短編(R指定版)
夢小説設定
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タイトル:赤ずきんの夢主は、人狼の中在家長次と七松小平太に、昔からずっと愛され続けていたらしい
◆名前変換夢の為、名前入力を推奨。
◆三人称(神の目線)視点で進みます。
◆上記の描写や関係が地雷の方は、ブラウザバック推奨。
◆既存キャラの解釈違い(口調や性格)が出てくると思われますので予め、ご了承下さい。
◆非倫理的な場面(差別的な描写が少々)が登場します。不快に感じられた方は、ブラウザバック推奨。
夢主の簡単な設定
・成人済(室町時代後期に準ずる為、十五歳前後)。
・実家で暮らしており、どこか窮屈な生活を送っている。
・ある時期から、赤色が特徴的な頭巾を被っている。
・
赤ずきんちゃんと人狼
むかしむかし、春の日。
おはなばたけに現れたのは、ひとりの男の子。
茶色の髪の毛に、ほがらかな笑顔がとくちょう。
「ここが、おはなばたけかぁ」
男の子は、このおはなばたけにを見に、とおい町からひとりで、あるいてきました。
「きれいだなぁ」
きょろきょろと、だれもいないか見て、男の子は、おはなばたけに近づきます。
本で見るよりも、きれいな花々が咲いていたのです。
『あれ?』
そんな時、女の子の声が聞こえてきました。
「うわぁ!」
だれもいないと思っていたのに、男の子は驚いて、飛び上がりました。
すると、なんてことでしょう。
ちゃいろの髪の毛の上に、ぴょこっと狼の耳が生えて、おしりから、尻尾まで現れて、そこには人狼の姿が。
「あ、あわわ……っ」
耳と尻尾に手を当てても、女の子には丸見え。
人間に見られたら、だめだと言われていた男の子は、どうしよう、どうしようと考えます。
『あなた……狼さんなの?』
男の子は、女の子の反応を見ると、おどろいた声をあげて、耳と尻尾に当てた手をおろします。
「こ、こ、こわくないの……?」
『はじめてみたから、あんまりこわいって思わないのかな』
はにかんだ笑みを見せた女の子に、男の子は、ぽおっとほっぺが赤くなりました。
人間は、男の子みたいな少し変わった生き物を見ると、驚いて、怖がって、攻撃をする生き物。
でも、目の前に居る女の子は、そんな反応もみせないで、ふつうに男の子に話しかけていたのです。
『ここの、おはなばたけを見に来たの?』
「う、うんっ。本物のおはなって、本で見るよりも、ずっときれいなんだね」
『おはなってね、たくさんあって、みんなきれいなんだよ』
おはなばたけには、いちめんの蓮華草。紅紫色が、男の子と女の子を包み込んでくれています。
(本物のおはなも、すごくきれいだったけど……、この子は人間でも、おはなみたいにきれいで、やさしい子だなぁ)
◇
しばらく経ったある日。
茶色の髪の毛の男の子は、おともだちの紺色の髪の毛の男の子を連れて、あのおはなばたけまで、歩いていました。
「長次、おはなばたけは一体、どこにあるんだ?」
「もうちょっとだよ。小平太」
小平太と呼ばれた紺色の髪の毛の男の子は、おはなばたけはどこなのかと、眉をへの字にしています。
そして、長次と呼ばれた茶色の髪の毛の男の子は、おはなばたけに着いたと分かると、小平太に、ここがおはなばたけだと教えます。
「人間は、いないのか」
「人間じゃなくて……、あっ、〇〇ちゃん!」
おはなばたけには、長次が出会った女の子、○○がいました。
『長次くん』
ふにゃっと笑顔を見せると、長次も少しだけ嬉しそうにして、笑顔を見せました。
小平太は、何だか面白くなさそうだけど、一緒に○○の元へ向かいます。
『今日は、おともだちを連れてきたの?』
「前に話した、小平太だよ」
長次の隣に立っているのは、両腕を頭に組んで、○○を見つめる小平太。
『こんにちは、小平太くん』
○○があいさつをすると、小平太は腕を下ろして、ぶわっと毛並みを立たせ、狼の耳と尻尾を生やしたのです。
「こ、小平太!?」
友達の小平太が、いきなり耳と尻尾を生やすと、長次は驚いた声をあげて、○○の他の人間に見られていないか、おはなばたけを見渡しました。
良かった。○○以外には、だれも人間は居ません。
「がおっ」
人狼になった小平太は、○○の右腕を掴み出します。
大きく口を開けると、人間には生えていない鋭い牙が見えます。
「こわくないのか。私が噛んだら、お前なんかすぐにしんじゃうぞ」
言い慣れていない言葉をつかう小平太に、○○は言葉が出ません。
それを見ていた長次は、小平太の手を○○の腕から離して、ひきはがしました。
「止めてよっ。○○ちゃんに、ケガさせたら怒るよ」
「長次、怒るの?」
「怒るよ。小平太の事、嫌いになる」
「嫌いになるの!?」
友達の長次から、怒ったら嫌いになると言われて、小平太は大慌て。
「……こわがらせて、ごめんなさい」
じぃっと○○を見て、納得しているのか、していないのか、よく分からない顔をして、○○と向き合います。
『ううん。わたしは、だいじょうぶだよ』
「でも、○○ちゃんっ。小平太は、○○ちゃんにケガさせようとしたんだから、怒ってもいいんだよ」
「長次が、怒るんじゃないのか」
○○と長次がお話をしていると、小平太が入ってきます。
何だか、話がややこしくなってきました。
『だって、長次くんと小平太くんは、おともだちでしょ? それに、人間と狼さんは、あんまり仲良くしてないって聞いたから…、小平太くん、あんまりいい気持ちに、ならなかったのかなって』
長次と小平太は、昔からのおともだち。
長次と仲良くなったばかりの人間の○○を知って、人間なのに良い奴なのかと、優しい長次は、人間に騙されているんじゃないかと、こまかい事を思った小平太は、いい気持ちがしなかったのです。
「人間でも、長次のともだちなら、いいやつかもしれないな」
少しだけ笑顔を見せた小平太。
長次は、ほっぺた丸く膨らませて、怒りん坊。
「このおはなは、れんげそう?って言うのか」
『そうだよ。春のおはなで、とってもきれいなの』
「あぁ、きれいだ。長次が見ていた本にも、載っていたっけなぁ」
さっきまで、○○をけいかいしていた小平太も、すっかり仲直りして、仲良くお話しています。
◇
○○は、きょうも長次と小平太と、いつものおはなばたけであそびました。
○○の他に人間がいないのを気にしながら、三人は、かけっこをしたり、おはなをあつめたり、おはなしをして、あっという間におわかれの時間が来ました。
「じゃあね、○○ちゃん」
「またな、○○」
長次と小平太は、自分たちの住んでいる町に戻るため、森の中を歩いていきます。
『二人とも、ばいばい』
○○は、二人と反対方向に歩いて、お父さんとお母さんの待っているお家へと、帰っていくのです。
「○○、いいやつだなぁ」
「だから、言ったでしょ。○○ちゃんは、優しいんだって」
両腕を頭に組んで、にこにこと笑顔を見せた小平太に、長次は眉を下げて、言いました。
「長次ってば、○○に初めて会った日に帰ってきた時なんか、ぽーっとしてたからなぁ」
「ぽーっと?」
「あぁ。だから、私は○○に長次が騙されているんじゃないかと心配したんだぞ。でも、○○が優しい人間だったから、安心した!」
「そ、そっか」
小平太なりに、長次を心配していたのです。
それが分かって、長次は何だかくすぐったい気持ち。
「明日も、いけいけどんどんで、○○と遊ぶぞぉ!」
「あんまり無茶な事は、させないであげてね」
そんな話をしていると、二人の鼻が嫌な匂いを嗅ぎ取ってしまいます。
「嫌だなぁ、ちのにおいは」
「うん……」
自分達の仲間が、人間に狩られてしまったと分かると、二人の気持ちは沈んでしまいました。
早くお家に帰ろう。美味しいご飯を食べて、寝て、明日には○○と遊ぼう。
長次と小平太と、おわかれをした○○は、お父さんとお母さんの待つお家へと帰って来ました。
『ただいまぁ』
げんかんの扉を開けると、リビングには、お父さんとお母さんが居ました。
お母さんの手には、赤色の頭巾が握られています。
「おかえりなさい、○○」
お母さんは、赤色の頭巾を持ったまま、○○をお出迎えしました。
『お母さん。その赤色の頭巾、どうしたの?』
