短編(R指定版)
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きり丸×女夢主(年上)
摂津のきり丸が、かつて"(自称)アルバイトの天才"と自分に呼ばせてきた○○と過ごした数年間に思いを巡らす話。
◆名前変換夢ですが、下の名前のみ登場。
◆一人称(夢主、きり丸)視点で進みます。
◆既存キャラの解釈違い(口調や性格)が出てくると思われますので予め、ご了承下さい。
◆死を連想させる言葉・放送禁止用語の使用・汚物または嘔吐・男尊女卑の描写がある為、R15指定とさせて頂きました。不快になられたら、ブラウザバック推奨。
◆きり丸と土井先生の関係性が好みで、夢主を介入させたくない。戦災孤児時代のきり丸が、誰かと一緒に過ごした時期があるのが解釈違い等の地雷がございましたら、同じくブラウザバック推奨。
夢主の簡単な設定
・きり丸よりは、年上。
・孤児であり、生きる為にアルバイトに励む。集めた銭で、成り上がりたいのが夢。
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茂みが生い茂る林の中で倒れ込むわたしの前に、きり丸が現れた。なんだか、お天道様の光のせいで、きり丸に後光が差しているみたい。
◇
「いやぁ、今日もギンギンに良い鍛錬になった!」
「いけいけどんどんと、成功に終わった訳だ!」
「もそ…」
アルバイトの手伝いをしてくれた、潮江文次郎先輩、七松小平太先輩、中在家長次先輩の姿を見て、おれはこっそりと溜め息をついた。
今回も今回で、潮江先輩が、敵の山賊を相手にしたいからと、アルバイトそっちのけになりかけた。
七松先輩が、潮江先輩と同じ様に山賊を相手にしたはいいけど、アルバイトの品を破損させかけた。
中在家先輩も、七松先輩が品を破損させかけた所を見て、不気味な笑いを浮かべて、縄鏢を七松先輩以外にも、山賊にもぶつけたりして、おれの心労が絶えない。
「……ん?」
そんな時、道端で物乞いをしている女性と小さな子供を見かけた。小袖は至る所が破けて、女性と子供は共に頬が痩せこけて、ろくに食事が取れていないと嫌でも分かってしまう。
「……きり丸」
おれが、物乞いをしていた女性と子供をジッと見ていた所を中在家先輩に声を掛けられた。どうしたんだろう。
「……うどんを奢ってあげる」
中在家先輩の口から、"あげる"という言葉が繰り出されると、どこかから銃声が聞こえて、"あげる"と書かれた矢印が胸に突き刺さる。勿論、それはおれの想像上で。
「おぉー。長次の奴、やるなぁ」
「きり丸のドケチな性格を、巧みに利用したな……まぁ、いくらしっかり者のきり丸とは言え、あれを見せられて、いい気分になる訳もないしな。気遣いって訳か」
「どうやら、この辺も戦続きの影響が出ている様だ。あっ、長次。私の分も奢ってくれ」
「……お前達は、自腹だ」
うどん屋に到着してから、おれだけが長椅子に座る。先輩方は立ったまま、熱々の麺入りうどんの器を受け取る。
いつもなら、麺なし汁ありうどんを注文するおれだったけど、中在家先輩のご厚意で、麺入りうどんと貴重な食事を取れる事となった。
(……そういや、あの時もこうして、うどん屋に居たんだっけなぁ)
うどんの麺が入った器に、自分の顔が映る。
あの頃とは、随分と自分の姿も変わった。そしてあの頃、共に過ごしていたあの人の事を思い出してしまう。まだ、生きる術を知らずに、もがいて泣いて、今よりずっと青かったあの頃を。
◇
しんしんと雪が降り積もる季節を迎えて、今年もどうやってやり過ごそうかと考える。仮住まいの住処である、廃寺が見えてからも、わたしはその事で頭がいっぱい。
『はぁ、っ』
白い息が、空中に虚しく放たれていく。満足に体の芯まで温まるような小袖など、わたしは持ち合わせていない。
縁框の下に潜り込み、定位置に座り込む。いつも使っている莚を取り出そうとすると、見当たらない。
おかしい。無くすなんて事、わたしがする筈ない。そう思っていると、視線を感じた。わたしのように、勝手に入り込んだ誰かが居るんだと思えば、殴ってでも追い出そうと拳を構えて、後ろを振り向く。
そこには、探していた莚を体に包ませて、拳を振りかざそうとするわたしをジッと見つめる、一人の男の子が座っていた。
『ここ、わたしの家。ここに居るんなら、銭の一銭でもちょうだいよ』
わたしがそう言っても、男の子は何も言わない。体に包ませていた莚が、履物を身につけていない生足を守ってくれていない事に気がつく。
『きみのその足、霜焼けで使い物にならなくなっても、知らないから』
すると男の子は、何かに反応を示して、わたしの顔を見てきた。
「しもやけって、なに」
『痒くなったり、痛くなったりする。あんまり酷くなると、死ぬ』
霜焼けで、わたしと同じ歳や年下の子供の死体を何度も目にしていたから、わたしは男の子にも教えてあげた。
「死ねば、父さんや母さんの所に行ける?」
吃る事もなく、すらすらと言い放った男の子を見て、わたしは察した。この子、家族も故郷も無いんだと。
『行きたいなら、そうすれば?』
この子が両親に会いたいのなら、別に構わない。そのやり方が、死ぬ事だったら止めない。
わたしには、関係のない事。死ぬんだったら、借家料もいらない。
◇
翌朝、引き戸なんて存在しない[[rb:縁框 > えんがまち]]から流れ込んでくる冷気に体を震わせて、目を覚ます。
隣には、死んだら両親に会えるのかと話した男の子が、すやすやと寝息を立てて、眠っていた。
『死んでないじゃん』
死ぬなんて、口では簡単に言える。
本当に死にたいなら、わたしの住処からさっさと出ていって、野犬を挑発して、自分を襲わせたり、山賊に喧嘩を吹っ掛けて、刀の先端を心臓に刺してと言って、崖から飛び降りたりとか、簡単なのに。
『こんな事してる場合じゃない』
新聞配達のアルバイトが、入っているんだ。
今も夢の世界で、死んだ両親と会っているかもしれない男の子を放置して、わたしは縁框を出て、薄暗い外の世界へ足を踏み入れた。
「はい。今日の駄賃だ」
『ありがとうございます!』
朝刊を配り終えて、おじさんから今日分の駄賃を受け取る。
周りには、わたしと同じ様な子供達も居たが、話しかけたりはしない。
さっさと長屋から出ていき、次のアルバイト先まで時間があるからと一度、廃寺に戻る事にした。
町を行き交う人達は、小汚いわたしの姿を見ては、"汚い"、"可哀想に"と思っている目を向けてくる。
わたしと同じ歳の女の子は、寒さに耐えられる小袖を着ていれば、綺麗な着物を身につけていたけど、わたしには関係ない。
(さっさと帰ろう)
前へ前へと足を進ませて、町外れの森の中を歩く。
山賊はしばらく見かけてないから、もうちょっと続いてくれたら、どれだけ安心か。
廃寺に到着して、縁框の下を潜ると、あの男の子がまだ居座っていた。また、わたしの事をジッと見て。
『ねぇ、死なないの?』
悪気なんてない。
だって、この子は死ねば、両親に会えるのかと自分で言ったんだから。男の子は、何も答えない。
『遠くの町か、なんばんで、どれいにでもなったら、簡単に死ねるよ』
ここじゃない、もっと遠くの町に、どれいという名前で子供達が連れて行かれる。
そこに行ったら、もうここには帰れないらしい。なんばんは、そこよりもっと遠くの場所。
わたしも前に、けいせい屋の汚いおじさんに、連れていかれそうになった事がある。その時は、またぐらに蹴りを入れて、死に物狂いで逃げた。
そんな事を考えていた時、おじさんから貰った駄賃が一銭、雪の中へ零れ落ちて行く。
「……ッ!」
銭が落ちたのを同じ様に見ていた男の子は、勢いよく手を伸ばすと、その銭を取ろうとした。
『触らないで!』
すかさず自分の手を出して、男の子の手を叩く。じんじんと痛みが伝わる手を抑える男の子に、わたしは自分の顔を近づける。
『これは、わたしが自分で手に入れた銭! 何もしていないきみなんかに、触らせない!』
大声を上げて、男の子に威嚇する。何も成し遂げていない癖に、わたしの銭に触るな……、その意味を込めていた。
「……何したら、手に入るんだよっ」
目を潤わせて、今にでも泣き出してしまいそうな程、震えた声で、男の子がそう言ってきた。
『アルバイト』
「ある、ばいと…?」
『銭が手に入る。外の世界の事を知れる。何もしていないから、何かをしたに変えられる』
わたしの言葉を聞いて気分が変わったのか、男の子は泣きはしなかった。まだ目を潤わせていたけど、それでもわたしを見つめる。
「教えて」
男の子が、わたしに声を掛けてくるけど、まだその声は震えていた。
「おれにも、銭を手に入れられるやり方を教えてくれよ」
◇
男の子の名前は、きり丸。わたしより、歳が下。
きり丸からも、名前は何だと聞かれて、自分の名前を教えた。
アルバイトを教えて欲しいと言われて今度は、きり丸と一緒に町へ向かう。
次は、町中で南瓜売りをする。夏に収穫された物を寝かせて、甘みが増しているらしい。決められた個数の南瓜が売れたら、それで終わり。
おばさんから、アルバイトに来てくれる子供が一人、減ってしまったからと、きり丸を見るなり、人手が増えて良かったわと嬉しそうにしていた。
『きり丸、これ持ってて』
