短編
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
.
いけいけどんどんの七松小平太と、表情筋が死んでいる平和ボケの○○が結ばれるまでの話 後編
獅子は、兎に何を想う(七松小平太)の続編。
◆名前変換夢の為、名前入力を推奨。
◆一人称(夢主、七松)視点で進みます。
◆既存キャラの解釈違い(口調や性格)が出てくると思われますので予め、ご了承下さい。
夢主の簡単な設定
・行儀見習いで、忍術学園に入学した。
・現六年生と同い歳(六年生に対して、苗字呼び)。背丈は、同学年のくのたまの中では高い方。
・表情筋は死んでいるが、人並みの感情は持ち合わせており、自由気まま。
・甘味物を食べる・寝る事が好き。
・
◆四年生時代 中編
◆お題:「ひだまりに寄す」
◆四年生時代以降、モブである同室の彼女ちゃんの登場が増えます。必要最低限の出番に留めたつもりです。
名無し家と七松家の両家が集う会合の場は、婿(仮)側となる七松家と事前に取り決められていた。両家の親同士で顔合わせ・親族を交えた媒酌については、わたしと七松くんの知らぬ所で済ませている様だ。
「遠路はるばる、我が七松家にお越し頂き、感謝申し上げます」
七松くんのお父様が会合の挨拶をしたのを機に、父上も挨拶を交わし、手土産を渡す。
「しかし、うちの愚女とご子息様が同じ学び舎に通っていらっしゃるとは、これも何かのご縁でしょう」
父上の発言を聞いて、七松くんのお父様は笑みを浮かべた。両家の親同士の挨拶の際に、わたしと七松くんが同じ学び舎に通っていると知ったそうで、そこから親近感が沸いたらしい。
「ご息女様、うちの愚息が何かご迷惑をお掛けしていらっしゃるだろうか。幼い頃から、何かと手にかかる愚息だったもので、女性を相手とするなら丁重に接しろと何度も教えていたもので」
『いえ、とんでもございません。小平太さんは、学び舎に通う年の離れた子供達から慕われ、強さを求める為にと自己研鑽なされるお姿は、尊敬に値します』
くの一教室で身につけた、仮初の笑顔を浮かべながら話すと、七松くんの父上様は拍子抜けした様子を見せたが、すぐに笑顔を取り繕う。
「だそうだ、小平太」
「はい。○○さんから、そのように思われている事は大変喜ばしく思います。しかし、○○さんも礼儀作法等を身につけ、その所作はどれも美しいものです。恐れ多いながら、私には勿体ない位の良妻賢母になるだろうと思っております」
学園内で見かける、豪快で大雑把な七松くんとは異なり、背筋を伸ばして正座を崩す事も無く、すらすらと丁寧語でそのような言葉を述べていく姿は、同一人物なのかと一度は疑うだろう。
だが、わたしはその姿を見ても今は驚きもしない。過去に、食堂でおばちゃん特製のご飯を食べる際の所作が綺麗だと、同室のくのたまと話をした事があるのだから。
その後、話し合いは何事もなく進み終え、しばしの間は顔見知りの縁談相手同士で、一息ついて欲しいと気遣いを見せられ、わたしの両親と七松くんの御両親が席を外す。客室に残されたのは、わたしと七松くんの二人。
『七松くんの御実家、大きいんだね』
「弟妹達や一族の子達も住んでいるものだから、これ位の広さでないとな」
客室が屋内に設けられているこの母屋も、外見だけなら立派なものであると誰しもが思うに違いない。
『にしても、あんなにすらすらと言葉が出てくるなんて。練習でもしたの?」
「先程の発言は全て、私がその場で思った事をありのままに告げたのだが」
キョトンとしてから、ごく普通の事であると言わんばかりの表情に切り替える七松くんから、先述の発言に対しての恥ずかしさ等を微塵も感じさせない佇まいを感じさせられた。
「なぁ」
再び、七松くんに声を掛けられる。
「私に、茶を振舞ってくれよ」
快活な笑みを浮かべて、わたしにそのような頼み事を彼はしてきたのだ。
『今日は、そういった道具を持ってきてないよ』
「心配するな! 女中の方々に、茶道具を御用意して貰った!」
『そもそも、茶を振る舞うのは客人の方にするんだから、招待されたわたしが振る舞うのは違うよ。七松くんは袴を着ているから問題ないけど、わたしは小袖を着ているから、茶席の服装としては適していないの』
「そんな細かい事、私と○○しか居ないこの場では気にする事もないだろ。私がそう言ったのだから、月夜も何も気にするな」
今度は豪快に笑うと、七松家に仕える女中の方々が用意してくれた茶道具を渡された。
『本当は役割があるんだけど、今日はそれも無しで良い?』
「あぁ、無しで構わん。むしろ、ありのままで○○の点たてた茶を飲みたい」
用意してくれた湯で、まずは茶碗と茶筅を温める。一人分の抹茶と湯を茶碗に入れて注ぎ、茶筅で混ぜていく。細かい泡が立ち始め、抹茶と湯が混ざったのが分かれば、茶筅を抜き上げる。
「お点前、頂戴いたします」
茶を頂く前の挨拶を、慣れた様子で述べた七松くんは、左手に茶碗を乗せ、空いている右手を茶碗に添えた。茶碗を二回と決められた回数で回し、口につける。一気に飲み干す事はなく四回程、間隔を開けて茶を啜る。
飲み口に右手の人差し指と親指でぬぐい、これまた用意されていた懐紙で指を拭き取っていく。最後に右手でお茶碗を二回回して、わたしの元へと返却された。
「美味い!」
茶会の作法を一通り終えてから、わたしが点たてた茶の感想を満面の笑みで述べる。
「○○の点てた茶なら、いくらでも飲めるな」
『七松くんからそう言われて、嬉しいよ』
茶道具を片付け、女中の方々に何とお礼を言えばいいのかと考えていると、七松くんがわたしとの距離を縮めてきた。
「小平太と、呼んでくれないのか」
『えっ?』
「七松家に嫁入りするのなら、夫の名をいつまでも家の名で呼ぶのはおかしいだろ。それに、"七松くん"と言われたら、我が家に住む男達が皆、振り向く」
先程は、御両親も居る会合であったからと、そんな気持ちですらすらと言える事が出来た。
けれど、こうして改めて言うとなると、わたしはこれまでの癖で七松くんの事を下の名前で呼ぶ事に、気恥しさを感じてしまう。
「積み重ねだから、回数こなしていけば慣れていける。ほら、私の名を……」
そこまで言いかけると、七松くんは顔を横に向けて、閉じられている障子の向こうを気にし出す。それと同時に、障子の戸が小さく開かれると、七松くんとよく顔の似た小さな子達が姿を見せた。
(今のは、気配を察知したんだ)
忍者の卵として、着々と成長を遂げている七松くんは、遠方からの気配を察知する能力が下級生時代よりも機敏に働く様になったと嬉しそうに話してくれたのだ。
「兄上、入ってもいい?」
「おぉ、良いぞ。みんな入ってこい。我慢させていた分、お兄ちゃんがたーくさん可愛がってやるからなぁ」
その言葉が合図となり、七松くんの弟妹だという子達が客室に入ってくると、わたしと七松くんの周りにわらわらと集まる。
「兄上のお嫁さんっ」
小さな男の子と女の子が、目をキラキラと輝かせながら、わたしを見つめていた。
「そうだ、私のお嫁さんだぞ。もうちょっとしたら、お前達と一緒に暮らすんだから、仲良くな」
計七名の弟妹の子達の頭を順番に撫でて、笑顔を浮かべる。今の七松くんは、弟妹の子達にひだまりに寄す(この場合は、贈る)存在であると言えよう。
そしてそれは、わたしにも同様だ。普段の行動や性格から、盲目的になる事は決してないのだが、こうも光の様に眩しく輝いている姿を見せられると、盲目的にならざるを得ない強い力を感じる。
七松くんと共に生きていくのなら、わたしも七松くんの隣に立てる、恥じない人にならないと。
▽
「あら、おかえりなさい」
縁談を終えて、忍術学園へと帰ってきたわたしを同室の彼女が笑みを浮かべて、出迎えてくれた。一年の頃からの付き合いで、他者に誤解されやすい表情筋の事を理解してくれており、将来はくの一を志している強かな彼女。
「縁談の方は、上手くいったのかしら」
彼女の問いかけに、わたしは考え事をしていたせいで聴き逃してしまう。
『ごめん。ちょっと考え事していて、ちゃんと聞けなかった』
「もうっ、仕方ないわね。にしても、月夜が考え事なんて珍しいじゃない」
どことなく馬鹿にされている様な物言いだが、事実なので否定はしない。
『縁談の方は、上手くいったよ。向こうの御両親が気を遣って下さって、六年の進級前までは、学園生活を送ってくれて構わないって』
「そう……六年に進級した時には、貴女はもう居ないのね。寂しくなるわ」
『それで…、……わたし、その人の隣に立てていられる、恥ずかしいと思われない人になりたいって思ったの』
"その人"と暈したけれども、縁談前日に彼女からの励ましを受けた際、縁談の相手をこっそりと話していたので、誰であるのかは彼女も理解している。