「これ? まちへ、お買い物に行ったら、○○に似合いそうだと思って、つい買っちゃったの」
○○と同じ背丈になるように、お母さんはその場にかがみます。
赤色の頭巾を○○に被せると、お母さんは満足気。
「うん。よく似合ってる」
赤色の頭巾を被せられた○○は、お母さんが嬉しそうな顔をしているのを見て、つられて笑います。
イスに座って二人を見守るお父さんも、微笑みを浮かべます。
◇
次の日。
○○はお母さんから貰った赤色の頭巾を被って、おはなばたけにやって来ました。
お母さんから貰ったと、長次と小平太におひろめしたかったのです。
『……遅いなぁ』
いくら待てども、長次と小平太は現れません。
そらの色が水色から、橙色に変わっても、その日は○○の前に二人は現れませんでした。
『お家で、何かあったのかなぁ』
つぎの日も、そのつぎの日も。
○○は二人を待ち続けましたが、狼の耳と尻尾を生やさなければ、自分と同じ人間の見た目をした、あたらしいおともだちは、○○の前に、あらわれる事は、ありませんでした。
(狼さんには、冬みたいにお休みがあったりするから、それで会いにこれないのかなぁ)
いちめんの蓮華草が、風に吹かれて揺れると、○○の被っている赤色の頭巾も、一緒にひらひらと揺れました。
同じように、森の近くに生えている茂みが風に吹かれて揺れると、二人の小さな少年のひとかげが見えてきます。
「○○ちゃん……」
「あの赤い頭巾のせいだ」
茂みの中から、○○を見つめていた長次と小平太です。
困り顔の長次と違って、赤色の頭巾を睨みつけている小平太。
「あれを被っているから、○○の所に行けない。なんか、こう…、すごく気持ち悪くなって、近づけない……っ」
鼻のきく長次と小平は、赤色の頭巾から毒草の匂いを嗅ぎ取ったのです。
その毒草は、鳥兜。狼が嫌う毒草の一つ。
○○は、赤色の頭巾を被っても無臭だから、何も感じ取れません。
しかし、長次と小平太は、頭巾に香り用として付けられた鳥兜の存在に気がつけば、○○に近づいて、話すら出来ないのです。
「とりかぶとは、むしゅうだって言うから、○○ちゃんは、何も気づいてなさそう」
「もしかすると、○○の御両親が、私達の存在に気がついたのかもしれん」
長次と小平太の中では、自分達の様な人狼をはじめとした人ならざる者が、"人間におそいかかる脅威のそんざい"という考えが、うえつけられている。それが、二人が抱く大人に対しての認識。
「○○ちゃんは、こわがっていなかったけど……、○○ちゃんのごりょうしんは、あんまりよく思っていないんだね」
自分達をこわがらない○○と遊んでいたばかりの日々で、長次は自分達が人間に受け入れられるばかりではないと、思い出してしまったのです。
「せっかく、仲良くなれたのにな」
ともだちの長次が悲しむのは嫌だけれど、新しいともだちの○○と遊べないのは、小平太も嫌。
どうしようか、どうしようかと頭を振り絞って、小平太は大きく口を開けました。
「長次、強くなろう!」
「へっ?」
「大人の人狼には、とりかぶとみたいな弱点の香りに強い方々も居た! だから、私達も強くなれば、きっとあんな頭巾に負けないで、また○○といっしょに遊べて、話も出来る!」
長次と小平太の住む町には、子供だけでなく、大人の人狼も居ます。
小平太は、自身の両親が弱点の毒草を克服しているのを知っているからか、自信満々に告げたのです。
「でも、小平太……強くなるって、何をするの?」
「うむ……、長次、私達には、ほかにも仲間がいるだろう」
小平太の言う仲間には、吸血鬼や包帯男のともだちがいます。
かれらの力を借りつつ、○○にまた会う為にと、小平太は強くなろうと話します。
「大丈夫、そう心配するな! 私達なら、できる!」
「……うんっ!」
手を取りあって、ぎゅっと強く握りしめます。
長次と小平太のしせんの先の、自分達がいつ来るのかと待ち続けている、いまいましい赤色の頭巾を被る○○の姿を映して。
赤ずきんちゃんと、異界への誘い
幾つもの時が過ぎ、春夏秋冬の四季を何度迎えたのか。
あれからすっかりと背丈は伸び、体つきも女性特有の柔らかな曲線を帯び、今では成人間際まで、成長を遂げる○○の被る赤色の頭巾は、春の木漏れ日を独りでに受け止める。
(今日も、いい天気だなぁ)
両親の見送りを受けながら、○○は町へと向かう。
数年前から、両親と共に続けている薬草の運び屋仕事は、今や彼女の生活の一部。
足取りも軽やかで、道端に咲く野の花や揺れる柳の葉に、自然と目を向けながら歩いた。
道すがら、盗賊や怪しい影に出くわす事もなく、子どもたちの笑い声や、店先で呼び込みをする人々の賑やかな声に包まれる町中へと、足を踏み入れる。
常連客の居る診療所に到着するや否や、木製の扉が小さな音を立てて、開かれる。
「あっ、○○ちゃん」
玄関から、ひょいと顔を覗かせたのは、この診療所にて非常勤医師を務める、伊作と呼ばれる青年。
『伊作くん、こんにちは』
「今日も、薬草を運びに来てくれたのかい?」
『えぇ。新野先生は、いらっしゃる?』
「丁度、診察中なんだ。もし良ければ、僕が代わりに預かるよ」
人当たりの良い笑みを浮かべた伊作に、○○は指定された薬草を渡そうとしたが、伊作のとある性質が過り、手が止まる。
「どうかした?」
『伊作くん。わたしも一緒に運ぶよ』
生まれながらの不運体質であり、伊作一人で薬草を運ばせる等したら、何が起きるか分からない。
そう思った○○の発言に、伊作本人もすぐに真意を読み解く。
「すまない、○○ちゃん。僕が不運なばかりに……」
『ううん、平気。それにしても、今日は留三郎くんは、いらっしゃらないのね』
「留三郎は、ここで働いている訳じゃないからね。あくまで、手伝いに来てくれる日があるってだけで」
留三郎とは、伊作と同い年の青年。
○○が運び屋の仕事で診療所を訪ねる際、たまに顔を合わせ、世間話をする。
診療所の看板や扉の立て付けの悪さを発見すると、修補する光景を見かけ、手先が器用なのだと○○は認識していた。
(仲の良い友達が居るのは、良いなぁ……)
伊作と留三郎の、長い時間で育まれた信頼関係。
その温かな絆を前にすると、○○は少し胸が締め付けられる。
自分はまだ実家に身を置き、両親の庇護の元で、決められた道を歩む。
対して伊作は、故郷に居ながらもこの診療所で働き、自立した足取りを見せており、嫌でも比較してしまう。
「○○ちゃん、大丈夫?」
伊作が、心配そうに顔を覗き込む。
両手は木製の盆で塞がれ、その上には湯呑みに注がれた番茶が湯気を立てている。
『ううん、なんでもないの』
「もしかしたら、少し疲れが溜まっているかもしれないね……良かったら、これ。いつものだけど」
差し出された湯呑みを手に取ると、ほのかに香ばしい香りが鼻をくすぐる。
よもぎの葉をひとひら加えた、伊作特製の番茶。
ほどよい苦味と、爽やかな渋みが舌に残り、心の奥まで染み渡っていく。
『美味しいっ』
「○○ちゃん、本当にこの番茶が好きだね」
自分が一から淹れ、提供した番茶を、ずずっと啜る○○を見ると、伊作の唇に柔らかな笑みが宿る。
◇
診療所での用を終え、帰路についた○○は、ふと道の脇に広がる風景に足を止める。
幼い日からずっと変わらずそこにある、蓮華草の花畑の姿。
『相変わらず、いつ見ても綺麗……』
紅紫の花々が一面を覆い尽くし、陽の光を受けて煌めく様は、この世のものとは思えぬ程の美しさを湛えている。
かつて、長次や小平太と駆け回ったこの花畑。
○○は今も足を運び、胸の奥で小さな期待を抱く。
もしかしたら、二人が再び姿を現すのではないかと。
だが、花畑はただ風に揺れ、甘い匂いを漂わせるばかり。
「やっぱり、いつ見ても綺麗だなぁ」
背後から、不意に耳に届いた男性の声。
少し濁りを帯びた低い響き。
○○が思わず振り返ったその瞬間、瞳に小さな光が宿り、一人の青年の姿に視線が吸い寄せられていた。
(もしかして……っ)
かつて見慣れた紺色の髪は、ひとつに結わえられてはいたものの、手入れを怠ったように乱れて、長く伸びた尾のように背へと垂れていた。
だが、特徴的な凛々しい眉、くりくりとした丸い瞳は昔のまま。
にぱっと弾ける笑みは、咲き誇る向日葵を連想させる。
