短編
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原作版 七松小平太×女夢主
いけいけどんどんの七松小平太と、表情筋が死んでいる平和ボケの○○が結ばれるまでの話 前編
◆名前変換夢の為、名前入力を推奨。
◆一人称(夢主、七松)視点で進みます。
◆既存キャラの解釈違い(口調や性格)が出てくると思われますので予め、ご了承下さい。
◆お題配布元:白鉛筆様
→https://nanos.jp/pencilwhite/
夢主の簡単な設定
・行儀見習いで、忍術学園に入学した。
・現六年生と同い歳(六年生に対して、苗字呼び)。背丈は、同学年のくのたまの中では高い方。
・表情筋は死んでいるが、人並みの感情は持ち合わせており、自由気まま。
・甘味物を食べる・寝る事が好き。
・
◆一年生時代
◆お題:「従順な嘘吐き」
同学年の忍たま達が、くの一教室の見学に来ると、山本シナ先生から知らせを受けた。
障子の隙間から、敷地内に足を踏み入れる忍たま達の姿が覗き見して、誰がどの子と一緒に居るやら、遊ぶやらと話始めるも、そこには嘲笑も含まれている。
「○○は、誰にするの」
同室に声を掛けられ、障子の隙間を覗く。忍たまの塊の中で一際目立つ、ボサボサで整っていない赤茶色の総髪に、屈託のない笑顔を同胞に向ける男の子が気になり、その子を指す。
『こんにちは。えっと、七松小平太くんだっけ』
見学時間となり、わたしは七松くんの元へ向かった。強い意志を象徴とする眉は皺を寄せ、くりくりとした丸い目はわたしから逸れる事もなく、ジッと見つめてくる。
「名は、何と申す?」
『同い歳だから、敬語とかは別に使わなくていいよ』
それに続いて、自身の名前を七松くんに告げていく。
「私と同じ位の背丈だったものだから、てっきり歳上かと思ったぞ。お前と同じ組のくのたまは皆、お前より背丈が低かった」
『うん。皆より、背は高い方なんだ』
くの一教室の一年生の中で比較的、わたしは背丈の大きい方に当てはまる。忍たまの塊の中で七松くんが一際目立つと思ったのには、背丈が大きいからという些細な理由があった。
『でも、七松くんも忍たまの中では、背丈が大きい方じゃないの?』
「仲のいい連中だったら、私と長次が背丈の大きい方だ」
"長次"と呼ばれる子が誰なのか、忍たまとまだ面識の少ないわたしには分からない。
「同室相手だ。よく笑って、優しい奴」
あまりにも簡潔な説明だったが、その子の事を話す七松くんは嬉しそうで、入学して間もないのに、もうそんなに慕っているんだと理解した。
「くの一になりたくて、忍術学園に入学したのか?」
『ううん、行儀見習い。くのたまは、行儀見習いで入学している子の方が多いよ』
将来、くの一として活躍する事を夢見る子も居るが、人脈作りは勿論、来たる縁談の知らせを受ける日まで、行儀見習いとして過ごす子も居る。七松くんにも説明したが、わたしは後者に当てはまる。
『ねぇ七松くん、甘味物って好き?』
「美味いものなら、何でも食べる」
"甘味物"と単語を聞いた七松くんは、途端に目の色を変えて、ニコニコと笑顔を見せてきた。用意していた包みを取り出し、解いていき、饅頭を見せる。
「美味そうだな」
『小豆餡が入ってるよ』
変わらず笑顔を浮かべて、饅頭を手にすると、口を開けて頬張っていく。もぐもぐと何回か咀嚼してから、頬が蕩け落ちるかと思いきや、「ん?」と声を出して、苦い顔を見せる。
そして次の瞬間、七松くんの口内から小さな爆発音が響く。黒い煙を吐き出し、何事かと困惑している七松くんの背後に回り、足を上げた。
『えいっ』
軽い口調とは裏腹に、思いきり七松くんの背中を蹴り上げる。地面に転ぶかとお思いだろうが、残念ながら七松くんはわたしの蹴りによって、池に突き落とされていく。
「ぷは…っ、いきなり何をする!」
水面から顔を見せた七松くんは、この状況が理解出来ていない様で、怒りの表情をわたしに向けてきた。
『女子だからって、甘く見ちゃ駄目だよ』
それだけ言って、わたしは七松くんの元から去っていき、長屋へと帰る。
今回のくの一教室の見学には、忍たま達にくの一の恐ろしさを思い知らせる目的があり、毎年行われる通過儀礼だという。わたしが長屋に帰るまでの間、同学年のくのたまから酷い目に遭わされた忍たまを見かけ、哀れだと思った。かくいうわたしも、七松くんを酷い目に遭わせたのだけれど。
▽
数日後、午後の授業を終えたわたしが、お天道様のぽかぽかとした日差しを受けながら、呑気に校庭を歩いている時だった。
「居た!」
後方から、すっかりと聞き慣れてしまった声がした。振り向く事もせず、誰であるのかと分かってしまう程に。
「待てっ!」
声の主から逃げ出す様に足を進めていくと、後ろからどどどっと足音が聞こえ始める。
『わあっ、しつこいなぁ』
「奇天烈な甘味物を食べさせられた挙句、池に突き落とされた私の怒りを知れ!」
校内でわたしを見つける度に、声を上げて追いかけてくるのは先日、酷い目に遭わせた七松くんだ。どうやら爆竹入りの饅頭を食べさせ、池に突き落とした事が、彼の矜恃を傷つけたようで、目を付けられている。
「お前、狡いぞっ!」
わたしが逃げ込んだ先に、七松くんは足を踏み入れる事が出来ない。勢い余って壁に激突しかけたものの、何とか踏みとどまった。
「忍たまが、くのたま長屋に入る事を禁じられているのを利用するな!」
『使える物は何でも使うのが忍者…、座学で、そう教わったんだけど』
座学の内容を引用したけれど、七松くんは納得のいかない様子。今もくのたま長屋の入口前で、ぷんすかと怒りを露わにしている。
「だったら私は、お前がそこから出てくるのを待ってやろうじゃないか」
そう宣言した七松くんは座り込み、その場で胡座をかく姿勢となった。
半刻(一時間後)、くのたま長屋の入口前には、七松くんと仲の良い忍たま五名が集う始末となっている。
「小平太。お前、いつまでそこに居るつもりなんだよ」
「奴が出てくるまで、私は決してここから動かん」
最初に声を掛けた潮江くんの言葉にも、七松くんは折れる姿勢は全く見せない。
「とは言ってもなぁ、俺達はくのたまの長屋のある敷地内には入れない。かと言って、ここで俺達が帰って忍たま長屋に戻った所で、くのたまも忍たま長屋には入れない。只の泥仕合だと思うけどな」
「居ると言ったら、居る!」
今度は、食満くんが双方の長屋の行き来の禁止について触れたが、それでも折れはしない。
立花くん、中在家くん、善法寺くんも困った顔で胡座をかいて座る七松くんを見下ろし、お手上げ状態なのだろう。茂みに隠れて、入口前の様子を伺うわたしに、五名は気がついていない。
そう思っていると、雲行きが怪しくなっていた事に気がつく。先程まではお天道様のぽかぽかとした日差しが出て、お昼寝日和だと思っていたのに。
(そういえば、潮江くんと食満くんの意見が同じになると……)
入学してそこそこだが、二人は犬猿の仲と一年生の間では有名となりつつある。その二人の意見が一致した時、"ある現象"が起きると発覚し、それが今まさに起きているのだと分かれば、茂みから姿を見せて、くのたま長屋から出ていく。
「おぉ! やっと出てきたなぁ!」
姿を見せるなり、ジャンプして勢いよく立ち上がった七松くんが、わたしの元へと走り出そうとしたが、潮江くん達が止めに入った。
「小平太、落ち着け!」
「この間から、くのたまの○○ちゃんの事を気にしすぎだよ!」
