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中在家長次×男夢主
○○の煌々とした輝きと、南蛮菓子の金平糖の輝きを重ね合わせ、思いを募らせていく長次の話。
◆本夢短編内で、怪我・流血表現があります
ゲスト:潮江文次郎、七松小平太、善法寺伊作
・
暁九つ(午前一時頃)、忍術学園の最上級生である一部の六年生が、活発に動き出す時間帯でもあった。今日もまた、三つの深緑の影が浮かんでいる。
「長次。この際だから、はっきり言わせてもらう」
演習場にて、鍛錬を行っていた六年い組の潮江文次郎は、鍛錬仲間である中在家長次に声を掛ける。
同じく鍛錬仲間の七松小平太は突然、文次郎が長次に声を掛けたのが気になった。鍛錬を中断して、長次の背中から顔を覗かせる。
「お前と○○、本当に思人 同士なのかよ」
○○とは、六年ろ組の名無し○○の事だ。そして、長次と小平太の同室相手。
「文次郎……お前、随分と直球だなぁ」
「お前にだけは、言われたくねぇ」
文次郎にそう言われると、血の気が盛んな一面のたる小平太は、怒り顔を見せ、「んだとぉ!」と声を上げた。
忍術学園一、寡黙であると言われる長次は、二人の会話に入りもせず、喋る事もない。
「忍者たる者、三禁を破るなんぞ恥だとは思っている。しかし、お前達と来たら、町中の思人 達がする素振りすら見せない」
その言葉通り、○○と長次は思人 であるにも関わらず、これといって仲睦まじい様子を見せていない。
三禁の色に溺れておらず、平時と至って変わらない学園生活を謳歌し、時には他の六年生と共に、学園長の大川平次渦正からの命で、外部からの忍務を請けている。
「お前、二人が交合う所が見たいのか? 文次郎って案外、助平だな」
「ち、違うわ! バカタレ!」
凛々しい眉を下げて、小平太は文次郎を揶揄う。文次郎は二人が口吸いしようが、交合おうが、自分には関係のない事だと思っていた。
しかし、思人 同士である筈が、ここまで淡白な関係が続いてしまえば、どこまで進展しているのかと思春期な面が顔を覗かせてしまうのだ。
「長次にとって、○○は金平糖だからな」
沈黙を貫く長次に代わり、小平太が快活な笑顔を見せて、文次郎にそう言った。
「はっ?」
「だから、金平糖だ」
「だからじゃなくてよ。何で、○○が長次の中で金平糖なのかを知りたいんだよ」
文次郎は、小平太の言葉の意味が分からない。○○と金平糖の共通点が、皆目見当もつかない。
長次より小柄だからか、○○が甘味物が好きだからか、まさか、○○を喰らうという比喩表現で……。
「文次郎は、鈍いなぁ」
小平太は変わらず眉を下げ、したり顔で文次郎を哀れんでいる様な笑みを見せた。
別に小平太は、文次郎を哀れんでいるつもりはないが、文次郎にはそう見えてしまう。
ろ組のペースに呑まれている自分に苛立ち、それを発散するべく、文次郎は小平太に組手を乞い願う。
文次郎の怒鳴り声、小平太の笑い声が演習場に響いても、長次は言葉を発しない。まるで他人事の様に、二人の会話の一部始終を聞いていたのだ。
・
中在家長次が、○○と初めて出会ったのは、忍術学園入学日だ。
同じ一年ろ組であり、七松小平太とも同じ日に出会う。早々に打ち解け、仲良くなった三人は同室であると告げられ、一年ろ組の教室内で喜びの声を上げた。
その際に、当時の教科担当担任・実技担当担任から注意されたのは今でも覚えている。
『長次は、頑張り屋だなぁ』
長次・小平太・○○の使う一年の忍たま長屋にて、○○は長次の頬に出来た傷の処置を行う。
一年は組の保健委員、善法寺伊作より、上手いとは言えない。
同室の小平太よりか比較的、丁寧な処置を施してくれる。
「○○だって、頑張り屋さんだよ」
そう言って、長次は穏やかな笑みを見せる。
現在は頬の傷の痛みから、無表情で寡黙な長次だが、下級生時代は"よく笑う子"だったのだ。
「今日の実技も、手裏剣打ちが一番上手だったじゃないか」
『うん。だって一年ろ組の中で、俺が一番上手いんだから。放課後も手裏剣打ちして、凄い楽しくってさぁ』
○○は謙遜する事なく、自らの手裏剣打ちの腕利きの良さについて触れる。
○○は、どんな物でも、狙いを定めた場所へ打ち込める百発百中の腕前を持っている。下級生時代から、既に片鱗を見せていたのだ。
『でも、明日は小平太と遊ばないと』
そう言って、○○はまだ長屋に戻って来ていない小平太の名を出した。
『小平太、俺と長次と遊びたがっていたからさ。"手裏剣遊びとか、縄鏢 の練習ばかりじゃなくて、私とも遊べ"って』
現在では文次郎、長次と共に"鍛錬馬鹿"と称される小平太も、一年時は遊び盛りの少年であった。
かけっこや木登り等の遊びに誘うも、何度も断られていた事で、小平太はお冠の様子であったと、○○は長次に言う。
「○○は、小平太と遊ぶの?」
長次の問い掛けに、○○は詰まる事もなく、『うん』と返答した。
長次と小平太の二人と比較すると、小柄な○○。それでも足の速さが取り柄で、更には手裏剣打ちも一年ろ組の中で一番の上手さを誇る。
そんな○○の姿は、長次には眩しく見え、煌々と輝いていたのだ。
・
ある日、二年の忍たま長屋に居た長次と小平太は、包みを両手で抱えていた○○を出迎える。
○○の目は、煌々と輝いていた。
小平太が何を持っているのかと聞くと、○○は床に座り、両手に抱えていた包みを置く。その時の動作は、壊れ物を大切に扱う様の様だ。
包みを縛っていた紐を解 いていき、凹凸の角状が目立つ小球の菓子が姿を見せる。