籠の中に入っている南瓜を一個、きり丸に渡した。どうやら重かった様で、きり丸の体がよろめく。
「こんなの持って、何になんだよ」
『それ落としたら、売り物にならなくなって、貰える駄賃が減るから。覚えといて』
そう言うと、きり丸は南瓜の重さに耐えながら、転ばない様に気をつけている。
『美味しい南瓜ですよ〜! 夏から寝かせて、甘みたっぷり美味しさ満点! こんなにあるから、買うなら今ですよ〜!』
外面の笑顔で、声を張り上げたわたしを見て、隣に立っていたきり丸が驚く。
見た目だけなら、歳の近い子供二人が南瓜売りをしているのは、注目を浴びさせるには打って付け。きり丸には、売り子をするわたしの応援するかの様な、健気な男の子を演じさせていたのだから。
それにまんまと嵌った町の人から銭を受け取り、南瓜を渡していくのだった。
全ての南瓜を売り終えてから、おばさんの元へ戻っていく。すると、おばさんはまたしても嬉しそうな顔を見せてきた。
「今日は随分と、町の人達が賑わっていたわね。南瓜も全部売れて、これも二人のおかげね。はい、お駄賃どうぞ」
手のひらに、おばさんからの駄賃が乗せられた。立ち尽くしているきり丸を肘でつつき、手のひらを出すように言った。
「でも……」
『いいから』
自分は売り子をしていないからと、言いたいのか。
ここで、そんな事を言ってしまえば、おばさんの好意を無駄にして、アルバイトを紹介してくれなくなる。
それは、口にはしていない。
けれど、わたしの顔が怖かったのか、きり丸は手のひらを出した。おばさんから駄賃を受け取り、きり丸はジッと手のひらを見つめた。
「これが、おれの銭……」
「ありがとうございました!』
きり丸の頭に手を乗せて、無理やり頭を下げた。同じ様に、わたしも頭を下げて、おばさんに礼を言う。
◇
おばさんの居る長屋を出ていき、わたしときり丸は町中を歩いていた。
町の人は、相変わらず小汚いわたしときり丸を見て、汚いとか可哀想とか思っている目を向けてくる。
「おれ、どうだった…?」
『最初だから、まずまず』
南瓜売りのアルバイトの出来を聞いてきたきり丸に、わたしが正直にそう答えると、きり丸は少しだけしょんぼりとする。
『初めてだから、しょうがないでしょ』
「……○○は、いつからアルバイトやってんの」
『随分前から』
その時、近くのうどん屋から大声が聞こえると、一人の男の子が店から飛び出てきた。口元には、汁の跡がついている。
「この乞食がっ! 人様の物に、勝手に手を付けてんじゃねぇ!」
「ごめんなさい! ぼく、お腹が減って、どうしても食べたかったんです! ここで働いて銭を返すなり、何でもしますから、お願いします!!」
「こっちはなぁ、戦続きで、ろくに食材も取れてないんだ! 貴重な食材で作って提供した、お客様のうどんを食べる様な餓鬼を誰が働かせるかぁ!!」
町の人達の視線が、うどん屋の店主と男の子に向けられ、注目の的だ。
男の子が泣きながら、同情してもらおうと言っているのが分かるものの、店主には通じていない。
「あれ、」
隣に居たきり丸は、うどん屋の前での出来事に目を丸くさせて、私に声を掛けた。
『食べ物に困ってて、盗みがバレたんでしょ』
すると今度は、町の外れで茶色の泡を吹いて、小さな女の子が倒れていたと騒がしくなる。
うどん屋での出来事が終わると、今度はそっちに注目が集まっていく。
「あれも、誰か、」
『犬の糞を食べたら、泡吹いて死んだ』
きり丸の顔は、少しだけ青ざめていた。
人の塊が出来ている場所へ行くと、確かに女の子は茶色の泡を吹いて倒れていた。その近くには、手の触れた跡が残っている犬の糞も一緒に。
(もしかしたら、南瓜売りのおばさんが言ってた、一人減った子供って、あの子だったりして)
素足のまま、女の子が倒れていたのが気になると、女の子が履いていたかもしれない草履が置かれていた。わたしは人の塊に紛れて、草履を取り、きり丸の元へ戻る。
『はい。使ってあげなよ』
女の子の草履だと分かると、きり丸は青い顔のまま、遠慮している様子だ。
「それ、犬の糞……」
『じゃあ、霜焼けでのたれ死ね』
そう言えば、わたしが手にしていた草履を受け取り、その場で履き出す。
大きさは丁度であり、足裏が小石などで怪我をする心配も少しは無くなるだろう。
◇
『わたしはね、アルバイトの天才なの』
「……はっ?」
あれから数日が経ち、廃寺の縁框でアルバイトについて話をしていた中で、きり丸が素っ頓狂な声を出した。
『だから、アルバイトの天才だって言ってるでしょ』
「聞こえてるって。それに、何回も言わなくても分かる」
『だって、きみが"はっ?"なんて、間抜けな返事をするから、聞こえてないと思うに決まってるじゃない』
それに、余計な事まで言う様になったね……、最後に、そう付け足した。
「今日って、何のアルバイトだったっけ」
『子守り。そんなすぐ忘れてちゃ、この先もやってけないよ』
「はいはい、アルバイトの天才様」
眉を下げて、適当に返事をしたきり丸の脳天に、拳骨を喰らわせた。痛いと声を漏らすきり丸に、わたしは顔を見合わせる。
『きり丸。わたし達は、せつなの関係なんだから』
「いてて…、せつなって何だよ」
『過去も未来も気にしない、今を生きるって意味。わたしも最近、知ったの。わたしときみは、ずっと一緒に生きる訳じゃないって事。だから、ちゃんと覚えてなさい』
わたしの言葉を聞いてから、拳骨を受けた痛みが収まったのか、きり丸が口を開く。
「○○ってさ、何でそんなに銭を集めてんだよ」
『それは、わたしの夢が"成り上がり"だから』
きり丸は、わたしの夢の内容がよく分からない様で、"ん?"と言いたい様な顔を見せる。
『うんと沢山の銭を集めて、孤児だからってばかにしてきた人達を見返す為。成り上がって、誰にもばかにされないで、良い暮らしを送ってやるんだからっ』
それから、わたしときり丸は子守りのアルバイトの為に、いつも通う町の隣町へと足を運んでいく。
女の子二人、男の子一人と幼い子供が全部で三人。母親は用事で家を空けなくてはいけないからと、その間の留守をアルバイトして、紹介してくれた。
「よぉーし…子守りのアルバイト、頑張るぞ」
『じゃあ、きり丸は男の子と遊んであげて』
張り切っているきり丸の横で、どの子の世話をするのかと勝手に決めた。
「ちょっと、何勝手に決めて…!」
「きゃははっ! お兄ちゃん、竹馬で遊ぼ!」
わたしに反論しようとするものの、幼い男の子から竹馬遊びに誘われ、言えず終いで終わる。
「うわぁ! お、おれっ、竹馬なんてやった事ねぇよ!」
「こっちだよー!」
器用に乗りこなす男の子に対して、竹馬に触れたのが今日が初めてのきり丸は、ついて行くのに精一杯だ。
そんな二人を他所に、わたしは幼い女の子二人と、小石を使ったお手玉で遊ぶ事とする。別のアルバイトで子守りを経験し、そこでお手玉遊びをした事もあり、慣れたものである。
「お姉ちゃん、お上手!」
『あはははっ、そうでしょ?』
その後、珍しく何事も問題も起きずに、子守りを終える事が出来た。
三人の子供達の母親から礼を言われ、駄賃を受け取る。わたしがお礼を言ってから、遅れてきり丸も小声で、お礼を言う。
◇
きり丸と出会って、一月が経ったと思う。
でも最悪だ。まさか、アルバイトの予定があるのに、風邪を引くなんて。
「○○、大丈夫かよ」
『頭が痛い……、熱い……っ』
激しい頭痛、胃の中の気持ち悪さ、体全体が重い……、こんな調子で、今日の荷物運びのアルバイトに顔を出せない。
『きり丸……悪いけど、親方さんに謝っといて』
本当なら、わたしときり丸の二人でやる予定だったけど、急な風邪で、きり丸一人になったと言わなくてはならない。これは、わたし達と親方さんとの信用問題にヒビを入れない為だ。
「わ、分かった……」
今まで、わたしと一緒にアルバイトに励んでいた事もあってか、一人で親方さんの元へ向かうのを不安がっている様子だった。
『要領が良いんだから、最後まで出来るって……』
「……うん」
廃寺の縁框から出て、外の世界へと足を踏み入れたきり丸の後ろ姿を見送り、筵の上で木材の染みを眺めていると、眠気に襲われる。
どれぐらい、眠ってたのかな。
少し体の重みが落ち着いた様な感じがする。頭痛は相変わらずだけど。
きり丸は、荷物運びのアルバイトを最後まで終わらせたのか……、そう思っていた時、傍にきり丸の姿があった。
『き、きり…、うっ…!』
驚いたあまり、体を起こそうとすると無理が祟り、頭痛に襲われた。
だって、わたしの目の前に居るきり丸の顔には、殴られた痕が出来ていたんだから。
『ど、どうしたの…?』
「ぶん殴られた」
『いや……何で、殴られたのよ』
そう聞くと、きり丸の口から"親方さん"と言葉が出された。
「おれ一人で行ったら、親方さんが目の色を変えて、仕事にならないとか、○○が来てても、別に大して変わらないとか……ムカついたから、殴ってやった」
アルバイトを何もしないで、廃寺の縁框に帰ってきたと分かれば、わたしはゆっくりと体を起こし、歯を食いしばってから口を開けた。
『そんな事したら…、もう親方さんから、アルバイト紹介されないじゃない…!』
「孤児だからっ、仕事くれてやっただけ、有難いと思えよって、おれ達をばかにしたような事、言ってきたのにか!?」
