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幻太郎がいなくなっちゃった話【帝幻】



一二三のマンションに来た日の夜。一二三が自宅へ帰ってから何時間も後、ぐっすり寝ていた幻太郎のスマホに帝統からメッセージアプリで連絡が入った。
家にいないみたいだけど、どこにいるのか、といった旨の内容だ。
通知だけ見てそのまま通知を消し、スマホも電源を切ると、ふかふかのベッドからむくりと起き上がる。
変な夢は見なかった。その代わり、一二三の手料理を食べるような夢を見ていたような気がする。心無しかお腹も空いてきたようだ。
ダメ元で冷蔵庫をあけるも、やはり何も無くて、静かに扉を閉める。
買い物に行こうか、しかし外は真っ暗で自分のテリトリーの外。道もわからないしスーパーの類があるともわからない。
それに、闇雲に探した後でこのマンションに帰って来れる自信も正直無い。
幻太郎は小さくため息をついて、もう一度ベッドに潜り込む。
スマホを切ったので時間もわからないしここにはどうやら時計も無い。
どうしたものかと思案していると、大きめのお腹の音が響いた。
その時、ガチャガチャと鍵を開ける音がして、買い物袋をガサガサ鳴らしながら入ってくる人物がいた。
当然それは一二三しか居ないだろう、あぁ助かった、とベッドから出る。

「あの、こんばんは、突然すみません···」

すると、声を掛けてきたのは一二三では無く、観音坂独歩。
コンビニで買ったであろう、お弁当やカップ麺を机に置いて、再度すみませんと謝る。

「一二三が、仕事帰りに寄ってやってと言いまして、あの、事情はざっくり聞いてしまいましたが、あの、すみません」

さっきからよく謝る人だ、と思いながら社畜の仕事帰りという情報で終電間際くらいの時間であろうことを察した幻太郎は、そりゃ丸一日何も食べていないのだからお腹も空くなぁ、と妙に冷静だった。

「ありがとうございます、とても助かりました。今まさにお腹が空いてどうしようかと考えていたところでして」
「そ、それはよかったです、コンビニしか寄れなかったので大したものは無いんです、すみません」
「じゅうぶんですので謝らないでください」

そう答えて、財布を取り出してお金を払う。
さて、これが一二三が世界一愛してやまない男なのだろう。正直どこが好きなのかわからないけれど、それは帝統にだって言えることなので、好いた惚れたというのはそんなに単純ではないらしい。
すぐに帰るのかと思いきや買い物袋の中からお弁当を取り出し、温めますかなんて聞いてくるので、自分でやります、と微笑みかけた。
まだ帰る様子の無い独歩は少し挙動不審だったが、幻太郎のすぐ横まで来て、おずおずと頭をぽんぽんした。
幻太郎がきょとんとしながらしばらくそれを見ていると、目が合って、あ、と慌て始める。

「ほ、本当は、一二三に、ぎゅってしてあげてねなんて言われてたんですが、俺には難しくて出来ないので、あの、せめて、なにか近いものをと、す、すみません··」
「そうでしたか、お気遣いありがとうございます。大丈夫ですので、ゆっくり休んでください」