「何だ、この粒粒の食べ物は」
初めて見る白色の菓子を前にして、小平太は○○に問いかけた。
○○の口から、『金平糖』と和菓子の名前が出されると、長次は声を上げて驚く。
『遠方の国で行われていた、合戦場での実習から帰ってこられた六年生の先輩が、お土産だって言って、皆で分けて食べろと渡してくれたんだ』
好物の甘味物、ましてや南蛮(現在のポルトガル)の菓子を食べられる事を考え、○○は更に目を煌々と輝かせる。
○○の様子を見て、小平太も南蛮菓子の価値はまだ分からないものの、美味であるのだと理解出来た。
そんな中、長次はただ一人、驚いた顔をして○○を見る。
「金平糖って、南蛮菓子の中でも凄く貴重じゃないの? どうして、六年生の先輩方が?」
『えっ、そうなの?』
「金平糖の材料には、砂糖が使われているんだ」
長次の口から、"砂糖"という単語が出てくると、○○は何故、長次が驚いているのか合点がいく。
『実習の戦利品としか、おっしゃられなかったから、どうやって手に入れたかまでは、聞いてなかったなぁ』
それは、まだ合戦場の見学に赴いた事の無い二年生の○○への六年生の配慮があったからだ。
どこで、誰からどうやって貴重な南蛮菓子を戦利品として、手に入れられたのか……、血腥 い話を下級生にするのは刺激が強いと、気遣いを見せたのだが、○○は知らない。
『俺は金平糖を文次郎、仙蔵、留三郎、伊作の所にも分けてくるから。二人は、先に食べてて良いよ』
長次と小平太の分を取り分けた○○は、金平糖を包みに戻し、紐を結ぶ。
その場から立ち上がり、残りの面々に金平糖をを配りにと長屋を出ていく。
「いただきまーす!」
小平太が金平糖を一粒摘むと、口に放り込む。ガリッと歯で噛み砕く音が聞こえてから、小平太は目を輝かせた。
「美味い!」
ニコニコと笑みを浮かべた小平太は、夢中になって金平糖を食べ進めていく。
長次も、金平糖を食べようと一粒摘む。
口に入れようとした際に、部屋の灯りに照らされ、金平糖が輝いている様だと、長次は思った。
(金平糖って、キラキラしてて綺麗)
口に入れず、金平糖をかざしたままでいる長次が気になったのか、小平太の視線は金平糖から長次に向けられる。
「長次、食べないのか?」
「た、食べるよ。金平糖がキラキラして見えたから、つい……」
「そうか。それなら、食べるのも勿体ないと思ってしまうな」
はにかみながらも、自身の感じた事を長次は簡潔に伝えた。
小平太も、長次の発言を否定する様子を特に見せず再び、金平糖に手を伸ばしていく。
手にしていた金平糖を口にして、長次は金平糖を噛み砕き、噛み締める。
「美味しいっ」
小平太同様に、金平糖の程よい甘さに口内が刺激され、長次は笑みを浮かべたのだった。
・
三年生に進級した長次の頬には、縄鏢 の訓練で負った傷跡が残っていた。
この頃になると、喜怒哀楽の四つのを表現する方法が他者と変わり始めていた。笑おうとするなら、頬の傷が痛む。喜ぼうとするなら、顔を顰める。
喋る時にも、傷が痛む。少しずつ長次の喋る頻度が減っていたのだ。
「○○、出来たよ」
食堂を借り、割烹着を着用した長次は、趣味である菓子作りに励み、完成し終えた所だ。
皿に乗せられたボーロ(またの名は、丸ぼうろ)を食堂の席に座っている○○の元へ運んでいく。
『今回のボーロも美味しそうっ』
出来たてのボーロを前にして、○○は煌々と目を輝かせ、涎を垂らしてしまうのではと心配させる程、口を開けていた。
手先の器用な長次は、気まぐれで菓子を作る。学友の中で、特に甘味物が好きな○○は長次の菓子を好み、こうして食堂まで足を運ぶ事も珍しくない。長次も満更ではない。
(○○の目、凄くキラキラしている。二年の時に食べた金平糖みたいだ)
ボーロを口に頬張り、固い感触が伝わる中でも、○○は本当に頬が落ちてそうになる程に、美味しそうにして食べていく。
そんな○○の目が、灯りに照らされた金平糖の様に輝きを放っていたと思うと、長次は無意識の内に○○に自身の顔を近づけていた。
『長次、どうした?』
○○に声を掛けられ、長次はようやく自分と○○との距離感が近くなっていた事に気がついた。
疚しい事をしようと、○○に勘違いされたのではないかと長次は思考が先行してしまう。
「ち、違う! ……ッ』
弁解しようとした長次だが、頬の傷が痛む。
頬に手を当て、痛みを抑えようするが、長次は、○○に誤解されたのではないかと不安になった。謝罪の言葉を口にしようにも、声が震える。次第に目からは大粒の涙が零れ、嗚咽を漏らしてしまう。
『長次』
○○に声を掛けられても、長次は言葉を発せない。代わりに、大粒の涙がボロボロと零れてくる。このまま、両目ともに潤った状態で、落ちてしまうのではないかと思わせてしまう程に。
そんな時、零れる涙を拭う様にして、○○は携帯していた手拭いを長次の目元に当てる。
木綿の感触が伝わると、長次はゆっくりと目を開けた。自分より背丈の小さい○○が、涙を拭おうとしている健気な姿が映された。
『長次、ここ座れる?』
○○は、自分が座っていた長椅子の隣を軽く叩く。長次は頷いて返答し、○○の隣に座る。
長次が泣き止んで落ち着くまでの間、○○は慰めの言葉を掛けず、ただ背中を摩り続けた。
ようやく落ち着けた所で、長次は先程の自分の行動について、弁解しようと思った時だった。
『一緒に、ボーロ食べよう』
そう言った○○は、ボーロが乗せられた皿を長次の元へ少し近づけた。長次が座っている距離からでも、ボーロが取りやすい様にと配慮したのだ。