更にそこから、幼少の頃の面影を、鮮やかに呼び起こす。
『こ、へいた……くん?』
胸の奥から零れた問いかけに、小平太は変わらぬ自信に満ちた笑みを浮かべたまま、こくりと頷いた。
「長次も一緒だぞ」
馴染み深いその名を聞いた途端、○○の瞳は、大きな光を帯びていく。
姿を現したのは、小平太よりも頭ひとつ高い、逞しい体躯の青年。
頬には鋭い傷跡が刻まれ、むすっとした表情の中にも、かつての気配がはっきりと宿っている、成長した長次の姿が。
「……」
ぼそぼそと、何やら声が聞こえてくると分かれば、○○は耳を傾けていく。
それが長次の声だと分かるのに時間がかかったものの、声変わりをして、小平太とは異なる男性の声色だと。
「○○」
低く掠れた声が風に乗って届く。耳慣れぬ響きに一瞬戸惑いながらも、その声音の奥に確かに幼馴染の長次を見出すと、胸が熱くなる。
互いの視線が重なり、離れるのを拒む様に結ばれた。
『長次くんだっ』
喜びを隠せぬ、ふにゃっとした笑顔と共に、○○は彼の名を呼ぶ。
春の風が柔らかく吹き抜け、蓮華草の花畑が波の様に揺れた。
紅紫の花々が揺れる光景は、まるで長き時を越えて巡り合った三人を祝福し、静かに、大きく揺れて。
「○○は、変わらないな」
小平太の視線の先にあるものは、幼少期の時期から被せられた赤色の頭巾。
成人間際を迎えた現在も、背丈に合わせて、新調した赤色の頭巾を母親から渡されている。
その事実は告げられてなくとも、○○は無性に気恥しくなってしまう。
『さ、流石に、もう被る年頃じゃないよね……』
赤色の頭巾に手をかけ、ぎゅっと力を込めると、細かい皺が出来上がる。
○○の顔は伏せられ、まるで長次と小平太に表情を悟られない様にと、自ら姿を隠している子供だ。
そんな時、○○よりも大きく、無骨な長次の手のひらが、赤色の頭巾の上に、少しの力を込め、そっと当てられた。
『ちょ、長次くん…?』
変わらず、むすっとした常の表情を見せる長次だが、頭巾の上に当てられた手のひらは、○○を安心させるかの様に、優しさが施されている様に思える。
「○○に似合う物は、いくらでもある」
同じく、小平太は快活な笑みを見せ、○○を安心させる言葉を放っていく。
「よし良かったら、私達の住む町に来ないか? ○○が足を運ぶ町では見られない、珍しいものが沢山あるんだ」
突然の誘いに、○○の胸は一瞬、ざわめいた。
幼い頃は、主にこの蓮華草の花畑で遊び、長次と小平太の住む街には一度も足を運んだことがなかった。
柔らかな風に揺れる花々の香りが、遠い記憶をそっと呼び覚ます。
そしてこの時、○○は、小平太が自分が足を運ぶ町の存在を何故、知っているのかと疑問に思わず、流してしまったのだ。
そして、忘れてはならない。
目の前にいる長次と小平太は一見、人間の容姿をしているが、その正体は人狼。
人ならざる者として、この世界に存在する彼等の住む町には、人狼以外の種族も居るのだと。
『二人の住んでいる町、気になるけど、人間のわたしが、足を運んでも大丈夫なの?』
いくら二人の古馴染みとはいえ、人間の○○が簡単に足を運んでいいのかと思いつつ、二人が住んでいる人ならざる者達の住む町が気になると、相反する思いを抱えており、その心は矛盾に満ちている。
「そう不安になるな。私達がついているから」
小平太の声は、柔らかく、確かな安心感を伴って○○の胸に届く。
彼は長次と同じように、そっと赤色の頭巾に手をかけ、優しく撫でる。
幼い頃には、赤色の頭巾を被りだした○○に触れる事も、近づく事さえ叶わなかった二人は、赤色の頭巾に微かに香る鳥兜に臆せず、けろりとした表情で○○の傍に寄り添う。
◇
日を跨ぎ、運び屋仕事が定休日という事を利用して、○○は長次と小平太の住む町へと、足を運ぶ。
「もうすぐ着くぞ」
木々の隙間からわずかに射し込む陽光の下、先頭を歩く小平太が、後ろを振り返りながら声を掛ける。
後方には長次が無言で控えており、二人が盾となり、○○を護衛している様にも見えてくる。
「ここだ」
低く、掠れた長次の声が聞こえ、森の出口に近づいたその瞬間、空気がぴんと張りつめ、景色がぐにゃりと歪んで見えた。
『わぁ……っ』
森を抜けた先に広がったのは、○○が想像していた禍々しい異界の町ではなかった。
空は清らかに青く広がり、木組みの家々が整然と並び、石畳の道は、陽の光を反射して柔らかく光り、どことなく古風な雰囲気も一緒に。
行き交う住民達は、それぞれの家々から姿を現し、穏やかに談笑している。
それでも、屋根の上に羽根を持つ者が腰を下ろしていたり、井戸端で尾を揺らす影が見えたり、密やかに光る瞳が軒下から覗く。怪異というより、自然に暮らしへ溶け込んでいた。
『わたしの住んでいる場所と、あんまり変わらないんだね』
○○の呟いた声は、本人も内心、驚いてしまう程、安堵を含んでいた。
「まぁ、そうだな」
遠方から、わいわいと賑やかな声が聞こえてくると、白布を被り、お化けに扮した三人組の少年達の背中を捉える。
橙色の髪に、丸い眼鏡を掛けて。
紺色の髪に、八重歯が特徴的。
黒髪に、まんまるな顔に鼻水が垂れている。
○○の住む町では見かけた事の無い少年達。
「長次、小平太。帰って来てたんだね」
少年達の喧噪に紛れて、聞き慣れた声が響いた瞬間、○○の胸が跳ねる。
思わず大きく目を見開き、声のした方へ顔を向ける。
『い、伊作くんっ!?』
診療所で、非常勤医師を務めている筈の伊作が変わらぬ様子で、柔らかな笑みを作る。
「やぁ、○○ちゃん」
ひとつに結わえていた茶色の髪は解け、肩に流れる乱雑な髪筋。
服の隙間から覗く白い布。腕や首、胸元に巻かれた包帯が、彼の姿を"包帯男"と、本来の姿へと変えていたのだ。
『伊作くん、診療所のお医者さんじゃなかったの?』
「あの診療所で医者をしているのは、そうだけどね。新野先生が、人ならざる者の僕を雇ってくれたんだ」
『へっ?』
素っ頓狂な声が、その場であがる。
朗らかで、人当たりの良さそうな、穏やかという言葉が似合う新野洋一の姿が浮かぶ。
「伊作の通っている診療所の新野先生という御方は、私達の存在に理解があるらしい」
いつになく静かにしていた小平太が、会話に割り込み、助け舟を出すように言葉を添えた。
「○○がよく足を運んでいると、伊作から聞かされていた」
「昔から、長次と小平太はよく○○ちゃんの話をしていたからね」
長次と伊作の会話が自然に弾む。
その光景を眺めながら、○○は胸の奥に、ふと過ぎる。
やっぱり人間は、彼等からすると珍しい存在なんだと。あくまで、それは○○の中での思い。
「よしっ。じゃあ早速、私の家に向かうとするか!」
厠に行こうと何気なく言い放つ雰囲気に近く、当たり前で、さり気ない物言いをした小平太に、○○は流されそうになったものの、「ん?」と眉を顰める。
「小平太の御家は、町の少し外れた場所にあるから、すぐ分かる筈だよ」
さも当然のように笑みを浮かべながら、伊作が森の奥へと続く道を示す。
その声に導かれ、○○はふと立ち止まろうとしたものの、小平太の大きな手に引かれ、足を前へ進めさせられた。
森は、湿気を孕んだ空気に包まれ、風が吹く度に、ざわざわと囁くように木の葉が擦れ合う。
人ならざるものの気配を孕んでいるかのよう。
「留三郎にも、よろしく伝えておくからねー」
後方から、軽やかに手を振る伊作の声。
知った名を耳にした瞬間、○○の胸に驚きが走る。
彼もまた人ならざる者なのだったのかと。
けれど、伊作と幼馴染という関係なら、当然なんだとの心のどこかで割り切るしかない。
「珍しく客人じゃないか」
道なりを進んでいた三人の頭上から、森の静けさを裂き、頭上から声が落ちてきた。
『えっ?』
その瞬間、木々の影を切り裂く俊敏な気配が降り立ち、○○の視界に二つの影が躍り出る。
「その人が、お前達二人が昔から話していた○○さんという方か」
「あぁ」
二人組の内の一人、女性と見間違える美麗さを誇る男性の問いに、小平太が簡潔に答える。
その口元から、一瞬だけ細く鋭い牙が覗き、白く光った光景が○○の瞳に焼き付く。
「若い女性の血は、我ら"吸血鬼"の長寿の秘訣とも言われているが、長次と小平太の知り合いならば、ここは諦めよう」