そう言うと、そうでしたか、すみません、とまた頭を下げ、最後に仕事用の名刺をポケットから取り出して机に置く。
何か困った時は、遠慮無く連絡くださいと不器用に笑った。
それでは、と会釈をして、玄関を出ていく独歩を見送ると、なんだか不思議なものを見ているような気がして、あははと声に出して笑った。
なるほど。とても素直でいい人で、ほっとけない気持ちにもなるかもしれないな、と幻太郎は納得する。
独歩が持ってきてくれた弁当をレンジで温めると、カップの味噌汁もあったのでお湯を沸かし注いだ。
そうして、いただきますと声に出して、ゆっくり食べ始める。
たまにはこういう弁当も美味しいけれど、やっぱりどこか添加物まみれな感覚は拭えなくて、あぁ先程の彼に近くのスーパーの場所でも聞けばよかったと後悔する。
しかし、そうすると今度は此処に居座ると宣言してるようなものではないか、と思うとそれも戸惑う。
長居は出来ない。それはわかっているが、今すぐ帰ることも出来ない。せめて自分の気持ちがもう少し明瞭で、どう過ごしていくべきかを決めることさえ出来たら。
小さなため息をつき、食事を終えると、ゴミを片付けてもう一度ベッドに潜る。
とは言っても、1日寝ていたため全然眠気は無く、だからと言ってやることも無く、電源を切っていたスマホをすんなり立ち上げる。まるでメンヘラみたいだ、と思いながら、匿名SNSのアカウントを開いた。小説家夢野幻太郎ともFlingPosseの夢野幻太郎とも明かさず、ただ独り言を呟き、時折知らない人と話す場所だ。
廃人では無いけれど、暇な時は手癖で開いてしまうし、そうしたらずるずるタイムラインを眺めて時間を潰す(そういうのを廃人と呼ぶのだろうか)
どこそこのアイドルグループが活動休止だとか、ライブの当落結果だとか、有名人の公式アカウントからの投稿だとか、そんなものを眺めて、つまらなくなりSNSを閉じた。
メッセージアプリを見ると、帝統の他に乱数からもメッセージが来ていた。
話をしてみようか少し悩んだが、既読を付けずにそっと閉じる。
明日。
明日になったら、きっと帰る気になるかもしれない。
どういうふうに帝統と接するのかも、明日になったらもしかしたらわかるかもしれない。
そう思いながら、その日は結局動画サイトで魚をさばく動画を延々見て暇を潰しながら眠気を待ってみるもなかなか眠れず、気が付けばうっすら空が明るい。うわぁ、と思いながらしばらくぼーっと動画を見て、スマホをつけっぱなしのまま、眠りについた。









ガチャガチャと鍵の開く音で目が覚め、ガサガサと言う音と共に入って来たのは仕事帰りの一二三だ。
仕事帰りにそれぞれ寄ってくれて、買い物をして来てくれるようだった。
申し訳無いがありがたい。
まだ眠かったが、お礼を言うために起き上がると、一二三のところへゆっくり歩く。

「おはようございます。すみませんご迷惑ばかり···」
「いーよいーよ、ずっとじゃないんだし。ずっとだったら俺っちもおこだけど!」

そう言うと、買い物袋を渡される。
卵やらうどんやらの簡単に作れる材料と、家から持ってきたであろうう少しの米。
3食分くらいにはなるだろうか、ともかくありがたい。
それを冷蔵庫に入れると、バシッと手を掴まれる。

「なっ、んですか、この手は」
「俺っち今日は休みなんだよね〜、ゆめのセンセイちょっと遊ぶの付き合って欲しかったり?ラジバ〇ダリ?」
「ラジ·····?」
「うっそ知らないの、ジェネレーションギャップやば!」

話しながら玄関へ歩きだそうとするので、着替えだけさせてくれと言い手を離してもらう。
そうして思い出すと、そういえば洗濯回すだけ回して干し忘れているではないか、と気付く。
一二三のところへ戻りそのことを伝えたら、昨日持ってきてくれた衣服の中からゴソゴソと取り出して、これでいいんじゃね?と適当なパーカーに細身のパンツを渡される。
どこに行くのかは知らないが、まぁ助けてもらっておいて文句も言えない幻太郎はそれを身に付けた。

「あ、ゆめのセンセ、あの服大切なんじゃなかったっけー?洗濯機回してよかった系?」
「あぁ、あれは自宅で洗濯できるタイプのやつなので問題はないです」
「あっそー。時間経っちゃってるから臭くなっちゃうし、もっかい回しといて、終わる頃には帰って来る感じで出掛けよ!」

そう言うと今度こそ、と手を掴まれ外に引っ張られる。
外は眩しくて、静まり返っていた。
そのままこっちこっちと引っ張られるので、どこへ行くのかと問うたら、公園!と返ってくる。
小学生の遊びのようなその返事に、へ?とまぬけな声が出てしまった。
しばらく歩くと確かにそこは公園で、鉄棒とブランコ、砂場に滑り台がある、小さいけれど新しそうな場所。

