青い春の思ひ出
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忍者____、かつて、室町時代から江戸時代の日本にて存在した技能者の名称。名の知れた大名や領主に仕え、諜報活動、浸透戦術、暗殺等の多岐にわたる任務を遂行する影の存在であった。
時は、室町時代末期。近畿地方の山奥には、とある忍者の養成機関が建設されている。十歳から十五歳の少年少女達が在籍する全寮制の学校、『忍術学園』。忍者の道を目指す者も居れば、行儀見習い・人脈造りを目的としている者も珍しくはない。
忍術学園へと続く道には、幾つもの立派な大樹が桜の花弁 を飛び散らせる。それは、学園の門を叩く十歳の少年少女達を歓迎している様である。
蓬川百地。齢 十歳。彼もまた、忍者になる事を目標として、『忍術学園』の門を潜 っていく。
・
百地は、受付にて入学金を支払い終えた。一年い組・ろ組・は組の振り分けが記載された用紙を片手に、自分と同じ様な幼い顔立ちの少年達を数えている。
キョロキョロと辺りを見渡しながら歩くせいで、百地は前方に佇む人影に気が付かず、相手方の後頭部に顔を埋めてしまう。
うぎゅ…、と、呻き声を上げてから、百地はゆっくりと後ずさる。
『すみません』
謝罪の言葉を述べて、百地は自分の方へと振り向いた少年の顔を見た。右目が松の実、左目がアーモンドの形と異なる目の形をし、凛々しい眉毛が特徴的な少年は、自分の後頭部に衝突した百地に訝しげな目を向ける。
「ちゃんと前を見て歩け」
少年____、潮江文次郎は、喧嘩腰にはならず、それだけを伝えた。百地に背を向けて、一年い組のクラスへ向かおうと足を動かしていく。
(俺と同じ入学生なのか? それとも、一つ上の学年の先輩か?)
対して、百地は『先程の少年が同い年であるか、はたまた上の学年の生徒であるのか』と一人、疑問を抱いたのである。
・
校舎に足を踏み入れ、廊下を歩く百地は、『一年ろ組』と書かれた札を一瞥 した。
『俺の名前が書かれた組は……、ここだな』
百地は躊躇する事なく、引き戸に手を伸ばす。ガラッと音を立て、教室の中を覗く。既に数名の少年が指定された席に腰を下ろしている。
親元を離れ、出会ったばかりの同い年の見知らぬ相手に緊張している者も居れば、既に打ち解けて、会話を交わしている者と十人十色の光景であった。
用紙を確認して、百地は自分の名前が記載された場所へと向かうと____、そこにも既に少年の姿があった。百地が腰を下ろすと、チラッと視線を向けた少年は緊張の糸が解けたのか、ホッとした様子で笑みを見せる。
「良かったぁ……」
『む?』
声が聞こえると、百地はゆっくりと顔だけを横に向けた。朗らかな気質の少年であると百地は印象を受ける。
「この席に誰も来ないから、一人で不安になってたんだ」
『俺が来たから、少し安心したという訳か』
「キミは……蓬川百地くん?」
『うん。この並びが席順となれば……お前、中在家長次と言うのか」
用紙に記載された名前を確認して、百地は少年____、中在家長次の名を口にした。
「あれぇ? この席、私が最後に着いたのか?」
二人が互いの名を口にした直後、背後から別の少年の声がした。視線を上に向ける長次に続き、百地は体ごと振り向いて、声の主の姿を捉えた。
(この並びだと、名前は……)
「お前達、どの名前だ?」
長次よりも長いボサボサの髪の毛を結い、ゲジゲジ眉毛が特徴的且つ快活そうな少年であると、これもまた百地はそう印象を受けた。
名前を確認しようとした百地であったが、それよりも先に少年は自身の顔を近づけ、百地と長次の二人をジッと見つめる。
『これ』
「蓬川…百地…」
「私は、ここ」
「中在家…長次……」
