元JKの記憶喪失空っぽ夢主は、忍たま達に囲まれて生き延びたい
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放課後の忍術学園には、秋の気配が静かに降り積もる。鈍色に染まりかけた空の下、木々の枝葉をすり抜ける風が、寂しげに揺れる銀杏の葉をさらう。金木犀の香りが漂い、甘い余韻を残していく。
本来ある筈の日常が、どこかぽっかりと抜け落ちていても、放課後を迎えた忍術学園は、今日も生徒達の賑やかな声が響き渡る。
土井先生の不在により、忍術学園には、タソガレドキ忍軍の方々の姿が、以前よりも目立つようになった。中立的関係であれど、慎重な警戒が張り巡らされているのは変わりない。
(にしても、まさか雑渡昆奈門さんが一年は組の臨時教員として、教壇に立っているなんて……)
一年は組の教科担当教員の不在は、ただでさえ遅れているという授業の進行に更なる影響を与えるからと急遽、臨時教員に任命されたと聞いた。
そして外部では、忍術学園の教員の方々のみならず、タソガレドキ忍軍に属する精鋭揃いの忍者の方々も、土井先生の捜索にあたっている。更には、野外実習から帰還したばかりの六年生達も動員され、黄昏が差すススキ野原周辺を中心にして、地道な聞き込みを続けていると。
(それに比べて、わたしは……)
土井先生の行方不明の一報を受け、学園長先生からは、"学園内に残って欲しい"と命を受けた。理由は、学園内に密かに蔓延る不穏な空気を、下級生をはじめとした忍たま達に気取らせぬ為。つまりは、平穏を演じる役回りを課されたのだ。
(きっと、それだけの理由じゃないと思う……だって、わたしはーーー)
この時代で、生まれ育ってきた人間ではなかった。記憶の底から浮かび上がった現代の風景ーーー、制服の感触、信号機の点滅、土砂崩れの轟音を思い出してしまった今、自分がかつて生きていた世界の記憶。
本当はこの時代よりも遥か先の未来で、女子高生として何不自由なく暮らしていた。その記憶が、昨日の満月の晩に突如として、"すまあとほん"を介して思い出されたから。
学園側がその事実を知っているとは思わないけれど、わたしは感じてしまう。元の時代に帰る術を持たず、この時代に生きる資格さえも分からない、どこの時間軸にも属さない存在。
(何者でもなかったから……きっと、わたしは、最初から空っぽだったんだろうなぁ)
宙に舞った銀杏の葉が、風に押されて、ゆっくりと地に伏していく。その光景がどこか、自分自身の姿と重なって見えた。
(本当の帰る場所が無い……わたしの時間は、もうどこにも、続いていないのかもしれない)
暮れなずむ空に、深紅の光をひときわ強く染め上げた雲が浮かんでいる。魂の行き場もなくそっと包み込む血の色。
『でも、例え空っぽでも……、今のわたしに出来る事は、最期の時まで果たしたい』
胸の奥に浮かんだ言葉を噛み締める。次の満月の晩、自分の命が尽きるのだとしても。それまでの時間だけは、誰かのために使いたい。この世界で唯一、わたしが選べる意志として。
◇
半月が経過したある日、わたしは学園長の庵に呼ばれた。障子前で正座をし、自身の名前を告げると、学園長先生からの返事が来た。
案に入ると、灯明皿に乗せられた灯芯に火が仄かに揺れていた。庵の主である学園長先生と山田先生。負傷して、傷の処置が施された六年生。その中には、顔を伏せたきり丸くんの姿もある。状況が理解できないと思いつつ、わたしは正座の姿勢を作り、話に耳を傾けていく。
「軍師"天鬼"……?」
「聞かぬ名ですな」
学園長先生と山田先生は、ドクタケ忍者隊に新たに属したという忍者の名前を口にした。
(天鬼……、そんな名前のドクタケ忍者、わたしも聞いた事が無い………)
事の発端は、土井先生の捜索に当たっていた六年生が、ドクタケ忍者隊の詰所に土井先生が居るのではないかと手がかりを掴む。詰所に乗り込んだものの、そこで彼らを待ち受けていたのが、“天鬼”と名乗る謎の男。六人がかりでも太刀打ちできず、圧倒的な戦闘力を持っていた。
全員が深手を置いながらも、誰一人欠ける事なく、詰所に迷い込んだきり丸くんを連れて、こうして帰還した。歴代でも上位と称される彼らの強さがなければ、帰還は叶わなかっただろう。
「そして"天鬼"は、土井先生の顔をしていました」
(えっ……?)
