短編(R指定版)
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赤ずきんちゃんと人狼 前編(中在家・七松 R15)の続編。
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赤ずきんちゃん、救出大作戦
手を振りつつも、寂しげな弟妹達の表情に胸が打たれながら、小平太の住処を後にした。
この森特有の湿気孕んだ空気が、○○の身に降りかかる。
人ならざる者達の気配が、木の葉の擦れる音で感じ取れ、彼等の住む町に背を向けて歩く○○は、森の出口に一歩、右足を出す。
行きと同じように空間が、ぐにゃりと歪む。
『戻ってきたんだ……』
飛び出た先は、何の変哲もない蓮華草の花畑が一面に広がり、元の場所へと帰ってこれたのだと、ひと安心する。
自宅へ帰るべく、岐路を進む○○の背後には、人間に扮した長次と小平太が身を隠し、動向を探っていた。
「長次ぃ。お前、あの頭巾に、わざと引っ掻き傷を付けただろ」
歩みを進める○○の背を見つめる長次に、小平太は目を伏せ、唇を尖らせて話しかける。
「○○には、木々の枝か偶然、引っ掛かってしまい、糸が解れていると話した」
「まぁ、簡単に騙されてしまう○○もどうかとは思うが。それにしても、○○の御両親は、今も人ならざる者への警戒心が強いみたいだしな」
むすっとした表情から、冷静な性格であると思われがちの長次だが、実際は感情豊か。
現在は頬の傷から、感情表現の仕方が変わっており、誤解を受ける事もある。
そして、○○の赤色の頭巾に故意的に傷をつけたのも、弟妹達が○○の心が泣いているのは、両親のせいだと感じ取った事がきっかけ。
「伊作が務めている診療所の新野先生に、解れを直してもらっている最中と誤魔化せば、何とかなると○○も話していた」
「どうだろうな」
長次は、ぴくりと眉が動く。
生来の野性的な勘が働く小平太の一面が出たと、密かに思う。
そんな中でも、○○の動向を追い続け、彼女が両親と暮らしているという家の付近へと辿り着く。
玄関の扉を開けて、中へ入っていくのを確認して、長次と小平太は影に隠れながら、窓越しにリビングの様子を伺おうと試みる。
「……騒々しい」
○○が家に入った途端、リビングから耳を刺すような怒号が聞こえ出す。
長次と小平太が眉を顰めると、今度は彼等の顔が歪められていく。
「蛹悶¢迚ゥ縺後?≫雷笳九r隘イ縺翫≧縺ィ縺励※縺?k縺ョ繧茨シ 遘?#縺ョ荳?莠コ螽倥′縺」縲∝セ嶺ス薙?遏・繧後↑縺?喧縺醍黄縺ォ??シ」
母親らしき人物の怒声は、甲高く、獣の唸りよりも刺々しく、外にまで漏れていた。
発言の内容は、人ならざる者の長次と小平太にとって酷く不愉快で、人間である○○でさえ、俯いて隠された顔の下で、下唇を噛んでいる始末。
「縺雁燕縺ッ譏斐°繧峨?∽ココ縺ェ繧峨*繧玖??↓螂ス縺九l繧?☆縺??ゅ□縺九i縲√◎繧薙↑螂エ遲峨r霑ス縺?鴛縺?オ仙ゥ夂嶌謇九r邏ケ莉九@縺ヲ縲√◎縺ョ譁ケ縺ョ螳カ縺ォ霄ォ繧堤スョ縺阪↑縺輔>」
今度は父親らしき人物が、○○に選択の余地を与えない提案をした。
人ならざる者の退治を生業する名家の息子と許嫁の関係になる。
更には、数日後に実家を出て、その家に身を置けと。
あまりにも無慈悲かつ、○○の意思を尊重すらさせない身勝手さ。
「ふへへ……ッ」
名家の名を聞こうと、耳を済ませる小平太の隣から、不気味な笑い声が聞こえ始める。
その正体が何かを分かりきっており、○○の両親に声が聞こえない様にと、長次を連れて、その場から離れていく。
「長次、落ち着け! 長次っ!!」
両肩を掴まれながら、自身の名を呼ばれると、不気味な笑みは鳴りを潜め、長次は普段見せる、むすっした表情へと戻りつつある。
「……すまない、小平太」
「気にするな。私だって、怒り任せに噛み殺して良いのなら、とっくに手を出していた」
牙をのぞかせ、夜気を震わせる声で吐き出した。
しかし、刃を彷彿とさせる言葉の奥には、躊躇いが潜んでいる。
いくらあの御両親相手でも、○○が悲しむかもしれないと。
「どうやら、○○の御両親は、今の人間と人ならざる者の関係についての認識が、○○の幼少期の頃から変わっていない様だな」
小平太が吐き捨てた言葉の端々に、乾いた砂の様な嫌悪が混じっていた。
友人である伊作は、町の診療所で非常勤医師を務めている。
その他に文次郎、仙蔵、留三郎もまた、人間社会に混じり、生活を共にし、静かに共存しているのが現実だ。
「今なんて、人間と共に仕事に励むなど、当たり前なのになぁ」
仙蔵は、とある屋敷に使える使用人に扮しており、受けが良いからと、女装をこなしている。
文次郎は、○○が営む薬草の運び屋仕事よりも、重量のある荷物を中心とする運び屋を人間と共に勤しむ。
留三郎は、器用な手先を活用して、伊作の仕事仲間の新野洋一と縁のある者と町の修補作業に励んでいる。
「人ならざる者が狩られる等、風化しつつある筈だ」
長次の呟きは夜風に混じり、散っていく。
「あの御両親の元に居たから、○○もまた、人ならざる者への認識が他の人間と異なっていた訳か」
強くなる為にと、会えない時期に伊作から伝えられた○○の様子。
再会して、人間の自分が人ならざる者の世界に介入していいのか等と、長次と小平太から見れば、不審に思う点は幾つか見られた。
それらが点と点で結び、小平太が出した結論が答えとなって導き出されたのだ。
「それに長次は、○○の事が好きだからなぁ」
不意に放たれた言葉が、空気を裂いた。
唐突な話題転換としては、あまりにも突発的。長次は思わず、小平太に視線を向ける。
「好いた者が傷ついている等、お前は嫌だろし。私だって、こうしてまた会えた○○との繋がりが断絶されるのは困る」
さらりと告げるその声音には、一点の曇りもない。
人狼である己が、人間に恋慕を抱く事を恥ともせず、当然の事のようにと。
それはかつて、“清らかな心を持つ人間”と交わした日々に育まれた淡い恋心が、今も胸の奥に灯っているから。
「それにな、長次。○○と許嫁関係に持ち込もうと画策している名家は一度、耳にした事のある名だった」
○○の父親が話していた、人ならざる者の討伐を生業とする名家の名を、小平太は聞き逃してはいなかった。
夜空には、漆黒を切り裂いて満月が浮かんでいる。
冷たい光は、口角を獣じみた弧に歪める小平太の笑みを照らし、隣の長次の瞳にかすかな光を宿す。
怒りと憎悪、そして僅かな希望。二人の影は、月下に並んで静かに揺れる。
◇
"かつて、人ならざる者の討伐でその名を轟かせた名家の屋敷。
朱塗りの立派な門は、道行く者の視線を否応なく引き寄せ、威圧感と由緒正しき血筋の誇りを誇示している。
だが今やその屋敷に漂うのは、栄光の残滓と、澱んだ空気に似た重苦しい停滞感のみ。
吸血鬼の仙蔵は人間に扮し、主の懐に入り込んでは機嫌取りをしてきた彼は、今日も使用人の一人として振る舞う。
(まさか、私が友人の知り合いともいえる人間の為に、"ひーろー"とやらの貢献に務める事になるとはな……)
懐に忍ばせた、本物と似ても似つかない木製の鍵を手にしている姿にさえ目を瞑ればの話だが。
(留三郎も、こんな事の為に手先の良い長所を利用される等、思ってもいなかったようだしな……あの時の驚き顔は今、思い出しても吹き出してしまいそうだ)
木目の滑らかな鍵を指先でなぞり、唇が皮肉めいた弧を描く。
見た目こそ本物と酷似しているが、これを作った"包帯男"の留三郎の唖然とした眼差しの驚きと戸惑いは、今も仙蔵に小さな愉悦を残している。
(しかし、私もここは潮時だと思っていたから、都合が良い。かつての栄光を振りかざし、人ならざる者への警戒と偏見に満ちた人間を騙し、欺瞞に満ちたこの屋敷など、存在そのものに反吐が出る)
木製の引き戸に付けられた南京錠に手をかけ、仙蔵は留三郎が施した偽物の鍵を取り出す。