わたしの言葉に被せる様にして、親方さんが吐いた罵倒の数々を、目尻に溜まった涙の粒を零しながら、きり丸は声を荒げて言う。
これまで受けてきたアルバイトで、きり丸はまだ依頼人からの孤児に対して向ける悪意に触れた事がなかった。
わたしは既に悪意に触れて、傷ついて泣いて、開き直るしかないと考える様になったけど、きり丸はあの時のわたしみたいに、そこまで考えられないんだ。
「戦なんか起きないで、おれの家も家族も無くなってなかったら……良かったのかよ…っ」
ボロボロと涙を零して、孤児になってしまった原因の戦を思い出して、きり丸は言葉を零す。
『きり丸……もう、家も家族も無いんだよ』
わたしが声を掛けると、きり丸は顔を伏せて、涙を流し続ける。
『ここには、悪意を向けてくる人も居る…、それを知って……、きり丸は、強くなれるよ』
きり丸は、わたしより歳下だけど、強い子だと思っている。
初めての悪意に触れたきり丸は、それを受け入れる余裕なんか無くて、声を上げて泣き続けた。
◇
きり丸と出会って、一年が経ったのかもしれない。
アルバイトに励んで、報酬の駄賃を貰えば、目に銭の模様が浮かび上がる程に、きり丸は銭への執着が強くなった。
紺色の髪の毛も、伸ばして切れば売れるからと、物の価値を分かり始めてきて、初めて会った時とは別人の様。
「今日は、茸取りのアルバイトかぁ」
『毒の入った茸を取ったら、許さないから』
「へーへー、分かってますよー。口煩いアルバイトの天才様」
それを聞いて、きり丸の脳天に拳骨を喰らわせた。
"すぐに手が出る"と、野次を飛ばされても気にしない。だって、きり丸が悪いんだから。
『とにかく、茸取り始めっ』
はぐれないように、わたしときり丸は、それぞれ顔が見える場所で茸を取り始めていく。
わたしの座った場所には、茸が山の様に生えていた。そこから、毒のある茸と毒のない茸を分けて、籠の中には、毒のない茸を放り込む。
毒のない茸が、籠の半分まで詰められた所で、きり丸がわたしの元へ向かってきた。
「なぁ、変な奴がウロウロしてた」
小声で話しかけられ、わたしはきり丸を連れて、茂みの中へ姿を隠す。
『どんなの?』
「えっと…、三人組の男の人達で、何か探してるみたいだったぜ」
きり丸が答えたその時、どこかから女の人の悲鳴が聞こえてきた。
驚いてしまうきり丸に、わたしは人差し指を立てて、静かにする様に伝え、きり丸も黙って頷く。
「助けて! 助けてぇ!!」
ボサボサの髪の毛、破れている小袖、草履を履いてないから、血の痕が地面に付いている。女の人は、
わたしやきり丸よりも歳上で、誰かに追いかけられている。
「ちょこまかと逃げんじゃねぇ!」
「この山は、おれ達の縄張りみたいなもんだ! お前みたいな馬鹿な女が逃げようと、いつもここを登るもんで、すっかり慣れちまったもんよ!」
今度は、女の人を追いかけるおじさん達が現れ、手には刀を持っている。
そして、もう一人のおじさんが女の人の前に現れると、手を掴まれてしまい、女の人は動けなくなる。
「わたし、駿府に行くなんて、聞いていません! ねぇ、助けてっ!!」
「恨むなら、うちの頭に騙されて、股を開いたお前を恨むこったな。おい、連れてくぞ」
三人のおじさんは、声を上げて泣いている女の人を連れて、わたし達に気がつく事もなく、山を降りていく。
悲鳴も聞こえなくなって、完全に山を降りたのが分かれば、きり丸がわたしを見た。
「い、今の……今の女の人、こっち見て……おれ達に助けてって……」
『じゃあ、きり丸が行けば良かったんじゃない? 刀持ってる相手に、斬り殺されてお終いでしょうけど』
「んな言い方っ……、………○○?」
異変に気づいたみたい。
わたしが、さっきの女の人がおじさん達に連れていかれた光景のせいで、きり丸と出会う前の頃、けいせい屋の汚いおじさんとの事を思い出してしまったから。それで手が震えていたのを、きり丸が気がついた。
「お前も……あの人達に、会った事あるのか……?」
『違う……わたしの時は、違う人だった。でも、思いきり蹴ってやって、急いで逃げたから何も無かった……』
誤解されたくなかったから、わたしは本当の事を教えてあげた。すると、きり丸はホッとしている様子だ。
「……、…えっと、"すんぷ"って、どこだ?」
『遠くの国って、聞いた事ある……でもきり丸、話変えるの下手くそ』
うるせぇ……、そう言って、気まずい顔をするきり丸を見て、わたしは少しだけ笑う事が出来た。
「……アルバイトだからって、行かないよな」
『行く訳ないじゃん。行ったら、もう帰って来れないって聞いたから。そしたら、成り上がりも出来ない』
でも、ありがとう。きり丸。わたしの手が震えていたのに気がついて、気にかけてくれたんでしょ。歳下の癖して、生意気。
◇
きり丸と出会ってから、何年経ったんだろう。
今日は、合戦場の弁当配りのアルバイトをする事になっている。
弁当屋のおじさんから、戦の真っ只中であり、"腹が減っては戦ができぬ"を利用して、足軽達に売りつけて欲しいとお願いをされた。
「あの中で、弁当配るのかぁ」
『きり丸、怖いの?』
「そんなんじゃねぇやい。○○も、怖いって言いながら泣いたりするなよ」
『誰が泣くもんですかっ』
お互い、軽口を叩きながら配布分の弁当箱を詰めて、合戦場へ身を投じる準備を進めていく。
そしていよいよ、足軽達の阿鼻叫喚が支配する合戦場に、足を踏み入れた。
「じゃあ、また後で」
『そっちこそ。全部、配り終えてよね』
「分かってますよー。アルバイトの天才様ー」
きり丸は、わたしが拳骨を喰らわせようとするのを見切っていて、早足で合戦場で戦いに投じる足軽達の元へ向かう。
「いらっしゃい、いらっしゃい! 美味しい弁当、いかがっすかぁ〜?」
「おい、こっちに三つくれ」
「はぁい! 毎度ありがとうございまぁす! 銭は、ここで頂きまぁーす!」
銭の模様を目に浮かばせて、きり丸は戦の最中でも変わらず、足軽達に銭を渡す様にと要求する。
『全く……あんなにがめつく成長しちゃって』
きり丸に遅れを取られない様にと、わたしも足軽達に弁当を売りつけようと、歩き出していく。
至る所から矢が飛んできて、それを避けるだけでも大変だ。
「お〜い!こっちにも弁当くれ〜!」
『はい、ありがとうございます! 銭は、こちらへ!』
弁当を一個、足軽に渡してから、銭を受け取っていく。弁当の値段分であると確認が取れれば、その場から離れる。
次はどの足軽に売りつけようか……、そう考えていた時、鳩尾に痛みが走る。
『……、………!?』
足を止めて、その場に屈む。痛みの正体は、鳩尾に突き刺さった矢だった。
この状態で弁当を配るなんて、無理だ。
かと言って、全て売り終えないと、駄賃が貰えない。夢の成り上がりが叶わない。夢が遠のくなんて、そんなの嫌だ。
『っっ……!!』
無理やり、鳩尾に突き刺さった弓を引き抜いた。
素人が下手に抜いた事で、傷口が広がり、痛みが続いてしまう。引き抜いた矢の先端には、わたしの血液が付着している。
その後、鳩尾の痛みに耐えながら、合戦場での弁当配りを終えた。
きり丸は無傷で済み、駄賃を受け取ると、毎度の様に喜びを露わにする。
「ありがとうございま〜す!」
弁当屋のおじさんに礼を言うきり丸だったが、わたしは言葉が詰まり、言う事が出来なかった。
「○○、何してんだよ」
『あ、ありがとうございますっ!』
未だに続く痛みに耐えながら、弁当屋のおじさんに礼を言う。
きり丸は、わたしが怪我をしているなんて、微塵も疑っている様子もない。
「さては、腹減ったんだな?」
今だって、わたしを揶揄ってそう言ってきたんだから。わたしはいつもと変わらない顔を作って、きり丸に怒るのだった。
◇
『きり丸、』
小銭小銭……、報酬分の駄賃が正確かどうか、銭の枚数を確認していたきり丸が、こちらに顔を向けた。
「何だよ」
『明日で、わたしとお別れね』
きり丸は、困惑している様を隠さない。だって今、初めてきり丸に言ったから。
「はっ? 何で?」
『ちょっと遠くまで行かないと、行けなくなったから』
「……成り上がるの?」
アルバイトに励み、銭を集めているわたしの夢について、きり丸が触れた。
『そんな所』
「……、……そっか。じゃあ成り上がったら、教えてくれよ。遊びに行くからさ」
そう言って笑うものの、どこか悲しそうなきり丸。わたしは、揶揄う事もせずに、笑みを見せる。
◇
翌日、長年の間、無断で使用していた廃寺の縁框と別れを告げる。
きり丸の少し後ろを歩くわたしは、道中でうどん屋を発見する。
『ねぇ、うどん食べようよ』
「えぇ〜? ここで贅沢するより、もっと貯めといた方が……」
わたしの提案に、顔を顰めて微妙な顔を見せるきり丸を見て、"とある言葉"を放つ手筈を整えた。
『きり丸、うどん奢ってあげる』
ばきゅん。
きり丸の心臓が、"あげる"と書かれた矢印に突き刺され、見事に直撃した。
「しょうがないな〜! これが最初で最後の○○の奢りかもしれないし、せっかくだから食べちゃおっかな〜!」
『どういう意味よ』
調子のいい発言をするきり丸を見て、わたしは拳骨を喰らわす事もなく、ただ曖昧に笑う。
店の前に置かれた長椅子に、きり丸だけが座り、店主が注文を取りに来る。
