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たまごサンドとオレンジジュース



夢野が初めて人に身体を触られたのは、中学2年生。
お小遣いをあげようと言われ、提示されたのは3万。
これがあったら、少しは生活の足しになるのではないか、と迷うことなく中年男性に着いていくと下半身を脱がされ、少しの間我慢してねと触られ、男性の性器を押し付けられ、いわゆる素股というやつで相手が果てるまでじっと待った。
途中、苦しくて「う、」と唸ったら、もっと声出してと言われたので従う。すると、男性は興奮して、終了後に金額を上乗せして渡され、家から少し離れたところまで車で送ってもらい、別れた。
いきなり渡すとびっくりされると思い、新聞配達の給料が入る日に少しずつ忍ばせた。給料が上がったと嘘をついて。

お金に困ったら連絡してねと名刺を渡されていたので、お金に困った時には素直に連絡をした。
すると、同じように触られ、お金を渡される。その繰り返しだった。何度か会うと、素股ではなくアナルセックスをするようになった。そうすると、もっと上乗せしてお金をくれる。
夢野にとってのセックスは、お金以外の何でもなかった。









帝統と初めてセックスしたのは何ヶ月か前。
どうしてそうなったのか、夢野には理解が及ばなかった。
だって、お金に困っていない上に相手の方が金に困っている。

「どうしてセックスしたんでしょう?」

最初の日に、帝統に聞いた。こっちは金を貸している立場なのだから、そんな必要はないだろうと思ったからだ。
そうしたら帝統は、びっくりしたように目をまんまるにしてこっちを見る。

「ど、え、えーっとぉ···愛情···?」

あまりにもびっくりしていたので、もういいですとその話題は打ち切ったのだが、愛情という言葉に夢野は首をひねった。
あの頃はお金に困っているから、お金をもらってセックスをした。
それと並べて考えたら、つまり、愛情をもらってセックスをした、ということになる。
確かに、一理ある、と夢野は納得した。
自分は今、家族も居なくて一人暮らしだし、愛情には飢えている。帝統はセックスをしてる間、頭を撫でたり抱き締めてくれたりして、それは確かに心を満たした。
一宿一飯の恩義ということだろうか、金の代わりに愛情をくれるという解釈でいいのだろうか。
そういうことか、と自分なりの答えを見つけた夢野は、その環境を受け入れたのだった。
だけれど、それが偽物の愛情だということくらいはわかっていたし、そのことを考えたら余計に寂しくなる。
だって帝統は、あの中年男性とは違い、まるでガラス細工を扱うかのように優しく、大切に抱くのだ。
夢野にとっては、例え偽物の愛情だとしても幸せで心地好くて、どうしたって断ることは出来なくなってしまう。
この気持ちが恋だと理解するまで、時間はかからなかった。

気付いてからは地獄だった。
今日は会いに来るのかわからない、明日はもうその心臓を賭けてギャンブルに勤しんでいるかもしれない。
恋をしたのはそういう相手だ。
セックスをして、好きだという言葉をすんでのところで飲み込んで、せめてのも足掻きに帝統の手を握って眠る。
起きたら間抜けな顔で寝ていて、バレないようにこっそりキスをしたこともあった。
がちゃーんどぅルルルチリンチリンチリーンみたいなスリルほどではないかもしれないが、夢野の中では最高にスリルがあった。


ある夜、その日は帝統が食べたいと言っていたハンバーグを作り、食べてからシャワーをして、ベッドに入った。
そうしていつもみたいに、服を脱がされて全身を優しく撫でられる。
どうしてこんなに愛おしそうに触ってくれるのか。
まるで自分の身体は宝石か何かなのではないかと錯覚してしまいそうなくらい、大切に優しく。
心臓がぎゅっと痛くなり、勝手に瞳がじんわり濡れる。