用紙に人差し指を当て、二人は自身の名前を伝えた。少年は、苗字と名前の上に記載された振り仮名を読み上げていく。
「長次……百地……長次と百地! うん! 覚えたぞ!」
少年は、二人の名前を何度も読み上げる。次第に年相応な笑みを浮かべ、今度は少年自身も用紙に人差し指を当てる。
「私の名前は、ここにある"七松小平太"と言う」
少年____、七松小平太は、自身の名前をも読み上げ、二人に自己紹介をした。
右隣に小平太が腰を下ろして早々、百地は小平太からキラキラと擬音が飛び出てくる様な眼差しを向けられている事に気がつく。
『顔に何か付いてるか?』
「違う。嬉しいという気持ちが溢れてるんだ!」
顔に汚れが付いていると思った百地であったが、小平太は即座に否定し、喜の感情が表出していると訂正した。
(俺、そんなに嬉しそうにしてた覚えがないなぁ)
小平太の言葉の意味が読み取れず、百地は自分自身が喜んでいたのかと勘違いを起こす。
しかし実際は____、七松家の長男として、年の離れた弟妹の遊び相手になる事の多い小平太。百地や長次をはじめとした、同年代と関わりを持てたという事実に、喜の感情が綻 びを生じていたのであった。
・
一年ろ組の引き戸が開かれた。教科担当、実技担当の教師が現れると、教室内に緊張が走る。
忍者になる事を志し、忍術学園の門を潜った入学生への挨拶を簡単に済ませると、今度は学園長を務める大川平次渦正が現れた。
「忍者は、ガッツじゃ!」
忍術業界の重鎮にして、学園の創設者からの有難い言葉を受け取った百地達であるが、『忍者=根性 』に繋がる意図が分からず、キョトンとした表情を見せるのである。
大川平次渦正は、自身の役目を終えたとして、校舎の三階から飛び降りた。
ろ組の生徒達は、飛び降り行為に驚愕と感嘆の声を挙げる。しかし、教師達は毎年恒例のやり取りとして気にする素振りを見せず、私語を慎む様にと指摘する。
「忍術学園においてのお前達の寝床として、今日からは忍たま長屋を使用して貰う」
全寮制の忍術学園において、生徒達の寝床として長屋が用意されている。下級生・上級生・教師と区分けされ、各部屋で二人から三人までと事前に振り分けられている。
「長屋の同室者については、各机ごとに振り分けられる。次年度以降は、希望者のみに部屋の異動が行われるから忘れない様に」
教師の話を聞きながら、百地は机に置かれた用紙に視線を向ける。同じ席に座る者同士が同室者という事となり、百地の同室は長次と小平太であった。
「長次! 百地! 私達、同じ部屋だ!」
「うん。二人共、よろしくね」
『忍たま長屋って、どこにあるんだ?』
小平太が歓喜の声を上げると、長次が朗らかな笑みを浮かべて、返答する。長屋の場所を把握していない百地が何気なく疑問を口にすると、教師の鋭い目が三人に向けられる。私語を慎むようにと二度目の怒声が響き、三人は同じタイミングでビクッと肩を震わせた。
・
入学初日でも、忍者の卵『忍たま』となった一年生達の過酷な授業が開始された。忍者においての心得などを学ぶ座学、初歩的な実技授業を終えた入学生達は、既に息を切らしてヘロヘロとなり、体の至る所に砂や泥が付着している。
初日分の授業を終えると、今度は寝床である長屋への移動だ。次から次へと慌ただしく動く一年生であったが、『忍たま』として新たな一歩を踏み出し、内に秘める輝きは失われていない。
「広くて迷いそうだなぁ……」
「心配するな! 教室に来る前、間違えて長屋の方へ向かってしまったから、道は覚えている!」
広大な土地に建設された忍術学園であったが、それが却って、一年生達の不安感を煽る。見知らぬ環境に慣れる事が優先である筈が、校舎、書庫、長屋、火薬倉庫、練習場と様々な施設を数日の間で、記憶に留めておかなくてはならないからだ。
(ん?)