「菓子を食べると美味しくて、嫌な事も悲しい事も忘れられるから」
○○は、呆気に取られる長次を置いて、ボーロを手に取っていく。再び頬張ると、『美味しいっ』と感想を零し、笑みを見せた。
謝罪するタイミングを失ったと思う長次であったが、○○が自分の為に気を遣ってくれた好意を無駄には出来ないと、自作のボーロを手に取る。
(美味しい……)
菓子作りはするものの、人に振る舞う機会が多い長次は、こうして自分の作った菓子を食べるという回数は少ない。
特に今は、悲の感情に揺さぶられた後という事もあってか、ボーロの味が口全体に染み渡る。
「………金平糖みたいだった」
長次は、ポツリと言葉を零した。
それを聞き取れた○○も噛み砕いたボーロを飲み込み、長次の方に顔を向ける。
「○○の……、……○○の目、金平糖みたいにキラキラして、綺麗だったから」
継ぎ接ぎだらけの言葉だ……、長次は、心の中で自虐的に思う。
『俺の目って、そんなにキラキラしてた?』
○○は、長次の言葉を否定的に捉える事はなく、率直な疑問をぶつけた。
「……甘味物を食べている時は、特に」
『そっか。だって、甘味物は美味しいから。長次が作るボーロに、味を盗んだ団子とかも全部、美味しい』
そう言い、○○は年相応の笑顔を浮かべる。
自分の作る菓子をお世辞抜きで、素直に褒めてくれる○○に、長次は心が温かくなった。
・
四年生となった長次は、上級生の仲間入りを果たした。
下級生時代と異なり、外部での実習で場数を増やし、忍者としての経験を積める機会が増える。自分の身を守り、時として敵忍者との戦いで扱う得意武器の選別も同時に行われるのだ。
長次は一年次から訓練を続けていた、縄鏢を選ぶ。自身が所属する、図書委員会の一年上の若王寺勘兵衛から教えを乞い、縄鏢 の腕前は格段に上がった。
小平太との鍛錬において、これまでの戦績は長次と小平太とで1:9だったものが、5:5の割合となっているのがその証拠だろう。
『おぉ、おかえり』
鍛錬帰りの長次と小平太が、長屋の引き戸を開けると、寛 いでいた○○が出迎えた。
「今日も五分五分の割合で、決着が付かなかったのだ」
『へぇ、凄い』
紫色の忍装束が汚れきっていたのが、二人の鍛錬の様子を物語っている。
それに対して、○○の忍装束は一切の汚れもなく、清潔を保っていた。
「明日の鍛錬、○○も付き合えよ」
小平太は、明日に鍛錬を行うと告げると、○○にも参加する様に伝えたのだ。
しかし、○○は困惑した顔は見せず、涼しい顔をして慣れた様子で小平太の話を聞く。
『裏山で?』
「長次も一緒にな」
小平太に視線を送られた長次だが、それに対して返事をする事もない。三年生よりも頬の傷が増えた事で、必要以上に喋らない事が更に増えたのだ。
体の汚れを清める為、長次と小平太は夕飯前に湯浴 みする事とした。
【四年ろ組】と書かれた木版を持つ長次は、隣を歩く小平太を横目でチラリと見た。
長次は何故、小平太が先程の発言をしたのか理由が分からない。
四年生の中で俊足を誇る○○は、体力のある内ならば人並外れた体力・運動神経・怪力の持ち主の小平太に勝るのだ。その二人の鍛錬といえば、鬼ごっこだが、そこに自分が加わる意味を見つけられない。
「長次。さては私が何故、お前を鍛錬に誘ったのかが分からない……そう考えているな?」
横目で見られていた事に気がついた小平太は、長次の思考を言い当てた。
「お前が、寂しそうにしていたからだ」
小平太が朗らかな笑みを浮かべ、そう言うも、長次はピンと来ない。頭上にハテナマークの擬音符が浮かび上がる。
「上級生ともなると、その個人に合わせた授業の内容が組み込まれる。たまに私と一緒になる事はあれど、○○とは別々で授業を受けたり、鍛錬する事も増えたからな。ちゃんと顔に出ていたぞ」
長次や○○以外の忍たまなら、目の前に居るのは豪快で大雑把と言われる、七松小平太と同一人物なのかと思う。
しかし長次は四年間、同室相手として、行動を共にする事が多い為、特に気にしてはいない。
その日の夜、長次は夢を見た。
長次から離れた位置の真正面に、○○が立っている。○○が口をパクパクとさせ、長次に何かを伝えているも、言葉が聞き取れない。
長次が○○の元へ歩き出していた途中、真横から何かが飛んでいく音がした。
そして次の瞬間、○○は頭部から出血を起こし、力なく倒れていく。
何が起きたか分からないものの、長次は夢の中で走り出す。夢の中だからか、息切れは起きない。○○の元へ駆けつけた長次は、○○の安否確認をする。その時に、長次は血痕が付いた縄鏢 を発見してしまう。頭部からの出血は収まらず、○○と長次の間に血溜まりの海が広がっていく。
第二次性徴を迎え、頭一つ分高くなった長次と小平太と、まだ第二次性徴を迎えずに小柄な○○。虚ろな目からは、長次のよく知る煌々とした輝きは消えていた。
長次が好いている、○○の煌々とした目が、素直な気持ちを伝えてくれる口が、無情にも閉じていくのを、ただ見ているしかなかった。
・
『長次、行かないの?』
授業を終え、放課後を迎えて裏山に赴く○○と小平太だったが、長次の渋る様子を見て、足を止めた。
「……すまない。放課後の図書委員の用事が、頭から抜けていた」
それは、長次の嘘だ。
図書委員会の用事は入っている訳もなく、仮にあったとしても、長次は忘れている筈がないのだから。
それを分かっている○○と小平太は、目を見合せてから、長次を見た。
『分かった。じゃあ、俺と小平太は裏山に行ってくるよ』