「ねー、ゆめのセンセ、鉄棒得意?俺っち、めっちゃ得意なの!見てて」

そう言って鉄棒に飛び付くと、ぐるんぐるんと何回も前向きに回転して、確かに得意と言うだけあるな、と感心した。

「ほう、これはなかなか。わっちは逆上がりすらできないでおじゃ」
「まっじ〜?!運動音痴そうだもんなー!」
「わかってて連れてきたのなら酷い話ですねぇ」

そんな話をしていると、近所の子どもたちだろうか、自転車で公園に入ってくる。
乱暴に自転車を止めておりると、ブランコを漕ぎながら、今日どうする?どこいく?と相談を始める。
そのまま聞いていると、どうやら自転車でいろんな街の公園を巡って遊んでいるそう。

「あ、そうだ、あそこ行こうぜ!」
「どこどこ?」
「ほら、先週行った、渋谷の、あそこ!」

渋谷と聞こえ、少しだけ耳に集中する。

「あー、あそこか!あの変な兄ちゃんいたとこ!」
「そうそう、あの兄ちゃん面白いんだよなあ!」

きゃっきゃと話をして、自転車に乗って颯爽と走っていく子どもたち。
変な兄ちゃんのいる公園、そんな場所に心当たりはあった。
いつも同じ公園でタバコをふかしているため、近所の子どもは初め怖がって近付かないが、少し話すと怖い人間ではないとわかるからか、彼のことを友達と考えている小学生はたまにいる。
そんなことを考えていると、一二三がこちらをしばらく見て、ヘラっと笑った。

「···帰りたくなった?」
「何がでしょう?」

そう答え、幻太郎は砂場にしゃがむと、せっせと山を作って中にトンネルを掘る。
どうせ自分の服じゃないし汚しても構わないだろう、と些か性格の悪いことを思いながら、丁寧に傾斜をつけてトンネルを作ると、その出口からまた水路のような道を繋げていく。

「ゆめのセンセイ、楽しい遊び知ってるじゃん!」
「まぁこう見えても、一人遊びのプロでございますから」
「へー!友達いなさそーだもんねー!」

幻太郎は少しムッとした。
自分にだってダチぐらい居るのだ、と。
まぁそのダチを性的な目で見てしまう嫌悪感で悩んでいるのだが。

「失礼な。2,3人くらいは居ます」
「あのギャンブラーとー、easy Rとー、あと一人もしかして俺っち?!」
「いつあなたと友人になったというのですか」

一二三はショック〜!と笑いながら、時計を見る。
そろそろ洗濯終わるから帰ろう、と言うので、幻太郎は少し待ってくれと言って水道へ向かう。
誰の忘れ物かわからないおもちゃのバケツを掴み、水をなみなみと入れると、トンネルの入口からゆっくり流し入れる。
中を通ってチョロチョロと進み、やがてトンネルを抜けて水路を流れて、到着点に作った穴に湖を作った。

「これでよし。行きましょうか」
「これでよし!だって〜!ゆめのセンセイ、ウケんだけど!」

そう言いながら公園を出る。
何がウケるのか、と幻太郎がブツブツ文句を言っていると、誰かと肩がぶつかった。

「あ、すみません···」
「気ぃつけなぁ兄ちゃん、···っと、一二三じゃねぇか」

隣の人物が呼ばれたので相手の顔を見ると、なんというか、こうもあからさまに悪いことしてます、みたいな顔と態度で睨んでいる。
一二三は少し目が泳いだが、すぐに相手の顔を見てにっこりと笑う。