小平太を先頭にして、長屋へと目指す百地はとある人物を視界の端に捉える。
同じく、長屋へと向かって歩く潮江文次郎とサラサラヘアーが特徴的な小柄の少年の姿があった。
(俺がぶつかった奴だ。アイツ、一年生だったのか)
今は忍装束を着用していた百地であったが、受付を済ませたばかりの時は私服であった。同じ水色の忍装束を着た文次郎を見て、ようやく自分が勘違いをしていた事に気がつく。
文次郎の隣を歩く少年____、立花仙蔵を初めて認識したものの、百地はすぐに視線を逸らす。
「わぁ!」
視線を逸らしたのと同時に、別の方向から地面に倒れる音と共に少年の声が聞こえた。
「おい、大丈夫か? 随分と派手に転んだが……」
「平気。これ位は、よくある事だから」
短い髪を結った少年が駆け寄り、茶髪の少年に手を差し伸べた。二人の名前は____、食満留三郎と善法寺伊作だ。
「あの子、大丈夫かな?」
『大丈夫だろ。同室っぽいのが居るから』
音を立てて転倒した伊作を心配する長次であったが、留三郎を一瞥 した百地がそう答える。
「着いた!」
校舎から離れた位置に建てられた長屋に到着し、三人はまず息を整える。引き戸の横に『中在家長次 七松小平太 蓬川百地』と三人の名前の書かれた札が既に飾られていた。
「長次! 百地! ふかふかの布団が三つもあるぞ!」
真っ先に部屋の中へと入った小平太が、整頓されて隅に置かれた布団を引っ張り、中央に敷き始める。
「小平太、まだ寝る時間じゃないよ?」
「また後で戻せばいい!」
小平太は、助走を付けて走り出す。布団にダイブすると、「お天道様の匂いがする。ふかふかで、このまま寝てしまいたい」と満足気な様子を見せた。
『今から寝たら、夕飯を逃すぞ……そういえば、夜は食堂のおばちゃんが居ないんだったな。夕飯は、どうするんだろう』
「それぞれの組で、当番になった忍たまが作るんだって」
食堂では朝食・昼食の提供されるが、夕飯のみ生徒達で食事を用意する決まりである。
食事の話題を切り出した途端、百地の口内で涎が過剰に分泌する。じゅるり…と、口角から垂れる涎を舐めた百地を見て、長次は眉を下げた。
「百地、大丈夫?」
『俺は、食べる事が好きなんだ』
「にゃははは! 百地、お前も面白い所があるじゃないか。だけど、私の分の夕飯は残しておけよ」
「そういう問題かなぁ?」
食欲旺盛な百地を見て、小平太は愉快そうにして笑い、長次は心配そうに声を掛けるのだった。
・
入学初日の夜、百地は夕飯を堪能した。
だが、それは過去形として終わり、現在は新たな問題に直面した最中である。
『小平太……寝相が悪い』
就寝時間を迎え、布団に入った三人。静かな寝息を立てる長次、布団から手足がはみ出て、豪快に眠る小平太、小平太の拳が直撃している百地と異なる姿を見せている。
昼間の騒がしさが今では鳴りを潜め、フクロウの鳴く声が遠方から聞こえ、外は闇の世界と化した。山奥のこの地なら、満天の星空観察が出来るだろうと考えた百地であったが、今日はその余裕と体力も残っていない。
明日から控える座学・実技授業に挑む為に、小平太の寝相の悪さに耐えながら、百地はゆっくりと目を閉じた。
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忍者____、かつて、室町時代から江戸時代の日本にて存在した技能者の名称。名の知れた大名や領主に仕え、諜報活動、浸透戦術、暗殺等の多岐にわたる任務を遂行する影の存在であった。
時は、室町時代末期。近畿地方の山奥には、とある忍者の養成機関が建設されている。十歳から十五歳の少年少女達が在籍する全寮制の学校、『忍術学園』。忍者の道を目指す者も居れば、行儀見習い・人脈造りを目的としている者も珍しくはない。
忍術学園へと続く道には、幾つもの立派な大樹が桜の
蓬川百地。
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百地は、受付にて入学金を支払い終えた。一年い組・ろ組・は組の振り分けが記載された用紙を片手に、自分と同じ様な幼い顔立ちの少年達を数えている。
キョロキョロと辺りを見渡しながら歩くせいで、百地は前方に佇む人影に気が付かず、相手方の後頭部に顔を埋めてしまう。
うぎゅ…、と、呻き声を上げてから、百地はゆっくりと後ずさる。
『すみません』
謝罪の言葉を述べて、百地は自分の方へと振り向いた少年の顔を見た。右目が松の実、左目がアーモンドの形と異なる目の形をし、凛々しい眉毛が特徴的な少年は、自分の後頭部に衝突した百地に訝しげな目を向ける。
「ちゃんと前を見て歩け」
少年____、潮江文次郎は、喧嘩腰にはならず、それだけを伝えた。百地に背を向けて、一年い組のクラスへ向かおうと足を動かしていく。
(俺と同じ入学生なのか? それとも、一つ上の学年の先輩か?)