「用事が済んだら、長次だったらいつでも来て良いぞ。大歓迎だ」
○○と小平太は、忍術学園の正門を目指して、走り出して行く。二人の後ろ姿を見届けてから、長次は体の向きを変え、歩き出していく。
(そういや長次、今日は一度も俺と目を合わせてくれなかったな)
○○は、今日一日の長次の行動を思い出すも、真意までは解読出来なかった。
学園内の敷地にある森林にて、長次は得意武器の縄鏢 を取り出した。
岩場の中心を的として、縄鏢 を飛ばしていく長次だが、夢の出来事を思い出してしまい、鏢 が思った位置を突いてくれない。
何度か続か、集中力を欠いていると分かった長次は、休憩を取る事にした。夢の中で、○○の血痕が付いた鏢 、自分と○○の間に出来た血溜まりを嫌でも思い出してしまう。
「長次!」
休憩して、しばらく時間が経過した頃だった。自分の名を呼ぶ、伊作の声がした。
声色から焦りを感じ取り、学園内で問題が起きたのかと長次は察知する。
「……伊作」
「はぁ…、っ……はぁ………下級生が裏山に行ったって話、聞いたりした?」
「……話を聞かせてくれ」
話の意図が読み取れず、長次は伊作から事の発端について話を伺う事にした。
「今、裏山に山賊が出没しているそうなんだ。危害が及ばない様に、下級生の外出の制限が通達されたんだよ」
長次の脳裏に、学園の正門に向かって走って行った小平太と○○の後ろ姿が映し出される。
「……小平太と、○○が」
「まさか……小平太と○○は今、裏山に?」
長次の言葉を遅れて聞き取った伊作は、学園を留守にしている小平太と○○の行方が分かると、顔が青ざめていく。
「………っ!」
縄鏢 を懐にしまい、長次は森林の中を駆け抜けていく。後方から、伊作の叫び声と地面に倒れ込む音がするも、長次は足を止めない。
正門は、先生方に先回りされ、封鎖されているかもしれない……、そう思った長次は、勢いよくジャンプすると、板屋塀を難なく飛び越えていく。
裏山の入口にて、黒色の忍装束を来た忍術学園の教師陣を発見した長次は、獣道を辿り、裏山の中を駆け抜けて行く。
人並外れた運動神経等を持つ小平太、俊足を誇る○○の鍛錬となれば、もう既に遠くへ行っているかもしれない。
長次は、自分が山賊に襲われる可能性など考えていなかった。今はただ、二人の同室が無事か。そして、○○の安否が正夢にならない事を祈るだけだ。
こんな時でも、長次の脳裏の片隅に、○○から放たれる煌々とした輝きが浮かんでしまう。
小平太が同伴しているなら、持ち前のクソ力で盗賊を撒いているか、血気盛んな面が表出して、討伐に挑んでいるかのどちらか。
そんな時だった。
「長次!!」
裏山の山中から、自分の名を呼ぶ小平太の大声が聞こえた。それは余りにも目立ち、自分の名を呼んでしまったから、忍者としては落第点だ。
声の聞こえた場所へ向かうと、凄惨 たる光景が広がっていた。
紫色の忍装束に、盗賊達の返り血を浴びた小平太と○○。
擦り傷、切り傷、出血が見られ、手首や手足に紫色の痣が出来上がっていた盗賊らしき男達が気絶しており、縄で捕縛されている。
「裏山を彷徨いていた山賊を討伐して、捕らえたんだ」
『小平太がクソ力で、盗賊達の骨まで折ったから、先生方に何て言われるんだろう』
返り血を浴びて尚、笑顔を見せる小平太、涼しい顔をしている○○。
長次の視線は、○○の頭部に付着していた血痕に向けられていた。視線を感じた○○が、長次を見上げた。
次の瞬間、〇〇の頬に大粒の涙が一粒、ポタリと降ってきた。
『長次?』
長次の目から、ボロボロと大粒の涙が零れていたのだ。ようやく目があったかと思えば、○○と小平太は長次が突然、泣き出した理由が分からない。
そんな二人の事もお構いなく、長次は○○の頭部に付着している血痕付近に触れた。何も言わず、涙を零し続ける。
「長次! それ、○○の血じゃない! こいつらの返り血!」
○○が盗賊に怪我を負わされ、流血していると勘違いを起こしたのだと分かると、小平太は声を上げて、未だ気絶している盗賊達に向けて、指をさす。
○○は頭巾を取り、頭部に付着した血痕を拭き取っていく。
長次の目から零れる大粒の涙を拭おうと、懐から手拭いを取り出そうとした時、○○の体が前方へと強い力で引き寄せられていく。
『んぐっ、ッ』
忍装束越しに、○○の顔が長次の胸板に当たる。同い歳とは思えぬ、大柄で筋肉質な体格に○○の体は包まれる。
「お前が死んでしまう夢を見た」
「お前と私が、血の海に居た」
「お前の目から、輝きが消えてしまった」
「お前の口から、言葉が出なくなっていた」
「私を見ても、話してもくれなくなった」
「最期に、目も口も閉じてしまった」
○○の頭上から、ポツポツと長次の声が聞こえてきた。未だ大粒の涙を流し、声色は震えていたものの、○○は全てを聞き取れている。
「自分の取り柄を誇りに思う、お前を好いている」
「素直な気持ちを口にして伝えてくれる、お前を好いている」
「灯りに照らされた、あの時の金平糖の様に、煌々とした輝きを放ち、綺麗な目をする、お前を好いている」
それは、長次から見た○○の人物像の評価とも取れる。けれど、長次自身は○○への好意を伝えているに過ぎない。
「お前から素直な気持ちを告げられると、私は心が温かくなった」
「お前に、居なくなって欲しくないと私は気がついた」
「金平糖の様に、煌々と輝くお前を私はずっと見ていたい」
長次はここに来て、○○が動き出さなくなった事にようやく気がついた。
自身の胸に顔を沈めている○○を覗き込むと、長次の発言に両頬を赤く染め、しどろもどろになっている○○の姿があったのだ。