わたしが少量の麺入りうどんを頼むと、きり丸は麺なし汁のみうどんと言い出し、店主が困惑するものの、笑みを取り繕ってくれる。
『ほんと、ドケチね』
「アルバイトの天才様に言われて、光栄だぜ」
『よく言うわ』
少し時間を置いてから、わたしときり丸の分のうどんが運ばれた。
礼を言うと、店主は変わらず笑みを見せて、店の中へと戻っていく。
「いっただっきまーす」
麺なし汁のみのうどんを食すというより、汁を飲んでいく。出来たてという事もあってか、「あちちっ」と、きり丸が言葉を零す。
「なぁ。座って食べた方が、楽じゃない?」
『いいの。これが、わたしなりの食べ方』
だって、座る動作をしてしまえば、鳩尾から激痛が伝わって、また出血を起こしてしまうんだから。きり丸の前でなんて、嫌なんだから。
熱々のうどんを冷ましてから、口に入れていく。
滅多に食べる事もないのだから、味を堪能しよう。うどんを食べ進めていくと、胃に違和感を感じる。
(…、……あっ、これ……駄目だ………)
そう感じてすぐ、胃に取り込まれていった筈のうどんが無理やり外へ出てこようと、わたしに嗚咽を吐かせようと、体が命令してくる。それに抗おうとする姿を見て、きり丸が小さく声を上げた。
「○○、どうしたんだよっ」
『…、………げほ、げほっ、ごほ…っ……、』
何とか消化前のうどんを胃の中に押し込み、うどんを食べてむせたしまった、間抜けな姿を演じる。
「び、びっくりさせんなよ…何か今日の○○、変だな」
『美味しいと、こうなるの……、きり丸、汁あげる』
うどんは完食済みだったので、残り分の汁をきり丸にあげる事とした。
二度目の"あげる"が、またしてもきり丸を突き刺し、疑い深い所を封じ込める。
何とかうどんを完食し終えて、うどん屋を後にする。
道なりに進めば、左右に道が連なっていた。わたしは、左。きり丸は、右の道へ進む。
どうやら、"忍術学園"という学び舎がきり丸の向かう道の方面にあるらしく、入学前まではその領地内でアルバイトに励むとの事。
「ここまで……か」
『なに、寂しいの?』
わたしが問いかけると、きり丸は頬を掻く。
「まぁ、ちょっとは」
『えっ?』
「もう口煩いアルバイトの天才様の話が、聞けなくなるなんて考えたら、寂しいって思うもんだなぁって」
余計な事ばかりを付け足す。そして、わたしが拳骨を食らわせる。そんなやり取りを期待しているのか。
けれど、きり丸の期待を裏切ってやろう。わたしは、きり丸の頭に手を乗せ、優しく撫でた。
「○○…っ」
『きり丸。きみは、幸せになりなよ』
目を潤わせたものの、すぐに顔を伏せたきり丸だったが、わたしの言葉を聞いて、ゆっくりと顔を上げ、視線が合う。
「○○は、幸せにならないの?」
『そういうのってさ、人それぞれで違う訳じゃん。わたしにとって幸せに思う事が、きり丸にとっては幸せじゃない。そんなもんだよ。他人の幸せを勝手に測ったかと思えば、そうじゃないこうじゃないと、いちゃもんを付けて』
「大人ぶって、小難しい事ばっか言っちゃって」
『いいの。最期ぐらい、言わせてよ』
わたしが笑みを見せると、きり丸も同じ様にして、無理やり作った笑みを作ってくれた。
『……きり丸。目ぇ瞑って』
「えっ? なんで?」
『いいから。とっておきのもの、あげる』
今回、三度目の"あげる"が突き刺された。
わたしの言う通りに目を瞑ったきり丸は、何か何かと待ち侘びている様子だ。
胃の気持ち悪さより、今だけは胸のどきどきが勝って。
そう思いながら、わたしは自分の唇を、きり丸の唇に触れさせて、すぐに離した。
「………えっ、」
『じゃあね、とっておきあげたんだから、これからも頑張りなさいよ』
呆然として立ち尽くすきり丸に向け、わたしは最後の笑顔を作ってみせ、左の道を歩き出していく。
『きり丸!』
笑顔を変わらず浮かべながら、きり丸に声を掛けた。
『わたしの事、たまには思い出してよ! そうだなぁ、一等…、一等輝く星を見つけたら、わたしを、思い出してっ』
そこまで言い、きり丸から顔を背ける。もう笑顔を取り繕うのは無理だ。
「……○○! お前もおれの事、忘れんなよ! 絶対、遊びに行くから! ていうか、お前の方から遊びに来いよー!」
背後から、きり丸の声がいやに響いた。顔を向ける代わりに、手を挙げて返事をする。
それを最後に、返答は無くなった。最後の言葉を言ってくれたきり丸の顔、無理してでも見ておけばよかったなぁ。
きり丸の姿が完全に見えなくなったのが分かれば、わたしは山の中に連なる獣道を辿る。
『……ッ、……げほっ…、げほッ、ごほっっ!』
胃の不調は酷くなる一方で、吐瀉物を獣道に吐き出してしまう。
消化済みのうどんと思わしきものと胃液が一緒に放出され、胃と喉が気持ち悪い。
『ごほっ! ごほっっ!!』
遂には、吐血までもしてしまう。
あぁ、もう終わりだ。よくここまで持ったと自分でも思う。
それはきっと、きり丸の前で、こんな姿を見せたくなかったから。きり丸の目の前で、誰かの最期を看取らせるなんて事をしたくなかったからに違いない。
体の力が抜けて、その場に屈むと、鳩尾の傷口から痛みが生じて、我慢する事もせずに呻き声を上げた。
その時に、これまで集めた銭の袋が地面へと落ちていき、銭がばら撒かれていく。
家と家族を失ってから、一人で集めた銭。きり丸と出会って、きり丸と共に集めた銭。今では、きり丸と集めた銭の方が数を占めている。
(こんな呆気なく、人の人生って終わるんだ……あぁ…、"成り上がり"が夢だったのに……、"きり丸とのアルバイト生活の幸せ"の方が、楽しくなっていたなんて……)
吐瀉物と吐血の量が増えていき、目の前が霞んで見えてくる。
手足も何だか冷たくて、次第に獣道がぐにゃくにゃした、歪な空間へと変化していく。
(わたしの近くに、夢よりも楽しいと、もっと感じていたいと思う幸せがあったなんて。最期に気づくなんて)
——おれにも、銭を手に入れられるやり方を教えてくれよ
——これが、おれの銭……
——うわぁ! お、おれっ、竹馬なんてやった事ねぇよ!
——孤児だからっ、仕事くれてやっただけ、有難いと思えよって、おれ達をばかにしたような事、言ってきたのにか!?
——……、…えっと、"すんぷ"って、どこだ?
——……、……そっか。じゃあ成り上がったら、教えてくれよ。遊びに行くからさ
——アルバイトの天才様
——○○!
茂みが生い茂る林の中で倒れ込むわたしの前に、きり丸が現れた。なんだか、お天道様の光のせいで、きり丸に後光が差しているみたい。
ねぇ、きり丸。
きみにとっておきをあげたの、誰にも言わないでよ。最初で最期の相手だったんだから。
だから、わたしの所なんかにすぐ来ないでよ。きみは、幸せになってね。
◇
「きり丸、うどんが伸びてしまうぞ」
七松先輩の声を、おれの耳が拾う。
手にしていた器の中には、まだ分量のあるうどんの麺が残されていた。
「うわっ、いけねっ! せっかく中在家先輩が奢って下さったんだ! 食べないと、勿体ない!」
残すなんて、とんでもない。
おれは、箸を動かしてうどんを啜る。けれど、時間が経っていたせいで、すっかり汁も冷めてしまっていた。
「何だ、考え事か?」
「あぁ、はい……昔、一緒にアルバイトをしていた人の事を思い出してたんです」
潮江先輩の問いかけに、おれは素直に答えた。
「ドケチの師匠のおりん婆さんとは、また違う人なのか」
「……そうっすね。あの人は、ドケチというよりかは、まぁアルバイトの天才でしたね」
今度は、七松先輩の問いかけにそう答えると、潮江先輩と七松先輩は目を丸くさせて、中在家先輩は、ぽかんと口を小さく開けていた。
「あれ、先輩方。どうかしたんすか?」
「いや、お前の口から……なんというか、人を褒める様な言葉が出てきて……それよりも、お前よりアルバイトの天才だという人が居たのか?」
なんだか、潮江先輩に失礼な事を言われた様な気が。
けれど、"アルバイトの天才"という言葉が気になったのか、それにも触れてくる。
「あの人は、銭を沢山集めて"成り上がる"のが夢って言ってましたから。きっと今頃、ぼくよりも沢山の銭を集めて、良い暮らしを送ろうとしてると思いますよ」
「……その人とは、会えてはいないのか」
「別れてからは、入学金集めに必死だったもんで。あぁでも、一等輝いてる星を見かけたら、思い出して欲しいって最後に言われましたね」
「ほぉ……きり丸ぅ、お前も隅に置けないなぁ」
目を細めながら、ニヤニヤとする七松先輩にそう言われても、おれは曖昧な笑いを返すしかなかった。
「それにぼく、その人のとっておき、貰っちゃったんで」
自分で言って、恥ずかしくなってきた。先輩方から顔を逸らす様にして、うどんを啜っていく。
(……お前ら、今のきり丸の発言は、どう思う?)
(やはり、隅に置けない奴だな)
(……おませさん)
○○、今はどこで何をしているんだろう。
もしかして、今もアルバイトに励んでいるのか。それとも、成り上がったからする必要も無くなったのか。
おれは、忍術学園に入学して、友達が出来て、帰る場所を作ってもらって、今は先輩方にアルバイトの手伝いをしてもらっているんだ。
もし、先輩方とアルバイトしたら○○、きっとびっくりするだろうなぁ。だって、忍者だって知らないだろ?