この面々の中では小柄な立花くんと善法寺くんが、七松くんに制止の声をあげても、七松くんの動きは一向に止まらない。
『潮江くんと食満くんの意見が同じだと、天気が悪くなるから、七松くんの前に出てきたの』
姿を見せた理由を淡々と述べると、七松くんの動きがピタリと止まる。立花くん、中在家くん、善法寺くんはそんな理由を聞いて力が抜けた様で、その場で倒れ込む。そして、潮江くんと食満くんの口から「どういう意味だ!」と声が合わさってしまう。意味も何も、そのままなんだけどなぁ。
▽
更に数日後。あれから、どのような心変わりがあったのかは、わたしには分からない。
『あの、七松くん』
「何だ」
『もう逃げないからさ。これは、ちょっと怖い』
校舎の外れにある森林に、わたしと七松くんは二人きり。大木に背を預ける形となったわたしの目の前に、七松くんが立っている。つまり、今のわたしは七松くんから逃げる事も出来ない状態となっているのだ。
「どうだろうな。またわたしを騙して、逃げるかもしれん」
表面的には七松くんに逆らわない、従順な嘘吐きだと思ってるのか、心外だなぁ。そう口にしたかったけれど、火に油を注いでしまうのだろう。
『何でそんなに追いかけてくるの?』
「前にも言った筈だ。同じ事を二度も言わせる手間なんて、面倒な事をさせるな」
やっぱり、くの一教室での見学の際に見せたわたしの行動が、彼の矜恃を傷つけたのだ。あの件で、くの一が恐ろしい存在というのは嫌でも理解した筈なのに、それでも突っかかってくるなんて、獣か何かなのか。
『えっと、あの時は御免なさい』
七松くんの手を取り、目が合っているのが分かれば、わたしは謝罪の言葉を口にした。"くのたまが忍たまに謝罪なんて"と、非難轟々かもしれないけれど、今はこれが最善だと思う。
『だから、もう追いかけたりして来ないでね』
それを伝えられる事が出来て、満足だった。わたしは、七松くんから手を離す。
謝罪はしたのだから、この場から去ろうかと思ったが、七松くんはわたしと目を合わせたまま、動かなくなる。
『……七松くん?』
「………お前の名前」
いつもの勢いはどこへやら、七松くんの声が小さい。少し怖い思いをさせられたから、意趣返しでもしてやろうかな。
『わたしも同じ事、二回は言いたくないんだけど』
◆二年生時代
◆お題:「ぬくもりはきみのおとなり」
休日を迎えた忍術学園には時折、忍たまやくのたまの親族が遊びに来る。世間体としては、"行儀見習いの学び舎"と通しているが、実際は忍者の養成機関であり、機密情報に溢れている為、曲者の侵入も珍しくない。
くのたま長屋の入口付近に出てきたわたしは、眠りについているやや子を腕の中に包み込んで、寝顔を見つめる。
やや子を見る為に目線を下げていると、黒色の脚絆が視界に入り、わたしの目の前に誰かが現れたのだと分かった。
「そのやや子、○○の何だ?」
顔を上げずとも、声の主が誰なのか瞬時に分かる。
『七松くん』
一年時の出来事を経て、何だかんだ七松くんとの縁が続いていた。たまに中在家くんをはじめとした、七松くんと仲の良い忍たまと関わる機会はあるけれど、頻度となれば七松くんが一番だ。
同室や同学年のくのたまからは、好奇な目で見られる事もしばしばあるけど、気のいい子達も多いので、何かあれば準備は出来ていると物騒な事を告げられた。
「やや子が、○○の何だと聞いているんだ」
『同室の御兄弟の方が遊びに来ていて、その方のやや子。わたしが面倒見るって我儘言って、こうして一緒に居させて貰っているの』
同室と御兄弟が長屋で水入らずに過ごしている中、わたしは長屋を貸す時間の対価として、やや子の世話をしている。
「お前、子守りした事あるのか」
『んー、あんまり無いかな』
「それで、子守りをしたいと言ったのか。よく分からんな」
常の凛々しい眉は、子守りの経験の有無の答えを聞いてから、斜めに下がっている。呆れているのかな。
『やや子って可愛いから、つい言っちゃったんだと思う』
他人事の様に言い放つと、七松くんは「そうか」と納得したような、してない様な返事をした。
すると突然、眠っていた筈のやや子が顔を顰めて、次第に泣き声を上げ始める。
『あぁ、泣いちゃった』
やや子に話しかけたり、仮初の笑顔を浮かべても、泣き止まない。どうしようかと思っていた時、七松くんが両手を私に向けてきた。
「○○、やや子を貸してくれ」
何事かと思うけれど、今はやや子を笑顔にさせたい。
七松くんに、やや子をそっと渡すと、穏やかな笑みを浮かべながら、子守唄を歌い始めていく。それも慣れた様子で、すらすらと抑揚のついた子守唄の歌詞を発していた。次第にやや子の泣き声も収まり、自身の親指を口に入れて、ちゅうちゅうとしゃぶり出す。
『七松くんって、御兄弟いらっしゃるの?』
七松くんの子守りの様子から、そう思ったわたしは声を掛けて、疑問を呈した。
「下に三人」
『道理で、幼子に慣れていると思って』
「こういうのは、積み重ねが大事だ。慣れてないなら、回数こなして頑張れ」
そう助言してくれると、わたしに向けて溌剌とした笑顔を見せてくる。わたしが一言も発さないでいると、七松くんは笑顔を潜めて、不思議そうな顔を浮かべる。
「どうした」
『七松くんの事、あんまり知らなかったなって思っただけ』
「何を言う。まだ出会って一年だろ。私だって、○○の事を全て知っている訳ではない。それに初めから全て知っていても、つまらん」
確かに、入学して一年が経過した。たったの一年で相手の全てを理解出来るとは思えない。同室相手の彼女の事だって、全てを理解している訳ないのだから、異性の七松くんの事なんて更に遠い。
『ところで、七松くん。鍛錬してたの?』
「あぁ。よく分かったな」
『脚絆に砂埃が付いてて、忍装束も何だか汚れているんだもん』
おまけに、赤茶色の総髪もいつもより乱れてる…、最後にそう付け足した。
七松くんは二年に進級してから、忍者としての能力を少しでも高めようと鍛錬に励む様になった。主に潮江くん、中在家くんと一緒に行っているそうで、校庭や演習場で三人の姿を見かける事もある。
『七松くんって、凄い』
「藪から棒に、どうした?」
わたしが唐突的な行動ばかり見せる事に、七松くんも少し困惑している様子だ。
『七松くんは将来、忍者になる為に鍛錬に励んでいるんでしょ?』
「そりゃあ強くもならないと、学園から課される実習に出た時でさえ、いつどこで命が尽きてもおかしくないからな」
当たり前のように、七松くんはそう発言した。わたしは将来、くの一になるつもりが無いからという理由だけでなく、どこか平和ボケしている所があると自負している。
だからこそ、七松くんをはじめとした、忍者やくの一を志す忍たまやくのたまの継続して努力する姿を見ると、それは凄い事なんだと素直に感じるが、人によっては"筋金入りの平和ボケ"、"馬鹿にされている"と返答を貰った事もある。褒め言葉でないのも承知で七松くんに向けて、凄いと口にした。
『それに、実技の授業も成績良いんでしょ? 運動が得意で、竹を割った様な性格している所も良いな。色々な積み重ねが、今の七松くんを作っているんだからさ。わたしには、ないものばかりで、尊敬してる』
次から次へと、ぽんぽんと七松くんに抱いている印象が口から飛び出てくる。それら全て、表情筋が機能していない為、無表情で言い放っているのだけれども。