対して、百地は『先程の少年が同い年であるか、はたまた上の学年の生徒であるのか』と一人、疑問を抱いたのである。
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校舎に足を踏み入れ、廊下を歩く百地は、『一年ろ組』と書かれた札を
『俺の名前が書かれた組は……、ここだな』
百地は躊躇する事なく、引き戸に手を伸ばす。ガラッと音を立て、教室の中を覗く。既に数名の少年が指定された席に腰を下ろしている。
親元を離れ、出会ったばかりの同い年の見知らぬ相手に緊張している者も居れば、既に打ち解けて、会話を交わしている者と十人十色の光景であった。
用紙を確認して、百地は自分の名前が記載された場所へと向かうと____、そこにも既に少年の姿があった。百地が腰を下ろすと、チラッと視線を向けた少年は緊張の糸が解けたのか、ホッとした様子で笑みを見せる。
「良かったぁ……」
『む?』
声が聞こえると、百地はゆっくりと顔だけを横に向けた。朗らかな気質の少年であると百地は印象を受ける。
「この席に誰も来ないから、一人で不安になってたんだ」
『俺が来たから、少し安心したという訳か』
「キミは……蓬川百地くん?」
『うん。この並びが席順となれば……お前、中在家長次と言うのか」
用紙に記載された名前を確認して、百地は少年____、中在家長次の名を口にした。
「あれぇ? この席、私が最後に着いたのか?」
二人が互いの名を口にした直後、背後から別の少年の声がした。視線を上に向ける長次に続き、百地は体ごと振り向いて、声の主の姿を捉えた。
(この並びだと、名前は……)
「お前達、どの名前だ?」
長次よりも長いボサボサの髪の毛を結い、ゲジゲジ眉毛が特徴的且つ快活そうな少年であると、これもまた百地はそう印象を受けた。
名前を確認しようとした百地であったが、それよりも先に少年は自身の顔を近づけ、百地と長次の二人をジッと見つめる。
『これ』
「蓬川…百地…」
「私は、ここ」
「中在家…長次……」
用紙に人差し指を当て、二人は自身の名前を伝えた。少年は、苗字と名前の上に記載された振り仮名を読み上げていく。
「長次……百地……長次と百地! うん! 覚えたぞ!」
少年は、二人の名前を何度も読み上げる。次第に年相応な笑みを浮かべ、今度は少年自身も用紙に人差し指を当てる。
「私の名前は、ここにある"七松小平太"と言う」
少年____、七松小平太は、自身の名前をも読み上げ、二人に自己紹介をした。
右隣に小平太が腰を下ろして早々、百地は小平太からキラキラと擬音が飛び出てくる様な眼差しを向けられている事に気がつく。
『顔に何か付いてるか?』
「違う。嬉しいという気持ちが溢れてるんだ!」
顔に汚れが付いていると思った百地であったが、小平太は即座に否定し、喜の感情が表出していると訂正した。
(俺、そんなに嬉しそうにしてた覚えがないなぁ)
小平太の言葉の意味が読み取れず、百地は自分自身が喜んでいたのかと勘違いを起こす。
しかし実際は____、七松家の長男として、年の離れた弟妹の遊び相手になる事の多い小平太。百地や長次をはじめとした、同年代と関わりを持てたという事実に、喜の感情が
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一年ろ組の引き戸が開かれた。教科担当、実技担当の教師が現れると、教室内に緊張が走る。
忍者になる事を志し、忍術学園の門を潜った入学生への挨拶を簡単に済ませると、今度は学園長を務める大川平次渦正が現れた。
「忍者は、ガッツじゃ!」
忍術業界の重鎮にして、学園の創設者からの有難い言葉を受け取った百地達であるが、『忍者=
大川平次渦正は、自身の役目を終えたとして、校舎の三階から飛び降りた。
ろ組の生徒達は、飛び降り行為に驚愕と感嘆の声を挙げる。しかし、教師達は毎年恒例のやり取りとして気にする素振りを見せず、私語を慎む様にと指摘する。
「忍術学園においてのお前達の寝床として、今日からは忍たま長屋を使用して貰う」
全寮制の忍術学園において、生徒達の寝床として長屋が用意されている。下級生・上級生・教師と区分けされ、各部屋で二人から三人までと事前に振り分けられている。
「長屋の同室者については、各机ごとに振り分けられる。次年度以降は、希望者のみに部屋の異動が行われるから忘れない様に」
教師の話を聞きながら、百地は机に置かれた用紙に視線を向ける。同じ席に座る者同士が同室者という事となり、百地の同室は長次と小平太であった。
「長次! 百地! 私達、同じ部屋だ!」
「うん。二人共、よろしくね」
『忍たま長屋って、どこにあるんだ?』
小平太が歓喜の声を上げると、長次が朗らかな笑みを浮かべて、返答する。長屋の場所を把握していない百地が何気なく疑問を口にすると、教師の鋭い目が三人に向けられる。私語を慎むようにと二度目の怒声が響き、三人は同じタイミングでビクッと肩を震わせた。
・
入学初日でも、忍者の卵『忍たま』となった一年生達の過酷な授業が開始された。忍者においての心得などを学ぶ座学、初歩的な実技授業を終えた入学生達は、既に息を切らしてヘロヘロとなり、体の至る所に砂や泥が付着している。
初日分の授業を終えると、今度は寝床である長屋への移動だ。次から次へと慌ただしく動く一年生であったが、『忍たま』として新たな一歩を踏み出し、内に秘める輝きは失われていない。
「広くて迷いそうだなぁ……」
「心配するな! 教室に来る前、間違えて長屋の方へ向かってしまったから、道は覚えている!」
広大な土地に建設された忍術学園であったが、それが却って、一年生達の不安感を煽る。見知らぬ環境に慣れる事が優先である筈が、校舎、書庫、長屋、火薬倉庫、練習場と様々な施設を数日の間で、記憶に留めておかなくてはならないからだ。
(ん?)