また会えた時、面白い話を沢山してやるからさ。遊びに来いよな。
——————————————
◆○○
孤児時代に、きり丸が出会った女の子(故人)。
きり丸への想いは、親愛寄り。もし生存していたら、忍術学園では上級生(四年から六年のどこか)と同い歳。
◆摂津のきり丸
○○から、この世界を生きる術とアルバイトを教えて貰った。○○への想いは、親愛寄り。
入学前に別れた○○が、苦楽のあった短い生涯を終えてしまったとは知らず、再会の約束が叶う事は無い。
きり丸×女夢主(年上)
摂津のきり丸が、かつて"(自称)アルバイトの天才"と自分に呼ばせてきた○○と過ごした数年間に思いを巡らす話。
◆名前変換夢ですが、下の名前のみ登場。
◆一人称(夢主、きり丸)視点で進みます。
◆既存キャラの解釈違い(口調や性格)が出てくると思われますので予め、ご了承下さい。
◆死を連想させる言葉・放送禁止用語の使用・汚物または嘔吐・男尊女卑の描写がある為、R15指定とさせて頂きました。不快になられたら、ブラウザバック推奨。
◆きり丸と土井先生の関係性が好みで、夢主を介入させたくない。戦災孤児時代のきり丸が、誰かと一緒に過ごした時期があるのが解釈違い等の地雷がございましたら、同じくブラウザバック推奨。
夢主の簡単な設定
・きり丸よりは、年上。
・孤児であり、生きる為にアルバイトに励む。集めた銭で、成り上がりたいのが夢。
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茂みが生い茂る林の中で倒れ込むわたしの前に、きり丸が現れた。なんだか、お天道様の光のせいで、きり丸に後光が差しているみたい。
◇
「いやぁ、今日もギンギンに良い鍛錬になった!」
「いけいけどんどんと、成功に終わった訳だ!」
「もそ…」
アルバイトの手伝いをしてくれた、潮江文次郎先輩、七松小平太先輩、中在家長次先輩の姿を見て、おれはこっそりと溜め息をついた。
今回も今回で、潮江先輩が、敵の山賊を相手にしたいからと、アルバイトそっちのけになりかけた。
七松先輩が、潮江先輩と同じ様に山賊を相手にしたはいいけど、アルバイトの品を破損させかけた。
中在家先輩も、七松先輩が品を破損させかけた所を見て、不気味な笑いを浮かべて、縄鏢を七松先輩以外にも、山賊にもぶつけたりして、おれの心労が絶えない。
「……ん?」
そんな時、道端で物乞いをしている女性と小さな子供を見かけた。小袖は至る所が破けて、女性と子供は共に頬が痩せこけて、ろくに食事が取れていないと嫌でも分かってしまう。
「……きり丸」
おれが、物乞いをしていた女性と子供をジッと見ていた所を中在家先輩に声を掛けられた。どうしたんだろう。
「……うどんを奢ってあげる」
中在家先輩の口から、"あげる"という言葉が繰り出されると、どこかから銃声が聞こえて、"あげる"と書かれた矢印が胸に突き刺さる。勿論、それはおれの想像上で。
「おぉー。長次の奴、やるなぁ」
「きり丸のドケチな性格を、巧みに利用したな……まぁ、いくらしっかり者のきり丸とは言え、あれを見せられて、いい気分になる訳もないしな。気遣いって訳か」
「どうやら、この辺も戦続きの影響が出ている様だ。あっ、長次。私の分も奢ってくれ」
「……お前達は、自腹だ」
うどん屋に到着してから、おれだけが長椅子に座る。先輩方は立ったまま、熱々の麺入りうどんの器を受け取る。
いつもなら、麺なし汁ありうどんを注文するおれだったけど、中在家先輩のご厚意で、麺入りうどんと貴重な食事を取れる事となった。
(……そういや、あの時もこうして、うどん屋に居たんだっけなぁ)
うどんの麺が入った器に、自分の顔が映る。
あの頃とは、随分と自分の姿も変わった。そしてあの頃、共に過ごしていたあの人の事を思い出してしまう。まだ、生きる術を知らずに、もがいて泣いて、今よりずっと青かったあの頃を。
◇
しんしんと雪が降り積もる季節を迎えて、今年もどうやってやり過ごそうかと考える。仮住まいの住処である、廃寺が見えてからも、わたしはその事で頭がいっぱい。
『はぁ、っ』
白い息が、空中に虚しく放たれていく。満足に体の芯まで温まるような小袖など、わたしは持ち合わせていない。
縁框の下に潜り込み、定位置に座り込む。いつも使っている莚を取り出そうとすると、見当たらない。
おかしい。無くすなんて事、わたしがする筈ない。そう思っていると、視線を感じた。わたしのように、勝手に入り込んだ誰かが居るんだと思えば、殴ってでも追い出そうと拳を構えて、後ろを振り向く。
そこには、探していた莚を体に包ませて、拳を振りかざそうとするわたしをジッと見つめる、一人の男の子が座っていた。
『ここ、わたしの家。ここに居るんなら、銭の一銭でもちょうだいよ』
わたしがそう言っても、男の子は何も言わない。体に包ませていた莚が、履物を身につけていない生足を守ってくれていない事に気がつく。
『きみのその足、霜焼けで使い物にならなくなっても、知らないから』
すると男の子は、何かに反応を示して、わたしの顔を見てきた。
「しもやけって、なに」
『痒くなったり、痛くなったりする。あんまり酷くなると、死ぬ』
霜焼けで、わたしと同じ歳や年下の子供の死体を何度も目にしていたから、わたしは男の子にも教えてあげた。
「死ねば、父さんや母さんの所に行ける?」
吃る事もなく、すらすらと言い放った男の子を見て、わたしは察した。この子、家族も故郷も無いんだと。
『行きたいなら、そうすれば?』
この子が両親に会いたいのなら、別に構わない。そのやり方が、死ぬ事だったら止めない。
わたしには、関係のない事。死ぬんだったら、借家料もいらない。
◇
翌朝、引き戸なんて存在しない[[rb:縁框 > えんがまち]]から流れ込んでくる冷気に体を震わせて、目を覚ます。
隣には、死んだら両親に会えるのかと話した男の子が、すやすやと寝息を立てて、眠っていた。
『死んでないじゃん』
死ぬなんて、口では簡単に言える。
本当に死にたいなら、わたしの住処からさっさと出ていって、野犬を挑発して、自分を襲わせたり、山賊に喧嘩を吹っ掛けて、刀の先端を心臓に刺してと言って、崖から飛び降りたりとか、簡単なのに。
『こんな事してる場合じゃない』
新聞配達のアルバイトが、入っているんだ。
今も夢の世界で、死んだ両親と会っているかもしれない男の子を放置して、わたしは縁框を出て、薄暗い外の世界へ足を踏み入れた。
「はい。今日の駄賃だ」
『ありがとうございます!』
朝刊を配り終えて、おじさんから今日分の駄賃を受け取る。
周りには、わたしと同じ様な子供達も居たが、話しかけたりはしない。
さっさと長屋から出ていき、次のアルバイト先まで時間があるからと一度、廃寺に戻る事にした。
町を行き交う人達は、小汚いわたしの姿を見ては、"汚い"、"可哀想に"と思っている目を向けてくる。
わたしと同じ歳の女の子は、寒さに耐えられる小袖を着ていれば、綺麗な着物を身につけていたけど、わたしには関係ない。
(さっさと帰ろう)
前へ前へと足を進ませて、町外れの森の中を歩く。
山賊はしばらく見かけてないから、もうちょっと続いてくれたら、どれだけ安心か。
廃寺に到着して、縁框の下を潜ると、あの男の子がまだ居座っていた。また、わたしの事をジッと見て。
『ねぇ、死なないの?』
悪気なんてない。
だって、この子は死ねば、両親に会えるのかと自分で言ったんだから。男の子は、何も答えない。
『遠くの町か、なんばんで、どれいにでもなったら、簡単に死ねるよ』
ここじゃない、もっと遠くの町に、どれいという名前で子供達が連れて行かれる。
そこに行ったら、もうここには帰れないらしい。なんばんは、そこよりもっと遠くの場所。
わたしも前に、けいせい屋の汚いおじさんに、連れていかれそうになった事がある。その時は、またぐらに蹴りを入れて、死に物狂いで逃げた。
そんな事を考えていた時、おじさんから貰った駄賃が一銭、雪の中へ零れ落ちて行く。
「……ッ!」
銭が落ちたのを同じ様に見ていた男の子は、勢いよく手を伸ばすと、その銭を取ろうとした。
『触らないで!』
すかさず自分の手を出して、男の子の手を叩く。じんじんと痛みが伝わる手を抑える男の子に、わたしは自分の顔を近づける。
『これは、わたしが自分で手に入れた銭! 何もしていないきみなんかに、触らせない!』
大声を上げて、男の子に威嚇する。何も成し遂げていない癖に、わたしの銭に触るな……、その意味を込めていた。
「……何したら、手に入るんだよっ」
目を潤わせて、今にでも泣き出してしまいそうな程、震えた声で、男の子がそう言ってきた。
『アルバイト』
「ある、ばいと…?」
『銭が手に入る。外の世界の事を知れる。何もしていないから、何かをしたに変えられる』
わたしの言葉を聞いて気分が変わったのか、男の子は泣きはしなかった。まだ目を潤わせていたけど、それでもわたしを見つめる。
「教えて」
男の子が、わたしに声を掛けてくるけど、まだその声は震えていた。
「おれにも、銭を手に入れられるやり方を教えてくれよ」
◇
男の子の名前は、きり丸。わたしより、歳が下。
きり丸からも、名前は何だと聞かれて、自分の名前を教えた。
アルバイトを教えて欲しいと言われて今度は、きり丸と一緒に町へ向かう。
次は、町中で南瓜売りをする。夏に収穫された物を寝かせて、甘みが増しているらしい。決められた個数の南瓜が売れたら、それで終わり。