珍しく沈黙の七松くんが、わたしから褒め言葉を言われた事により、頬を赤く染めて照れていた筈が、満面の笑みを浮かべると、豪快な笑いをし始めた。
「当たり前だ! 私を誰だと思ってるんだ!!」
そう言い放った七松くんだが、声量を誤った事により、やや子が泣き出してしまう。慌てた様子の七松くんが何とかやや子をあやした事で、くのたま長屋への被害は最小限に済んだ筈。
『七松くんの声が大きかったから、泣いちゃったんだよ』
「○○が、あんなに私の事を褒めるからいけないっ」
『えぇ? 七松くん、褒められるの苦手なんだ。じゃあ、これからは言わない様にするね』
「いや、言ってくれ! 褒めていい!」
『どっちなの?』
褒めて欲しいのか、そうでないのか有耶無耶にされた所で、七松くんからやや子を返された。先程まで、七松くんが抱えていた為に、七松くんの温もりを感じられる。何だか変な事を言っている気もするけれど、この温もりは、きみの隣に居たから得られたのかな。
「そうだ。○○、今度の休みは、私の家に来い」
『えっ?』
突然、七松くんからそのような誘いを受けた。何の脈絡もないように思えたが、七松くんには思惑があった。
「一番下は、女子のやや子でな。あやす練習には、持ってこいだ」
どうやら自分の妹さんで、わたしに子守りの練習をしても構わないらしい。七松くん本人も妙案だと思っているのか、笑顔が咲き誇っている。
『誘ってくれるのは嬉しいけど、御免なさい』
「何故?」
『七松くんに許嫁の人が居るなら、失礼じゃない。そもそも、家に行くなんてのも無理だよ』
許嫁の方なら、七松くんの家に出向く事は可能。けれど、許嫁ではなく、同じ学び舎に居る只の友達となれば、七松くんの御両親だけでなく、わたしの両親にも迷惑が掛かる。今の七松くんがどこまで考えを持っているのか、わたしには分からない。
「居なければ、良いのだな?」
『えっと、わたしが子守りのアルバイトを見つけて、回数こなしていけば大丈夫だよ。それに駄賃も貰えて、溜められるからお得でしょ?』
わたしがそう言っても、七松くんは相変わらず納得のいかない様子だ。ぶわっと広がる赤茶色の総髪に、眉間に皺を寄せている様は、まさに獅子だ。
◆三年生時代(七松視点)
◆お題:「いちばん優しくなれる時間」
「いけいけどんどーん!」
お決まりの口癖を発しながら、今日も塹壕掘りに励む。以前よりも掘り進む速度が上がり、より距離の長い塹壕を掘れている事に達成感を得られていく。
塹壕は、敵の攻撃から身を守れる防御施設。それが生死の境目を分けるものであり、重要性は高いと言える。文次郎や留三郎からしばしば注意されるが、学園長先生が学園内でのそういった行為を黙認してくれているおかげで、私は塹壕掘りに励む事が出来る。
『わわっ、危ない』
その時、頭上から聞き馴染みのある声がした。顔を上げずとも、誰なのか私には分かる。
「おぉ、○○!」
『やっぱり、七松くんだった』
私と同学年で、くの一教室に通う○○だ。掘り進めてきた塹壕に気がついて、足を踏み外す間一髪の所で助かったのだと理解した。
『今日も塹壕掘り?』
「実践で役立つからな。無駄な事ではない」
『うん。塹壕の事は、座学で習ったし、七松くんに色々と教えて貰ってるからね』
三年生に進級しても変わらず、○○の表情筋は機能しない。けれど、そこに指摘する事もなければ、それが○○の本来の姿だと言うのなら、わざわざ否定する必要もないし、ありのままの姿を私に見せてくれているのだと思うのみ。それでも、そのありのままの姿は誰が相手であろうと変わらないので、特別では無い。
「おい。何で忍装束に、砂埃が付いている」
ふと、○○の着ていた忍装束が何故か汚れていると思えば、正直に問いかける。
『さっき、蛸壺に落ちちゃって』
月夜の発言を聞いて、ピクリと反応する。
「蛸壺だと?」
『今年、入学した忍たまの子に、蛸壺を掘るのが得意な子が居るんだっけか? 多分、その子が掘った所に落ちちゃったと思うんだけどね』
○○が言う忍たまの子は、一年は組の綾部喜八郎を指している。私が所属する体育委員会の新顔ともいえる、平滝夜叉丸の同室相手。常に無表情で、どんな事をしても、余程の事が無い限りはその顔は変わらない。愛用しているという踏鋤で、学園内の至る所に蛸壺を掘っていると聞いてはいた。
「蛸壺のサインを見落としたのか」
『山本シナ先生に提出する、同じ学年の子達のプリントを代表で届けに行っていた途中で、足元がよく見えてなかったんだ』
付近に蛸壺があるというサインを見落とさなければ、一年生の掘り起こした蛸壺も見抜けるのだが、どうやら月夜はそれが出来なかった様で。
"筋金入りの平和ボケのくのたま"と罵られていた現場を目撃した事があったが、私は○○を兎の様な女子と認識していた為に、キョトンとしてしまった。"平和"という部分で罵られるのなら、平和の象徴としても知られる兎を比喩表現として、○○を例えるのは私の自由だと豪語しているからだ。
しかしそれよりも、綾部の掘り起こした蛸壺には嵌り、私の掘り進めた塹壕には足を踏み外さなかった事実が判明した。自分でもチグハグな感情を抱いていると、嫌でも理解させられる。
「私の塹壕には、落ちてくれないのか」
『えぇ?』
幼子の様ではあるが、理解し難い原因で拗ねる私を見て、無表情であるものの、○○は困っていると言わんばかりの声色を発する。
『七松くん、この塹壕に落ちて欲しかったの?』
「そうではない! 綾部の掘った蛸壺の様に、落ちて欲しい!」
『何で? 今日の七松くん、よく分からない……』
自分でも、よく分からない。蛸壺にも塹壕にも落ちる忍たまもくのたまも、危機察知能力の無さに呆れて、情けないのに。
『ねぇ、機嫌治してよ』
○○の声が頭上から降ってくると、手にしていた二丁苦無に焦点が当たる。
▽
私の目の前には、体育座りをする○○が居る。
そしてこの場所は、掘り進めた塹壕から少し離れた所であり、綾部と同じ様な蛸壺を掘り起こし、二人分なら軽々と身を隠せる広さに調整した。
『こうしていれば、七松くんは満足なの?』
「私に機嫌を治して欲しかったんだろ? もう治ったから、大満足だ」
『えっ、じゃあもう出ていい?』
「そしたら、また機嫌悪くするぞ」
むっとした顔を見せれば、○○は起き上がろうとした腰を再び下ろして、体育座りの姿勢を作り直す。
「たまには、○○と話をしたい」
『珍しいね』
「私とて、只の体力馬鹿ではない」
平時から、塹壕掘りや裏々山までのマラソン等と有り余る体力の消費や鍛錬の目的として、体を動かしている時間が多い事が祟り、○○からその様な事を言われてしまう。
「くの一教室の授業って、何するんだ」
『忍たまと変わらないよ。座学で、忍術について学んだり、実技も同じ。あぁでも、行儀見習いが目的の子も居るから、礼儀作法の授業もあるんだ。少し前から、生け花の新しい課題も始まってね』
「生け花って、あれだろ? 花瓶にぶっ刺して、生ける」
『言い方が物騒だなぁ。それに、茶道も楽しいよ。お茶を点たてて、美味しいお茶が振る舞えられたら、上手く出来たって嬉しくなって』
「じゃあ今度、私にも振舞ってくれ」
『授業で使う道具だから、用具室で借りないといけないね。でも、七松くんがお茶を点たてたら、部屋中に茶が飛び散りそう』
