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情緒不安定な幻太郎のはなし【帝幻】

幻太郎は布団にくるまって、帝統の表情や声のひとつひとつを思い返してはキュンキュンし、ホテルに入っていく姿を思い出してはずきずきすることをひたすら繰り返していた。
小説家のくせに今更初恋を経験するなど、滑稽でしかない。
自分自身を嘲笑してみても感情の起伏が止まるわけでもなく、二日酔いの疲労も手伝って早々に眠りについた。





帝統は幻太郎の様子がおかしい原因が、先日の女性であることくらいは気付いていたものの、その理由については見当もつかず、片付けを終えてソファに座ると、さっきのやり取りを思い出していた。
普段なら、嘘ですよ〜なんて言って済ませる幻太郎が、どうでもいいだのなんだのとらしくない。
そもそもあいつは恋人では無いし、たまたま通りかかって声を掛けられただけである。
飯を奢ってくれたと思ったら、その代わり1回セックスさせてと言われて、まぁいいかと着いて行っただけだ。
それに、結局立たなくてそのまま寝ただけ。
呆れていたけれど、そのまま笑ってサヨウナラしてそれっきりだ。


だけど。
それがどうしたというのだろう。
そんなことを確認するかしないかというそれだけのことで、あの幻太郎があそこまで情緒不安定になることは不自然だ。
それに、あの謎の灰はいったいなんだ。
おかしいことだらけでわけがわからないけれど、帝統は一旦考えることをやめた。
考えたって、結局予測の範囲を抜けられないのならば、考えても無駄というもの。
だったら、と帝統は立ち上がり、寝室へと向かう。
ゆっくりドアを開けると、幻太郎の近くに座ってベッドにもたれ掛かった。


「なぁ、幻太郎。なんかあったのか?俺がなにかしたんだったら······」


返事はない。
幻太郎の寝息だけが、規則的に聞こえてくるだけだった。
顔を覗き込むと、目尻に涙をためながら、小さな寝息をたてている。

なんで、泣くんだろう。
帝統はその涙を起こさないようにそっと拭って、静かに部屋を出た。






















外が明るい。
自由業の1番のメリットは、時間に縛られないことだ。
こんなときでも、飛び起きて時間を確認なんてしなくてもいいのだから。
幻太郎はむくりと起き上がると、目を擦りながらベッドを降りて、ぺたぺたと歩いて寝室を出る。
冷蔵庫をあけてミネラルウォーターを飲むと、綺麗に片付いた部屋を見て昨日のことを思い出す。
あぁそうだ、帝統が片付けてくれたんだ。
結構みっともないところを見せてしまったような自覚はあるが、過ぎてしまったことは仕方がない。
キッチンに、皿に乗った灰がある。
そういえばこれのことを忘れていた。
幻太郎はゴミ箱にそれをサラサラを落として、スポンジで洗ってから洗面所に行って顔を洗う。
鏡を見ると目が真っ赤で、まったくそんなに泣きじゃくったような記憶はないのだけれど、どうやら記憶違いだったようだ。
身支度を済ませてリビングに戻ると、さて困ったことに帝統がソファで寝ているので座る場所が無い。
うーん、と少し考えてから、床にクッションを置いてその上に座り、ソファを背もたれ代わりにした。
寝て起きると、何に悩んでいたのかわからないくらいにスッキリしていて、別にどうこうなりたいわけでもなければ伝えたい訳でもないのだ、と気付いた。
モヤモヤはするしそれは仕方がないことと割り切っていくしかない。
それが徹底できれば、帝統の極力近い所で、あたかも身内のような存在にさえなれるのだ、と。
変な欲さえ出さなければ、おそらく1番良い位置に居られる。
だったら玉砕覚悟でぶつかることは、どう考えてもハイリスクローリターン。
冷静になってしまえば、こんなに簡単な答えがあった。
幻太郎は、横で寝ている帝統の顔を見る。
なるほど確かにイケメンだ。
性格も人懐っこいし、義理堅いところも優しいところもある。
これは小生が惚れて当たり前だろうな。
案外と長いまつ毛を端から撫でて、手触りの良さに指先がじんじんした。
するとうっすら瞼が開き、至近距離で目が合う。


「悪い、起こしてしまっ」

「げんたろ···」


寝惚けたような声で名前を呼ばれ、耳までぞわぞわしてしまうのを抑えて返事をしようとすると、後頭部を片手で掴まれて引き寄せられる。
まさか、と思っているうちに唇がかさなって、そのまま帝統はまた寝てしまった。

冷静でいられたら何も悩むことはない。
冷静でいられたらの話だ。

幻太郎は、起こさないように立ち上がり、その場を離れた。
と言っても広くはないこの場所で、離れるとなれば寝室くらいしかなく、もう一度ベッドに入ると頭まで布団を被る。

誰かと間違えた?
いや、名前を呼ばれた上での行為だ。
寝惚けていたにしろ、間違えたということはないだろう。
相手が夢野幻太郎だと理解した上で、だ。
だめだ、変な欲を出すな。
冷静になればこんなことは事故のようなもの。
そんなことを考えて、目をぎゅっと瞑る。
半ば無理矢理のように、もう一度夢の中へと旅立つことにした。







次に起きたときは日がかなり上っていて、リビングから声がする。
幻太郎は起き上がると、静かにゆっくり扉をあける。
そこには家に入れたはずのない乱数が、ソファに座って飴を舐めていた。


「えっ、つまり幻太郎の顔がチラついて立たなかったってこと?」

「そーなんだよなー。今までそんなこと無かったと思うんだけど」

「ふーん、なんか後ろめたいことでもしてるみたいな?」

「そう、そうなんだよ。まだ二十歳なのに···うぅ」

「へんなのぉ。僕にはわかんないから、本人にでも相談してみたら?」


そう言って、乱数はこっちを指差しニヤッと笑う。
あいつ、わかってやってるんじゃないか?


「あっ幻太郎起きたのか?具合はもういいのか?」

「えぇ、おかげさまで。乱数はいつからいたんです?」

「2時間くらい前かなー。幻太郎がぼろぼろのゲロゲロになってた話はばっちり聞いたよん」


そういうとソファから飛び降りて、こちらに飛び付いてくる。


「ちょっと不安定なのかな?僕しんぱーい!僕が手取り足取り腰取り慰めてあげよっか?」

「こ、腰取り···?」


そういったあと、乱数が帝統の方をチラッと見ると、怒っているような不安なような顔でこっちを見ている。
それをみた乱数はまたニヤッと笑うと、こそっと幻太郎に耳打ちした。


「りょーおもいなんじゃないっ?」

「なっ···」


じゃあ僕時間だから帰る〜、と言って乱数はそのまま家を出ていった。
帝統を見ると、ほっとしたような顔をして、なんか食おーぜ、なんて笑っていて。

乱数に変なものを見せられてしまったな、とため息をつきながら、幻太郎は財布を手に取る。


「ハンバーガーでも食べますか」


少しだけ、心がホカホカしたような気がして、あぁ結局のところ期待しているんだな、と自覚せざるを得なかった。








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