短編
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
.
潮江文次郎(高校教師)×女夢主(年下)
少女漫画みたいに、潮江文次郎先生は振り向いてくれない話。
◆名前変換夢の為、名前入力を推奨。
◆一人称(夢主)視点で進みます。
◆室町時代末期を舞台した話が好き・現代パロディが苦手の方は、ブラウザバック推奨。
◆教師×女生徒の関係を助長または推奨する訳でもなく、各登場人物に前世の記憶もありません。
◆既存キャラの解釈違い(口調や性格)が出てくると思われますので予め、ご了承下さい。
夢主の簡単な設定
・女子校に通う生徒。
・
一年生
洋風で古い煉瓦作り・大きな正門・大理石で出来た床のある校舎なんて今時、漫画の中でしか存在しないと思っていた。
けれど、わたしの目の前に聳えるそれを見て、「現実にもあるんだぁ」と驚くしかない。
(いや、でっかぁ……)
わたしの住んでいる地区では、何百年もの歴史が紡がれている伝統ある女子校だという。
校舎の外観に圧倒されているわたしがこの学校を志望したのは、"制服が可愛かったから"という、単純な理由だ。
規律を重んじていたり、この学校の歴史に興味を抱いたり、中高一貫だからといった大層な理由ではないと自負している。
(ここに通う人達はみんな、制服を着崩していないなぁ……)
わたしの横を通り過ぎていく、ここの学校に通う先輩らしき人や同い年の子達を見ると、紺色のブレザーや白色のワイシャツ、スカートも指定通りに膝丈の長さであり、リボンも崩していない。
中学時代の友達は皆、共学に通った子達が多い。
規則が緩い方が良いと決めた子の言葉を今になって反唱した。わたしも、そっちを選べば良かったのか。
こうしてきちんとした格好の中に紛れると、きちんとしすぎてるなと場違いな事を考えてしまう。
囁かな反抗をしてしまいたくなるのは、人間の性だと言い訳する。
「おい、そこの一年」
突然、低く鋭い男性の声が飛んできた。
(もしかして、わたし?)
心臓がドキンと跳ねたのは、誰彼構わずではなく、"そこの一年"と、明確に誰かを指していたからだ。
「リボンの紐を緩めようとしている、お前だ」
声の主が、わたしの目の前で止まった事で、黒い影に覆われていく。
ゆっくりと顔を上げると、目の下の隈に両目の形が異なる男性教師が立っている。
ワイシャツの胸ポケットには、"潮江"と苗字の書かれたプラスチック製の名札が丁寧に付けられていた。
眉間に皺を寄せ、射抜く様に見下ろして圧倒する様は、わたしの行動に異議を唱えているのだろう。
『……すみません』
渋々といった様子を見せつけ、リボンの紐に手をかける。
入学早々、制服の着こなしについて指摘を受けた事で、わたしは早くも気が滅入る。
集団の中で囁かな反抗を見せれば体裁を下されるなんて分かっていた筈なのに。
紐を結び直したのを確認したら、潮江先生は何事もなかったかの様に、別の生徒の校風検査に向かっていく。
わたし以外に風紀の乱れた先輩達を見かけては、声を掛けている。
髪の毛の長さだったり、スカート丈の長さを直す様に指導して、疲れないのかと思う。
(いや、先生としての役割なら、止めないんだろなぁ。先生って面倒だ)
そこまで考えた所で、潮江先生の事を考えるのをやめた。
さっさと自分の教室に行って、今日から担任を務める先生の名前を確認しなければと。
(面白くて、優しい先生が良いなぁ)
中学時代に運良く当たった、アタリの先生を思い出し、一人でふふっと笑ったーーー、なんて思っていた自分は、あっという間に消え去る。
あれから、席順が記載された紙の端に書かれたクラス担任に、"潮江 文次郎"と書いてあるのを見つけた。
(あの先生かぁ…、最悪だ……っ)
玄関前で、ちょっとした校風検査を繰り広げたばかりという事で、落胆してしまう。
アタリとハズレの二極だろうが、せめて友達だけはちゃんと作ろう。
席に着いていたわたしが小さく決意する中、朝のホームルームの時間を迎える。
「お前達の担任を務める、潮江文次郎だ。学内の校風検査も担当しているから、よく覚えておけ。以上」
淡々と簡単な自己紹介を終えた潮江先生は、流れ作業の様に年間行事について記載された紙を配り、目を通しておけと一言、付け足された。
(へぇ……パンフレットでも見た通り、随分と行事事が豊富な高校。全部が楽しみって、訳じゃないけど)
春の合同合宿・芸術鑑賞・体育祭・文化祭・マラソン大会等の簡単な説明が書かれている。
伝統ある女子校も大変だと、呑気に思う。
◇
入学して、一ヶ月が経った。
ここの校風は、中学の様な緩い雰囲気が恋しいわたしにとって、まだ慣れない。
けど、友達はそれなりに出来て、移動教室の際や昼食を共にしたりと、平凡な女子高生の日々を過ごす。
そんな中でわたしは、職員室で担任の潮江先生の座る椅子の隣に立っていた。
用があるかと言えば、わたしが手にしているノートの数で理解して欲しい。
『潮江先生。クラス全員分の課題です。お願いします』
重ねられたノートの山の次に、わたしをちらりと見た。
「おぉ、名無し。ご苦労様」
手短に返事をしている先生だが、この人は案外、面白い人であったのが最近の発見。
