青い春の思ひ出
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「あぁ〜〜! 酷い目に遭った〜〜! 悔しい〜〜!!」
開口一番、小平太が大声を上げた。ボサボサの髪の毛の先端から、雫がポトリと長屋の床に落ちる。
「止めといた方がいいよ。またコテンパンにされちゃう」
頬に絆創膏を付けて、どこか怯えている様子の長次が、小平太を宥める。二人の様子を眺めながら、同じく頬に絆創膏が貼られた百地は昨日の出来事を思い出す。
(くノ一の女の子は、俺達忍たまに意地悪をするのが好きなのか? 妹とは大違いだ)
百地の所属する一年ろ組は、女子専用のくの一教室の生徒と対面を果たした。男女別で授業が行われ、許可なく敷地に足を踏み入れる事を禁じられていたせいもあり、ろ組の生徒は女子に会えるというだけで期待を胸に膨らせる。
しかし、現実は無常だった。
くの一教室の生徒達は入学したての忍たまへの洗礼として、様々な罠を仕掛け、苦しむ様を間近で眺め、堪能するのである。
忍たま達も、可憐でお淑やかだと期待したくのたま達に散々な思いをさせられ、恐怖心を抱く者や小平太の様に怒りを発露する者が続出したのだ。
身近に女性(妹)が居る百地は、他のろ組の生徒ほど、くのたまとの対面に期待を膨らませていなかった。それでも、自分達に散々な思いをさせたくのたまにいい思いはしておらず、男女別で教室が分けられているのは不幸中の幸いであると思っている。
「こうなったら、沢山遊んで忘れてしまおう! 長次、百地! 早速、外に行こう!」
先程まで怒りを見せていた小平太だが、今は笑顔を浮かべて二人に声を掛けた。百地は断る理由もなく、小平太に同行しようと体を起き上がらせた。
「ごめんね、小平太。今日は、鍛錬をするんだ」
「"今日も"の間違いじゃないか?」
長次は、練習用として作られた木製の縄鏢 を手にすると、申し訳なさそうに小平太に断りを入れる。
「長次、たまには私とも遊ぼう!」
「明日は小平太と遊ぶ……それでも、ダメかな?」
意見を押し通そうとする小平太であったが、長次は別日に遊ぶ予定を移すと伝えた上で、これまた自らの意見を押し通そうとする。
(長次…穏やかそうにして案外、自分の意見を突き通そうとする意思はしっかりあるんだよな)
小平太と長次を交互に見た百地は、長次の頑固な一面に対して、苦言を呈する事もなく、長所として捉えていたのである。
「仕方ない。明日は絶対、私と遊ぶんだぞ!」
「うん、約束は守るよ。」
「よし、百地! 行こう!」
小平太は、百地の手を引いた。長次に見送られながら、早足で長屋の外へ出ていく。
用具倉庫からバレーボールを借り、二人はグラウンドに到着すると、既に同学年や他学年の忍たまの姿も見られた。他学年の近くより、同学年が集中している場所の方が遊びやすいと二人は遊び場所を確保した。
「私から投げるぞ! それっ!」
小平太の投げたバレーボールは、宙に弧を描いた。百地の立つ場所へとしっかり狙いが定められており、難なくキャッチされた。
『今度は、俺だ! えいっ!』
百地がバレーボールを投げる。小平太とは違い、狙いは上手く定まっておらず、早々に地を着いて何度もバウンドしてから、小平太の足元に転がっていく。
「お前、ボールを投げる力が優しすぎないか? もっとこう、グワンッ!……って、思いっきり投げてくれ」
バレーボールを拾い上げた小平太は、眉を下げて不満げな様子を隠す事もなく、百地に伝えた。