おばさんから、アルバイトに来てくれる子供が一人、減ってしまったからと、きり丸を見るなり、人手が増えて良かったわと嬉しそうにしていた。
『きり丸、これ持ってて』
籠の中に入っている南瓜を一個、きり丸に渡した。どうやら重かった様で、きり丸の体がよろめく。
「こんなの持って、何になんだよ」
『それ落としたら、売り物にならなくなって、貰える駄賃が減るから。覚えといて』
そう言うと、きり丸は南瓜の重さに耐えながら、転ばない様に気をつけている。
『美味しい南瓜ですよ〜! 夏から寝かせて、甘みたっぷり美味しさ満点! こんなにあるから、買うなら今ですよ〜!』
外面の笑顔で、声を張り上げたわたしを見て、隣に立っていたきり丸が驚く。
見た目だけなら、歳の近い子供二人が南瓜売りをしているのは、注目を浴びさせるには打って付け。きり丸には、売り子をするわたしの応援するかの様な、健気な男の子を演じさせていたのだから。
それにまんまと嵌った町の人から銭を受け取り、南瓜を渡していくのだった。
全ての南瓜を売り終えてから、おばさんの元へ戻っていく。すると、おばさんはまたしても嬉しそうな顔を見せてきた。
「今日は随分と、町の人達が賑わっていたわね。南瓜も全部売れて、これも二人のおかげね。はい、お駄賃どうぞ」
手のひらに、おばさんからの駄賃が乗せられた。立ち尽くしているきり丸を肘でつつき、手のひらを出すように言った。
「でも……」
『いいから』
自分は売り子をしていないからと、言いたいのか。
ここで、そんな事を言ってしまえば、おばさんの好意を無駄にして、アルバイトを紹介してくれなくなる。
それは、口にはしていない。
けれど、わたしの顔が怖かったのか、きり丸は手のひらを出した。おばさんから駄賃を受け取り、きり丸はジッと手のひらを見つめた。
「これが、おれの銭……」
「ありがとうございました!』
きり丸の頭に手を乗せて、無理やり頭を下げた。同じ様に、わたしも頭を下げて、おばさんに礼を言う。
◇
おばさんの居る長屋を出ていき、わたしときり丸は町中を歩いていた。
町の人は、相変わらず小汚いわたしときり丸を見て、汚いとか可哀想とか思っている目を向けてくる。
「おれ、どうだった…?」
『最初だから、まずまず』
南瓜売りのアルバイトの出来を聞いてきたきり丸に、わたしが正直にそう答えると、きり丸は少しだけしょんぼりとする。
『初めてだから、しょうがないでしょ』
「……○○は、いつからアルバイトやってんの」
『随分前から』
その時、近くのうどん屋から大声が聞こえると、一人の男の子が店から飛び出てきた。口元には、汁の跡がついている。
「この乞食がっ! 人様の物に、勝手に手を付けてんじゃねぇ!」
「ごめんなさい! ぼく、お腹が減って、どうしても食べたかったんです! ここで働いて銭を返すなり、何でもしますから、お願いします!!」
「こっちはなぁ、戦続きで、ろくに食材も取れてないんだ! 貴重な食材で作って提供した、お客様のうどんを食べる様な餓鬼を誰が働かせるかぁ!!」
町の人達の視線が、うどん屋の店主と男の子に向けられ、注目の的だ。
男の子が泣きながら、同情してもらおうと言っているのが分かるものの、店主には通じていない。
「あれ、」
隣に居たきり丸は、うどん屋の前での出来事に目を丸くさせて、私に声を掛けた。
『食べ物に困ってて、盗みがバレたんでしょ』
すると今度は、町の外れで茶色の泡を吹いて、小さな女の子が倒れていたと騒がしくなる。
うどん屋での出来事が終わると、今度はそっちに注目が集まっていく。
「あれも、誰か、」
『犬の糞を食べたら、泡吹いて死んだ』
きり丸の顔は、少しだけ青ざめていた。
人の塊が出来ている場所へ行くと、確かに女の子は茶色の泡を吹いて倒れていた。その近くには、手の触れた跡が残っている犬の糞も一緒に。
(もしかしたら、南瓜売りのおばさんが言ってた、一人減った子供って、あの子だったりして)
素足のまま、女の子が倒れていたのが気になると、女の子が履いていたかもしれない草履が置かれていた。わたしは人の塊に紛れて、草履を取り、きり丸の元へ戻る。
『はい。使ってあげなよ』
女の子の草履だと分かると、きり丸は青い顔のまま、遠慮している様子だ。
「それ、犬の糞……」
『じゃあ、霜焼けでのたれ死ね』
そう言えば、わたしが手にしていた草履を受け取り、その場で履き出す。
大きさは丁度であり、足裏が小石などで怪我をする心配も少しは無くなるだろう。
◇
『わたしはね、アルバイトの天才なの』
「……はっ?」
あれから数日が経ち、廃寺の縁框でアルバイトについて話をしていた中で、きり丸が素っ頓狂な声を出した。
『だから、アルバイトの天才だって言ってるでしょ』
「聞こえてるって。それに、何回も言わなくても分かる」
『だって、きみが"はっ?"なんて、間抜けな返事をするから、聞こえてないと思うに決まってるじゃない』
それに、余計な事まで言う様になったね……、最後に、そう付け足した。
「今日って、何のアルバイトだったっけ」
『子守り。そんなすぐ忘れてちゃ、この先もやってけないよ』
「はいはい、アルバイトの天才様」
眉を下げて、適当に返事をしたきり丸の脳天に、拳骨を喰らわせた。痛いと声を漏らすきり丸に、わたしは顔を見合わせる。
『きり丸。わたし達は、せつなの関係なんだから』
「いてて…、せつなって何だよ」
『過去も未来も気にしない、今を生きるって意味。わたしも最近、知ったの。わたしときみは、ずっと一緒に生きる訳じゃないって事。だから、ちゃんと覚えてなさい』
わたしの言葉を聞いてから、拳骨を受けた痛みが収まったのか、きり丸が口を開く。
「○○ってさ、何でそんなに銭を集めてんだよ」
『それは、わたしの夢が"成り上がり"だから』
きり丸は、わたしの夢の内容がよく分からない様で、"ん?"と言いたい様な顔を見せる。
『うんと沢山の銭を集めて、孤児だからってばかにしてきた人達を見返す為。成り上がって、誰にもばかにされないで、良い暮らしを送ってやるんだからっ』
それから、わたしときり丸は子守りのアルバイトの為に、いつも通う町の隣町へと足を運んでいく。
女の子二人、男の子一人と幼い子供が全部で三人。母親は用事で家を空けなくてはいけないからと、その間の留守をアルバイトして、紹介してくれた。
「よぉーし…子守りのアルバイト、頑張るぞ」
『じゃあ、きり丸は男の子と遊んであげて』
張り切っているきり丸の横で、どの子の世話をするのかと勝手に決めた。
「ちょっと、何勝手に決めて…!」
「きゃははっ! お兄ちゃん、竹馬で遊ぼ!」
わたしに反論しようとするものの、幼い男の子から竹馬遊びに誘われ、言えず終いで終わる。
「うわぁ! お、おれっ、竹馬なんてやった事ねぇよ!」
「こっちだよー!」
器用に乗りこなす男の子に対して、竹馬に触れたのが今日が初めてのきり丸は、ついて行くのに精一杯だ。
そんな二人を他所に、わたしは幼い女の子二人と、小石を使ったお手玉で遊ぶ事とする。別のアルバイトで子守りを経験し、そこでお手玉遊びをした事もあり、慣れたものである。
「お姉ちゃん、お上手!」
『あはははっ、そうでしょ?』
その後、珍しく何事も問題も起きずに、子守りを終える事が出来た。
三人の子供達の母親から礼を言われ、駄賃を受け取る。わたしがお礼を言ってから、遅れてきり丸も小声で、お礼を言う。
◇
きり丸と出会って、一月が経ったと思う。
でも最悪だ。まさか、アルバイトの予定があるのに、風邪を引くなんて。
「○○、大丈夫かよ」
『頭が痛い……、熱い……っ』
激しい頭痛、胃の中の気持ち悪さ、体全体が重い……、こんな調子で、今日の荷物運びのアルバイトに顔を出せない。
『きり丸……悪いけど、親方さんに謝っといて』
本当なら、わたしときり丸の二人でやる予定だったけど、急な風邪で、きり丸一人になったと言わなくてはならない。これは、わたし達と親方さんとの信用問題にヒビを入れない為だ。
「わ、分かった……」
今まで、わたしと一緒にアルバイトに励んでいた事もあってか、一人で親方さんの元へ向かうのを不安がっている様子だった。
『要領が良いんだから、最後まで出来るって……』
「……うん」
廃寺の縁框から出て、外の世界へと足を踏み入れたきり丸の後ろ姿を見送り、筵の上で木材の染みを眺めていると、眠気に襲われる。
どれぐらい、眠ってたのかな。
少し体の重みが落ち着いた様な感じがする。頭痛は相変わらずだけど。
きり丸は、荷物運びのアルバイトを最後まで終わらせたのか……、そう思っていた時、傍にきり丸の姿があった。
『き、きり…、うっ…!』
驚いたあまり、体を起こそうとすると無理が祟り、頭痛に襲われた。
だって、わたしの目の前に居るきり丸の顔には、殴られた痕が出来ていたんだから。
『ど、どうしたの…?』
「ぶん殴られた」
『いや……何で、殴られたのよ』
そう聞くと、きり丸の口から"親方さん"と言葉が出された。
「おれ一人で行ったら、親方さんが目の色を変えて、仕事にならないとか、○○が来てても、別に大して変わらないとか……ムカついたから、殴ってやった」
アルバイトを何もしないで、廃寺の縁框に帰ってきたと分かれば、わたしはゆっくりと体を起こし、歯を食いしばってから口を開けた。
『そんな事したら…、もう親方さんから、アルバイト紹介されないじゃない…!』
「孤児だからっ、仕事くれてやっただけ、有難いと思えよって、おれ達をばかにしたような事、言ってきたのにか!?」
わたしの言葉に被せる様にして、親方さんが吐いた罵倒の数々を、目尻に溜まった涙の粒を零しながら、きり丸は声を荒げて言う。