入学当初は"校風に見合った厳格な性格で、近寄り難い先生"と思っていた。
「うちの担任、絶対怖いって」
「案外、面白い人かもよ」
一つの机で昼食を取っていた時、友達がそのように潮江先生を評価していた。
そして、話してみれば何のことやら。先輩達が話してくれた"意外と面倒見が良くて、生徒一人一人の事をしっかりと見ている真面目な先生"というのは、入学したてのわたしは信じるだろう。
証拠として、先日の授業で、「提出物の締切を忘れたらどうなるんですか?」と聞いた子の質問に、「命は取らん」と回答した姿を見て、何だこの先生はと思ったのは記憶に新しい。
それでも、質問をした子が笑い出したのを見て、先生は呆れていたものの、少し口元を緩めていた気がしたのだ。
(大学進学の為の内心目当てで、クラス委員になったから、潮江先生のそういう所を他の子よりも、近くで見れてるんだよね)
今もちゃんと、顔を見て苗字を間違わずに呼んでくれていたし。
クラス委員の役割で課題提出をしに、職員室まで足を運ばなければ知らなかった。
教室の外で出会う潮江先生は、最初に思っていたよりずっと近い存在だったと。
「真面目な癖に、リボンの紐を緩めようとしてたのは、高校デビューだったのか?」
いきなり、初対面での出来事をぶり返してきた。
高校デビューではなく、窮屈だと感じた校風に逆らおうとした囁かな反抗であったのだが、そんな事を伝えても意味は無さそう。
『まぁ、そんな感じです。よく覚えてますね』
高校デビューだと、肯定されても構わない適当な理由をつけて、意趣返しで潮江先生に言い返すような物言いを見せる。
「入学早々、リボンの紐を緩めてる新入生なんざ、上級生に目を付けられてもおかしくないだろ。ましてや、自分の受け取つクラスの生徒だったら尚更」
初めて潮江先生の口から、あの日の出来事について詳細に話された。
それも潮江先生からの視点であり、そこまで考えていたのかと呆気に取られてしまう。
確かに入学早々、リボンの紐を緩めて気崩す新入生を見たら、先輩達は"生意気な新入生"だと思う。
本来の校風検査の仕事で、わたしに声を掛けてきたと終われば良かった。
だが、潮江先生は"わたしの顔を見て、自分の受け持つクラスの生徒と分かった"上で、注意していたという事実が明かされ、また潮江先生の印象がぐるりと変わる。
◇
梅雨の時期を迎えた。
どんよりした空は、洗濯物が乾かないとぼやく母親みたいに、不機嫌そうに曇っている。
今朝は日が差していたのに、放課後を迎えた今は、校舎の窓に打ち付ける雨音がわたしと潮江先生しか居ない教室で響く。
「よし……、体育祭のプログラムの用紙は全て閉じたな」
潮江先生の目線の先には、体育祭で行われる各学年ごと、部活対抗等の競技内容が纏められたたプログラム用紙が均等に配置されている。
クラス委員のわたしは、潮江先生と一緒に放課後の教室で黙々とホッチキスを打ち続けていた。体育祭のプログラムをクラス分、用意する為。
「体育祭前日までに、間に合えて助かった。名無し、用事とかは特に無いと聞いていたが、
大丈夫だったのか」
『はい。部活動も、別に入ってる訳じゃありませんし』
そう返答してから、わたしは窓の外を一瞥した。
灰色の空を視界に入れてから、窓に打ち付ける雨粒に顔を顰める。
(傘、何で忘れちゃったんだよ……)
天気予報で、午後には天気が崩れるとお天気キャスターが伝えていた事を、わたしは完全に頭から抜けていた。
その結果が、傘を忘れるという失態へと繋がった訳で。折りたたみの傘も勿論、自宅に置いてあるまま。
「ひょっとして、傘を家に忘れたのか」
わたしの異変に気がついたのか、潮江先生は何気なく問いかけてくる。
それは正解である為、否定する事もせずに、そうだと素直に告げた。
「……ちょっと待ってろ。そうだな、下駄箱前に行っててくれ。後から追いかける」
簡潔にそう伝えてから、潮江先生は立ち上がる。
一人で教室を出て行ってしまい、大きな雨粒が窓に打ち付けられた中、わたしだけが取り残された。
ロッカーからスクールバックを取り、教室を出ていく。
廊下には、雨で濡れた上靴の靴痕が残されており、踏まない様にと気をつけながら歩き、言葉通りに下駄箱前に到着した。
すると、遅れて潮江先生が現れた。
先程と違うというなら、手には白色のシンプルな傘を手にしている。
「ほれ。置き傘だ」
そう言って、わたしの前に白色の傘を差し出してくる。
傘を忘れた生徒の為にと、この女学校は置き傘を置いてくれてあると、友達から聞かされていた。
しかし、置き傘の場所を知らない事で使用する機会は無かったが、潮江先生が代わりに取ってきてくれたという事か。
『ありがとうございます』
潮 江先生の好意を無駄にする訳にはいかないと、素直に傘を受け取った。
「……じゃあ、気をつけて帰れ。あと、寄り道はすんなよ。その制服を見たら一発で、近隣の人に通報されるからな」
わたしからの礼を最後まで聞くと、潮江先生は背を向けて、歩き出す。
(…、……潮江先生、やっぱりあぁ見えて優しいなぁ。後ろ姿も。大きいなぁ)
わたしの突き刺す様な視線は、潮江先生に気づかれていたのか、振り向きはしないものの、小さく手を振ってくれた。