平時が無表情で、表情筋も動く事がないから、○○は他者から誤解される場面がよくあると以前、話してくれた。けれど、今の○○の目は煌々と小さな輝きを放ち、心から喜んでいるのだと理解出来て、何故だか嬉しい。だからこそ○○は、くの一に向いていないんだと同時に分からされる。行儀見習いして、いつか来る縁談の話を待ち詫びて、見知らぬ男と幸せになる未来の方が生きやすいんだと思ってしまう。
『七松くん?』
そんな事を考えてしまっていた時、○○に声を掛けられた。
『御免なさい。やっぱり、忍術以外の話はつまらない?』
「そんな事ないぞ、謝る必要なんて無い。○○が楽しそうに話しているのが分かって、嬉しくなっていた」
『嬉しい?』
「何故だか分からんが、○○が嬉しそうにしていると私も嬉しくなる」
○○が怒ったら、何で怒っているんだと私も怒りそうになるけど、宥める。入学してから見た事はないが、○○が泣いたら、どうしたのかと話を聞く。何が理由でそうなるのかは分からないが、嬉しそうにしていたら、自分の事の様に嬉しくなる。
『そっか』
二年生の時、○○は私の事を尊敬していると話してくれた。照れ隠しで豪快に笑って見せたが、本当はどうにかなりそうだったのが本音である。
誰かから愛を伝えられたり、褒められ慣れていないのだと思っていたが、どうも仲の良い連中と○○から受ける言葉では、私の反応は違ったのだ。
更に遡れば、一年生の時は、自分の矜恃を傷つけられたと○○を見かけたら、執拗に追いかけていた時期があった。○○は逃げるのが上手く、まるで兎の様だと、その時から○○は兎なんだと思った。○○に負かされた自分を恥じていたと、今となれば追いかけていた原因は分かる。けれど、その時はただ訳も分からず、追いかけていた。
『そういえば、また背丈が大きくなったね』
今度は、著しい成長を遂げる私の背丈について触れてくる。
「そうだな。長次もまた私より背丈が大きくなって、いつ追い抜けるのかとやきもきしてしまう」
『中在家くんも、背丈が大きいもんね。最近は傷もあるから、あんまり喋ってくれなくなっちゃったけど、新しい書物が出ると教えてくれるのは変わらないよ』
縄鏢の訓練で、頬に傷を負った長次の事も敬遠する事なく、以前と変わらぬ様子で○○は接してくれる。長次は表向きでは感情を表出しないが、忍たま長屋で、その時の様子を手短ながらも私に話してくれると、人伝であれどまた嬉しくなる。
長次も○○も優しいと思うと、よく私は"暴君"やら"傍若無人"やらと褒め言葉としてどうなのかという言葉を多用される。全く、私にも人の心は備わっているし、誰かに対して優しくする事も出来るというのに。
では、誰の事を思い、自分は優しくなれるのか。
そう考えると同性であれば、長次と過ごす時間が、自分が一番優しくなれる。異性となれば、○○と過ごす時間が、自分が一番優しくなれる時間だろうと思う。だって、異性と関わる機会なんて○○位しか無くて、○○と話している時間が、
「好きだなぁ」
『そろそろ行かないと』
同時に声を発し、掻き消された。双方共に、相手が何を言っていたのか理解出来ず、首を傾げるだけであった。
◆四年生時代 前編
◆お題:「いつかどこかで聞いた話」
ある日、実家から私宛に文が届いたと、事務員の小松田さんから伝えられた。渡された文には、確かに宛先には忍術学園と私の名前、送り主に両親の名前も一緒に記載されている。
「○○も、文が届いたのか」
文を拝見しようとした時、同じく小松田さんから文を受け取ったという七松くんに呼び止められた。動かしていた手を止めて、声のした方向に顔を向けていく。
『うん。七松くんも?』
「あぁ、見ての通りだ」
呼び止められて中断していた作業を再開させ、文を拝見する。時候の挨拶に目を通してから、本題について触れている文章に目を通す。
『実家から、縁談の話が来たみたい』
行儀見習いは、来たる縁談の話を待ち侘びている…、いつかどこかで聞いた話の一部。まさかこうも早く現実として訪れるとは。縁談相手の名は、文の最後に記されているとの事だ。
「何ぃ!?」
真隣から、七松くんの驚きの声を聞いてしまったせいで、表情筋は変わらず機能しないものの、ビクッと肩を震わせる。
『あの、落ち着いて。七松くん』
「私は落ち着いている! ○○、お前が落ち着いてない!」
『いや、七松くんが落ち着いてないから』
「んだとぉ!? 私が落ち着いていると言えば、落ち着いているんだ!」
『わあっ』
七松くんの中では、わたしが落ち着いていない事にされており、それを指摘すれば先程の様に怒声を浴びせられ、思わず飛び跳ねた。こんな状況でも、表情筋は動かない。
しくったなぁ。同室の中在家くんに助けを求めようにも、ここには居ない。他の六年生も見当たらないし、わたし一人で七松くんを抑えるなんて無理に等しい。そもそも、何でそんなに怒っているの。
「小平太。いくら相手がくのたまと言えど、もう少し丁重に接したらどうだ」
背後から、男性の声が聞こえた。あまり聞き慣れていない声だったが、七松くんの顔色がその人から見えない場所で青ざめていたのは、わたししか知らない。
「桜木清右衛門先輩!」
その名前を聞いて、体育委員会に所属している七松くんの先輩だとようやく分かった。
「正門の近くで騒ぎを起こしては、外に丸聞こえだ」
「も、申し訳ありません! しかし、私は至って冷静で、騒ぎを起こしたつもりもなく、丁重に接しようと…!」
「お前がそう思って接していても、それが相手に伝わるとは限らないだろ。それに謝る相手も、俺じゃない。それは言われるまでもなく、理解しているな?」
笑みを浮かべてから、桜木先輩はわたしに視線を向けた。七松くんがビクッと肩を震わせる光景なんて、見た事ない。
「うちの委員会の後輩が、みっともない真似をしてすまなかった。嫁入り前のくのたまに、怪我を負わせずに済んだなら、まぁ良しとしよう……小平太、彼女への謝罪を忘れない様にな」
「は、はい!」
それだけ言い残して、桜木先輩は私と七松くんの前から去っていく。直属の先輩という事もあるのか終始、どこか怯えた様子の七松くんが深くお辞儀をして、それは桜木先輩の姿が完全に居なくなるまで続いた。
『……七松くん、落ち着いた?』
声を掛けると、七松くんは再び肩を震わせてから、わたしを見てきた。
「…、……急に怒鳴ったりして、すまなかった」
若干、言葉が詰まっていた所はあるものの、七松くんは素直に自分の非を認めて、わたしに対して謝罪の言葉を言う。
「○○に縁談の話が来たって言われた瞬間、感情が抑えきれなくなった。情けないな」
『忍たまには、あまり身近に感じない話題だから、仕方ないよ。ほら、御家族からの文を読んであげなよ』
七松くんが手にしていた文に触れて、そちらに意識を向けさせる事で、わたしに怒鳴った罪悪感を少しでも薄めようと思った。
「読んだ」
『わっ、速いね』
「図書室の本の返却期限を過ぎてしまって、長次に詰められる事がよくあるから、速読を身につけた」
まだ文末まで読み切れていないわたしよりも早く、七松くんは文を読み終えたという。
「私も縁談話だった」
『同じだね』
七松くんの話を聞きながら、文末まで辿り着く。
「それを拝見したら、何とまぁ驚いたものだ」
『へぇ』
縁談相手の名前と御両親の名前を目にした途端、わたしの動きが止まった。そして、目の前にいる七松くんの顔を見れなくなってしまう。
「そりゃそうだろ」
何せ、○○の名前が書いてあったのだからな。
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続編→兎は、獅子への思いを謳う(七松小平太)
.
