このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

手袋行方不明【いずはる】

 最強寒波が来ているという時なのに、手袋を片方失くしてしまった。コートのポケットを探しても、通勤用のリュックサックの中を見ても無い。
 帰りの時間、日が落ちると輪をかけて寒いのに一体どこで失くしてしまったんだろう。

「春田さん、どうしたんですか?」

 午前の外回りに出るところだったので、フロアの出入口で春田はフリーズしていた。
 そこへ和泉がこてんと首を傾げて、顔を覗き込んでくる。イケオジの微笑がなかなかの癒しになることはつい最近知った春田だ。

「和泉さん、手袋片っぽ失くしちゃいました……」

 特に思い入れがあるでもないが、冬が来る前に新しく買ったものなので三ヶ月も使っていない。だから勿体ないというか。

「春田さん、今朝大慌てで来ましたからね」
「道路つるっつるで危なかったんですもん……和泉さんは大丈夫だった?」
「はい。靴の裏に絆創膏を貼ると滑り止めになるので。警視庁でもライフハックとして紹介してますよ」

 警察ってそういう便利なことも教えてくれるんだなと春田は少し感心した。
 大きな災害が日本各地で起きているから、備えは必要なのだと身につまされている。持ち出し袋もチェックしとかないと……じゃなくて。
 今朝はつるつるの路面への恐怖で歩く速度を落としてきた。そのため、オフィスに来るのが始業時間ぎりぎりになってしまっていた。
 オフィスビルの出入口ドア付近で手袋を外して、コートのポケットに突っ込んだつもりで落としてしまったのかも知れない。
 そこに残されていればいいが、踏みつぶされてゴミ箱に行ってしまったらアウト――。

「……もしかして、この手袋、春田さんのですか」

 良くない思考に行きかけた春田の目の前に、和泉が手袋の片方を差し出してきた。見慣れた色と形だった。

「さっき、飲み物を取りにロッカーに行ったら、階段の前に落ちていたのを見つけました」
「っ……、和泉さん……っ!」

 凍える風から手を守ってくれる、まさに救世主。さすが元警察官……と思うも。

「知ってたんなら最初に教えてくださいよー!」

 なんだか和泉にからかわれた気がして、お礼も言わずに春田は少しむくれた。和泉はいたずらっ子のような笑みを浮かべる。

「焦ってる春田さんも可愛いなと思ってしまって」
「かっ……もう、和泉さん! おれ四十ですよ!」

 和泉に「可愛い」と言われ、頬が熱くなるのがわかってしまった。
 過去のことを吹っ切ってから和泉は変わった。すごくすごく、魅力的な方向に変わったと春田は思う。胸がドキドキして、痛いくらい。

「……春田くん、和泉くん、武川部長が睨んでるからほどほどにね?」

 通りすがりの舞香に釘を刺され、二人して顔を見合わせて苦笑した。

「和泉さん、ありがとうございます」
「いえ。でも、いざという時は……私、体温は高い方なので」

 それはもう、とっくに知ってる。春田はぽすんと、和泉の胸に軽くグーパンチを喰らわせてやった。
1/1ページ
    スキ