これまで受けてきたアルバイトで、きり丸はまだ依頼人からの孤児に対して向ける悪意に触れた事がなかった。
わたしは既に悪意に触れて、傷ついて泣いて、開き直るしかないと考える様になったけど、きり丸はあの時のわたしみたいに、そこまで考えられないんだ。
「戦なんか起きないで、おれの家も家族も無くなってなかったら……良かったのかよ…っ」
ボロボロと涙を零して、孤児になってしまった原因の戦を思い出して、きり丸は言葉を零す。
『きり丸……もう、家も家族も無いんだよ』
わたしが声を掛けると、きり丸は顔を伏せて、涙を流し続ける。
『ここには、悪意を向けてくる人も居る…、それを知って……、きり丸は、強くなれるよ』
きり丸は、わたしより歳下だけど、強い子だと思っている。
初めての悪意に触れたきり丸は、それを受け入れる余裕なんか無くて、声を上げて泣き続けた。
◇
きり丸と出会って、一年が経ったのかもしれない。
アルバイトに励んで、報酬の駄賃を貰えば、目に銭の模様が浮かび上がる程に、きり丸は銭への執着が強くなった。
紺色の髪の毛も、伸ばして切れば売れるからと、物の価値を分かり始めてきて、初めて会った時とは別人の様。
「今日は、茸取りのアルバイトかぁ」
『毒の入った茸を取ったら、許さないから』
「へーへー、分かってますよー。口煩いアルバイトの天才様」
それを聞いて、きり丸の脳天に拳骨を喰らわせた。
"すぐに手が出る"と、野次を飛ばされても気にしない。だって、きり丸が悪いんだから。
『とにかく、茸取り始めっ』
はぐれないように、わたしときり丸は、それぞれ顔が見える場所で茸を取り始めていく。
わたしの座った場所には、茸が山の様に生えていた。そこから、毒のある茸と毒のない茸を分けて、籠の中には、毒のない茸を放り込む。
毒のない茸が、籠の半分まで詰められた所で、きり丸がわたしの元へ向かってきた。
「なぁ、変な奴がウロウロしてた」
小声で話しかけられ、わたしはきり丸を連れて、茂みの中へ姿を隠す。
『どんなの?』
「えっと…、三人組の男の人達で、何か探してるみたいだったぜ」
きり丸が答えたその時、どこかから女の人の悲鳴が聞こえてきた。
驚いてしまうきり丸に、わたしは人差し指を立てて、静かにする様に伝え、きり丸も黙って頷く。
「助けて! 助けてぇ!!」
ボサボサの髪の毛、破れている小袖、草履を履いてないから、血の痕が地面に付いている。女の人は、
わたしやきり丸よりも歳上で、誰かに追いかけられている。
「ちょこまかと逃げんじゃねぇ!」
「この山は、おれ達の縄張りみたいなもんだ! お前みたいな馬鹿な女が逃げようと、いつもここを登るもんで、すっかり慣れちまったもんよ!」
今度は、女の人を追いかけるおじさん達が現れ、手には刀を持っている。
そして、もう一人のおじさんが女の人の前に現れると、手を掴まれてしまい、女の人は動けなくなる。
「わたし、駿府に行くなんて、聞いていません! ねぇ、助けてっ!!」
「恨むなら、うちの頭に騙されて、股を開いたお前を恨むこったな。おい、連れてくぞ」
三人のおじさんは、声を上げて泣いている女の人を連れて、わたし達に気がつく事もなく、山を降りていく。
悲鳴も聞こえなくなって、完全に山を降りたのが分かれば、きり丸がわたしを見た。
「い、今の……今の女の人、こっち見て……おれ達に助けてって……」
『じゃあ、きり丸が行けば良かったんじゃない? 刀持ってる相手に、斬り殺されてお終いでしょうけど』
「んな言い方っ……、………○○?」
異変に気づいたみたい。
わたしが、さっきの女の人がおじさん達に連れていかれた光景のせいで、きり丸と出会う前の頃、けいせい屋の汚いおじさんとの事を思い出してしまったから。それで手が震えていたのを、きり丸が気がついた。
「お前も……あの人達に、会った事あるのか……?」
『違う……わたしの時は、違う人だった。でも、思いきり蹴ってやって、急いで逃げたから何も無かった……』
誤解されたくなかったから、わたしは本当の事を教えてあげた。すると、きり丸はホッとしている様子だ。
「……、…えっと、"すんぷ"って、どこだ?」
『遠くの国って、聞いた事ある……でもきり丸、話変えるの下手くそ』
うるせぇ……、そう言って、気まずい顔をするきり丸を見て、わたしは少しだけ笑う事が出来た。
「……アルバイトだからって、行かないよな」
『行く訳ないじゃん。行ったら、もう帰って来れないって聞いたから。そしたら、成り上がりも出来ない』
でも、ありがとう。きり丸。わたしの手が震えていたのに気がついて、気にかけてくれたんでしょ。歳下の癖して、生意気。
◇
きり丸と出会ってから、何年経ったんだろう。
今日は、合戦場の弁当配りのアルバイトをする事になっている。
弁当屋のおじさんから、戦の真っ只中であり、"腹が減っては戦ができぬ"を利用して、足軽達に売りつけて欲しいとお願いをされた。
「あの中で、弁当配るのかぁ」
『きり丸、怖いの?』
「そんなんじゃねぇやい。○○も、怖いって言いながら泣いたりするなよ」
『誰が泣くもんですかっ』
お互い、軽口を叩きながら配布分の弁当箱を詰めて、合戦場へ身を投じる準備を進めていく。
そしていよいよ、足軽達の阿鼻叫喚が支配する合戦場に、足を踏み入れた。
「じゃあ、また後で」
『そっちこそ。全部、配り終えてよね』
「分かってますよー。アルバイトの天才様ー」
きり丸は、わたしが拳骨を喰らわせようとするのを見切っていて、早足で合戦場で戦いに投じる足軽達の元へ向かう。
「いらっしゃい、いらっしゃい! 美味しい弁当、いかがっすかぁ〜?」
「おい、こっちに三つくれ」
「はぁい! 毎度ありがとうございまぁす! 銭は、ここで頂きまぁーす!」
銭の模様を目に浮かばせて、きり丸は戦の最中でも変わらず、足軽達に銭を渡す様にと要求する。
『全く……あんなにがめつく成長しちゃって』
きり丸に遅れを取られない様にと、わたしも足軽達に弁当を売りつけようと、歩き出していく。
至る所から矢が飛んできて、それを避けるだけでも大変だ。
「お〜い!こっちにも弁当くれ〜!」
『はい、ありがとうございます! 銭は、こちらへ!』
弁当を一個、足軽に渡してから、銭を受け取っていく。弁当の値段分であると確認が取れれば、その場から離れる。
次はどの足軽に売りつけようか……、そう考えていた時、鳩尾に痛みが走る。
『……、………!?』
足を止めて、その場に屈む。痛みの正体は、鳩尾に突き刺さった矢だった。
この状態で弁当を配るなんて、無理だ。
かと言って、全て売り終えないと、駄賃が貰えない。夢の成り上がりが叶わない。夢が遠のくなんて、そんなの嫌だ。
『っっ……!!』
無理やり、鳩尾に突き刺さった弓を引き抜いた。
素人が下手に抜いた事で、傷口が広がり、痛みが続いてしまう。引き抜いた矢の先端には、わたしの血液が付着している。
その後、鳩尾の痛みに耐えながら、合戦場での弁当配りを終えた。
きり丸は無傷で済み、駄賃を受け取ると、毎度の様に喜びを露わにする。
「ありがとうございま〜す!」
弁当屋のおじさんに礼を言うきり丸だったが、わたしは言葉が詰まり、言う事が出来なかった。
「○○、何してんだよ」
『あ、ありがとうございますっ!』
未だに続く痛みに耐えながら、弁当屋のおじさんに礼を言う。
きり丸は、わたしが怪我をしているなんて、微塵も疑っている様子もない。
「さては、腹減ったんだな?」
今だって、わたしを揶揄ってそう言ってきたんだから。わたしはいつもと変わらない顔を作って、きり丸に怒るのだった。
◇
『きり丸、』
小銭小銭……、報酬分の駄賃が正確かどうか、銭の枚数を確認していたきり丸が、こちらに顔を向けた。
「何だよ」
『明日で、わたしとお別れね』
きり丸は、困惑している様を隠さない。だって今、初めてきり丸に言ったから。
「はっ? 何で?」
『ちょっと遠くまで行かないと、行けなくなったから』
「……成り上がるの?」
アルバイトに励み、銭を集めているわたしの夢について、きり丸が触れた。
『そんな所』
「……、……そっか。じゃあ成り上がったら、教えてくれよ。遊びに行くからさ」
そう言って笑うものの、どこか悲しそうなきり丸。わたしは、揶揄う事もせずに、笑みを見せる。
◇
翌日、長年の間、無断で使用していた廃寺の縁框と別れを告げる。
きり丸の少し後ろを歩くわたしは、道中でうどん屋を発見する。
『ねぇ、うどん食べようよ』
「えぇ〜? ここで贅沢するより、もっと貯めといた方が……」
わたしの提案に、顔を顰めて微妙な顔を見せるきり丸を見て、"とある言葉"を放つ手筈を整えた。
『きり丸、うどん奢ってあげる』
ばきゅん。
きり丸の心臓が、"あげる"と書かれた矢印に突き刺され、見事に直撃した。
「しょうがないな〜! これが最初で最後の○○の奢りかもしれないし、せっかくだから食べちゃおっかな〜!」
『どういう意味よ』
調子のいい発言をするきり丸を見て、わたしは拳骨を喰らわす事もなく、ただ曖昧に笑う。
店の前に置かれた長椅子に、きり丸だけが座り、店主が注文を取りに来る。
わたしが少量の麺入りうどんを頼むと、きり丸は麺なし汁のみうどんと言い出し、店主が困惑するものの、笑みを取り繕ってくれる。
『ほんと、ドケチね』
「アルバイトの天才様に言われて、光栄だぜ」
『よく言うわ』
少し時間を置いてから、わたしときり丸の分のうどんが運ばれた。
礼を言うと、店主は変わらず笑みを見せて、店の中へと戻っていく。