無駄のない動きで、鍵を差し込むと、かちゃりと音を立て、いとも簡単に南京錠が外れ、仙蔵の手の中に収められる。
こんこんと、扉を叩けば、木の音が反響する。
部屋の向こうからの返事は無いものの、仙蔵が引き戸を開けると、自分の方へと顔を向ける○○が視界に映し出された。
『仙子さん? どうかされましたか?』
その名は、この屋敷で"女"として雇われた際に作り上げた名称に過ぎない。
しかし、○○にとっては初対面であり、その名を告げられたから、無垢な子供の様に、当たり前に仙子と呼ぶのだ。
「少し頼まれ事をされまして……、いや、この姿の方が、話も早いだろう」
仙子として振る舞う際に使用される衣服が宙を舞い、歪んだ空間に呑まれて、消失する。
次に現れたのは、本来の仙蔵の姿。
○○が小平太の住処へ向かう際、遭遇した吸血鬼だ。
『あ、貴方は……っ』
「この屋敷で、貴女は幸せになる事は出来ない。いずれ、滅亡の一途を辿る末路の巻き添えにはさせないと、長次と小平太から頼まれたんだ。ここから連れ出すと」
○○は両膝と背中に手を当てられ、軽やかに抱き上げると、横抱きの姿勢を作らされる。
突然の事に、○○は声を紡ぐ隙すら与えず、仙蔵は自身の力で空間に歪みを作れば、○○と共に部屋から姿を消していく。
(さて。後は外に出て、荷車が置かれていれば、完璧に事を終えられる)
もぬけの殻となったその部屋は、許嫁として縛り付ける為に用意された、○○の部屋。
衣食住は提供されるものの、必要最低限の行動しか許されておらず、正に窮屈という言葉を体現した場所。
それは、どこか窮屈な生活を送っていた○○をより深く閉じ込める檻のような物であったが、人ならざる者の仙蔵を前にして、この檻を打ち破る事など、造作もない。
屋敷から十分に距離を取り、ようやく人目を気にせず歩ける場所に辿り着いた仙蔵と○○だったが、用意されている筈の荷車が見えず、仙蔵がほんの僅かに、眉間に皺を寄せた。
(長次、小平太……まさか、山賊退治で血を滾らせて足を止めている等、莫迦な事をしてないだろうな……)
同じ吸血鬼である文次郎を筆頭に、人狼の長次と小平太もまた、闘争心が強い三人組。
鍛錬と称しては、頼まれもせぬ盗賊退治に手を出すのも日常茶飯事。
だが皮肉にも、その独りよがりな行為が、人間達の安寧へと繋がっている等、本人たちは知る由もない。
「おーい! 仙蔵ー!」
張り詰めた沈黙を破るように、小平太の陽気で大きな声が、遠方から聞こえてくる。
○○が視線を向けると、荷車を押して、自分達の元へと走ってくる、人間に扮した長次と小平太の姿を捉えた。
「お前達…、私はこの方と少しばかし待っていたのだが、山賊退治で遅れただなんて事は……」
「いやぁ、すまん。少しばかし、準備に手間取ってなぁ……」
「山賊も見かけたが、戦うか戦わないかと小平太が葛藤していたから、遅れただけだ」
告げ口をする長次に、小平太は「長次!」と言い、詰め寄った。
仙蔵は、やはりかと思いつつ、文次郎から借りた荷車は傷一つなく、破損させずに用意出来ており、○○を屋敷から連れ去った事で、逃走の手立ては整った。
依頼は達成されたと分かれば、仙蔵は心の中で完璧だと呟く。
「私は、あの屋敷へと戻る。業務の合間を抜けて、ここへ来たのだからな。外へ出たのが見つかりでもしたら、何をされるか堪ったものではない」
再び、仙子の格好へと戻った仙蔵は、屋敷を抜け出したのが主人に見つからぬ前にと、三人の元から去ろうとする。
「助かった、仙蔵。ありがとな」
にぱっと笑顔を見せた小平太に続き、目を伏せた長次が、仙蔵に頭を下げる。
『あの、仙蔵さん』
○○が声を掛け、それには思わず、仙蔵も足を止めた。
『ありがとうございました……』
感謝と共に、どこか不安の色を帯びた声音。
仙蔵は一瞬だけ柔らかな微笑を浮かべ、次の瞬間には、昼の風に攫われるように姿を消していく。
『長次くん、小平太くん……』
長次と小平太の二人に、視線が移ろう○○の瞳が小さく揺れた。
「怖い思いをしただろう。屋敷に住む奴等の食い物とされた御両親に縛られて、窮屈な思いを抱えて過ごす必要など、もう無いのだから」
「○○の御両親は、人ならざる者への警戒と偏見が人一倍強い人間の内の一人だ。あの屋敷の住人は、御両親と同じような人間達から、信仰の為だと、多額の金銭を搾り取っていた。今はもう繁栄とは程遠く、それでも過去の栄光に縋ろうとする等、浅ましい」
○○と許嫁関係を築こうとした名家は、三人が生まれる前から、人ならざる者の討伐の依頼が絶えず、家は繁栄し、人間達の間では、英雄と名を轟かせて。
しかし、その輝きの裏では、人ならざる者達への非道な横暴さは苛烈を極め、光と影が背を向け合う歴史が存在していた。
「新野先生の様に、受け入れてくれる者も増えたというのに…、過去から根付いてしまったものを取っ払うのは、私達だけではどうにも出来んからなぁ」
しかし現在は、人間と人ならざる者が静かに共存し合う社会へと変化しつつ、討伐の依頼は激変。
生きる為の金銭は全て、自分達を信仰する人ならざる者への警戒と偏見を抱く人間達から掻き集めていた。
そこに、○○の両親も含まれていたが、○○本人は警戒と偏見を抱いておらず、一度もあの屋敷へと訪れた事が無かったのだ。
『そ、その荷物って?』
状況を呑み込めない部分はあるものの、昼の陽射しを受けて、縄に縛られた荷物達に目を向ければ、それが何かと問いかけた。
「○○の荷物だ。御両親があの屋敷に足を運び、留守にしていた間に忍び込んで、持ってきたんだ」
文次郎から借りた荷車を使用し、そこに○○の衣類をはじめ、○○が必要とするであろう生活用品一式を纏め、ここまで運んできたと言う。そこには、赤色の頭巾の姿は無い。
「あの頭巾は、もう○○には必要ない。なんせ、あの頭巾には……」
ここで、ようやく○○は赤色の頭巾に、人狼が嫌悪する鳥兜の香りが込められていたと小平太から伝えられた。
それにより、幼少の頃に自分達は引き離されたと。
その事実が数年越しに判明し、両親が既にその時から、娘への人ならざる者に連れていかれない様にとも取れる一方的な愛情や支配、娘の意思を尊重しない横暴さを発揮していたと分かり、○○は言葉を失う。
「私達は、あの鳥兜の毒で死にはしない。診療所で、伊作が出していた、よもぎの香りのする番茶を飲み、その香りが、鳥兜の毒を打ち消してくれていたのだから」
強くなると決心し、仲間達の力を借りると決めたあの日。
長次と小平太は、薬草の知識に深い伊作から、鳥兜の毒を打ち消す薬草は無いのかと聞いた。
完全に打ち消せる保証は無いが、よもぎの葉ならば、効果はあると告げられたのだ。
「伊作が顔を出していた診療所に、○○が御両親と共に、運び屋仕事で足を運んでいたと知らされた時は、私達は驚いた」
二人から○○の話を聞かされていた伊作は、自ら接触を図り、会えなかった空白の期間の〇〇の様子を、伊作は二人に伝えていた。
人間の姿に扮し、人当たりのいい姿から、○○の両親から懐疑の目を向けられはせず、よもぎの葉を用いた番茶を提供し、年月を掛けて、○○の被る赤色の頭巾の鳥兜の毒を消し去ろうと。
『ご、ごめんなさい……っ』
ようやく言葉を発した○○は、目尻に浮かべた涙が、ぽろぽろと落ちていく。
それをきっかけに、今度は大粒の涙が出ては、両目とも零れ落ちてしまうのではと錯覚する程、潤いに満たされ、頬に涙が伝う。
『わたし、二人がそんな事になっていたのも知らないで、呑気にしていて……っ、本当に……』
その時、○○の体が包み込まれる。
何が起きたのかと思い、顔を上げると、○○の目から流れる涙で衣服が濡れようが関係なく、そっと抱き締める長次の姿があった。
『長次くん……?』
返答がなく、次第に抱き締める力が強まっていく。
長次の脳裏に現れたのは、初めて出会った時に見た、自分に笑顔を向けてくれた幼少期の○○。