何だか恥ずかしいと思いつつ、教室に放置されたプログラム用紙を回収しに行くのかと別の事に意識を向けようとしたが、取っ手にシールが貼られていた事に気がつく。
(……えっ)
シールには、"潮江"と名前の書かれたシールが貼られていた。
それを見たわたしは、潮江先生が間違えて自分の傘を持ってきてしまったのかと、ぐるぐると考えが切り替わる。
けれど、ずぶ濡れのままで帰宅すれば、母親も心配するし、潮江先生から何か言われたら、先生の好意を無駄にしたと思われかねない。
(明日、ちゃんとお礼を言おう)
上靴からローファーに履き替え、屋根のある玄関前へと出ていく。潮江先生の傘を広げて、わたしは正門を抜けるべくと歩き出す。
二年生
あれから、わたしは二年生へと進級した。
変わらずクラス委員を務める事となり、潮江先生と共に事務仕事を行う事に変わりない。
桜並木の道を抜けていき、正門を潜っていくと、見覚えのある顔の男性教師の出迎えを受けた。
「おはよう、名無し」
声を掛けてきたのは、担任の潮江先生だ。
去年はリボンの紐を緩めようとした時に声を掛けられ、当時は最悪の出会いと言っても過言では無い。
(でも、今は違う。あの時と同じで、潮江先生にまた注意されたら、何か恥ずかしいし)
リボンの紐を緩める事もしなければ、規定通りの服装と髪の毛に整えていた事で、注意される事もない。
『おはようございます。潮江先生』
顔を上げて、挨拶をしてから、わたしは先生の名前を言う。
すると、潮江先生は後方で何かを発見したのか、眉間に皺を寄せて、歩き出す。
(あっ、もしかして……)
振り向くまでもなく、潮江先生の校風検査が始まったのだと、台詞と声色から理解出来た。
相手は恐らく新入生で、一年前のわたしを彷彿とさせる。
◇
相も変わらず部活に所属していないわたしは、放課後を図書室で過ごす時間に当てようと考えていた。
(課題を一日でも早く終わらせて、楽になりたい)
国語の担当教師がお気に入りだという書籍を読み、その感想文を提出しなくてはならない。
私情が入っているんじゃないかとツッコミを入れたいが、課題と言うなら仕方ないな。
家に帰って取り組んでも良かったが、たまには足を運ぶ機会の少ない図書室で課題を取り組んで、数少ない青春を味わいたい。
「その本、タメになるぞ」
背後から声を掛けられ、思わず肩を震わせた。
カウンター席に居る司書さんに、どうしたのかと思われていようが、今は関係ない。
『し、潮江先生っ。驚かせないで下さいよ』
「悪い悪い。集中して課題に取り組んでいるから、つい声を掛けたくなってしまった」
二年目の付き合いとなるが、潮江先生は悪戯好きな所がある。
先輩達が、潮江先生を可愛いという理由が分かったものの、時と場合を考えて欲しいものだ。
「よくあるスポーツ物の伝記だが、経験の中に挫折と成長が上手い事、文章としてよく纏められている。筆者の努力がよく伺えるから、生き方としても実に参考になる」
先程の態度とは打って変わり、課題として出された有名なスポーツ選手の伝記の感想をつらつらと述べ始めていく。
『上手に感想を纏めますね。代わりに感想文の方、提出して欲しい位です』
「内申点を下げていいのなら、引き受けても良いぞ」
冗談を言うと、潮江先生が一枚上手だ。
ぐぬぬと心の中で呻きながら、自分で課題を取り組む事を選択した。
『そういえば体育祭、今年もやりますね』
体育祭のシーズンが近づき、体育祭実行委員会に所属する友達が、放課後まで生徒会室にこもりきりだと愚痴を零していた。
まさか、体育祭が近づいている事を見越して、このような課題をわたし達に出したのだろうか。
その真意は、国語の担当教師しか知らない。
「体育祭、楽しみか」
『はい。まぁ、ちょっとは』
体育は特段、嫌いという訳ではない。
一年のマラソン大会もそれなりに良い成績を残せた。強いて言うなら、体育祭はハチマキのアレンジに力を入れたい所だ。
「頼りにしてるぞ、クラス委員」
笑みを浮かべて、潮江先生はそう言ってきた。
言葉を失うわたしをよそに、潮江先生は図書室を出ていき、後にする。
(……集中してたのに、先生のせいで読めなくなった…、……でも、ちょっと嬉しいのは何でだろう)
◇
そして迎えた、体育祭当日。
学年間の垣根を超え、色別で各チームと争う。
大玉転がし、全員リレー、クラス対抗玉入れ、二人三脚を終えて、次のプログラムの準備を開始するとアナウンスが入る。
今年の体育祭で、わたしは借り物競争の選手として抜擢された。これといった理由は無く、何となく。
「いちについて…、よーい、どんっ!」
校庭から、スターターピストルが鳴り響いた。
一斉に走り出して、お題の書かれた紙を取ろうと、腕を伸ばしていく。
ようやく掴めた紙を離すまいと腕を引き、お題を確認する。
(このお題……)
内容は、至ってシンプル。
捻くれたものではなく、誰かを思い浮かべれば一瞬にしてゴール出来て、得点も加算される。
(他にもいるかもしれない、でも……っ)
梅雨の時期を迎えたあの日、自分の傘を貸してくれた、あの後ろ姿の人物を思い出す。
(先生じゃなきゃ、駄目なんだ……!)
