このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

幻太郎がいなくなっちゃった話【帝幻】


「ゆめのセンセ、シブヤ帰んなくていーの?」

夕食時。幻太郎はとあるマンションの一室で食事をとっている。
目の前には、麻天狼のホスト、伊弉冉一二三が肘を付いてそれを眺めていた。
食べているのは自分で作ったカレーライス。

「えぇ、しばらくは。あなた食事は?これから仕事なのでしょう」
「今日独歩ちんが定時で帰れるって連絡きたから、一緒に食べるんだ〜」

いいっしょ?と自慢げに笑うと、クルクルと小さな鍵を指で回して、それから机の上にコロンと転がす。

「ここの鍵、使っていいけどちゃんと返してね」
「助かります」

そう言ってその鍵を小さなポーチに入れる。
一二三はいたずらっ子のような顔をして幻太郎の目を見ると、足でツンツンと幻太郎の膝をつついた。

「セックスする?」
「しません」
「だーよねっ」

そう言って笑うと、立ち上がり上着を羽織る。

「じゃあね、ゆめのせーんせ」

気が向いたらセックスしよーね、なんて言って、そのまま玄関を出ていった。
幻太郎は食べ終わった皿を片付けると、寝室のベッドにバフンと倒れ込む。

「······する気なんか無いだろ、お互いに」














幻太郎が自分の異変に気付いたのは一ヶ月ほど前のことだ。
きっかけはあろうことか、幻太郎の夢精。
夢を見ていたのだ、帝統と身体を重ね、後ろをガンガンに攻められ乱れているような、そんな夢を。
起きた瞬間の自己嫌悪はとんでもなく酷かった。何せ、今まさに隣で寝ている友人なのだから。
その日から、帝統の顔を見る度に罪悪感でいっぱいだった。数日は、変な夢を見たからだろうと考え、時間が経てば収まると思っていた。だけれど、何日、何週と経ってもそれは拭えなくて、それなのに同じような夢を何度も見ては飛び起きて、ガチガチになってしまったものを無理矢理鎮めることばかりだった。
そうして4日ほど前に、どうにかしなければと、誰かに相談しようとゲイ御用達のバーに恐る恐る入ると、隣に座った男性に話しかけられ、ついつい聞かれるままに話をしてしまう。
そうしていつの間にか見知らぬホテルのベッドで目が覚め、薬を盛られたのだと気付いたが、そこから逃げることなど出来なくて、身体も言うことを聞かない。
そうして、更に無理矢理別の薬を飲まされると、身体が熱くなりガクガクと震え出し、あっという間にその男性に後ろを暴かれてしまう。その間、涙を流しながらうわ言のように帝統、帝統と何度も口走り、あぁもう自分はどうにもならないのだ、と悟った。
男性は幻太郎に数万渡して去ったので、幻太郎はその場を離れて外に出る。
するとそこに出くわしたのが、仕事帰りに歩いていた麻天狼の伊弉冉一二三だった。
幻太郎の憔悴した様子に只事ではないと悟り、そのまま近くのマンションへと案内する。そこは一二三が仕事の関係で使うために用意しているもので、いうなれば偽物の自宅として置いているもの。
以前ストーカーに悩まされたときに用意したものだった。
玄関を開けて中に入ると白い壁に黒の革張りソファとモノトーンで揃えられていて、生活感はない。そのソファに座るように一二三に促され腰を下ろすと、一二三も隣に座った。

「ゆめのセンセ、シャワーする?それか、そのまま警察行くなら付き合おっか?」
「いえ結構、シャワーお借りします。自分の不注意が招いたものですし、このご時世男がレイプされたなんて言っても門前払いでしょう。そもそもレイプというほど抵抗も拒否もしていないんです」
「あっそ〜」

まだ目が虚ろな幻太郎は、それでも平然を装っていて、見ているのが痛々しかった。一二三は幻太郎の頭をよしよしと撫でると、そのまま優しく背中をさする。

「シャワーして落ち着いたらシブヤ送ってってあげるから、少し休んでって」
「···あの、」

幻太郎は、一二三の服の裾を少し引っ張って、小さい声で告げる。

「どったの?」
「少しだけ、ここ、居てもいいですか···?」
「いーけど······なんで?帰りたくない?」

少しの沈黙の後で、幻太郎は事のあらましを話した。
夢の内容と、帝統への気持ちがいわゆる恋心のようなもので、気持ちが悪いということ。これ以上近くにいると、あの男性のようにいつか帝統に変なことをするのでは無いか不安であるということ。

「ふぅん···まっ、別にほとんど使ってないし、いーよ」

だけど、と幻太郎の顔をじっと見る。

「離れたら解決するわけじゃないだろうし、いつかはぶつかんなきゃ終わらないやつだよ」
「そう、なんです、けど」
「あっ、じゃあさー、とりあえず優しくされるセックスでも体験しとく?俺っち相手したげよっか?そしたらギャンブラーくんにも優しく出来るんじゃないのー?俺っちあったまいい!」
「そういうのはいいです」