「だいす、」

思わず名前を呼び、そうするとまた、愛おしそうに目尻にキスをしてくれる。

「どした?痛い?」
「いや、···きもちいい」

これは嘘ではない。

「泣いてんじゃん」
「だいす」

遮るようにもう一度名前を呼ぶと首の後ろに手を回して起き上がり、半ば強引にキスをした。
そうして、逆に押し倒すような体勢になって、帝統にまたがる。

「今日は俺が上に乗ってあげようか」

そう言って笑うと、とっくにゆるゆるのそこに帝統をあてがい、ゆっくりと腰を落とす。
痛みも快感ももどかしさも全部拾い上げた。
さっきの心臓の痛みがわからなくなるように。
瞳の涙は溢れてくるけれど、夢野はそんなことには気付かないふりをした。
まるで錯乱しているのかというほど行為に没頭し続け、果てると同時に意識を手放した。




















「幻太郎」

目を覚ましたら、腕枕でこっちを見ていた帝統に声を掛けられた。
なんだか複雑な顔をしていて、何か言いたげなのはすぐにわかった。
もうこういうのは止めよう、とでも言うつもりだろうか。
だとすればその口はしっかり塞がないといけない。
だって昨晩も、やることはやったし少しだけ満たされた。
晩飯だって作ってやったし持ちつ持たれつのはずだ。
気持ちさえ伝えなければ、これからもこのままで居られるはずだし、夢野にとってはもう必要不可欠な関係である。
もしや、恋人でも出来たのだろうか。
だとしたら、仕方が無いとは思うけれど、この行き場のない気持ちは何処へやったらいいのだろう。

「お腹が空きましたか。朝食でも用意しましょうかね」
「待てって」

誤魔化そうと思ったけれどそれは許されなくて、手を掴まれてしまう。
逃げたい、と夢野はその手を振りほどこうとするが、なにぶん帝統は握力も結構強いのだ。
それはセックスの最中も感じていたことだが、力でこいつには敵わない。

「朝飯はいいだろ、身体大丈夫じゃねぇだろ、昨日あんなに···」
「帝統は優しい子でありんすなぁ」
「幻太郎」

もう一度名前を呼ぶと、夢野は何も言えなくなる。
まるで息が止まったかのように、苦しくて動けなかった。

「なんで、泣いてたんだよ」
「その話ですか。昨日も言いましたよ、気持ち良すぎてたんです、あなたのソレが」
「話せよ、ちゃんと」
「話しているだろ」

嫌だ。
言い争いなどしたくはないのに、どうしてそんなこと気にするのだろうか。
夢野の気持ちなどはどうでもいいことで、知らない方が絶対にいいなんてわかりきっているのに。

「······わかったよ。もう聞かない。でももうセックスは辞めとこう」

今、なんと言ったのか。
それを自分から奪ったら、それこそ本当に寂しくてどうにかなってしまうというのに。

「何故でありんすか〜、妾は帝統と気持ちいいことするのが大好きだと言うのに〜」
「泣く理由がわかんねぇのに、続けられるほどクズじゃねぇんだよ」

クズ代表みたいな奴が何を言っているのやら、と思いながら帝統の顔を見ると、どうしたことか帝統の瞳にまで涙が浮かんでいるではないか。
何故帝統が泣くのか。
一宿一飯の恩義で何をそこまで拘っているのか。

「だいす、何故君が泣くのか、僕にはわからない」

とにかく涙を拭ってやろうと、枕元のティッシュを取り帝統の目元を吸い上げると、帝統の左手が夢野の頬を撫でた。
相変わらず優しくて、絆されそうになるのをグッと堪える。

「だって、俺ばっか、お前のこと好きじゃん···」
「は?」
「結局お前の気持ちもちゃんと聞けてねぇけど、でもセックスは拒否されないから、少しは期待してた、けど、泣くし···」
「待て待て待て。ステイ。」

まったく話が見えないので帝統の話を制止する。
何を言っているのだろうか、全然話が読めなくて夢野は困惑した。

「帝統、それは逆だろ。」
「は?ふざけんのも大概にしろよ」

本気でキレかかっている帝統を後目に、夢野は話の整理を急いでいる。
読解力が無い訳では無い。だって自分は小説家である。
だけれどそれは本当に自分の理解とは真逆で、そんなわけがないじゃないかと混乱を極めた。
整理が追い付かなくなり、夢野は帝統の垂れ下がっている髪の毛を掴んだ。