辺りを見渡しながら、自分の中でお題と結びついた人物を見つければ、その人の元へと一目散に走り出していく。
相手もわたしの様子に気がついたものの、「えっ?」と状況を読み込めない表情を晒していた。
『潮江先生…、き、来て下さいっ』
全力疾走で走ったせいで、上手く言葉を発せない。
屈伸の状態ではぁはぁと息を整えている中、潮江先生はわたしと目線を合わせてくれているのか、その場で屈む。
「名無し、お題は何だったんだ」
『こ、これです……』
潮江先生に見えるようにと、お題の書かれた紙を見せた。
「本当に、俺で良いのか」
『潮江先生のクラスに居るんだから、潮江先生が良いんですよ』
どこか困惑している様子は、いつもなら見られない潮江先生だ。ほんの少しだけ、気まずそうに眉まで下げている。
レアな姿だと思いつつも、わたしは自らの意思を曲げない。
それに折れた形で、潮江先生はわたしと共にゴールテープを切るべくと、並走してくれると言ってくれた。
続々と借り物競争に出ている選手が、同学年の生徒や教師、挙句の果てに保護者まで連れて、ゴール地点まで走り出していく。
『うわ、っ』
その時、足がもつれてしまった。
このままでは、顔から転倒して、膝やら顔やらに傷を負ってしまう。
そう思っていた時、潮江先生に強引に腕を掴まれた事で、転ばずには済んだものの、体が前に倒れそうになる。
『ああぁっ、』
すると、潮江先生の腕が、ぐっとわたしの背中を支える。
倒れるかと思った体を引き戻す、強い力。
「しゃんとしろ。ゴールテープ、一緒に切って欲しいんだろ」
潮江先生に支えられる形で、何とか踏ん張る事が出来た。
出遅れてしまったものの、わたしと潮江先生はゴール地点へと再び、走り出す。
(あれ、今のわたしって……、)
倒れそうになった事で、気にも留めていなかった。
支えられる形で踏ん張ってから、右隣に居る潮江先生の左手が背中に回され、細くて健康的な肌色のわたしの左腕に当てられている。
(し、潮江先生…左手を添えてるの、分かってるのかな……普段なら、こんな事しないって分かってるのに……、……借り物競争どころじゃないんだけど……っ)
心臓が、どきどきと鳴った。
わたしがまた倒れない様にと気遣いを見せてくれていたとしても、これはやり過ぎじゃないか。
同級生や先輩達は、特別行事特有の熱に浸ってくれているおかげで、わたしと潮江先生に冷やかしの声を向けてくる事はない。
(ゴールするだけなのに、こんなに手の感触を気にしてるなんて……っ)
それが逆に、左腕に当てられた潮江先生の無骨な手の温もりをより強く意識してしまう。
「名無し、そろそろゴール地点だ」
潮江先生に声を掛けられて、わたしはハッとして、自分が借り物競争に出ている選手だと無理やり意識を戻される。
変わらず左手の温もりが感じられる中、わたしと潮江先生はゴールテープを切り、一番でゴールする事が出来た。
「おめでとうございます。ちなみに、お題は何だったんですか?」
体育祭実行委員の一人が、マイクをわたしに向けてきた。
主電源が入っているので、校庭中にわたしの声が響くだろう。
『"優しい人"、でした』
紙に書かれているお題を読み上げると、生徒の応援席から黄色の歓声が上がる。
「潮江先生を選んだ決め手は一体、何だったんですか?」
この競技の肝である、借りた理由について問いかけられた。
(…、……っ)
日頃から世話になっているからと何気なく言えた筈が、潮江先生に背中を回されて、左腕に残る温もりのせいで、言葉が出てこない。
隣に立つ潮江先生が、わたしを見ている。
それに気がつき、わたしはいつもの様に振る舞わなくてはと思い、何とか口を開く。
『潮江先生は、わたしのクラスの担任で、普段から優しい人だなって思ったからです』
わたしのクラスの応援席から再び黄色の歓声が上がり、「そうだよー!」と同意の言葉までもが飛んできた。
第三者からすれば、先生思いの生徒だと思われるだけかもしれない。
でも、わたしにとってはこの一瞬が、きっと、ずっと忘れられない。
◇
夏休みを終えても、依然として暑さは変わらない。ここ数年は特に秋を感じさせず、そのまま冬を迎えてしまう。
そんなわたしも、梅雨の時期に行われた体育祭を機に、ある人物への熱が籠ってしまったのだ。
(わたし…、潮江先生の事が好きになっちゃった)
体育祭の時は、なんでこんなに潮江先生が気になるんだろう、という気持ち。
夏休みに先生と二人で事務作業をした時、ようやく私ははっきり気付いてしまった。
その日は、蝉の声が忙しなく響いていた。
冷房の効きが弱い中、潮江先生が額の汗をぬぐう仕草に、わたしの心臓は高なる。
今までなら黙々と行っていた作業も、潮江先生が目の前に居るだけで胸の高まりが抑えられず、気づかれないようにと潮江先生の姿を何度もチラ見してしまう始末。
集中して取り組めと注意されても、それすらも良いと思えてしまう。
そして次に、希望者のみが参加する勉強会では、潮江先生が担当を務める授業のコマがあった。
勉強会に参加していたわたしは、潮江先生がチョークを握る無骨な手、生徒一人一人を見る異なる形をした目、厳しくも面倒見の良さを隠しきれない声色全てに夢中となってしまい、勉強どころではない日もあった。
勿論、当てられた時に答えられず、潮江先生から呆れられてしまったが。
「名無し、ちゃんと話を聞く様に」
そう言ってくれた潮江先生の言葉が、今のわたしには、あまりにも刺激が強い。
"恋"をすると自分の視界に広がる世界が変わるというのは、本当だったんだ。
◇
熱さが残る、名ばかりの秋を迎えた。
この時期ともなれば、大学進学を希望する者は進路を見据えなくてはいけない。
わたしも例外ではなく、今日は潮江先生との進路相談の日だ。
「名無しは、この大学に進学希望なのか」
『はい』
進路相談室ではなく、教室で行われている事により、普段の生活場所にちょっとした特別感が、込められていると感じてしまう。
「名無しの成績は申し分ない。言葉を選ばずに言えば、ここよりも良い大学を目指せると思うが……」
わたしが提出した進路希望用紙の隣に、成績表も一緒に置かれている。
グラフと数字、進路希望として書かれた大学を交互に見ながら、潮江先生は唸る。
まるで、自分の事の様に考えているのかと勘違いを起こす。
『無理な勝負には、出たくないんです』
「……そうか。名無しの意思を尊重したいとは思っているから、俺から無理に薦めるつもりは無い。この大学を目指すなら、今の成績をキープして、そこに内申点を上乗せすれば、受かる筈だ」
日頃の成果の象徴である成績だけでなく、クラス委員としての評価も内申点として入れた上で、潮江先生はそのように断言した。
まだ入試願書すら書いてもいないのに、生徒に期待を持たせてしまっていいのか。それよりも、わたしは別の事を考えてしまう。
(大学受験して、卒業したら……潮江先生に会えなくなるんだよなぁ)
今は高校二年生で、潮江先生が受け持つクラスの生徒だから、こうして関わりが持てている。
けれど、卒業したら繋がりも無くなってしまう。
(将来の事を考えなきゃいけないのに、先生の事ばっかり考えてる……)
"未来"について考えなくてはいけないのに、わたしは潮江先生が居る"今"ばかりに目を向けている。
もしかしたら、ずっと先の未来でも、わたしは潮江先生を思い出してしまうのかもしれない。
◇
続き→ハロー、バイバイ 弍(潮江文次郎)
.