息を呑むような驚きの中で、きり丸くんが小さく呻いた。その瞳は伏せられ、話題に蓋をするかのように、視線は畳の一点に落ちた。
「土井先生に、家族は?」
「いえ。天涯孤独と聞いております」
山田先生が短く答える。
その言葉に、つい先日まで自分も"天涯孤独"と思い込んでいた事を思い出し、胸の奥に苦みが広がる。
「これを……」
立花くんは、赤朽葉色の冊子を取り出し、学園長先生へと差し出す。肩衣の下に巻かれた包帯が見えると、彼らの静かな負傷を物語っていた。
書物の表紙には、【ドクタケ忍者隊 巻ノ一】と書かれ、その内容は、忍術学園を悪と断じ、ドクタケ忍者隊を“愛と正義の忍者”と謳った、子供じみた戯画的な思想書。
「尊奈門との果し合いの時、土井先生は何らかの原因で、記憶を失ったのではないでしょうか? そこに、そのような物を読ませて、自分が、ドクタケ忍者隊の軍師だと思い込ませた……」
「きり丸の名前を出したのですが、反応ありませんでした」
潮江くんと善法寺くんから、ドクタケ忍者隊の詰所で対峙した天鬼(土井先生)の様子を伝えられた。
きり丸くんの名前を聞いても、まったく反応しなかったというその事実に、わたしは思わず唇を結んだ。
(土井先生は、本当に記憶を……)
胸の奥がじくじくと痛んだ。その場にいた誰もが、口には出さずとも、同じ不安を抱いているように見えた。
「きり丸…、土井先生は、私達が必ず連れ戻す」
「じゃから、事は内密にな。四年生以下には、余計な心配を掛けたくないのじゃ……頼むの」
山田先生と学園長先生が、柔らかな声音でそう告げた。気遣い故だろうが、その優しさが却って、きり丸くんを深く傷つけているように、わたしには感じてしまう。
「○○。すまんが、きり丸を一年の忍たま長屋の近くまで、送り届けてはくれんかのぉ」
部屋の片隅で、黙って話に耳を傾けていたわたしに、学園長先生が初めて言葉を向けた。
『はい。勿論、そのつもりでございました。きり丸くんは、わたしが送り届けます』
声に出すと、不思議と胸の奥にあった靄がほんの少しだけ晴れた気がした。きり丸くんに「行こう」と声をかけると、彼は力なく頷き、重たい足取りで立ち上がる。
部屋を後にする際、背後から六年生たちの静かな視線が注がれているのを感じた。記憶喪失となり、自分達を襲撃した土井先生を受け入れられないんだろうと、きり丸くんの心痛を察しているに違いない。
◇
夜の忍術学園に吹く秋の夜風は、肌を撫でるには冷た過ぎて、胸の奥にひたひたと染み込んでくる。一年の忍たま長屋まで、あともう少しの所で、きり丸くんの足がふいに止まった。小さな背中が、頼りなく揺れる。
「○○さんは、知ってたの?」
俯いたままの問いかけだったけれど、声は意外にも、はっきりしていた。
「土井先生が、坂東に出張なんか行ってなかった事」
言葉の棘が、わたしの胸に刺さる。
学園長先生が、土井先生の行方不明を公にさせない為にと伝えられた虚報。
一年は組のいい子達にも伝達され、今日の日まで誰にも疑われる事はなかった。平穏を演じる立ち回りをしたわたしもまた、きり丸くんの目には欺瞞に満ちた人間と認識されているだろう。
「本当は土井先生が、忍術学園も…おれ達の事を忘れてた事……」
声色は震えていたが、涙は零れていない。その強さを目の当たりにして、逆に胸が締めつけられる。わたしは彼の顔を覗き込むように、静かに膝を折った。
『きり丸くん、』
「なんで…、なんでっ」
突然、きり丸くんの小さな拳が、わたしの肩にぽすんと当たった。八つ当たり等と力任せではない。ただ、抑えきれない感情を、目の前にいるわたしに、ぶつけているだけ。その重さが切なくて、やるせない。
「何で○○さんも、何も教えてくれなかったんだよぉ」
今までだったら、こんな時に、わたしは何て声を掛けていたんだろう。もし、わたしがきり丸くんの立場だったら、同じことを言っていた。
慰めの言葉なんて、今はどれも嘘に聞こえてしまうから。
「土井先生……、もうドクタケから、帰って来ないのかな……っ」
その言葉の端に、微かに滲んだ涙の気配。それでもまだ、きり丸くんは涙を見せない。ここまで来ると、泣く事さえも、どこか自分に許していない様だ。
だけど今、自分に出来るのは、ただ、傍にいる事。わたしにできる、唯一の償い。
