短編(R指定版)
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善法寺伊作×女夢主
くの一教室の特別講師を務める、もう一人の校医の○○と、善法寺伊作の学生時代の話。
◆名前変換夢の為、名前入力を推奨。
◆一人称(善法寺、夢主)視点で進みます。
◆既存キャラの解釈違い(口調や性格)が出てくると思われますので予め、ご了承下さい。
◆性的な単語の登場・ショッキングな内容あり(説明のみの怪我描写)の為、R15指定とさせて頂きました。不快と思われたら、ブラウザバック推奨。人を選ぶ内容であると、書き手は思っています。
夢主の簡単な設定
・くノ一教室の特別講師(保健体育担当担任)。その他に、医務室の校医を新野洋一先生と共に務めている。
・善法寺伊作を"伊作ちゃん"と呼んでいる(理由は、いさく くんと、"く"が続いて呼びにくいから)
・
殻の中から、見据える未来
『伊作ちゃん』
卵の殻の中で過ごしていた猶予期間 猶予期間の際に、耳に蛸が出来る程、聞かされた僕の名前。
あの人は今も、忍術学園で元気でお過ごしなのだろうか。
◇
忍術学園に入学した忍たまは、"どこかの委員会に属さなけらばならない"と決まりが設けられている。
僕が所属した保健委員会は、主に忍たまや学園関係者の怪我の治療を行い、健康診断や時には検便の確認もしなくてはいけなく、更に所属する忍たまは専ら、不運の持ち主だと評判で、"不運委員会"と揶揄されていると聞いた。
(不運の僕には、お似合いなのかもしれない。でも、誰かを助ける為の力がもっと身につくなら、絶好の機会の筈だよ)
幼い頃から、沢山の不運に見舞われてきた僕は、まだ自分の不運体質と折り合いがつけられていない。
誰かを傷つけてしまうなら、自分から離れた方が自分の心を守れるからとも思う。
けれど、不運に見舞わて負った傷が治りかけ、瘡蓋が出来ると、周りの人から"良かったね"と声を掛けてもらえるのは、嬉しいんだ。
『はじめまして。くの一教室では、保健体育の特別講師と医務室の校医を新野先生と共に担当しています。名無し ○○です。きみが、新しく入った一年生の子ね?』
医務室を訪ねると、新野洋一先生とは別にもう一人の女性の方が正座した状態で座り、僕に挨拶をしてきた。
けれど、それよりも僕はある単語を耳にして、青ざめてしまう。
「く、くの一教室……っ」
以前、一年生全体でくの一教室に招待されて、女の子とお話が出来ると、うきうきとした気分で向かったけれど、まんまと罠に嵌ってしまった。
忍たま長屋に帰ってきた時には至る所が傷だらけで、同室の食満留三郎や、い組とろ組の仲の良い四人も同じ状態だった。
その時に、くの一教室の女の子達の恐ろしさを目の当たりにして、僕は目上の方が相手でも、くの一教室の人だと分かると萎縮する。
「大丈夫ですよ、善法寺くん。名無し先生は、きみ達に、ちょっとした悪戯を仕掛けてくる訳ではありませんから」
僕の顔色の悪さを見たのか、新野先生は気遣いを見せてくれた。
「じ、自己紹介が遅れました! 一年は組、善法寺伊作です! よろしくお願いしますっ!」
くの一教室という単語に囚われていた僕は、名前を告げる事をすっかりと忘れていた。
すぐに、自己紹介をしなくてはいけなかったのに。
『くの一教室の子達が、随分とやんちゃしたみたいで、御免なさいね。けれど、あの子達なりの生き方を学んでいる最中だという事を忘れないであげてね。善法寺伊作くん……、あー…、いさく くんって、"く"が続くのは言い難いわね……伊作ちゃんと呼ばせてもらいましょう』
前半部分に物騒な物言いをし、後半部分で僕の名前の呼び方を変えた呑気な様子の名無し先生を見て、困惑の意味を込めた薄ら笑いを浮かべる。
◇
保健委員会に所属して、半年が経った。
始めは不慣れな事ばかりで、怪我の治療の準備等で何度も失敗する事の多かった僕だが、先輩方のご指導を受けて、少しずつだが成功の頻度が増えている。
『凄いわ、伊作ちゃん』
特に、名無し先生が僕の保健委員としての自己肯定感を上げてくれている様な気もする。
こうして、僕が何かに挑戦して成功すると、拍手をして褒めてくれるのだけど、名無し先生は"面映ゆい"という感情を抱かないのかな。
「ありがとうございます。☆☆先生」
それでも、名無し先生が僕を褒めてくれた事に何も返事をしない訳にもいかないので、こうして礼を告げる。
『何事も一歩ずつ前進なの。伊作ちゃんは、保健委員として皆の為に動けているわ』
「そ、そうですか? 僕だけじゃ、あまり分からなかったのですが……先生からそう言って頂けると、何だか自信が持てます……」
またしても褒められ、自身の頬に少し熱が集まる感覚を覚えていく。そんな時、医務室の障子が開かれると、仙蔵の姿が見えた。
『あら、一年い組の立花仙蔵くんね。どこか怪我でもしたのかしら?』
「いや…今日は私ではなく、けんえんの二人の傷の手当をお願いしたいのですが……」
実技授業で怪我を負う事の多い仙蔵が来て、名無し先生は仙蔵の怪我の処置をするのかと思いきや、仙蔵の視線は医務室の外から聞こえてくる騒ぎ声の方向に向けられる。
「離せ、長次! まだ勝負はついていない!」
「小平太、お前も離せ! 文次郎に一発決められたら、俺が勝てたんだからよ!」
「何だとぉ!? 留三郎、お前の方が俺に追い詰められていたじゃないか!」
けんえんの仲として、一年生の間ではちょっとした有名人となっている、文次郎と留三郎が医務室に入ってくる。
正確には、長次に押さえられる文次郎と小平太に押さえられる留三郎が、顔に傷が出来た状態で半ば強引に連れてこられたといえば、形は良さそう。
「二人共、もう喧嘩は止めなよぉ」
「お前達、名無し先生がこちらを見ているぞ」
長次の後に、小平太の発言を聞いた文次郎と留三郎の二人は、ピタリと動きが止まる。
名無し先生からの熱い視線を受けていた事にようやく気がつくと若干、青ざめた顔をして、ゆっくりと名無し先生に顔を向けていく。
『怪我の処置をしに来たのなら、医務室ではどう過ごせば良かったのかしらね?』
