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眠れない夜は【遊修未満】



「······空閑、」



修は、玉狛支部の一室にあるベッドで横になりながら、頭に過った人物の名を呟く。
じわりじわりと進んでいる遊真の余命は、あとどれくらいなのか。
考えても答えが出ないことを知っている修は、小さくため息をついて目を閉じた。
それまでにレプリカに会わせてやりたい、残りの人生をどうか楽しいものにしてやりたい。そんなことは当たり前にずっと思っているのだが、それではいざ寿命が終わってしまったら。
当然それは死を意味するもので、つまるところ永遠の別れである。
そうなったときに、おそらく来るであろう喪失感や寂しさを、自分は一体どのように乗り越えていけばいいのだ。
遊真に限らず、人はいずれ死ぬ。
だけれど、それがおそらく自分よりも先に死ぬであろうことがわかっている場合の心積りというのは、些か簡単ではない。
考えれば考えるほどに、心臓が何かに殴られ続けているような、継続的な痛みを感じてしまう。
けれどこれは、乗り越えなければいけないものだということもわかっていて、しっかりしていると言えどまだ子どもの修には、その乗り越え方がどうにもわからなかった。

そのとき。
コンコンという控え目なノック音がして、ゆっくり扉が開く。


「なんだか呼ばれた気がした」


そう言って笑って入ってくる遊真。
ゆっくり扉を閉め、修が転がっているベッドにそのまま腰掛けると、くるりと修の顔を覗き込んだ。


「何かまた難しいことを考えているなオサムは」
「別に考えてない。今日のハンバーグが美味しかったなって思ってただけだ」
「俺じゃなくてもわかるような嘘を堂々とつくんだな。今日は唐揚げだったぞ。ハンバーグは昨日だ。」


修はきょとんとして、それから少し笑う。
当の本人に心臓の痛みを和らげてもらってしまうなんて。


「空閑は、怖くないのか」
「怖くないな。」


何のことなのかは一切触れていないけれど、即答で帰ってくるその答え。
修が何を考えているのか、しっかりお見通しのようだった。


「少し寂しいけどな」
「そ、···っか。そうだよな」
「オサムは怖いんだな」
「···そうだ、だって今だって、考えただけで心臓が馬鹿みたいに痛い」


オサムは弱虫だなぁ、と言ってよしよしと頭を撫でた。
こんなことで弱虫なんて言われてしまっては、一体どうなったら強いと言えるのだろう。
大切な友人の死に向き合うなんて、よっぽどの人じゃなきゃ出来ないことじゃないだろうか。
それとも空閑は、それと真っ向から向き合い、受け入れることが出来るというのか。
いや、きっと出来るんだろう。
良くも悪くも空閑遊真とは玄界の人間とは違う価値観で生きているし、死線をくぐり抜けてきたのだ。


「オサム、大丈夫だ」
「なにが大丈夫なんだ」
「俺はここに居るぞ」
「そうだけど···」


いつか、生身の身体を取り戻すことがもし出来るのなら。
もしそれが出来るのなら、どれだけいいか。


「オサムは寝た方がいいのではないか?俺はへーきだけど」
「それはそうなんだけど」
「仕方が無いなオサムは」


そういうと遊真は修の転がっている布団に潜り込んだ。
修がびっくりして遊真の方を見ると、よいしょ、と修の身体の向きを自分に向けさせて、背中に手を回す。
そうして、ポンポンと優しく背中を撫でて、聞いたことの無い歌を歌い始めた。


「く、くが、その歌は···?」
「小さい頃によく眠れない時、歌ってもらった。すぐに眠れるやつだぞ」
「···親父さんか?」
「···うん」


修はなんだか居た堪れない気持ちになって遊真の顔を見ると、こちらを見ていたのかばっちり目が合ってしまう。
赤い、吸い込まれそうな瞳に捕えられて、一瞬だけ時間が止まった。


「俺はオサムが大切だから、お前がそんな顔をするのは嫌だぞ」


そういうと、むにっと鼻をつまんで嬉しそうに笑った。


「オサムは良い奴だな。俺の事より自分のこと考えたらいいのに」
「違う。自分の事しか、考えていないんだ」


遊真が居なくなったら自分が寂しい、怖い、辛い。
そういうことを考えているのだから、自己中もいい所だ。
遊真の都合や気持ちなんて、まったく考えに至っていないのだから。
そう伝えると、ふぅん、と答えて、また歌の続きを歌い始める。
遊真の声はなんだか心地好くて、修は喋るのをやめて耳を傾けた。
小さい子どもじゃないんだから子守唄で眠るなんてと思っていたが、聴いているうちに修はそのまますぐに眠りについてしまう。
遊真は修が寝たのを確認すると、修の顔をすぐ近くで眺めた。
目尻に少しだけ涙の跡が残っていて、遊真はそれをそっと親指で拭き取ると、修の頬を手のひらで撫でる。


「やっぱ、すぐには死ねないな」


修のことは自分が守らないと。
戦闘でもまだまだ弱い上に、自分のことでこんなに情緒不安定になってしまうようでは到底生き残れないだろう。
それなら自分が側にいてやらないといけない。
生きる目的がまた出来てしまったな、と遊真は笑う。

小さな寝息を聞きながら、遊真はしばらく修を眺めていた。
同じ歳なのに何故だか保護者ヅラをするんだよなぁ、と、その保護者の短めの睫毛を少し弄る。
それはもちろん日本に慣れていない遊真を思ってのことだけれど、それにしても過保護なのではないか。


「面倒見の鬼だもんな」


そう小さく呟いて笑うと、修の瞼がパカリと開く。


「······空閑が大切だからだよ」


そうポツリと言って、また瞼は閉じる。
寝惚けていたのだろう、すぐに規則的な寝息が聞こえ始めた。


「······俺も、オサムが大切だから、絶対守るんだぞ」


そう言って、起こさないように目尻に優しくキスをすると、眠るわけではないけれど目を閉じて、その時間を微睡むことにした。




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