じゃあせめて、と一二三はそのまま幻太郎を抱き締めると、耳元に小さくキスをする。

「んな···っ?!」
「そのうちアタックするんだから、ちょっとくらい耐性つけといたほーがいいんじゃないかなー······なんてねっ」

No.1ホストというだけのことはある。ジャケットを脱いでいても天然でタラシというわけか。

「あいにく小生はホストに通うつもりは無いですよ」
「ちっがーう!こんなとこで頑張んなくても俺っち客に困んないからぁ!」
「おや違うんですか」

そう言って笑う幻太郎を見て少しホッとした一二三は、キッチンとか家電、好きに使っていいからねと言い残してその部屋を出た。
そのうちアタックする、なんて誰が言ったというのか。勝手に決め付けないでいただきたい。そう思ったけれど、もう行ってしまったので伝えることも出来ないまま、とりあえずシャワーを借りようと浴室をあける。使った形跡もほとんど無いけれど、申し訳程度に石鹸類がちょこんと置いてあって、女性を連れ込んでいるわけでもないんだなぁと思いながら服を脱いで、好きに使っていいと言われたので遠慮無く洗濯機に放り込む。
シャワーを付けて、散々中に出されたソレをなんとか掻き出してから全身を綺麗に洗った。
浴室を出ると引き出しがあり、タオルがたくさん詰め込んであったのでそれを借りると、ゆっくり拭いて、そして気付いた。そういえば着るものが無い。
一二三もそこまで気が回らなかっただろうし、自分ですら失念していたので頭を抱え、とりあえず寒さ凌ぎに使ってないバスタオルを何枚か身体に巻いて、寝室をあけるとベッドがあったのでそこに入り込んだ。
とりあえず暖かい。ほっと一息つくも、あのホストの連絡先くらい聞いておくべきだったなと悔やみ、しばらくごろごろしているうちにウトウトと微睡み始め、瞼も重たくなってきた頃。
玄関が開く音がして、足音が聞こえてくると、あれーここかな?という声と共に寝室の扉が開く。

「いたいた、ゆめのセンセ、服無かったでしょ?部屋着だけどどーぞ」

そう言って袋を渡される。
なんて気の利く人間だろうか、どこかの誰かとは大違いである。

「あ、ありがとうございます···実は洗濯機回したあとで気付いちゃったのでほんとに困ってて···」

そう言いながらムクっと起き上がると、白い肌があらわになる。

「わっ、ゆめのセンセそれ痛そう···」

そう言われ、自分の身体を見ると、腕に強く掴まれてついた痕や、どこかぶつけたのか殴られたのか、至る所に痣がある。
そういえば、言われてみたら確かに痛い。倦怠感でだるいのだろうと錯覚していたが、おそらくこれも一因だ。

「あはは···馬鹿みたいですね、自分のまいた種でこんなことになってる···」
「かわいそ···」

そう言うと、そっと腕に触れる。
優しくその痕をなぞると、泣きそうな顔で湿布や傷用の塗り薬を取りに行き、一つずつ処置をしてくれた。

「優しい、ですね、あなた」

心が潰れそうな時には特にこういう優しさがしみるもので、幻太郎はそのまま泣いてしまいそうになった。
けれど、人前で泣くのはあんまり好きではない。グッと堪えてなんとか笑顔を作った。

「······そ?俺っち弱者はほっとけないだけ〜」
「弱者のつもりは無いんですけどね」
「うっそ自覚無し?今だって、泣くの我慢してるのに?」

こういうのに気付くタイプは厄介だ。
指摘されると、塞き止められていた涙が溢れてしまうから。

「やさしく、しないでください···ぼく、は、」
「優しくなんてしてないのに〜。なんなら今から抱き潰すことだって出来ちゃうよ。添え膳食わぬは〜って言うし?」
「しないじゃないですか」
「タイプじゃないも〜ん。俺っち独歩一筋だかんね」

勘違いしないでよねー、と言って、ついでに幻太郎のおでこにデコピンをお見舞いすると、親指でその涙を優しく拭った。

「でも、そのうるうるした目で上目遣いされちゃうと、ちょっと可愛いんだよなー!ゆめのセンセー顔が良過ぎてる!」

ふざけてそう言うと、今度は目のすぐ横に涙を吸い取るように小さくキスをして、すぐに立ち上がる。

「なーんちゃって!じゃあ今度こそおうち帰るねっ、今度はセックスしよーね〜、なーんて」

そう言うと、部屋を出て行き玄関の扉の開閉する音も聞こえた。
なんだあの天然タラシは。幻太郎は目尻を押さえて、ボンっと音でも聞こえそうなくらい赤面をする。
とりあえずまだ素っ裸なことに気付いて、持ってきてくれた服を着ると、なんだかふわっといい匂いがして、さすがホストだなと感心して、そして少しだけ一二三の顔を思い出して、微笑む。
彼の言葉は嘘と本当が混ざっているが、独歩一筋というのはきっと真実だろう。
そして、それは秘めた想いなのだということもまた、幻太郎にはわかった。
















玄関の向こうで、小さくため息をついているNo.1ホストの伊弉冉一二三は、扉の向こうを見つめるように眺め、その後自宅へと歩き出す。

「もっと自信持ったらいいのにな〜」

俺っちですら、ちょっと惹かれちゃったくらいなのに!とは、思っても口には出さなかった。言葉にしたら真実になるなんて、迷信かもしれないけれど。

「さ、独歩ちんはもう会社行っちゃったかな〜。寝坊してるかもしんないから急いでかーえろっと!」

誰も聞いていない独り言を言って、一二三は足早に自宅マンションへと帰って行った。






2/5ページ
スキ