ふふっと、妖艶な微笑みを浮かべる。
一見、女性の様だと勘違いを起こすものの、骨格や喉仏等に目を凝らして見れば、彼もまた男性であると見分けがつく。
「仙蔵。血が欲しいのなら、"とまとじゅーす"とやらで、我慢してくれ」
あっけらかんとした笑顔で言い放つと、長髪の隙間から毛並みがぶわっと逆立ち、頭部からは鋭い耳、衣服の裾から尻尾が飛び出す。
(トマトって、わたしの住んでいる町で、たまに売られている……希少価値だからって、あんまり買った事も食べた事もないけれど)
「仙蔵。お前、これから仕事の時間だろ。こんな所で世間話なんかしてて、いいのかよ」
隣に立つ、文次郎と呼ばれる男に声を掛けられるも、仙蔵は涼しい顔を崩さない。
「心配は、無用だ」
その言葉と共に、仙蔵の姿が掻き消えた。最初から、何も存在しなかったかのように。
「で、そちらの方が、お前ら二人の知り合いって訳だな?」
「そうだ。すまんが、文次郎。今日は、お前の鍛錬に付き合っている時間は無いんだ。また今度な」
「その間に、腕を鈍らすなよ」
「なははっ。勿論、そのつもりだ」
小平太の笑顔に、文次郎は鋭い目を細め、必要以上に詮索をせず、闇に溶けて沈んだ。
その一瞬の出来事に、○○は何度も目を擦るが、鬱蒼とした森は静まり返ったまま。
「あの二人は、○○に危害を及ぼす奴等ではない」
しんと静まり返った森の中では、長次の声が先程よりも響く。
吸血鬼と呼ばれる種族の文次郎と仙蔵に遭遇し、自分のような若い女性の血が好ましいという発言を聞かされたばかりに、○○が臆しているのではないのかと、気遣いを見せたのだ。
「文次郎は、ああ見えてギンギンに吸血鬼をしているし、仙蔵も完璧な吸血鬼を作っているだけに過ぎん。まぁ、それが良い所でもあるけどな」
小平太もまた、普段と変わらぬ調子で言葉を継ぐ。
その声音に焦りはなく、むしろ二人の本質を理解している者としての落ち着きが滲んでいた。
「おっ、着いたな」
軽い声に我に返り、顔を上げた○○の目に飛び込んできたのは、木立を押しのけるように姿を現す屋敷。
町の外れと聞いていたのに、隠されるどころか異様に目立つ佇まい。
黒ずんだ木材で組まれた大きな屋根が、森と同化しながらも異質な存在感を放つ。
「○○。ここから先は、その赤い頭巾を外した方がいい」
小平太の視線が、彼女の頭と顔の輪郭を覆う赤色の頭巾に注がれる。
「この先にはな、私に負けず劣らずのわんぱくで可愛い奴等が待っている」
口角を上げ、獣めいた笑みを浮かべる。
わざわざ、そう言ってきたのだから、何かあるのだろうと○○は、赤色の頭巾に手をかけ、外した。
頭巾によって隠された髪の毛先が、ふわりと浮いた。
同じく、隠されていた顔の輪郭も露わになり、はっきりと映し出されて。
◇
"私に負けず劣らずのわんぱくな奴等"。
結論を言えば、小平太とよく似た顔をした七人の弟妹達。年や背丈こそ異なれど、瞳の色や笑い方までも兄に似通っていた。
○○へ近寄り、興味津々に顔を覗き込み、袖を引っ張り、腕へ齧りつこうとする。
それを見た兄の小平太から、自分の友人だから仲良くしろと宥められ、頭を撫でられて、仲のいい理想の家族愛の光景が広がっていく。
しかし、それも束の間。
温和な空気も長くは続かず、弟妹達に囲まれると、雪崩のように○○と長次、兄の小平太の元に飛び込んでは、揉みくちゃにして、遊びと称した戯れをようやく終わりを告げた。
(凄い疲れたけど……、子供の寝ている所は、やっぱり可愛いなぁ)
屋敷内の一室にて、長布団を体の上に敷かれた弟妹達は、すやすやと寝息を立て、眠りについている。
今頃、夢の世界でも遊びと称した戯れに励んでいるだろう。
「弟妹達を交えたとはいえ、こうして三人で遊んだのは、随分と久し振りだなぁ」
弟妹たちを眺めていた小平太が、声を漏らす。
○○の心には、幼い日の記憶が呼び覚まされ、蓮華草の花畑の光景が浮かぶ。
長次と小平太と一緒に、ただ駆け回って笑っていたあの時間と、花の匂いと風の温かさが胸の奥に蘇る。
『久し振りに、二人に会えたっていうのに…、話したい事もあったのに、何でか出てこないや』
診療所で交流のあった伊作を通して、○○の様子を把握していた長次と小平太と異なり、○○の中には、長い空白の時間が存在していた。
自分の身の回りに起きた些細な事を話せる様にと準備をしていた筈が、いざ本人達を前にすると、それを言葉にして出すのが難しい。
「そう細かい事を気にするな。これからまた、思い出は作っていけばいいんだ」
陽気かつ前向きな発言をする小平太に同調するように、目を瞑っている長次が静かに、だが力強く頷く。
『それにしても、長次くんと小平太くん、背丈が随分と大きくなったよね』
伊作、文次郎、仙蔵の三人よりも、目の前にいる二人の背丈は一際、大きかった。
そして広い肩幅と分厚い胸板、衣服の下に潜む筋肉の陰影。幼き日の面影を残しながらも、年月を重ねてきた事を示している。
「強くなったからな」
『それに力も強そうで、凄い頑張ったんだね』
幼少期、自分の前から姿を消した長次と小平太が、どのような思いを抱いて、強くなると決心したのかを○○は知らない。
さり気なく言い放った言葉から、自らの被っている赤色の頭巾の仄かな香りがもたらす効果を、○○は今でも把握していないと、長次と小平太は察する。
「強くならなければ、守るべき者を守れない」
○○と、小平太の弟妹達を交互に見ては、長次の低く掠れた顔が聞こえた。
「今は、小平太の元で世話になっているから尚更、そう思う」
必要最低限の言葉だけであったものの、○○はそれ以上、何があったのかと問いかけはしない。
言い換えるならば、出来なかった。
当たり前のように、小平太の住処に足を踏み入れても、弟妹達は警戒心すら見せず、親しみを込めて、長次おにいちゃんと呼び、慕っていた。
その関係性に至るには、それなりの年月が必要であるからと。
『かっこいいね』
ふにゃっと笑みを浮かべ、それを見た長次は、むすっとして顔を逸らしつつも、頬が紅潮している。
分かりやすく感情が表出していると、長次の隣に座る小平太は、じぃっと視線を注ぐ。
「○○は、綺麗に成長したな」
自らの容姿に対して、嘘偽りなく、はっきりとそう告げた小平太に、今度は○○が視線を泳がせて、返答に困る。
幼少期の時から、現在まで被り続けている赤色の頭巾は些か子供じみており、今の窮屈な生活を送っている烙印を刻まれていると思いつつ、それでも目の前に居る友達は、こうして褒めてくれるのが、何だかこそばゆい。
『あ、ありがとう……わたし、長次くんと小平太くんにまた会えて、この場所にも来れて、良かったって思うよ』
その発言を皮切りに、長次と小平太に自分の身の回りに起きた出来事等を、少しずつ話し出していく。
現在も実家に身を置き、運び屋仕事に勤しんでいる。
常連客の居る診療所で、伊作と知り合い、彼特製の番茶が好みだと。
赤色の頭巾を今でも被らされて。
そして両親は、幼少期の頃から人ならざる者への恐怖心が、付近に住む人達よりも人一倍強く、盲信じみていると。
「がおっ」
話の途中で、布団にくるまって眠りについていた筈の弟妹達が、眠い目を擦りながらも、小平太とよく似た髪を逆立たせている。
「どうした、お前達っ」
○○の話を長次と共に聞いていた小平太は、弟妹達の異変に驚きつつ、寄り添う姿勢を忘れない。
「ないてるっ」
「おねえちゃん、なかせたにんげん、いるっ」
皆、同じような言葉を口にする。目の前に座っている○○は、一滴の涙を流していない。
ならば、○○のどこから涙が流れているのかと思う小平太だったが、弟妹達の"とある能力"を思い出し、それを駆使したのだと分かれば、安心させるかのように、背中をとんとんと叩き、穏やかな笑みを見せる。
(私の可愛い弟妹達は、相手の気持ちを思いやり、感じ取れる良い子達だったな)
その姿を後ろから眺めていた○○は、何事なのかと心配になるも、長次に遮られた。
「大丈夫だ、○○」
不安げな表情を見せる○○の次に、忌々しい赤色の頭巾に目を向けた長次は、自身の手の先に生えている鋭い爪を光らせる。
◇
続き→赤ずきんちゃんと人狼 後編(中在家・七松 R15)
.
