短編
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タイトル:タソガレドキ出身、黒鷲隊有望株枠の夢主くんは、昔も今も兄と慕うタソガレ三忍と押都小頭に可愛がられています
◆名前変換夢の為、名前入力を推奨。
◆三人称(神の目線)視点で進みます。
◆既存キャラの解釈違い(口調や性格)が出てくると思われますので予め、ご了承下さい。
◆嘔吐描写、死を連想させる言葉が登場します。
◆タソガレドキ・黒鷲隊内部、タソガレ三忍の口調(参考元:原作漫画)の捏造あり。
夢主の簡単な設定
・忍術学園の六年生と同い年(十五歳)。
・将来は、黒鷲隊へ入隊予定。
・良くも悪くも排他的な性格。懐いた者には、心を開く。それ以外の人間には、普通に接しているものの、肩書き等で相手の名を呼ぶ。
・一般常識が欠けている節があり、浮世絵離れしている。
・寝る・甘味物(最近は南蛮菓子)を食べる事が好き。
・
昼下がりの山中に差し込む陽光は、地面にまだら模様の光と影を作り上げる。鳥の囀りと、梢を渡る風のざわめきが絶え間なく響く中、小さな獣道を駆け抜ける一匹の子兎が居た。
(まだ……)
ここは、タソガレドキの城下町から遠く離れた隠れ里。そこは国に仕える忍者やその子供達が、身を潜めてひっそりと暮らす地であり、他国の者が足を踏み入れる事の出来ない閉鎖的な場所。
(もうちょっと……)
子兎の背後に迫る幼子の足音は、軽快ながらも執拗。四肢をばねのように使い、土を蹴り上げ、子兎は跳ねていくが、その俊敏な動きを表出させる事こそが幼子の狙いだ。
(そこだ……!)
獣道に掘られ、木々から振り落ちたものをかき集めた葉の塊に隠された浅い落とし穴に、子兎は足元を掬われる。しかし、その穴に落ちて嵌る等と情けない姿を見せず、あっさりと跳び越えていく。
子兎の逃走を許してしまうかと思われたが、幼子の視線は、落とし穴ではなく、その先に仕掛けられた輪縄に向けられていた。
(掛かったな!)
落とし穴は、子兎を撹乱させる為に掘り起こされた囮。輪縄がその細い足を絡め取った次の瞬間、子兎の体は宙へと引き上げられてしまう。甲高い悲鳴が木立に響き、葉擦れの音と交じり合う。その様子を、無の表情でじぃっと見つめてから、幼子は顔を上げて、口を開ければ、ある人物の名を呼ぶ。
『押都様。子供の野うさぎを一匹、捕らえました』
高鳴る鼓動に浮き立った声が、森の静けさを破る。かさかさと茂みの揺れる音が聞こえ、幼子が振り向いた時には、蘇利古の雑面をつけた大柄な男ーーー、押都長烈が、姿を見せた。
「○○、」
名を呼ばれた幼子は、無垢な硝子玉のような瞳で押都を見上げ、期待に頬を紅潮させながら、次に発せられる言葉を待つ。
「その子兎は、逃がしてやりなさい」
思いもよらぬ命に、幼子は瞬きをせざるを得ない。宙吊りになった子兎は荒い呼吸を繰り返し、怯え切った瞳を、押都と幼い○○に向けている。
(どうして……、…………)
押都の心を読み取る術を持たず、その命にに逆らう事も出来ない。幼く非力で、目の前に佇む大柄の男を前に、震えを隠しながらも、小さな手で輪縄を解いていく。宙吊りにされた子兎は地に落ち、転がるようにして、茂みの中へと消え去った。
(どうして押都様は、子供の野うさぎを逃がすよう、話されたんだろう……)
残された葉擦れと、子兎の去った後のかすかな土の匂い。○○は暫しの間、獣道に残された痕跡を追えば、小さな肩を落とす。あからさまに、しょげていると思わせる背を、押都は何も言わずに見つめていた。
◇
タソガレドキ忍軍、黒鷲隊に属する忍びの一人、名無しの家に、男子のやや子が産声を上げ、この世に生を受けた。
同じ隊に所属する押都は、同僚である名無しの家の家督から、やや子を見に来ないかと誘いを受け、了承する。
屋敷は、山中に築かれた何軒も聳える忍び屋敷の内の一つ。母屋へと続く廊下は、古びた檜板で組まれ、外敵を察知すべく、忍者としての力が備わっていない者が、一歩でも歩けば、きしきしと木材の軋む音が反響するように細工が施されている。だが、押都の足取りは静かで、研ぎ澄まされた技量の前に、木材の軋み音すら封じられていた。
「ほら、○○。同僚の押都長烈殿だ」
案内を受け、母屋へと辿り着いた押都は、障子越しに射し込む昼下がりの光に照らされ、母親の腕に抱かれたやや子と対面する。ちゅぱちゅぱと親指を咥えてる最中で、頬は柔らかく、桃色に染まる。
「は…、はじめまして」
普段の声よりも、幾分か高めに声色を整え、やや子を驚かせぬようにと、押都なりに配慮を施したつもりだ。
しかし、幼い○○は、蘇利古の雑面をじっと見据えたのか、本来と異なる声色を発したと見抜き、怯えたのか、それは本人しか分からない。押都をはじめ、○○の両親にとって何の前触れもなく、わああんと大きな泣き声を上げれば、幼子なりの防御を本能で示す。
(まさか、この雑面で泣いたというのか…?)