自分達に警戒や偏見を抱かず、綺麗に咲き誇っていた蓮華草のように向けてくれた、清らかな心と優しさを、昨日の事の様に覚えている。
「○○の笑っている顔が、私は好きだ」
○○の目尻に、長次の人差し指の先端が触れると、涙の粒を拭き取った。
少しだけ口角が上がり、怒りの感情で表出する不気味な笑みではなく、相手を想うが故に表出するその微笑みが、○○に向けられていた。
「御両親の目の届かない場所へ、私達と行こう。○○は心苦しいと思うが、御両親はあの屋敷の奴等に心を喰われ、平常心を保つのは、もう無理だろう」
昼下がりの光は木漏れ日となり、三人を照らして、風がそよぎ、草花の甘い香りが漂う。涙で濡れた頬を撫でる。
「些か強引だが、こうして荷物まで運んできてしまった訳だ。元より、私と長次は○○を掻っ攫う気、満々だったがな」
両親のやり取りを盗み見して、月下の元で話をしていた時から、その事を思いつつ、しかしそれもまた、○○の意思を尊重していないと二人は自嘲気味であった。
けれど、長次に抱き締められ、小平太の話を聞いていた○○は、あの時のように下唇を噛んでおらず、双眸には希望に満ちた小さな光が宿っていたのだ。
『うん。長次くんや小平太くん、仙蔵さん達の事を酷く言う姿を見せられるのは、もう無理だと思ってた……、だから、わたしを連れ去って。長次くんと小平太くんの帰るべき場所に、わたしも一緒に』
このひと場面だけを見たら、人ならざる者達への警戒や偏見を抱く者は、長次と小平太を人間を誑かす人狼と罵り、力のある限り、攻撃を仕掛けたに違いない。
「勿論、最初からそのつもりだ」
だが、ここには誑かしも欺きもない。
○○は己の意思で両親の元から離れ、人ならざる者と共に歩む未来を選んだ。
長次の腕に包まれながら、小平太の手が優しく○○の頭を撫でる。
「よしっ。そうと決まれば、可愛い弟と妹の待つ、私の家へと向かおう! いけいけどんどーん!」
胸いっぱいに、幸福が広がっていく。
抑えきれぬ安堵と喜びが、今度は涙ではなく、微かな笑みとなって、零れ落ちた。
かつて赤ずきんだったあの子と、幸せな生活を
屋敷で信仰の最中である両親に、一切の顔も見せず、○○は荷車を押す長次と小平太と共に、蓮華草の花畑を抜けた先の森へと、再び足を踏み入れる。
瞬く間に、茂みの生い茂り、そよ風に吹かれながら、湿り気のある森を抜け、人ならざる者が賑わう町中へと出ていき、つい先日の出来事が、鮮明に呼び起こされていく。
やがて、町の外れにある小平太と弟妹達の住む屋敷前に到着すると、玄関から飛び出してきた七人の弟妹達が、明るい歓声をあげながら手厚く出迎えた。
「おかえりなさいっ!」
小平太と長次を見てから、弟妹達の視線は、○○に釘付けとなり、離さない。
「○○おねえちゃんも、いる!」
「お前達、今日から○○お姉ちゃんも、ここで一緒に暮らすんだ。仲良く過ごすんだぞ」
満面の笑みを浮かべ、高らかな声が屋敷前に響く。
すると今度は、わああっと歓声が上がり、弟妹達が○○の足元に集まれば、ぎゅっと抱き締めた。
耳と尻尾を生やし、長次と小平太程ではないものの、どことなく丸みの帯びた爪が、○○の着ている服地に食い込む。
「じゃあ、皆で一緒に、○○お姉ちゃんのお荷物を運ぼう!」
荷車に積まれた荷物を指し、弟妹達は順々に小物から、二人がかりで運ぶ大荷物を抱えて、屋敷の中へと○○の荷物を運んでいく。
小さな人狼の子供達の列が出来上がり、○○は可愛いとさえ感じてしまう。
「そうだ、けっこんしきっ」
荷物を運び終えた長妹が、長次と小平太、○○を交互に見るなり、頬を朱色に染め上げると、そのような事を言い出す。
『結婚式…?』
「おにいちゃんと、長次おにいちゃんと、○○おねえちゃんの、けっこんしきっ」
今度は、次妹が長妹の背中から、ひょこっと顔を出せば、たどたどしく同じ言葉を伝える。
「絵本でよんだの。おとなの男の人と女の人が、いっしょにくらす時に、けっこんしきをするって」
子供向けの御伽噺にまつわる絵本の内容を口にすれば、うっとりとした表情を見せ、目を煌々と輝かせる。
そんな姿を見て、好奇心旺盛な他の兄弟達も、どうしたのかと集い、がやがやと騒ぎ出す。
「ゆびわ、長次おにいちゃんが買ってきてくれたおもちゃなら、おいてあるよ」
「おはなは、おにわにたーくさん、さいてる!」
「○○おねえちゃんの、おようふくっ」
屋敷の母屋にて、弟妹達はそれぞれ結婚式に用意される玩具の指輪、飾り用の花々、○○に着せる洋服等と、爛々と気分を高め、準備を始めていく。
「なははっ。元気がいいのは、何よりだ」
弟妹達の行動力に、呆気に取られる○○。
毎度の事ながら、わいわいと賑わい、遊びに乗じる姿を眺める長次の隣で、笑い声を上げた小平太が、○○をじぃっと見てから、唇が弧を描く。
「私達、本当に結婚してしまおうか?」
「……ッ?!」
その言葉に、誰よりも先に反応を示したのは○○ではなく、長次。
「どうした、長次。そんなに慌てた様子を見せて」
「本気で、言っているつもりか」
「そりゃあ勿論。私が今まで、冗談半分で物事の提案をした事があるか」
普段の長次ならば、"ある"と即答出来たものの、○○との結婚が遊びではなく、本物として実現させようと提案する小平太に翻弄される。
「私には、もう家族は居ない。ここにいるのは、小平太とお前の弟妹達だ。挙式をあげるのなら、お前と○○になるのではないか」
「おいおい、私をそんな冷徹な奴だと思っていたのか? 長次。お前だって、私の家族だ。それにな、結婚をした相手とは、命が尽きるその時まで、生涯を共にすると人狼の間では常識だろう?」
ぴょこっと生やした耳が、微かに揺れているのを長次は見逃さない。
「お前が好いている相手と暮らせるのは、私にとっても幸せな事だ」
心からの笑顔であると分かれば、小平太の本音であると長次には、理解できた。
次に○○の元へ向かう小平太は、○○の小さな手を取り、ぎゅっと握り締める。
「○○、私達と家族になろう。私と長次、可愛い弟と妹が一緒ならば、お前に後悔はさせない」
溌剌とした笑顔が、この場においては眩しく見えて、○○はその言葉の意味を咀嚼するのに、時間がかかった。
『わたし、男性とお付き合いした経験が無くて、どう接すればいいのかもよく分からないけど……それでもいいの?』
「私と長次が、○○の初めてになるのだな。それは嬉しい。長次もそうだろ?」
交際経験が無いことを赤裸々に告げられても、小平太はあっけらかんとして、むしろ初めての相手が自分達であるのを嬉しくさえ思う。
「……」
『あの、長次くん……』
先程までの動揺ぶりは○○も見ていた為、結婚を本物として実現させる事に反対なのかと思った矢先、○○と小平太の手の上に、長次の手が覆われると、愛おしい物に触れるかのように、そっと優しく握った。
「嫌ではない。共に過ごせるのなら、幸せな事に変わりはない」
長次の双眸には、色情の熱が孕んでいる。
○○と初めて出会った日の帰り、ぽーっと頬が赤く染まり、胸の内がどきどきして落ち着かず、○○の姿が頭から離れず、思い出しては、またどきどきして。
本人が無自覚であった初恋が、年月を掛けて温められた愛情が孵化し、○○本人の前で表出した。
「おにわで、けっこんしきのじゅんび、できたよ!」
屋敷の外に設置された縁側にて、結婚式の準備を終えた弟妹達が、三人を呼ぶ。
長次と小平太に手を引かれて、○○は縁側を降りる。
湿り気のある森林にて唯一、太陽の陽射しを受け、花々が輝いている庭の中心へと向かえば、長妹が、○○の頭部に被せる白布を手にしていた。
「これ、どうぞっ」
その場に屈んだ○○の頭部に、白布が被された。
それは今まで、長次や小平太と○○の接触を阻んだ過去のある禍々しい赤色の頭巾ではなく、純白に包まれており、"うぇでぃんぐべーる"と呼ばれる物に近い。
花嫁を悪霊から守る魔除けであり、新たな人生を祝福する意味も込められているのだ。