原作版 七松小平太×女夢主
いけいけどんどんの七松小平太と、表情筋が死んでいる平和ボケの○○が結ばれるまでの話 前編
◆名前変換夢の為、名前入力を推奨。
◆一人称(夢主、七松)視点で進みます。
◆既存キャラの解釈違い(口調や性格)が出てくると思われますので予め、ご了承下さい。
◆お題配布元:白鉛筆様
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夢主の簡単な設定
・行儀見習いで、忍術学園に入学した。
・現六年生と同い歳(六年生に対して、苗字呼び)。背丈は、同学年のくのたまの中では高い方。
・表情筋は死んでいるが、人並みの感情は持ち合わせており、自由気まま。
・甘味物を食べる・寝る事が好き。
・
◆一年生時代
◆お題:「従順な嘘吐き」
同学年の忍たま達が、くの一教室の見学に来ると、山本シナ先生から知らせを受けた。
障子の隙間から、敷地内に足を踏み入れる忍たま達の姿が覗き見して、誰がどの子と一緒に居るやら、遊ぶやらと話始めるも、そこには嘲笑も含まれている。
「○○は、誰にするの」
同室に声を掛けられ、障子の隙間を覗く。忍たまの塊の中で一際目立つ、ボサボサで整っていない赤茶色の総髪に、屈託のない笑顔を同胞に向ける男の子が気になり、その子を指す。
『こんにちは。えっと、七松小平太くんだっけ』
見学時間となり、わたしは七松くんの元へ向かった。強い意志を象徴とする眉は皺を寄せ、くりくりとした丸い目はわたしから逸れる事もなく、ジッと見つめてくる。
「名は、何と申す?」
『同い歳だから、敬語とかは別に使わなくていいよ』
それに続いて、自身の名前を七松くんに告げていく。
「私と同じ位の背丈だったものだから、てっきり歳上かと思ったぞ。お前と同じ組のくのたまは皆、お前より背丈が低かった」
『うん。皆より、背は高い方なんだ』
くの一教室の一年生の中で比較的、わたしは背丈の大きい方に当てはまる。忍たまの塊の中で七松くんが一際目立つと思ったのには、背丈が大きいからという些細な理由があった。
『でも、七松くんも忍たまの中では、背丈が大きい方じゃないの?』
「仲のいい連中だったら、私と長次が背丈の大きい方だ」
"長次"と呼ばれる子が誰なのか、忍たまとまだ面識の少ないわたしには分からない。
「同室相手だ。よく笑って、優しい奴」
あまりにも簡潔な説明だったが、その子の事を話す七松くんは嬉しそうで、入学して間もないのに、もうそんなに慕っているんだと理解した。
「くの一になりたくて、忍術学園に入学したのか?」
『ううん、行儀見習い。くのたまは、行儀見習いで入学している子の方が多いよ』
将来、くの一として活躍する事を夢見る子も居るが、人脈作りは勿論、来たる縁談の知らせを受ける日まで、行儀見習いとして過ごす子も居る。七松くんにも説明したが、わたしは後者に当てはまる。
『ねぇ七松くん、甘味物って好き?』
「美味いものなら、何でも食べる」
"甘味物"と単語を聞いた七松くんは、途端に目の色を変えて、ニコニコと笑顔を見せてきた。用意していた包みを取り出し、解いていき、饅頭を見せる。
「美味そうだな」
『小豆餡が入ってるよ』
変わらず笑顔を浮かべて、饅頭を手にすると、口を開けて頬張っていく。もぐもぐと何回か咀嚼してから、頬が蕩け落ちるかと思いきや、「ん?」と声を出して、苦い顔を見せる。
そして次の瞬間、七松くんの口内から小さな爆発音が響く。黒い煙を吐き出し、何事かと困惑している七松くんの背後に回り、足を上げた。
『えいっ』
軽い口調とは裏腹に、思いきり七松くんの背中を蹴り上げる。地面に転ぶかとお思いだろうが、残念ながら七松くんはわたしの蹴りによって、池に突き落とされていく。
「ぷは…っ、いきなり何をする!」
水面から顔を見せた七松くんは、この状況が理解出来ていない様で、怒りの表情をわたしに向けてきた。
『女子だからって、甘く見ちゃ駄目だよ』
それだけ言って、わたしは七松くんの元から去っていき、長屋へと帰る。
今回のくの一教室の見学には、忍たま達にくの一の恐ろしさを思い知らせる目的があり、毎年行われる通過儀礼だという。わたしが長屋に帰るまでの間、同学年のくのたまから酷い目に遭わされた忍たまを見かけ、哀れだと思った。かくいうわたしも、七松くんを酷い目に遭わせたのだけれど。
▽
数日後、午後の授業を終えたわたしが、お天道様のぽかぽかとした日差しを受けながら、呑気に校庭を歩いている時だった。
「居た!」
後方から、すっかりと聞き慣れてしまった声がした。振り向く事もせず、誰であるのかと分かってしまう程に。
「待てっ!」
声の主から逃げ出す様に足を進めていくと、後ろからどどどっと足音が聞こえ始める。
『わあっ、しつこいなぁ』
「奇天烈な甘味物を食べさせられた挙句、池に突き落とされた私の怒りを知れ!」
校内でわたしを見つける度に、声を上げて追いかけてくるのは先日、酷い目に遭わせた七松くんだ。どうやら爆竹入りの饅頭を食べさせ、池に突き落とした事が、彼の矜恃を傷つけたようで、目を付けられている。
「お前、狡いぞっ!」
わたしが逃げ込んだ先に、七松くんは足を踏み入れる事が出来ない。勢い余って壁に激突しかけたものの、何とか踏みとどまった。
「忍たまが、くのたま長屋に入る事を禁じられているのを利用するな!」
『使える物は何でも使うのが忍者…、座学で、そう教わったんだけど』
座学の内容を引用したけれど、七松くんは納得のいかない様子。今もくのたま長屋の入口前で、ぷんすかと怒りを露わにしている。
「だったら私は、お前がそこから出てくるのを待ってやろうじゃないか」
そう宣言した七松くんは座り込み、その場で胡座をかく姿勢となった。
半刻(一時間後)、くのたま長屋の入口前には、七松くんと仲の良い忍たま五名が集う始末となっている。
「小平太。お前、いつまでそこに居るつもりなんだよ」
「奴が出てくるまで、私は決してここから動かん」
最初に声を掛けた潮江くんの言葉にも、七松くんは折れる姿勢は全く見せない。
「とは言ってもなぁ、俺達はくのたまの長屋のある敷地内には入れない。かと言って、ここで俺達が帰って忍たま長屋に戻った所で、くのたまも忍たま長屋には入れない。只の泥仕合だと思うけどな」
「居ると言ったら、居る!」
今度は、食満くんが双方の長屋の行き来の禁止について触れたが、それでも折れはしない。
立花くん、中在家くん、善法寺くんも困った顔で胡座をかいて座る七松くんを見下ろし、お手上げ状態なのだろう。茂みに隠れて、入口前の様子を伺うわたしに、五名は気がついていない。
そう思っていると、雲行きが怪しくなっていた事に気がつく。先程まではお天道様のぽかぽかとした日差しが出て、お昼寝日和だと思っていたのに。
(そういえば、潮江くんと食満くんの意見が同じになると……)
入学してそこそこだが、二人は犬猿の仲と一年生の間では有名となりつつある。その二人の意見が一致した時、"ある現象"が起きると発覚し、それが今まさに起きているのだと分かれば、茂みから姿を見せて、くのたま長屋から出ていく。
「おぉ! やっと出てきたなぁ!」
姿を見せるなり、ジャンプして勢いよく立ち上がった七松くんが、わたしの元へと走り出そうとしたが、潮江くん達が止めに入った。
「小平太、落ち着け!」
「この間から、くのたまの○○ちゃんの事を気にしすぎだよ!」
