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幻太郎がいなくなっちゃった話【帝幻】


3日。
幻太郎と連絡が取れなくなってから3日経った。
たかが3日だろう。そのうち連絡も返ってくるし、きっと何でもないように笑ってくれるはずだ。
それでも、なんだか言葉に出来ない不安が押し寄せてきて、帝統は何度もスマホを確認した。
メッセージアプリを開くものの、既読にすらならないそれは、帝統をまた悲しみに突き落とす。
何か傷付けるようなことをしてしまったのだろうか?
嫌いになってしまったのなら、そう言ってくれた方がまだマシだ。
訳が分からないまま突然消えてしまうなんて、納得がいかない。
最近のやりとりを思い出して見るものの、いつどのタイミングでこうなってしまったのかすら、見当もつかなかった。
だけれど、家に行っても留守で、連絡もつかないとなると、帝統はただ待つことしか出来なくて大きなため息をつく。
乱数に聞いても知らないとしか言わないし、たかが3日でうるさいよとまで言われてしまった。まったくもって乱数の言う通りで、たかが3日でうるさいのだ、自分は。
それでもこの言いようのない不安は、いつまでも拭えないままモヤモヤを抱えていた。

気分が優れないままでは良くない、と気晴らしに賭場へ行くことにした。シブヤにいては考え込んでしまうので、少し場所を変えてみようと電車に乗り、ネオンがギラつく街シンジュクへと足を踏み入れた。

「あれシブヤのFling Posseじゃん」
「なんでこんなとこに?」

当然のようにザワザワとなる新宿駅。
顔を知られている上に、バトルでも負けているシブヤのチームともなれば、こうなるのは当たり前かもしれない。
帝統は人目も気にせずに得意の鼻で賭場を探し当てる。
中に入ると胡散臭い顔をしたオヤジや金持ちそうな兄ちゃんなどで賑わっていたが、その瞬間、皆一斉に帝統の方を見る。それはそうだろう、縄張りバトルをしている者同士なのだから、完全に招かざる客でしかない。

「これはこれは、シブヤの有栖川帝統くんじゃないですか」

入口にいた若そうな奴が声をかけてくる。後ろの扉が何者かによって閉められ、鍵までかかると、もう逃げられない。圧倒的なスリルに、帝統はごくりと生唾を飲んだ。

「最近はシブヤからこっちに遊びに来るのが流行ってるんですか?」

入口の男はそう言うと、ヒプノシスマイクを起動させる。こいつ、会って早々にやる気満々じゃねーかよ、とゾクゾクしながら帝統もマイクを起動する。周りも野次馬が増え、更にはどちらが勝つか賭けようぜ、とまで聞こえてきた。

「流行ってるってどういうことだ?俺以外に誰かいるってのかよ?」

帝統はキッと睨む。流行ってる、なんて言い方からして、そうであることは容易に想像出来た。

「おっと。まぁ知りたければここで生き延びることですね」

男はそう言うと、合法かどうかもわからないマイクで下手くそなリリックをぶつけて来る。かすり傷にすらならないが、これが本気だと言うのならとんだ茶番だ。

「ハッ、ふざけんじゃねぇぞ、てめぇ俺に勝てるつもりで仕掛けてきてんじゃねぇのかよ?」

帝統のリリックがマイクを通ると、その男は倒れ、店内の野次馬たちは身の危険を感じ先程閉まった扉から一斉に逃げていく。

「ンだよ、ウォーミングアップにもなりゃしねぇ」

帝統は舌打ちをすると、店の中をぐるりと見回す。なにか嫌な視線を感じたからだ。すると、一番奥のソファに1人の大柄な男が座っていた。
その男は帝統をじっと眺め、ニヤリと嫌な笑いを浮かべた。

「有栖川帝統よ、俺の店の客がスッカラカンになっちまったようだが」

そう言いながら背広の内ポケットに手を突っ込むと、おそらく違法の、しかし威力はそれなりにありそうなヒプノシスマイクを取り出した。

「そーみてぇだな。で、おっさんもその違法マイクでやろうって?」

大柄な男はガハハと笑うと突然マイクを起動して、さっきの男よりはマトモなものをぶつけて来た。声もデカいし、なんだか内臓に直接ぶつかってくるようなリリック。どうやらそういう性質のマイクなのだろう、帝統は吐血を繰り返しながら、それでも相手に何発か食らわせるだけの体力は残っているようで、マイクを通し男を攻撃する。
しかしどうやら、男のマイクの効果か、声帯が潰れてしまったようで、声が上手いこと出ない。声が出ないと当然マイクも通ることはなく、ただただ相手の攻撃を喰らい吐血を続けていた。
もうダメかとフラついて、膝を付くと同時に、後ろから煌びやかなハイトーンと、帝統のよく知っている柔らかくも強いリリックが響く。同時に目の前の男は泡を吹いて倒れた。帝統は、こんな所に居たのかと声をかけるより先に気を失った。