次に、愛の証である結婚指輪を模倣した玩具の指輪を、長次と小平太が○○の薬指にはめ、今の○○は人間と人狼と異種間を超えた関係性 へと変化する、初々しい花嫁そのもの。
「あの頭巾よりも一等、似合っている」
小平太の無骨な手のひらが、○○の頬に添えられれば、頬に熱が集まる感覚を覚えた。
「じゃあ最後は、お嫁さんとお婿さんの口付けだ」
弟妹達に押される形で、長次も○○の前へと立つ。
順番を譲った小平太が、白布を上げる。
木々の隙間から差し込む陽射しにより、はっきりとした輪郭を見せる○○を前に、長次は唾を飲み込む。
「必ず、幸せにする」
『うんっ』
「これからも、私達の傍に居てくれるか?」
『勿論』
○○からの返答を聞いた長次は、ゆっくりと自身の唇を、○○の唇へと重ね合わせる。
ちゅっと乾いた音が聞こえ、弟妹達が、わあっと小さく声を上げていく。
○○の唇を、自分が貰ってしまった。
そう思いつつ、長次は○○の唇を堪能してから、自ら離れ、頬に熱が集まる。
「長次おにいちゃん。ほっぺた、まっか」
弟妹達に声を掛けられる長次だが、○○の唇の感触が忘れられない。
それを見て、弟妹達は、きょとんとしつつも、んふふと可愛らしく笑う。
「今度は、私の番だな」
ぷしゅっと湯気が出てしまう程に、むすっとしながら赤面する長次を気にも留めず、小平太は○○の両頬を優しく掴めば、笑みを浮かべる。
「私達と、生涯を共に過ごそうな」
『うん、一緒にね』
「辛い時も楽しい時も、共に分かち合おう。種族の垣根を超えた、可愛いやや子にも会いたい」
『ま、まだ気が早いよ……っ』
「そうだなぁ。だから今は、ここでの生活に慣れる事が一番だ」
最後まで言い終えると、小平太もまた、○○の唇に触れて、その味を堪能し、酔いしれる。
ぎゅっと○○の体を抱き締め、深く味わいたいと思いつつも、弟妹達の面前で、はしたない真似は出来ないと堪えて、離れていく。
太陽の陽射しを受ける庭の中心にて、可愛らしい弟妹達に見守られながら、○○は長次、小平太と口付けを交わせば、小さくも温もりのある、囁かな結婚式を終えた。
この先も、自分を受け入れてくれた温もりが傍に居続けますようにと、願いながら。
―――――――――――――
◆○○
至って普通の人間。
幼少期から、人ならざる者に対して警戒や偏見を抱いておらず、それが長次と小平太が○○に惹かれる要因となった。
二人と再会後、紆余曲折を経て、結婚。
生涯を終える時まで、実の両親の元へ帰る事は無く、人ならざる者の住む町にて、伊作と共に薬草売りの仕事に励む。
種族が異なる等の苦労を重ねつつも、大好きな人達と暮らしていた。
◆長次
寡黙だが、感情豊かな人狼。
森の外にある蓮華草の花畑を一目見ようと、森を抜けたのが運命の始まり。
○○と再会後、紆余曲折を経て、結婚。
人間に扮した際、松千代万が経営する問屋で、書物の整理等を担当している。
結婚後、小平太の住処の庭に、蓮華草の花畑を作ろうと思い立ち、○○や小平太、弟妹達と花畑作りに勤しむ姿が見られる。
◆小平太
いけいけどんどんの人狼。
長次から人間と仲良くなったと聞かされ、騙されているのではと勘ぐるも、○○が良い子だったから、事なきを得た。
○○と再会後、紆余曲折を経て、結婚。
人間に扮した際、厚着太逸と日向墨男の紹介づてで、有り余る体力をフル活用した万事屋(何でも屋)を営み、数々の無理難題の依頼を涼しい顔でこなす。
◆文次郎
ギンギンに吸血鬼をしている、吸血鬼。
人間に扮した際、重量のある荷物を中心とした運び屋仕事を人間と共に行っている。
○○の事は昔から聞かされており、何だかんだで気の知れた二人には情があり、○○の荷物を積む用の荷車を貸した(その後、破損箇所が一切見られず、元の姿で返却されたのは驚いた)。
◆仙蔵
完璧な姿を怠らない吸血鬼。
人間に扮した際、○○と許嫁関係を築こうとした名家に仕える使用人(仙子)として働いていた。
現在は、その名家を離れ、別の場所にて仕事に励んでいるらしい。
○○の事は昔から聞かされており、自分の職場に○○が連れて来られ、軟禁状態とされたのは想定外。
"ひーろー"になるのは、人ならざる者としてどうなのかと思いつつ、○○の逃走の手立てを完璧に整え上げた。
◆留三郎
面倒見のいい包帯男。
人間に扮した際、新野洋一が経営する診療所の看板や立て付けの悪い扉など、人間の住む町の修補作業に明け暮れており、やり甲斐を感じている。
○○とは、診療所でたまに顔を合わせれば、世間話をする仲。
○○救出の為、名家で使用人として振る舞う仙蔵が南京錠の鍵の構造を長次、小平太に伝え、それを作って欲しいと言われた時は唖然。
本編では名前のみの登場だが、功績は大きい。
◆伊作
不運体質な包帯男。
人ならざる者への理解があった新野洋一と出会い、早い段階から人間(新野)との共存を築き上げる。
○○の事は昔から聞かされ、仕事で診療所を訪れた際に、被っていた赤色の頭巾から鳥兜の香りがすると察知。
長次と小平太から毒薬を打ち消す話を聞かされていた為、長い年月をかけて、毒を打ち消すべく、彼特製のよもぎの葉を用いた番茶を提供していた。
◆七松家の弟妹達
小さな人狼の子供達。
人ならざる者の討伐を受けて、家族を失った長次を優しく受け入れ、今ではすっかり懐いている。
今度は○○も家族となり、大喜び。
性別の異なる彼等を見て、結婚するのではと盛り上がる(長妹以外も、絵本で結婚の事は知っていた)。
三人の結婚後、人間の○○と遊んだり、蓮華草の花畑の水やり等をして、楽しい日々を過ごす。
◆○○の両親
愛情はあったものの、自分達の幼い頃は、今よりも人ならざる者への警戒や偏見が酷く、その名残が残った形。
"人ならざる者の討伐を生業とする名家"とは、○○の幼少期から付き合いがあり、多額の金銭を支払ってまで、信仰していた。
赤色の頭巾を紛失したと○○から話され、激高。人ならざる者に狙われると、この時も金銭を支払い、許嫁関係と名ばかりの関係を作り上げ、名家に身を置く様にと企てるが、長次と小平太に○○を連れ去られる(正確には、自らの意思で離れた)。
その後、名家は衰亡し、一人娘は人ならざる者に連れていかれたと嘆き、発狂。
別の視点から覗けば、両親もまた名家に騙された被害者。
◆人ならざる者の討伐を生業とする名家
○○の両親が幼少期の時代に、人ならざる者の討伐を行い、繁盛し、名を轟かせた。
人ならざる者からしたら、非道な行いを繰り返す横暴さが目につき、"人間は攻撃を仕掛ける悪しきもの"と植え付けさせた張本人達。
しかし時代が移ろい、人間と人ならざる者が共存する社会では、依頼は激変。
それでも、○○の両親の様な人間を騙し、自らの家を信仰する為と多額の金銭を巻き上げていた。
○○と名家の息子を許嫁関係にすると提案された際も、○○の両親から倍以上の金銭を要求出来る・○○がやや子を孕めば、再建復興の兆しが見えると、○○を利用する事しか考えておらず、愛など存在していない。
○○が仙蔵によって屋敷を出てすぐ、家は衰亡し、その後は人ならざる者達に襲われて亡くなった者も居れば、路上にて物乞いし、野垂れ死んだ者も居るとか。
◆人ならざる者達が住む町
室町時代末期(忍たま乱太郎/落第忍者乱太郎)の世界観をイメージ。
吸血鬼、人狼、包帯男、化け猫、死神、魔法使い、お化け等と多種多様の人ならざる者が住み、仲は良好。
過去に、人ならざる者を討伐する名家の手にかかり、数多くの同胞を失った過去があるも、現在は時代の移ろいから、人間社会に溶け込み、共存を図りつつある。
◆○○(人間)の住む町
室町時代末期より、少し先の時代(江戸時代等)をイメージ。
"とまとじゅーす"、"うぇでぃんぐべーる"等、人ならざる者達が住む町に存在しない物があるが、希少価値が高い物が多い。
○○の両親の親世代は、人ならざる者への警戒や偏見が酷かったものの、現在はその傾向は薄れている。