所属する黒鷲隊の役割を全うすべく、自らの素顔を明かさないようにと常に顔面を覆う雑面。しかし、生を受けて間もなく、外の世界を認識する事も曖昧なやや子の視点でも、その雑面は、奇妙奇天烈という言葉を鮮明に表し、悲の感情を表出させるには充分過ぎたのかと、押都は自問自答する。
これが、やや子だった○○と押都との初対面であり、当時の押都にとっては、何とも苦い記憶。
◇
戦好きと悪名高い黄昏甚兵衛が、実権を握るタソガレドキの国は、周辺諸国から常に敵意を向けられていた。戦乱の火種は絶えず、暗殺者が潜り込み、甚兵衛の命を狙うなど、日常の一幕に過ぎない。
この日もまた、タソガレドキ忍軍は、主君の暗殺を目論んだ曲者を捕らえ、屋敷奥深くの地下牢へと連れ込めば、冷えた石畳の上で拷問を始めていた。地下に響く呻き声は、地上の穏やかな空気とは隔絶された、国の裏面を物語っている。
そんな事も露知らず、この世に生を受けて数年が経過した○○は、幼子らしい無垢さをそのままに成長していた。そして彼には、年の離れた兄のように慕う三人の少年がいた。近頃、彼等の特徴的な髪色に頼らずとも、名を間違えずに呼べるようになり、その成長に対して三人は、感慨深げに目を細める。
『弾さん、勘介さん、壮太さんっ』
澄んだ声が、里の夕暮れの空気を切り裂く。三人の名は、五条弾・椎良勘介・反屋壮太。いずれ黒鷲隊に身を置く予定の彼等は、まだ幼い○○を弟分のように可愛がっていた。
もとより、○○の父親には日頃から世話になり、しばしば私用で家を訪れては、乳飲み子だった頃の○○と接していた為、縁が深くなるのは自然かつ当然の真理。
「今日は、押都様とお会いになられたんだろう?」
灰色がかった青髪に、瞳孔の開いた双眸が特徴的である反屋が、つい先程まで、○○の自宅にて押都が訪れ、対面を果たした事について触れる。
『はい…. 、えっと、お会い出来ました』
「怖がる必要なんて無いよ。押都様は、外見で誤解される事はあるけれど、内面はお優しい御方だから」
癖毛の目立つ緑髪に、困り眉と吊り目のアーモンド型の目元が特徴的な五条が、押都への緊張と畏怖を抱いていると見抜けば、ははっと笑う。そして○○の肩に、ぽんっと音を立てれば、手のひらを置く。
「黒鷲隊の時期小頭だから、○○や他の奴等の所へ直々に挨拶に来るのは、押都様にとっても、小頭になる為の通過儀礼みたいなものなんだよ」
茶髪の総髪に、太く凛々しい真由が特徴で、月夜に対して快活な笑みを見せる椎良は、さも当たり前の口調で、そのように言いのけた。
タソガレドキの隠れ里に生まれた子供達は皆、忍びとして生涯を終える宿命を定められている。忍びとなるべく施される鍛錬も教育も、幼い頃から叩き込まれ、タソガレドキ忍軍の四つの部隊の内の一つに属する。
(そうなんだ…、黒鷲隊の小頭になるかもしれないって、父上が話されていたから……それで、おれの所へ挨拶に来たんだ)
そして今、黒鷲隊の時期小頭として名を挙げられている押都が、○○の自宅に訪れ、押都にとって二度目の対面を果たした。
しかし、初対面であると思い込んでいる○○は、自分の目の前に座る大柄な男性が正座をし、深く頭を垂れ、二回りも年下の幼子に丁寧に礼を尽くす様を見せられると、戸惑いと不安、緊張と畏怖の感情を覚えたが、その光景は強く脳裏に焼きついている。
(そりゃ押都様も好きで、年下のおれに、礼儀を働かれた訳じゃないよね……)
やや子の時の記憶など覚えている筈もない○○は、今回が押都との初対面だと思っていた。後に両親から、やや子の時に対面したものの、大声を上げて泣き出して、押都が雑面越しに困惑していたのは珍しかったと話されるのは、少し先の未来の話。
◇
タソガレドキ忍軍に属する忍びとしての教育と鍛錬漬けの日々が、幼い○○にも容赦なく降りかかる。生を受けたその時から、○○の行く末は定められており、父と同じ黒鷲隊に世襲という形で入隊する未来が約束されているのだ。
(座学に実践…、また明日も、座学…実践……、座学、実践……、………体が慣れない……辛い……っ)
黒鷲隊の役割は、ただ戦うことではない。黒鷲隊は、主に敵軍の事前調査や情報収集、他国への情報操作。時には敵軍に潜入し、敵を欺いて、味方の攻撃支援を担う。剣を振るうよりも心を削る役回りであり、求められるのは俊敏さと機転、そして何より忍びとしての冷徹さ。
「○○、」
『……か、勘介さん……?』
「ほら、これ」
『…、……お饅頭ですか?』
「頭を使って、疲れた時には甘味物だからなぁ。ほら、○○は甘味物を食べてる時、凄く幸せそうな顔をしているからさ。それ食べて、元気出せっ」
板間に座り込む○○に、椎良がこっそりと持ち出してきた小さな包みを差し出す。淡い香りが漂い、○○の幼い舌に広がる甘味は、張り詰めた心をほんの一時、解きほぐす。
しかし、その一時を終えれば、再び教育と鍛錬漬けの日々が待っていた。刀を模倣した木刀や弓矢を用いた実践形式の鍛錬を終えた○○は、反屋から、顔色が悪いと指摘を受け、人気のない森林へと足を運ばれた。
(うぅ…っ、……もう、無理…ッ!)
二人は背を向ける形で座り込むと、○○は胃奥からせり上がってきたものを耐えきれず、地面に向けて吐瀉物を吐き出していく。
ぴちゃんと跳ねた吐瀉物の一部が、反屋の着用する常服にかかるも、それに対しての怒りは見せず、○○の背中を優しく摩る。
『……うぅ、…ぇ…ッ、うえ……っ…、!』
「しっかり。気を保て、○○」
『……、………御免なさい、壮太さん。常服、吐瀉物で汚して、御免なさい……っ』
「気にするな。ほら、水を飲め。体内の栄養物、全部吐き出したんだから、何か取り込まないとお前、ここで倒れるぞ」
厳しくも温かい反屋の声を、朧気な意識で聞き取りつつ、震える手で竹筒を受け取る。中に入っている水を飲み込めば、喉を通り、熱を帯びた体にしみ渡っていく。
こうして鍛錬を続ける内に、周囲から次々と○○と同い年の子供の姿が消え始めていた。一年が経つ頃には、かつて同じ座敷で学んでいた仲間の殆どが、鍛錬中の不慮の事故で落命し、自ら命を経ったと風の噂で運んで聞かされ、の○○日常に、いつしか自然と死が紛れ込む。
『弾さん。みんな、居なくなっちゃった。気が付いたら、もう周りに誰も居なくて…、……ぽっかり穴が空いたみたいで……、……寂しい』
「……嫌だよね。昨日まで、隣を歩いていた同胞が突然、姿を消すなんて」
『…、……もしかして、弾さん達も……』
「大丈夫。私達は、いつでも○○の傍に居る」
山中に設けられた稽古場にて腰を下ろし、夕暮れの橙色に照らされていた。力強くもどこか哀しげな五条の発言に、○○は眉を下げ、何を話せばいいのか分からない。
忍びにとって、常に死と隣り合わせ。残された者は、葬られた者の存在を飲み込み、受け入れたのなら、それを糧として歩む。押都をはじめとした、タソガレドキ忍軍に属する大人達も、それを教えとして口にはしないが、常にその想いが刻まれている。
