元JKの記憶喪失空っぽ夢主は、忍たま達に囲まれて生き延びたい
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「あっ、○○さーん!」
昼下がり、喧噪の途切れた裏通りに、聞き慣れた声が響いた。振り返ると、細い路地の先からきり丸くんが手を振って駆けて来て、そのすぐ後ろには土井先生の姿もあった。
『きり丸くん、土井先生、こんにちは。御二人揃って、今日はどうされたんですか?』
「これから、町内会のドブ掃除があるんすよ」
きり丸くんが、肩に担いだ竹箒をぽんと揺らす。どうやら、二人が休みの間に暮らす為に借りている長屋の区域は、今日がドブ掃除の当番の日だという。
わたしも昔、幾度となく訪ずれた場所だ。銭集めの為に引き受けたアルバイトがきっかけで、この市中の人とも多少、顔見知りとなっている。
『だったら、わたしも参加しちゃおうかな』
「えっ?」
皆が常服だと思い込み、一度も疑われた事の無い白色の服の袖を捲り、笑みを浮かべると、きり丸くんが素っ頓狂な声を上げた。
『大丈夫。ここの長屋の大家さんとは、前から関わりがあってね。ドブ掃除のアルバイトもした事があるから、やり方も分かってるよ』
「い、一銭にもならない事を、自分からするなんて……、○○さんって、伊作先輩みたいな事するんですね」
その発言に、ふと肩の力が抜けて、くすっと笑ってしまう。誰彼構わず、それが自分の命を狙うかもしれない敵でさえ、手を差し伸べる善法寺伊作くんの姿が頭に浮かぶが、彼のような“善性の塊”に、自分を準なぞらえるのは、どこか違う気がする。
「きり丸。○○さんの飛び入り参加癖は、昔からだよ」
そこに、土井先生がぽつりと口を開いた。穏やかながら、少しばかり懐かしむような口調。
「くの一教室の授業だけじゃなくて、忍たまの授業にも飛び入り参加をしていた。それも、学園長先生直々に許可を下ろされていた上でな。今回のドブ掃除の手伝いも、その飛び入り参加癖という訳だ」
「土井先生、やけに詳しい物言いっすね〜。もしかして、何か訳ありだったりとかーーー」
「お前と同じで、ドブ掃除のアルバイトに来てくれていた時期に、たまたま私と一緒にドブ掃除をしていただけだ!」
きり丸くんが一言付け足し、悪戯に笑うも、土井先生が即座に返答してのける。わたしはと言えば、そのやり取りを黙って見守っていた。土井先生の言葉は事実だし、わたしにも特に否定する理由はない。
ただ、昔のことを思い出すたびに、胸の奥のどこかが、ほんのり温かくなるのを感じていた。
◇
『きり丸くん、こっちこっち』
ドブ掃除を終えたわたしは、竹箒を返し終えたきり丸くんを連れて、土手道を抜けて河原へと歩みを進めた。
まだ春の余韻が残る空気の中、水辺には桃色の花びらが、ほろほろと浮かんでいる。流れに身を任せながら、くるくると回る花びら達。どこか遠くへ、旅立とうとしているみたい。
『川の水も綺麗だけど、海の水はもっと綺麗なんだろうなぁ』
「そうっすか? 川も海も、同じ様な気もしますけど……」
きり丸くんは首を傾げながら、川に向かって小石を投げる。ぽちゃん、と水面が静かに波打つ。それを見てから、常服を着用した状態で、川の中へと入っていく。くるぶしの位置まである黒色の布(後の時代のタイツ)に湿り気が伝わっても、今は構わない。
『わたし、いつか神崎の海に行ってみたいなぁ』
神崎の海ーーー、まだ赴いた事は無いけれど、潮の匂い、風の音、打ち寄せる波の白さを自分の中で想像を膨らませ、一人で楽しむ。空を映した川面と花びら達は、このまま海へと流れ着くのだろうか。
「○○さん、兵庫水軍の人達とお会いした事、ありましたっけ?」
河原の石に腰を下ろしたきり丸くんが発したのは、瀬戸内海に本拠地を構え、ひょんな事から忍術学園と関わりのある水軍の名前。
『うーん…、あんまり無いかも』
「だから、海に行きたいって思ったんすね。でも、何で神崎?」
『忍術学園からだったら、近い所じゃないかなって』
これでも、現六年生が入学する一年前から、