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赤ずきんちゃんと人狼 前編(中在家・七松 R15)の続編。
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赤ずきんちゃん、救出大作戦
手を振りつつも、寂しげな弟妹達の表情に胸が打たれながら、小平太の住処を後にした。
この森特有の湿気孕んだ空気が、○○の身に降りかかる。
人ならざる者達の気配が、木の葉の擦れる音で感じ取れ、彼等の住む町に背を向けて歩く○○は、森の出口に一歩、右足を出す。
行きと同じように空間が、ぐにゃりと歪む。
『戻ってきたんだ……』
飛び出た先は、何の変哲もない蓮華草の花畑が一面に広がり、元の場所へと帰ってこれたのだと、ひと安心する。
自宅へ帰るべく、岐路を進む○○の背後には、人間に扮した長次と小平太が身を隠し、動向を探っていた。
「長次ぃ。お前、あの頭巾に、わざと引っ掻き傷を付けただろ」
歩みを進める○○の背を見つめる長次に、小平太は目を伏せ、唇を尖らせて話しかける。
「○○には、木々の枝か偶然、引っ掛かってしまい、糸が解れていると話した」
「まぁ、簡単に騙されてしまう○○もどうかとは思うが。それにしても、○○の御両親は、今も人ならざる者への警戒心が強いみたいだしな」
むすっとした表情から、冷静な性格であると思われがちの長次だが、実際は感情豊か。
現在は頬の傷から、感情表現の仕方が変わっており、誤解を受ける事もある。
そして、○○の赤色の頭巾に故意的に傷をつけたのも、弟妹達が○○の心が泣いているのは、両親のせいだと感じ取った事がきっかけ。
「伊作が務めている診療所の新野先生に、解れを直してもらっている最中と誤魔化せば、何とかなると○○も話していた」
「どうだろうな」
長次は、ぴくりと眉が動く。
生来の野性的な勘が働く小平太の一面が出たと、密かに思う。
そんな中でも、○○の動向を追い続け、彼女が両親と暮らしているという家の付近へと辿り着く。
玄関の扉を開けて、中へ入っていくのを確認して、長次と小平太は影に隠れながら、窓越しにリビングの様子を伺おうと試みる。
「……騒々しい」
○○が家に入った途端、リビングから耳を刺すような怒号が聞こえ出す。
長次と小平太が眉を顰めると、今度は彼等の顔が歪められていく。
「蛹悶¢迚ゥ縺後?≫雷笳九r隘イ縺翫≧縺ィ縺励※縺?k縺ョ繧茨シ 遘?#縺ョ荳?莠コ螽倥′縺」縲∝セ嶺ス薙?遏・繧後↑縺?喧縺醍黄縺ォ??シ」
母親らしき人物の怒声は、甲高く、獣の唸りよりも刺々しく、外にまで漏れていた。
発言の内容は、人ならざる者の長次と小平太にとって酷く不愉快で、人間である○○でさえ、俯いて隠された顔の下で、下唇を噛んでいる始末。
「縺雁燕縺ッ譏斐°繧峨?∽ココ縺ェ繧峨*繧玖??↓螂ス縺九l繧?☆縺??ゅ□縺九i縲√◎繧薙↑螂エ遲峨r霑ス縺?鴛縺?オ仙ゥ夂嶌謇九r邏ケ莉九@縺ヲ縲√◎縺ョ譁ケ縺ョ螳カ縺ォ霄ォ繧堤スョ縺阪↑縺輔>」
今度は父親らしき人物が、○○に選択の余地を与えない提案をした。
人ならざる者の退治を生業する名家の息子と許嫁の関係になる。
更には、数日後に実家を出て、その家に身を置けと。
あまりにも無慈悲かつ、○○の意思を尊重すらさせない身勝手さ。
「ふへへ……ッ」
名家の名を聞こうと、耳を済ませる小平太の隣から、不気味な笑い声が聞こえ始める。
その正体が何かを分かりきっており、○○の両親に声が聞こえない様にと、長次を連れて、その場から離れていく。
「長次、落ち着け! 長次っ!!」
両肩を掴まれながら、自身の名を呼ばれると、不気味な笑みは鳴りを潜め、長次は普段見せる、むすっした表情へと戻りつつある。
「……すまない、小平太」
「気にするな。私だって、怒り任せに噛み殺して良いのなら、とっくに手を出していた」
牙をのぞかせ、夜気を震わせる声で吐き出した。
しかし、刃を彷彿とさせる言葉の奥には、躊躇いが潜んでいる。
いくらあの御両親相手でも、○○が悲しむかもしれないと。
「どうやら、○○の御両親は、今の人間と人ならざる者の関係についての認識が、○○の幼少期の頃から変わっていない様だな」
小平太が吐き捨てた言葉の端々に、乾いた砂の様な嫌悪が混じっていた。
友人である伊作は、町の診療所で非常勤医師を務めている。
その他に文次郎、仙蔵、留三郎もまた、人間社会に混じり、生活を共にし、静かに共存しているのが現実だ。
「今なんて、人間と共に仕事に励むなど、当たり前なのになぁ」
仙蔵は、とある屋敷に使える使用人に扮しており、受けが良いからと、女装をこなしている。
文次郎は、○○が営む薬草の運び屋仕事よりも、重量のある荷物を中心とする運び屋を人間と共に勤しむ。
留三郎は、器用な手先を活用して、伊作の仕事仲間の新野洋一と縁のある者と町の修補作業に励んでいる。
「人ならざる者が狩られる等、風化しつつある筈だ」
長次の呟きは夜風に混じり、散っていく。
「あの御両親の元に居たから、○○もまた、人ならざる者への認識が他の人間と異なっていた訳か」
強くなる為にと、会えない時期に伊作から伝えられた○○の様子。
再会して、人間の自分が人ならざる者の世界に介入していいのか等と、長次と小平太から見れば、不審に思う点は幾つか見られた。
それらが点と点で結び、小平太が出した結論が答えとなって導き出されたのだ。
「それに長次は、○○の事が好きだからなぁ」
不意に放たれた言葉が、空気を裂いた。
唐突な話題転換としては、あまりにも突発的。長次は思わず、小平太に視線を向ける。
「好いた者が傷ついている等、お前は嫌だろし。私だって、こうしてまた会えた○○との繋がりが断絶されるのは困る」
さらりと告げるその声音には、一点の曇りもない。
人狼である己が、人間に恋慕を抱く事を恥ともせず、当然の事のようにと。
それはかつて、“清らかな心を持つ人間”と交わした日々に育まれた淡い恋心が、今も胸の奥に灯っているから。
「それにな、長次。○○と許嫁関係に持ち込もうと画策している名家は一度、耳にした事のある名だった」
○○の父親が話していた、人ならざる者の討伐を生業とする名家の名を、小平太は聞き逃してはいなかった。
夜空には、漆黒を切り裂いて満月が浮かんでいる。
冷たい光は、口角を獣じみた弧に歪める小平太の笑みを照らし、隣の長次の瞳にかすかな光を宿す。
怒りと憎悪、そして僅かな希望。二人の影は、月下に並んで静かに揺れる。
◇
"かつて、人ならざる者の討伐でその名を轟かせた名家の屋敷。
朱塗りの立派な門は、道行く者の視線を否応なく引き寄せ、威圧感と由緒正しき血筋の誇りを誇示している。
だが今やその屋敷に漂うのは、栄光の残滓と、澱んだ空気に似た重苦しい停滞感のみ。
吸血鬼の仙蔵は人間に扮し、主の懐に入り込んでは機嫌取りをしてきた彼は、今日も使用人の一人として振る舞う。
(まさか、私が友人の知り合いともいえる人間の為に、"ひーろー"とやらの貢献に務める事になるとはな……)
懐に忍ばせた、本物と似ても似つかない木製の鍵を手にしている姿にさえ目を瞑ればの話だが。
(留三郎も、こんな事の為に手先の良い長所を利用される等、思ってもいなかったようだしな……あの時の驚き顔は今、思い出しても吹き出してしまいそうだ)
木目の滑らかな鍵を指先でなぞり、唇が皮肉めいた弧を描く。
見た目こそ本物と酷似しているが、これを作った"包帯男"の留三郎の唖然とした眼差しの驚きと戸惑いは、今も仙蔵に小さな愉悦を残している。
(しかし、私もここは潮時だと思っていたから、都合が良い。かつての栄光を振りかざし、人ならざる者への警戒と偏見に満ちた人間を騙し、欺瞞に満ちたこの屋敷など、存在そのものに反吐が出る)
木製の引き戸に付けられた南京錠に手をかけ、仙蔵は留三郎が施した偽物の鍵を取り出す。