「その子兎は、逃がしてやりなさい」
そんな時、隠れ里の山中にて自ら仕掛けた輪縄に足を取られ、甲高い声を騰がる子兎が捕らえた○○だが、肝心の押都から子兎を逃がすように話されてしまった。輪縄から解放され、茂みの中へと姿を消す子兎を眺めた○○には、その真意を理解出来ない。
星川家の母屋の一室にて、布団にくるまれ、額に冷水に浸した木綿の布を当てられた○○は、襲い来る倦怠感と鈍い頭痛に耐えながらも、じっと天井の染みを見つめていた。
古木を組んで建てられた梁には、淡く黄ばみがかった染みが雨垂れの形が、じんわりと広がる。
(昨日、怪我した所……まだ痛むなぁ……)
包帯を巻かれた額が、ずきずきと疼く。その熱が、骨の奥にまで火が灯っているかのようで、汗ばんだ布団の中で、体温が逃げ場を失う。
思い返すのは、昨日の鍛錬。木々の枝を伝い、先頭を駆ける押都の背を追っていた。だが一瞬の気の緩みから、踏み込んだ枝が湿気を帯びて滑り、身体は虚空へと放り出された。
(足を滑らせてしまうなんて、タソガレドキの忍びを目指す者からすれば、嘲笑される標的だ……)
受け身を取り致命傷は免れたものの、落下の際に鋭い枝が額を掠め、白刃のように真一文字の傷が走った。血が温かく頬を伝った感覚はいまだ生々しい。
些細な怪我だと高を括った月夜だが、帰宅後に発熱を起こし、体は床へ縫い止めざるをえなくなった。本来ならば、今日も座学や実践に赴く筈が、忍びは体が資本だと両親に諭され、こうして素直に従った訳だ。
「○○、」
障子越しに、母の声が届いた。柔らかく、それでいて澄んだ声色は、病床の耳にはやけに響いて胸に染みる。
「押都様が、母屋に来られています。こちらの部屋にお通しするので、今しばらくお待ちなさい」
布団の中で身をもぞかせて、起き上がろうとするが、療養中の為に力が入らず、顔だけを障子の方へ向けていく。
几帳面な足取りが、音もなく近づけば、障子が開かれ、黒鷲隊の時期小頭として名を挙げる押都が姿を現す。その大柄な体躯に似合わぬほど、所作は静謐で、水面に落ちた羽のように気配が軽い。
『お…、押都、さま……』
「突然の訪問……病に伏して、療養中の身に響くと、無礼だと思っている」
○○からすれば、押都の限られた時を自分のために費やさせていると思うのみ。だが、その言葉は押都の偽りなき本音であり、多忙の合間を割いてなお、己の足でこの部屋に辿り着いたのだ。
『……、……御免、なさい』
途切れ途切れの吐息を挟みながら、○○は必死に声を紡ぐ。体は汗に濡れ、熱に浮かされた頬は紅潮している。目は押都を直視する勇気を持てず、虚空を漂うように宙を彷徨う。
『足を滑らせて、怪我をしてしまって……、鍛錬に着いていけなくて、吐いちゃって……、……でも、明日から……また頑張るから……、………御免なさい……』
か細い声に乗って零れるのは、抑え込んできた弱音そのもので、痛々しい程に響く。時期小頭として名を挙げる押都の前で、泣き言を並べるなど、本来ならば許されざる失態。だが今の○○には、羞恥も体裁もなく、胸の奥で溜まり切った澱が一気に溢れ出す。
座学と鍛錬の果てしなさ。昨日まで隣にいた同胞が、次の瞬間にはこの世から消失する現実。額に走る痛みと、止まらぬ熱。幼い心身を縛る鎖はあまりに重く、その全てが不運にも重なり合い、今まさに○○を押し潰そうとしていた。
(……あぁ、…眠い……せっかく、押都様が……)
瞼が灼けるように重く、必死に抗おうとするものの、睡魔は容赦なく襲いかかる。視界の端で、押都の影が灯りに揺らぎ、二重にも三重にも重なっていく。
◇
すやすやと、規則正しい寝息を立てる○○の額には、冷水に浸されたばかりの木綿の布が当てられ、体中から吹き出ていた汗が全て拭き取られていた。そこに居るのは、母屋には、布団に包まれた○○の姿のみ。
押都の影は既に無く、○○の母に一礼を告げて、星川家の敷地を後にしていた。その背を、木々の枝に凭れかかるようにして見下ろす、ひときわ大柄な影が浮かぶ。押都よりも逞しい輪郭を持ち、にぃっと細めた目は、じっと彼の動きを見据えている。
「やぁ。黒鷲隊次期小頭の押都長烈」
背後から声を掛けられたものの、押都は物怖じしない態度を貫く。振り向かずとも、声の主が誰であるのかをとうに理解していたからだ。
「狼隊小頭、雑渡昆奈門殿……」
「そんな堅苦しい肩書き、わざわざ説明口調で言わなくてもいいよ。皆、知っているんだから」
現在は、タソガレドキ忍軍の組頭である雑渡だが、当時は火薬や火器の扱いに長け、戦場において火薬の偽装工作も担う狼隊に所属し、小頭を務めていた。
木立の影から現れ、押都の前に飛び降りれば、薄笑いを浮かべる頭巾に隠された唇とは裏腹に、相手の奥底を覗き込むように冷たく光る。
「会いに行ってたの? 時期小頭としてこの忙しい時期に、名無しの家の息子の所へ」
その一言に、押都の面差しは雑面に覆われて読み取れないが、瞼の奥にかすかな揺らぎが走った。
「跡を付けられていたのですか?」
「人聞きが悪い。押都…お前って案外、分かりやすい人間だしね。いくら所属する隊が違う私でさえ、分かるんだからさ」
押都の背後を追い、名無し家の敷地内に足を踏み入れ、母屋で○○と対面する様を、完全に気配を殺した状態にて眺めていた雑渡。
平時から、蘇利古の雑面で顔を隠され、表情が読み取れないだけでなく、物事に動じない一面が強調される押都だが、彼の本質を見抜いているからこそ、どこか揶揄うようにして、その発言をした。
「黒鷲隊所属希望の、齢一桁の少年がさぁ、同胞みんな全滅して、そんな中でも生き残っているなんて、滅多に見られたものじゃないんだから。この間なんて、単独で小動物を捕獲する為の罠を組み立てて、子兎を捕らえたそうじゃないか。それを、次期小頭か誰かが逃がせって命令を下したから、泣く泣く子兎を逃がした話を風の噂で聞いちゃったんだ」
「……今日は、やけに饒舌ではありませんか」
押都の声は低く、わずかに鋼を孕む。だが雑渡は肩を竦め、にやりと笑った。
「そう? 私って案外、他者との交流を測るのが好きな質たちなんだよ。あぁ、それと…、○○には、ちゃんと実の父親が居るからね。お前、父親面してるみたいだけど、あいつが、笑って許してやってるのに甘えてる押都を見るのも滑稽だけど、程々にね」
あいつとは、○○の父を指す。狼隊に籍を置く雑渡と、黒鷲隊に属する○○の父ーーー、立場こそ異なれど、両者は、世間話を交わす程度の関係を築いていた。
押都が、やや子だった○○と対面した時に泣かれてしまい、困惑する様を雑面越しでも理解出来たと、思い出し笑いをしていたのを雑渡は覚えている。そして、五条・椎良・反屋にも同じように、○○にも一人の半人前の忍びとしてだけでなく、擬似的な父性を感じているのだと。
「私は、彼の父親面をしているつもりは、ございません」
「別にいいよ。お前が、そう認識しているのなら」
