元JKの記憶喪失空っぽ夢主は、忍たま達に囲まれて生き延びたい
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忍術学園の裏庭から、微かに金木犀の香りが漂う。風は穏やかに枝葉を揺らし、木漏れ日が、砂利道にゆらゆらと模様を落としていた。秋特有の澄んだ空気の中で、常服姿の土井先生の姿を見つける。
『土井先生。夕刻前なのに、お出掛けですか?』
声を掛けると、土井先生は手に持っていた封筒を見せて、小さく笑った。封筒の表には、流麗な筆致で“果たし状”の三文字。淡く色づき始めた銀杏の葉が、足元に一枚ひらりと舞い落ちた。
「いや、実はね……」
土井先生は、その場に立ったまま簡潔に状況を説明してくれる。
曰く、タソガレドキ忍軍に所属する諸泉尊奈門さんから、またも果たし状が届けられたという。決闘の場は、ススキ野原。斜陽の落ちかかる草原にて、正々堂々と挑むという内容だ。
『あぁ、諸滑ずんだ門さんが……』
「諸泉尊奈門くんだよ」
故意的に名前を間違えるも、土井先生は慣れた様子で即座に訂正した。日常の一幕として、ごく自然な応酬。
『園田村の一件から、懲りずに果たし状を送って来るなんて、随分と律儀な方ですね』
「律儀というより、執念深い、かな……。ただ、これ以上命懸けで続ければ、タソガレドキの組頭の逆鱗に触れかねない。そうなると、こっちもただじゃ済まないからね」
言葉の端に、慎重な配慮と疲弊が滲んでいる。タソガレドキ忍軍は、忍術学園をも上回る規模と戦力を持つ一大勢力。その組頭の雑渡昆奈門さんは、六年は組の善法寺伊作くんと、ちょっとした縁がある。また、園田村の一件をきっかけに、現在は中立的立場を築いている。とはいえ、ほんの些細な火種が、再び戦の烽火を上げる可能性もまた秘めている。
『乱太郎くん達、もうじき帰ってくると思いますよ。いい子達ですから、門限を破るなんて事はしないと思いますし。もしかすると、すれ違うかもしれませんね』
「あはは…、ちゃんと授業の予習・復習をしているのかを、確かめておかないと……」
土井先生は苦笑しながら、腹にそっと手を当てた。秋の乾いた風が、彼の髪を優しく撫でる。一年は組を受け持つようになってから発症した、神経性胃腸炎に襲われているのだろう。それでも約束の場に赴く姿勢を崩さず、土井先生らしい気骨を感じさせた。
「おっと、いけない……じゃあ、○○さん。明日の朝には帰って来れるとは思うから、また」
『はい、気をつけて下さいね』
日が西に傾き始め、山の稜線が金色の光に縁取られている。事務員の小松田さんから入門表のサインを頼まれた土井先生は、慣れた手つきで自分の名前を書き入れた。
朱色の光を背に、静かに正門を出ていく背中。その姿を、わたしは門の影に立ったまま、そっと見送った。ススキの穂が秋の風に揺れる遠野へ。
◇
夕餉を終え、くのたま長屋で湯呑を片手に静かに過ごしていた。そんな時、突如として手元の“すまあとほん”が、ぱちり、と不規則な光を放ち始めた。
(な……何、今の……?)
今まで、一度として見たことのない挙動だった。文章の読み取りや光線の照射は出来たが、他者との連絡手段としては使用出来ない。それが今ーーー、まるで意思を持ったのか、墨で書かれた筆跡が浮かび上がる。夜の静けさの中で、わたしの網膜に焼きつく。
『ゔっ……!!』
その瞬間、頭の奥で重い衝撃が鳴り響いた。殴られたような感覚が遅い、視界がぐらつく。背後から気配は感じ取れず、この長屋にはわたし一人しかいない。外からではなく、内からの襲撃であると分かるものの、対処の仕様がない。
(最近…、満月の晩は胸騒ぎがする事が増えていた……まるで、誰かに呼ばれているような……)
今日もまた、その満月の晩であった。すると豪風と共に突然、溢れてくる記憶の数々が、脳を蹂躙してくる。
制服を着た同級生たちの笑顔。薄曇りの朝に響くチャイム。音楽を聴きながら歩いた通学路。コンビニの袋の音。半僧坊研修へのため息。そして、濁流を彷彿とさせる土砂崩れの轟音。引きちぎられる悲鳴。窓にぶつかる泥と木片。途切れる意識。
フィルムの欠片を無理やりつなげたような、断続的で暴力的な映像の奔流。脳がそれを処理しきれない。視界が激しく揺れ、呼吸が浅くなる。
『……ッ、……ッッ!!』
手で口を押さえ、反射的に長屋を飛び出す。冷たい夜気が、肌を切るように吹き抜ける。足元がおぼつかないまま、人気のない森林地帯に辿り着いたと分かれば、その場に膝をつく。
琴線が切れた様に、わたしは胃の内容物を激しく吐き出した。夕餉で食べた温かい汁や副菜が、見る影もなく土の上に広がっていく。消化され、形を失ったそれが、まるで“自分の一部”が零れ落ちていく様に思えてしまった。身体の芯が震えている。
(あの記憶は、幻? いや、それとも……違う、あれは、あの記憶はーーー)
漆黒の帳が降ろされた空には、満月の神々しい光が、その光は、どこまでも空っぽになったわたしを、ただ静かに、ただ冷ややかに照らしていた。
("すまあとほん"に残された、あの筆跡……、)
"次の満月の晩、其方の命は終焉を迎える"