『今まで、妹相手に球投げをする位しかなかったんだよ』
「だったら、もっと強く投げられる様に特訓しよう!」
百地の発言を聞いた小平太は、にぱっ…、と、効果音が付きそうな笑顔を見せた。
「私は百地の妹君では無いから、遠慮なく飛ばしていいぞ。顔に当たっても、鼻血が出る位だしな」
百地が妹相手に加減をして、遊び相手に務めていた経験が今では不利に働いている事に小平太は気がついた。
実際の所、小平太は実技授業で好成績を残している。若さ故に勢いがあるものの、指定された的に狙いを定め、ボールや手裏剣等を命中させる技術は、一年ろ組の中では一番と言っても過言ではない。座学が壊滅的である所に、目を瞑ればの話となるのだが。
それは同じ組であり、同室の百地はとうに理解している。小平太のアドバイスは抽象的であるが、的を得ているのは確かなので、素直に従う事を選ぶ。
「長次もよく鍛練するよなぁ。あれじゃ、また傷が出来ちゃうのに」
『今より、もっと強くなりたいんだろう』
縄鏢 の練習で傷を作った長次の姿を浮かべた小平太だが、百地は長次が抱く強さへの向上心に感心している様子だ。
『小平太だって、遊びと言いながらも体力作りをしているじゃないか』
「そうか? 私は、ただ遊んでいるつもりだけどなぁ」
三人の中で、基礎体力が誰よりも身についているのはここでも小平太であった。日頃から、遊びと称して木登りや隠れんぼ、かけっこ等で本人も知らぬ内に鍛錬に励んでいる。
(長次は鍛練、小平太は遊びで体力作りをしている………、…………あっ)
小平太から渡されたボールを投げようとした百地であったが、ある事に気がついてしまう。それは体にも連動し、上手くボールを投げられずにバウンドさせてしまった。
(俺……二人と違って、何かを頑張るって事をしてないなぁ)
「百地、またボールを投げる力が優しくなっているぞー」
コロコロと転がってきたボールを回収し、小平太は百地の元へ近づく。小平太の呼びかける声に反応する事もせず、百地は心ここにあらずといった様子となっていた。
「疲れたのか? なら、休憩しよう!」
小平太は、休み無しでキャッチボールを続けていたせいで百地の動きが止まったと思い込む。近距離で声を掛けられ、百地は肩をビクッと震わせて、ようやく意識が戻った。
『すまん。ボーッとしていた』
「そうだな! 私の声も聞こえない位にボーッとしていたぞ!」
にゃはは、と、小平太は百地を見ながら笑う。木陰に移動した二人は腰を下ろして、息を整える。
「この木のてっぺんまで登ったら、学園の外まで眺められて良さそうだな」
小平太は、自分達が憩いの場所として使っている樹木を見上げる。同じく百地も樹木を見上げ、自分の身長よりも遥かに高い頂 を懸命に捉える。
(そういえば、樹木は敵城へ侵入する際に活用出来ると授業で聞いたな……)
百地は座学で学んだ、敵城に潜入する際の有効な浸透戦術ついて思い出した。
(学年が上がって、城に潜り込む実習を行う事になったら……こういった樹木も登れる様な体力や技術も、今から身につけなくてはならないのか)
樹木の高さは、一年生の様な小柄な少年からし見れば、途方もない物であると感じられる。
しかし実際は、上級生が軽々と木登りが出来る物であり、大した物ではない。忍たまの成り立てであり、経験不足が故に百地が錯覚を起こしているだけであるのだった。
(俺の目標……、この木の頂 まで、登り切る事に決めよう!)