しかし雑渡は、知っている。押都が、自分の付けている雑面で泣かれた事が、押都の中では酷く印象に残ってしまった出来事だと。
○○が五条・椎良・反屋と隠れ里にて遊びに励んでいる間、里に忍び込んだ人攫いや暗殺者の手に掛からないかと。日々の座学や鍛錬漬けで、精神が疲弊している中、次期小頭という肩書き故に、○○の父のように月夜へ励ましの言葉一つも掛けてやれない事を悔いていると。
(まぁ全部、あいつが横流ししてくれる情報だけど)
またしても、○○の父の名が出た。そう、雑渡が所属する隊の異なる押都の一挙手一投足を逐一、把握出来ているのには、密告者の存在が不可欠。その密告者というのが、押都と同じ隊に属する○○の父。
そして、押都が○○に励ましの言葉をかけられない事に悔いていようが、兄のように慕っている五条・椎良・反屋がその役割を担っているから、心配は無用だと。雑渡は、押都が子供達に父性を抱いている事を否定すればする程、滑稽であり、人間臭い一面があるのだと知る事が出来る。
◇
時は、現在へと移る。
大火傷を負い、狼隊を離れた雑渡だが、尚も忍びとしての才を失わず、今やタソガレドキ忍軍を纏めあげる組頭の座に就いていた。狼隊の小頭の空席は、雑渡の右腕と謳われる山本陣内が埋め、彼の冷徹さと実力をもって隊を支えられている。一方、黒鷲隊の押都もまた、幾多の死線を越え、小頭に就任して数年が経つ。雑面の下から伝わる威圧が、風格を纏わせて。
そして○○も、齢十五を迎えた。元服の儀を済ませ、少年の背からは抜け出したものの、未だ未熟さと鋭敏な感受性を抱えたままの青年。
『猪鹿垣に掛かった猪と鹿を捕らえたので、タソガレドキ購買部へ、お届けに参りました』
日々の座学と鍛錬、消失する同胞達等と精神的に疲弊する、小さな背をした少年は、今や幼き日に枝を伝い、転げ落ちた小さな背ではなく、筋の通った逞しい影を形づくっていた。
隠れ里にて耕された畑の石垣にて捕らえた猪と鹿の生命を無駄にせず、忍び達の体の資本とすべく、食堂も兼ねている購買部へ届けに向かい、逞しく成長を遂げている。
『猪の肉、薬にもなるんだし…、保健委員会さんにお届けしても良いんだろうけど……』
タソガレドキ以外の人間を受け入れない閉鎖的な社会の隠れ里で育った○○は、よくも悪くも排他的な性格へと変貌。
最近、知り合ったばかりの忍術学園の保健委員会の面々以外とは一見、普通に接してはいるものの、相手の名前を肩書き等で呼び、無自覚な煽り発言をしては、怒りを扇動させてしまう等、珍しくない。それでも、六年は組の善法寺伊作は、敵味方関係なく組頭の雑渡の治療を行った恩があるからと、伊作を始めとした保健委員会の名前は呼び、「保健委員会の面々に会いたい」と単純な理由で、忍術学園に訪れる。
『なんかこの間は、雨に見舞われて、せっかく作ったお弁当もずぶ濡れになってしまったし……』
先日、保健委員会の面々と共に、○○は人生で初めてピクニックに出掛けた。鍛錬等の何の目的もなく、ただ登山をして、山頂に到達し終えたら、景色を堪能。弁当箱を広げ、食堂のおばちゃんと○○の手作り弁当を食べる予定だった。それが、保健委員会の面々が持つ"不運体質"が発動したのだと、その時の○○は知らなかったのだ。
『鹿の肉も薬になるし、後は…、……兎の肉もか』
幼少期時代、○○は山中にて捕らえた子供の野うさぎを押都から逃がせと話された記憶が、ふいに過る。どうして、そのように話したのかを○○は今でも理解出来ない部分があるものの、その時とは明確に違う思いがある。
『押都小頭……兎を"可愛い生き物"と認識して、食べるのを躊躇ったのかな?』
本人に聞いた訳ではない為、○○には、その推理が的を得ているのかは不明。血の通った人間らしさを押都に見出そうとしているのかと思考する。
そんな○○の姿を、気配を殺して眺めている影が二つ。タソガレドキ購買部の入口から、月夜へと視線が向けられていた。
「小頭は、兎を可愛い生き物だと認識されている……、○○は、そのように誤解しているご様子ですが?」
くすくすと笑い、隣に立つ雑面の男へと目を向けるのは、○○の実の父。声音は柔らかいが、どこか棘を含んでいる。
(……あの時、私はあの子兎の親が、どこかで探しているだろうと思った。ただ、それだけだ)
仕掛けられた輪縄に捕らえられ、甲高い声を上げる子兎を探す親兎の存在にまで、あの頃の押都は目を配っていた。だが当時の○○は、親兎の存在にまで気づいてはいない。
(私は、あの時ーーー、まるで助けを求めるかのように、甲高い声を上げる子兎に……無意識に、○○を重ねていたのだろう。そして、親兎を自分に当てはめて……今思えば、何とも滑稽な………)
血も繋がらず、寝床を共にするわけでもない。だが、同僚である父に紹介されて以来、○○の成長を見守り続けてきた押都は、五条・椎良・反屋と同じく、否応なく父性を抱いてしまっていた。それは隠しても隠しきれない人間臭さであり、雑渡にも、そして○○の父も、とうの昔から見抜かれているのが事実。
「○○の実の父親は、まだ健在ですからね。父性を感じられるのは、程々にお願い致しますね」
横から放たれた言葉は、柔和な笑みに包まれながらも、確かな圧を含ませて。黒鷲隊の小頭といえど、幼き頃から共に在った古馴染みであり、右腕候補と呼ばれる○○の父の発言には、押都も咳き込むように返すしかなかった。
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タイトル:タソガレドキ出身、黒鷲隊有望株枠の夢主くんは、昔も今も兄と慕うタソガレ三忍と押都小頭に可愛がられています
◆名前変換夢の為、名前入力を推奨。
◆三人称(神の目線)視点で進みます。
◆既存キャラの解釈違い(口調や性格)が出てくると思われますので予め、ご了承下さい。
◆嘔吐描写、死を連想させる言葉が登場します。
◆タソガレドキ・黒鷲隊内部、タソガレ三忍の口調(参考元:原作漫画)の捏造あり。
夢主の簡単な設定
・忍術学園の六年生と同い年(十五歳)。
・将来は、黒鷲隊へ入隊予定。
・良くも悪くも排他的な性格。懐いた者には、心を開く。それ以外の人間には、普通に接しているものの、肩書き等で相手の名を呼ぶ。
・一般常識が欠けている節があり、浮世絵離れしている。
・寝る・甘味物(最近は南蛮菓子)を食べる事が好き。
・
昼下がりの山中に差し込む陽光は、地面にまだら模様の光と影を作り上げる。鳥の囀りと、梢を渡る風のざわめきが絶え間なく響く中、小さな獣道を駆け抜ける一匹の子兎が居た。
(まだ……)
ここは、タソガレドキの城下町から遠く離れた隠れ里。そこは国に仕える忍者やその子供達が、身を潜めてひっそりと暮らす地であり、他国の者が足を踏み入れる事の出来ない閉鎖的な場所。
(もうちょっと……)
子兎の背後に迫る幼子の足音は、軽快ながらも執拗。四肢をばねのように使い、土を蹴り上げ、子兎は跳ねていくが、その俊敏な動きを表出させる事こそが幼子の狙いだ。
(そこだ……!)