「し、静かに過ごしますっ!」
「すみませんでしたっ!」
笑みを浮かべている名無し先生は、平時の菩薩の様なお方から、二人の畏怖の存在ともなる夜叉の顔へと切り替わる。
文次郎も留三郎は正座の姿勢となり、名無し先生に向けて頭を下げ、喧嘩をせずに医務室で静かに過ごす事を伝えた。
『分かってくれたのなら、これで喧嘩は、お終いね。さっ、怪我の処置を施していきましょう』
僕以外の保健委員の先輩方は、名無し先生の夜叉の姿に圧倒されていたものの、声を掛けられると、軟膏や絆創膏等の治療道具を準備し始める。
呆然としていた僕に先輩が声を掛けてくれ、ハッとしてから動き出す。
(さすが、くの一教室の講師なだけあるなぁ…、忍たま相手でも全然、慌てる事もないし、文次郎と留三郎の喧嘩も一瞬にして鎮めちゃった……)
忍術学園で講師を務める前、名無し先生は戦場医として活躍していたと先輩方から話を聞いた事はある。
戦で多くの人達の死に目に会ってきたからこそ、些細な事でも冷静でいようと肝が座っているのかもしれない。
ある日、保健委員会が使用する薬草が切れてしまったので、裏山まで先輩方と薬草取りに向かう事となった。
僕をはじめ、先輩方も不運体質だから、山道を歩くだけで猪に遭遇したり、突然と転がってきた岩から逃げる羽目になったり、更には大雨に見舞われてしまう事は珍しくない。
今日は少しだけでも、不運に見舞われませんようにと、意味もない願いを込める。
「準備が出来たら、医務室の外へ出ていて下さい。点呼が終わり次第、正門へと向かいますよ」
新野先生からそう言われ、僕達は背負い籠の用意を進めていく。
僕の分の背負い籠の底に穴や切れ目が無い事が確認出来れば、それを持ち出そうとした。
そんな時、名無し先生が何の準備もしていない事に気がつく。
「名無し先生は、裏山の薬草取りに、向かわれないのですか?」
『えぇ。新野先生も出ていかれて、保健委員はおろか、校医が一人も居ない状態となってしまったら、怪我人の子達が困るでしょう? 伊作ちゃん、頼むわね』
そう言われて、僕はその時は何も言いはしなかった。新野先生や先輩方を待たせる訳には行かないと思っていたからだろう。
今となれば、別に医務室には他の保健委員の先輩方が残っていたし、僕が委員会に所属してから、名無し先生と一緒に薬草取りに向かった事が無いと後から気づけたのだから。
◇
三年生に進級した僕達は、近日中に合戦場の見学へ赴く事が知らされた。
戦は城に仕える足軽だけが戦場に身を投じるだけでなく、例えば、"蛍火の術"を用いて情報を撹乱させたり、戦忍と呼ばれる忍者は最前線で足軽と共に戦いに出る等、自分に合った役割を把握し、命を懸けた上で合戦場に姿を見せるのだと、座学の授業で教わった。
「伊作、怪我人を見つけたからって絶対に傷の処置とかするなよ?」
「い、いきなりどうしたんだい? 留三郎」
忍たま長屋で過ごしている中、留三郎にそう忠告されてしまう。
「いくらお前がお人好しで、"保健委員だから"という理由で誰かを助けるというのは、俺はお前がそういう人間だからと分かっているから良いけど、合戦場じゃそういうのは通用しないだろ。先生方も付いているけど、そんな事したら追試になるかもしれないからって事だ」
「ぜ、善処するよ……」
曖昧に答えたせいか、留三郎からの疑いの目は晴れない。
「そうだ。くの一教室の名無し先生は昔、戦場医として合戦場に何度も赴いた事があるんじゃなかったのか? 名無し先生なら、話でもしてくれそうな気もするけどな」
留三郎からそう言われて、そうだと思った。身近に、合戦場で怪我人の処置をしていた人が居たじゃないか。
きっと先生方に止められてしまうから、せめて合戦場での戦場医としての経験談の一つでも聞けたら、それで僕の好奇心も満たされるんじゃないかと思い、留三郎に礼を言う。
委員会の当番の日、医務室に訪れたが、保健委員の先輩方と新野先生の姿はあったものの、名無し先生の姿は見当たらない。
「やぁ、善法寺くん。今日の当番、宜しくお願いしますね」
「はい、宜しくお願いします。ところで、名無し先生は、まだ来ていらっしゃらないのですか?」
「あぁ。名無し先生は、くの一教室で講師としての職務を行っている最中ですよ」
穏やかな笑みを浮かべながら、新野先生は僕の質問にスラスラと答えてくれた。
この放課後の時間に、くの一教室で行う授業といえばと考え、名無し先生が保健体育 担当担任であると思い出す。
名無し先生は、主にくの一教室で授業を行う為、忍たまと関わる機会は少ない。
強いて言えば、保健委員会がまともに接する機会があると思う。
行儀見習いで入学する事の多いくのたま達に、日頃の健康を保つ為の生活習慣について、思春期等の心の変化との向き合い方等、座学を中心に教えていると、名無し先生が話してくれた。
(もしかすると、月経の事をくのたま達に伝えているのかな)
僕は自分で、何を言っているんだと思ってしまう。保健委員会に所属してから増えた悪い癖だ。
口にするのも憚られる医療用語や性的な単語を平然と口にしてしまい、留三郎から何度も注意を受けていたのに。
でも、今は心の中で留めたのだから、褒めて欲しい。
「今日は委員会には顔を見せないでしょうから、もし御用があるのなら、明日以降の方が良いでしょうね」
「えっ?」
新野先生の発言に、僕は思わず声を発してしまう。
「急ぎの御用でしたか?」
「実は今度、合戦場の見学に行く事になりまして、戦場医の経験もある名無し先生から、お話を伺えればと……」
僕がそこまで言い切ると、心做しか、新野先生の顔つきが少し険しくなった気がした。
「善法寺くん」
「は、はい」
「名無し先生は、戦場医時代の事はあまり覚えていらっしゃらないそうです。善法寺くんの期待する答えは得られないかもしれせんが、私の知り合いの医者の話でよければ、お話しますよ」
その答えは、名無し先生の深淵に入り込ませない様なものだと、後に思った。
僕は、新野先生のお知り合いの医者の方の経験談を聞ける事に意識が向いてしまい、その事に疑問を持たなかったのだ。
◇
四年生に進級し、上級生の仲間入りを果たした。