無駄のない動きで、鍵を差し込むと、かちゃりと音を立て、いとも簡単に南京錠が外れ、仙蔵の手の中に収められる。
こんこんと、扉を叩けば、木の音が反響する。
部屋の向こうからの返事は無いものの、仙蔵が引き戸を開けると、自分の方へと顔を向ける○○が視界に映し出された。
『仙子さん? どうかされましたか?』
その名は、この屋敷で"女"として雇われた際に作り上げた名称に過ぎない。
しかし、○○にとっては初対面であり、その名を告げられたから、無垢な子供の様に、当たり前に仙子と呼ぶのだ。
「少し頼まれ事をされまして……、いや、この姿の方が、話も早いだろう」
仙子として振る舞う際に使用される衣服が宙を舞い、歪んだ空間に呑まれて、消失する。
次に現れたのは、本来の仙蔵の姿。
○○が小平太の住処へ向かう際、遭遇した吸血鬼だ。
『あ、貴方は……っ』
「この屋敷で、貴女は幸せになる事は出来ない。いずれ、滅亡の一途を辿る末路の巻き添えにはさせないと、長次と小平太から頼まれたんだ。ここから連れ出すと」
○○は両膝と背中に手を当てられ、軽やかに抱き上げると、横抱きの姿勢を作らされる。
突然の事に、○○は声を紡ぐ隙すら与えず、仙蔵は自身の力で空間に歪みを作れば、○○と共に部屋から姿を消していく。
(さて。後は外に出て、荷車が置かれていれば、完璧に事を終えられる)
もぬけの殻となったその部屋は、許嫁として縛り付ける為に用意された、○○の部屋。
衣食住は提供されるものの、必要最低限の行動しか許されておらず、正に窮屈という言葉を体現した場所。
それは、どこか窮屈な生活を送っていた○○をより深く閉じ込める檻のような物であったが、人ならざる者の仙蔵を前にして、この檻を打ち破る事など、造作もない。
屋敷から十分に距離を取り、ようやく人目を気にせず歩ける場所に辿り着いた仙蔵と○○だったが、用意されている筈の荷車が見えず、仙蔵がほんの僅かに、眉間に皺を寄せた。
(長次、小平太……まさか、山賊退治で血を滾らせて足を止めている等、莫迦な事をしてないだろうな……)
同じ吸血鬼である文次郎を筆頭に、人狼の長次と小平太もまた、闘争心が強い三人組。
鍛錬と称しては、頼まれもせぬ盗賊退治に手を出すのも日常茶飯事。
だが皮肉にも、その独りよがりな行為が、人間達の安寧へと繋がっている等、本人たちは知る由もない。
「おーい! 仙蔵ー!」
張り詰めた沈黙を破るように、小平太の陽気で大きな声が、遠方から聞こえてくる。
○○が視線を向けると、荷車を押して、自分達の元へと走ってくる、人間に扮した長次と小平太の姿を捉えた。
「お前達…、私はこの方と少しばかし待っていたのだが、山賊退治で遅れただなんて事は……」
「いやぁ、すまん。少しばかし、準備に手間取ってなぁ……」
「山賊も見かけたが、戦うか戦わないかと小平太が葛藤していたから、遅れただけだ」
告げ口をする長次に、小平太は「長次!」と言い、詰め寄った。
仙蔵は、やはりかと思いつつ、文次郎から借りた荷車は傷一つなく、破損させずに用意出来ており、○○を屋敷から連れ去った事で、逃走の手立ては整った。
依頼は達成されたと分かれば、仙蔵は心の中で完璧だと呟く。
「私は、あの屋敷へと戻る。業務の合間を抜けて、ここへ来たのだからな。外へ出たのが見つかりでもしたら、何をされるか堪ったものではない」
再び、仙子の格好へと戻った仙蔵は、屋敷を抜け出したのが主人に見つからぬ前にと、三人の元から去ろうとする。
「助かった、仙蔵。ありがとな」
にぱっと笑顔を見せた小平太に続き、目を伏せた長次が、仙蔵に頭を下げる。
『あの、仙蔵さん』
○○が声を掛け、それには思わず、仙蔵も足を止めた。
『ありがとうございました……』
感謝と共に、どこか不安の色を帯びた声音。
仙蔵は一瞬だけ柔らかな微笑を浮かべ、次の瞬間には、昼の風に攫われるように姿を消していく。
『長次くん、小平太くん……』
長次と小平太の二人に、視線が移ろう○○の瞳が小さく揺れた。
「怖い思いをしただろう。屋敷に住む奴等の食い物とされた御両親に縛られて、窮屈な思いを抱えて過ごす必要など、もう無いのだから」
「○○の御両親は、人ならざる者への警戒と偏見が人一倍強い人間の内の一人だ。あの屋敷の住人は、御両親と同じような人間達から、信仰の為だと、多額の金銭を搾り取っていた。今はもう繁栄とは程遠く、それでも過去の栄光に縋ろうとする等、浅ましい」
○○と許嫁関係を築こうとした名家は、三人が生まれる前から、人ならざる者の討伐の依頼が絶えず、家は繁栄し、人間達の間では、英雄と名を轟かせて。
しかし、その輝きの裏では、人ならざる者達への非道な横暴さは苛烈を極め、光と影が背を向け合う歴史が存在していた。
「新野先生の様に、受け入れてくれる者も増えたというのに…、過去から根付いてしまったものを取っ払うのは、私達だけではどうにも出来んからなぁ」
しかし現在は、人間と人ならざる者が静かに共存し合う社会へと変化しつつ、討伐の依頼は激変。
生きる為の金銭は全て、自分達を信仰する人ならざる者への警戒と偏見を抱く人間達から掻き集めていた。
そこに、○○の両親も含まれていたが、○○本人は警戒と偏見を抱いておらず、一度もあの屋敷へと訪れた事が無かったのだ。
『そ、その荷物って?』
状況を呑み込めない部分はあるものの、昼の陽射しを受けて、縄に縛られた荷物達に目を向ければ、それが何かと問いかけた。
「○○の荷物だ。御両親があの屋敷に足を運び、留守にしていた間に忍び込んで、持ってきたんだ」
文次郎から借りた荷車を使用し、そこに○○の衣類をはじめ、○○が必要とするであろう生活用品一式を纏め、ここまで運んできたと言う。そこには、赤色の頭巾の姿は無い。
「あの頭巾は、もう○○には必要ない。なんせ、あの頭巾には……」
ここで、ようやく○○は赤色の頭巾に、人狼が嫌悪する鳥兜の香りが込められていたと小平太から伝えられた。
それにより、幼少の頃に自分達は引き離されたと。
その事実が数年越しに判明し、両親が既にその時から、娘への人ならざる者に連れていかれない様にとも取れる一方的な愛情や支配、娘の意思を尊重しない横暴さを発揮していたと分かり、○○は言葉を失う。
「私達は、あの鳥兜の毒で死にはしない。診療所で、伊作が出していた、よもぎの香りのする番茶を飲み、その香りが、鳥兜の毒を打ち消してくれていたのだから」
強くなると決心し、仲間達の力を借りると決めたあの日。
長次と小平太は、薬草の知識に深い伊作から、鳥兜の毒を打ち消す薬草は無いのかと聞いた。
完全に打ち消せる保証は無いが、よもぎの葉ならば、効果はあると告げられたのだ。
「伊作が顔を出していた診療所に、○○が御両親と共に、運び屋仕事で足を運んでいたと知らされた時は、私達は驚いた」
二人から○○の話を聞かされていた伊作は、自ら接触を図り、会えなかった空白の期間の〇〇の様子を、伊作は二人に伝えていた。
人間の姿に扮し、人当たりのいい姿から、○○の両親から懐疑の目を向けられはせず、よもぎの葉を用いた番茶を提供し、年月を掛けて、○○の被る赤色の頭巾の鳥兜の毒を消し去ろうと。
『ご、ごめんなさい……っ』
ようやく言葉を発した○○は、目尻に浮かべた涙が、ぽろぽろと落ちていく。
それをきっかけに、今度は大粒の涙が出ては、両目とも零れ落ちてしまうのではと錯覚する程、潤いに満たされ、頬に涙が伝う。
『わたし、二人がそんな事になっていたのも知らないで、呑気にしていて……っ、本当に……』
その時、○○の体が包み込まれる。
何が起きたのかと思い、顔を上げると、○○の目から流れる涙で衣服が濡れようが関係なく、そっと抱き締める長次の姿があった。
『長次くん……?』
返答がなく、次第に抱き締める力が強まっていく。
長次の脳裏に現れたのは、初めて出会った時に見た、自分に笑顔を向けてくれた幼少期の○○。
自分達に警戒や偏見を抱かず、綺麗に咲き誇っていた蓮華草のように向けてくれた、清らかな心と優しさを、昨日の事の様に覚えている。