そして、この場にもう一人の同室相手の小平太が居る事にも。
「長次、細かい言葉は気にするな!私は、お前が○○に思いを告げた現場の立会人に過ぎん!」
なははは……、と、小平太の笑い声が響いた。
つい先程まで、盗賊が出没した事による殺伐とした雰囲気が裏山に包まれていた。
しかし今では、長次の○○への思いを告げ、それを小平太が笑顔で祝福するといった、場違い且つ混沌とした状況が出来上がっていたのである。
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中在家長次×男夢主
○○の煌々とした輝きと、南蛮菓子の金平糖の輝きを重ね合わせ、思いを募らせていく長次の話。
◆本夢短編内で、怪我・流血表現があります
ゲスト:潮江文次郎、七松小平太、善法寺伊作
・
暁九つ(午前一時頃)、忍術学園の最上級生である一部の六年生が、活発に動き出す時間帯でもあった。今日もまた、三つの深緑の影が浮かんでいる。
「長次。この際だから、はっきり言わせてもらう」
演習場にて、鍛錬を行っていた六年い組の潮江文次郎は、鍛錬仲間である中在家長次に声を掛ける。
同じく鍛錬仲間の七松小平太は突然、文次郎が長次に声を掛けたのが気になった。鍛錬を中断して、長次の背中から顔を覗かせる。
「お前と○○、本当に
○○とは、六年ろ組の名無し○○の事だ。そして、長次と小平太の同室相手。
「文次郎……お前、随分と直球だなぁ」
「お前にだけは、言われたくねぇ」
文次郎にそう言われると、血の気が盛んな一面のたる小平太は、怒り顔を見せ、「んだとぉ!」と声を上げた。
忍術学園一、寡黙であると言われる長次は、二人の会話に入りもせず、喋る事もない。
「忍者たる者、三禁を破るなんぞ恥だとは思っている。しかし、お前達と来たら、町中の
その言葉通り、○○と長次は
三禁の色に溺れておらず、平時と至って変わらない学園生活を謳歌し、時には他の六年生と共に、学園長の大川平次渦正からの命で、外部からの忍務を請けている。
「お前、二人が交合う所が見たいのか? 文次郎って案外、助平だな」
「ち、違うわ! バカタレ!」
凛々しい眉を下げて、小平太は文次郎を揶揄う。文次郎は二人が口吸いしようが、交合おうが、自分には関係のない事だと思っていた。
しかし、
「長次にとって、○○は金平糖だからな」
沈黙を貫く長次に代わり、小平太が快活な笑顔を見せて、文次郎にそう言った。
「はっ?」
「だから、金平糖だ」
「だからじゃなくてよ。何で、○○が長次の中で金平糖なのかを知りたいんだよ」
文次郎は、小平太の言葉の意味が分からない。○○と金平糖の共通点が、皆目見当もつかない。
長次より小柄だからか、○○が甘味物が好きだからか、まさか、○○を喰らうという比喩表現で……。
「文次郎は、鈍いなぁ」
小平太は変わらず眉を下げ、したり顔で文次郎を哀れんでいる様な笑みを見せた。
別に小平太は、文次郎を哀れんでいるつもりはないが、文次郎にはそう見えてしまう。
ろ組のペースに呑まれている自分に苛立ち、それを発散するべく、文次郎は小平太に組手を乞い願う。
文次郎の怒鳴り声、小平太の笑い声が演習場に響いても、長次は言葉を発しない。まるで他人事の様に、二人の会話の一部始終を聞いていたのだ。
・
中在家長次が、○○と初めて出会ったのは、忍術学園入学日だ。
同じ一年ろ組であり、七松小平太とも同じ日に出会う。早々に打ち解け、仲良くなった三人は同室であると告げられ、一年ろ組の教室内で喜びの声を上げた。
その際に、当時の教科担当担任・実技担当担任から注意されたのは今でも覚えている。
『長次は、頑張り屋だなぁ』
長次・小平太・○○の使う一年の忍たま長屋にて、○○は長次の頬に出来た傷の処置を行う。
一年は組の保健委員、善法寺伊作より、上手いとは言えない。
同室の小平太よりか比較的、丁寧な処置を施してくれる。
「○○だって、頑張り屋さんだよ」
そう言って、長次は穏やかな笑みを見せる。
現在は頬の傷の痛みから、無表情で寡黙な長次だが、下級生時代は"よく笑う子"だったのだ。
「今日の実技も、手裏剣打ちが一番上手だったじゃないか」
『うん。だって一年ろ組の中で、俺が一番上手いんだから。放課後も手裏剣打ちして、凄い楽しくってさぁ』
○○は謙遜する事なく、自らの手裏剣打ちの腕利きの良さについて触れる。
○○は、どんな物でも、狙いを定めた場所へ打ち込める百発百中の腕前を持っている。下級生時代から、既に片鱗を見せていたのだ。
『でも、明日は小平太と遊ばないと』
そう言って、○○はまだ長屋に戻って来ていない小平太の名を出した。
『小平太、俺と長次と遊びたがっていたからさ。"手裏剣遊びとか、
現在では文次郎、長次と共に"鍛錬馬鹿"と称される小平太も、一年時は遊び盛りの少年であった。
かけっこや木登り等の遊びに誘うも、何度も断られていた事で、小平太はお冠の様子であったと、○○は長次に言う。
「○○は、小平太と遊ぶの?」
長次の問い掛けに、○○は詰まる事もなく、『うん』と返答した。
長次と小平太の二人と比較すると、小柄な○○。それでも足の速さが取り柄で、更には手裏剣打ちも一年ろ組の中で一番の上手さを誇る。
そんな○○の姿は、長次には眩しく見え、煌々と輝いていたのだ。
・
ある日、二年の忍たま長屋に居た長次と小平太は、包みを両手で抱えていた○○を出迎える。
○○の目は、煌々と輝いていた。