「昔から、七松の事を尊敬しているものね」
『うん。だけど、今のわたしのままじゃ、七松くんの隣には立てないって、縁談の時に思って……だから、学園を去る日までに、七松くんの隣に立てて、相応しいと思われる人になろうって決めたの』
拳をぐっと握り締めて、同室の彼女に向けて宣言する。自分への尻叩きの様なもので、逃げ道を塞ぐ為にあえて、そのような行動へと移した。
「何をどうするのか、具体的に決めている訳?」
『基本的な礼儀作法、炊事家事、芸事、忍術の学び直し。必要最低限の体力作り。表情筋を解す』
最後の言葉を聞いた彼女は、ピクっと反応を示してから、目を丸くさせる。
▽
翌日、わたしは七松くんの同室である中在家くんの元へ訪ねた。そして、木々で日陰が出来ている樹木の下で、頭を下げている最中である。
『お願いします。わたしに、甘味物作りと忍術を改めて教えて下さい』
読書をしていた為に、書物を広げたままの中在家くんは、頭を下げているわたしに視線を向けているのだろうか。それとも、興味関心も無い為に無視を貫いているのか、分からない。
「……同室のくのたまでは、解決出来ない事なのか」
ようやく言葉を発したかと思えば、同室の彼女の名前を出された。
『彼女にも協力をお願いして、引き受けるって言ってくれた。くのたまの力だけじゃどうにもならない事があると考えた時に、同学年で知識が豊富な中在家くんが浮かんだの。それに、甘味物を作るのも得意でしょ』
「……何をして、そのような心変わりがあった」
『わたし、ある人の隣に立っても恥ずかしくない様な、その人に相応しい人になりたいって決めたの』
そう言ってから、またしても中在家くんの口から言葉が出なくなる。呆れられたのか、どうでもいいと思われたのか。
「……なら、頭を上げてくれ。このような姿で注目を浴びては、下級生から根も葉もない噂を共に立てられる」
頭を上げると、確かに下級生達がわたしと中在家くんを見て、ひそひそと何か話していた。
『あっ、何も無いよ。本当だよ』
変な噂を立てられない様にと、わたしは下級生達に向けて、表情筋が動かないまま、そう言ってのけた。
そしてこの時、わたしは知らなかった。中在家くんがどんな事を思っていたのか。
(……小平太が、月夜との縁談をする事になったと話していたから十中八九、"ある人"とは小平太に違いない)
◆四年生時代 後編
◆お題:「鼻先に目覚めのキスを」
同室の彼女と中在家くんからの協力が得られた事が確定したその日から、わたしの生活は一変した。
「ほら、頑張って」
『はぁ…、…っ……あと、何周?』
「まだ全然走ってないわよ。あと、三周半」
放課後の校庭にて、ランニング。
くの一を志す彼女は息を上げている様子は全く無く、それに対してわたしは、既に息が上がっている。行儀見習いとして、実技授業で手を抜いていたのが今となって襲いかかる。
(でも…、頑張らなきゃ)
拳を強く握り、隣で走る涼しい顔をした彼女をチラリと見てから、必死に前へと足を進めていく。
ある時は、忍術の勉強。
「……この本棚の忍術に関する書物を読み込めば、基礎は叩き込める」
図書委員会の委員としても活動している中在家くんから、図書室内に眠る忍術に関する書物の在り処を教えてもらう。どれも冊数がそれなりにあり、一日で読み込むのは不可能だ。
(それでも…、やってみよう)
ある時は、表情筋の解し。
親指の腹を使って、頬骨の下を解す。人差し指の腹を使って、耳の下を解す。両手の指の腹で、顔全体を解す。ひたすらに解した後は、両手の人差し指を口の端に当てて、口角を上げる。
『筋肉痛になりそう』
「どれだけ使ってない訳?」
『うーん。常の表情と言われたら、今までこれだったからなぁ』
仮初の笑顔は、本当に仮初そのもので意思も心も篭っていない。表情筋が機能しない性質により、山本シナ先生との数時間に及ぶ補習で得られた技だが、それともお別れしなくては。
ある時は、炊事家事の見直し。
食堂のおばちゃんに直談判して、調理の手伝いに入る。毎日入れる訳ではない為、継続して行えてはいない。そんな時は、夕飯時の自炊で積極的に取り組み、料理をする機会を設ける。洗濯は自分達で行う為、これは毎日行える。子守りのアルバイトを受けて、幼いやや子や幼子の相手に励んで、子供との触れ合いに慣れる。
(そういえば、やや子を上手くあやせなくて、七松くんが代わりにあやしてくれた事もあったっけなぁ。今となれば、少しずつ手慣れてきたから、回数をこなすのって大事だなぁ)
そんな生活を続けて、半年が経過した。
目覚めのいい早朝を迎えて、布団から体を起こし、伸びをする。隣で眠る同室の彼女は、慣れない外部実習で疲れが蓄積している様で、起きる気配は見られない。心地いい夢を見ている筈の彼女を起こさない様にと忍装束に着替え、くのたま長屋を出ていく。
外の空気は冷たく、朝特有のひんやりとした感覚にすっかりと慣れた。くのたま長屋から校庭へと向かうまで、ランニングに励もうと足を進める。そんな中、三つの人影が遠方にあるのを捉える。
(あれって……)
目を凝らして、誰なのかと思っていると、人影の内の一つがこちらに顔を向けてきた。
「おっ、○○じゃないか!」
七松くんだ。わたしを見つけるなり、溌剌とした笑みを浮かべて、ぶんぶんと大きく手を振る。その隣には、潮江くんと中在家くんの姿もあり、鍛錬仲間と称する三人組であると分かる。
「何だ。お前も早朝ランニングか」
『うん。最近、よくやってて』
潮江くんに声を掛けられ、足を止めたわたしはそう返答した。
「だったら、私達と一緒に走ろう! 体力もつくしな!」
『えっ』
思わず、声が出てしまった。
忍者としてどうあるべきかの意識が非常に強く、自らに高難度の課題を課す潮江くん、同年齢とは思えない筋肉質な体つきで、一番の鍛練好きとも言える中在家くん、有り余る体力に並外れた運動神経を持つ七松くんの三人に、半年前から七松くんの隣に立つに相応しい自分になりたいと思い立った自分が、追いつける筈がない。
「……小平太、○○の中でのペース配分がある。無理に、付き合わせようとしない方がいい」
「そうか? 回数こなした方が、慣れると思うがなぁ」
同室の中在家くんには甘い一面のある七松くんは、丸め込まれる形で納得していた。
『じゃあ、わたし行くね。三人も頑張って』
軽く手を挙げて、三人の元から去ろうとする。その時、潮江くんと七松くんの視界に入らない位置に立っていた中在家くんが、わたしに向けて親指を立てる動作をしたのだ。
(ぐっじょぶ)
口のみを動かして、声は発していない。手短にわたしの事を応援してくれたのだと分かると、わたしも親指を立てる。
(中在家くん…、ぐっじょぶっ)
その時、わたしの表情筋が機能した。頬が緩み、口角が少しだけ上がった様な気が。
▽
(七松視点)
○○との縁談は、良い方向で話が纏まった。
私の両親が、残り少ない学生生活を謳歌して欲しいと気遣いを見せてくれ、○○は六年の進級前まで忍術学園に在籍していいとの事。それ以降は、祝言前に婿方の家での生活に慣れて欲しいと、私の実家に身を置く形となる。
私も○○もこれといって、反対意見は無し。○○は分からないが、私は○○に対して友以上の思いを抱いているのだと縁談を通して、気がつけた。
○○が振舞ってくれた茶はとても美味く、そして茶を点てる所作は美しく、その姿の○○以外をいつまでも見ていたいと心から感じたのだ。
下の名前で呼んで欲しいと頼んだものの、可愛い弟妹達と遊ぶのに夢中となり、あの日以降も変わらず苗字で呼ばれている。
縁談を行った日から数日が経ち、校庭で座り込む○○を発見した。頬は赤く染まり、必死になって呼吸を整えている。
「○○!」
バレーボールを手にした状態で、○○に声を掛けて走り出していく。一瞬にして到着し、足元に座り込む○○が私を見上げていた。
『な、七松、くん』
「何してる」
『ちょっと…、ランニング』
珍しいなと思いつつ、○○と一緒に居られる口実でランニングをしようと誘おうとしたのだが、○○の横から、にゅいっと人影が現れた。
「残念、先客が居るの」
月夜の同室のくのたまだ。○○の腕を組み、私に見せつけてくる姿は、何だか腹ただしい。
「ほら、○○。ランニングの続き」
『ひえっ。じゃあね、七松くん』
私に別れの挨拶をしてから、同室のくのたまと共に○○はランニングへと行ってしまう。手にしていたバレーボールに力が籠り、数秒後には破裂音が校庭で響いたのだった。
ある日、小腹が空いたがの為に食堂へと足を運ぶ。食堂のおばちゃんに頼んで、おやつを頂こうかと入口を潜ると、食堂のおばちゃんは不在だった。
「……、………」
『あぁ、なるほど』
代わりに、調理場からボソボソとした長次の声と○○の声が聞こえる。どうして、あの二人が?