忍術や体術について学んでいた。男性と女性の体格差は見られるものの、市中で暮らす女性よりは力もあるし、身のこなしと違うだろうと自負している。だから、神崎の海までは、現六年生程じゃないにしろ、容易に辿り着けられるだろうと。
「やっぱり、○○さんもちょっと変わってますよね」
『それ、本人に言っちゃうの?』
「だって、事実じゃないっすか。いつも"はんぺん"を持っていらっしゃるのなんて、変わってますって」
きり丸くんは、そう言ってすぐ、土井先生にも見せたい悪戯な笑みを見せた。陽の光を受けて、その笑顔が眩しい。陽射しの中、無邪気なその笑みがやけに眩しく見える。
きらきらと水面が反射して、彼の輪郭をやわらかく縁取っていた。川のせせらぎ。遠くで鳴く鳥の声。春の風が、川辺の草をそっと撫でていく。
『変わってるって時々、褒め言葉みたいに聞こえるんだ』
「えっ?それって、どういう……?」
『だって、普通って、どこからどこまでが普通なんだろうって。わたし、よく分からないから。変わってるって言われた方が、ちょっと安心するのかも』
そう語りながら、そっと足元の川に目を落とす。黒色の布越しに、水の冷たさがじんわりと伝わってくる。それは、不快ではなく、"ここにいる"という実感を与えてくれた。
わたしの発言の意図が読み取れなかったのか、きり丸くんは「うーん」と声を上げて唸り、難しい顔を浮かべている。
(…、……きり丸くんは、自分の足で地に立てる様に、忍術学園に来る前から、アルバイトに励んでいたんだもんね)
銭を稼ぎ、戦や災害、飢饉が耐えない日々を生き延びる為に、一人で生きてきたきり丸くんの姿に、わたしは勝手に自分を重ねてしまう。根本的に違うかもしれないけど、何かが似ている気がして。
『ねぇ、きり丸くん』
「はい?」
『一緒に、神崎の海に行ってみる?』
ふいに話題を逸らすように、そんな問いを投げてみた。
「タダじゃ、嫌!」
『だよねぇ』
けらけらと笑う自分の声が、春の空気に溶けていき、ひらひらと流れる花びらを指先で掬う。
どこかへ旅立とうとしている花びらたち。あれも、わたしも。流れのままに、いつかどこかへ。
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「あっ、○○さーん!」
昼下がり、喧噪の途切れた裏通りに、聞き慣れた声が響いた。振り返ると、細い路地の先からきり丸くんが手を振って駆けて来て、そのすぐ後ろには土井先生の姿もあった。
『きり丸くん、土井先生、こんにちは。御二人揃って、今日はどうされたんですか?』
「これから、町内会のドブ掃除があるんすよ」
きり丸くんが、肩に担いだ竹箒をぽんと揺らす。どうやら、二人が休みの間に暮らす為に借りている長屋の区域は、今日がドブ掃除の当番の日だという。
わたしも昔、幾度となく訪ずれた場所だ。銭集めの為に引き受けたアルバイトがきっかけで、この市中の人とも多少、顔見知りとなっている。
『だったら、わたしも参加しちゃおうかな』
「えっ?」
皆が常服だと思い込み、一度も疑われた事の無い白色の服の袖を捲り、笑みを浮かべると、きり丸くんが素っ頓狂な声を上げた。
『大丈夫。ここの長屋の大家さんとは、前から関わりがあってね。ドブ掃除のアルバイトもした事があるから、やり方も分かってるよ』
「い、一銭にもならない事を、自分からするなんて……、○○さんって、伊作先輩みたいな事するんですね」
その発言に、ふと肩の力が抜けて、くすっと笑ってしまう。誰彼構わず、それが自分の命を狙うかもしれない敵でさえ、手を差し伸べる善法寺伊作くんの姿が頭に浮かぶが、彼のような“善性の塊”に、自分を準なぞらえるのは、どこか違う気がする。
「きり丸。○○さんの飛び入り参加癖は、昔からだよ」
そこに、土井先生がぽつりと口を開いた。穏やかながら、少しばかり懐かしむような口調。
「くの一教室の授業だけじゃなくて、忍たまの授業にも飛び入り参加をしていた。それも、学園長先生直々に許可を下ろされていた上でな。今回のドブ掃除の手伝いも、その飛び入り参加癖という訳だ」
「土井先生、やけに詳しい物言いっすね〜。もしかして、何か訳ありだったりとかーーー」