獣道に掘られ、木々から振り落ちたものをかき集めた葉の塊に隠された浅い落とし穴に、子兎は足元を掬われる。しかし、その穴に落ちて嵌る等と情けない姿を見せず、あっさりと跳び越えていく。
子兎の逃走を許してしまうかと思われたが、幼子の視線は、落とし穴ではなく、その先に仕掛けられた輪縄に向けられていた。
(掛かったな!)
落とし穴は、子兎を撹乱させる為に掘り起こされた囮。輪縄がその細い足を絡め取った次の瞬間、子兎の体は宙へと引き上げられてしまう。甲高い悲鳴が木立に響き、葉擦れの音と交じり合う。その様子を、無の表情でじぃっと見つめてから、幼子は顔を上げて、口を開ければ、ある人物の名を呼ぶ。
『押都様。子供の野うさぎを一匹、捕らえました』
高鳴る鼓動に浮き立った声が、森の静けさを破る。かさかさと茂みの揺れる音が聞こえ、幼子が振り向いた時には、蘇利古の雑面をつけた大柄な男ーーー、押都長烈が、姿を見せた。
「○○、」
名を呼ばれた幼子は、無垢な硝子玉のような瞳で押都を見上げ、期待に頬を紅潮させながら、次に発せられる言葉を待つ。
「その子兎は、逃がしてやりなさい」
思いもよらぬ命に、幼子は瞬きをせざるを得ない。宙吊りになった子兎は荒い呼吸を繰り返し、怯え切った瞳を、押都と幼い○○に向けている。
(どうして……、…………)
押都の心を読み取る術を持たず、その命にに逆らう事も出来ない。幼く非力で、目の前に佇む大柄の男を前に、震えを隠しながらも、小さな手で輪縄を解いていく。宙吊りにされた子兎は地に落ち、転がるようにして、茂みの中へと消え去った。
(どうして押都様は、子供の野うさぎを逃がすよう、話されたんだろう……)
残された葉擦れと、子兎の去った後のかすかな土の匂い。○○は暫しの間、獣道に残された痕跡を追えば、小さな肩を落とす。あからさまに、しょげていると思わせる背を、押都は何も言わずに見つめていた。
◇
タソガレドキ忍軍、黒鷲隊に属する忍びの一人、名無しの家に、男子のやや子が産声を上げ、この世に生を受けた。
同じ隊に所属する押都は、同僚である名無しの家の家督から、やや子を見に来ないかと誘いを受け、了承する。
屋敷は、山中に築かれた何軒も聳える忍び屋敷の内の一つ。母屋へと続く廊下は、古びた檜板で組まれ、外敵を察知すべく、忍者としての力が備わっていない者が、一歩でも歩けば、きしきしと木材の軋む音が反響するように細工が施されている。だが、押都の足取りは静かで、研ぎ澄まされた技量の前に、木材の軋み音すら封じられていた。
「ほら、○○。同僚の押都長烈殿だ」
案内を受け、母屋へと辿り着いた押都は、障子越しに射し込む昼下がりの光に照らされ、母親の腕に抱かれたやや子と対面する。ちゅぱちゅぱと親指を咥えてる最中で、頬は柔らかく、桃色に染まる。
「は…、はじめまして」
普段の声よりも、幾分か高めに声色を整え、やや子を驚かせぬようにと、押都なりに配慮を施したつもりだ。
しかし、幼い○○は、蘇利古の雑面をじっと見据えたのか、本来と異なる声色を発したと見抜き、怯えたのか、それは本人しか分からない。押都をはじめ、○○の両親にとって何の前触れもなく、わああんと大きな泣き声を上げれば、幼子なりの防御を本能で示す。
(まさか、この雑面で泣いたというのか…?)
