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ピュアピュアのピュアな幻太郎のはなし【帝幻】




ずっと喋っている。
ペラペラと飽きもせずによく続くものだ。
幻太郎は小さめのため息をついて、窓の外を眺めた。

場所は喫茶店。
目の前にいるのは、新しく入社したらしい編集者の女性だ。
とっくに打ち合わせは終わっていて、それでもなんとか話を繋げ、現在しているのは美味しいと評判のあんみつ屋さんに行ってきましたという報告。

和菓子は好きではない。
見た目で誤解されがちなのでよく差し入れなどもおまんじゅうやら羊羹の類だが、幻太郎はコンビニに売ってるプレミアムなロールケーキにいちごの入ったやつが大好物だ。
食事も、日本人なので和食はもちろん好きだが、ハンバーグもオムライスも好きだし焼肉だって割と食べる。
お酒も日本酒よりビールかカクテルだし、なんにせよ味覚というものは外見では判断できないものなのだ。

とにかく興味のわかない話題を続けられ、幻太郎は手元のコーヒーを飲み干すと、ゆっくり立ち上がった。


「すみません、小生この後予定があるもので。先程の連載の件よろしくお願いしますね」


そう告げると編集担当の分と合わせておつりがくる程度のお金を机に置いて、喫茶店を出る。
再度小さくため息をついてから、自宅のあるマンションへと足を向けると、後ろからドンっと何かが突っ込んできた。


「やっほー幻太郎!あのかわいいおねえさんとデートかな?」

「乱数。いつから見てたんですか」

「別に、ちらっと見えただけっ。幻太郎も隅に置けないじゃーん!」

「あの方は私の妹でございますよ」

「えっそーなのー?!」

「嘘です。編集の方ですよ」


なーんだ、と言いながらいつものロリポップを咥えて、そのままついてくる。


「なーんだ。ところでどこいくの?僕は今から幻太郎の家に行くとこなんだけど〜」

「おや奇遇ですね。小生も夢野幻太郎の家に向かうところです」

「なんだお前らもか。俺も幻太郎んちに行くとこだぜ」


登場していない人物の声がして振り返ると、声の主である帝統がてくてく歩いていた。


「あははっ、じゃあ一緒に行こうか」

「珍しい登場の仕方をしますね帝統」

「ちょっと乱数か幻太郎っぽくね?今の」


ケラケラ笑いながら乱数に飴をせびると、ポケットからひとつ出して帝統に手渡した。


「コーラ味ィ?」

「好きでしょ?」

「いや、別に、嫌いじゃねーけどどっちかってーとこっちの、プリン味の方が」


プリン味······
そんなのあるのか、と幻太郎は少し見てみると、確かにそう書いてある。
甘ったるくて、コーヒーを飲んだばかりの口にちょうど良さそうな匂いがした。


「わっちもプリン味を所望するでありんす」

「1個しかなーい!」


ならいいですよ、と帝統に譲ると、自宅の鍵を鞄から取り出す。
くだらない話をしているうちにもう自宅なのだから、時間が経つのは早いものだ。
さっきの喫茶店ではあんなにも遅かったというのに。


「おっじゃまー!」

「あっ幻太郎エアコンつけっぱなしじゃん!」

「数分で帰るつもりだったのでね」


話の長い編集のせいで、数分が1時間になってしまったけれど。


「ところで二人とも、うちに何の用で?」

「僕は〜、仕事が一段落ついたとこだったから、暇つぶしに、かな!」


そういうと乱数は、本棚のある部屋へ入っていった。
自由な人間だ、と幻太郎は呆れながら笑う。


「俺は便所借りに来たんだったわ」


これ持っててくれ、と先程のロリポップを幻太郎に押し付け、トイレに入る帝統もやはり自由人だ。

あぁこれさっきのプリン味。

乱数は書斎。
帝統はトイレ。
幻太郎はリビングにひとり。

プリン味が気になるし、他意はない。
だんじて他意はないのだ。

幻太郎は、押し付けられた飴を、口に含んだ。

甘ったるくて、頬がじんじんするような感覚。
味が強くて、帝統の匂いなどはもちろんまったく感じないし、ただただ甘い、クリーミーな香りが鼻を抜ける。

顔が熱い気がするけれど、おそらく気のせいである。

トイレから帝統が出てきたので、何食わぬ顔で飴を返すと、そのままクッションをかかえてソファに突っ伏した。
なんだか帝統の顔が見れないし自分の顔も見せられないような気がして。