タイトル:赤ずきんの夢主は、人狼の中在家長次と七松小平太に、昔からずっと愛され続けていたらしい
◆名前変換夢の為、名前入力を推奨。
◆三人称(神の目線)視点で進みます。
◆上記の描写や関係が地雷の方は、ブラウザバック推奨。
◆既存キャラの解釈違い(口調や性格)が出てくると思われますので予め、ご了承下さい。
◆非倫理的な場面(差別的な描写が少々)が登場します。不快に感じられた方は、ブラウザバック推奨。
夢主の簡単な設定
・成人済(室町時代後期に準ずる為、十五歳前後)。
・実家で暮らしており、どこか窮屈な生活を送っている。
・ある時期から、赤色が特徴的な頭巾を被っている。
・
赤ずきんちゃんと人狼
むかしむかし、春の日。
おはなばたけに現れたのは、ひとりの男の子。
茶色の髪の毛に、ほがらかな笑顔がとくちょう。
「ここが、おはなばたけかぁ」
男の子は、このおはなばたけにを見に、とおい町からひとりで、あるいてきました。
「きれいだなぁ」
きょろきょろと、だれもいないか見て、男の子は、おはなばたけに近づきます。
本で見るよりも、きれいな花々が咲いていたのです。
『あれ?』
そんな時、女の子の声が聞こえてきました。
「うわぁ!」
だれもいないと思っていたのに、男の子は驚いて、飛び上がりました。
すると、なんてことでしょう。
ちゃいろの髪の毛の上に、ぴょこっと狼の耳が生えて、おしりから、尻尾まで現れて、そこには人狼の姿が。
「あ、あわわ……っ」
耳と尻尾に手を当てても、女の子には丸見え。
人間に見られたら、だめだと言われていた男の子は、どうしよう、どうしようと考えます。
『あなた……狼さんなの?』
男の子は、女の子の反応を見ると、おどろいた声をあげて、耳と尻尾に当てた手をおろします。
「こ、こ、こわくないの……?」
『はじめてみたから、あんまりこわいって思わないのかな』
はにかんだ笑みを見せた女の子に、男の子は、ぽおっとほっぺが赤くなりました。
人間は、男の子みたいな少し変わった生き物を見ると、驚いて、怖がって、攻撃をする生き物。
でも、目の前に居る女の子は、そんな反応もみせないで、ふつうに男の子に話しかけていたのです。
『ここの、おはなばたけを見に来たの?』
「う、うんっ。本物のおはなって、本で見るよりも、ずっときれいなんだね」
『おはなってね、たくさんあって、みんなきれいなんだよ』
おはなばたけには、いちめんの蓮華草。紅紫色が、男の子と女の子を包み込んでくれています。
(本物のおはなも、すごくきれいだったけど……、この子は人間でも、おはなみたいにきれいで、やさしい子だなぁ)
◇
しばらく経ったある日。
茶色の髪の毛の男の子は、おともだちの紺色の髪の毛の男の子を連れて、あのおはなばたけまで、歩いていました。
「長次、おはなばたけは一体、どこにあるんだ?」
「もうちょっとだよ。小平太」
小平太と呼ばれた紺色の髪の毛の男の子は、おはなばたけはどこなのかと、眉をへの字にしています。
そして、長次と呼ばれた茶色の髪の毛の男の子は、おはなばたけに着いたと分かると、小平太に、ここがおはなばたけだと教えます。
「人間は、いないのか」
「人間じゃなくて……、あっ、〇〇ちゃん!」
おはなばたけには、長次が出会った女の子、○○がいました。
『長次くん』
ふにゃっと笑顔を見せると、長次も少しだけ嬉しそうにして、笑顔を見せました。
小平太は、何だか面白くなさそうだけど、一緒に○○の元へ向かいます。
『今日は、おともだちを連れてきたの?』
「前に話した、小平太だよ」
長次の隣に立っているのは、両腕を頭に組んで、○○を見つめる小平太。
『こんにちは、小平太くん』
○○があいさつをすると、小平太は腕を下ろして、ぶわっと毛並みを立たせ、狼の耳と尻尾を生やしたのです。
「こ、小平太!?」
友達の小平太が、いきなり耳と尻尾を生やすと、長次は驚いた声をあげて、○○の他の人間に見られていないか、おはなばたけを見渡しました。
良かった。○○以外には、だれも人間は居ません。
「がおっ」
人狼になった小平太は、○○の右腕を掴み出します。
大きく口を開けると、人間には生えていない鋭い牙が見えます。
「こわくないのか。私が噛んだら、お前なんかすぐにしんじゃうぞ」
言い慣れていない言葉をつかう小平太に、○○は言葉が出ません。
それを見ていた長次は、小平太の手を○○の腕から離して、ひきはがしました。
「止めてよっ。○○ちゃんに、ケガさせたら怒るよ」
「長次、怒るの?」
「怒るよ。小平太の事、嫌いになる」
「嫌いになるの!?」
友達の長次から、怒ったら嫌いになると言われて、小平太は大慌て。
「……こわがらせて、ごめんなさい」
じぃっと○○を見て、納得しているのか、していないのか、よく分からない顔をして、○○と向き合います。
『ううん。わたしは、だいじょうぶだよ』
「でも、○○ちゃんっ。小平太は、○○ちゃんにケガさせようとしたんだから、怒ってもいいんだよ」
「長次が、怒るんじゃないのか」
○○と長次がお話をしていると、小平太が入ってきます。
何だか、話がややこしくなってきました。
『だって、長次くんと小平太くんは、おともだちでしょ? それに、人間と狼さんは、あんまり仲良くしてないって聞いたから…、小平太くん、あんまりいい気持ちに、ならなかったのかなって』
長次と小平太は、昔からのおともだち。
長次と仲良くなったばかりの人間の○○を知って、人間なのに良い奴なのかと、優しい長次は、人間に騙されているんじゃないかと、こまかい事を思った小平太は、いい気持ちがしなかったのです。
「人間でも、長次のともだちなら、いいやつかもしれないな」
少しだけ笑顔を見せた小平太。
長次は、ほっぺた丸く膨らませて、怒りん坊。
「このおはなは、れんげそう?って言うのか」
『そうだよ。春のおはなで、とってもきれいなの』
「あぁ、きれいだ。長次が見ていた本にも、載っていたっけなぁ」
さっきまで、○○をけいかいしていた小平太も、すっかり仲直りして、仲良くお話しています。
◇
○○は、きょうも長次と小平太と、いつものおはなばたけであそびました。
○○の他に人間がいないのを気にしながら、三人は、かけっこをしたり、おはなをあつめたり、おはなしをして、あっという間におわかれの時間が来ました。
「じゃあね、○○ちゃん」
「またな、○○」
長次と小平太は、自分たちの住んでいる町に戻るため、森の中を歩いていきます。
『二人とも、ばいばい』
○○は、二人と反対方向に歩いて、お父さんとお母さんの待っているお家へと、帰っていくのです。
「○○、いいやつだなぁ」
「だから、言ったでしょ。○○ちゃんは、優しいんだって」
両腕を頭に組んで、にこにこと笑顔を見せた小平太に、長次は眉を下げて、言いました。
「長次ってば、○○に初めて会った日に帰ってきた時なんか、ぽーっとしてたからなぁ」
「ぽーっと?」
「あぁ。だから、私は○○に長次が騙されているんじゃないかと心配したんだぞ。でも、○○が優しい人間だったから、安心した!」
「そ、そっか」
小平太なりに、長次を心配していたのです。
それが分かって、長次は何だかくすぐったい気持ち。
「明日も、いけいけどんどんで、○○と遊ぶぞぉ!」
「あんまり無茶な事は、させないであげてね」
そんな話をしていると、二人の鼻が嫌な匂いを嗅ぎ取ってしまいます。
「嫌だなぁ、ちのにおいは」
「うん……」
自分達の仲間が、人間に狩られてしまったと分かると、二人の気持ちは沈んでしまいました。
早くお家に帰ろう。美味しいご飯を食べて、寝て、明日には○○と遊ぼう。
長次と小平太と、おわかれをした○○は、お父さんとお母さんの待つお家へと帰って来ました。
『ただいまぁ』
げんかんの扉を開けると、リビングには、お父さんとお母さんが居ました。
お母さんの手には、赤色の頭巾が握られています。
「おかえりなさい、○○」
お母さんは、赤色の頭巾を持ったまま、○○をお出迎えしました。
『お母さん。その赤色の頭巾、どうしたの?』
「これ? まちへ、お買い物に行ったら、○○に似合いそうだと思って、つい買っちゃったの」
○○と同じ背丈になるように、お母さんはその場にかがみます。