「○○の笑っている顔が、私は好きだ」
○○の目尻に、長次の人差し指の先端が触れると、涙の粒を拭き取った。
少しだけ口角が上がり、怒りの感情で表出する不気味な笑みではなく、相手を想うが故に表出するその微笑みが、○○に向けられていた。
「御両親の目の届かない場所へ、私達と行こう。○○は心苦しいと思うが、御両親はあの屋敷の奴等に心を喰われ、平常心を保つのは、もう無理だろう」
昼下がりの光は木漏れ日となり、三人を照らして、風がそよぎ、草花の甘い香りが漂う。涙で濡れた頬を撫でる。
「些か強引だが、こうして荷物まで運んできてしまった訳だ。元より、私と長次は○○を掻っ攫う気、満々だったがな」
両親のやり取りを盗み見して、月下の元で話をしていた時から、その事を思いつつ、しかしそれもまた、○○の意思を尊重していないと二人は自嘲気味であった。
けれど、長次に抱き締められ、小平太の話を聞いていた○○は、あの時のように下唇を噛んでおらず、双眸には希望に満ちた小さな光が宿っていたのだ。
『うん。長次くんや小平太くん、仙蔵さん達の事を酷く言う姿を見せられるのは、もう無理だと思ってた……、だから、わたしを連れ去って。長次くんと小平太くんの帰るべき場所に、わたしも一緒に』
このひと場面だけを見たら、人ならざる者達への警戒や偏見を抱く者は、長次と小平太を人間を誑かす人狼と罵り、力のある限り、攻撃を仕掛けたに違いない。
「勿論、最初からそのつもりだ」
だが、ここには誑かしも欺きもない。
○○は己の意思で両親の元から離れ、人ならざる者と共に歩む未来を選んだ。
長次の腕に包まれながら、小平太の手が優しく○○の頭を撫でる。
「よしっ。そうと決まれば、可愛い弟と妹の待つ、私の家へと向かおう! いけいけどんどーん!」
胸いっぱいに、幸福が広がっていく。
抑えきれぬ安堵と喜びが、今度は涙ではなく、微かな笑みとなって、零れ落ちた。
かつて赤ずきんだったあの子と、幸せな生活を
屋敷で信仰の最中である両親に、一切の顔も見せず、○○は荷車を押す長次と小平太と共に、蓮華草の花畑を抜けた先の森へと、再び足を踏み入れる。
瞬く間に、茂みの生い茂り、そよ風に吹かれながら、湿り気のある森を抜け、人ならざる者が賑わう町中へと出ていき、つい先日の出来事が、鮮明に呼び起こされていく。
やがて、町の外れにある小平太と弟妹達の住む屋敷前に到着すると、玄関から飛び出してきた七人の弟妹達が、明るい歓声をあげながら手厚く出迎えた。
「おかえりなさいっ!」
小平太と長次を見てから、弟妹達の視線は、○○に釘付けとなり、離さない。
「○○おねえちゃんも、いる!」
「お前達、今日から○○お姉ちゃんも、ここで一緒に暮らすんだ。仲良く過ごすんだぞ」
満面の笑みを浮かべ、高らかな声が屋敷前に響く。
すると今度は、わああっと歓声が上がり、弟妹達が○○の足元に集まれば、ぎゅっと抱き締めた。
耳と尻尾を生やし、長次と小平太程ではないものの、どことなく丸みの帯びた爪が、○○の着ている服地に食い込む。
「じゃあ、皆で一緒に、○○お姉ちゃんのお荷物を運ぼう!」
荷車に積まれた荷物を指し、弟妹達は順々に小物から、二人がかりで運ぶ大荷物を抱えて、屋敷の中へと○○の荷物を運んでいく。
小さな人狼の子供達の列が出来上がり、○○は可愛いとさえ感じてしまう。
「そうだ、けっこんしきっ」
荷物を運び終えた長妹が、長次と小平太、○○を交互に見るなり、頬を朱色に染め上げると、そのような事を言い出す。
『結婚式…?』
「おにいちゃんと、長次おにいちゃんと、○○おねえちゃんの、けっこんしきっ」
今度は、次妹が長妹の背中から、ひょこっと顔を出せば、たどたどしく同じ言葉を伝える。
「絵本でよんだの。おとなの男の人と女の人が、いっしょにくらす時に、けっこんしきをするって」
子供向けの御伽噺にまつわる絵本の内容を口にすれば、うっとりとした表情を見せ、目を煌々と輝かせる。
そんな姿を見て、好奇心旺盛な他の兄弟達も、どうしたのかと集い、がやがやと騒ぎ出す。
「ゆびわ、長次おにいちゃんが買ってきてくれたおもちゃなら、おいてあるよ」
「おはなは、おにわにたーくさん、さいてる!」
「○○おねえちゃんの、おようふくっ」
屋敷の母屋にて、弟妹達はそれぞれ結婚式に用意される玩具の指輪、飾り用の花々、○○に着せる洋服等と、爛々と気分を高め、準備を始めていく。
「なははっ。元気がいいのは、何よりだ」
弟妹達の行動力に、呆気に取られる○○。
毎度の事ながら、わいわいと賑わい、遊びに乗じる姿を眺める長次の隣で、笑い声を上げた小平太が、○○をじぃっと見てから、唇が弧を描く。
「私達、本当に結婚してしまおうか?」
「……ッ?!」
その言葉に、誰よりも先に反応を示したのは○○ではなく、長次。
「どうした、長次。そんなに慌てた様子を見せて」
「本気で、言っているつもりか」
「そりゃあ勿論。私が今まで、冗談半分で物事の提案をした事があるか」
普段の長次ならば、"ある"と即答出来たものの、○○との結婚が遊びではなく、本物として実現させようと提案する小平太に翻弄される。
「私には、もう家族は居ない。ここにいるのは、小平太とお前の弟妹達だ。挙式をあげるのなら、お前と○○になるのではないか」
「おいおい、私をそんな冷徹な奴だと思っていたのか? 長次。お前だって、私の家族だ。それにな、結婚をした相手とは、命が尽きるその時まで、生涯を共にすると人狼の間では常識だろう?」
ぴょこっと生やした耳が、微かに揺れているのを長次は見逃さない。
「お前が好いている相手と暮らせるのは、私にとっても幸せな事だ」
心からの笑顔であると分かれば、小平太の本音であると長次には、理解できた。
次に○○の元へ向かう小平太は、○○の小さな手を取り、ぎゅっと握り締める。
「○○、私達と家族になろう。私と長次、可愛い弟と妹が一緒ならば、お前に後悔はさせない」
溌剌とした笑顔が、この場においては眩しく見えて、○○はその言葉の意味を咀嚼するのに、時間がかかった。
『わたし、男性とお付き合いした経験が無くて、どう接すればいいのかもよく分からないけど……それでもいいの?』
「私と長次が、○○の初めてになるのだな。それは嬉しい。長次もそうだろ?」
交際経験が無いことを赤裸々に告げられても、小平太はあっけらかんとして、むしろ初めての相手が自分達であるのを嬉しくさえ思う。
「……」
『あの、長次くん……』
先程までの動揺ぶりは○○も見ていた為、結婚を本物として実現させる事に反対なのかと思った矢先、○○と小平太の手の上に、長次の手が覆われると、愛おしい物に触れるかのように、そっと優しく握った。
「嫌ではない。共に過ごせるのなら、幸せな事に変わりはない」
長次の双眸には、色情の熱が孕んでいる。
○○と初めて出会った日の帰り、ぽーっと頬が赤く染まり、胸の内がどきどきして落ち着かず、○○の姿が頭から離れず、思い出しては、またどきどきして。
本人が無自覚であった初恋が、年月を掛けて温められた愛情が孵化し、○○本人の前で表出した。
「おにわで、けっこんしきのじゅんび、できたよ!」
屋敷の外に設置された縁側にて、結婚式の準備を終えた弟妹達が、三人を呼ぶ。
長次と小平太に手を引かれて、○○は縁側を降りる。
湿り気のある森林にて唯一、太陽の陽射しを受け、花々が輝いている庭の中心へと向かえば、長妹が、○○の頭部に被せる白布を手にしていた。
「これ、どうぞっ」
その場に屈んだ○○の頭部に、白布が被された。
それは今まで、長次や小平太と○○の接触を阻んだ過去のある禍々しい赤色の頭巾ではなく、純白に包まれており、"うぇでぃんぐべーる"と呼ばれる物に近い。
花嫁を悪霊から守る魔除けであり、新たな人生を祝福する意味も込められているのだ。
次に、愛の証である結婚指輪を模倣した玩具の指輪を、長次と小平太が○○の薬指にはめ、今の○○は人間と人狼と異種間を超えた