「幻太郎、体調わりぃのか?」

「えぇ、少しばかり熱が上がってしまったようで」

「まじか、どれどれ」


やめろと言うより先に、幻太郎の額に帝統の手のひらがペタリとあてられ、顔を覗き込まれる。


「熱くはないけど、顔真っ赤じゃねーか!」


誰のせいだと、と言いかけて、いやいやどっちかって言うと自分のせいだ、と思い直し、結局何も言えずに黙っている。
よく怪我をしては幻太郎の家に来る帝統は救急箱の位置もよくわかっているようで、手際良く取り出してから、両手をあけるために持っていた飴を口に突っ込んで冷却シートの箱を開け、1枚持って幻太郎の元へ戻ってきた。


「まえあみ、あえへ」


まえがみ、あげて、だろうか、飴を咥えているのでモゴモゴ喋りながら冷却シートの透明な剥離紙を剥がしたのだが、飴を咥えてモゴモゴしている帝統を見て動けなくなっている幻太郎は、ただただクッションに顔を埋める。
そんな様子を見て小さくため息をつくと、冷却シートを片手で持ち直し、幻太郎の前髪をそっとあげてペチっとシートを貼り付ける。
そして、口の中の飴をまた手で持つと、首に手を当てて、うーん、と呟く。


「やっぱ熱も無いし、この場合は何科に行けばいいんだ?普段病院なんか行かねーからわかんねぇな···」

「だいす、触んないでおくんなまし···」

「あ?」

「体調、わるく、ないので···」


それだけ言うと、クッションを抱えたまま下を向いて小さくまるまってしまった。


「体調悪くないならどーした?フツーでは、ないよな?」

「ふつうです」

「あっ、わかった!嘘だな?!しんどいときくらい嘘つかねーで世話されてろよ」


そう言うと、顔色以外に変なところはないか、と幻太郎の隣にしゃがみこんで間近で観察する。
帝統からさっきのプリン味の香りがして、どうしようもなくなり幻太郎はただただクッションに顔を隠して固まるしか出来なかった。


「普通って言ったら普通です!ちょっと心臓に悪いんで乱数のとこに行ってください!」

「心臓に悪い?俺がか?!ひでーなオイオイ」


向こう行けって言うなら行くけどよぉ、と乱数がこもっている書斎に行く。
扉を閉める音を聞いてから、ゆっくり顔をあげて、大きく深呼吸をすると、洗面所にいって冷却シートを剥がし、冷たい水で何度も顔を洗った。

本当に心臓に悪い。
元はと言えば自分の蒔いたなのだが、それにしても疲れた。

伝えてはいけない以上、しっかり墓まで持っていかなくてはならないのに、これでは明らかに態度がおかしいではないか。



ガチャリと扉があき、乱数がいきおいよく飛び出してきた。


「幻太郎、チョーシ悪いんだって?だいじょーぶ?」

「大丈夫です、少し暑かっただけなので顔を洗ったら元通りですよ」

「なんだよ、心配かけやがって」


誰のせいだと!
先程と同じ言葉を飲み込んで、ここに篭もっていてはいけないような気がして今から外食に行かないかと提案した。
二人とも二つ返事で了承したので、支度をして外に出る。
焼肉が食べたい気分だったので、乱数の行きつけの美味しい焼肉屋に連れて行ってもらった。
さすがと言うべきか、所謂高級焼肉店で、店主の女性に久しぶりと挨拶をして席に座る。