「長次、○○。お前達、そこで何してるんだ」
声を掛けると、割烹着を着用する二人が私の方へと振り向く。
「……小平太」
『七松くん、どうしたの?』
「食堂のおばちゃんから、おやつを頂こうかと思っていた。それより、お前達の方こそどうしたんだ」
私が問いかけると、○○はどこか口篭る様子を見せた。
「……ボーロ作りの手伝いを、月夜に頼んでいた」
○○の代わりと言わんばかりに、長次が私の問いに答える。
(何で○○は、私の問いに口篭ったんだ?)
またある日、返却期限の過ぎた本を返しにと図書室に赴いた。図書委員会所属の若王寺勘兵衛先輩と長次から詰められたものの、何とかなったので良しとしよう。
「ん?」
図書室内を見渡すと、机に伏している○○を発見した。気配を消して近づき、置かれている書物に目を向ける。
「"忍者の基礎"…、"忍術とは何か"…、何故、忍術の本ばかりが?」
○○は行儀見習いなのだから、忍術の勉強なんて必要最低限で済む筈。どういう事なのだろうか。
(……、………)
消していた気配を出現させて近づいても、○○は起きない。プロ忍者を志す者なら、この時点で気がついているから、○○は本当に、くの一に向いていない。
でも、今はそれが良い。だって、私の奥方になるのだから。くの一になっていたら、いつどこで命が尽きてもおかしくないし、死に目に会う事さえ出来ない。そう思えば、私の実家に身を置いて、私や弟妹達、一族の子達と暮らす方が、○○にとっても良いに違いない。
(○○、私の気配に気づけよ。このままだと、お前に口吸いしてしまうぞ)
頬に、熱が集まっていく。○○を見ていると、胸の高まりが激しくなる。本当に口吸いしてしまおうか。だって、私と○○は将来、夫婦になるのだから、許されるに違いない。
「……小平太、何をしている」
その時、気配を殺して私の背後に立っていた長次に驚き、○○の鼻先に自身の唇が当たる。
「ちょ、長次っ」
「……図書室では、静かに過ごす様にと散々、口にしていた筈だが」
不気味な笑いをし始め、図書室内で乱闘でもおっ始めるのかと思った矢先、○○が目を覚ました。それを見て、不気味な笑いを潜め、長次は常の表情へと戻る。
くそ、長次が気配を殺して近づいてきたせいで、鼻先に目覚めの口吸いをしてしまったではないか。
ある日の早朝。文次郎と長次と共に、校庭で朝の鍛錬に励んでいた。休憩していた所で、遠方からこちらに向かって走ってくるくのたまを発見し、それが月夜であると分かれば、顔が綻ぶ。
「おっ、○○じゃないか!」
大きく手を振ると、○○も私の存在に気がつき、こちらに向かって走ってくる。
「何だ。お前も早朝ランニングか」
『うん。最近、よくやってて』
文次郎と○○が会話をしていた中で、同室のくのたまが見当たらない事に気がついた。以前、一緒にランニングをしようと誘おうとしたが、彼女に阻まれた苦い経験がある。
「だったら、私達と一緒に走ろう! 体力もつくしな!」
『えっ』
先手を打つべく、私がそう提案すると、○○は無表情ながらも嫌悪の篭った声を発する。
「……小平太、○○の中でのペース配分がある。無理に、付き合わせようとしない方がいい」
すると、長次がそのような事を言ってきた。
「そうか? 回数こなした方が、慣れると思うがなぁ」
確かに私達と○○とでは、基礎体力も走る速度も桁違いの差がある。道中で倒られては、同室のくのたまに殴られると思い渋々、納得した。
『じゃあ、わたし行くね。三人も頑張って』
私達に向けて、軽く手を挙げた○○が再び、足を進めて走り出していく。そうだ、今度の休みは暇なのかと声を掛けよう。そう思って振り向いた時だった。
(……はっ?)
○○が、長次に向けて親指を上げる動作を見せていた。それだけなら良かったものの、頬が緩んで、口角が少しだけ上がり、動かない筈の表情筋が機能していたのだ。更には、長次を見る双眸には小さな輝きが見られる。私しか知らない筈の○○の姿を、私以外の前でも魅せられるなんて。
(……、…………どういう事だ)
◆五年生時代 前編
◆お題:「あなたが先に眠りにつくまで」
五年生に進級したばかりの時だった。
七松くんから、夜空を見ないかと誘われたのだ。平素の彼からは想像のつかない誘いに、物珍しさを感じたわたしは、特に断りはしない。
『じゃあ、行ってくるね』
「えぇ、楽しんでらっしゃい」
寝間着姿に着替えた同室に手を振ってから、少しだけ口角が上がる。くのたま長屋を出ていき、待ち合わせ場所の森林近くへと向かう。
(ここしばらく、自然と口角が上がる事が増えたなぁ。初対面の人に誤解される事も少なくなって、アルバイト先のやや子もよく笑ってくれる様になって、至れり尽くせりだ)
そんな事を考えていれば、待ち合わせ場所に到着し、既に七松くんの姿もあった。
『七松くん』
わたしが声を掛けるも、七松くんは平時の笑顔を見せず、彼の身に纏う雰囲気も異なると何となくだが察する。
「なぁ、○○。私に隠し事してるだろ」
凛々しい眉、筋の通った鼻筋、くりくりとした目、すっかりわたしよりも大きくなった背丈で真顔のまま、わたしを見下ろす七松くん。
『隠し事?』
「縁談が終わった後からだ。同室のくのたまと、長次とこそこそ何してる」
そうだ。七松くんと夫婦になるから、七松くんの隣に立つのに相応しいと思える人になりたいと毎日、色々な事を頑張っている事を本人には知らせていない。それを気にして、夜空を見たいと嘘をついてまで、わざわざ聞きたかったのか。
『実は、七松くんの隣に立てられる相応しい人になろうと、同室の子と中在家くんに協力して貰ってたんだ。御免なさい。七松くんには内緒にしていた事だから、心配かけちゃったみたい』
ここで嘘を突き通しても、野生の勘が鋭い七松くんにはいつか見破られてしまう。それなら、ありのままに正直と伝えてしまえばいい。常の無表情と機能しない表情筋はとうに消え、今は口角を上げて、笑みを浮かべていると誰もが分かる。
けれど、七松くんはその姿を見た途端に、激高して私の肩を掴み出す。突然の事で、訳が分からない。
「何故だ!?」
七松くんの驚きの声を聞いて、わたしは意味が分からない。どうして、そんなに驚くの。
『な、七松くんの隣に立てられる、相応しい人になろうとしてただけで、七松くんにとっても悪い事じゃ、』
「そんな事をしなくても、私が気にするものか! 変わろうとせずとも、私はありのままのお前を好いている! あの煌々と輝いている目は、もう私だけに向けてくれないのか!?」
『や、止めてっ。七松くん痛いっ!』
「口吸いの一つも、夫婦らしい事も、名前も呼ぶ事もしてくれない癖に、何が隣に立てる相応しい人だ!!」
ひゅっと、息の音がした。
そしてしばらくすると、七松くんは大きく目を見開き、掴んでいたわたしの肩から両手を離す。
『何で、そんな事言うの?』
見上げながら、わたしが問いかけても、七松くんは何も答えてくれない。
『……御免なさい。同室の子が、遅くまで外に居ると心配するから、今日は、帰るねっ』