潮江文次郎(高校教師)×女夢主(年下)
少女漫画みたいに、潮江文次郎先生は振り向いてくれない話。
◆名前変換夢の為、名前入力を推奨。
◆一人称(夢主)視点で進みます。
◆室町時代末期を舞台した話が好き・現代パロディが苦手の方は、ブラウザバック推奨。
◆教師×女生徒の関係を助長または推奨する訳でもなく、各登場人物に前世の記憶もありません。
◆既存キャラの解釈違い(口調や性格)が出てくると思われますので予め、ご了承下さい。
夢主の簡単な設定
・女子校に通う生徒。
・
一年生
洋風で古い煉瓦作り・大きな正門・大理石で出来た床のある校舎なんて今時、漫画の中でしか存在しないと思っていた。
けれど、わたしの目の前に聳えるそれを見て、「現実にもあるんだぁ」と驚くしかない。
(いや、でっかぁ……)
わたしの住んでいる地区では、何百年もの歴史が紡がれている伝統ある女子校だという。
校舎の外観に圧倒されているわたしがこの学校を志望したのは、"制服が可愛かったから"という、単純な理由だ。
規律を重んじていたり、この学校の歴史に興味を抱いたり、中高一貫だからといった大層な理由ではないと自負している。
(ここに通う人達はみんな、制服を着崩していないなぁ……)
わたしの横を通り過ぎていく、ここの学校に通う先輩らしき人や同い年の子達を見ると、紺色のブレザーや白色のワイシャツ、スカートも指定通りに膝丈の長さであり、リボンも崩していない。
中学時代の友達は皆、共学に通った子達が多い。
規則が緩い方が良いと決めた子の言葉を今になって反唱した。わたしも、そっちを選べば良かったのか。
こうしてきちんとした格好の中に紛れると、きちんとしすぎてるなと場違いな事を考えてしまう。
囁かな反抗をしてしまいたくなるのは、人間の性だと言い訳する。
「おい、そこの一年」
突然、低く鋭い男性の声が飛んできた。
(もしかして、わたし?)
心臓がドキンと跳ねたのは、誰彼構わずではなく、"そこの一年"と、明確に誰かを指していたからだ。
「リボンの紐を緩めようとしている、お前だ」
声の主が、わたしの目の前で止まった事で、黒い影に覆われていく。
ゆっくりと顔を上げると、目の下の隈に両目の形が異なる男性教師が立っている。
ワイシャツの胸ポケットには、"潮江"と苗字の書かれたプラスチック製の名札が丁寧に付けられていた。
眉間に皺を寄せ、射抜く様に見下ろして圧倒する様は、わたしの行動に異議を唱えているのだろう。
『……すみません』
渋々といった様子を見せつけ、リボンの紐に手をかける。
入学早々、制服の着こなしについて指摘を受けた事で、わたしは早くも気が滅入る。
集団の中で囁かな反抗を見せれば体裁を下されるなんて分かっていた筈なのに。
紐を結び直したのを確認したら、潮江先生は何事もなかったかの様に、別の生徒の校風検査に向かっていく。
わたし以外に風紀の乱れた先輩達を見かけては、声を掛けている。
髪の毛の長さだったり、スカート丈の長さを直す様に指導して、疲れないのかと思う。
(いや、先生としての役割なら、止めないんだろなぁ。先生って面倒だ)
そこまで考えた所で、潮江先生の事を考えるのをやめた。
さっさと自分の教室に行って、今日から担任を務める先生の名前を確認しなければと。
(面白くて、優しい先生が良いなぁ)
中学時代に運良く当たった、アタリの先生を思い出し、一人でふふっと笑ったーーー、なんて思っていた自分は、あっという間に消え去る。
あれから、席順が記載された紙の端に書かれたクラス担任に、"潮江 文次郎"と書いてあるのを見つけた。
(あの先生かぁ…、最悪だ……っ)
玄関前で、ちょっとした校風検査を繰り広げたばかりという事で、落胆してしまう。
アタリとハズレの二極だろうが、せめて友達だけはちゃんと作ろう。
席に着いていたわたしが小さく決意する中、朝のホームルームの時間を迎える。
「お前達の担任を務める、潮江文次郎だ。学内の校風検査も担当しているから、よく覚えておけ。以上」
淡々と簡単な自己紹介を終えた潮江先生は、流れ作業の様に年間行事について記載された紙を配り、目を通しておけと一言、付け足された。
(へぇ……パンフレットでも見た通り、随分と行事事が豊富な高校。全部が楽しみって、訳じゃないけど)
春の合同合宿・芸術鑑賞・体育祭・文化祭・マラソン大会等の簡単な説明が書かれている。
伝統ある女子校も大変だと、呑気に思う。
◇
入学して、一ヶ月が経った。
ここの校風は、中学の様な緩い雰囲気が恋しいわたしにとって、まだ慣れない。
けど、友達はそれなりに出来て、移動教室の際や昼食を共にしたりと、平凡な女子高生の日々を過ごす。
そんな中でわたしは、職員室で担任の潮江先生の座る椅子の隣に立っていた。
用があるかと言えば、わたしが手にしているノートの数で理解して欲しい。
『潮江先生。クラス全員分の課題です。お願いします』
重ねられたノートの山の次に、わたしをちらりと見た。
「おぉ、名無し。ご苦労様」
手短に返事をしている先生だが、この人は案外、面白い人であったのが最近の発見。
入学当初は"校風に見合った厳格な性格で、近寄り難い先生"と思っていた。