保健委員会にも一年生の後輩である三反田数馬が入ったが、何故か影が薄いせいで、僕も先輩方も存在に気づくのに遅れる。
名無し先生は、一年生だった頃の僕と同じ様に、数馬にも拍手をして褒めたり、子供を相手にする様な態度を見せる。
下級生だから、子供として見てしまうのは当たり前の筈だけど、何年もその姿を見ていると違和感が生じていく。
(けれど、今の僕は不運だよなぁ……)
医務室に、名無し先生が置き忘れた教本を職員室まで届けて欲しいと、新野先生から頼まれてしまった。
忍たまが、くのたま長屋に行く事は禁じられているが、職員室に用がある際は、特例として許されている。
それでも、至る所に忍たま達を陥れる罠が張り巡らされ、引っかかった者が現れると、くのたま達からの嘲笑を受ける事となる。
「名無し先生……っ」
『大丈夫。貴女は利口な子だから、お相手の方とも上手くやれる筈よ』
その時、一人のくのたまと名無し先生の会話が聞こえてきた。くのたまの子が啜り泣くと、名無し先生が酷く優しげな声色を発して、慰めている。
今の会話だけなら、行儀見習いで入学したくのたまに、縁談の話が届いたのか、許嫁との約束を果たすべく、退学する事を名無し先生に伝えたのだろう。
学年が上がる事に、落第してしまったり、家業を継いだりする忍たまは過去に居たが、くのたまの場合はそれが顕著だ。
くの一を志す者も居るけど、大半は行儀見習いで、上級生に上がる手前で学園を去っていく。
『そこに居るのは、伊作ちゃんかしら』
物陰に隠れてやり過ごし、会話が終わるのを待っていた僕だったが、名無し先生は既に僕の気配に気づいていたみたいだった。
先程のくのたまは、自分の長屋へと戻っていき、今は名無し先生と僕しか居ない。
「あはは…、聞き耳を立てるつもりは、無かったんです……」
『その手に持っている教本、忘れてしまったから届けに来てくれたんでしょう? くのたま長屋は男子禁制だけど、職員室は特例で入れるものね』
僕が持っていた教本に目線を配り、名無し先生は僕がくのたま長屋に訪れた理由を瞬時に理解してくれた。
『ありがとう。伊作ちゃん』
教本を渡すと、それを受け取った名無し先生が朗らかな笑みを浮かべて見せる。
そんな中、僕は名無し先生の目が赤く腫れて、泣いた痕が残っている事に気づいてしまう。
『御免なさい。気になってしまったのね』
「ど、どうして分かって……」
『あら。カマを掛けてみたら、当たってしまった』
くすくすと笑う名無し先生は、やはり僕達よりも一枚上手なんだと思い知らされる。
『いつか学園を去るのは分かってはいたけど、いざその時が来たら、わたしも大人気なく泣いてしまったの。大人なのに、情けないわね』
「大人の方でも、感受性が豊かな方はいらっしゃいますし、泣く事は悪い事ではないと僕は思います」
僕はその時、名無し先生にそう言った。
けれど、名無し先生は感受性が豊かな方なのかは、分からない。
◇
そして遂に、最上級生の六年生へと進級した。
不運体質故に、落第寸前と言われていた僕だったが、学友達の支えもあり、何とか進級する事が出来たのはほんの僅かな幸運と捉えよう。
『伊作ちゃん、今回の予算はどうなのかしら?』
「そうですねぇ……薬は、あまり購入出来なそうなので、下級生達を連れて、裏山で薬草を取りに行こうかと考えています。包帯は、卒業した先輩方の褌がまだ残っていますので、やりくりすれば何とかなります」
新野先生の職員室を後にした僕は、今度は名無し先生の職員室に訪れ、今年度の保健委員会で使用可能の予算の情報共有を行っていた。
六年間、保健委員会に所属していた僕は委員長にまで上り詰め、"不運大魔王"という不名誉か名誉なのか言い難い渾名を付けられていたのだ。
『委員長が伊作ちゃんで、わたしは安心するわ』
「な、何故ですか?」
『この六年間で、薬や治癒の知識も豊富になったでしょう? 忍者を志す者の中で、後方支援として回復役が居るのは大変心強いものなのよ』
相変わらず、名無し先生は僕が最上級生になっても、変わらず拍手して褒め言葉を口にして、こうして自己肯定感を上げてくれる。
それは、今年入学した新しい保健委員の乱太郎・伏木蔵・二年生の左近にも同様だ。
「あぁそうだ。名無し先生」
『どうかしたの?』
「もしお時間がありましたら、少し相談に乗って頂いても宜しいですか?」
『えぇ。特に用事も無いから、大丈夫よ』
予算の情報共有を終えてから、そのような申し出をするも、名無し先生から了承を得られた。
「名無し先生の口から、話すのが憚られる事であれば、お答えするのを控えて頂いても構いません。それでも、聞いてくださいますか?」
◇
職員室に訪れた、今年度の保健委員会 委員長の伊作ちゃんから、わたしに相談事があると話を受けた。
特に断る理由も無く、問題ないと了承した。
「名無し先生に、お聞きしたい事がありました」
『何かしら』
やけに勿体ぶった口調で話しかける伊作ちゃんだが、わたしはこれといって苛立つ事はない。
他人には他人のペースがあるのだから、下手に急かして焦らせては却って面倒になるだけだから。
「実は、進路に迷っている所なんです。名無し先生が戦場医として活動していた時期…、何か覚えている事がありましたら、お話を伺いたいと思っていました」
伊作ちゃんの目は、真っ直ぐとわたしを見つめていた。
その発言は揶揄いもなく、本気で話を聞きたいのだと、聞き手側に説得力を持たせるような。
『伊作ちゃんって案外、度胸があるのよね。わたし、そういう所は嫌いじゃないの』
「つまり、それは………」
『話しても構わないわよ。伊作ちゃんが、全て受け止め切れるのならね』
まずは、何から話そうかしら。
そうね。少なくともまず、この格好で合戦場に出れば、女として態度も軟化する人も居れば、侮る人も居たりしたわ。
女の医者なんて早々、合戦場に姿を見せるものじゃないから。
わたしも元々、この学園には通っていたのよ。
くの一を目指していたけど、忍者としての才能は想定より開花しなくて、どちらかといえば、他者を救う事に意味を見出したの。
今の伊作ちゃんのようなものかしら?