所属する黒鷲隊の役割を全うすべく、自らの素顔を明かさないようにと常に顔面を覆う雑面。しかし、生を受けて間もなく、外の世界を認識する事も曖昧なやや子の視点でも、その雑面は、奇妙奇天烈という言葉を鮮明に表し、悲の感情を表出させるには充分過ぎたのかと、押都は自問自答する。
これが、やや子だった○○と押都との初対面であり、当時の押都にとっては、何とも苦い記憶。
◇
戦好きと悪名高い黄昏甚兵衛が、実権を握るタソガレドキの国は、周辺諸国から常に敵意を向けられていた。戦乱の火種は絶えず、暗殺者が潜り込み、甚兵衛の命を狙うなど、日常の一幕に過ぎない。
この日もまた、タソガレドキ忍軍は、主君の暗殺を目論んだ曲者を捕らえ、屋敷奥深くの地下牢へと連れ込めば、冷えた石畳の上で拷問を始めていた。地下に響く呻き声は、地上の穏やかな空気とは隔絶された、国の裏面を物語っている。
そんな事も露知らず、この世に生を受けて数年が経過した○○は、幼子らしい無垢さをそのままに成長していた。そして彼には、年の離れた兄のように慕う三人の少年がいた。近頃、彼等の特徴的な髪色に頼らずとも、名を間違えずに呼べるようになり、その成長に対して三人は、感慨深げに目を細める。
『弾さん、勘介さん、壮太さんっ』
澄んだ声が、里の夕暮れの空気を切り裂く。三人の名は、五条弾・椎良勘介・反屋壮太。いずれ黒鷲隊に身を置く予定の彼等は、まだ幼い○○を弟分のように可愛がっていた。
もとより、○○の父親には日頃から世話になり、しばしば私用で家を訪れては、乳飲み子だった頃の○○と接していた為、縁が深くなるのは自然かつ当然の真理。
「今日は、押都様とお会いになられたんだろう?」
灰色がかった青髪に、瞳孔の開いた双眸が特徴的である反屋が、つい先程まで、○○の自宅にて押都が訪れ、対面を果たした事について触れる。
『はい…. 、えっと、お会い出来ました』
「怖がる必要なんて無いよ。押都様は、外見で誤解される事はあるけれど、内面はお優しい御方だから」
癖毛の目立つ緑髪に、困り眉と吊り目のアーモンド型の目元が特徴的な五条が、押都への緊張と畏怖を抱いていると見抜けば、ははっと笑う。そして○○の肩に、ぽんっと音を立てれば、手のひらを置く。
「黒鷲隊の時期小頭だから、○○や他の奴等の所へ直々に挨拶に来るのは、押都様にとっても、小頭になる為の通過儀礼みたいなものなんだよ」
茶髪の総髪に、太く凛々しい真由が特徴で、月夜に対して快活な笑みを見せる椎良は、さも当たり前の口調で、そのように言いのけた。
タソガレドキの隠れ里に生まれた子供達は皆、忍びとして生涯を終える宿命を定められている。忍びとなるべく施される鍛錬も教育も、幼い頃から叩き込まれ、タソガレドキ忍軍の四つの部隊の内の一つに属する。
(そうなんだ…、黒鷲隊の小頭になるかもしれないって、父上が話されていたから……それで、おれの所へ挨拶に来たんだ)
そして今、黒鷲隊の時期小頭として名を挙げられている押都が、○○の自宅に訪れ、押都にとって二度目の対面を果たした。
しかし、初対面であると思い込んでいる○○は、自分の目の前に座る大柄な男性が正座をし、深く頭を垂れ、二回りも年下の幼子に丁寧に礼を尽くす様を見せられると、戸惑いと不安、緊張と畏怖の感情を覚えたが、その光景は強く脳裏に焼きついている。
(そりゃ押都様も好きで、年下のおれに、礼儀を働かれた訳じゃないよね……)
やや子の時の記憶など覚えている筈もない○○は、今回が押都との初対面だと思っていた。後に両親から、やや子の時に対面したものの、大声を上げて泣き出して、押都が雑面越しに困惑していたのは珍しかったと話されるのは、少し先の未来の話。
◇
タソガレドキ忍軍に属する忍びとしての教育と鍛錬漬けの日々が、幼い○○にも容赦なく降りかかる。生を受けたその時から、○○の行く末は定められており、父と同じ黒鷲隊に世襲という形で入隊する未来が約束されているのだ。
(座学に実践…、また明日も、座学…実践……、座学、実践……、………体が慣れない……辛い……っ)
黒鷲隊の役割は、ただ戦うことではない。黒鷲隊は、主に敵軍の事前調査や情報収集、他国への情報操作。時には敵軍に潜入し、敵を欺いて、味方の攻撃支援を担う。剣を振るうよりも心を削る役回りであり、求められるのは俊敏さと機転、そして何より忍びとしての冷徹さ。
「○○、」
『……か、勘介さん……?』
「ほら、これ」
『…、……お饅頭ですか?』
「頭を使って、疲れた時には甘味物だからなぁ。ほら、○○は甘味物を食べてる時、凄く幸せそうな顔をしているからさ。それ食べて、元気出せっ」
板間に座り込む○○に、椎良がこっそりと持ち出してきた小さな包みを差し出す。淡い香りが漂い、○○の幼い舌に広がる甘味は、張り詰めた心をほんの一時、解きほぐす。
しかし、その一時を終えれば、再び教育と鍛錬漬けの日々が待っていた。刀を模倣した木刀や弓矢を用いた実践形式の鍛錬を終えた○○は、反屋から、顔色が悪いと指摘を受け、人気のない森林へと足を運ばれた。
(うぅ…っ、……もう、無理…ッ!)
二人は背を向ける形で座り込むと、○○は胃奥からせり上がってきたものを耐えきれず、地面に向けて吐瀉物を吐き出していく。
ぴちゃんと跳ねた吐瀉物の一部が、反屋の着用する常服にかかるも、それに対しての怒りは見せず、○○の背中を優しく摩る。
『……うぅ、…ぇ…ッ、うえ……っ…、!』
「しっかり。気を保て、○○」
『……、………御免なさい、壮太さん。常服、吐瀉物で汚して、御免なさい……っ』
「気にするな。ほら、水を飲め。体内の栄養物、全部吐き出したんだから、何か取り込まないとお前、ここで倒れるぞ」
厳しくも温かい反屋の声を、朧気な意識で聞き取りつつ、震える手で竹筒を受け取る。中に入っている水を飲み込めば、喉を通り、熱を帯びた体にしみ渡っていく。
こうして鍛錬を続ける内に、周囲から次々と○○と同い年の子供の姿が消え始めていた。一年が経つ頃には、かつて同じ座敷で学んでいた仲間の殆どが、鍛錬中の不慮の事故で落命し、自ら命を経ったと風の噂で運んで聞かされ、の○○日常に、いつしか自然と死が紛れ込む。
『弾さん。みんな、居なくなっちゃった。気が付いたら、もう周りに誰も居なくて…、……ぽっかり穴が空いたみたいで……、……寂しい』
「……嫌だよね。昨日まで、隣を歩いていた同胞が突然、姿を消すなんて」
『…、……もしかして、弾さん達も……』