「いっただっきまーす」
麺なし汁のみのうどんを食すというより、汁を飲んでいく。出来たてという事もあってか、「あちちっ」と、きり丸が言葉を零す。
「なぁ。座って食べた方が、楽じゃない?」
『いいの。これが、わたしなりの食べ方』
だって、座る動作をしてしまえば、鳩尾から激痛が伝わって、また出血を起こしてしまうんだから。きり丸の前でなんて、嫌なんだから。
熱々のうどんを冷ましてから、口に入れていく。
滅多に食べる事もないのだから、味を堪能しよう。うどんを食べ進めていくと、胃に違和感を感じる。
(…、……あっ、これ……駄目だ………)
そう感じてすぐ、胃に取り込まれていった筈のうどんが無理やり外へ出てこようと、わたしに嗚咽を吐かせようと、体が命令してくる。それに抗おうとする姿を見て、きり丸が小さく声を上げた。
「○○、どうしたんだよっ」
『…、………げほ、げほっ、ごほ…っ……、』
何とか消化前のうどんを胃の中に押し込み、うどんを食べてむせたしまった、間抜けな姿を演じる。
「び、びっくりさせんなよ…何か今日の○○、変だな」
『美味しいと、こうなるの……、きり丸、汁あげる』
うどんは完食済みだったので、残り分の汁をきり丸にあげる事とした。
二度目の"あげる"が、またしてもきり丸を突き刺し、疑い深い所を封じ込める。
何とかうどんを完食し終えて、うどん屋を後にする。
道なりに進めば、左右に道が連なっていた。わたしは、左。きり丸は、右の道へ進む。
どうやら、"忍術学園"という学び舎がきり丸の向かう道の方面にあるらしく、入学前まではその領地内でアルバイトに励むとの事。
「ここまで……か」
『なに、寂しいの?』
わたしが問いかけると、きり丸は頬を掻く。
「まぁ、ちょっとは」
『えっ?』
「もう口煩いアルバイトの天才様の話が、聞けなくなるなんて考えたら、寂しいって思うもんだなぁって」
余計な事ばかりを付け足す。そして、わたしが拳骨を食らわせる。そんなやり取りを期待しているのか。
けれど、きり丸の期待を裏切ってやろう。わたしは、きり丸の頭に手を乗せ、優しく撫でた。
「○○…っ」
『きり丸。きみは、幸せになりなよ』
目を潤わせたものの、すぐに顔を伏せたきり丸だったが、わたしの言葉を聞いて、ゆっくりと顔を上げ、視線が合う。
「○○は、幸せにならないの?」
『そういうのってさ、人それぞれで違う訳じゃん。わたしにとって幸せに思う事が、きり丸にとっては幸せじゃない。そんなもんだよ。他人の幸せを勝手に測ったかと思えば、そうじゃないこうじゃないと、いちゃもんを付けて』
「大人ぶって、小難しい事ばっか言っちゃって」
『いいの。最期ぐらい、言わせてよ』
わたしが笑みを見せると、きり丸も同じ様にして、無理やり作った笑みを作ってくれた。
『……きり丸。目ぇ瞑って』
「えっ? なんで?」
『いいから。とっておきのもの、あげる』
今回、三度目の"あげる"が突き刺された。
わたしの言う通りに目を瞑ったきり丸は、何か何かと待ち侘びている様子だ。
胃の気持ち悪さより、今だけは胸のどきどきが勝って。
そう思いながら、わたしは自分の唇を、きり丸の唇に触れさせて、すぐに離した。
「………えっ、」
『じゃあね、とっておきあげたんだから、これからも頑張りなさいよ』
呆然として立ち尽くすきり丸に向け、わたしは最後の笑顔を作ってみせ、左の道を歩き出していく。
『きり丸!』
笑顔を変わらず浮かべながら、きり丸に声を掛けた。
『わたしの事、たまには思い出してよ! そうだなぁ、一等…、一等輝く星を見つけたら、わたしを、思い出してっ』
そこまで言い、きり丸から顔を背ける。もう笑顔を取り繕うのは無理だ。
「……○○! お前もおれの事、忘れんなよ! 絶対、遊びに行くから! ていうか、お前の方から遊びに来いよー!」
背後から、きり丸の声がいやに響いた。顔を向ける代わりに、手を挙げて返事をする。
それを最後に、返答は無くなった。最後の言葉を言ってくれたきり丸の顔、無理してでも見ておけばよかったなぁ。
きり丸の姿が完全に見えなくなったのが分かれば、わたしは山の中に連なる獣道を辿る。
『……ッ、……げほっ…、げほッ、ごほっっ!』
胃の不調は酷くなる一方で、吐瀉物を獣道に吐き出してしまう。
消化済みのうどんと思わしきものと胃液が一緒に放出され、胃と喉が気持ち悪い。
『ごほっ! ごほっっ!!』
遂には、吐血までもしてしまう。
あぁ、もう終わりだ。よくここまで持ったと自分でも思う。
それはきっと、きり丸の前で、こんな姿を見せたくなかったから。きり丸の目の前で、誰かの最期を看取らせるなんて事をしたくなかったからに違いない。
体の力が抜けて、その場に屈むと、鳩尾の傷口から痛みが生じて、我慢する事もせずに呻き声を上げた。
その時に、これまで集めた銭の袋が地面へと落ちていき、銭がばら撒かれていく。
家と家族を失ってから、一人で集めた銭。きり丸と出会って、きり丸と共に集めた銭。今では、きり丸と集めた銭の方が数を占めている。
(こんな呆気なく、人の人生って終わるんだ……あぁ…、"成り上がり"が夢だったのに……、"きり丸とのアルバイト生活の幸せ"の方が、楽しくなっていたなんて……)
吐瀉物と吐血の量が増えていき、目の前が霞んで見えてくる。
手足も何だか冷たくて、次第に獣道がぐにゃくにゃした、歪な空間へと変化していく。
(わたしの近くに、夢よりも楽しいと、もっと感じていたいと思う幸せがあったなんて。最期に気づくなんて)
——おれにも、銭を手に入れられるやり方を教えてくれよ
——これが、おれの銭……
——うわぁ! お、おれっ、竹馬なんてやった事ねぇよ!
——孤児だからっ、仕事くれてやっただけ、有難いと思えよって、おれ達をばかにしたような事、言ってきたのにか!?
——……、…えっと、"すんぷ"って、どこだ?
——……、……そっか。じゃあ成り上がったら、教えてくれよ。遊びに行くからさ
——アルバイトの天才様
——○○!
茂みが生い茂る林の中で倒れ込むわたしの前に、きり丸が現れた。なんだか、お天道様の光のせいで、きり丸に後光が差しているみたい。
ねぇ、きり丸。
きみにとっておきをあげたの、誰にも言わないでよ。最初で最期の相手だったんだから。
だから、わたしの所なんかにすぐ来ないでよ。きみは、幸せになってね。
◇
「きり丸、うどんが伸びてしまうぞ」
七松先輩の声を、おれの耳が拾う。
手にしていた器の中には、まだ分量のあるうどんの麺が残されていた。
「うわっ、いけねっ! せっかく中在家先輩が奢って下さったんだ! 食べないと、勿体ない!」
残すなんて、とんでもない。
おれは、箸を動かしてうどんを啜る。けれど、時間が経っていたせいで、すっかり汁も冷めてしまっていた。
「何だ、考え事か?」
「あぁ、はい……昔、一緒にアルバイトをしていた人の事を思い出してたんです」
潮江先輩の問いかけに、おれは素直に答えた。
「ドケチの師匠のおりん婆さんとは、また違う人なのか」
「……そうっすね。あの人は、ドケチというよりかは、まぁアルバイトの天才でしたね」
今度は、七松先輩の問いかけにそう答えると、潮江先輩と七松先輩は目を丸くさせて、中在家先輩は、ぽかんと口を小さく開けていた。
「あれ、先輩方。どうかしたんすか?」
「いや、お前の口から……なんというか、人を褒める様な言葉が出てきて……それよりも、お前よりアルバイトの天才だという人が居たのか?」
なんだか、潮江先輩に失礼な事を言われた様な気が。
けれど、"アルバイトの天才"という言葉が気になったのか、それにも触れてくる。
「あの人は、銭を沢山集めて"成り上がる"のが夢って言ってましたから。きっと今頃、ぼくよりも沢山の銭を集めて、良い暮らしを送ろうとしてると思いますよ」
「……その人とは、会えてはいないのか」
「別れてからは、入学金集めに必死だったもんで。あぁでも、一等輝いてる星を見かけたら、思い出して欲しいって最後に言われましたね」
「ほぉ……きり丸ぅ、お前も隅に置けないなぁ」
目を細めながら、ニヤニヤとする七松先輩にそう言われても、おれは曖昧な笑いを返すしかなかった。
「それにぼく、その人のとっておき、貰っちゃったんで」
自分で言って、恥ずかしくなってきた。先輩方から顔を逸らす様にして、うどんを啜っていく。
(……お前ら、今のきり丸の発言は、どう思う?)
(やはり、隅に置けない奴だな)
(……おませさん)
○○、今はどこで何をしているんだろう。
もしかして、今もアルバイトに励んでいるのか。それとも、成り上がったからする必要も無くなったのか。
おれは、忍術学園に入学して、友達が出来て、帰る場所を作ってもらって、今は先輩方にアルバイトの手伝いをしてもらっているんだ。
もし、先輩方とアルバイトしたら○○、きっとびっくりするだろうなぁ。だって、忍者だって知らないだろ?
また会えた時、面白い話を沢山してやるからさ。遊びに来いよな。
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◆○○
孤児時代に、きり丸が出会った女の子(故人)。
きり丸への想いは、親愛寄り。もし生存していたら、忍術学園では上級生(四年から六年のどこか)と同い歳。
◆摂津のきり丸
○○から、この世界を生きる術とアルバイトを教えて貰った。○○への想いは、親愛寄り。
入学前に別れた○○が、苦楽のあった短い生涯を終えてしまったとは知らず、再会の約束が叶う事は無い。