両親は、あまり良い顔をしなかったのよ。
女の幸せは、素敵な殿方と結ばれ、結婚して、後継ぎを産むのと。
けど、素敵な殿方とは言っても、政略結婚が当たり前だから、自分よりも一回りも二回りも上の方が許嫁になる事だって、珍しくないの。
わたしって案外、頑固だから反抗してたの。
可愛いわよね、子供の反抗って。
御免なさい、話が逸れてしまって。
保健委員会にも所属して、薬草や薬の知識を深めて、他者を救うくの一でも目指そうと、漠然とした将来設計を組み立てていたの。
子供って可愛いのよね、そういう事を考えると、その夢に向かって一直線に突き進もうと、ひたむきに努力して頑張れるの。
卒業してから、わたしはフリーの戦場医として働き始めたの。
はじめは、自分一人じゃやっていけなかったから、卒業済みの先輩方の助けを借りながら、何とかやっていたの。
懐かしいわね。誰かを助けるという行為って、自分が満たされるのよ。
何かを成し遂げたという意味でもあるし、捻くれた見方をするなら、自分がいかに良い人間なのか証明される手立てとしても有効。
けどね、合戦場で治療していく中で皆が皆、正気で居られた訳じゃないの。
あれは今、わたしが遭遇した最も悲劇的な不運といっても過言じゃないわ。
敵の攻撃を受けて、出血の止まらない足軽を見かけて、治療をすると声を掛けたの。そ
したら、その足軽は打ち所が悪くて、錯乱してしまったのね。
わたしの顔を見るなり、敵兵だと勘違いして、奇声を上げながら、わたしの腹部を狙って刀を斬り付けてきたの。
上手く避けきれなかったわたし、六年間も忍術の勉強をしてきたというのに、忍者失格よね。
結局、その足軽は大量出血で戦死。
わたしも腹部からの出血が収まらなくて、撤退するしかなかった。
知り合いの診療所が近くにあったものだから、駆け込んだの。
そしたら、子宮の損傷が著しく酷いと言われてしまって、子宮を全摘出した。
そこから、自分の記憶が曖昧で、覚えている事といえば、合戦場へ足を運ぶ事が出来なくなった、刀を見ると変な冷や汗が出てきたり、山道を歩こうものなら、刀を持つ山賊相手なんか相性最悪よ。
結局ね、戦場医として活動してた時期って少ないの。
実の両親からも見放されて、最後に行き着いたのは母校の忍術学園。
学園長先生の粋な計らいで、くの一教室の特別講師として雇ってくれたのよ。
今でも、感謝しつくしきれないわ。
だって、もう忍者として活動出来ないわたしの籍を置いてくれているのよ。
まぁ、代わりに出来る事は、今まで学んできた知識を可能性のある子供達に教える位しかないから、この学園に居るの。
言い方を変えれば、卵の中に閉じこもっているだけ。
合戦場に居た人達の全員が、そういう人しか居ない訳じゃないの。
助けを求めている人、助けを諦めて、自らの死を受け入れる覚悟を決めた人……、短い期間だったけど、色々な人達を見てきた。
けど、わたしは巣立った筈の卵の殻に閉じこもっていないと、生きていけなくなってしまったから、その人達がどんな顔をしていたのかもう忘れてしまったの。
わたしは菩薩ではないから、この学園に居る子達の治療しかしてあげられないの。
外の世界に居る人達の治療は、いまのわたしにはもう出来ない。
薄情と思われても構わないけど、いまのわたしにはそれが精一杯の生き方なの。
自分では見る事の叶わない子供の代わりとして、貴方達を見ていた。
祝言を挙げるから、学園を去るくのたまの子達を見送る事しか出来ない。
御免なさい、伊作ちゃん。
伊作ちゃんの望んだ答えを言ってあげられなかった様なものだけど、これでわたしの話はお終い。
『伊作ちゃんの卒業後の進路は、フリーの戦場医なのかしら?』
「そうですね……どの城にも領地にも属さない、戦場医として」
わたしの話を聞き終えても尚、伊作ちゃんは戦場医になるという夢を言い放つ。
それがどれだけ残酷な事なのか、伊作ちゃん本人も理解している様で、わたしの話を聞き終えてから、笑顔を見せていない。
笑みを浮かべるわたしの代わりに、苦しんでいる顔をしている。
『伊作ちゃんが決めた事なら、わたしは良いと思うわ』
いつもと変わらない朗らかな笑みを見せても、伊作ちゃんは、今にも泣き出しそうな顔をしているだけだった。
◇
その後、わたしと伊作ちゃんは何事も無かったかの様に話を終える。
毎度行われる予算会議では、不運に見舞われたと話し、土井半助先生の行方不明騒動では、六年生全員が負傷して医務室に現れたりと、相変わらずバタバタとした日々を送っていた。
そんな事をしていれば、あっという間に時は過ぎていき、季節は卒業の春を迎えて、正門前では桜吹雪が舞う。
「名無し先生!」
遠方から、伊作ちゃんのわたしを呼ぶ声が聞こえた。
『伊作ちゃん。他の六年生の子達は、一緒じゃないの?』
「皆、委員会の後輩達の元に向かっているんです。僕は一足早く、保健委員会の後輩達と会って、新野先生にもお会いして、最後に☆☆先生という訳です」
『締めに、わたしを選んでくれたのね』
ふふっと笑ってみせると、伊作ちゃんは慣れた様子で、"そういう事です"と同じく笑みを浮かべていた。
『卒業、おめでとう』
わたしは、伊作ちゃんから目を逸らす事をせず、その言葉を告げる。
『この先も、伊作ちゃんに幸いがありますように』
不運体質の集まりと言われた、保健委員会の委員長を無事に務めあげて、卒業する六年生の子達の中でも技の切れ味が一番と褒められていた貴方なら、きっと誰かが幸せを運んでくれるに違いない。
「大変嬉しいお言葉、ありがとうございます。僕も名無し先生の幸いが、いつまでも続く事を願っています」
お返しと言わんばかりに、伊作ちゃんはわたしの発言と似たような言葉を並べ出していく。
「僕は、合戦場で怪我を負う人達だけじゃなくて、色々な人達を助けたいと思っています」
伊作ちゃんは、戦場医としてではなく、この先の道中で出会う怪我人全て、自分の出来る範囲で助けたいという大層な夢を改めて、わたしに語ってくれた。
「忍術学園の忍たま、くのたまの子達を、これからも、名無し先生が先生を続けられるまで、守って下さい。そして、卵から巣立っていく子達を見送って下さい。僕は、忘れずにちゃんと覚えていますから」
――名無し先生、どうかお元気で。
―――――――――――――――
◆名無し ○○
くの一教室の特別講師として、保健体育担当担任に着任している。
戦場医として活動中、錯乱状態に陥った足軽に腹部を斬られ、子宮を損傷。
やや子を孕めない体となり、女としての価値が失われたと実親から罵られ、絶縁された過去がある。