「大丈夫。私達は、いつでも○○の傍に居る」
山中に設けられた稽古場にて腰を下ろし、夕暮れの橙色に照らされていた。力強くもどこか哀しげな五条の発言に、○○は眉を下げ、何を話せばいいのか分からない。
忍びにとって、常に死と隣り合わせ。残された者は、葬られた者の存在を飲み込み、受け入れたのなら、それを糧として歩む。押都をはじめとした、タソガレドキ忍軍に属する大人達も、それを教えとして口にはしないが、常にその想いが刻まれている。
「その子兎は、逃がしてやりなさい」
そんな時、隠れ里の山中にて自ら仕掛けた輪縄に足を取られ、甲高い声を騰がる子兎が捕らえた○○だが、肝心の押都から子兎を逃がすように話されてしまった。輪縄から解放され、茂みの中へと姿を消す子兎を眺めた○○には、その真意を理解出来ない。
星川家の母屋の一室にて、布団にくるまれ、額に冷水に浸した木綿の布を当てられた○○は、襲い来る倦怠感と鈍い頭痛に耐えながらも、じっと天井の染みを見つめていた。
古木を組んで建てられた梁には、淡く黄ばみがかった染みが雨垂れの形が、じんわりと広がる。
(昨日、怪我した所……まだ痛むなぁ……)
包帯を巻かれた額が、ずきずきと疼く。その熱が、骨の奥にまで火が灯っているかのようで、汗ばんだ布団の中で、体温が逃げ場を失う。
思い返すのは、昨日の鍛錬。木々の枝を伝い、先頭を駆ける押都の背を追っていた。だが一瞬の気の緩みから、踏み込んだ枝が湿気を帯びて滑り、身体は虚空へと放り出された。
(足を滑らせてしまうなんて、タソガレドキの忍びを目指す者からすれば、嘲笑される標的だ……)
受け身を取り致命傷は免れたものの、落下の際に鋭い枝が額を掠め、白刃のように真一文字の傷が走った。血が温かく頬を伝った感覚はいまだ生々しい。
些細な怪我だと高を括った月夜だが、帰宅後に発熱を起こし、体は床へ縫い止めざるをえなくなった。本来ならば、今日も座学や実践に赴く筈が、忍びは体が資本だと両親に諭され、こうして素直に従った訳だ。
「○○、」
障子越しに、母の声が届いた。柔らかく、それでいて澄んだ声色は、病床の耳にはやけに響いて胸に染みる。
「押都様が、母屋に来られています。こちらの部屋にお通しするので、今しばらくお待ちなさい」
布団の中で身をもぞかせて、起き上がろうとするが、療養中の為に力が入らず、顔だけを障子の方へ向けていく。
几帳面な足取りが、音もなく近づけば、障子が開かれ、黒鷲隊の時期小頭として名を挙げる押都が姿を現す。その大柄な体躯に似合わぬほど、所作は静謐で、水面に落ちた羽のように気配が軽い。
『お…、押都、さま……』
「突然の訪問……病に伏して、療養中の身に響くと、無礼だと思っている」
○○からすれば、押都の限られた時を自分のために費やさせていると思うのみ。だが、その言葉は押都の偽りなき本音であり、多忙の合間を割いてなお、己の足でこの部屋に辿り着いたのだ。
『……、……御免、なさい』
途切れ途切れの吐息を挟みながら、○○は必死に声を紡ぐ。体は汗に濡れ、熱に浮かされた頬は紅潮している。目は押都を直視する勇気を持てず、虚空を漂うように宙を彷徨う。
『足を滑らせて、怪我をしてしまって……、鍛錬に着いていけなくて、吐いちゃって……、……でも、明日から……また頑張るから……、………御免なさい……』
か細い声に乗って零れるのは、抑え込んできた弱音そのもので、痛々しい程に響く。時期小頭として名を挙げる押都の前で、泣き言を並べるなど、本来ならば許されざる失態。だが今の○○には、羞恥も体裁もなく、胸の奥で溜まり切った澱が一気に溢れ出す。
座学と鍛錬の果てしなさ。昨日まで隣にいた同胞が、次の瞬間にはこの世から消失する現実。額に走る痛みと、止まらぬ熱。幼い心身を縛る鎖はあまりに重く、その全てが不運にも重なり合い、今まさに○○を押し潰そうとしていた。
(……あぁ、…眠い……せっかく、押都様が……)
瞼が灼けるように重く、必死に抗おうとするものの、睡魔は容赦なく襲いかかる。視界の端で、押都の影が灯りに揺らぎ、二重にも三重にも重なっていく。
◇
すやすやと、規則正しい寝息を立てる○○の額には、冷水に浸されたばかりの木綿の布が当てられ、体中から吹き出ていた汗が全て拭き取られていた。そこに居るのは、母屋には、布団に包まれた○○の姿のみ。
押都の影は既に無く、○○の母に一礼を告げて、星川家の敷地を後にしていた。その背を、木々の枝に凭れかかるようにして見下ろす、ひときわ大柄な影が浮かぶ。押都よりも逞しい輪郭を持ち、にぃっと細めた目は、じっと彼の動きを見据えている。
「やぁ。黒鷲隊次期小頭の押都長烈」
背後から声を掛けられたものの、押都は物怖じしない態度を貫く。振り向かずとも、声の主が誰であるのかをとうに理解していたからだ。
「狼隊小頭、雑渡昆奈門殿……」
「そんな堅苦しい肩書き、わざわざ説明口調で言わなくてもいいよ。皆、知っているんだから」
現在は、タソガレドキ忍軍の組頭である雑渡だが、当時は火薬や火器の扱いに長け、戦場において火薬の偽装工作も担う狼隊に所属し、小頭を務めていた。
木立の影から現れ、押都の前に飛び降りれば、薄笑いを浮かべる頭巾に隠された唇とは裏腹に、相手の奥底を覗き込むように冷たく光る。
「会いに行ってたの? 時期小頭としてこの忙しい時期に、名無しの家の息子の所へ」
その一言に、押都の面差しは雑面に覆われて読み取れないが、瞼の奥にかすかな揺らぎが走った。
「跡を付けられていたのですか?」
「人聞きが悪い。押都…お前って案外、分かりやすい人間だしね。いくら所属する隊が違う私でさえ、分かるんだからさ」
押都の背後を追い、名無し家の敷地内に足を踏み入れ、母屋で○○と対面する様を、完全に気配を殺した状態にて眺めていた雑渡。
平時から、蘇利古の雑面で顔を隠され、表情が読み取れないだけでなく、物事に動じない一面が強調される押都だが、彼の本質を見抜いているからこそ、どこか揶揄うようにして、その発言をした。
「黒鷲隊所属希望の、齢一桁の少年がさぁ、同胞みんな全滅して、そんな中でも生き残っているなんて、滅多に見られたものじゃないんだから。この間なんて、単独で小動物を捕獲する為の罠を組み立てて、子兎を捕らえたそうじゃないか。それを、次期小頭か誰かが逃がせって命令を下したから、泣く泣く子兎を逃がした話を風の噂で聞いちゃったんだ」
「……今日は、やけに饒舌ではありませんか」