この面々の中では小柄な立花くんと善法寺くんが、七松くんに制止の声をあげても、七松くんの動きは一向に止まらない。
『潮江くんと食満くんの意見が同じだと、天気が悪くなるから、七松くんの前に出てきたの』
姿を見せた理由を淡々と述べると、七松くんの動きがピタリと止まる。立花くん、中在家くん、善法寺くんはそんな理由を聞いて力が抜けた様で、その場で倒れ込む。そして、潮江くんと食満くんの口から「どういう意味だ!」と声が合わさってしまう。意味も何も、そのままなんだけどなぁ。
▽
更に数日後。あれから、どのような心変わりがあったのかは、わたしには分からない。
『あの、七松くん』
「何だ」
『もう逃げないからさ。これは、ちょっと怖い』
校舎の外れにある森林に、わたしと七松くんは二人きり。大木に背を預ける形となったわたしの目の前に、七松くんが立っている。つまり、今のわたしは七松くんから逃げる事も出来ない状態となっているのだ。
「どうだろうな。またわたしを騙して、逃げるかもしれん」
表面的には七松くんに逆らわない、従順な嘘吐きだと思ってるのか、心外だなぁ。そう口にしたかったけれど、火に油を注いでしまうのだろう。
『何でそんなに追いかけてくるの?』
「前にも言った筈だ。同じ事を二度も言わせる手間なんて、面倒な事をさせるな」
やっぱり、くの一教室での見学の際に見せたわたしの行動が、彼の矜恃を傷つけたのだ。あの件で、くの一が恐ろしい存在というのは嫌でも理解した筈なのに、それでも突っかかってくるなんて、獣か何かなのか。
『えっと、あの時は御免なさい』
七松くんの手を取り、目が合っているのが分かれば、わたしは謝罪の言葉を口にした。"くのたまが忍たまに謝罪なんて"と、非難轟々かもしれないけれど、今はこれが最善だと思う。
『だから、もう追いかけたりして来ないでね』
それを伝えられる事が出来て、満足だった。わたしは、七松くんから手を離す。
謝罪はしたのだから、この場から去ろうかと思ったが、七松くんはわたしと目を合わせたまま、動かなくなる。
『……七松くん?』
「………お前の名前」
いつもの勢いはどこへやら、七松くんの声が小さい。少し怖い思いをさせられたから、意趣返しでもしてやろうかな。
『わたしも同じ事、二回は言いたくないんだけど』
◆二年生時代
◆お題:「ぬくもりはきみのおとなり」
休日を迎えた忍術学園には時折、忍たまやくのたまの親族が遊びに来る。世間体としては、"行儀見習いの学び舎"と通しているが、実際は忍者の養成機関であり、機密情報に溢れている為、曲者の侵入も珍しくない。
くのたま長屋の入口付近に出てきたわたしは、眠りについているやや子を腕の中に包み込んで、寝顔を見つめる。
やや子を見る為に目線を下げていると、黒色の脚絆が視界に入り、わたしの目の前に誰かが現れたのだと分かった。
「そのやや子、○○の何だ?」
顔を上げずとも、声の主が誰なのか瞬時に分かる。
『七松くん』
一年時の出来事を経て、何だかんだ七松くんとの縁が続いていた。たまに中在家くんをはじめとした、七松くんと仲の良い忍たまと関わる機会はあるけれど、頻度となれば七松くんが一番だ。
同室や同学年のくのたまからは、好奇な目で見られる事もしばしばあるけど、気のいい子達も多いので、何かあれば準備は出来ていると物騒な事を告げられた。
「やや子が、○○の何だと聞いているんだ」
『同室の御兄弟の方が遊びに来ていて、その方のやや子。わたしが面倒見るって我儘言って、こうして一緒に居させて貰っているの』
同室と御兄弟が長屋で水入らずに過ごしている中、わたしは長屋を貸す時間の対価として、やや子の世話をしている。
「お前、子守りした事あるのか」
『んー、あんまり無いかな』
「それで、子守りをしたいと言ったのか。よく分からんな」
常の凛々しい眉は、子守りの経験の有無の答えを聞いてから、斜めに下がっている。呆れているのかな。
『やや子って可愛いから、つい言っちゃったんだと思う』
他人事の様に言い放つと、七松くんは「そうか」と納得したような、してない様な返事をした。
すると突然、眠っていた筈のやや子が顔を顰めて、次第に泣き声を上げ始める。
『あぁ、泣いちゃった』
やや子に話しかけたり、仮初の笑顔を浮かべても、泣き止まない。どうしようかと思っていた時、七松くんが両手を私に向けてきた。
「○○、やや子を貸してくれ」
何事かと思うけれど、今はやや子を笑顔にさせたい。
七松くんに、やや子をそっと渡すと、穏やかな笑みを浮かべながら、子守唄を歌い始めていく。それも慣れた様子で、すらすらと抑揚のついた子守唄の歌詞を発していた。次第にやや子の泣き声も収まり、自身の親指を口に入れて、ちゅうちゅうとしゃぶり出す。
『七松くんって、御兄弟いらっしゃるの?』
七松くんの子守りの様子から、そう思ったわたしは声を掛けて、疑問を呈した。
「下に三人」
『道理で、幼子に慣れていると思って』
「こういうのは、積み重ねが大事だ。慣れてないなら、回数こなして頑張れ」
そう助言してくれると、わたしに向けて溌剌とした笑顔を見せてくる。わたしが一言も発さないでいると、七松くんは笑顔を潜めて、不思議そうな顔を浮かべる。
「どうした」
『七松くんの事、あんまり知らなかったなって思っただけ』
「何を言う。まだ出会って一年だろ。私だって、○○の事を全て知っている訳ではない。それに初めから全て知っていても、つまらん」
確かに、入学して一年が経過した。たったの一年で相手の全てを理解出来るとは思えない。同室相手の彼女の事だって、全てを理解している訳ないのだから、異性の七松くんの事なんて更に遠い。
『ところで、七松くん。鍛錬してたの?』
「あぁ。よく分かったな」
『脚絆に砂埃が付いてて、忍装束も何だか汚れているんだもん』
おまけに、赤茶色の総髪もいつもより乱れてる…、最後にそう付け足した。
七松くんは二年に進級してから、忍者としての能力を少しでも高めようと鍛錬に励む様になった。主に潮江くん、中在家くんと一緒に行っているそうで、校庭や演習場で三人の姿を見かける事もある。
『七松くんって、凄い』
「藪から棒に、どうした?」
わたしが唐突的な行動ばかり見せる事に、七松くんも少し困惑している様子だ。
『七松くんは将来、忍者になる為に鍛錬に励んでいるんでしょ?』
「そりゃあ強くもならないと、学園から課される実習に出た時でさえ、いつどこで命が尽きてもおかしくないからな」
当たり前のように、七松くんはそう発言した。わたしは将来、くの一になるつもりが無いからという理由だけでなく、どこか平和ボケしている所があると自負している。
だからこそ、七松くんをはじめとした、忍者やくの一を志す忍たまやくのたまの継続して努力する姿を見ると、それは凄い事なんだと素直に感じるが、人によっては"筋金入りの平和ボケ"、"馬鹿にされている"と返答を貰った事もある。褒め言葉でないのも承知で七松くんに向けて、凄いと口にした。
『それに、実技の授業も成績良いんでしょ? 運動が得意で、竹を割った様な性格している所も良いな。色々な積み重ねが、今の七松くんを作っているんだからさ。わたしには、ないものばかりで、尊敬してる』
次から次へと、ぽんぽんと七松くんに抱いている印象が口から飛び出てくる。それら全て、表情筋が機能していない為、無表情で言い放っているのだけれども。
珍しく沈黙の七松くんが、わたしから褒め言葉を言われた事により、頬を赤く染めて照れていた筈が、満面の笑みを浮かべると、豪快な笑いをし始めた。