目の前で、小平太が何度も手を振ったり声を掛けている事に気が付かず、百地は一人、無茶とも言える目標を設定したのである。
・
翌日から、百地の木登り特訓が開始された。
授業終わりに当番として、一年ろ組全員分の提出物を職員室に届け終えてから、百地はグラウンドに向かう。
『よし、やってみよう』
小平太と憩いの場にした樹木の前に到着し、百地はまず右手を出した。続いて左足の爪先を幹の欠けた部分に掛け、登ろうとする。
左、右、左…、と、交互に変えていく途中で、手がプルプルと震え始める。次第に力が抜けていくと、百地は落下して尻餅をついた。
『もう一回だ』
再び、手足を動かしていく百地。右手を掛けようとしたが、手を滑らせてしまう。
『うわっ!』
地面へ落下していく際に、右手を擦らせた事により、母指球と小指球の箇所に擦り傷が出来上がる。ジワジワと込み上げてくる痛みに耐えながら、百地は樹木を見上げた。
『もう一度……』
焦らずに慎重に向かおうとする百地であるが、余計に焦燥感を掻き立てる。呼吸が整わない内に登り始めてしまい、次は足を滑らせた。落下しない様にと片方の足を引っ掛けようとしたが、却って体勢を崩してしまう。
顔面から地面に直撃し、砂煙が舞う。顔全体に付着した砂を取り除くと、百地は鼻血が出ていた事に気がついた。
(擦り傷も出来て、鼻血も出てしまっている……これは一度、医務室で手当して貰ってから出直そう)
百地は木登りを一旦、中断する事を決めた。鼻を擦った際に、右手の人差し指に血液が付着するも、気にする様子も見せずに医務室へと足を運ぶ。
・
その後も、百地の木登りの特訓は続いた。
回数を重ねる毎に、苦戦していた幹も楽々と登れる様にまで進歩していた。それでも、樹冠に当たる位置にまで到達する事が未だ出来ていない。
同室の長次と小平太には、初めの内は「実技授業で怪我をした」、「手裏剣の練習で軸足を間違えて、転倒した」等の誤魔化しが通用していた。だが、日に日に腕や顔に新しい傷が増えていく事で、百地も誤魔化しようがなくなったのを悟る。
「木登りが上手に出来る方法?」
授業終わりに、遊びに誘われた百地は長次と小平太に、木登りの特訓に励んでいる事を伝え、相談を持ち掛けた。
「だから最近、怪我が増えていたんだね。無茶しちゃ駄目だよ」
『頬に傷が出来ている長次に言われても、説得力が無いな……』
縄鏢 の練習で負った傷に貼られた湿布を見て、百地はジト目になる。
「高い所に来たら、下を見ちゃダメだよ。足が竦 んで、怖くなっちゃうんだ」
「私だったら、いけいけどんどんに登っていく」
(いけいけどんどん? 何だそれは……でも、小平太だったら、簡単に木登りも出来てしまうだろうな)
長次と小平太から、助言を貰う百地であった。小平太の体力と運動神経を羨み、ないものねだりをしてしまう。
『長次、小平太。ありがとう』
「無理だけはしないでね」
少しだけ気持ちが沈んだ百地であったが、それでも感謝の言葉を伝えるのを忘れない。自身を気にかける長次に顔を向け、百地は頷く。
・
百地が学園内で赴く場所として、医務室の割合が増えていた。今日も擦り傷を増やし、頭部にはタンコブまで出来上がっている有様である。
『今日も怪我を負ってしまったので、手当の方をお願いしたいです』
百地にとって、木登り特訓後の医務室通いが当たり前となりつつある。
上級生から案内を受けて、指定された場所へ向かうと、い組の立花仙蔵の後ろ姿が見えた。
(俺より小柄な一年生だ)
入学当初に姿だけ見かけた事を百地は、すっかりと忘れていた。
座布団の上に腰掛けると、仙蔵はチラリと星乃を見た。特に声を掛ける訳でもなかったが、視線を向けられた事に気がついた百地が口を開く。
『お前、至る所に擦り傷が出来ているぞ』
頬や手の甲に擦り傷が出来ている事を指摘すると、仙蔵はムッとした表情を見せた。
「そっちだって、鼻血も出て擦り傷、おまけにタンコブまで出来てるじゃないか」
酷い怪我をしているにも関わらず、軽傷の自分に声を掛けた百地がどこか癪に障り、仙蔵も同じく指摘をした。
「キミ達の手当、今日は僕がするね」
その時、頭上から少年の声が聞こえた。
二人が顔を上げると、一年は組の善法寺伊作か救急箱を持って、座布団の上に腰掛けた。