「俺ビール!」

「···小生は烏龍茶で」

「幻太郎飲まないの?」

「今日はやめておきます。白米の気分なもので」

「幻太郎腹ペコだねー!はやく頼もうか!」


そう言うと店員を呼び、飲み物と各々好きなものをいくつか注文する。
早々に飲み物が到着したので、先に乾杯をして飲み始めた。


「帝統ってさー、ハタチだけどお酒飲めるんだね!さては未成年のころから飲んでたなー?!」

「俺はきっちり成人した瞬間からしか飲んでねーわ!」

「まっじめー!」

「ったりめーだろ!」

「違法の賭場には行くのにね!」


どういう基準で真面目なのかわからないが、とにかく真面目らしい帝統は、手元のビールを少し飲む。


「正直ビールの美味さがまだわかんねぇけどな!にっが!」

「無理して飲まなくてもいいのでは···烏龍茶と交換しますか?」

「うーん、そーだな、やっぱ米食うわ!さんきゅーな!」


そして幻太郎は、はたと気が付く。
また間接キスじゃないか!
さっきの二の舞···いや、今回は気を確かに持て。
お酒だし、きっと自分自身気にならなくなる。
そうだ、酔えばいいんだ。
そうしよう。

幻太郎は、白米の気分を取り払い、ビールを飲むことにした。
幸いにもお酒には強い自信がある。
泥酔するほどにはならない。

はずだったのだが。





















目を覚ますと、自宅のベッドだった。
ビールを飲み干したところまでは覚えている。
目の前には心配そうにこっちを見てる乱数と帝統。


「あっ幻太郎起きた!身体平気?!」

「えぇ、少し倦怠感はありますが」


話を聞くと、どうやら店の店員が帝統のファンだったらしく、ビールに眠剤を混入させていたらしい。
何食わぬ顔で自宅に連れ込み、写真付きで既成事実を捏造してやろうという作戦だったようだ。
乱数が店主に詰め寄り事実を吐かせたあと、二度と来ない!と啖呵を切って店を出てきたとのこと。


「幻太郎軽かったけど、飯食ってんのか?」

「少なくとも今日は食べ損ねてますけど···というか帝統が運んでくれたんですか」

「そりゃ、僕に運べるわけないでしょ!」


それもそうか、と帝統にお礼を言い、起き上がる。
ペットボトルの水を渡されたのでそれを飲み、外を見ると夜明けの時間だ。


「ずっと付き添ってくれてたんですか?」

「途中で寝たけどね!薬の成分調べて、人体に悪影響があるやつじゃなかったから、そこまで心配しなくていいかなって」


そう言うと、乱数は仕事があるから、と出ていった。

ぼんやりしていた頭が少しずつ覚醒していくと、帝統が薬を盛られた、という事実が頭いっぱいに広がる。
この男は、普段1人で誰彼構わずについて行き、飯を奢って貰う生活を送り続けている。
そう考えたら全身に鳥肌が立った。
既成事実を捏造されるくらいだったらまだマシだ。
寝ている間にどんなことをされるかなんてわかったもんじゃない。


「帝統、今度から、ご飯は小生が作るので食べに来てください」


声が少し震えていた。


「そんな、大袈裟な···」

「だめです、ぜったいに、ぜったいにだめです。小生といてください」


幻太郎は帝統の服を掴んで詰め寄る。
泣きそうな顔をして、何度も何度も言う。


「どうしたんだよ、幻太郎、」

「大切な人を、失うのは、もう嫌なんです」


そう言って、幻太郎は帝統をぎゅーっと抱き締めて、お願いだから、と呟いた。













そして、我に返る。
何をしているんだ自分は。
パッと手を離し、すみませんと俯いたが、やはりと言うべきか顔が真っ赤である。


「お前、また顔が······あ、わかったぞ、お前照れたり恥ずかしかったりするとすぐ赤くなるんだな?!」

「ちがいますちがいます」

「違わねーだろ!」

「違う!」

「強情だな?!くそっちょっと見てろよ」


そう言うと、ボスンと幻太郎を押し倒して、片方の手で両手を上に固定する。
空いているほうの手で幻太郎の頬を包むと、顔を一番近くまで寄せ、じっと幻太郎の目を見た。

幻太郎は目を逸らしながら、耳まで真っ赤になって涙目になっている。


「······お前さ、俺の事大好きだろ」

「まさか。自惚れるのも大概にして頂きたいですね」

「こういう嘘はド下手くそだな」


そう言うと、優しくふれるだけのキスをして、もう一度目を見る。
ぐるぐるに目を回している幻太郎をみて、おもしれーなと笑うと、もう一度だけキスをした。















おわる
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