「当たり前だ! 私を誰だと思ってるんだ!!」
そう言い放った七松くんだが、声量を誤った事により、やや子が泣き出してしまう。慌てた様子の七松くんが何とかやや子をあやした事で、くのたま長屋への被害は最小限に済んだ筈。
『七松くんの声が大きかったから、泣いちゃったんだよ』
「○○が、あんなに私の事を褒めるからいけないっ」
『えぇ? 七松くん、褒められるの苦手なんだ。じゃあ、これからは言わない様にするね』
「いや、言ってくれ! 褒めていい!」
『どっちなの?』
褒めて欲しいのか、そうでないのか有耶無耶にされた所で、七松くんからやや子を返された。先程まで、七松くんが抱えていた為に、七松くんの温もりを感じられる。何だか変な事を言っている気もするけれど、この温もりは、きみの隣に居たから得られたのかな。
「そうだ。○○、今度の休みは、私の家に来い」
『えっ?』
突然、七松くんからそのような誘いを受けた。何の脈絡もないように思えたが、七松くんには思惑があった。
「一番下は、女子のやや子でな。あやす練習には、持ってこいだ」
どうやら自分の妹さんで、わたしに子守りの練習をしても構わないらしい。七松くん本人も妙案だと思っているのか、笑顔が咲き誇っている。
『誘ってくれるのは嬉しいけど、御免なさい』
「何故?」
『七松くんに許嫁の人が居るなら、失礼じゃない。そもそも、家に行くなんてのも無理だよ』
許嫁の方なら、七松くんの家に出向く事は可能。けれど、許嫁ではなく、同じ学び舎に居る只の友達となれば、七松くんの御両親だけでなく、わたしの両親にも迷惑が掛かる。今の七松くんがどこまで考えを持っているのか、わたしには分からない。
「居なければ、良いのだな?」
『えっと、わたしが子守りのアルバイトを見つけて、回数こなしていけば大丈夫だよ。それに駄賃も貰えて、溜められるからお得でしょ?』
わたしがそう言っても、七松くんは相変わらず納得のいかない様子だ。ぶわっと広がる赤茶色の総髪に、眉間に皺を寄せている様は、まさに獅子だ。
◆三年生時代(七松視点)
◆お題:「いちばん優しくなれる時間」
「いけいけどんどーん!」
お決まりの口癖を発しながら、今日も塹壕掘りに励む。以前よりも掘り進む速度が上がり、より距離の長い塹壕を掘れている事に達成感を得られていく。
塹壕は、敵の攻撃から身を守れる防御施設。それが生死の境目を分けるものであり、重要性は高いと言える。文次郎や留三郎からしばしば注意されるが、学園長先生が学園内でのそういった行為を黙認してくれているおかげで、私は塹壕掘りに励む事が出来る。
『わわっ、危ない』
その時、頭上から聞き馴染みのある声がした。顔を上げずとも、誰なのか私には分かる。
「おぉ、○○!」
『やっぱり、七松くんだった』
私と同学年で、くの一教室に通う○○だ。掘り進めてきた塹壕に気がついて、足を踏み外す間一髪の所で助かったのだと理解した。
『今日も塹壕掘り?』
「実践で役立つからな。無駄な事ではない」
『うん。塹壕の事は、座学で習ったし、七松くんに色々と教えて貰ってるからね』
三年生に進級しても変わらず、○○の表情筋は機能しない。けれど、そこに指摘する事もなければ、それが○○の本来の姿だと言うのなら、わざわざ否定する必要もないし、ありのままの姿を私に見せてくれているのだと思うのみ。それでも、そのありのままの姿は誰が相手であろうと変わらないので、特別では無い。
「おい。何で忍装束に、砂埃が付いている」
ふと、○○の着ていた忍装束が何故か汚れていると思えば、正直に問いかける。
『さっき、蛸壺に落ちちゃって』
月夜の発言を聞いて、ピクリと反応する。
「蛸壺だと?」
『今年、入学した忍たまの子に、蛸壺を掘るのが得意な子が居るんだっけか? 多分、その子が掘った所に落ちちゃったと思うんだけどね』
○○が言う忍たまの子は、一年は組の綾部喜八郎を指している。私が所属する体育委員会の新顔ともいえる、平滝夜叉丸の同室相手。常に無表情で、どんな事をしても、余程の事が無い限りはその顔は変わらない。愛用しているという踏鋤で、学園内の至る所に蛸壺を掘っていると聞いてはいた。
「蛸壺のサインを見落としたのか」
『山本シナ先生に提出する、同じ学年の子達のプリントを代表で届けに行っていた途中で、足元がよく見えてなかったんだ』
付近に蛸壺があるというサインを見落とさなければ、一年生の掘り起こした蛸壺も見抜けるのだが、どうやら月夜はそれが出来なかった様で。
"筋金入りの平和ボケのくのたま"と罵られていた現場を目撃した事があったが、私は○○を兎の様な女子と認識していた為に、キョトンとしてしまった。"平和"という部分で罵られるのなら、平和の象徴としても知られる兎を比喩表現として、○○を例えるのは私の自由だと豪語しているからだ。
しかしそれよりも、綾部の掘り起こした蛸壺には嵌り、私の掘り進めた塹壕には足を踏み外さなかった事実が判明した。自分でもチグハグな感情を抱いていると、嫌でも理解させられる。
「私の塹壕には、落ちてくれないのか」
『えぇ?』
幼子の様ではあるが、理解し難い原因で拗ねる私を見て、無表情であるものの、○○は困っていると言わんばかりの声色を発する。
『七松くん、この塹壕に落ちて欲しかったの?』
「そうではない! 綾部の掘った蛸壺の様に、落ちて欲しい!」
『何で? 今日の七松くん、よく分からない……』
自分でも、よく分からない。蛸壺にも塹壕にも落ちる忍たまもくのたまも、危機察知能力の無さに呆れて、情けないのに。
『ねぇ、機嫌治してよ』
○○の声が頭上から降ってくると、手にしていた二丁苦無に焦点が当たる。
▽
私の目の前には、体育座りをする○○が居る。
そしてこの場所は、掘り進めた塹壕から少し離れた所であり、綾部と同じ様な蛸壺を掘り起こし、二人分なら軽々と身を隠せる広さに調整した。
『こうしていれば、七松くんは満足なの?』
「私に機嫌を治して欲しかったんだろ? もう治ったから、大満足だ」
『えっ、じゃあもう出ていい?』
「そしたら、また機嫌悪くするぞ」
むっとした顔を見せれば、○○は起き上がろうとした腰を再び下ろして、体育座りの姿勢を作り直す。
「たまには、○○と話をしたい」
『珍しいね』
「私とて、只の体力馬鹿ではない」
平時から、塹壕掘りや裏々山までのマラソン等と有り余る体力の消費や鍛錬の目的として、体を動かしている時間が多い事が祟り、○○からその様な事を言われてしまう。
「くの一教室の授業って、何するんだ」
『忍たまと変わらないよ。座学で、忍術について学んだり、実技も同じ。あぁでも、行儀見習いが目的の子も居るから、礼儀作法の授業もあるんだ。少し前から、生け花の新しい課題も始まってね』
「生け花って、あれだろ? 花瓶にぶっ刺して、生ける」
『言い方が物騒だなぁ。それに、茶道も楽しいよ。お茶を点たてて、美味しいお茶が振る舞えられたら、上手く出来たって嬉しくなって』
「じゃあ今度、私にも振舞ってくれ」
『授業で使う道具だから、用具室で借りないといけないね。でも、七松くんがお茶を点たてたら、部屋中に茶が飛び散りそう』
平時が無表情で、表情筋も動く事がないから、○○は他者から誤解される場面がよくあると以前、話してくれた。けれど、今の○○の目は煌々と小さな輝きを放ち、心から喜んでいるのだと理解出来て、何故だか嬉しい。だからこそ○○は、くの一に向いていないんだと同時に分からされる。行儀見習いして、いつか来る縁談の話を待ち詫びて、見知らぬ男と幸せになる未来の方が生きやすいんだと思ってしまう。