悲の感情を抑え込む涙腺が決壊する前に、わたしは七松くんから背を向けて、くのたま長屋へと走り出す。後ろから足音は何も聞こえず、声もしない。忍者の卵だから気配を消しているのかと恐る恐る振り向くも、誰も居なかった。
くのたま長屋の敷地内に到着し、長屋へと戻る。眠っていると思われた同室の彼女は、わたしの足音が平時と異なるからと気になり、今さっき起きたのだと、布団から体を起こしていた状態で伝えられた。
「汗が凄いわよ。今の時間帯は、湯浴みも出来ないでしょうから、手拭いで我慢して頂戴」
全力疾走で走ったせいで、体中から汗が噴き出ていたわたしを見ても、彼女は落ち着いた態度を崩さず、手拭いを引き出しから取り出すと、わたしの元へ戻って来た。
忍装束を着ていたわたしは、上衣を脱ぎ、肩衣のみの姿へと変わる。首元や脇に伝う汗を優しい手つきで、手拭いで拭き取ってくれて、何だか安心する。
「……ねぇ、七松に何をされたの」
わたしの両肩に出来上がった青色の痣を見て、彼女の顔が強ばる。異性と会い、汗を噴き出して戻ってきたかと思えば、肩に痣が付いているとなれば、最悪の事態を考えてしまうのは無理ないのかもしれない。
「あいつ、こっちが下手に出ると思ったら、良い気になって、」
『違う』
彼女の言葉に被せる様にして言ってから、涙腺が決壊した。自分の意思で塞き止められず、ボロボロと涙が溢れてくる。
『違うの…っ』
「……何が違う訳?」
啜り泣くわたしの背中をそっと摩ってくれる彼女の手は、暖かくてとても優しかった。
『わたし、隣に立てられる相応しい人になろうって色々やっていたけど……、でも、ちゃんと彼の事を見ていなかった。彼を蔑ろにしていたの。まだちゃんとした口吸いも、した事ないの』
「へぇ、意外ね。他人を振り回すのがお得意な七松小平太が、好いた女性には、ちゃんと待てが出来るなんて」
『わたしが頑張って、隣に立てる人になろうとしていた事も、そんなの気にしていないって言ってたの。そんな事をしなくても、ありのままのわたしを好いてくれてたみたい』
「人が変わろうと努力する姿を凄いと言っていた貴女が同じ事をしだしたら、よりにもよって、七松が否定するなんて…言葉は選ばないけど、気分が悪いわ」
『……御免なさい、一個だけ嘘を付いた。ちゃんとした口吸いが出来てないの、わたしが彼に抱いている思いと、彼がわたしに抱いている思いが違うんじゃないかって思ったら、何だか怖くなって出来なかった。彼はわたしの事、ちゃんと好きなんだと思う。でも、わたしは尊敬とかの意味での好きだから、それで避けてたんだと今なら思う』
「……貴女の発言は一言一句、聞き逃していないから言わせて貰うわ。今は、もう別の物に変わっていると思うけど?」
彼女の言葉が引っかかり、ゆっくりと顔を上げてから、彼女と目が合う。
「ちゃんと七松に恋して、愛していると思うわよ。だって何とも思わない相手の為に、ここまで泣ける訳ないじゃない」
何かを慈しむ様に頬を撫でられ、少し擽ったい。彼の名前を口にしようとした時、先程の出来事が脳裏に過ぎりつつも、何とか言葉にしようと口を開く。
『小平太くんの前で、泣かなくて良かった』
解れた表情筋が働くと、頬が緩み、口角が上がった様な気がした。
「くの一お得意の涙で、七松なんか怯ませちゃえば良かったのに」
『わたしには、出来ないよ』
「本当、くの一に向いてないわね。でも、貴女のそういう所は良い所。無くさないで欲しい……それにね、貴女が誰かの為に必死に変わろうとした時間も努力も無駄じゃない。とても綺麗で、輝いていたわよ。貴女が先に眠りにつくまで、わたしが傍に居てあげるから」
『……ありがとう』
▽
翌日以降、五年生の忍たまの間で"ある事"が話題となっていると噂が入った。
"あの有り余る体力の持ち主の七松小平太が、溜息ばかりをついて元気が無い"
"いつもなら呆れる位に塹壕を掘り進めているのに、手を動かす速度が遅すぎて、ただの穴を掘っていた"
"いけいけどんどんという口癖を聞かない"
"同室の中在家長次から、頬を殴られたらしい"
(……これ、わたしのせいだ)
わたしと会ったあの夜の日から、小平太くんは平時とは全く異なる様子で、学園に居るという。
しかし、同室の彼女の気遣いから、授業以外をくのたま長屋で過ごす時間で増やしたり、小平太くんとの接触を出来る限り、避けてくれていた事もあってか、その姿をまだ目の当たりにはしていない。
「……○○」
くのたま長屋の付近でそんな考え事をしていると、背後から中在家くんに声を掛けられた。
『中在家くん。あのさ、小平太くんの事、』
「……その事で、私の方から折り入って話がある」
彼を下の名前で呼んだ事にピクリと反応を示したものの、平時の落ち着いた態度を崩す事はない。
「……小平太が無礼を働き、お前を傷つけてしまった事を詫びる」
中在家くんは、淡々とした口調でそう言ってから、わたしに向けて頭を下げてきたのだ。
『えぇ? あ、頭を上げてよ。それに謝るのも中在家くんじゃなくて、小平太くんがするべき事じゃない』
小平太くんの直属の先輩である、桜木清右衛門先輩の言葉を借りつつ、わたしは頭を上げて欲しいと言う。
「……あの日の夜、小平太は酷く後悔していると言わんばかりの面を見せて、長屋に戻って来た。月夜のこれまでの努力を否定する物言いをしたと、何とかくのたま長屋まで追いかけたが、山本シナ先生に言葉巧みに追い返されたと。小平太から、自分の頬に拳を入れて欲しいと頼まれたものだから、手加減する事もせず、拳を入れた。頬の怪我を、○○が気にする必要は無い」
珍しく長々と話をした中在家くんだったが、それよりも話の内容が濃密すぎるあまり、一回で咀嚼するには厳しい。
「……頬の怪我より、小平太に掴まれた肩の痛みの方が辛い筈だ」
肩を掴まれた事を指摘されるも、痣が出来ているとまでは口にしなかった。いや、同室で付き合いの長い中在家くんなら、怪力の持ち主である小平太くんに思いきり肩を掴まれたらどうなるのか、とうに理解しているのだろう。
「……文次郎達も、今の小平太の姿に驚き困惑し、どうすればいいのかお手上げという状態だ」
『…、……小平太くんって今、どこに居るのかな?』
わたしが問いかけると、どうやら裏山に足を運んでいるという。小平太くんは、精神的な不調でスランプに陥った際、裏山に足を運ぶ機会が多いと教えてくれた。
『わたし、小平太くんに謝ってくる』
「……それは、何に対しての謝罪だ」
『わたしが小平太くんの隣に立てる相応しい人になろうとしていた時、小平太くんの事を見ていなくて、蔑ろにしてしまった事。彼だけが悪いんじゃなくて、わたしにも非があった事を伝えたいの』
「……そうか」
小平太くんへの謝罪の理由を聞くと、中在家くんはそれだけ言い、反論も否定もしない。
「……小平太の居る場所は伝えるが、同室と共に向かった方が安全ではないか」
『ううん。あの子と一緒だと、もしかしたら喧嘩するかもしれないし……それに、わたしが一人で行って、ちゃんと向き合わないと駄目なんだ』
.
続編→兎は、獅子への思いを謳う 弍(七松小平太)
.