保健委員会に所属していた伊作は、怪我をした生徒の処置を一年生ながらも任されていた。影から上級生が見守る形ではあるものの、実践でも動ける様にという教えからだ。
「二人共、よく怪我をして医務室に来るから、すっかり顔を覚えちゃった」
百地は木登りの特訓、仙蔵は実技授業において、怪我をする事が多かった。上級生の処置の施しを観察しながらも、同じ水色の忍装束を着ている二人を伊作は一方的に知っていたのである。
「僕は、一年は組の善法寺伊作。キミ達の名前は?」
人当たりのいい笑顔を浮かべながら、伊作は自己紹介をする。
「……い組の立花仙蔵」
「俺は、ろ組の蓬川百地」
初めはポカンとしていた二人だが、自己紹介をされて自分の名前を言わずに去るのもどうかと思い、自身の所属する組と名前を伝えた。
「仙蔵と百地かぁ。合同授業で一緒になった時は、よろしくね」
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「あぁ〜〜! 酷い目に遭った〜〜! 悔しい〜〜!!」
開口一番、小平太が大声を上げた。ボサボサの髪の毛の先端から、雫がポトリと長屋の床に落ちる。
「止めといた方がいいよ。またコテンパンにされちゃう」
頬に絆創膏を付けて、どこか怯えている様子の長次が、小平太を宥める。二人の様子を眺めながら、同じく頬に絆創膏が貼られた百地は昨日の出来事を思い出す。
(くノ一の女の子は、俺達忍たまに意地悪をするのが好きなのか? 妹とは大違いだ)
百地の所属する一年ろ組は、女子専用のくの一教室の生徒と対面を果たした。男女別で授業が行われ、許可なく敷地に足を踏み入れる事を禁じられていたせいもあり、ろ組の生徒は女子に会えるというだけで期待を胸に膨らせる。
しかし、現実は無常だった。
くの一教室の生徒達は入学したての忍たまへの洗礼として、様々な罠を仕掛け、苦しむ様を間近で眺め、堪能するのである。
忍たま達も、可憐でお淑やかだと期待したくのたま達に散々な思いをさせられ、恐怖心を抱く者や小平太の様に怒りを発露する者が続出したのだ。
身近に女性(妹)が居る百地は、他のろ組の生徒ほど、くのたまとの対面に期待を膨らませていなかった。それでも、自分達に散々な思いをさせたくのたまにいい思いはしておらず、男女別で教室が分けられているのは不幸中の幸いであると思っている。
「こうなったら、沢山遊んで忘れてしまおう! 長次、百地! 早速、外に行こう!」
先程まで怒りを見せていた小平太だが、今は笑顔を浮かべて二人に声を掛けた。百地は断る理由もなく、小平太に同行しようと体を起き上がらせた。
「ごめんね、小平太。今日は、鍛錬をするんだ」
「"今日も"の間違いじゃないか?」
長次は、練習用として作られた木製の
「長次、たまには私とも遊ぼう!」
「明日は小平太と遊ぶ……それでも、ダメかな?」
意見を押し通そうとする小平太であったが、長次は別日に遊ぶ予定を移すと伝えた上で、これまた自らの意見を押し通そうとする。
(長次…穏やかそうにして案外、自分の意見を突き通そうとする意思はしっかりあるんだよな)
小平太と長次を交互に見た百地は、長次の頑固な一面に対して、苦言を呈する事もなく、長所として捉えていたのである。
「仕方ない。明日は絶対、私と遊ぶんだぞ!」
「うん、約束は守るよ。」
「よし、百地! 行こう!」
小平太は、百地の手を引いた。長次に見送られながら、早足で長屋の外へ出ていく。
用具倉庫からバレーボールを借り、二人はグラウンドに到着すると、既に同学年や他学年の忍たまの姿も見られた。他学年の近くより、同学年が集中している場所の方が遊びやすいと二人は遊び場所を確保した。
「私から投げるぞ! それっ!」
小平太の投げたバレーボールは、宙に弧を描いた。百地の立つ場所へとしっかり狙いが定められており、難なくキャッチされた。
『今度は、俺だ! えいっ!』
百地がバレーボールを投げる。小平太とは違い、狙いは上手く定まっておらず、早々に地を着いて何度もバウンドしてから、小平太の足元に転がっていく。
「お前、ボールを投げる力が優しすぎないか? もっとこう、グワンッ!……って、思いっきり投げてくれ」
バレーボールを拾い上げた小平太は、眉を下げて不満げな様子を隠す事もなく、百地に伝えた。
『今まで、妹相手に球投げをする位しかなかったんだよ』