「うちの担任、絶対怖いって」
「案外、面白い人かもよ」
一つの机で昼食を取っていた時、友達がそのように潮江先生を評価していた。
そして、話してみれば何のことやら。先輩達が話してくれた"意外と面倒見が良くて、生徒一人一人の事をしっかりと見ている真面目な先生"というのは、入学したてのわたしは信じるだろう。
証拠として、先日の授業で、「提出物の締切を忘れたらどうなるんですか?」と聞いた子の質問に、「命は取らん」と回答した姿を見て、何だこの先生はと思ったのは記憶に新しい。
それでも、質問をした子が笑い出したのを見て、先生は呆れていたものの、少し口元を緩めていた気がしたのだ。
(大学進学の為の内心目当てで、クラス委員になったから、潮江先生のそういう所を他の子よりも、近くで見れてるんだよね)
今もちゃんと、顔を見て苗字を間違わずに呼んでくれていたし。
クラス委員の役割で課題提出をしに、職員室まで足を運ばなければ知らなかった。
教室の外で出会う潮江先生は、最初に思っていたよりずっと近い存在だったと。
「真面目な癖に、リボンの紐を緩めようとしてたのは、高校デビューだったのか?」
いきなり、初対面での出来事をぶり返してきた。
高校デビューではなく、窮屈だと感じた校風に逆らおうとした囁かな反抗であったのだが、そんな事を伝えても意味は無さそう。
『まぁ、そんな感じです。よく覚えてますね』
高校デビューだと、肯定されても構わない適当な理由をつけて、意趣返しで潮江先生に言い返すような物言いを見せる。
「入学早々、リボンの紐を緩めてる新入生なんざ、上級生に目を付けられてもおかしくないだろ。ましてや、自分の受け取つクラスの生徒だったら尚更」
初めて潮江先生の口から、あの日の出来事について詳細に話された。
それも潮江先生からの視点であり、そこまで考えていたのかと呆気に取られてしまう。
確かに入学早々、リボンの紐を緩めて気崩す新入生を見たら、先輩達は"生意気な新入生"だと思う。
本来の校風検査の仕事で、わたしに声を掛けてきたと終われば良かった。
だが、潮江先生は"わたしの顔を見て、自分の受け持つクラスの生徒と分かった"上で、注意していたという事実が明かされ、また潮江先生の印象がぐるりと変わる。
◇
梅雨の時期を迎えた。
どんよりした空は、洗濯物が乾かないとぼやく母親みたいに、不機嫌そうに曇っている。
今朝は日が差していたのに、放課後を迎えた今は、校舎の窓に打ち付ける雨音がわたしと潮江先生しか居ない教室で響く。
「よし……、体育祭のプログラムの用紙は全て閉じたな」
潮江先生の目線の先には、体育祭で行われる各学年ごと、部活対抗等の競技内容が纏められたたプログラム用紙が均等に配置されている。
クラス委員のわたしは、潮江先生と一緒に放課後の教室で黙々とホッチキスを打ち続けていた。体育祭のプログラムをクラス分、用意する為。
「体育祭前日までに、間に合えて助かった。名無し、用事とかは特に無いと聞いていたが、
大丈夫だったのか」
『はい。部活動も、別に入ってる訳じゃありませんし』
そう返答してから、わたしは窓の外を一瞥した。
灰色の空を視界に入れてから、窓に打ち付ける雨粒に顔を顰める。
(傘、何で忘れちゃったんだよ……)
天気予報で、午後には天気が崩れるとお天気キャスターが伝えていた事を、わたしは完全に頭から抜けていた。
その結果が、傘を忘れるという失態へと繋がった訳で。折りたたみの傘も勿論、自宅に置いてあるまま。
「ひょっとして、傘を家に忘れたのか」
わたしの異変に気がついたのか、潮江先生は何気なく問いかけてくる。
それは正解である為、否定する事もせずに、そうだと素直に告げた。
「……ちょっと待ってろ。そうだな、下駄箱前に行っててくれ。後から追いかける」
簡潔にそう伝えてから、潮江先生は立ち上がる。
一人で教室を出て行ってしまい、大きな雨粒が窓に打ち付けられた中、わたしだけが取り残された。
ロッカーからスクールバックを取り、教室を出ていく。
廊下には、雨で濡れた上靴の靴痕が残されており、踏まない様にと気をつけながら歩き、言葉通りに下駄箱前に到着した。
すると、遅れて潮江先生が現れた。
先程と違うというなら、手には白色のシンプルな傘を手にしている。
「ほれ。置き傘だ」
そう言って、わたしの前に白色の傘を差し出してくる。
傘を忘れた生徒の為にと、この女学校は置き傘を置いてくれてあると、友達から聞かされていた。
しかし、置き傘の場所を知らない事で使用する機会は無かったが、潮江先生が代わりに取ってきてくれたという事か。
『ありがとうございます』
潮 江先生の好意を無駄にする訳にはいかないと、素直に傘を受け取った。
「……じゃあ、気をつけて帰れ。あと、寄り道はすんなよ。その制服を見たら一発で、近隣の人に通報されるからな」
わたしからの礼を最後まで聞くと、潮江先生は背を向けて、歩き出す。
(…、……潮江先生、やっぱりあぁ見えて優しいなぁ。後ろ姿も。大きいなぁ)
わたしの突き刺す様な視線は、潮江先生に気づかれていたのか、振り向きはしないものの、小さく手を振ってくれた。