小平太を先頭にして、長屋へと目指す百地はとある人物を視界の端に捉える。
同じく、長屋へと向かって歩く潮江文次郎とサラサラヘアーが特徴的な小柄の少年の姿があった。
(俺がぶつかった奴だ。アイツ、一年生だったのか)
今は忍装束を着用していた百地であったが、受付を済ませたばかりの時は私服であった。同じ水色の忍装束を着た文次郎を見て、ようやく自分が勘違いをしていた事に気がつく。
文次郎の隣を歩く少年____、立花仙蔵を初めて認識したものの、百地はすぐに視線を逸らす。
「わぁ!」
視線を逸らしたのと同時に、別の方向から地面に倒れる音と共に少年の声が聞こえた。
「おい、大丈夫か? 随分と派手に転んだが……」
「平気。これ位は、よくある事だから」
短い髪を結った少年が駆け寄り、茶髪の少年に手を差し伸べた。二人の名前は____、食満留三郎と善法寺伊作だ。
「あの子、大丈夫かな?」
『大丈夫だろ。同室っぽいのが居るから』
音を立てて転倒した伊作を心配する長次であったが、留三郎を
「着いた!」
校舎から離れた位置に建てられた長屋に到着し、三人はまず息を整える。引き戸の横に『中在家長次 七松小平太 蓬川百地』と三人の名前の書かれた札が既に飾られていた。
「長次! 百地! ふかふかの布団が三つもあるぞ!」
真っ先に部屋の中へと入った小平太が、整頓されて隅に置かれた布団を引っ張り、中央に敷き始める。
「小平太、まだ寝る時間じゃないよ?」
「また後で戻せばいい!」
小平太は、助走を付けて走り出す。布団にダイブすると、「お天道様の匂いがする。ふかふかで、このまま寝てしまいたい」と満足気な様子を見せた。
『今から寝たら、夕飯を逃すぞ……そういえば、夜は食堂のおばちゃんが居ないんだったな。夕飯は、どうするんだろう』
「それぞれの組で、当番になった忍たまが作るんだって」
食堂では朝食・昼食の提供されるが、夕飯のみ生徒達で食事を用意する決まりである。
食事の話題を切り出した途端、百地の口内で涎が過剰に分泌する。じゅるり…と、口角から垂れる涎を舐めた百地を見て、長次は眉を下げた。
「百地、大丈夫?」
『俺は、食べる事が好きなんだ』
「にゃははは! 百地、お前も面白い所があるじゃないか。だけど、私の分の夕飯は残しておけよ」
「そういう問題かなぁ?」
食欲旺盛な百地を見て、小平太は愉快そうにして笑い、長次は心配そうに声を掛けるのだった。
・
入学初日の夜、百地は夕飯を堪能した。
だが、それは過去形として終わり、現在は新たな問題に直面した最中である。
『小平太……寝相が悪い』
就寝時間を迎え、布団に入った三人。静かな寝息を立てる長次、布団から手足がはみ出て、豪快に眠る小平太、小平太の拳が直撃している百地と異なる姿を見せている。
昼間の騒がしさが今では鳴りを潜め、フクロウの鳴く声が遠方から聞こえ、外は闇の世界と化した。山奥のこの地なら、満天の星空観察が出来るだろうと考えた百地であったが、今日はその余裕と体力も残っていない。
明日から控える座学・実技授業に挑む為に、小平太の寝相の悪さに耐えながら、百地はゆっくりと目を閉じた。
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