「だったら、もっと強く投げられる様に特訓しよう!」
百地の発言を聞いた小平太は、にぱっ…、と、効果音が付きそうな笑顔を見せた。
「私は百地の妹君では無いから、遠慮なく飛ばしていいぞ。顔に当たっても、鼻血が出る位だしな」
百地が妹相手に加減をして、遊び相手に務めていた経験が今では不利に働いている事に小平太は気がついた。
実際の所、小平太は実技授業で好成績を残している。若さ故に勢いがあるものの、指定された的に狙いを定め、ボールや手裏剣等を命中させる技術は、一年ろ組の中では一番と言っても過言ではない。座学が壊滅的である所に、目を瞑ればの話となるのだが。
それは同じ組であり、同室の百地はとうに理解している。小平太のアドバイスは抽象的であるが、的を得ているのは確かなので、素直に従う事を選ぶ。
「長次もよく鍛練するよなぁ。あれじゃ、また傷が出来ちゃうのに」
『今より、もっと強くなりたいんだろう』
『小平太だって、遊びと言いながらも体力作りをしているじゃないか』
「そうか? 私は、ただ遊んでいるつもりだけどなぁ」
三人の中で、基礎体力が誰よりも身についているのはここでも小平太であった。日頃から、遊びと称して木登りや隠れんぼ、かけっこ等で本人も知らぬ内に鍛錬に励んでいる。
(長次は鍛練、小平太は遊びで体力作りをしている………、…………あっ)
小平太から渡されたボールを投げようとした百地であったが、ある事に気がついてしまう。それは体にも連動し、上手くボールを投げられずにバウンドさせてしまった。
(俺……二人と違って、何かを頑張るって事をしてないなぁ)
「百地、またボールを投げる力が優しくなっているぞー」
コロコロと転がってきたボールを回収し、小平太は百地の元へ近づく。小平太の呼びかける声に反応する事もせず、百地は心ここにあらずといった様子となっていた。
「疲れたのか? なら、休憩しよう!」
小平太は、休み無しでキャッチボールを続けていたせいで百地の動きが止まったと思い込む。近距離で声を掛けられ、百地は肩をビクッと震わせて、ようやく意識が戻った。
『すまん。ボーッとしていた』
「そうだな! 私の声も聞こえない位にボーッとしていたぞ!」
にゃはは、と、小平太は百地を見ながら笑う。木陰に移動した二人は腰を下ろして、息を整える。
「この木のてっぺんまで登ったら、学園の外まで眺められて良さそうだな」
小平太は、自分達が憩いの場所として使っている樹木を見上げる。同じく百地も樹木を見上げ、自分の身長よりも遥かに高い
(そういえば、樹木は敵城へ侵入する際に活用出来ると授業で聞いたな……)
百地は座学で学んだ、敵城に潜入する際の有効な浸透戦術ついて思い出した。
(学年が上がって、城に潜り込む実習を行う事になったら……こういった樹木も登れる様な体力や技術も、今から身につけなくてはならないのか)
樹木の高さは、一年生の様な小柄な少年からし見れば、途方もない物であると感じられる。
しかし実際は、上級生が軽々と木登りが出来る物であり、大した物ではない。忍たまの成り立てであり、経験不足が故に百地が錯覚を起こしているだけであるのだった。
(俺の目標……、この木の
目の前で、小平太が何度も手を振ったり声を掛けている事に気が付かず、百地は一人、無茶とも言える目標を設定したのである。
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翌日から、百地の木登り特訓が開始された。
授業終わりに当番として、一年ろ組全員分の提出物を職員室に届け終えてから、百地はグラウンドに向かう。
『よし、やってみよう』
小平太と憩いの場にした樹木の前に到着し、百地はまず右手を出した。続いて左足の爪先を幹の欠けた部分に掛け、登ろうとする。
左、右、左…、と、交互に変えていく途中で、手がプルプルと震え始める。次第に力が抜けていくと、百地は落下して尻餅をついた。
『もう一回だ』
再び、手足を動かしていく百地。右手を掛けようとしたが、手を滑らせてしまう。
『うわっ!』
地面へ落下していく際に、右手を擦らせた事により、母指球と小指球の箇所に擦り傷が出来上がる。ジワジワと込み上げてくる痛みに耐えながら、百地は樹木を見上げた。
『もう一度……』
