キストトキメキ【いずはる】
「…………」
くちびるを離した瞬間の和泉の表情に、春田の胸は高鳴った。ドキドキしすぎて心臓が痛い。
キスをするつもりは全然なかった、といえば嘘だ。和泉とふたりきりで残業しているオフィス、空調とハードディスクドライブの静かな駆動音もはっきり聞こえるさなか。
和泉からは一度、想いを伝えられていた。だが春田は首を縦には振れなかった。春田と同じ姿かたちをした恋人の姿を、和泉が重ねて見ている気がしてしまったから。
それでも記憶には、最初のキスが残っている。わき腹から血を流して倒れていた和泉が、死んでしまった恋人と春田を間違えてキスしてしまったのだろうが――春田にとっては強烈な記憶であり、胸の棘でもあった。
「春田、さん……あの」
朱に染まった年上の男の頬が憎らしくも可愛らしい。どうしてキスされたのかわからない、でも照れや喜びも入り混じった目をして。
あの時の春田には驚きと戸惑いしかなかった。知り合ったばかりの和泉に恋愛感情なんてなくて、だけどキスされてしまった。
和泉にも思い知らせてやりたかった、突然キスをされた側の感情を。しかし、この場合……和泉が、自分に対して恋愛感情を抱いてしまっている今、彼の心に悪い感情が生まれているのかが疑問だった。
「和泉さん、今の、どうでした?」
何の前フリもなくキスしたことをどうかと春田は訊いてみる。和泉の指が、自身の薄めのくちびるを触る。
「はい……驚きました。でも、嬉しいです……」
頬だけではなく耳までも血色が良くなった。見つめてくる眸も潤んでいる。
何だか思っていたのとは反応が違った。春田は後ろ頭を掻きながら椅子に座り直し、和泉と膝を突き合わせた。高鳴るままの胸の声が命令して、シャープなフェイスラインへと手が伸びる。
「もうちょいびっくりしてほしかったな」
「これでも、すごくびっくりしてますよ」
和泉の頬に添わせた春田の手の上から、大きな手が重なってくる。指先が熱い。体温が全部流れてくるみたい。
「春田さんからキスしてもらって、すごくドキドキしてます……」
指先から流れてくる和泉の体温で、心臓が燃えそうだ。好きだと思うから感じる特別な熱のようで、あの時は知らなかった。流れる血が和泉からぬくもりを奪うだけだったから。
「……秋斗さんだって、思わなかった?」
あの時みたいに、その胸の奥に永遠に息づく恋人を思い出したりしたんだろうか。流れた血にフラッシュバックした面影を今は、この眸はどう捉えたんだろう。
和泉はかぶりを振って、穏やかに答える。
「春田さんは秋斗と違います。秋斗の居場所は心のなかにちゃんとあるとわかったから、私は春田さんに恋をしているんですよ」
あなたのことを好きだと想う気持ちをもう止めたくはない。和泉が前のめりに距離を詰めてくる。
思わず目を瞑ると、くちびるにやわらかいものが押し付けられた。血の味……ではなく、甘い味がする。和泉がついさっき口に入れた、ミルク味のキャンディーの味だ。ドキドキが加速して心臓が破裂しそう。
体感何十秒も経たないうちに、ちゅっ、と名残の音と共に感触は離れていった。
おそるおそる目を開けてみれば、照れた和泉の顔が結構近くにある。そんな様子がすごく可愛いと感じてしまった。
「……なんか、和泉さんって……ほっとけない感じ?」
守ってあげたいと思うのも本音だし、かっこよくて頼りがいがあると思うのも本音。
背中合わせな二面性にどうにも心が惹かれていく気がする――春田はまた、自分から和泉にキスをしてみた。
肩へと伸びてきた手に抱き寄せられる。背後で椅子がデスクとぶつかり、和泉の椅子の背もたれがギッと軋む。重なり合う内側で、絡む舌と舌とが熱い。
こうしてキスをするのを、くちびるは待っていたみたいだった。多分、最初にキスをしたあの時から。
「……春田さんこそ、放っておけません。どうしてもあなたのことを追いかけてしまいますから」
艶を含んだ低い声が余計に胸を高鳴らせてくる。もう、心臓が痛すぎて仕方ない。
「……それって、おれのこと好きってこと?」
告白は受けているので和泉の気持ちはわかっているものの、それとなく訊いてみる。
「はい。春田さんが好きです」
間髪入れずに答えてくれたのには笑うしかなかった。眼下にある柔らかな笑みは見たことがない輝きに満ちている。
まだまだ知らない和泉の表情はたくさんあるだろう。けれども、知りたいことはそれだけじゃなくて――。
「おれも、ちゃんと、和泉さんのこと好きになりたい……だから、もっと和泉さんのこと知りたい」
「私にも、春田さんのことを教えてください……もっと、あなたを好きになる自信はありますから」
心臓が痛くなるほどのドキドキは緊張からときめきへと名前を変える。
じわじわと血管を巡って身体じゅうに酸素や熱が行き渡るように、和泉からの想いもいつしか巡る血潮となっていた気がする。
和泉に「好き」ときちんと言える日はきっと遠くない。