秋の夜は静かで、やけに澄んでいた。見上げた空には雲が薄く流れ、そこに浮かぶ月はまるで、全てを見下ろす様に冷たく光る。わたしの目の前には、今にも崩れそうな、一人の小さな少年が確かに存在していた。
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放課後の忍術学園には、秋の気配が静かに降り積もる。鈍色に染まりかけた空の下、木々の枝葉をすり抜ける風が、寂しげに揺れる銀杏の葉をさらう。金木犀の香りが漂い、甘い余韻を残していく。
本来ある筈の日常が、どこかぽっかりと抜け落ちていても、放課後を迎えた忍術学園は、今日も生徒達の賑やかな声が響き渡る。
土井先生の不在により、忍術学園には、タソガレドキ忍軍の方々の姿が、以前よりも目立つようになった。中立的関係であれど、慎重な警戒が張り巡らされているのは変わりない。
(にしても、まさか雑渡昆奈門さんが一年は組の臨時教員として、教壇に立っているなんて……)
一年は組の教科担当教員の不在は、ただでさえ遅れているという授業の進行に更なる影響を与えるからと急遽、臨時教員に任命されたと聞いた。
そして外部では、忍術学園の教員の方々のみならず、タソガレドキ忍軍に属する精鋭揃いの忍者の方々も、土井先生の捜索にあたっている。更には、野外実習から帰還したばかりの六年生達も動員され、黄昏が差すススキ野原周辺を中心にして、地道な聞き込みを続けていると。
(それに比べて、わたしは……)
土井先生の行方不明の一報を受け、学園長先生からは、"学園内に残って欲しい"と命を受けた。理由は、学園内に密かに蔓延る不穏な空気を、下級生をはじめとした忍たま達に気取らせぬ為。つまりは、平穏を演じる役回りを課されたのだ。
(きっと、それだけの理由じゃないと思う……だって、わたしはーーー)
この時代で、生まれ育ってきた人間ではなかった。記憶の底から浮かび上がった現代の風景ーーー、制服の感触、信号機の点滅、土砂崩れの轟音を思い出してしまった今、自分がかつて生きていた世界の記憶。
本当はこの時代よりも遥か先の未来で、女子高生として何不自由なく暮らしていた。その記憶が、昨日の満月の晩に突如として、"すまあとほん"を介して思い出されたから。
学園側がその事実を知っているとは思わないけれど、わたしは感じてしまう。元の時代に帰る術を持たず、この時代に生きる資格さえも分からない、どこの時間軸にも属さない存在。
(何者でもなかったから……きっと、わたしは、最初から空っぽだったんだろうなぁ)
宙に舞った銀杏の葉が、風に押されて、ゆっくりと地に伏していく。その光景がどこか、自分自身の姿と重なって見えた。
(本当の帰る場所が無い……わたしの時間は、もうどこにも、続いていないのかもしれない)
暮れなずむ空に、深紅の光をひときわ強く染め上げた雲が浮かんでいる。魂の行き場もなくそっと包み込む血の色。
『でも、例え空っぽでも……、今のわたしに出来る事は、最期の時まで果たしたい』
胸の奥に浮かんだ言葉を噛み締める。次の満月の晩、自分の命が尽きるのだとしても。それまでの時間だけは、誰かのために使いたい。この世界で唯一、わたしが選べる意志として。
◇
半月が経過したある日、わたしは学園長の庵に呼ばれた。障子前で正座をし、自身の名前を告げると、学園長先生からの返事が来た。
案に入ると、灯明皿に乗せられた灯芯に火が仄かに揺れていた。庵の主である学園長先生と山田先生。負傷して、傷の処置が施された六年生。その中には、顔を伏せたきり丸くんの姿もある。状況が理解できないと思いつつ、わたしは正座の姿勢を作り、話に耳を傾けていく。
「軍師"天鬼"……?」
「聞かぬ名ですな」
学園長先生と山田先生は、ドクタケ忍者隊に新たに属したという忍者の名前を口にした。
(天鬼……、そんな名前のドクタケ忍者、わたしも聞いた事が無い………)
事の発端は、土井先生の捜索に当たっていた六年生が、ドクタケ忍者隊の詰所に土井先生が居るのではないかと手がかりを掴む。詰所に乗り込んだものの、そこで彼らを待ち受けていたのが、“天鬼”と名乗る謎の男。六人がかりでも太刀打ちできず、圧倒的な戦闘力を持っていた。
全員が深手を置いながらも、誰一人欠ける事なく、詰所に迷い込んだきり丸くんを連れて、こうして帰還した。歴代でも上位と称される彼らの強さがなければ、帰還は叶わなかっただろう。
「そして"天鬼"は、土井先生の顔をしていました」
(えっ……?)