忍術学園の生徒を、自分の子供の様に思っているだけで、感受性は豊かという訳ではない(もう産めないから)。
過去のトラウマがあり、基本的に学園内で過ごす(薬草取りも、道中で山賊に会った際にトラウマが発症する為、出来ない)。
くの一教室の授業では、月経等の正しい知識を教えている(その授業後、自身の体の事を気にしてしまい、委員会に顔を出せない程に気分が沈む)。
卵の殻に閉じこもって、可能性のある子供達のみを助ける。
◆善法寺 伊作
冒頭の彼は、卒業後の彼。
"ちゃん"付けされていた事は、学年が上がるに連れて気にしなくなっていった。
薬草取りに同行しなかったり、自分達への接し方が子供相手の態度であると、○○の行動が気になっていたが、進路相談で○○の過去を聞かされ、全てが合致して泣きそうになった。
だからといって、過去の事だからどうにも出来ない。それでも、誰かを助けたい思いは変わらないから、どんな人でも助ける医者(時として、戦場医)になる。
◆新野 洋一
忍術学園の校医。
○○より歳上であり、過去をそれとなく理解している。
トラウマを刺激させない様にと、過去の話を誰かに口にする事はない。
◆他の六年生
一年時から、○○とは顔見知り(怪我をした時に、医務室に赴く為)。
怒らせると怖いと知っているが、○○の過去を六年生の中では伊作以外、知らない。
◆保健委員会の面々
○○の過去を忍たまの中では、伊作以外は知らない。
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善法寺伊作×女夢主
くの一教室の特別講師を務める、もう一人の校医の○○と、善法寺伊作の学生時代の話。
◆名前変換夢の為、名前入力を推奨。
◆一人称(善法寺、夢主)視点で進みます。
◆既存キャラの解釈違い(口調や性格)が出てくると思われますので予め、ご了承下さい。
◆性的な単語の登場・ショッキングな内容あり(説明のみの怪我描写)の為、R15指定とさせて頂きました。不快と思われたら、ブラウザバック推奨。人を選ぶ内容であると、書き手は思っています。
夢主の簡単な設定
・くノ一教室の特別講師(保健体育担当担任)。その他に、医務室の校医を新野洋一先生と共に務めている。
・善法寺伊作を"伊作ちゃん"と呼んでいる(理由は、いさく くんと、"く"が続いて呼びにくいから)
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殻の中から、見据える未来
『伊作ちゃん』
卵の殻の中で過ごしていた
あの人は今も、忍術学園で元気でお過ごしなのだろうか。
◇
忍術学園に入学した忍たまは、"どこかの委員会に属さなけらばならない"と決まりが設けられている。
僕が所属した保健委員会は、主に忍たまや学園関係者の怪我の治療を行い、健康診断や時には検便の確認もしなくてはいけなく、更に所属する忍たまは専ら、不運の持ち主だと評判で、"不運委員会"と揶揄されていると聞いた。
(不運の僕には、お似合いなのかもしれない。でも、誰かを助ける為の力がもっと身につくなら、絶好の機会の筈だよ)
幼い頃から、沢山の不運に見舞われてきた僕は、まだ自分の不運体質と折り合いがつけられていない。
誰かを傷つけてしまうなら、自分から離れた方が自分の心を守れるからとも思う。
けれど、不運に見舞わて負った傷が治りかけ、瘡蓋が出来ると、周りの人から"良かったね"と声を掛けてもらえるのは、嬉しいんだ。
『はじめまして。くの一教室では、保健体育の特別講師と医務室の校医を新野先生と共に担当しています。名無し ○○です。きみが、新しく入った一年生の子ね?』
医務室を訪ねると、新野洋一先生とは別にもう一人の女性の方が正座した状態で座り、僕に挨拶をしてきた。
けれど、それよりも僕はある単語を耳にして、青ざめてしまう。
「く、くの一教室……っ」
以前、一年生全体でくの一教室に招待されて、女の子とお話が出来ると、うきうきとした気分で向かったけれど、まんまと罠に嵌ってしまった。
忍たま長屋に帰ってきた時には至る所が傷だらけで、同室の食満留三郎や、い組とろ組の仲の良い四人も同じ状態だった。
その時に、くの一教室の女の子達の恐ろしさを目の当たりにして、僕は目上の方が相手でも、くの一教室の人だと分かると萎縮する。
「大丈夫ですよ、善法寺くん。名無し先生は、きみ達に、ちょっとした悪戯を仕掛けてくる訳ではありませんから」
僕の顔色の悪さを見たのか、新野先生は気遣いを見せてくれた。
「じ、自己紹介が遅れました! 一年は組、善法寺伊作です! よろしくお願いしますっ!」
くの一教室という単語に囚われていた僕は、名前を告げる事をすっかりと忘れていた。
すぐに、自己紹介をしなくてはいけなかったのに。
『くの一教室の子達が、随分とやんちゃしたみたいで、御免なさいね。けれど、あの子達なりの生き方を学んでいる最中だという事を忘れないであげてね。善法寺伊作くん……、あー…、いさく くんって、"く"が続くのは言い難いわね……伊作ちゃんと呼ばせてもらいましょう』
前半部分に物騒な物言いをし、後半部分で僕の名前の呼び方を変えた呑気な様子の名無し先生を見て、困惑の意味を込めた薄ら笑いを浮かべる。
◇
保健委員会に所属して、半年が経った。
始めは不慣れな事ばかりで、怪我の治療の準備等で何度も失敗する事の多かった僕だが、先輩方のご指導を受けて、少しずつだが成功の頻度が増えている。
『凄いわ、伊作ちゃん』
特に、名無し先生が僕の保健委員としての自己肯定感を上げてくれている様な気もする。
こうして、僕が何かに挑戦して成功すると、拍手をして褒めてくれるのだけど、名無し先生は"面映ゆい"という感情を抱かないのかな。
「ありがとうございます。☆☆先生」
それでも、名無し先生が僕を褒めてくれた事に何も返事をしない訳にもいかないので、こうして礼を告げる。
『何事も一歩ずつ前進なの。伊作ちゃんは、保健委員として皆の為に動けているわ』
「そ、そうですか? 僕だけじゃ、あまり分からなかったのですが……先生からそう言って頂けると、何だか自信が持てます……」
またしても褒められ、自身の頬に少し熱が集まる感覚を覚えていく。そんな時、医務室の障子が開かれると、仙蔵の姿が見えた。
『あら、一年い組の立花仙蔵くんね。どこか怪我でもしたのかしら?』
「いや…今日は私ではなく、けんえんの二人の傷の手当をお願いしたいのですが……」
実技授業で怪我を負う事の多い仙蔵が来て、名無し先生は仙蔵の怪我の処置をするのかと思いきや、仙蔵の視線は医務室の外から聞こえてくる騒ぎ声の方向に向けられる。