小平太が何を持っているのかと聞くと、○○は床に座り、両手に抱えていた包みを置く。その時の動作は、壊れ物を大切に扱う様の様だ。
包みを縛っていた紐を
「何だ、この粒粒の食べ物は」
初めて見る白色の菓子を前にして、小平太は○○に問いかけた。
○○の口から、『金平糖』と和菓子の名前が出されると、長次は声を上げて驚く。
『遠方の国で行われていた、合戦場での実習から帰ってこられた六年生の先輩が、お土産だって言って、皆で分けて食べろと渡してくれたんだ』
好物の甘味物、ましてや南蛮(現在のポルトガル)の菓子を食べられる事を考え、○○は更に目を煌々と輝かせる。
○○の様子を見て、小平太も南蛮菓子の価値はまだ分からないものの、美味であるのだと理解出来た。
そんな中、長次はただ一人、驚いた顔をして○○を見る。
「金平糖って、南蛮菓子の中でも凄く貴重じゃないの? どうして、六年生の先輩方が?」
『えっ、そうなの?』
「金平糖の材料には、砂糖が使われているんだ」
長次の口から、"砂糖"という単語が出てくると、○○は何故、長次が驚いているのか合点がいく。
『実習の戦利品としか、おっしゃられなかったから、どうやって手に入れたかまでは、聞いてなかったなぁ』
それは、まだ合戦場の見学に赴いた事の無い二年生の○○への六年生の配慮があったからだ。
どこで、誰からどうやって貴重な南蛮菓子を戦利品として、手に入れられたのか……、
『俺は金平糖を文次郎、仙蔵、留三郎、伊作の所にも分けてくるから。二人は、先に食べてて良いよ』
長次と小平太の分を取り分けた○○は、金平糖を包みに戻し、紐を結ぶ。
その場から立ち上がり、残りの面々に金平糖をを配りにと長屋を出ていく。
「いただきまーす!」
小平太が金平糖を一粒摘むと、口に放り込む。ガリッと歯で噛み砕く音が聞こえてから、小平太は目を輝かせた。
「美味い!」
ニコニコと笑みを浮かべた小平太は、夢中になって金平糖を食べ進めていく。
長次も、金平糖を食べようと一粒摘む。
口に入れようとした際に、部屋の灯りに照らされ、金平糖が輝いている様だと、長次は思った。
(金平糖って、キラキラしてて綺麗)
口に入れず、金平糖をかざしたままでいる長次が気になったのか、小平太の視線は金平糖から長次に向けられる。
「長次、食べないのか?」
「た、食べるよ。金平糖がキラキラして見えたから、つい……」
「そうか。それなら、食べるのも勿体ないと思ってしまうな」
はにかみながらも、自身の感じた事を長次は簡潔に伝えた。
小平太も、長次の発言を否定する様子を特に見せず再び、金平糖に手を伸ばしていく。
手にしていた金平糖を口にして、長次は金平糖を噛み砕き、噛み締める。
「美味しいっ」
小平太同様に、金平糖の程よい甘さに口内が刺激され、長次は笑みを浮かべたのだった。
・
三年生に進級した長次の頬には、
この頃になると、喜怒哀楽の四つのを表現する方法が他者と変わり始めていた。笑おうとするなら、頬の傷が痛む。喜ぼうとするなら、顔を顰める。
喋る時にも、傷が痛む。少しずつ長次の喋る頻度が減っていたのだ。
「○○、出来たよ」
食堂を借り、割烹着を着用した長次は、趣味である菓子作りに励み、完成し終えた所だ。
皿に乗せられたボーロ(またの名は、丸ぼうろ)を食堂の席に座っている○○の元へ運んでいく。
『今回のボーロも美味しそうっ』
出来たてのボーロを前にして、○○は煌々と目を輝かせ、涎を垂らしてしまうのではと心配させる程、口を開けていた。
手先の器用な長次は、気まぐれで菓子を作る。学友の中で、特に甘味物が好きな○○は長次の菓子を好み、こうして食堂まで足を運ぶ事も珍しくない。長次も満更ではない。
(○○の目、凄くキラキラしている。二年の時に食べた金平糖みたいだ)
ボーロを口に頬張り、固い感触が伝わる中でも、○○は本当に頬が落ちてそうになる程に、美味しそうにして食べていく。
そんな○○の目が、灯りに照らされた金平糖の様に輝きを放っていたと思うと、長次は無意識の内に○○に自身の顔を近づけていた。
『長次、どうした?』
○○に声を掛けられ、長次はようやく自分と○○との距離感が近くなっていた事に気がついた。
疚しい事をしようと、○○に勘違いされたのではないかと長次は思考が先行してしまう。
「ち、違う! ……ッ』
弁解しようとした長次だが、頬の傷が痛む。
頬に手を当て、痛みを抑えようするが、長次は、○○に誤解されたのではないかと不安になった。謝罪の言葉を口にしようにも、声が震える。次第に目からは大粒の涙が零れ、嗚咽を漏らしてしまう。
『長次』
○○に声を掛けられても、長次は言葉を発せない。代わりに、大粒の涙がボロボロと零れてくる。このまま、両目ともに潤った状態で、落ちてしまうのではないかと思わせてしまう程に。
そんな時、零れる涙を拭う様にして、○○は携帯していた手拭いを長次の目元に当てる。
木綿の感触が伝わると、長次はゆっくりと目を開けた。自分より背丈の小さい○○が、涙を拭おうとしている健気な姿が映された。
『長次、ここ座れる?』
○○は、自分が座っていた長椅子の隣を軽く叩く。長次は頷いて返答し、○○の隣に座る。
長次が泣き止んで落ち着くまでの間、○○は慰めの言葉を掛けず、ただ背中を摩り続けた。
ようやく落ち着けた所で、長次は先程の自分の行動について、弁解しようと思った時だった。
『一緒に、ボーロ食べよう』
そう言った○○は、ボーロが乗せられた皿を長次の元へ少し近づけた。長次が座っている距離からでも、ボーロが取りやすい様にと配慮したのだ。