「間に合ったみたいだね」

ハイトーンの主、伊弉冉一二三は、帝統を持ち上げると、血塗れだぁ!と笑い、そのまま担いでどこかへ運んでいくのだった。












乱数の事務所。
仕事も終わり、一段落してコーヒーをすすっていると、スマホに着信が入る。乱数はそれを見て、ゲ、と嫌な顔をするも、滅多にかかってくることのない相手であることから、只事ではないと察し電話に出る。幻太郎と連絡が取れなくて寂しいのは乱数も一緒だったから、もしかしたらという藁にもすがる思いだったのかもしれない。

「もっしもし〜?クソジジイ電話なんて珍しいねっ」

普通に出るのはなんだか腹が立つので、悪口を添えることを忘れない。

「飴村くん、とりあえず暴言は無視するとして、今有栖川帝統くんがうちの病院にいるんだ」
「···帝統が?」

幻太郎の情報が欲しかったので拍子抜けしたけれど、帝統がそんなところにいるなんてそれはそれで大事件だ。乱数はぶりっ子を止めて返事をすると、寂雷の言葉を待つ。

「あぁ、一二三くんが担いできて、なんとかしてあげてくれと」

完全に只事ではない。乱数は立ち上がり、そのまま玄関を出ると歩きながら詳細を聞く。

「···つまり、帝統がそっちの賭場でボコられて、ホストが助けてくれたってことか?帝統でやられるのにホスト1人の力でなんとかなるはずないだろ」

当然の疑問だった。乱数は帝統の力量をわかっている。少なくともホスト1人で倒せる相手にやられるやつではないのだ。

「それについてははぐらかされてしまったのだけれど、とにかく有栖川くんを回収しに来てくれないか。命に別状はないし処置は施したから、あとは目を覚ますのを待つだけなんだ」

寂雷の病院に帝統がいることはあまり良くないのだろう、それは仕方が無いことだし、帝統のことも心配だったのでシンジュクへ迎えに行くことにして電話を切った。
電車に乗って行くと面倒なのでタクシーを捕まえると、まっすぐ病院へ向かってもらう。そして少し待っててくれと言い、寂雷のもとへ急ぐ。

「やっほークソジジイ!帝統は?」

寂雷は黙って視線で合図すると、横のベッドで静かに寝ていた。
身体中が傷だらけで、見ていられないくらいだ。

「ホストはもう居ないの?話聞こうと思ったのにぃ」
「一二三くんも忙しいみたいだからね」

そう言うと、医療費の明細を乱数に手渡す。

「たっか!ケチくさい陰気臭いジジイだなぁ〜もう!」
「保険証が見当たらなかったから仕方が無いだろう」

乱数は財布からお金を取り出すと机にバシンと叩きつけた。

「今回は世話になったからなんも言わないけど!」
「しっかり文句言っているじゃないか飴村くん」
「うっさいうっさーい!今決着つけてもいいんだよ?!」

マイクを取り出したものの、助けてもらったことを思い出してポケットに突っ込み、帝統を担ぐ。

「じゃーね。借りってことで!」
「あ、飴村くん、お金多いからおつりが···」
「いらない!」

そういって部屋を後にすると、待たせていたタクシーに乗りシブヤへと帰る。
その道中、帝統の顔を見ると、痛みに顔が歪んだままだった。
首のところに大きな痣があるのをみると、変な効果のある違法マイクといったところだろうか。
酷く痛そうで、思わず顔をしかめる。
タクシーが乱数の事務所につくと、お金を払い車を降りた。
肩に帝統を担いで中に入り、仮眠室のベッドに突っ込んで横の椅子に座った。
寂雷のことだから、多分マイクも使ってなんとかしてくれているだろう。きっと後は本当に目を覚ますだけだ、と思いながらスマホを確認する。
相変わらず幻太郎からは連絡がない。

「どーこいっちゃったんだろうな、幻太郎は。帝統こんなんなっちゃったよ···」

小さくため息をついて、しばらく帝統を眺めていた。













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