いけいけどんどんの七松小平太と、表情筋が死んでいる平和ボケの○○が結ばれるまでの話 後編
獅子は、兎に何を想う(七松小平太)の続編。
◆名前変換夢の為、名前入力を推奨。
◆一人称(夢主、七松)視点で進みます。
◆既存キャラの解釈違い(口調や性格)が出てくると思われますので予め、ご了承下さい。
夢主の簡単な設定
・行儀見習いで、忍術学園に入学した。
・現六年生と同い歳(六年生に対して、苗字呼び)。背丈は、同学年のくのたまの中では高い方。
・表情筋は死んでいるが、人並みの感情は持ち合わせており、自由気まま。
・甘味物を食べる・寝る事が好き。
・
◆四年生時代 中編
◆お題:「ひだまりに寄す」
◆四年生時代以降、モブである同室の彼女ちゃんの登場が増えます。必要最低限の出番に留めたつもりです。
名無し家と七松家の両家が集う会合の場は、婿(仮)側となる七松家と事前に取り決められていた。両家の親同士で顔合わせ・親族を交えた媒酌については、わたしと七松くんの知らぬ所で済ませている様だ。
「遠路はるばる、我が七松家にお越し頂き、感謝申し上げます」
七松くんのお父様が会合の挨拶をしたのを機に、父上も挨拶を交わし、手土産を渡す。
「しかし、うちの愚女とご子息様が同じ学び舎に通っていらっしゃるとは、これも何かのご縁でしょう」
父上の発言を聞いて、七松くんのお父様は笑みを浮かべた。両家の親同士の挨拶の際に、わたしと七松くんが同じ学び舎に通っていると知ったそうで、そこから親近感が沸いたらしい。
「ご息女様、うちの愚息が何かご迷惑をお掛けしていらっしゃるだろうか。幼い頃から、何かと手にかかる愚息だったもので、女性を相手とするなら丁重に接しろと何度も教えていたもので」
『いえ、とんでもございません。小平太さんは、学び舎に通う年の離れた子供達から慕われ、強さを求める為にと自己研鑽なされるお姿は、尊敬に値します』
くの一教室で身につけた、仮初の笑顔を浮かべながら話すと、七松くんの父上様は拍子抜けした様子を見せたが、すぐに笑顔を取り繕う。
「だそうだ、小平太」
「はい。○○さんから、そのように思われている事は大変喜ばしく思います。しかし、○○さんも礼儀作法等を身につけ、その所作はどれも美しいものです。恐れ多いながら、私には勿体ない位の良妻賢母になるだろうと思っております」
学園内で見かける、豪快で大雑把な七松くんとは異なり、背筋を伸ばして正座を崩す事も無く、すらすらと丁寧語でそのような言葉を述べていく姿は、同一人物なのかと一度は疑うだろう。
だが、わたしはその姿を見ても今は驚きもしない。過去に、食堂でおばちゃん特製のご飯を食べる際の所作が綺麗だと、同室のくのたまと話をした事があるのだから。
その後、話し合いは何事もなく進み終え、しばしの間は顔見知りの縁談相手同士で、一息ついて欲しいと気遣いを見せられ、わたしの両親と七松くんの御両親が席を外す。客室に残されたのは、わたしと七松くんの二人。
『七松くんの御実家、大きいんだね』
「弟妹達や一族の子達も住んでいるものだから、これ位の広さでないとな」
客室が屋内に設けられているこの母屋も、外見だけなら立派なものであると誰しもが思うに違いない。
『にしても、あんなにすらすらと言葉が出てくるなんて。練習でもしたの?」
「先程の発言は全て、私がその場で思った事をありのままに告げたのだが」
キョトンとしてから、ごく普通の事であると言わんばかりの表情に切り替える七松くんから、先述の発言に対しての恥ずかしさ等を微塵も感じさせない佇まいを感じさせられた。
「なぁ」
再び、七松くんに声を掛けられる。
「私に、茶を振舞ってくれよ」
快活な笑みを浮かべて、わたしにそのような頼み事を彼はしてきたのだ。
『今日は、そういった道具を持ってきてないよ』
「心配するな! 女中の方々に、茶道具を御用意して貰った!」
『そもそも、茶を振る舞うのは客人の方にするんだから、招待されたわたしが振る舞うのは違うよ。七松くんは袴を着ているから問題ないけど、わたしは小袖を着ているから、茶席の服装としては適していないの』
「そんな細かい事、私と○○しか居ないこの場では気にする事もないだろ。私がそう言ったのだから、月夜も何も気にするな」
今度は豪快に笑うと、七松家に仕える女中の方々が用意してくれた茶道具を渡された。
『本当は役割があるんだけど、今日はそれも無しで良い?』
「あぁ、無しで構わん。むしろ、ありのままで○○の点たてた茶を飲みたい」
用意してくれた湯で、まずは茶碗と茶筅を温める。一人分の抹茶と湯を茶碗に入れて注ぎ、茶筅で混ぜていく。細かい泡が立ち始め、抹茶と湯が混ざったのが分かれば、茶筅を抜き上げる。
「お点前、頂戴いたします」
茶を頂く前の挨拶を、慣れた様子で述べた七松くんは、左手に茶碗を乗せ、空いている右手を茶碗に添えた。茶碗を二回と決められた回数で回し、口につける。一気に飲み干す事はなく四回程、間隔を開けて茶を啜る。
飲み口に右手の人差し指と親指でぬぐい、これまた用意されていた懐紙で指を拭き取っていく。最後に右手でお茶碗を二回回して、わたしの元へと返却された。
「美味い!」
茶会の作法を一通り終えてから、わたしが点たてた茶の感想を満面の笑みで述べる。
「○○の点てた茶なら、いくらでも飲めるな」
『七松くんからそう言われて、嬉しいよ』
茶道具を片付け、女中の方々に何とお礼を言えばいいのかと考えていると、七松くんがわたしとの距離を縮めてきた。
「小平太と、呼んでくれないのか」
『えっ?』
「七松家に嫁入りするのなら、夫の名をいつまでも家の名で呼ぶのはおかしいだろ。それに、"七松くん"と言われたら、我が家に住む男達が皆、振り向く」
先程は、御両親も居る会合であったからと、そんな気持ちですらすらと言える事が出来た。
けれど、こうして改めて言うとなると、わたしはこれまでの癖で七松くんの事を下の名前で呼ぶ事に、気恥しさを感じてしまう。
「積み重ねだから、回数こなしていけば慣れていける。ほら、私の名を……」
そこまで言いかけると、七松くんは顔を横に向けて、閉じられている障子の向こうを気にし出す。それと同時に、障子の戸が小さく開かれると、七松くんとよく顔の似た小さな子達が姿を見せた。
(今のは、気配を察知したんだ)
忍者の卵として、着々と成長を遂げている七松くんは、遠方からの気配を察知する能力が下級生時代よりも機敏に働く様になったと嬉しそうに話してくれたのだ。
「兄上、入ってもいい?」
「おぉ、良いぞ。みんな入ってこい。我慢させていた分、お兄ちゃんがたーくさん可愛がってやるからなぁ」
その言葉が合図となり、七松くんの弟妹だという子達が客室に入ってくると、わたしと七松くんの周りにわらわらと集まる。
「兄上のお嫁さんっ」
小さな男の子と女の子が、目をキラキラと輝かせながら、わたしを見つめていた。
「そうだ、私のお嫁さんだぞ。もうちょっとしたら、お前達と一緒に暮らすんだから、仲良くな」
計七名の弟妹の子達の頭を順番に撫でて、笑顔を浮かべる。今の七松くんは、弟妹の子達にひだまりに寄す(この場合は、贈る)存在であると言えよう。
そしてそれは、わたしにも同様だ。普段の行動や性格から、盲目的になる事は決してないのだが、こうも光の様に眩しく輝いている姿を見せられると、盲目的にならざるを得ない強い力を感じる。
七松くんと共に生きていくのなら、わたしも七松くんの隣に立てる、恥じない人にならないと。
▽
「あら、おかえりなさい」
縁談を終えて、忍術学園へと帰ってきたわたしを同室の彼女が笑みを浮かべて、出迎えてくれた。一年の頃からの付き合いで、他者に誤解されやすい表情筋の事を理解してくれており、将来はくの一を志している強かな彼女。
「縁談の方は、上手くいったのかしら」
彼女の問いかけに、わたしは考え事をしていたせいで聴き逃してしまう。
『ごめん。ちょっと考え事していて、ちゃんと聞けなかった』
「もうっ、仕方ないわね。にしても、月夜が考え事なんて珍しいじゃない」
どことなく馬鹿にされている様な物言いだが、事実なので否定はしない。
『縁談の方は、上手くいったよ。向こうの御両親が気を遣って下さって、六年の進級前までは、学園生活を送ってくれて構わないって』
「そう……六年に進級した時には、貴女はもう居ないのね。寂しくなるわ」
『それで…、……わたし、その人の隣に立てていられる、恥ずかしいと思われない人になりたいって思ったの』
"その人"と暈したけれども、縁談前日に彼女からの励ましを受けた際、縁談の相手をこっそりと話していたので、誰であるのかは彼女も理解している。
「昔から、七松の事を尊敬しているものね」