息を呑むような驚きの中で、きり丸くんが小さく呻いた。その瞳は伏せられ、話題に蓋をするかのように、視線は畳の一点に落ちた。
「土井先生に、家族は?」
「いえ。天涯孤独と聞いております」
山田先生が短く答える。
その言葉に、つい先日まで自分も"天涯孤独"と思い込んでいた事を思い出し、胸の奥に苦みが広がる。
「これを……」
立花くんは、赤朽葉色の冊子を取り出し、学園長先生へと差し出す。肩衣の下に巻かれた包帯が見えると、彼らの静かな負傷を物語っていた。
書物の表紙には、【ドクタケ忍者隊 巻ノ一】と書かれ、その内容は、忍術学園を悪と断じ、ドクタケ忍者隊を“愛と正義の忍者”と謳った、子供じみた戯画的な思想書。
「尊奈門との果し合いの時、土井先生は何らかの原因で、記憶を失ったのではないでしょうか? そこに、そのような物を読ませて、自分が、ドクタケ忍者隊の軍師だと思い込ませた……」
「きり丸の名前を出したのですが、反応ありませんでした」
潮江くんと善法寺くんから、ドクタケ忍者隊の詰所で対峙した天鬼(土井先生)の様子を伝えられた。
きり丸くんの名前を聞いても、まったく反応しなかったというその事実に、わたしは思わず唇を結んだ。
(土井先生は、本当に記憶を……)
胸の奥がじくじくと痛んだ。その場にいた誰もが、口には出さずとも、同じ不安を抱いているように見えた。
「きり丸…、土井先生は、私達が必ず連れ戻す」
「じゃから、事は内密にな。四年生以下には、余計な心配を掛けたくないのじゃ……頼むの」
山田先生と学園長先生が、柔らかな声音でそう告げた。気遣い故だろうが、その優しさが却って、きり丸くんを深く傷つけているように、わたしには感じてしまう。
「○○。すまんが、きり丸を一年の忍たま長屋の近くまで、送り届けてはくれんかのぉ」
部屋の片隅で、黙って話に耳を傾けていたわたしに、学園長先生が初めて言葉を向けた。
『はい。勿論、そのつもりでございました。きり丸くんは、わたしが送り届けます』
声に出すと、不思議と胸の奥にあった靄がほんの少しだけ晴れた気がした。きり丸くんに「行こう」と声をかけると、彼は力なく頷き、重たい足取りで立ち上がる。
部屋を後にする際、背後から六年生たちの静かな視線が注がれているのを感じた。記憶喪失となり、自分達を襲撃した土井先生を受け入れられないんだろうと、きり丸くんの心痛を察しているに違いない。
◇
夜の忍術学園に吹く秋の夜風は、肌を撫でるには冷た過ぎて、胸の奥にひたひたと染み込んでくる。一年の忍たま長屋まで、あともう少しの所で、きり丸くんの足がふいに止まった。小さな背中が、頼りなく揺れる。
「○○さんは、知ってたの?」
俯いたままの問いかけだったけれど、声は意外にも、はっきりしていた。
「土井先生が、坂東に出張なんか行ってなかった事」
言葉の棘が、わたしの胸に刺さる。
学園長先生が、土井先生の行方不明を公にさせない為にと伝えられた虚報。
一年は組のいい子達にも伝達され、今日の日まで誰にも疑われる事はなかった。平穏を演じる立ち回りをしたわたしもまた、きり丸くんの目には欺瞞に満ちた人間と認識されているだろう。
「本当は土井先生が、忍術学園も…おれ達の事を忘れてた事……」
声色は震えていたが、涙は零れていない。その強さを目の当たりにして、逆に胸が締めつけられる。わたしは彼の顔を覗き込むように、静かに膝を折った。
『きり丸くん、』
「なんで…、なんでっ」
突然、きり丸くんの小さな拳が、わたしの肩にぽすんと当たった。八つ当たり等と力任せではない。ただ、抑えきれない感情を、目の前にいるわたしに、ぶつけているだけ。その重さが切なくて、やるせない。
「何で○○さんも、何も教えてくれなかったんだよぉ」
今までだったら、こんな時に、わたしは何て声を掛けていたんだろう。もし、わたしがきり丸くんの立場だったら、同じことを言っていた。
慰めの言葉なんて、今はどれも嘘に聞こえてしまうから。
「土井先生……、もうドクタケから、帰って来ないのかな……っ」
その言葉の端に、微かに滲んだ涙の気配。それでもまだ、きり丸くんは涙を見せない。ここまで来ると、泣く事さえも、どこか自分に許していない様だ。
だけど今、自分に出来るのは、ただ、傍にいる事。わたしにできる、唯一の償い。
秋の夜は静かで、やけに澄んでいた。見上げた空には雲が薄く流れ、そこに浮かぶ月はまるで、全てを見下ろす様に冷たく光る。わたしの目の前には、今にも崩れそうな、一人の小さな少年が確かに存在していた。
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