赤色の頭巾を○○に被せると、お母さんは満足気。
「うん。よく似合ってる」
赤色の頭巾を被せられた○○は、お母さんが嬉しそうな顔をしているのを見て、つられて笑います。
イスに座って二人を見守るお父さんも、微笑みを浮かべます。
◇
次の日。
○○はお母さんから貰った赤色の頭巾を被って、おはなばたけにやって来ました。
お母さんから貰ったと、長次と小平太におひろめしたかったのです。
『……遅いなぁ』
いくら待てども、長次と小平太は現れません。
そらの色が水色から、橙色に変わっても、その日は○○の前に二人は現れませんでした。
『お家で、何かあったのかなぁ』
つぎの日も、そのつぎの日も。
○○は二人を待ち続けましたが、狼の耳と尻尾を生やさなければ、自分と同じ人間の見た目をした、あたらしいおともだちは、○○の前に、あらわれる事は、ありませんでした。
(狼さんには、冬みたいにお休みがあったりするから、それで会いにこれないのかなぁ)
いちめんの蓮華草が、風に吹かれて揺れると、○○の被っている赤色の頭巾も、一緒にひらひらと揺れました。
同じように、森の近くに生えている茂みが風に吹かれて揺れると、二人の小さな少年のひとかげが見えてきます。
「○○ちゃん……」
「あの赤い頭巾のせいだ」
茂みの中から、○○を見つめていた長次と小平太です。
困り顔の長次と違って、赤色の頭巾を睨みつけている小平太。
「あれを被っているから、○○の所に行けない。なんか、こう…、すごく気持ち悪くなって、近づけない……っ」
鼻のきく長次と小平は、赤色の頭巾から毒草の匂いを嗅ぎ取ったのです。
その毒草は、鳥兜。狼が嫌う毒草の一つ。
○○は、赤色の頭巾を被っても無臭だから、何も感じ取れません。
しかし、長次と小平太は、頭巾に香り用として付けられた鳥兜の存在に気がつけば、○○に近づいて、話すら出来ないのです。
「とりかぶとは、むしゅうだって言うから、○○ちゃんは、何も気づいてなさそう」
「もしかすると、○○の御両親が、私達の存在に気がついたのかもしれん」
長次と小平太の中では、自分達の様な人狼をはじめとした人ならざる者が、"人間におそいかかる脅威のそんざい"という考えが、うえつけられている。それが、二人が抱く大人に対しての認識。
「○○ちゃんは、こわがっていなかったけど……、○○ちゃんのごりょうしんは、あんまりよく思っていないんだね」
自分達をこわがらない○○と遊んでいたばかりの日々で、長次は自分達が人間に受け入れられるばかりではないと、思い出してしまったのです。
「せっかく、仲良くなれたのにな」
ともだちの長次が悲しむのは嫌だけれど、新しいともだちの○○と遊べないのは、小平太も嫌。
どうしようか、どうしようかと頭を振り絞って、小平太は大きく口を開けました。
「長次、強くなろう!」
「へっ?」
「大人の人狼には、とりかぶとみたいな弱点の香りに強い方々も居た! だから、私達も強くなれば、きっとあんな頭巾に負けないで、また○○といっしょに遊べて、話も出来る!」
長次と小平太の住む町には、子供だけでなく、大人の人狼も居ます。
小平太は、自身の両親が弱点の毒草を克服しているのを知っているからか、自信満々に告げたのです。
「でも、小平太……強くなるって、何をするの?」
「うむ……、長次、私達には、ほかにも仲間がいるだろう」
小平太の言う仲間には、吸血鬼や包帯男のともだちがいます。
かれらの力を借りつつ、○○にまた会う為にと、小平太は強くなろうと話します。
「大丈夫、そう心配するな! 私達なら、できる!」
「……うんっ!」
手を取りあって、ぎゅっと強く握りしめます。
長次と小平太のしせんの先の、自分達がいつ来るのかと待ち続けている、いまいましい赤色の頭巾を被る○○の姿を映して。
赤ずきんちゃんと、異界への誘い
幾つもの時が過ぎ、春夏秋冬の四季を何度迎えたのか。
あれからすっかりと背丈は伸び、体つきも女性特有の柔らかな曲線を帯び、今では成人間際まで、成長を遂げる○○の被る赤色の頭巾は、春の木漏れ日を独りでに受け止める。
(今日も、いい天気だなぁ)
両親の見送りを受けながら、○○は町へと向かう。
数年前から、両親と共に続けている薬草の運び屋仕事は、今や彼女の生活の一部。
足取りも軽やかで、道端に咲く野の花や揺れる柳の葉に、自然と目を向けながら歩いた。
道すがら、盗賊や怪しい影に出くわす事もなく、子どもたちの笑い声や、店先で呼び込みをする人々の賑やかな声に包まれる町中へと、足を踏み入れる。
常連客の居る診療所に到着するや否や、木製の扉が小さな音を立てて、開かれる。
「あっ、○○ちゃん」
玄関から、ひょいと顔を覗かせたのは、この診療所にて非常勤医師を務める、伊作と呼ばれる青年。
『伊作くん、こんにちは』
「今日も、薬草を運びに来てくれたのかい?」
『えぇ。新野先生は、いらっしゃる?』
「丁度、診察中なんだ。もし良ければ、僕が代わりに預かるよ」
人当たりの良い笑みを浮かべた伊作に、○○は指定された薬草を渡そうとしたが、伊作のとある性質が過り、手が止まる。
「どうかした?」
『伊作くん。わたしも一緒に運ぶよ』
生まれながらの不運体質であり、伊作一人で薬草を運ばせる等したら、何が起きるか分からない。
そう思った○○の発言に、伊作本人もすぐに真意を読み解く。
「すまない、○○ちゃん。僕が不運なばかりに……」
『ううん、平気。それにしても、今日は留三郎くんは、いらっしゃらないのね』
「留三郎は、ここで働いている訳じゃないからね。あくまで、手伝いに来てくれる日があるってだけで」
留三郎とは、伊作と同い年の青年。
○○が運び屋の仕事で診療所を訪ねる際、たまに顔を合わせ、世間話をする。
診療所の看板や扉の立て付けの悪さを発見すると、修補する光景を見かけ、手先が器用なのだと○○は認識していた。
(仲の良い友達が居るのは、良いなぁ……)
伊作と留三郎の、長い時間で育まれた信頼関係。
その温かな絆を前にすると、○○は少し胸が締め付けられる。
自分はまだ実家に身を置き、両親の庇護の元で、決められた道を歩む。
対して伊作は、故郷に居ながらもこの診療所で働き、自立した足取りを見せており、嫌でも比較してしまう。
「○○ちゃん、大丈夫?」
伊作が、心配そうに顔を覗き込む。
両手は木製の盆で塞がれ、その上には湯呑みに注がれた番茶が湯気を立てている。
『ううん、なんでもないの』
「もしかしたら、少し疲れが溜まっているかもしれないね……良かったら、これ。いつものだけど」
差し出された湯呑みを手に取ると、ほのかに香ばしい香りが鼻をくすぐる。
よもぎの葉をひとひら加えた、伊作特製の番茶。
ほどよい苦味と、爽やかな渋みが舌に残り、心の奥まで染み渡っていく。
『美味しいっ』
「○○ちゃん、本当にこの番茶が好きだね」
自分が一から淹れ、提供した番茶を、ずずっと啜る○○を見ると、伊作の唇に柔らかな笑みが宿る。
◇
診療所での用を終え、帰路についた○○は、ふと道の脇に広がる風景に足を止める。
幼い日からずっと変わらずそこにある、蓮華草の花畑の姿。
『相変わらず、いつ見ても綺麗……』
紅紫の花々が一面を覆い尽くし、陽の光を受けて煌めく様は、この世のものとは思えぬ程の美しさを湛えている。
かつて、長次や小平太と駆け回ったこの花畑。
○○は今も足を運び、胸の奥で小さな期待を抱く。
もしかしたら、二人が再び姿を現すのではないかと。
だが、花畑はただ風に揺れ、甘い匂いを漂わせるばかり。
「やっぱり、いつ見ても綺麗だなぁ」
背後から、不意に耳に届いた男性の声。
少し濁りを帯びた低い響き。
○○が思わず振り返ったその瞬間、瞳に小さな光が宿り、一人の青年の姿に視線が吸い寄せられていた。
(もしかして……っ)
かつて見慣れた紺色の髪は、ひとつに結わえられてはいたものの、手入れを怠ったように乱れて、長く伸びた尾のように背へと垂れていた。
だが、特徴的な凛々しい眉、くりくりとした丸い瞳は昔のまま。
にぱっと弾ける笑みは、咲き誇る向日葵を連想させる。
更にそこから、幼少の頃の面影を、鮮やかに呼び起こす。
『こ、へいた……くん?』