何だか恥ずかしいと思いつつ、教室に放置されたプログラム用紙を回収しに行くのかと別の事に意識を向けようとしたが、取っ手にシールが貼られていた事に気がつく。
(……えっ)
シールには、"潮江"と名前の書かれたシールが貼られていた。
それを見たわたしは、潮江先生が間違えて自分の傘を持ってきてしまったのかと、ぐるぐると考えが切り替わる。
けれど、ずぶ濡れのままで帰宅すれば、母親も心配するし、潮江先生から何か言われたら、先生の好意を無駄にしたと思われかねない。
(明日、ちゃんとお礼を言おう)
上靴からローファーに履き替え、屋根のある玄関前へと出ていく。潮江先生の傘を広げて、わたしは正門を抜けるべくと歩き出す。
二年生
あれから、わたしは二年生へと進級した。
変わらずクラス委員を務める事となり、潮江先生と共に事務仕事を行う事に変わりない。
桜並木の道を抜けていき、正門を潜っていくと、見覚えのある顔の男性教師の出迎えを受けた。
「おはよう、名無し」
声を掛けてきたのは、担任の潮江先生だ。
去年はリボンの紐を緩めようとした時に声を掛けられ、当時は最悪の出会いと言っても過言では無い。
(でも、今は違う。あの時と同じで、潮江先生にまた注意されたら、何か恥ずかしいし)
リボンの紐を緩める事もしなければ、規定通りの服装と髪の毛に整えていた事で、注意される事もない。
『おはようございます。潮江先生』
顔を上げて、挨拶をしてから、わたしは先生の名前を言う。
すると、潮江先生は後方で何かを発見したのか、眉間に皺を寄せて、歩き出す。
(あっ、もしかして……)
振り向くまでもなく、潮江先生の校風検査が始まったのだと、台詞と声色から理解出来た。
相手は恐らく新入生で、一年前のわたしを彷彿とさせる。
◇
相も変わらず部活に所属していないわたしは、放課後を図書室で過ごす時間に当てようと考えていた。
(課題を一日でも早く終わらせて、楽になりたい)
国語の担当教師がお気に入りだという書籍を読み、その感想文を提出しなくてはならない。
私情が入っているんじゃないかとツッコミを入れたいが、課題と言うなら仕方ないな。
家に帰って取り組んでも良かったが、たまには足を運ぶ機会の少ない図書室で課題を取り組んで、数少ない青春を味わいたい。
「その本、タメになるぞ」
背後から声を掛けられ、思わず肩を震わせた。
カウンター席に居る司書さんに、どうしたのかと思われていようが、今は関係ない。
『し、潮江先生っ。驚かせないで下さいよ』
「悪い悪い。集中して課題に取り組んでいるから、つい声を掛けたくなってしまった」
二年目の付き合いとなるが、潮江先生は悪戯好きな所がある。
先輩達が、潮江先生を可愛いという理由が分かったものの、時と場合を考えて欲しいものだ。
「よくあるスポーツ物の伝記だが、経験の中に挫折と成長が上手い事、文章としてよく纏められている。筆者の努力がよく伺えるから、生き方としても実に参考になる」
先程の態度とは打って変わり、課題として出された有名なスポーツ選手の伝記の感想をつらつらと述べ始めていく。
『上手に感想を纏めますね。代わりに感想文の方、提出して欲しい位です』
「内申点を下げていいのなら、引き受けても良いぞ」
冗談を言うと、潮江先生が一枚上手だ。
ぐぬぬと心の中で呻きながら、自分で課題を取り組む事を選択した。
『そういえば体育祭、今年もやりますね』
体育祭のシーズンが近づき、体育祭実行委員会に所属する友達が、放課後まで生徒会室にこもりきりだと愚痴を零していた。
まさか、体育祭が近づいている事を見越して、このような課題をわたし達に出したのだろうか。
その真意は、国語の担当教師しか知らない。
「体育祭、楽しみか」
『はい。まぁ、ちょっとは』
体育は特段、嫌いという訳ではない。
一年のマラソン大会もそれなりに良い成績を残せた。強いて言うなら、体育祭はハチマキのアレンジに力を入れたい所だ。
「頼りにしてるぞ、クラス委員」
笑みを浮かべて、潮江先生はそう言ってきた。
言葉を失うわたしをよそに、潮江先生は図書室を出ていき、後にする。
(……集中してたのに、先生のせいで読めなくなった…、……でも、ちょっと嬉しいのは何でだろう)
◇
そして迎えた、体育祭当日。
学年間の垣根を超え、色別で各チームと争う。
大玉転がし、全員リレー、クラス対抗玉入れ、二人三脚を終えて、次のプログラムの準備を開始するとアナウンスが入る。
今年の体育祭で、わたしは借り物競争の選手として抜擢された。これといった理由は無く、何となく。
「いちについて…、よーい、どんっ!」
校庭から、スターターピストルが鳴り響いた。
一斉に走り出して、お題の書かれた紙を取ろうと、腕を伸ばしていく。
ようやく掴めた紙を離すまいと腕を引き、お題を確認する。
(このお題……)
内容は、至ってシンプル。
捻くれたものではなく、誰かを思い浮かべれば一瞬にしてゴール出来て、得点も加算される。
(他にもいるかもしれない、でも……っ)
梅雨の時期を迎えたあの日、自分の傘を貸してくれた、あの後ろ姿の人物を思い出す。
(先生じゃなきゃ、駄目なんだ……!)