「菓子を食べると美味しくて、嫌な事も悲しい事も忘れられるから」
○○は、呆気に取られる長次を置いて、ボーロを手に取っていく。再び頬張ると、『美味しいっ』と感想を零し、笑みを見せた。
謝罪するタイミングを失ったと思う長次であったが、○○が自分の為に気を遣ってくれた好意を無駄には出来ないと、自作のボーロを手に取る。
(美味しい……)
菓子作りはするものの、人に振る舞う機会が多い長次は、こうして自分の作った菓子を食べるという回数は少ない。
特に今は、悲の感情に揺さぶられた後という事もあってか、ボーロの味が口全体に染み渡る。
「………金平糖みたいだった」
長次は、ポツリと言葉を零した。
それを聞き取れた○○も噛み砕いたボーロを飲み込み、長次の方に顔を向ける。
「○○の……、……○○の目、金平糖みたいにキラキラして、綺麗だったから」
継ぎ接ぎだらけの言葉だ……、長次は、心の中で自虐的に思う。
『俺の目って、そんなにキラキラしてた?』
○○は、長次の言葉を否定的に捉える事はなく、率直な疑問をぶつけた。
「……甘味物を食べている時は、特に」
『そっか。だって、甘味物は美味しいから。長次が作るボーロに、味を盗んだ団子とかも全部、美味しい』
そう言い、○○は年相応の笑顔を浮かべる。
自分の作る菓子をお世辞抜きで、素直に褒めてくれる○○に、長次は心が温かくなった。
・
四年生となった長次は、上級生の仲間入りを果たした。
下級生時代と異なり、外部での実習で場数を増やし、忍者としての経験を積める機会が増える。自分の身を守り、時として敵忍者との戦いで扱う得意武器の選別も同時に行われるのだ。
長次は一年次から訓練を続けていた、縄鏢を選ぶ。自身が所属する、図書委員会の一年上の若王寺勘兵衛から教えを乞い、
小平太との鍛錬において、これまでの戦績は長次と小平太とで1:9だったものが、5:5の割合となっているのがその証拠だろう。
『おぉ、おかえり』
鍛錬帰りの長次と小平太が、長屋の引き戸を開けると、
「今日も五分五分の割合で、決着が付かなかったのだ」
『へぇ、凄い』
紫色の忍装束が汚れきっていたのが、二人の鍛錬の様子を物語っている。
それに対して、○○の忍装束は一切の汚れもなく、清潔を保っていた。
「明日の鍛錬、○○も付き合えよ」
小平太は、明日に鍛錬を行うと告げると、○○にも参加する様に伝えたのだ。
しかし、○○は困惑した顔は見せず、涼しい顔をして慣れた様子で小平太の話を聞く。
『裏山で?』
「長次も一緒にな」
小平太に視線を送られた長次だが、それに対して返事をする事もない。三年生よりも頬の傷が増えた事で、必要以上に喋らない事が更に増えたのだ。
体の汚れを清める為、長次と小平太は夕飯前に
【四年ろ組】と書かれた木版を持つ長次は、隣を歩く小平太を横目でチラリと見た。
長次は何故、小平太が先程の発言をしたのか理由が分からない。
四年生の中で俊足を誇る○○は、体力のある内ならば人並外れた体力・運動神経・怪力の持ち主の小平太に勝るのだ。その二人の鍛錬といえば、鬼ごっこだが、そこに自分が加わる意味を見つけられない。
「長次。さては私が何故、お前を鍛錬に誘ったのかが分からない……そう考えているな?」
横目で見られていた事に気がついた小平太は、長次の思考を言い当てた。
「お前が、寂しそうにしていたからだ」
小平太が朗らかな笑みを浮かべ、そう言うも、長次はピンと来ない。頭上にハテナマークの擬音符が浮かび上がる。
「上級生ともなると、その個人に合わせた授業の内容が組み込まれる。たまに私と一緒になる事はあれど、○○とは別々で授業を受けたり、鍛錬する事も増えたからな。ちゃんと顔に出ていたぞ」
長次や○○以外の忍たまなら、目の前に居るのは豪快で大雑把と言われる、七松小平太と同一人物なのかと思う。
しかし長次は四年間、同室相手として、行動を共にする事が多い為、特に気にしてはいない。
その日の夜、長次は夢を見た。
長次から離れた位置の真正面に、○○が立っている。○○が口をパクパクとさせ、長次に何かを伝えているも、言葉が聞き取れない。
長次が○○の元へ歩き出していた途中、真横から何かが飛んでいく音がした。
そして次の瞬間、○○は頭部から出血を起こし、力なく倒れていく。
何が起きたか分からないものの、長次は夢の中で走り出す。夢の中だからか、息切れは起きない。○○の元へ駆けつけた長次は、○○の安否確認をする。その時に、長次は血痕が付いた
第二次性徴を迎え、頭一つ分高くなった長次と小平太と、まだ第二次性徴を迎えずに小柄な○○。虚ろな目からは、長次のよく知る煌々とした輝きは消えていた。
長次が好いている、○○の煌々とした目が、素直な気持ちを伝えてくれる口が、無情にも閉じていくのを、ただ見ているしかなかった。
・
『長次、行かないの?』
授業を終え、放課後を迎えて裏山に赴く○○と小平太だったが、長次の渋る様子を見て、足を止めた。
「……すまない。放課後の図書委員の用事が、頭から抜けていた」
それは、長次の嘘だ。
図書委員会の用事は入っている訳もなく、仮にあったとしても、長次は忘れている筈がないのだから。
それを分かっている○○と小平太は、目を見合せてから、長次を見た。
『分かった。じゃあ、俺と小平太は裏山に行ってくるよ』
「用事が済んだら、長次だったらいつでも来て良いぞ。大歓迎だ」
○○と小平太は、忍術学園の正門を目指して、走り出して行く。二人の後ろ姿を見届けてから、長次は体の向きを変え、歩き出していく。
(そういや長次、今日は一度も俺と目を合わせてくれなかったな)