『うん。だけど、今のわたしのままじゃ、七松くんの隣には立てないって、縁談の時に思って……だから、学園を去る日までに、七松くんの隣に立てて、相応しいと思われる人になろうって決めたの』
拳をぐっと握り締めて、同室の彼女に向けて宣言する。自分への尻叩きの様なもので、逃げ道を塞ぐ為にあえて、そのような行動へと移した。
「何をどうするのか、具体的に決めている訳?」
『基本的な礼儀作法、炊事家事、芸事、忍術の学び直し。必要最低限の体力作り。表情筋を解す』
最後の言葉を聞いた彼女は、ピクっと反応を示してから、目を丸くさせる。
▽
翌日、わたしは七松くんの同室である中在家くんの元へ訪ねた。そして、木々で日陰が出来ている樹木の下で、頭を下げている最中である。
『お願いします。わたしに、甘味物作りと忍術を改めて教えて下さい』
読書をしていた為に、書物を広げたままの中在家くんは、頭を下げているわたしに視線を向けているのだろうか。それとも、興味関心も無い為に無視を貫いているのか、分からない。
「……同室のくのたまでは、解決出来ない事なのか」
ようやく言葉を発したかと思えば、同室の彼女の名前を出された。
『彼女にも協力をお願いして、引き受けるって言ってくれた。くのたまの力だけじゃどうにもならない事があると考えた時に、同学年で知識が豊富な中在家くんが浮かんだの。それに、甘味物を作るのも得意でしょ』
「……何をして、そのような心変わりがあった」
『わたし、ある人の隣に立っても恥ずかしくない様な、その人に相応しい人になりたいって決めたの』
そう言ってから、またしても中在家くんの口から言葉が出なくなる。呆れられたのか、どうでもいいと思われたのか。
「……なら、頭を上げてくれ。このような姿で注目を浴びては、下級生から根も葉もない噂を共に立てられる」
頭を上げると、確かに下級生達がわたしと中在家くんを見て、ひそひそと何か話していた。
『あっ、何も無いよ。本当だよ』
変な噂を立てられない様にと、わたしは下級生達に向けて、表情筋が動かないまま、そう言ってのけた。
そしてこの時、わたしは知らなかった。中在家くんがどんな事を思っていたのか。
(……小平太が、月夜との縁談をする事になったと話していたから十中八九、"ある人"とは小平太に違いない)
◆四年生時代 後編
◆お題:「鼻先に目覚めのキスを」
同室の彼女と中在家くんからの協力が得られた事が確定したその日から、わたしの生活は一変した。
「ほら、頑張って」
『はぁ…、…っ……あと、何周?』
「まだ全然走ってないわよ。あと、三周半」
放課後の校庭にて、ランニング。
くの一を志す彼女は息を上げている様子は全く無く、それに対してわたしは、既に息が上がっている。行儀見習いとして、実技授業で手を抜いていたのが今となって襲いかかる。
(でも…、頑張らなきゃ)
拳を強く握り、隣で走る涼しい顔をした彼女をチラリと見てから、必死に前へと足を進めていく。
ある時は、忍術の勉強。
「……この本棚の忍術に関する書物を読み込めば、基礎は叩き込める」
図書委員会の委員としても活動している中在家くんから、図書室内に眠る忍術に関する書物の在り処を教えてもらう。どれも冊数がそれなりにあり、一日で読み込むのは不可能だ。
(それでも…、やってみよう)
ある時は、表情筋の解し。
親指の腹を使って、頬骨の下を解す。人差し指の腹を使って、耳の下を解す。両手の指の腹で、顔全体を解す。ひたすらに解した後は、両手の人差し指を口の端に当てて、口角を上げる。
『筋肉痛になりそう』
「どれだけ使ってない訳?」
『うーん。常の表情と言われたら、今までこれだったからなぁ』
仮初の笑顔は、本当に仮初そのもので意思も心も篭っていない。表情筋が機能しない性質により、山本シナ先生との数時間に及ぶ補習で得られた技だが、それともお別れしなくては。
ある時は、炊事家事の見直し。
食堂のおばちゃんに直談判して、調理の手伝いに入る。毎日入れる訳ではない為、継続して行えてはいない。そんな時は、夕飯時の自炊で積極的に取り組み、料理をする機会を設ける。洗濯は自分達で行う為、これは毎日行える。子守りのアルバイトを受けて、幼いやや子や幼子の相手に励んで、子供との触れ合いに慣れる。
(そういえば、やや子を上手くあやせなくて、七松くんが代わりにあやしてくれた事もあったっけなぁ。今となれば、少しずつ手慣れてきたから、回数をこなすのって大事だなぁ)
そんな生活を続けて、半年が経過した。
目覚めのいい早朝を迎えて、布団から体を起こし、伸びをする。隣で眠る同室の彼女は、慣れない外部実習で疲れが蓄積している様で、起きる気配は見られない。心地いい夢を見ている筈の彼女を起こさない様にと忍装束に着替え、くのたま長屋を出ていく。
外の空気は冷たく、朝特有のひんやりとした感覚にすっかりと慣れた。くのたま長屋から校庭へと向かうまで、ランニングに励もうと足を進める。そんな中、三つの人影が遠方にあるのを捉える。
(あれって……)
目を凝らして、誰なのかと思っていると、人影の内の一つがこちらに顔を向けてきた。
「おっ、○○じゃないか!」
七松くんだ。わたしを見つけるなり、溌剌とした笑みを浮かべて、ぶんぶんと大きく手を振る。その隣には、潮江くんと中在家くんの姿もあり、鍛錬仲間と称する三人組であると分かる。
「何だ。お前も早朝ランニングか」
『うん。最近、よくやってて』
潮江くんに声を掛けられ、足を止めたわたしはそう返答した。
「だったら、私達と一緒に走ろう! 体力もつくしな!」
『えっ』
思わず、声が出てしまった。
忍者としてどうあるべきかの意識が非常に強く、自らに高難度の課題を課す潮江くん、同年齢とは思えない筋肉質な体つきで、一番の鍛練好きとも言える中在家くん、有り余る体力に並外れた運動神経を持つ七松くんの三人に、半年前から七松くんの隣に立つに相応しい自分になりたいと思い立った自分が、追いつける筈がない。
「……小平太、○○の中でのペース配分がある。無理に、付き合わせようとしない方がいい」
「そうか? 回数こなした方が、慣れると思うがなぁ」
同室の中在家くんには甘い一面のある七松くんは、丸め込まれる形で納得していた。
『じゃあ、わたし行くね。三人も頑張って』
軽く手を挙げて、三人の元から去ろうとする。その時、潮江くんと七松くんの視界に入らない位置に立っていた中在家くんが、わたしに向けて親指を立てる動作をしたのだ。
(ぐっじょぶ)
口のみを動かして、声は発していない。手短にわたしの事を応援してくれたのだと分かると、わたしも親指を立てる。
(中在家くん…、ぐっじょぶっ)
その時、わたしの表情筋が機能した。頬が緩み、口角が少しだけ上がった様な気が。
▽
(七松視点)
○○との縁談は、良い方向で話が纏まった。
私の両親が、残り少ない学生生活を謳歌して欲しいと気遣いを見せてくれ、○○は六年の進級前まで忍術学園に在籍していいとの事。それ以降は、祝言前に婿方の家での生活に慣れて欲しいと、私の実家に身を置く形となる。
私も○○もこれといって、反対意見は無し。○○は分からないが、私は○○に対して友以上の思いを抱いているのだと縁談を通して、気がつけた。
○○が振舞ってくれた茶はとても美味く、そして茶を点てる所作は美しく、その姿の○○以外をいつまでも見ていたいと心から感じたのだ。
下の名前で呼んで欲しいと頼んだものの、可愛い弟妹達と遊ぶのに夢中となり、あの日以降も変わらず苗字で呼ばれている。
縁談を行った日から数日が経ち、校庭で座り込む○○を発見した。頬は赤く染まり、必死になって呼吸を整えている。
「○○!」
バレーボールを手にした状態で、○○に声を掛けて走り出していく。一瞬にして到着し、足元に座り込む○○が私を見上げていた。
『な、七松、くん』
「何してる」
『ちょっと…、ランニング』
珍しいなと思いつつ、○○と一緒に居られる口実でランニングをしようと誘おうとしたのだが、○○の横から、にゅいっと人影が現れた。
「残念、先客が居るの」
月夜の同室のくのたまだ。○○の腕を組み、私に見せつけてくる姿は、何だか腹ただしい。
「ほら、○○。ランニングの続き」
『ひえっ。じゃあね、七松くん』
私に別れの挨拶をしてから、同室のくのたまと共に○○はランニングへと行ってしまう。手にしていたバレーボールに力が籠り、数秒後には破裂音が校庭で響いたのだった。
ある日、小腹が空いたがの為に食堂へと足を運ぶ。食堂のおばちゃんに頼んで、おやつを頂こうかと入口を潜ると、食堂のおばちゃんは不在だった。
「……、………」
『あぁ、なるほど』
代わりに、調理場からボソボソとした長次の声と○○の声が聞こえる。どうして、あの二人が?