「離せ、長次! まだ勝負はついていない!」
「小平太、お前も離せ! 文次郎に一発決められたら、俺が勝てたんだからよ!」
「何だとぉ!? 留三郎、お前の方が俺に追い詰められていたじゃないか!」
けんえんの仲として、一年生の間ではちょっとした有名人となっている、文次郎と留三郎が医務室に入ってくる。
正確には、長次に押さえられる文次郎と小平太に押さえられる留三郎が、顔に傷が出来た状態で半ば強引に連れてこられたといえば、形は良さそう。
「二人共、もう喧嘩は止めなよぉ」
「お前達、名無し先生がこちらを見ているぞ」
長次の後に、小平太の発言を聞いた文次郎と留三郎の二人は、ピタリと動きが止まる。
名無し先生からの熱い視線を受けていた事にようやく気がつくと若干、青ざめた顔をして、ゆっくりと名無し先生に顔を向けていく。
『怪我の処置をしに来たのなら、医務室ではどう過ごせば良かったのかしらね?』
「し、静かに過ごしますっ!」
「すみませんでしたっ!」
笑みを浮かべている名無し先生は、平時の菩薩の様なお方から、二人の畏怖の存在ともなる夜叉の顔へと切り替わる。
文次郎も留三郎は正座の姿勢となり、名無し先生に向けて頭を下げ、喧嘩をせずに医務室で静かに過ごす事を伝えた。
『分かってくれたのなら、これで喧嘩は、お終いね。さっ、怪我の処置を施していきましょう』
僕以外の保健委員の先輩方は、名無し先生の夜叉の姿に圧倒されていたものの、声を掛けられると、軟膏や絆創膏等の治療道具を準備し始める。
呆然としていた僕に先輩が声を掛けてくれ、ハッとしてから動き出す。
(さすが、くの一教室の講師なだけあるなぁ…、忍たま相手でも全然、慌てる事もないし、文次郎と留三郎の喧嘩も一瞬にして鎮めちゃった……)
忍術学園で講師を務める前、名無し先生は戦場医として活躍していたと先輩方から話を聞いた事はある。
戦で多くの人達の死に目に会ってきたからこそ、些細な事でも冷静でいようと肝が座っているのかもしれない。
ある日、保健委員会が使用する薬草が切れてしまったので、裏山まで先輩方と薬草取りに向かう事となった。
僕をはじめ、先輩方も不運体質だから、山道を歩くだけで猪に遭遇したり、突然と転がってきた岩から逃げる羽目になったり、更には大雨に見舞われてしまう事は珍しくない。
今日は少しだけでも、不運に見舞われませんようにと、意味もない願いを込める。
「準備が出来たら、医務室の外へ出ていて下さい。点呼が終わり次第、正門へと向かいますよ」
新野先生からそう言われ、僕達は背負い籠の用意を進めていく。
僕の分の背負い籠の底に穴や切れ目が無い事が確認出来れば、それを持ち出そうとした。
そんな時、名無し先生が何の準備もしていない事に気がつく。
「名無し先生は、裏山の薬草取りに、向かわれないのですか?」
『えぇ。新野先生も出ていかれて、保健委員はおろか、校医が一人も居ない状態となってしまったら、怪我人の子達が困るでしょう? 伊作ちゃん、頼むわね』
そう言われて、僕はその時は何も言いはしなかった。新野先生や先輩方を待たせる訳には行かないと思っていたからだろう。
今となれば、別に医務室には他の保健委員の先輩方が残っていたし、僕が委員会に所属してから、名無し先生と一緒に薬草取りに向かった事が無いと後から気づけたのだから。
◇
三年生に進級した僕達は、近日中に合戦場の見学へ赴く事が知らされた。
戦は城に仕える足軽だけが戦場に身を投じるだけでなく、例えば、"蛍火の術"を用いて情報を撹乱させたり、戦忍と呼ばれる忍者は最前線で足軽と共に戦いに出る等、自分に合った役割を把握し、命を懸けた上で合戦場に姿を見せるのだと、座学の授業で教わった。
「伊作、怪我人を見つけたからって絶対に傷の処置とかするなよ?」
「い、いきなりどうしたんだい? 留三郎」
忍たま長屋で過ごしている中、留三郎にそう忠告されてしまう。
「いくらお前がお人好しで、"保健委員だから"という理由で誰かを助けるというのは、俺はお前がそういう人間だからと分かっているから良いけど、合戦場じゃそういうのは通用しないだろ。先生方も付いているけど、そんな事したら追試になるかもしれないからって事だ」
「ぜ、善処するよ……」
曖昧に答えたせいか、留三郎からの疑いの目は晴れない。
「そうだ。くの一教室の名無し先生は昔、戦場医として合戦場に何度も赴いた事があるんじゃなかったのか? 名無し先生なら、話でもしてくれそうな気もするけどな」
留三郎からそう言われて、そうだと思った。身近に、合戦場で怪我人の処置をしていた人が居たじゃないか。
きっと先生方に止められてしまうから、せめて合戦場での戦場医としての経験談の一つでも聞けたら、それで僕の好奇心も満たされるんじゃないかと思い、留三郎に礼を言う。
委員会の当番の日、医務室に訪れたが、保健委員の先輩方と新野先生の姿はあったものの、名無し先生の姿は見当たらない。
「やぁ、善法寺くん。今日の当番、宜しくお願いしますね」
「はい、宜しくお願いします。ところで、名無し先生は、まだ来ていらっしゃらないのですか?」
「あぁ。名無し先生は、くの一教室で講師としての職務を行っている最中ですよ」
穏やかな笑みを浮かべながら、新野先生は僕の質問にスラスラと答えてくれた。
この放課後の時間に、くの一教室で行う授業といえばと考え、名無し先生が保健体育 担当担任であると思い出す。
名無し先生は、主にくの一教室で授業を行う為、忍たまと関わる機会は少ない。
強いて言えば、保健委員会がまともに接する機会があると思う。
行儀見習いで入学する事の多いくのたま達に、日頃の健康を保つ為の生活習慣について、思春期等の心の変化との向き合い方等、座学を中心に教えていると、名無し先生が話してくれた。
(もしかすると、月経の事をくのたま達に伝えているのかな)
僕は自分で、何を言っているんだと思ってしまう。保健委員会に所属してから増えた悪い癖だ。
口にするのも憚られる医療用語や性的な単語を平然と口にしてしまい、留三郎から何度も注意を受けていたのに。
でも、今は心の中で留めたのだから、褒めて欲しい。
「今日は委員会には顔を見せないでしょうから、もし御用があるのなら、明日以降の方が良いでしょうね」
「えっ?」
新野先生の発言に、僕は思わず声を発してしまう。
「急ぎの御用でしたか?」
「実は今度、合戦場の見学に行く事になりまして、戦場医の経験もある名無し先生から、お話を伺えればと……」
僕がそこまで言い切ると、心做しか、新野先生の顔つきが少し険しくなった気がした。
「善法寺くん」