○○は、今日一日の長次の行動を思い出すも、真意までは解読出来なかった。
学園内の敷地にある森林にて、長次は得意武器の
岩場の中心を的として、
何度か続か、集中力を欠いていると分かった長次は、休憩を取る事にした。夢の中で、○○の血痕が付いた
「長次!」
休憩して、しばらく時間が経過した頃だった。自分の名を呼ぶ、伊作の声がした。
声色から焦りを感じ取り、学園内で問題が起きたのかと長次は察知する。
「……伊作」
「はぁ…、っ……はぁ………下級生が裏山に行ったって話、聞いたりした?」
「……話を聞かせてくれ」
話の意図が読み取れず、長次は伊作から事の発端について話を伺う事にした。
「今、裏山に山賊が出没しているそうなんだ。危害が及ばない様に、下級生の外出の制限が通達されたんだよ」
長次の脳裏に、学園の正門に向かって走って行った小平太と○○の後ろ姿が映し出される。
「……小平太と、○○が」
「まさか……小平太と○○は今、裏山に?」
長次の言葉を遅れて聞き取った伊作は、学園を留守にしている小平太と○○の行方が分かると、顔が青ざめていく。
「………っ!」
正門は、先生方に先回りされ、封鎖されているかもしれない……、そう思った長次は、勢いよくジャンプすると、板屋塀を難なく飛び越えていく。
裏山の入口にて、黒色の忍装束を来た忍術学園の教師陣を発見した長次は、獣道を辿り、裏山の中を駆け抜けて行く。
人並外れた運動神経等を持つ小平太、俊足を誇る○○の鍛錬となれば、もう既に遠くへ行っているかもしれない。
長次は、自分が山賊に襲われる可能性など考えていなかった。今はただ、二人の同室が無事か。そして、○○の安否が正夢にならない事を祈るだけだ。
こんな時でも、長次の脳裏の片隅に、○○から放たれる煌々とした輝きが浮かんでしまう。
小平太が同伴しているなら、持ち前のクソ力で盗賊を撒いているか、血気盛んな面が表出して、討伐に挑んでいるかのどちらか。
そんな時だった。
「長次!!」
裏山の山中から、自分の名を呼ぶ小平太の大声が聞こえた。それは余りにも目立ち、自分の名を呼んでしまったから、忍者としては落第点だ。
声の聞こえた場所へ向かうと、
紫色の忍装束に、盗賊達の返り血を浴びた小平太と○○。
擦り傷、切り傷、出血が見られ、手首や手足に紫色の痣が出来上がっていた盗賊らしき男達が気絶しており、縄で捕縛されている。
「裏山を彷徨いていた山賊を討伐して、捕らえたんだ」
『小平太がクソ力で、盗賊達の骨まで折ったから、先生方に何て言われるんだろう』
返り血を浴びて尚、笑顔を見せる小平太、涼しい顔をしている○○。
長次の視線は、○○の頭部に付着していた血痕に向けられていた。視線を感じた○○が、長次を見上げた。
次の瞬間、〇〇の頬に大粒の涙が一粒、ポタリと降ってきた。
『長次?』
長次の目から、ボロボロと大粒の涙が零れていたのだ。ようやく目があったかと思えば、○○と小平太は長次が突然、泣き出した理由が分からない。
そんな二人の事もお構いなく、長次は○○の頭部に付着している血痕付近に触れた。何も言わず、涙を零し続ける。
「長次! それ、○○の血じゃない! こいつらの返り血!」
○○が盗賊に怪我を負わされ、流血していると勘違いを起こしたのだと分かると、小平太は声を上げて、未だ気絶している盗賊達に向けて、指をさす。
○○は頭巾を取り、頭部に付着した血痕を拭き取っていく。
長次の目から零れる大粒の涙を拭おうと、懐から手拭いを取り出そうとした時、○○の体が前方へと強い力で引き寄せられていく。
『んぐっ、ッ』
忍装束越しに、○○の顔が長次の胸板に当たる。同い歳とは思えぬ、大柄で筋肉質な体格に○○の体は包まれる。
「お前が死んでしまう夢を見た」
「お前と私が、血の海に居た」
「お前の目から、輝きが消えてしまった」
「お前の口から、言葉が出なくなっていた」
「私を見ても、話してもくれなくなった」
「最期に、目も口も閉じてしまった」
○○の頭上から、ポツポツと長次の声が聞こえてきた。未だ大粒の涙を流し、声色は震えていたものの、○○は全てを聞き取れている。
「自分の取り柄を誇りに思う、お前を好いている」
「素直な気持ちを口にして伝えてくれる、お前を好いている」
「灯りに照らされた、あの時の金平糖の様に、煌々とした輝きを放ち、綺麗な目をする、お前を好いている」
それは、長次から見た○○の人物像の評価とも取れる。けれど、長次自身は○○への好意を伝えているに過ぎない。
「お前から素直な気持ちを告げられると、私は心が温かくなった」
「お前に、居なくなって欲しくないと私は気がついた」
「金平糖の様に、煌々と輝くお前を私はずっと見ていたい」
長次はここに来て、○○が動き出さなくなった事にようやく気がついた。
自身の胸に顔を沈めている○○を覗き込むと、長次の発言に両頬を赤く染め、しどろもどろになっている○○の姿があったのだ。
そして、この場にもう一人の同室相手の小平太が居る事にも。
「長次、細かい言葉は気にするな!私は、お前が○○に思いを告げた現場の立会人に過ぎん!」
なははは……、と、小平太の笑い声が響いた。
つい先程まで、盗賊が出没した事による殺伐とした雰囲気が裏山に包まれていた。
しかし今では、長次の○○への思いを告げ、それを小平太が笑顔で祝福するといった、場違い且つ混沌とした状況が出来上がっていたのである。
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