「長次、○○。お前達、そこで何してるんだ」
声を掛けると、割烹着を着用する二人が私の方へと振り向く。
「……小平太」
『七松くん、どうしたの?』
「食堂のおばちゃんから、おやつを頂こうかと思っていた。それより、お前達の方こそどうしたんだ」
私が問いかけると、○○はどこか口篭る様子を見せた。
「……ボーロ作りの手伝いを、月夜に頼んでいた」
○○の代わりと言わんばかりに、長次が私の問いに答える。
(何で○○は、私の問いに口篭ったんだ?)
またある日、返却期限の過ぎた本を返しにと図書室に赴いた。図書委員会所属の若王寺勘兵衛先輩と長次から詰められたものの、何とかなったので良しとしよう。
「ん?」
図書室内を見渡すと、机に伏している○○を発見した。気配を消して近づき、置かれている書物に目を向ける。
「"忍者の基礎"…、"忍術とは何か"…、何故、忍術の本ばかりが?」
○○は行儀見習いなのだから、忍術の勉強なんて必要最低限で済む筈。どういう事なのだろうか。
(……、………)
消していた気配を出現させて近づいても、○○は起きない。プロ忍者を志す者なら、この時点で気がついているから、○○は本当に、くの一に向いていない。
でも、今はそれが良い。だって、私の奥方になるのだから。くの一になっていたら、いつどこで命が尽きてもおかしくないし、死に目に会う事さえ出来ない。そう思えば、私の実家に身を置いて、私や弟妹達、一族の子達と暮らす方が、○○にとっても良いに違いない。
(○○、私の気配に気づけよ。このままだと、お前に口吸いしてしまうぞ)
頬に、熱が集まっていく。○○を見ていると、胸の高まりが激しくなる。本当に口吸いしてしまおうか。だって、私と○○は将来、夫婦になるのだから、許されるに違いない。
「……小平太、何をしている」
その時、気配を殺して私の背後に立っていた長次に驚き、○○の鼻先に自身の唇が当たる。
「ちょ、長次っ」
「……図書室では、静かに過ごす様にと散々、口にしていた筈だが」
不気味な笑いをし始め、図書室内で乱闘でもおっ始めるのかと思った矢先、○○が目を覚ました。それを見て、不気味な笑いを潜め、長次は常の表情へと戻る。
くそ、長次が気配を殺して近づいてきたせいで、鼻先に目覚めの口吸いをしてしまったではないか。
ある日の早朝。文次郎と長次と共に、校庭で朝の鍛錬に励んでいた。休憩していた所で、遠方からこちらに向かって走ってくるくのたまを発見し、それが月夜であると分かれば、顔が綻ぶ。
「おっ、○○じゃないか!」
大きく手を振ると、○○も私の存在に気がつき、こちらに向かって走ってくる。
「何だ。お前も早朝ランニングか」
『うん。最近、よくやってて』
文次郎と○○が会話をしていた中で、同室のくのたまが見当たらない事に気がついた。以前、一緒にランニングをしようと誘おうとしたが、彼女に阻まれた苦い経験がある。
「だったら、私達と一緒に走ろう! 体力もつくしな!」
『えっ』
先手を打つべく、私がそう提案すると、○○は無表情ながらも嫌悪の篭った声を発する。
「……小平太、○○の中でのペース配分がある。無理に、付き合わせようとしない方がいい」
すると、長次がそのような事を言ってきた。
「そうか? 回数こなした方が、慣れると思うがなぁ」
確かに私達と○○とでは、基礎体力も走る速度も桁違いの差がある。道中で倒られては、同室のくのたまに殴られると思い渋々、納得した。
『じゃあ、わたし行くね。三人も頑張って』
私達に向けて、軽く手を挙げた○○が再び、足を進めて走り出していく。そうだ、今度の休みは暇なのかと声を掛けよう。そう思って振り向いた時だった。
(……はっ?)
○○が、長次に向けて親指を上げる動作を見せていた。それだけなら良かったものの、頬が緩んで、口角が少しだけ上がり、動かない筈の表情筋が機能していたのだ。更には、長次を見る双眸には小さな輝きが見られる。私しか知らない筈の○○の姿を、私以外の前でも魅せられるなんて。
(……、…………どういう事だ)
◆五年生時代 前編
◆お題:「あなたが先に眠りにつくまで」
五年生に進級したばかりの時だった。
七松くんから、夜空を見ないかと誘われたのだ。平素の彼からは想像のつかない誘いに、物珍しさを感じたわたしは、特に断りはしない。
『じゃあ、行ってくるね』
「えぇ、楽しんでらっしゃい」
寝間着姿に着替えた同室に手を振ってから、少しだけ口角が上がる。くのたま長屋を出ていき、待ち合わせ場所の森林近くへと向かう。
(ここしばらく、自然と口角が上がる事が増えたなぁ。初対面の人に誤解される事も少なくなって、アルバイト先のやや子もよく笑ってくれる様になって、至れり尽くせりだ)
そんな事を考えていれば、待ち合わせ場所に到着し、既に七松くんの姿もあった。
『七松くん』
わたしが声を掛けるも、七松くんは平時の笑顔を見せず、彼の身に纏う雰囲気も異なると何となくだが察する。
「なぁ、○○。私に隠し事してるだろ」
凛々しい眉、筋の通った鼻筋、くりくりとした目、すっかりわたしよりも大きくなった背丈で真顔のまま、わたしを見下ろす七松くん。
『隠し事?』
「縁談が終わった後からだ。同室のくのたまと、長次とこそこそ何してる」
そうだ。七松くんと夫婦になるから、七松くんの隣に立つのに相応しいと思える人になりたいと毎日、色々な事を頑張っている事を本人には知らせていない。それを気にして、夜空を見たいと嘘をついてまで、わざわざ聞きたかったのか。
『実は、七松くんの隣に立てられる相応しい人になろうと、同室の子と中在家くんに協力して貰ってたんだ。御免なさい。七松くんには内緒にしていた事だから、心配かけちゃったみたい』
ここで嘘を突き通しても、野生の勘が鋭い七松くんにはいつか見破られてしまう。それなら、ありのままに正直と伝えてしまえばいい。常の無表情と機能しない表情筋はとうに消え、今は口角を上げて、笑みを浮かべていると誰もが分かる。
けれど、七松くんはその姿を見た途端に、激高して私の肩を掴み出す。突然の事で、訳が分からない。
「何故だ!?」
七松くんの驚きの声を聞いて、わたしは意味が分からない。どうして、そんなに驚くの。
『な、七松くんの隣に立てられる、相応しい人になろうとしてただけで、七松くんにとっても悪い事じゃ、』
「そんな事をしなくても、私が気にするものか! 変わろうとせずとも、私はありのままのお前を好いている! あの煌々と輝いている目は、もう私だけに向けてくれないのか!?」
『や、止めてっ。七松くん痛いっ!』
「口吸いの一つも、夫婦らしい事も、名前も呼ぶ事もしてくれない癖に、何が隣に立てる相応しい人だ!!」
ひゅっと、息の音がした。
そしてしばらくすると、七松くんは大きく目を見開き、掴んでいたわたしの肩から両手を離す。
『何で、そんな事言うの?』
見上げながら、わたしが問いかけても、七松くんは何も答えてくれない。
『……御免なさい。同室の子が、遅くまで外に居ると心配するから、今日は、帰るねっ』