「は、はい」
「名無し先生は、戦場医時代の事はあまり覚えていらっしゃらないそうです。善法寺くんの期待する答えは得られないかもしれせんが、私の知り合いの医者の話でよければ、お話しますよ」
その答えは、名無し先生の深淵に入り込ませない様なものだと、後に思った。
僕は、新野先生のお知り合いの医者の方の経験談を聞ける事に意識が向いてしまい、その事に疑問を持たなかったのだ。
◇
四年生に進級し、上級生の仲間入りを果たした。
保健委員会にも一年生の後輩である三反田数馬が入ったが、何故か影が薄いせいで、僕も先輩方も存在に気づくのに遅れる。
名無し先生は、一年生だった頃の僕と同じ様に、数馬にも拍手をして褒めたり、子供を相手にする様な態度を見せる。
下級生だから、子供として見てしまうのは当たり前の筈だけど、何年もその姿を見ていると違和感が生じていく。
(けれど、今の僕は不運だよなぁ……)
医務室に、名無し先生が置き忘れた教本を職員室まで届けて欲しいと、新野先生から頼まれてしまった。
忍たまが、くのたま長屋に行く事は禁じられているが、職員室に用がある際は、特例として許されている。
それでも、至る所に忍たま達を陥れる罠が張り巡らされ、引っかかった者が現れると、くのたま達からの嘲笑を受ける事となる。
「名無し先生……っ」
『大丈夫。貴女は利口な子だから、お相手の方とも上手くやれる筈よ』
その時、一人のくのたまと名無し先生の会話が聞こえてきた。くのたまの子が啜り泣くと、名無し先生が酷く優しげな声色を発して、慰めている。
今の会話だけなら、行儀見習いで入学したくのたまに、縁談の話が届いたのか、許嫁との約束を果たすべく、退学する事を名無し先生に伝えたのだろう。
学年が上がる事に、落第してしまったり、家業を継いだりする忍たまは過去に居たが、くのたまの場合はそれが顕著だ。
くの一を志す者も居るけど、大半は行儀見習いで、上級生に上がる手前で学園を去っていく。
『そこに居るのは、伊作ちゃんかしら』
物陰に隠れてやり過ごし、会話が終わるのを待っていた僕だったが、名無し先生は既に僕の気配に気づいていたみたいだった。
先程のくのたまは、自分の長屋へと戻っていき、今は名無し先生と僕しか居ない。
「あはは…、聞き耳を立てるつもりは、無かったんです……」
『その手に持っている教本、忘れてしまったから届けに来てくれたんでしょう? くのたま長屋は男子禁制だけど、職員室は特例で入れるものね』
僕が持っていた教本に目線を配り、名無し先生は僕がくのたま長屋に訪れた理由を瞬時に理解してくれた。
『ありがとう。伊作ちゃん』
教本を渡すと、それを受け取った名無し先生が朗らかな笑みを浮かべて見せる。
そんな中、僕は名無し先生の目が赤く腫れて、泣いた痕が残っている事に気づいてしまう。
『御免なさい。気になってしまったのね』
「ど、どうして分かって……」
『あら。カマを掛けてみたら、当たってしまった』
くすくすと笑う名無し先生は、やはり僕達よりも一枚上手なんだと思い知らされる。
『いつか学園を去るのは分かってはいたけど、いざその時が来たら、わたしも大人気なく泣いてしまったの。大人なのに、情けないわね』
「大人の方でも、感受性が豊かな方はいらっしゃいますし、泣く事は悪い事ではないと僕は思います」
僕はその時、名無し先生にそう言った。
けれど、名無し先生は感受性が豊かな方なのかは、分からない。
◇
そして遂に、最上級生の六年生へと進級した。
不運体質故に、落第寸前と言われていた僕だったが、学友達の支えもあり、何とか進級する事が出来たのはほんの僅かな幸運と捉えよう。
『伊作ちゃん、今回の予算はどうなのかしら?』
「そうですねぇ……薬は、あまり購入出来なそうなので、下級生達を連れて、裏山で薬草を取りに行こうかと考えています。包帯は、卒業した先輩方の褌がまだ残っていますので、やりくりすれば何とかなります」
新野先生の職員室を後にした僕は、今度は名無し先生の職員室に訪れ、今年度の保健委員会で使用可能の予算の情報共有を行っていた。
六年間、保健委員会に所属していた僕は委員長にまで上り詰め、"不運大魔王"という不名誉か名誉なのか言い難い渾名を付けられていたのだ。
『委員長が伊作ちゃんで、わたしは安心するわ』
「な、何故ですか?」
『この六年間で、薬や治癒の知識も豊富になったでしょう? 忍者を志す者の中で、後方支援として回復役が居るのは大変心強いものなのよ』
相変わらず、名無し先生は僕が最上級生になっても、変わらず拍手して褒め言葉を口にして、こうして自己肯定感を上げてくれる。
それは、今年入学した新しい保健委員の乱太郎・伏木蔵・二年生の左近にも同様だ。
「あぁそうだ。名無し先生」
『どうかしたの?』
「もしお時間がありましたら、少し相談に乗って頂いても宜しいですか?」
『えぇ。特に用事も無いから、大丈夫よ』
予算の情報共有を終えてから、そのような申し出をするも、名無し先生から了承を得られた。
「名無し先生の口から、話すのが憚られる事であれば、お答えするのを控えて頂いても構いません。それでも、聞いてくださいますか?」
◇
職員室に訪れた、今年度の保健委員会 委員長の伊作ちゃんから、わたしに相談事があると話を受けた。
特に断る理由も無く、問題ないと了承した。
「名無し先生に、お聞きしたい事がありました」
『何かしら』
やけに勿体ぶった口調で話しかける伊作ちゃんだが、わたしはこれといって苛立つ事はない。
他人には他人のペースがあるのだから、下手に急かして焦らせては却って面倒になるだけだから。
「実は、進路に迷っている所なんです。名無し先生が戦場医として活動していた時期…、何か覚えている事がありましたら、お話を伺いたいと思っていました」
伊作ちゃんの目は、真っ直ぐとわたしを見つめていた。
その発言は揶揄いもなく、本気で話を聞きたいのだと、聞き手側に説得力を持たせるような。
『伊作ちゃんって案外、度胸があるのよね。わたし、そういう所は嫌いじゃないの』
「つまり、それは………」
『話しても構わないわよ。伊作ちゃんが、全て受け止め切れるのならね』
まずは、何から話そうかしら。
そうね。少なくともまず、この格好で合戦場に出れば、女として態度も軟化する人も居れば、侮る人も居たりしたわ。
女の医者なんて早々、合戦場に姿を見せるものじゃないから。
わたしも元々、この学園には通っていたのよ。
くの一を目指していたけど、忍者としての才能は想定より開花しなくて、どちらかといえば、他者を救う事に意味を見出したの。
今の伊作ちゃんのようなものかしら?