辺りを見渡しながら、自分の中でお題と結びついた人物を見つければ、その人の元へと一目散に走り出していく。
相手もわたしの様子に気がついたものの、「えっ?」と状況を読み込めない表情を晒していた。
『潮江先生…、き、来て下さいっ』
全力疾走で走ったせいで、上手く言葉を発せない。
屈伸の状態ではぁはぁと息を整えている中、潮江先生はわたしと目線を合わせてくれているのか、その場で屈む。
「名無し、お題は何だったんだ」
『こ、これです……』
潮江先生に見えるようにと、お題の書かれた紙を見せた。
「本当に、俺で良いのか」
『潮江先生のクラスに居るんだから、潮江先生が良いんですよ』
どこか困惑している様子は、いつもなら見られない潮江先生だ。ほんの少しだけ、気まずそうに眉まで下げている。
レアな姿だと思いつつも、わたしは自らの意思を曲げない。
それに折れた形で、潮江先生はわたしと共にゴールテープを切るべくと、並走してくれると言ってくれた。
続々と借り物競争に出ている選手が、同学年の生徒や教師、挙句の果てに保護者まで連れて、ゴール地点まで走り出していく。
『うわ、っ』
その時、足がもつれてしまった。
このままでは、顔から転倒して、膝やら顔やらに傷を負ってしまう。
そう思っていた時、潮江先生に強引に腕を掴まれた事で、転ばずには済んだものの、体が前に倒れそうになる。
『ああぁっ、』
すると、潮江先生の腕が、ぐっとわたしの背中を支える。
倒れるかと思った体を引き戻す、強い力。
「しゃんとしろ。ゴールテープ、一緒に切って欲しいんだろ」
潮江先生に支えられる形で、何とか踏ん張る事が出来た。
出遅れてしまったものの、わたしと潮江先生はゴール地点へと再び、走り出す。
(あれ、今のわたしって……、)
倒れそうになった事で、気にも留めていなかった。
支えられる形で踏ん張ってから、右隣に居る潮江先生の左手が背中に回され、細くて健康的な肌色のわたしの左腕に当てられている。
(し、潮江先生…左手を添えてるの、分かってるのかな……普段なら、こんな事しないって分かってるのに……、……借り物競争どころじゃないんだけど……っ)
心臓が、どきどきと鳴った。
わたしがまた倒れない様にと気遣いを見せてくれていたとしても、これはやり過ぎじゃないか。
同級生や先輩達は、特別行事特有の熱に浸ってくれているおかげで、わたしと潮江先生に冷やかしの声を向けてくる事はない。
(ゴールするだけなのに、こんなに手の感触を気にしてるなんて……っ)
それが逆に、左腕に当てられた潮江先生の無骨な手の温もりをより強く意識してしまう。
「名無し、そろそろゴール地点だ」
潮江先生に声を掛けられて、わたしはハッとして、自分が借り物競争に出ている選手だと無理やり意識を戻される。
変わらず左手の温もりが感じられる中、わたしと潮江先生はゴールテープを切り、一番でゴールする事が出来た。
「おめでとうございます。ちなみに、お題は何だったんですか?」
体育祭実行委員の一人が、マイクをわたしに向けてきた。
主電源が入っているので、校庭中にわたしの声が響くだろう。
『"優しい人"、でした』
紙に書かれているお題を読み上げると、生徒の応援席から黄色の歓声が上がる。
「潮江先生を選んだ決め手は一体、何だったんですか?」
この競技の肝である、借りた理由について問いかけられた。
(…、……っ)
日頃から世話になっているからと何気なく言えた筈が、潮江先生に背中を回されて、左腕に残る温もりのせいで、言葉が出てこない。
隣に立つ潮江先生が、わたしを見ている。
それに気がつき、わたしはいつもの様に振る舞わなくてはと思い、何とか口を開く。
『潮江先生は、わたしのクラスの担任で、普段から優しい人だなって思ったからです』
わたしのクラスの応援席から再び黄色の歓声が上がり、「そうだよー!」と同意の言葉までもが飛んできた。
第三者からすれば、先生思いの生徒だと思われるだけかもしれない。
でも、わたしにとってはこの一瞬が、きっと、ずっと忘れられない。
◇
夏休みを終えても、依然として暑さは変わらない。ここ数年は特に秋を感じさせず、そのまま冬を迎えてしまう。
そんなわたしも、梅雨の時期に行われた体育祭を機に、ある人物への熱が籠ってしまったのだ。
(わたし…、潮江先生の事が好きになっちゃった)
体育祭の時は、なんでこんなに潮江先生が気になるんだろう、という気持ち。
夏休みに先生と二人で事務作業をした時、ようやく私ははっきり気付いてしまった。
その日は、蝉の声が忙しなく響いていた。
冷房の効きが弱い中、潮江先生が額の汗をぬぐう仕草に、わたしの心臓は高なる。
今までなら黙々と行っていた作業も、潮江先生が目の前に居るだけで胸の高まりが抑えられず、気づかれないようにと潮江先生の姿を何度もチラ見してしまう始末。
集中して取り組めと注意されても、それすらも良いと思えてしまう。
そして次に、希望者のみが参加する勉強会では、潮江先生が担当を務める授業のコマがあった。
勉強会に参加していたわたしは、潮江先生がチョークを握る無骨な手、生徒一人一人を見る異なる形をした目、厳しくも面倒見の良さを隠しきれない声色全てに夢中となってしまい、勉強どころではない日もあった。
勿論、当てられた時に答えられず、潮江先生から呆れられてしまったが。
「名無し、ちゃんと話を聞く様に」
そう言ってくれた潮江先生の言葉が、今のわたしには、あまりにも刺激が強い。
"恋"をすると自分の視界に広がる世界が変わるというのは、本当だったんだ。
◇
熱さが残る、名ばかりの秋を迎えた。
この時期ともなれば、大学進学を希望する者は進路を見据えなくてはいけない。
わたしも例外ではなく、今日は潮江先生との進路相談の日だ。
「名無しは、この大学に進学希望なのか」
『はい』
進路相談室ではなく、教室で行われている事により、普段の生活場所にちょっとした特別感が、込められていると感じてしまう。
「名無しの成績は申し分ない。言葉を選ばずに言えば、ここよりも良い大学を目指せると思うが……」
わたしが提出した進路希望用紙の隣に、成績表も一緒に置かれている。
グラフと数字、進路希望として書かれた大学を交互に見ながら、潮江先生は唸る。
まるで、自分の事の様に考えているのかと勘違いを起こす。
『無理な勝負には、出たくないんです』
「……そうか。名無しの意思を尊重したいとは思っているから、俺から無理に薦めるつもりは無い。この大学を目指すなら、今の成績をキープして、そこに内申点を上乗せすれば、受かる筈だ」
日頃の成果の象徴である成績だけでなく、クラス委員としての評価も内申点として入れた上で、潮江先生はそのように断言した。
まだ入試願書すら書いてもいないのに、生徒に期待を持たせてしまっていいのか。それよりも、わたしは別の事を考えてしまう。
(大学受験して、卒業したら……潮江先生に会えなくなるんだよなぁ)
今は高校二年生で、潮江先生が受け持つクラスの生徒だから、こうして関わりが持てている。
けれど、卒業したら繋がりも無くなってしまう。
(将来の事を考えなきゃいけないのに、先生の事ばっかり考えてる……)
"未来"について考えなくてはいけないのに、わたしは潮江先生が居る"今"ばかりに目を向けている。
もしかしたら、ずっと先の未来でも、わたしは潮江先生を思い出してしまうのかもしれない。
◇
続き→ハロー、バイバイ 弍(潮江文次郎)
.