「あの頭巾よりも一等、似合っている」
小平太の無骨な手のひらが、○○の頬に添えられれば、頬に熱が集まる感覚を覚えた。
「じゃあ最後は、お嫁さんとお婿さんの口付けだ」
弟妹達に押される形で、長次も○○の前へと立つ。
順番を譲った小平太が、白布を上げる。
木々の隙間から差し込む陽射しにより、はっきりとした輪郭を見せる○○を前に、長次は唾を飲み込む。
「必ず、幸せにする」
『うんっ』
「これからも、私達の傍に居てくれるか?」
『勿論』
○○からの返答を聞いた長次は、ゆっくりと自身の唇を、○○の唇へと重ね合わせる。
ちゅっと乾いた音が聞こえ、弟妹達が、わあっと小さく声を上げていく。
○○の唇を、自分が貰ってしまった。
そう思いつつ、長次は○○の唇を堪能してから、自ら離れ、頬に熱が集まる。
「長次おにいちゃん。ほっぺた、まっか」
弟妹達に声を掛けられる長次だが、○○の唇の感触が忘れられない。
それを見て、弟妹達は、きょとんとしつつも、んふふと可愛らしく笑う。
「今度は、私の番だな」
ぷしゅっと湯気が出てしまう程に、むすっとしながら赤面する長次を気にも留めず、小平太は○○の両頬を優しく掴めば、笑みを浮かべる。
「私達と、生涯を共に過ごそうな」
『うん、一緒にね』
「辛い時も楽しい時も、共に分かち合おう。種族の垣根を超えた、可愛いやや子にも会いたい」
『ま、まだ気が早いよ……っ』
「そうだなぁ。だから今は、ここでの生活に慣れる事が一番だ」
最後まで言い終えると、小平太もまた、○○の唇に触れて、その味を堪能し、酔いしれる。
ぎゅっと○○の体を抱き締め、深く味わいたいと思いつつも、弟妹達の面前で、はしたない真似は出来ないと堪えて、離れていく。
太陽の陽射しを受ける庭の中心にて、可愛らしい弟妹達に見守られながら、○○は長次、小平太と口付けを交わせば、小さくも温もりのある、囁かな結婚式を終えた。
この先も、自分を受け入れてくれた温もりが傍に居続けますようにと、願いながら。
―――――――――――――
◆○○
至って普通の人間。
幼少期から、人ならざる者に対して警戒や偏見を抱いておらず、それが長次と小平太が○○に惹かれる要因となった。
二人と再会後、紆余曲折を経て、結婚。
生涯を終える時まで、実の両親の元へ帰る事は無く、人ならざる者の住む町にて、伊作と共に薬草売りの仕事に励む。
種族が異なる等の苦労を重ねつつも、大好きな人達と暮らしていた。
◆長次
寡黙だが、感情豊かな人狼。
森の外にある蓮華草の花畑を一目見ようと、森を抜けたのが運命の始まり。
○○と再会後、紆余曲折を経て、結婚。
人間に扮した際、松千代万が経営する問屋で、書物の整理等を担当している。
結婚後、小平太の住処の庭に、蓮華草の花畑を作ろうと思い立ち、○○や小平太、弟妹達と花畑作りに勤しむ姿が見られる。
◆小平太
いけいけどんどんの人狼。
長次から人間と仲良くなったと聞かされ、騙されているのではと勘ぐるも、○○が良い子だったから、事なきを得た。
○○と再会後、紆余曲折を経て、結婚。
人間に扮した際、厚着太逸と日向墨男の紹介づてで、有り余る体力をフル活用した万事屋(何でも屋)を営み、数々の無理難題の依頼を涼しい顔でこなす。
◆文次郎
ギンギンに吸血鬼をしている、吸血鬼。
人間に扮した際、重量のある荷物を中心とした運び屋仕事を人間と共に行っている。
○○の事は昔から聞かされており、何だかんだで気の知れた二人には情があり、○○の荷物を積む用の荷車を貸した(その後、破損箇所が一切見られず、元の姿で返却されたのは驚いた)。
◆仙蔵
完璧な姿を怠らない吸血鬼。
人間に扮した際、○○と許嫁関係を築こうとした名家に仕える使用人(仙子)として働いていた。
現在は、その名家を離れ、別の場所にて仕事に励んでいるらしい。
○○の事は昔から聞かされており、自分の職場に○○が連れて来られ、軟禁状態とされたのは想定外。
"ひーろー"になるのは、人ならざる者としてどうなのかと思いつつ、○○の逃走の手立てを完璧に整え上げた。
◆留三郎
面倒見のいい包帯男。
人間に扮した際、新野洋一が経営する診療所の看板や立て付けの悪い扉など、人間の住む町の修補作業に明け暮れており、やり甲斐を感じている。
○○とは、診療所でたまに顔を合わせれば、世間話をする仲。
○○救出の為、名家で使用人として振る舞う仙蔵が南京錠の鍵の構造を長次、小平太に伝え、それを作って欲しいと言われた時は唖然。
本編では名前のみの登場だが、功績は大きい。
◆伊作
不運体質な包帯男。
人ならざる者への理解があった新野洋一と出会い、早い段階から人間(新野)との共存を築き上げる。
○○の事は昔から聞かされ、仕事で診療所を訪れた際に、被っていた赤色の頭巾から鳥兜の香りがすると察知。
長次と小平太から毒薬を打ち消す話を聞かされていた為、長い年月をかけて、毒を打ち消すべく、彼特製のよもぎの葉を用いた番茶を提供していた。
◆七松家の弟妹達
小さな人狼の子供達。
人ならざる者の討伐を受けて、家族を失った長次を優しく受け入れ、今ではすっかり懐いている。
今度は○○も家族となり、大喜び。
性別の異なる彼等を見て、結婚するのではと盛り上がる(長妹以外も、絵本で結婚の事は知っていた)。
三人の結婚後、人間の○○と遊んだり、蓮華草の花畑の水やり等をして、楽しい日々を過ごす。
◆○○の両親
愛情はあったものの、自分達の幼い頃は、今よりも人ならざる者への警戒や偏見が酷く、その名残が残った形。
"人ならざる者の討伐を生業とする名家"とは、○○の幼少期から付き合いがあり、多額の金銭を支払ってまで、信仰していた。
赤色の頭巾を紛失したと○○から話され、激高。人ならざる者に狙われると、この時も金銭を支払い、許嫁関係と名ばかりの関係を作り上げ、名家に身を置く様にと企てるが、長次と小平太に○○を連れ去られる(正確には、自らの意思で離れた)。
その後、名家は衰亡し、一人娘は人ならざる者に連れていかれたと嘆き、発狂。
別の視点から覗けば、両親もまた名家に騙された被害者。
◆人ならざる者の討伐を生業とする名家
○○の両親が幼少期の時代に、人ならざる者の討伐を行い、繁盛し、名を轟かせた。
人ならざる者からしたら、非道な行いを繰り返す横暴さが目につき、"人間は攻撃を仕掛ける悪しきもの"と植え付けさせた張本人達。
しかし時代が移ろい、人間と人ならざる者が共存する社会では、依頼は激変。
それでも、○○の両親の様な人間を騙し、自らの家を信仰する為と多額の金銭を巻き上げていた。
○○と名家の息子を許嫁関係にすると提案された際も、○○の両親から倍以上の金銭を要求出来る・○○がやや子を孕めば、再建復興の兆しが見えると、○○を利用する事しか考えておらず、愛など存在していない。
○○が仙蔵によって屋敷を出てすぐ、家は衰亡し、その後は人ならざる者達に襲われて亡くなった者も居れば、路上にて物乞いし、野垂れ死んだ者も居るとか。
◆人ならざる者達が住む町
室町時代末期(忍たま乱太郎/落第忍者乱太郎)の世界観をイメージ。
吸血鬼、人狼、包帯男、化け猫、死神、魔法使い、お化け等と多種多様の人ならざる者が住み、仲は良好。
過去に、人ならざる者を討伐する名家の手にかかり、数多くの同胞を失った過去があるも、現在は時代の移ろいから、人間社会に溶け込み、共存を図りつつある。
◆○○(人間)の住む町
室町時代末期より、少し先の時代(江戸時代等)をイメージ。
"とまとじゅーす"、"うぇでぃんぐべーる"等、人ならざる者達が住む町に存在しない物があるが、希少価値が高い物が多い。
○○の両親の親世代は、人ならざる者への警戒や偏見が酷かったものの、現在はその傾向は薄れている。
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