両親は、あまり良い顔をしなかったのよ。
女の幸せは、素敵な殿方と結ばれ、結婚して、後継ぎを産むのと。
けど、素敵な殿方とは言っても、政略結婚が当たり前だから、自分よりも一回りも二回りも上の方が許嫁になる事だって、珍しくないの。
わたしって案外、頑固だから反抗してたの。
可愛いわよね、子供の反抗って。
御免なさい、話が逸れてしまって。
保健委員会にも所属して、薬草や薬の知識を深めて、他者を救うくの一でも目指そうと、漠然とした将来設計を組み立てていたの。
子供って可愛いのよね、そういう事を考えると、その夢に向かって一直線に突き進もうと、ひたむきに努力して頑張れるの。
卒業してから、わたしはフリーの戦場医として働き始めたの。
はじめは、自分一人じゃやっていけなかったから、卒業済みの先輩方の助けを借りながら、何とかやっていたの。
懐かしいわね。誰かを助けるという行為って、自分が満たされるのよ。
何かを成し遂げたという意味でもあるし、捻くれた見方をするなら、自分がいかに良い人間なのか証明される手立てとしても有効。
けどね、合戦場で治療していく中で皆が皆、正気で居られた訳じゃないの。
あれは今、わたしが遭遇した最も悲劇的な不運といっても過言じゃないわ。
敵の攻撃を受けて、出血の止まらない足軽を見かけて、治療をすると声を掛けたの。そ
したら、その足軽は打ち所が悪くて、錯乱してしまったのね。
わたしの顔を見るなり、敵兵だと勘違いして、奇声を上げながら、わたしの腹部を狙って刀を斬り付けてきたの。
上手く避けきれなかったわたし、六年間も忍術の勉強をしてきたというのに、忍者失格よね。
結局、その足軽は大量出血で戦死。
わたしも腹部からの出血が収まらなくて、撤退するしかなかった。
知り合いの診療所が近くにあったものだから、駆け込んだの。
そしたら、子宮の損傷が著しく酷いと言われてしまって、子宮を全摘出した。
そこから、自分の記憶が曖昧で、覚えている事といえば、合戦場へ足を運ぶ事が出来なくなった、刀を見ると変な冷や汗が出てきたり、山道を歩こうものなら、刀を持つ山賊相手なんか相性最悪よ。
結局ね、戦場医として活動してた時期って少ないの。
実の両親からも見放されて、最後に行き着いたのは母校の忍術学園。
学園長先生の粋な計らいで、くの一教室の特別講師として雇ってくれたのよ。
今でも、感謝しつくしきれないわ。
だって、もう忍者として活動出来ないわたしの籍を置いてくれているのよ。
まぁ、代わりに出来る事は、今まで学んできた知識を可能性のある子供達に教える位しかないから、この学園に居るの。
言い方を変えれば、卵の中に閉じこもっているだけ。
合戦場に居た人達の全員が、そういう人しか居ない訳じゃないの。
助けを求めている人、助けを諦めて、自らの死を受け入れる覚悟を決めた人……、短い期間だったけど、色々な人達を見てきた。
けど、わたしは巣立った筈の卵の殻に閉じこもっていないと、生きていけなくなってしまったから、その人達がどんな顔をしていたのかもう忘れてしまったの。
わたしは菩薩ではないから、この学園に居る子達の治療しかしてあげられないの。
外の世界に居る人達の治療は、いまのわたしにはもう出来ない。
薄情と思われても構わないけど、いまのわたしにはそれが精一杯の生き方なの。
自分では見る事の叶わない子供の代わりとして、貴方達を見ていた。
祝言を挙げるから、学園を去るくのたまの子達を見送る事しか出来ない。
御免なさい、伊作ちゃん。
伊作ちゃんの望んだ答えを言ってあげられなかった様なものだけど、これでわたしの話はお終い。
『伊作ちゃんの卒業後の進路は、フリーの戦場医なのかしら?』
「そうですね……どの城にも領地にも属さない、戦場医として」
わたしの話を聞き終えても尚、伊作ちゃんは戦場医になるという夢を言い放つ。
それがどれだけ残酷な事なのか、伊作ちゃん本人も理解している様で、わたしの話を聞き終えてから、笑顔を見せていない。
笑みを浮かべるわたしの代わりに、苦しんでいる顔をしている。
『伊作ちゃんが決めた事なら、わたしは良いと思うわ』
いつもと変わらない朗らかな笑みを見せても、伊作ちゃんは、今にも泣き出しそうな顔をしているだけだった。
◇
その後、わたしと伊作ちゃんは何事も無かったかの様に話を終える。
毎度行われる予算会議では、不運に見舞われたと話し、土井半助先生の行方不明騒動では、六年生全員が負傷して医務室に現れたりと、相変わらずバタバタとした日々を送っていた。
そんな事をしていれば、あっという間に時は過ぎていき、季節は卒業の春を迎えて、正門前では桜吹雪が舞う。
「名無し先生!」
遠方から、伊作ちゃんのわたしを呼ぶ声が聞こえた。
『伊作ちゃん。他の六年生の子達は、一緒じゃないの?』
「皆、委員会の後輩達の元に向かっているんです。僕は一足早く、保健委員会の後輩達と会って、新野先生にもお会いして、最後に☆☆先生という訳です」
『締めに、わたしを選んでくれたのね』
ふふっと笑ってみせると、伊作ちゃんは慣れた様子で、"そういう事です"と同じく笑みを浮かべていた。
『卒業、おめでとう』
わたしは、伊作ちゃんから目を逸らす事をせず、その言葉を告げる。
『この先も、伊作ちゃんに幸いがありますように』
不運体質の集まりと言われた、保健委員会の委員長を無事に務めあげて、卒業する六年生の子達の中でも技の切れ味が一番と褒められていた貴方なら、きっと誰かが幸せを運んでくれるに違いない。
「大変嬉しいお言葉、ありがとうございます。僕も名無し先生の幸いが、いつまでも続く事を願っています」
お返しと言わんばかりに、伊作ちゃんはわたしの発言と似たような言葉を並べ出していく。
「僕は、合戦場で怪我を負う人達だけじゃなくて、色々な人達を助けたいと思っています」
伊作ちゃんは、戦場医としてではなく、この先の道中で出会う怪我人全て、自分の出来る範囲で助けたいという大層な夢を改めて、わたしに語ってくれた。
「忍術学園の忍たま、くのたまの子達を、これからも、名無し先生が先生を続けられるまで、守って下さい。そして、卵から巣立っていく子達を見送って下さい。僕は、忘れずにちゃんと覚えていますから」
――名無し先生、どうかお元気で。
―――――――――――――――
◆名無し ○○
くの一教室の特別講師として、保健体育担当担任に着任している。
戦場医として活動中、錯乱状態に陥った足軽に腹部を斬られ、子宮を損傷。
やや子を孕めない体となり、女としての価値が失われたと実親から罵られ、絶縁された過去がある。
忍術学園の生徒を、自分の子供の様に思っているだけで、感受性は豊かという訳ではない(もう産めないから)。
過去のトラウマがあり、基本的に学園内で過ごす(薬草取りも、道中で山賊に会った際にトラウマが発症する為、出来ない)。
くの一教室の授業では、月経等の正しい知識を教えている(その授業後、自身の体の事を気にしてしまい、委員会に顔を出せない程に気分が沈む)。
卵の殻に閉じこもって、可能性のある子供達のみを助ける。
◆善法寺 伊作
冒頭の彼は、卒業後の彼。
"ちゃん"付けされていた事は、学年が上がるに連れて気にしなくなっていった。
薬草取りに同行しなかったり、自分達への接し方が子供相手の態度であると、○○の行動が気になっていたが、進路相談で○○の過去を聞かされ、全てが合致して泣きそうになった。
だからといって、過去の事だからどうにも出来ない。それでも、誰かを助けたい思いは変わらないから、どんな人でも助ける医者(時として、戦場医)になる。
◆新野 洋一
忍術学園の校医。
○○より歳上であり、過去をそれとなく理解している。
トラウマを刺激させない様にと、過去の話を誰かに口にする事はない。
◆他の六年生
一年時から、○○とは顔見知り(怪我をした時に、医務室に赴く為)。
怒らせると怖いと知っているが、○○の過去を六年生の中では伊作以外、知らない。
◆保健委員会の面々
○○の過去を忍たまの中では、伊作以外は知らない。
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