「あっれー!こんな時間にめっずらしい!お仕事お疲れちゃ〜ん!」

そう、言うなれば、全力でフレンドリーを演じているような、そんな態度で対応する一二三。普通の知り合いではないのだろう。

「おめーんとこの下っ端、俺んとこ出入りし始めたみてぇだが、ちゃんと管理しとけやあのガキ。態度でけぇわ払うもん払わねぇわ、おめぇの知り合いじゃなかったらとっくにボコしてるぞ」
「そーなの?!ごめりんこ!会ったら言っとく!」
「あと隣の。FlingPosseの夢野だろ、なんでンなやつとつるんでんだよ?」

一二三は一瞬ギクリとして、しかし気付かれないように明るく笑う。

「なんか作品の取材で、報酬がっぽがっぽくれるらしいんだよねっ。じゃあ俺っちたちはこれで〜!」

そう言って早足で歩くので、幻太郎も会釈をしてついていく。
そうして、元のマンションに戻ると、フゥとため息をついていた。

「さて、それでは取材を始めましょうか?」
「ゆめのセンセー、ノリよすぎてウケる〜!」

そう言うと、一二三はソファーにばたりと倒れ込んだ。
その様子を横目で眺めながら、ちょうど終了音が鳴った洗濯機をあけて、雑にハンガーに引っ掛けて室内のエアコンの近くに引っ掛けると、幻太郎は一二三の横に座る。

「あの方はどういったお知り合いで?」
「取材始まっちったぁ〜、報酬がっぽがっぽ?」
「おや、生憎手持ちが無いのでおじゃる、麿の身体でよいかな?」
「まじで?!ウケる!」
「まぁ嘘ですけど」

一二三は、嘘か〜!と、残念なような面白がっているような顔で答えると、ムクっと起き上がった。

「ウチの店のオーナーのちょっとした知り合いでー、この辺の違法のカジノ?とかを仕切ってるお兄さん!」
「違法のカジノ、ですか···」
「そっそ。ここから見えるよん」

そういうと、立ち上がりベランダへ行くのでそれについて行く。
外に出て一二三が下を指差すと、そこにあるのは向かい側の建物の1階にある喫茶店だ。

「あの店の、横の扉。地下に繋がってて、そこにある。行きたい?」
「いいえ、小生は賭博で生命を落としかけたことがあるので二度としないと誓っておりまして」
「そーなん?!」
「嘘です。普通に興味無いです」
「なにそれウケる!」

違法の賭場、か。
まぁここは新宿だし、まさかこんな所には彼も来ないだろう。
まるで、来てここを見つけて欲しいみたいに少しだけ心がそわそわしているのは、気の所為で済ませられる段階をとっくに超えている。
こんな所にいたのかって笑って、そして一二三に匿ってもらっていることにヤキモチでも妬いてくれないか、などと浮かれた思考回路が動き出していて、そんな自分を嘲笑うように冷たい風が頬を引っ掻いて行った。











ベランダから外を眺めている間に、一二三はいつの間にか居なくなっていた。
気が付くとお腹が空いていて、室内に入り冷蔵庫の中にあるうどんを取り出すと、調理も面倒で袋を少しやぶいて電子レンジに突っ込んだ。
温まったら適当な器に入れ、卵を割り入れ麺つゆを少し垂らすと雑にかき混ぜながら机に運び、黙って食べる。
修羅場中によく食べるやり方だ。
洗い物も少なく済むし、なにより美味い。
5分もかからず食べ終わると、食器を洗って適当なペーパータオルで拭き棚に戻した。

そういえば、帝統もこれが好きだと言っていたな。
次に一緒に食べる時は、明太子や天かす用意してやろう。
なんて考えて、何故また笑顔で会える時が来るなんて思っているのだろう、と手をつねって自分を戒める。
こんな感情をどうにかしてしまわない限り、笑って会うなんて無理なのに。
無理だからこんな所にいるのに、と。


「いてて···強くつねりすぎた」

赤くなった手の甲を見て、馬鹿みたいだと嘲笑する。
馬鹿みたいなのに、こんなにも頭の中を占領していて、それがどうしようもなく幸せで、辛かった。
こんな感情、消えてしまえばいいのに。
出来もしないことを考えて、深くため息をついた。


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