かしそうにして言う。
もしかして、男性ではなくて女性なのと失礼な発言をかましてしまうものの、立花さんはクスッと笑い、受け流してくれた。子供の戯言だと思ってくれたのか。
「ほら、今日が最後だろう? 記念に、私が写真を撮ろうじゃないか」
『へっ?』
「お前は、昔から突発的なんだよな。本当に」
潮江先生は、立花さんの一連の行動に呆れながら、ポリポリと頭をかく。
「ちゃんと形に残るから、良いんじゃないか」
穏やかな笑みを見せた立花さんに、潮江先生は何も言い返せなくなる。
『あの、立花さん』
「ん?」
わたしは、立花さんに近づいてから小声で話しかける。
『わたし、形に残る物はもう良いんです。思い出も全部、無かった事にしたいんです』
教室で、潮江先生との恋愛を無かった事にしたいと潮江先生本人に言った事まで話してから、立花さんは変わらず、笑みを浮かべていた。
「……○○ちゃんが、文次郎が好きだったという思い出は決して、苦いままで終わらない。少なくとも、私はそう思っている」
その発言をした立花さんは、わたしが潮江先生に恋をしていた姿を肯定してくれていると言う。
「せっかくだし、きみの携帯で撮っても構わないか? 思い出に残る写真を、わたしが撮ってあげるから」
そう言われ、携帯のロックを解除してから、立花さんに渡す。桜並木を背景に、わたしと潮江先生はぎこちなく隣に並ぶ。
「ほら、笑って」
立花さんの言葉を受けて、わたしは笑みを取り繕う。カシャッとシャッター音が聞こえて、携帯に思い出が残されたのが分かった。
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◆名無し ○○
女子校に通っていた生徒。第一印象が最悪だった潮江先生の優しさ等に触れて、一方通行の恋に落ちる。
面と向かって振られ、潮江先生や思い出も忘れると言ったものの、香水や写真と形に残ってしまった。
大学進学後、新たな出会いを迎える事となる。
◆潮江 文次郎
高校教師で、○○が所属していたクラスの担任。
見た目から近寄り難い印象を受ければ、中身を知れば面白く、面倒見がいい。
生徒から恋心を抱かれ、告白されたのは人生で初めてだったが、自分と○○の人生を考えて、教師としての立場を貫いた。
◆立花 仙蔵
文次郎の旧友で、相談事を受けるメッセージ相手。
教師としての体裁を保つべくと、遊園地に連れてこられたが案外、楽しんでいた。
○○が旧友に恋心を抱いて玉砕した一部始終は、顔を背けていたがガラス越しに見届る。
文次郎(年上で、教師)に恋をしたのは、苦いだけで終わらないと○○にとって救いの言葉を述べる。
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