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急襲【いずはる】

 右手のひらから這い上がって来た骨ばった指が、指と指との間に入りこんで絡まる。近づいてくる吐息が生ぬるい。
 皮膚と胸骨の下で脈打つ心臓の音がやけに大きく聞こえた。きっと耳まで赤くなっていると思えるくらいに頬が熱くなっている。

 和泉幸から「好きだ」と告白された時、冗談だと思って春田創一は笑って受け流した。
 彼にはもうこの世にいないながら、強く想いを寄せている相手がいる。それを和泉本人から聞いて知っているので春田も告白は本気にはしなかった。きっと、喪った恋人と酷似した姿かたちをしているからで、和泉を陰ひなたに支えて長年想いを寄せている人だっているから。

 誰もいなくなった夜のオフィス――春田は、壁際に追い詰められていた。鋭さと熱情の絡み合ったまなざしに焼かれてしまいそうで、思わず目を逸らす。紺地に細いストライプの入ったスラックスの両脚の間に、ダークグレーの長い脚が差し込まれる。耳の下に生ぬるくて柔らかい感触が押し当てられるのにぎゅっと目を閉じた。
 和泉を心の底から想っている人がいるのだから、告白ははっきり断るべきだった。

 あの時、どうして笑って受け流してしまったんだろう……男同士だから? 同じ男から告白されたから、本気で受け止められなかったのかも知れない。誰かに恋をするのに男も女もないと学んできたのに同じ過ちを繰り返してしまった自分がいるような気がする。
 告白から数日、和泉も何事もなかったかのように接してくれていたので、あれで終わりと楽観的になってしまってもいた。

 和泉の右手が上着のボタンを外し、ワイシャツの上から腰を撫でてゆっくりと上がってきて、胸に触れる。
 抵抗しようと思えばできるのに、振り払えるのに。
「……春田さん、嫌なら、……逃げて」
 布越しにふくらみという程でもない胸を押される。飾りの先端に爪が擦れた。浮き上がって主張し始めたそこを和泉は指先で弄ぶ。
 体感したことのない刺激が起こす波に声が漏れそうになるのを堪えているから、春田は返事も出来ない。

「私……本気ですよ……? 春田さんが、好きです」
 耳元で囁かれる低い声にも熱がたっぷりと含まれる。胸に刺激を与えられているのも相まって、背中がぞくぞくした。そして、へその下でも感じてしまうものがある。少し触られただけで元気になったなんて知られたくもない。
「っ……い、和泉さんっ……場所、か……えて」
 オフィスに自分たちしかいなくても、夜間見回りのガードマンが来たらまずい。こんな痴態を見られたくはない。
 和泉にこの先をされてしまうにしても、すべて暴かれるにしても他人に見せるものではないし。
 訴えると和泉は手を離して、解放してくれた。逃げようと思えば逃げられる――触れられた熱を無視して、和泉の告白を振り切ってしまえたら……そう思ったのに。

「……何回も、好きって言われたら、さすがのおれも勘違いしちゃいますって……っ!」
 耳の下にやわらかいものを押し当てられた痕がじんじんした。ネクタイの下、厚い胸の底の底には和泉が永遠に抱き続ける別の愛がある。
 和泉を長年見つめ続けている、健気で優しい人の想いだってわかっているのに。
 毎日、隣の席から注がれてくるまなざしに熱情と欲が込められているのにはとっくに気付いていた。背中も首筋も、つむじもその視線で焦げ付いてしまいそうだった。
 平気で近づけていたのにそれも出来なくなって、平常心を保つので今日もいっぱいいっぱいだったのに!

 だけど、自分が和泉を好きになることは、裏切りだ。和泉への想いを抱く人に対しての裏切り。
 彼の長年の想いは報われてほしいと願う陰で、ぽっと出の自分がしゃしゃり出たら――でも、その想いを一度でも和泉に伝えていたら、と疑問も感じていた。
 彼が和泉へ告白していたなら、和泉が自分に対して告白してくる今は無かったと思う。
 その告白から、和泉のことをはっきり意識してしまう自分もいなかった。

「勘違い、してください。私は本気で……春田さんが好きです」
 胸の底から込み上げて、心がじんじんしてくる。本気しか感じさせない力と熱に満ちた和泉の声が、恋の意識をより強くする。
 春田は両手を伸ばして、和泉のワイシャツの襟を握って引き寄せる。少しばかり戸惑う目をした男の耳たぶに軽く噛みついた。
「おれも、和泉さんのこと……ちゃんと好きになりたい」
 鼻先が触れ合い、柔らかく目が細まる。頬を包んだ手のぬくもりにドキドキしながら、くちびるを重ねた。
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