「お前と同じで、ドブ掃除のアルバイトに来てくれていた時期に、たまたま私と一緒にドブ掃除をしていただけだ!」
きり丸くんが一言付け足し、悪戯に笑うも、土井先生が即座に返答してのける。わたしはと言えば、そのやり取りを黙って見守っていた。土井先生の言葉は事実だし、わたしにも特に否定する理由はない。
ただ、昔のことを思い出すたびに、胸の奥のどこかが、ほんのり温かくなるのを感じていた。
◇
『きり丸くん、こっちこっち』
ドブ掃除を終えたわたしは、竹箒を返し終えたきり丸くんを連れて、土手道を抜けて河原へと歩みを進めた。
まだ春の余韻が残る空気の中、水辺には桃色の花びらが、ほろほろと浮かんでいる。流れに身を任せながら、くるくると回る花びら達。どこか遠くへ、旅立とうとしているみたい。
『川の水も綺麗だけど、海の水はもっと綺麗なんだろうなぁ』
「そうっすか? 川も海も、同じ様な気もしますけど……」
きり丸くんは首を傾げながら、川に向かって小石を投げる。ぽちゃん、と水面が静かに波打つ。それを見てから、常服を着用した状態で、川の中へと入っていく。くるぶしの位置まである黒色の布(後の時代のタイツ)に湿り気が伝わっても、今は構わない。
『わたし、いつか神崎の海に行ってみたいなぁ』
神崎の海ーーー、まだ赴いた事は無いけれど、潮の匂い、風の音、打ち寄せる波の白さを自分の中で想像を膨らませ、一人で楽しむ。空を映した川面と花びら達は、このまま海へと流れ着くのだろうか。
「○○さん、兵庫水軍の人達とお会いした事、ありましたっけ?」
河原の石に腰を下ろしたきり丸くんが発したのは、瀬戸内海に本拠地を構え、ひょんな事から忍術学園と関わりのある水軍の名前。
『うーん…、あんまり無いかも』
「だから、海に行きたいって思ったんすね。でも、何で神崎?」
『忍術学園からだったら、近い所じゃないかなって』
これでも、現六年生が入学する一年前から、
忍術や体術について学んでいた。男性と女性の体格差は見られるものの、市中で暮らす女性よりは力もあるし、身のこなしと違うだろうと自負している。だから、神崎の海までは、現六年生程じゃないにしろ、容易に辿り着けられるだろうと。
「やっぱり、○○さんもちょっと変わってますよね」
『それ、本人に言っちゃうの?』
「だって、事実じゃないっすか。いつも"はんぺん"を持っていらっしゃるのなんて、変わってますって」
きり丸くんは、そう言ってすぐ、土井先生にも見せたい悪戯な笑みを見せた。陽の光を受けて、その笑顔が眩しい。陽射しの中、無邪気なその笑みがやけに眩しく見える。
きらきらと水面が反射して、彼の輪郭をやわらかく縁取っていた。川のせせらぎ。遠くで鳴く鳥の声。春の風が、川辺の草をそっと撫でていく。
『変わってるって時々、褒め言葉みたいに聞こえるんだ』
「えっ?それって、どういう……?」
『だって、普通って、どこからどこまでが普通なんだろうって。わたし、よく分からないから。変わってるって言われた方が、ちょっと安心するのかも』
そう語りながら、そっと足元の川に目を落とす。黒色の布越しに、水の冷たさがじんわりと伝わってくる。それは、不快ではなく、"ここにいる"という実感を与えてくれた。
わたしの発言の意図が読み取れなかったのか、きり丸くんは「うーん」と声を上げて唸り、難しい顔を浮かべている。
(…、……きり丸くんは、自分の足で地に立てる様に、忍術学園に来る前から、アルバイトに励んでいたんだもんね)
銭を稼ぎ、戦や災害、飢饉が耐えない日々を生き延びる為に、一人で生きてきたきり丸くんの姿に、わたしは勝手に自分を重ねてしまう。根本的に違うかもしれないけど、何かが似ている気がして。
『ねぇ、きり丸くん』
「はい?」
『一緒に、神崎の海に行ってみる?』
ふいに話題を逸らすように、そんな問いを投げてみた。
「タダじゃ、嫌!」
『だよねぇ』
けらけらと笑う自分の声が、春の空気に溶けていき、ひらひらと流れる花びらを指先で掬う。
どこかへ旅立とうとしている花びらたち。あれも、わたしも。流れのままに、いつかどこかへ。
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