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忍術学園の裏庭から、微かに金木犀の香りが漂う。風は穏やかに枝葉を揺らし、木漏れ日が、砂利道にゆらゆらと模様を落としていた。秋特有の澄んだ空気の中で、常服姿の土井先生の姿を見つける。
『土井先生。夕刻前なのに、お出掛けですか?』
声を掛けると、土井先生は手に持っていた封筒を見せて、小さく笑った。封筒の表には、流麗な筆致で“果たし状”の三文字。淡く色づき始めた銀杏の葉が、足元に一枚ひらりと舞い落ちた。
「いや、実はね……」
土井先生は、その場に立ったまま簡潔に状況を説明してくれる。
曰く、タソガレドキ忍軍に所属する諸泉尊奈門さんから、またも果たし状が届けられたという。決闘の場は、ススキ野原。斜陽の落ちかかる草原にて、正々堂々と挑むという内容だ。
『あぁ、諸滑ずんだ門さんが……』
「諸泉尊奈門くんだよ」
故意的に名前を間違えるも、土井先生は慣れた様子で即座に訂正した。日常の一幕として、ごく自然な応酬。
『園田村の一件から、懲りずに果たし状を送って来るなんて、随分と律儀な方ですね』
「律儀というより、執念深い、かな……。ただ、これ以上命懸けで続ければ、タソガレドキの組頭の逆鱗に触れかねない。そうなると、こっちもただじゃ済まないからね」
言葉の端に、慎重な配慮と疲弊が滲んでいる。タソガレドキ忍軍は、忍術学園をも上回る規模と戦力を持つ一大勢力。その組頭の雑渡昆奈門さんは、六年は組の善法寺伊作くんと、ちょっとした縁がある。また、園田村の一件をきっかけに、現在は中立的立場を築いている。とはいえ、ほんの些細な火種が、再び戦の烽火を上げる可能性もまた秘めている。
『乱太郎くん達、もうじき帰ってくると思いますよ。いい子達ですから、門限を破るなんて事はしないと思いますし。もしかすると、すれ違うかもしれませんね』
「あはは…、ちゃんと授業の予習・復習をしているのかを、確かめておかないと……」
土井先生は苦笑しながら、腹にそっと手を当てた。秋の乾いた風が、彼の髪を優しく撫でる。一年は組を受け持つようになってから発症した、神経性胃腸炎に襲われているのだろう。それでも約束の場に赴く姿勢を崩さず、土井先生らしい気骨を感じさせた。
「おっと、いけない……じゃあ、○○さん。明日の朝には帰って来れるとは思うから、また」
『はい、気をつけて下さいね』
日が西に傾き始め、山の稜線が金色の光に縁取られている。事務員の小松田さんから入門表のサインを頼まれた土井先生は、慣れた手つきで自分の名前を書き入れた。
朱色の光を背に、静かに正門を出ていく背中。その姿を、わたしは門の影に立ったまま、そっと見送った。ススキの穂が秋の風に揺れる遠野へ。
◇
夕餉を終え、くのたま長屋で湯呑を片手に静かに過ごしていた。そんな時、突如として手元の“すまあとほん”が、ぱちり、と不規則な光を放ち始めた。
(な……何、今の……?)
今まで、一度として見たことのない挙動だった。文章の読み取りや光線の照射は出来たが、他者との連絡手段としては使用出来ない。それが今ーーー、まるで意思を持ったのか、墨で書かれた筆跡が浮かび上がる。夜の静けさの中で、わたしの網膜に焼きつく。
『ゔっ……!!』
その瞬間、頭の奥で重い衝撃が鳴り響いた。殴られたような感覚が遅い、視界がぐらつく。背後から気配は感じ取れず、この長屋にはわたし一人しかいない。外からではなく、内からの襲撃であると分かるものの、対処の仕様がない。
(最近…、満月の晩は胸騒ぎがする事が増えていた……まるで、誰かに呼ばれているような……)
今日もまた、その満月の晩であった。すると豪風と共に突然、溢れてくる記憶の数々が、脳を蹂躙してくる。
制服を着た同級生たちの笑顔。薄曇りの朝に響くチャイム。音楽を聴きながら歩いた通学路。コンビニの袋の音。半僧坊研修へのため息。そして、濁流を彷彿とさせる土砂崩れの轟音。引きちぎられる悲鳴。窓にぶつかる泥と木片。途切れる意識。
フィルムの欠片を無理やりつなげたような、断続的で暴力的な映像の奔流。脳がそれを処理しきれない。視界が激しく揺れ、呼吸が浅くなる。
『……ッ、……ッッ!!』
手で口を押さえ、反射的に長屋を飛び出す。冷たい夜気が、肌を切るように吹き抜ける。足元がおぼつかないまま、人気のない森林地帯に辿り着いたと分かれば、その場に膝をつく。
琴線が切れた様に、わたしは胃の内容物を激しく吐き出した。夕餉で食べた温かい汁や副菜が、見る影もなく土の上に広がっていく。消化され、形を失ったそれが、まるで“自分の一部”が零れ落ちていく様に思えてしまった。身体の芯が震えている。
(あの記憶は、幻? いや、それとも……違う、あれは、あの記憶はーーー)
漆黒の帳が降ろされた空には、満月の神々しい光が、その光は、どこまでも空っぽになったわたしを、ただ静かに、ただ冷ややかに照らしていた。
("すまあとほん"に残された、あの筆跡……、)
"次の満月の晩、其方の命は終焉を迎える"
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