悲の感情を抑え込む涙腺が決壊する前に、わたしは七松くんから背を向けて、くのたま長屋へと走り出す。後ろから足音は何も聞こえず、声もしない。忍者の卵だから気配を消しているのかと恐る恐る振り向くも、誰も居なかった。
くのたま長屋の敷地内に到着し、長屋へと戻る。眠っていると思われた同室の彼女は、わたしの足音が平時と異なるからと気になり、今さっき起きたのだと、布団から体を起こしていた状態で伝えられた。
「汗が凄いわよ。今の時間帯は、湯浴みも出来ないでしょうから、手拭いで我慢して頂戴」
全力疾走で走ったせいで、体中から汗が噴き出ていたわたしを見ても、彼女は落ち着いた態度を崩さず、手拭いを引き出しから取り出すと、わたしの元へ戻って来た。
忍装束を着ていたわたしは、上衣を脱ぎ、肩衣のみの姿へと変わる。首元や脇に伝う汗を優しい手つきで、手拭いで拭き取ってくれて、何だか安心する。
「……ねぇ、七松に何をされたの」
わたしの両肩に出来上がった青色の痣を見て、彼女の顔が強ばる。異性と会い、汗を噴き出して戻ってきたかと思えば、肩に痣が付いているとなれば、最悪の事態を考えてしまうのは無理ないのかもしれない。
「あいつ、こっちが下手に出ると思ったら、良い気になって、」
『違う』
彼女の言葉に被せる様にして言ってから、涙腺が決壊した。自分の意思で塞き止められず、ボロボロと涙が溢れてくる。
『違うの…っ』
「……何が違う訳?」
啜り泣くわたしの背中をそっと摩ってくれる彼女の手は、暖かくてとても優しかった。
『わたし、隣に立てられる相応しい人になろうって色々やっていたけど……、でも、ちゃんと彼の事を見ていなかった。彼を蔑ろにしていたの。まだちゃんとした口吸いも、した事ないの』
「へぇ、意外ね。他人を振り回すのがお得意な七松小平太が、好いた女性には、ちゃんと待てが出来るなんて」
『わたしが頑張って、隣に立てる人になろうとしていた事も、そんなの気にしていないって言ってたの。そんな事をしなくても、ありのままのわたしを好いてくれてたみたい』
「人が変わろうと努力する姿を凄いと言っていた貴女が同じ事をしだしたら、よりにもよって、七松が否定するなんて…言葉は選ばないけど、気分が悪いわ」
『……御免なさい、一個だけ嘘を付いた。ちゃんとした口吸いが出来てないの、わたしが彼に抱いている思いと、彼がわたしに抱いている思いが違うんじゃないかって思ったら、何だか怖くなって出来なかった。彼はわたしの事、ちゃんと好きなんだと思う。でも、わたしは尊敬とかの意味での好きだから、それで避けてたんだと今なら思う』
「……貴女の発言は一言一句、聞き逃していないから言わせて貰うわ。今は、もう別の物に変わっていると思うけど?」
彼女の言葉が引っかかり、ゆっくりと顔を上げてから、彼女と目が合う。
「ちゃんと七松に恋して、愛していると思うわよ。だって何とも思わない相手の為に、ここまで泣ける訳ないじゃない」
何かを慈しむ様に頬を撫でられ、少し擽ったい。彼の名前を口にしようとした時、先程の出来事が脳裏に過ぎりつつも、何とか言葉にしようと口を開く。
『小平太くんの前で、泣かなくて良かった』
解れた表情筋が働くと、頬が緩み、口角が上がった様な気がした。
「くの一お得意の涙で、七松なんか怯ませちゃえば良かったのに」
『わたしには、出来ないよ』
「本当、くの一に向いてないわね。でも、貴女のそういう所は良い所。無くさないで欲しい……それにね、貴女が誰かの為に必死に変わろうとした時間も努力も無駄じゃない。とても綺麗で、輝いていたわよ。貴女が先に眠りにつくまで、わたしが傍に居てあげるから」
『……ありがとう』
▽
翌日以降、五年生の忍たまの間で"ある事"が話題となっていると噂が入った。
"あの有り余る体力の持ち主の七松小平太が、溜息ばかりをついて元気が無い"
"いつもなら呆れる位に塹壕を掘り進めているのに、手を動かす速度が遅すぎて、ただの穴を掘っていた"
"いけいけどんどんという口癖を聞かない"
"同室の中在家長次から、頬を殴られたらしい"
(……これ、わたしのせいだ)
わたしと会ったあの夜の日から、小平太くんは平時とは全く異なる様子で、学園に居るという。
しかし、同室の彼女の気遣いから、授業以外をくのたま長屋で過ごす時間で増やしたり、小平太くんとの接触を出来る限り、避けてくれていた事もあってか、その姿をまだ目の当たりにはしていない。
「……○○」
くのたま長屋の付近でそんな考え事をしていると、背後から中在家くんに声を掛けられた。
『中在家くん。あのさ、小平太くんの事、』
「……その事で、私の方から折り入って話がある」
彼を下の名前で呼んだ事にピクリと反応を示したものの、平時の落ち着いた態度を崩す事はない。
「……小平太が無礼を働き、お前を傷つけてしまった事を詫びる」
中在家くんは、淡々とした口調でそう言ってから、わたしに向けて頭を下げてきたのだ。
『えぇ? あ、頭を上げてよ。それに謝るのも中在家くんじゃなくて、小平太くんがするべき事じゃない』
小平太くんの直属の先輩である、桜木清右衛門先輩の言葉を借りつつ、わたしは頭を上げて欲しいと言う。
「……あの日の夜、小平太は酷く後悔していると言わんばかりの面を見せて、長屋に戻って来た。月夜のこれまでの努力を否定する物言いをしたと、何とかくのたま長屋まで追いかけたが、山本シナ先生に言葉巧みに追い返されたと。小平太から、自分の頬に拳を入れて欲しいと頼まれたものだから、手加減する事もせず、拳を入れた。頬の怪我を、○○が気にする必要は無い」
珍しく長々と話をした中在家くんだったが、それよりも話の内容が濃密すぎるあまり、一回で咀嚼するには厳しい。
「……頬の怪我より、小平太に掴まれた肩の痛みの方が辛い筈だ」
肩を掴まれた事を指摘されるも、痣が出来ているとまでは口にしなかった。いや、同室で付き合いの長い中在家くんなら、怪力の持ち主である小平太くんに思いきり肩を掴まれたらどうなるのか、とうに理解しているのだろう。
「……文次郎達も、今の小平太の姿に驚き困惑し、どうすればいいのかお手上げという状態だ」
『…、……小平太くんって今、どこに居るのかな?』
わたしが問いかけると、どうやら裏山に足を運んでいるという。小平太くんは、精神的な不調でスランプに陥った際、裏山に足を運ぶ機会が多いと教えてくれた。
『わたし、小平太くんに謝ってくる』
「……それは、何に対しての謝罪だ」
『わたしが小平太くんの隣に立てる相応しい人になろうとしていた時、小平太くんの事を見ていなくて、蔑ろにしてしまった事。彼だけが悪いんじゃなくて、わたしにも非があった事を伝えたいの』
「……そうか」
小平太くんへの謝罪の理由を聞くと、中在家くんはそれだけ言い、反論も否定もしない。
「……小平太の居る場所は伝えるが、同室と共に向かった方が安全ではないか」
『ううん。あの子と一緒だと、もしかしたら喧嘩するかもしれないし……それに、わたしが一人で行って、ちゃんと向き合わないと駄目なんだ』
.
続編→兎は、獅子への思いを謳う 弍(七松小平太)
.