胸の奥から零れた問いかけに、小平太は変わらぬ自信に満ちた笑みを浮かべたまま、こくりと頷いた。
「長次も一緒だぞ」
馴染み深いその名を聞いた途端、○○の瞳は、大きな光を帯びていく。
姿を現したのは、小平太よりも頭ひとつ高い、逞しい体躯の青年。
頬には鋭い傷跡が刻まれ、むすっとした表情の中にも、かつての気配がはっきりと宿っている、成長した長次の姿が。
「……」
ぼそぼそと、何やら声が聞こえてくると分かれば、○○は耳を傾けていく。
それが長次の声だと分かるのに時間がかかったものの、声変わりをして、小平太とは異なる男性の声色だと。
「○○」
低く掠れた声が風に乗って届く。耳慣れぬ響きに一瞬戸惑いながらも、その声音の奥に確かに幼馴染の長次を見出すと、胸が熱くなる。
互いの視線が重なり、離れるのを拒む様に結ばれた。
『長次くんだっ』
喜びを隠せぬ、ふにゃっとした笑顔と共に、○○は彼の名を呼ぶ。
春の風が柔らかく吹き抜け、蓮華草の花畑が波の様に揺れた。
紅紫の花々が揺れる光景は、まるで長き時を越えて巡り合った三人を祝福し、静かに、大きく揺れて。
「○○は、変わらないな」
小平太の視線の先にあるものは、幼少期の時期から被せられた赤色の頭巾。
成人間際を迎えた現在も、背丈に合わせて、新調した赤色の頭巾を母親から渡されている。
その事実は告げられてなくとも、○○は無性に気恥しくなってしまう。
『さ、流石に、もう被る年頃じゃないよね……』
赤色の頭巾に手をかけ、ぎゅっと力を込めると、細かい皺が出来上がる。
○○の顔は伏せられ、まるで長次と小平太に表情を悟られない様にと、自ら姿を隠している子供だ。
そんな時、○○よりも大きく、無骨な長次の手のひらが、赤色の頭巾の上に、少しの力を込め、そっと当てられた。
『ちょ、長次くん…?』
変わらず、むすっとした常の表情を見せる長次だが、頭巾の上に当てられた手のひらは、○○を安心させるかの様に、優しさが施されている様に思える。
「○○に似合う物は、いくらでもある」
同じく、小平太は快活な笑みを見せ、○○を安心させる言葉を放っていく。
「よし良かったら、私達の住む町に来ないか? ○○が足を運ぶ町では見られない、珍しいものが沢山あるんだ」
突然の誘いに、○○の胸は一瞬、ざわめいた。
幼い頃は、主にこの蓮華草の花畑で遊び、長次と小平太の住む街には一度も足を運んだことがなかった。
柔らかな風に揺れる花々の香りが、遠い記憶をそっと呼び覚ます。
そしてこの時、○○は、小平太が自分が足を運ぶ町の存在を何故、知っているのかと疑問に思わず、流してしまったのだ。
そして、忘れてはならない。
目の前にいる長次と小平太は一見、人間の容姿をしているが、その正体は人狼。
人ならざる者として、この世界に存在する彼等の住む町には、人狼以外の種族も居るのだと。
『二人の住んでいる町、気になるけど、人間のわたしが、足を運んでも大丈夫なの?』
いくら二人の古馴染みとはいえ、人間の○○が簡単に足を運んでいいのかと思いつつ、二人が住んでいる人ならざる者達の住む町が気になると、相反する思いを抱えており、その心は矛盾に満ちている。
「そう不安になるな。私達がついているから」
小平太の声は、柔らかく、確かな安心感を伴って○○の胸に届く。
彼は長次と同じように、そっと赤色の頭巾に手をかけ、優しく撫でる。
幼い頃には、赤色の頭巾を被りだした○○に触れる事も、近づく事さえ叶わなかった二人は、赤色の頭巾に微かに香る鳥兜に臆せず、けろりとした表情で○○の傍に寄り添う。
◇
日を跨ぎ、運び屋仕事が定休日という事を利用して、○○は長次と小平太の住む町へと、足を運ぶ。
「もうすぐ着くぞ」
木々の隙間からわずかに射し込む陽光の下、先頭を歩く小平太が、後ろを振り返りながら声を掛ける。
後方には長次が無言で控えており、二人が盾となり、○○を護衛している様にも見えてくる。
「ここだ」
低く、掠れた長次の声が聞こえ、森の出口に近づいたその瞬間、空気がぴんと張りつめ、景色がぐにゃりと歪んで見えた。
『わぁ……っ』
森を抜けた先に広がったのは、○○が想像していた禍々しい異界の町ではなかった。
空は清らかに青く広がり、木組みの家々が整然と並び、石畳の道は、陽の光を反射して柔らかく光り、どことなく古風な雰囲気も一緒に。
行き交う住民達は、それぞれの家々から姿を現し、穏やかに談笑している。
それでも、屋根の上に羽根を持つ者が腰を下ろしていたり、井戸端で尾を揺らす影が見えたり、密やかに光る瞳が軒下から覗く。怪異というより、自然に暮らしへ溶け込んでいた。
『わたしの住んでいる場所と、あんまり変わらないんだね』
○○の呟いた声は、本人も内心、驚いてしまう程、安堵を含んでいた。
「まぁ、そうだな」
遠方から、わいわいと賑やかな声が聞こえてくると、白布を被り、お化けに扮した三人組の少年達の背中を捉える。
橙色の髪に、丸い眼鏡を掛けて。
紺色の髪に、八重歯が特徴的。
黒髪に、まんまるな顔に鼻水が垂れている。
○○の住む町では見かけた事の無い少年達。
「長次、小平太。帰って来てたんだね」
少年達の喧噪に紛れて、聞き慣れた声が響いた瞬間、○○の胸が跳ねる。
思わず大きく目を見開き、声のした方へ顔を向ける。
『い、伊作くんっ!?』
診療所で、非常勤医師を務めている筈の伊作が変わらぬ様子で、柔らかな笑みを作る。
「やぁ、○○ちゃん」
ひとつに結わえていた茶色の髪は解け、肩に流れる乱雑な髪筋。
服の隙間から覗く白い布。腕や首、胸元に巻かれた包帯が、彼の姿を"包帯男"と、本来の姿へと変えていたのだ。
『伊作くん、診療所のお医者さんじゃなかったの?』
「あの診療所で医者をしているのは、そうだけどね。新野先生が、人ならざる者の僕を雇ってくれたんだ」
『へっ?』
素っ頓狂な声が、その場であがる。
朗らかで、人当たりの良さそうな、穏やかという言葉が似合う新野洋一の姿が浮かぶ。
「伊作の通っている診療所の新野先生という御方は、私達の存在に理解があるらしい」
いつになく静かにしていた小平太が、会話に割り込み、助け舟を出すように言葉を添えた。
「○○がよく足を運んでいると、伊作から聞かされていた」
「昔から、長次と小平太はよく○○ちゃんの話をしていたからね」
長次と伊作の会話が自然に弾む。
その光景を眺めながら、○○は胸の奥に、ふと過ぎる。
やっぱり人間は、彼等からすると珍しい存在なんだと。あくまで、それは○○の中での思い。
「よしっ。じゃあ早速、私の家に向かうとするか!」
厠に行こうと何気なく言い放つ雰囲気に近く、当たり前で、さり気ない物言いをした小平太に、○○は流されそうになったものの、「ん?」と眉を顰める。
「小平太の御家は、町の少し外れた場所にあるから、すぐ分かる筈だよ」
さも当然のように笑みを浮かべながら、伊作が森の奥へと続く道を示す。
その声に導かれ、○○はふと立ち止まろうとしたものの、小平太の大きな手に引かれ、足を前へ進めさせられた。
森は、湿気を孕んだ空気に包まれ、風が吹く度に、ざわざわと囁くように木の葉が擦れ合う。
人ならざるものの気配を孕んでいるかのよう。
「留三郎にも、よろしく伝えておくからねー」
後方から、軽やかに手を振る伊作の声。
知った名を耳にした瞬間、○○の胸に驚きが走る。
彼もまた人ならざる者なのだったのかと。
けれど、伊作と幼馴染という関係なら、当然なんだとの心のどこかで割り切るしかない。
「珍しく客人じゃないか」
道なりを進んでいた三人の頭上から、森の静けさを裂き、頭上から声が落ちてきた。
『えっ?』
その瞬間、木々の影を切り裂く俊敏な気配が降り立ち、○○の視界に二つの影が躍り出る。
「その人が、お前達二人が昔から話していた○○さんという方か」
「あぁ」
二人組の内の一人、女性と見間違える美麗さを誇る男性の問いに、小平太が簡潔に答える。
その口元から、一瞬だけ細く鋭い牙が覗き、白く光った光景が○○の瞳に焼き付く。
「若い女性の血は、我ら"吸血鬼"の長寿の秘訣とも言われているが、長次と小平太の知り合いならば、ここは諦めよう」
ふふっと、妖艶な微笑みを浮かべる。
一見、女性の様だと勘違いを起こすものの、骨格や喉仏等に目を凝らして見れば、彼もまた男性であると見分けがつく。