『七松くん?』
そんな事を考えてしまっていた時、○○に声を掛けられた。
『御免なさい。やっぱり、忍術以外の話はつまらない?』
「そんな事ないぞ、謝る必要なんて無い。○○が楽しそうに話しているのが分かって、嬉しくなっていた」
『嬉しい?』
「何故だか分からんが、○○が嬉しそうにしていると私も嬉しくなる」
○○が怒ったら、何で怒っているんだと私も怒りそうになるけど、宥める。入学してから見た事はないが、○○が泣いたら、どうしたのかと話を聞く。何が理由でそうなるのかは分からないが、嬉しそうにしていたら、自分の事の様に嬉しくなる。
『そっか』
二年生の時、○○は私の事を尊敬していると話してくれた。照れ隠しで豪快に笑って見せたが、本当はどうにかなりそうだったのが本音である。
誰かから愛を伝えられたり、褒められ慣れていないのだと思っていたが、どうも仲の良い連中と○○から受ける言葉では、私の反応は違ったのだ。
更に遡れば、一年生の時は、自分の矜恃を傷つけられたと○○を見かけたら、執拗に追いかけていた時期があった。○○は逃げるのが上手く、まるで兎の様だと、その時から○○は兎なんだと思った。○○に負かされた自分を恥じていたと、今となれば追いかけていた原因は分かる。けれど、その時はただ訳も分からず、追いかけていた。
『そういえば、また背丈が大きくなったね』
今度は、著しい成長を遂げる私の背丈について触れてくる。
「そうだな。長次もまた私より背丈が大きくなって、いつ追い抜けるのかとやきもきしてしまう」
『中在家くんも、背丈が大きいもんね。最近は傷もあるから、あんまり喋ってくれなくなっちゃったけど、新しい書物が出ると教えてくれるのは変わらないよ』
縄鏢の訓練で、頬に傷を負った長次の事も敬遠する事なく、以前と変わらぬ様子で○○は接してくれる。長次は表向きでは感情を表出しないが、忍たま長屋で、その時の様子を手短ながらも私に話してくれると、人伝であれどまた嬉しくなる。
長次も○○も優しいと思うと、よく私は"暴君"やら"傍若無人"やらと褒め言葉としてどうなのかという言葉を多用される。全く、私にも人の心は備わっているし、誰かに対して優しくする事も出来るというのに。
では、誰の事を思い、自分は優しくなれるのか。
そう考えると同性であれば、長次と過ごす時間が、自分が一番優しくなれる。異性となれば、○○と過ごす時間が、自分が一番優しくなれる時間だろうと思う。だって、異性と関わる機会なんて○○位しか無くて、○○と話している時間が、
「好きだなぁ」
『そろそろ行かないと』
同時に声を発し、掻き消された。双方共に、相手が何を言っていたのか理解出来ず、首を傾げるだけであった。
◆四年生時代 前編
◆お題:「いつかどこかで聞いた話」
ある日、実家から私宛に文が届いたと、事務員の小松田さんから伝えられた。渡された文には、確かに宛先には忍術学園と私の名前、送り主に両親の名前も一緒に記載されている。
「○○も、文が届いたのか」
文を拝見しようとした時、同じく小松田さんから文を受け取ったという七松くんに呼び止められた。動かしていた手を止めて、声のした方向に顔を向けていく。
『うん。七松くんも?』
「あぁ、見ての通りだ」
呼び止められて中断していた作業を再開させ、文を拝見する。時候の挨拶に目を通してから、本題について触れている文章に目を通す。
『実家から、縁談の話が来たみたい』
行儀見習いは、来たる縁談の話を待ち侘びている…、いつかどこかで聞いた話の一部。まさかこうも早く現実として訪れるとは。縁談相手の名は、文の最後に記されているとの事だ。
「何ぃ!?」
真隣から、七松くんの驚きの声を聞いてしまったせいで、表情筋は変わらず機能しないものの、ビクッと肩を震わせる。
『あの、落ち着いて。七松くん』
「私は落ち着いている! ○○、お前が落ち着いてない!」
『いや、七松くんが落ち着いてないから』
「んだとぉ!? 私が落ち着いていると言えば、落ち着いているんだ!」
『わあっ』
七松くんの中では、わたしが落ち着いていない事にされており、それを指摘すれば先程の様に怒声を浴びせられ、思わず飛び跳ねた。こんな状況でも、表情筋は動かない。
しくったなぁ。同室の中在家くんに助けを求めようにも、ここには居ない。他の六年生も見当たらないし、わたし一人で七松くんを抑えるなんて無理に等しい。そもそも、何でそんなに怒っているの。
「小平太。いくら相手がくのたまと言えど、もう少し丁重に接したらどうだ」
背後から、男性の声が聞こえた。あまり聞き慣れていない声だったが、七松くんの顔色がその人から見えない場所で青ざめていたのは、わたししか知らない。
「桜木清右衛門先輩!」
その名前を聞いて、体育委員会に所属している七松くんの先輩だとようやく分かった。
「正門の近くで騒ぎを起こしては、外に丸聞こえだ」
「も、申し訳ありません! しかし、私は至って冷静で、騒ぎを起こしたつもりもなく、丁重に接しようと…!」
「お前がそう思って接していても、それが相手に伝わるとは限らないだろ。それに謝る相手も、俺じゃない。それは言われるまでもなく、理解しているな?」
笑みを浮かべてから、桜木先輩はわたしに視線を向けた。七松くんがビクッと肩を震わせる光景なんて、見た事ない。
「うちの委員会の後輩が、みっともない真似をしてすまなかった。嫁入り前のくのたまに、怪我を負わせずに済んだなら、まぁ良しとしよう……小平太、彼女への謝罪を忘れない様にな」
「は、はい!」
それだけ言い残して、桜木先輩は私と七松くんの前から去っていく。直属の先輩という事もあるのか終始、どこか怯えた様子の七松くんが深くお辞儀をして、それは桜木先輩の姿が完全に居なくなるまで続いた。
『……七松くん、落ち着いた?』
声を掛けると、七松くんは再び肩を震わせてから、わたしを見てきた。
「…、……急に怒鳴ったりして、すまなかった」
若干、言葉が詰まっていた所はあるものの、七松くんは素直に自分の非を認めて、わたしに対して謝罪の言葉を言う。
「○○に縁談の話が来たって言われた瞬間、感情が抑えきれなくなった。情けないな」
『忍たまには、あまり身近に感じない話題だから、仕方ないよ。ほら、御家族からの文を読んであげなよ』
七松くんが手にしていた文に触れて、そちらに意識を向けさせる事で、わたしに怒鳴った罪悪感を少しでも薄めようと思った。
「読んだ」
『わっ、速いね』
「図書室の本の返却期限を過ぎてしまって、長次に詰められる事がよくあるから、速読を身につけた」
まだ文末まで読み切れていないわたしよりも早く、七松くんは文を読み終えたという。
「私も縁談話だった」
『同じだね』
七松くんの話を聞きながら、文末まで辿り着く。
「それを拝見したら、何とまぁ驚いたものだ」
『へぇ』
縁談相手の名前と御両親の名前を目にした途端、わたしの動きが止まった。そして、目の前にいる七松くんの顔を見れなくなってしまう。
「そりゃそうだろ」
何せ、○○の名前が書いてあったのだからな。
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続編→兎は、獅子への思いを謳う(七松小平太)
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