くちびるを離した瞬間の和泉の表情に、春田の胸は高鳴った。ドキドキしすぎて心臓が痛い。
キスをするつもりは全然なかった、といえば嘘だ。和泉とふたりきりで残業しているオフィス、空調とハードディスクドライブの静かな駆動音もはっきり聞こえるさなか。
和泉からは一度、想いを伝えられていた。だが春田は首を縦には振れなかった。春田と同じ姿かたちをした恋人の姿を、和泉が重ねて見ている気がしてしまったから。
それでも記憶には、最初のキスが残っている。わき腹から血を流して倒れていた和泉が、死んでしまった恋人と春田を間違えてキスしてしまったのだろうが――春田にとっては強烈な記憶であり、胸の棘でもあった。
「春田、さん……あの」
朱に染まった年上の男の頬が憎らしくも可愛らしい。どうしてキスされたのかわからない、でも照れや喜びも入り混じった目をして。
あの時の春田には驚きと戸惑いしかなかった。知り合ったばかりの和泉に恋愛感情なんてなくて、だけどキスされてしまった。
和泉にも思い知らせてやりたかった、突然キスをされた側の感情を。しかし、この場合……和泉が、自分に対して恋愛感情を抱いてしまっている今、彼の心に悪い感情が生まれているのかが疑問だった。
「和泉さん、今の、どうでした?」
何の前フリもなくキスしたことをどうかと春田は訊いてみる。和泉の指が、自身の薄めのくちびるを触る。
「はい……驚きました。でも、嬉しいです……」
頬だけではなく耳までも血色が良くなった。見つめてくる眸も潤んでいる。
何だか思っていたのとは反応が違った。春田は後ろ頭を掻きながら椅子に座り直し、和泉と膝を突き合わせた。高鳴るままの胸の声が命令して、シャープなフェイスラインへと手が伸びる。
「もうちょいびっくりしてほしかったな」
「これでも、すごくびっくりしてますよ」
和泉の頬に添わせた春田の手の上から、大きな手が重なってくる。指先が熱い。体温が全部流れてくるみたい。
「春田さんからキスしてもらって、すごくドキドキしてます……」
指先から流れてくる和泉の体温で、心臓が燃えそうだ。好きだと思うから感じる特別な熱のようで、あの時は知らなかった。流れる血が和泉からぬくもりを奪うだけだったから。
「……秋斗さんだって、思わなかった?」
あの時みたいに、その胸の奥に永遠に息づく恋人を思い出したりしたんだろうか。流れた血にフラッシュバックした面影を今は、この眸はどう捉えたんだろう。
和泉はかぶりを振って、穏やかに答える。
「春田さんは秋斗と違います。秋斗の居場所は心のなかにちゃんとあるとわかったから、私は春田さんに恋をしているんですよ」
あなたのことを好きだと想う気持ちをもう止めたくはない。和泉が前のめりに距離を詰めてくる。
思わず目を瞑ると、くちびるにやわらかいものが押し付けられた。血の味……ではなく、甘い味がする。和泉がついさっき口に入れた、ミルク味のキャンディーの味だ。ドキドキが加速して心臓が破裂しそう。
体感何十秒も経たないうちに、ちゅっ、と名残の音と共に感触は離れていった。
おそるおそる目を開けてみれば、照れた和泉の顔が結構近くにある。そんな様子がすごく可愛いと感じてしまった。
「……なんか、和泉さんって……ほっとけない感じ?」
守ってあげたいと思うのも本音だし、かっこよくて頼りがいがあると思うのも本音。
背中合わせな二面性にどうにも心が惹かれていく気がする――春田はまた、自分から和泉にキスをしてみた。
肩へと伸びてきた手に抱き寄せられる。背後で椅子がデスクとぶつかり、和泉の椅子の背もたれがギッと軋む。重なり合う内側で、絡む舌と舌とが熱い。
こうしてキスをするのを、くちびるは待っていたみたいだった。多分、最初にキスをしたあの時から。
「……春田さんこそ、放っておけません。どうしてもあなたのことを追いかけてしまいますから」
艶を含んだ低い声が余計に胸を高鳴らせてくる。もう、心臓が痛すぎて仕方ない。
「……それって、おれのこと好きってこと?」
告白は受けているので和泉の気持ちはわかっているものの、それとなく訊いてみる。
「はい。春田さんが好きです」
間髪入れずに答えてくれたのには笑うしかなかった。眼下にある柔らかな笑みは見たことがない輝きに満ちている。
まだまだ知らない和泉の表情はたくさんあるだろう。けれども、知りたいことはそれだけじゃなくて――。
「おれも、ちゃんと、和泉さんのこと好きになりたい……だから、もっと和泉さんのこと知りたい」
「私にも、春田さんのことを教えてください……もっと、あなたを好きになる自信はありますから」
心臓が痛くなるほどのドキドキは緊張からときめきへと名前を変える。
じわじわと血管を巡って身体じゅうに酸素や熱が行き渡るように、和泉からの想いもいつしか巡る血潮となっていた気がする。
和泉に「好き」ときちんと言える日はきっと遠くない。
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