焦らずに慎重に向かおうとする百地であるが、余計に焦燥感を掻き立てる。呼吸が整わない内に登り始めてしまい、次は足を滑らせた。落下しない様にと片方の足を引っ掛けようとしたが、却って体勢を崩してしまう。
顔面から地面に直撃し、砂煙が舞う。顔全体に付着した砂を取り除くと、百地は鼻血が出ていた事に気がついた。
(擦り傷も出来て、鼻血も出てしまっている……これは一度、医務室で手当して貰ってから出直そう)
百地は木登りを一旦、中断する事を決めた。鼻を擦った際に、右手の人差し指に血液が付着するも、気にする様子も見せずに医務室へと足を運ぶ。
・
その後も、百地の木登りの特訓は続いた。
回数を重ねる毎に、苦戦していた幹も楽々と登れる様にまで進歩していた。それでも、樹冠に当たる位置にまで到達する事が未だ出来ていない。
同室の長次と小平太には、初めの内は「実技授業で怪我をした」、「手裏剣の練習で軸足を間違えて、転倒した」等の誤魔化しが通用していた。だが、日に日に腕や顔に新しい傷が増えていく事で、百地も誤魔化しようがなくなったのを悟る。
「木登りが上手に出来る方法?」
授業終わりに、遊びに誘われた百地は長次と小平太に、木登りの特訓に励んでいる事を伝え、相談を持ち掛けた。
「だから最近、怪我が増えていたんだね。無茶しちゃ駄目だよ」
『頬に傷が出来ている長次に言われても、説得力が無いな……』
「高い所に来たら、下を見ちゃダメだよ。足が
「私だったら、いけいけどんどんに登っていく」
(いけいけどんどん? 何だそれは……でも、小平太だったら、簡単に木登りも出来てしまうだろうな)
長次と小平太から、助言を貰う百地であった。小平太の体力と運動神経を羨み、ないものねだりをしてしまう。
『長次、小平太。ありがとう』
「無理だけはしないでね」
少しだけ気持ちが沈んだ百地であったが、それでも感謝の言葉を伝えるのを忘れない。自身を気にかける長次に顔を向け、百地は頷く。
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百地が学園内で赴く場所として、医務室の割合が増えていた。今日も擦り傷を増やし、頭部にはタンコブまで出来上がっている有様である。
『今日も怪我を負ってしまったので、手当の方をお願いしたいです』
百地にとって、木登り特訓後の医務室通いが当たり前となりつつある。
上級生から案内を受けて、指定された場所へ向かうと、い組の立花仙蔵の後ろ姿が見えた。
(俺より小柄な一年生だ)
入学当初に姿だけ見かけた事を百地は、すっかりと忘れていた。
座布団の上に腰掛けると、仙蔵はチラリと星乃を見た。特に声を掛ける訳でもなかったが、視線を向けられた事に気がついた百地が口を開く。
『お前、至る所に擦り傷が出来ているぞ』
頬や手の甲に擦り傷が出来ている事を指摘すると、仙蔵はムッとした表情を見せた。
「そっちだって、鼻血も出て擦り傷、おまけにタンコブまで出来てるじゃないか」
酷い怪我をしているにも関わらず、軽傷の自分に声を掛けた百地がどこか癪に障り、仙蔵も同じく指摘をした。
「キミ達の手当、今日は僕がするね」
その時、頭上から少年の声が聞こえた。
二人が顔を上げると、一年は組の善法寺伊作か救急箱を持って、座布団の上に腰掛けた。
保健委員会に所属していた伊作は、怪我をした生徒の処置を一年生ながらも任されていた。影から上級生が見守る形ではあるものの、実践でも動ける様にという教えからだ。
「二人共、よく怪我をして医務室に来るから、すっかり顔を覚えちゃった」
百地は木登りの特訓、仙蔵は実技授業において、怪我をする事が多かった。上級生の処置の施しを観察しながらも、同じ水色の忍装束を着ている二人を伊作は一方的に知っていたのである。
「僕は、一年は組の善法寺伊作。キミ達の名前は?」
人当たりのいい笑顔を浮かべながら、伊作は自己紹介をする。
「……い組の立花仙蔵」
「俺は、ろ組の蓬川百地」
初めはポカンとしていた二人だが、自己紹介をされて自分の名前を言わずに去るのもどうかと思い、自身の所属する組と名前を伝えた。
「仙蔵と百地かぁ。合同授業で一緒になった時は、よろしくね」
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