「仙蔵。血が欲しいのなら、"とまとじゅーす"とやらで、我慢してくれ」
あっけらかんとした笑顔で言い放つと、長髪の隙間から毛並みがぶわっと逆立ち、頭部からは鋭い耳、衣服の裾から尻尾が飛び出す。
(トマトって、わたしの住んでいる町で、たまに売られている……希少価値だからって、あんまり買った事も食べた事もないけれど)
「仙蔵。お前、これから仕事の時間だろ。こんな所で世間話なんかしてて、いいのかよ」
隣に立つ、文次郎と呼ばれる男に声を掛けられるも、仙蔵は涼しい顔を崩さない。
「心配は、無用だ」
その言葉と共に、仙蔵の姿が掻き消えた。最初から、何も存在しなかったかのように。
「で、そちらの方が、お前ら二人の知り合いって訳だな?」
「そうだ。すまんが、文次郎。今日は、お前の鍛錬に付き合っている時間は無いんだ。また今度な」
「その間に、腕を鈍らすなよ」
「なははっ。勿論、そのつもりだ」
小平太の笑顔に、文次郎は鋭い目を細め、必要以上に詮索をせず、闇に溶けて沈んだ。
その一瞬の出来事に、○○は何度も目を擦るが、鬱蒼とした森は静まり返ったまま。
「あの二人は、○○に危害を及ぼす奴等ではない」
しんと静まり返った森の中では、長次の声が先程よりも響く。
吸血鬼と呼ばれる種族の文次郎と仙蔵に遭遇し、自分のような若い女性の血が好ましいという発言を聞かされたばかりに、○○が臆しているのではないのかと、気遣いを見せたのだ。
「文次郎は、ああ見えてギンギンに吸血鬼をしているし、仙蔵も完璧な吸血鬼を作っているだけに過ぎん。まぁ、それが良い所でもあるけどな」
小平太もまた、普段と変わらぬ調子で言葉を継ぐ。
その声音に焦りはなく、むしろ二人の本質を理解している者としての落ち着きが滲んでいた。
「おっ、着いたな」
軽い声に我に返り、顔を上げた○○の目に飛び込んできたのは、木立を押しのけるように姿を現す屋敷。
町の外れと聞いていたのに、隠されるどころか異様に目立つ佇まい。
黒ずんだ木材で組まれた大きな屋根が、森と同化しながらも異質な存在感を放つ。
「○○。ここから先は、その赤い頭巾を外した方がいい」
小平太の視線が、彼女の頭と顔の輪郭を覆う赤色の頭巾に注がれる。
「この先にはな、私に負けず劣らずのわんぱくで可愛い奴等が待っている」
口角を上げ、獣めいた笑みを浮かべる。
わざわざ、そう言ってきたのだから、何かあるのだろうと○○は、赤色の頭巾に手をかけ、外した。
頭巾によって隠された髪の毛先が、ふわりと浮いた。
同じく、隠されていた顔の輪郭も露わになり、はっきりと映し出されて。
◇
"私に負けず劣らずのわんぱくな奴等"。
結論を言えば、小平太とよく似た顔をした七人の弟妹達。年や背丈こそ異なれど、瞳の色や笑い方までも兄に似通っていた。
○○へ近寄り、興味津々に顔を覗き込み、袖を引っ張り、腕へ齧りつこうとする。
それを見た兄の小平太から、自分の友人だから仲良くしろと宥められ、頭を撫でられて、仲のいい理想の家族愛の光景が広がっていく。
しかし、それも束の間。
温和な空気も長くは続かず、弟妹達に囲まれると、雪崩のように○○と長次、兄の小平太の元に飛び込んでは、揉みくちゃにして、遊びと称した戯れをようやく終わりを告げた。
(凄い疲れたけど……、子供の寝ている所は、やっぱり可愛いなぁ)
屋敷内の一室にて、長布団を体の上に敷かれた弟妹達は、すやすやと寝息を立て、眠りについている。
今頃、夢の世界でも遊びと称した戯れに励んでいるだろう。
「弟妹達を交えたとはいえ、こうして三人で遊んだのは、随分と久し振りだなぁ」
弟妹たちを眺めていた小平太が、声を漏らす。
○○の心には、幼い日の記憶が呼び覚まされ、蓮華草の花畑の光景が浮かぶ。
長次と小平太と一緒に、ただ駆け回って笑っていたあの時間と、花の匂いと風の温かさが胸の奥に蘇る。
『久し振りに、二人に会えたっていうのに…、話したい事もあったのに、何でか出てこないや』
診療所で交流のあった伊作を通して、○○の様子を把握していた長次と小平太と異なり、○○の中には、長い空白の時間が存在していた。
自分の身の回りに起きた些細な事を話せる様にと準備をしていた筈が、いざ本人達を前にすると、それを言葉にして出すのが難しい。
「そう細かい事を気にするな。これからまた、思い出は作っていけばいいんだ」
陽気かつ前向きな発言をする小平太に同調するように、目を瞑っている長次が静かに、だが力強く頷く。
『それにしても、長次くんと小平太くん、背丈が随分と大きくなったよね』
伊作、文次郎、仙蔵の三人よりも、目の前にいる二人の背丈は一際、大きかった。
そして広い肩幅と分厚い胸板、衣服の下に潜む筋肉の陰影。幼き日の面影を残しながらも、年月を重ねてきた事を示している。
「強くなったからな」
『それに力も強そうで、凄い頑張ったんだね』
幼少期、自分の前から姿を消した長次と小平太が、どのような思いを抱いて、強くなると決心したのかを○○は知らない。
さり気なく言い放った言葉から、自らの被っている赤色の頭巾の仄かな香りがもたらす効果を、○○は今でも把握していないと、長次と小平太は察する。
「強くならなければ、守るべき者を守れない」
○○と、小平太の弟妹達を交互に見ては、長次の低く掠れた顔が聞こえた。
「今は、小平太の元で世話になっているから尚更、そう思う」
必要最低限の言葉だけであったものの、○○はそれ以上、何があったのかと問いかけはしない。
言い換えるならば、出来なかった。
当たり前のように、小平太の住処に足を踏み入れても、弟妹達は警戒心すら見せず、親しみを込めて、長次おにいちゃんと呼び、慕っていた。
その関係性に至るには、それなりの年月が必要であるからと。
『かっこいいね』
ふにゃっと笑みを浮かべ、それを見た長次は、むすっとして顔を逸らしつつも、頬が紅潮している。
分かりやすく感情が表出していると、長次の隣に座る小平太は、じぃっと視線を注ぐ。
「○○は、綺麗に成長したな」
自らの容姿に対して、嘘偽りなく、はっきりとそう告げた小平太に、今度は○○が視線を泳がせて、返答に困る。
幼少期の時から、現在まで被り続けている赤色の頭巾は些か子供じみており、今の窮屈な生活を送っている烙印を刻まれていると思いつつ、それでも目の前に居る友達は、こうして褒めてくれるのが、何だかこそばゆい。
『あ、ありがとう……わたし、長次くんと小平太くんにまた会えて、この場所にも来れて、良かったって思うよ』
その発言を皮切りに、長次と小平太に自分の身の回りに起きた出来事等を、少しずつ話し出していく。
現在も実家に身を置き、運び屋仕事に勤しんでいる。
常連客の居る診療所で、伊作と知り合い、彼特製の番茶が好みだと。
赤色の頭巾を今でも被らされて。
そして両親は、幼少期の頃から人ならざる者への恐怖心が、付近に住む人達よりも人一倍強く、盲信じみていると。
「がおっ」
話の途中で、布団にくるまって眠りについていた筈の弟妹達が、眠い目を擦りながらも、小平太とよく似た髪を逆立たせている。
「どうした、お前達っ」
○○の話を長次と共に聞いていた小平太は、弟妹達の異変に驚きつつ、寄り添う姿勢を忘れない。
「ないてるっ」
「おねえちゃん、なかせたにんげん、いるっ」
皆、同じような言葉を口にする。目の前に座っている○○は、一滴の涙を流していない。
ならば、○○のどこから涙が流れているのかと思う小平太だったが、弟妹達の"とある能力"を思い出し、それを駆使したのだと分かれば、安心させるかのように、背中をとんとんと叩き、穏やかな笑みを見せる。
(私の可愛い弟妹達は、相手の気持ちを思いやり、感じ取れる良い子達だったな)
その姿を後ろから眺めていた○○は、何事なのかと心配になるも、長次に遮られた。
「大丈夫だ、○○」
不安げな表情を見せる○○の次に、忌々しい赤色の頭巾に目を向けた長次は、自身の手の先に生えている鋭い爪を光らせる。
◇
続き→赤ずきんちゃんと人狼 後編(中在家・七松 R15)
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