押都の声は低く、わずかに鋼を孕む。だが雑渡は肩を竦め、にやりと笑った。
「そう? 私って案外、他者との交流を測るのが好きな質たちなんだよ。あぁ、それと…、○○には、ちゃんと実の父親が居るからね。お前、父親面してるみたいだけど、あいつが、笑って許してやってるのに甘えてる押都を見るのも滑稽だけど、程々にね」
あいつとは、○○の父を指す。狼隊に籍を置く雑渡と、黒鷲隊に属する○○の父ーーー、立場こそ異なれど、両者は、世間話を交わす程度の関係を築いていた。
押都が、やや子だった○○と対面した時に泣かれてしまい、困惑する様を雑面越しでも理解出来たと、思い出し笑いをしていたのを雑渡は覚えている。そして、五条・椎良・反屋にも同じように、○○にも一人の半人前の忍びとしてだけでなく、擬似的な父性を感じているのだと。
「私は、彼の父親面をしているつもりは、ございません」
「別にいいよ。お前が、そう認識しているのなら」
しかし雑渡は、知っている。押都が、自分の付けている雑面で泣かれた事が、押都の中では酷く印象に残ってしまった出来事だと。
○○が五条・椎良・反屋と隠れ里にて遊びに励んでいる間、里に忍び込んだ人攫いや暗殺者の手に掛からないかと。日々の座学や鍛錬漬けで、精神が疲弊している中、次期小頭という肩書き故に、○○の父のように月夜へ励ましの言葉一つも掛けてやれない事を悔いていると。
(まぁ全部、あいつが横流ししてくれる情報だけど)
またしても、○○の父の名が出た。そう、雑渡が所属する隊の異なる押都の一挙手一投足を逐一、把握出来ているのには、密告者の存在が不可欠。その密告者というのが、押都と同じ隊に属する○○の父。
そして、押都が○○に励ましの言葉をかけられない事に悔いていようが、兄のように慕っている五条・椎良・反屋がその役割を担っているから、心配は無用だと。雑渡は、押都が子供達に父性を抱いている事を否定すればする程、滑稽であり、人間臭い一面があるのだと知る事が出来る。
◇
時は、現在へと移る。
大火傷を負い、狼隊を離れた雑渡だが、尚も忍びとしての才を失わず、今やタソガレドキ忍軍を纏めあげる組頭の座に就いていた。狼隊の小頭の空席は、雑渡の右腕と謳われる山本陣内が埋め、彼の冷徹さと実力をもって隊を支えられている。一方、黒鷲隊の押都もまた、幾多の死線を越え、小頭に就任して数年が経つ。雑面の下から伝わる威圧が、風格を纏わせて。
そして○○も、齢十五を迎えた。元服の儀を済ませ、少年の背からは抜け出したものの、未だ未熟さと鋭敏な感受性を抱えたままの青年。
『猪鹿垣に掛かった猪と鹿を捕らえたので、タソガレドキ購買部へ、お届けに参りました』
日々の座学と鍛錬、消失する同胞達等と精神的に疲弊する、小さな背をした少年は、今や幼き日に枝を伝い、転げ落ちた小さな背ではなく、筋の通った逞しい影を形づくっていた。
隠れ里にて耕された畑の石垣にて捕らえた猪と鹿の生命を無駄にせず、忍び達の体の資本とすべく、食堂も兼ねている購買部へ届けに向かい、逞しく成長を遂げている。
『猪の肉、薬にもなるんだし…、保健委員会さんにお届けしても良いんだろうけど……』
タソガレドキ以外の人間を受け入れない閉鎖的な社会の隠れ里で育った○○は、よくも悪くも排他的な性格へと変貌。
最近、知り合ったばかりの忍術学園の保健委員会の面々以外とは一見、普通に接してはいるものの、相手の名前を肩書き等で呼び、無自覚な煽り発言をしては、怒りを扇動させてしまう等、珍しくない。それでも、六年は組の善法寺伊作は、敵味方関係なく組頭の雑渡の治療を行った恩があるからと、伊作を始めとした保健委員会の名前は呼び、「保健委員会の面々に会いたい」と単純な理由で、忍術学園に訪れる。
『なんかこの間は、雨に見舞われて、せっかく作ったお弁当もずぶ濡れになってしまったし……』
先日、保健委員会の面々と共に、○○は人生で初めてピクニックに出掛けた。鍛錬等の何の目的もなく、ただ登山をして、山頂に到達し終えたら、景色を堪能。弁当箱を広げ、食堂のおばちゃんと○○の手作り弁当を食べる予定だった。それが、保健委員会の面々が持つ"不運体質"が発動したのだと、その時の○○は知らなかったのだ。
『鹿の肉も薬になるし、後は…、……兎の肉もか』
幼少期時代、○○は山中にて捕らえた子供の野うさぎを押都から逃がせと話された記憶が、ふいに過る。どうして、そのように話したのかを○○は今でも理解出来ない部分があるものの、その時とは明確に違う思いがある。
『押都小頭……兎を"可愛い生き物"と認識して、食べるのを躊躇ったのかな?』
本人に聞いた訳ではない為、○○には、その推理が的を得ているのかは不明。血の通った人間らしさを押都に見出そうとしているのかと思考する。
そんな○○の姿を、気配を殺して眺めている影が二つ。タソガレドキ購買部の入口から、月夜へと視線が向けられていた。
「小頭は、兎を可愛い生き物だと認識されている……、○○は、そのように誤解しているご様子ですが?」
くすくすと笑い、隣に立つ雑面の男へと目を向けるのは、○○の実の父。声音は柔らかいが、どこか棘を含んでいる。
(……あの時、私はあの子兎の親が、どこかで探しているだろうと思った。ただ、それだけだ)
仕掛けられた輪縄に捕らえられ、甲高い声を上げる子兎を探す親兎の存在にまで、あの頃の押都は目を配っていた。だが当時の○○は、親兎の存在にまで気づいてはいない。
(私は、あの時ーーー、まるで助けを求めるかのように、甲高い声を上げる子兎に……無意識に、○○を重ねていたのだろう。そして、親兎を自分に当てはめて……今思えば、何とも滑稽な………)
血も繋がらず、寝床を共にするわけでもない。だが、同僚である父に紹介されて以来、○○の成長を見守り続けてきた押都は、五条・椎良・反屋と同じく、否応なく父性を抱いてしまっていた。それは隠しても隠しきれない人間臭さであり、雑渡にも、そして○○の父も、とうの昔から見抜かれているのが事実。
「○○の実の父親は、まだ健在ですからね。父性を感じられるのは、程々にお願い致しますね」
横から放たれた言葉は、柔和な笑みに包まれながらも、確かな圧を含ませて。黒鷲隊の小頭といえど、幼き頃から共に在った古馴染みであり、右腕候補と呼ばれる○○の父の発言には、押都も咳き込むように返すしかなかった。
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