「いや、どう考えても逆だ。だってお前より俺の方が絶対好きじゃないか」
「いや何言ってんのお前」
「お前が何言ってるんだ」

話は平行線のため、とにかく腹が減ったと帝統は立ち上がり、冷蔵庫を漁ると何も無い。
仕方が無いので買い物に行くか、と着替えをすると、ちゃっかり夢野の財布を手に取り出て行く。
本当にクズだな、と思いながらも、おそらく夢野の分も買ってくるであろうからまぁいいかと思い直した。
そうしてしばらく経ってから、先程混乱して口走ったことをふと思い出す。
記憶違いでなければ、自分はさっき、帝統のことを好きだと告げたのではないか。
伝えさえしなければこのままの関係で居られたにも関わらず、だ。
サーッと血の気が引く。
何故あんなことを言ってしまったのだ、とよくよく会話を思い出すと、そもそも帝統が変なことを言い出したのが原因であることに気付いた。
帝統のせいでこんなことになってしまったんじゃないか、と。
戻って来たら一言文句を言ってやらないと気が済まない。
そんなことを考えていると、玄関のドアを開ける音がして買い物袋のガサガサする気配も感じた。
そうしてベッドまで来たところで、夢野はキッと帝統を睨み付けた。
ちなみに身体が痛くて起き上がることはまだ出来ない。

「帝統、あなたね」
「なんだよ、サンドイッチでよかったか?」
「なんでも結構。あなたが小生のことを好きだとか意味のわからないことを言い出したから、小生の気持ちを伝えてしまうようなことになってしまったんじゃないか、どう責任とってくれるんだ」
「はあ?お前マジで何言ってんの?」
「だから!伝えさえしなければ、今後もずっと一緒に居れたのに、お前が変なことを言い出したせいで、気不味くなってダメになってしまうじゃないかと言っているんだ!」

帝統は一回黙れと言わんばかりに、サンドイッチをペリっと開けて寝転んでいる夢野の口に突っ込むと、自分も買ってきたオレンジジュースを開けてごくごく飲み始めた。

「お前は何を言っているの?俺本当にわかんないんだけど」

夢野は突っ込まれたサンドイッチをもぐもぐしながら、これは大好きなたまごサンドじゃないか、と少しの間幸せを噛み締めた。うまい。

「もっかい言うぞ?俺は、幻太郎が好き。これは前にも言ったよな?お前はもういいってそっぽ向いたから、拒否られたんだと思ったけど違うみたいだし···」

聞いてないぞ、と幻太郎は思いっきり睨む。
なにせ口を開けたらたまごサンドが溢れてしまうから喋れない。

「で?お前いつから俺の事好きとかいう話になってんの?やることはやってるから嫌われてはいないと思ってるけど、それはさすがに予想外だわ」

そりゃ言ってないのだから予想外であってもらわなければ困るしそれで合ってる。
そんなことよりさっきの話だ。
夢野は急いでごくんと飲み込むと、差し出されたオレンジジュースを少し飲んだ。

「俺は、帝統から好きだとかそんな話、聞いたこともなければ拒否もしたことはない。どこの誰と間違えているんだ」
「いっちばん最初にしただろうが!」

どういうことだろうか、全然記憶も無いというのに帝統は嘘をついている様子でもない。
首を捻っていると、帝統は小さくため息をついた。

「わぁった、もう思い出さなくていい。多分なんか行き違いとか勘違いとかそんなんだろ。もう忘れとけ」
「なんだか腑に落ちないが、とりあえずそれでひとまず決着をつけようか···」

で、と帝統は夢野の顔を見る。
まだ何か続きがあるらしい。いや、この続きはいくらなんでも何を話すかくらいはわかっているのだが。
だけれど、サンドイッチを食べている間に少しばかり冷静になった。
この状況はきっと幸せの第一歩で間違いないのだ、と。

「もう、泣かなくていいよな?」
「妾の涙は真珠となってその輝きを世界に拡げる役割があるのですよ」
「何言ってんだよ」
「あはは、もちろん嘘だけれどね」

偽物と思っていたものは実は本物で、本当はずっとずっとたくさんもらっていたんだと言うことだ。

帝統は夢野の口に優しくキスを落とした。そうしたら夢野の瞳はまた濡れて、そのまま、まさに真珠みたいにコロンと落ちる。
あんまりにも優しくて、心がぎゅっと暖かくなったからだ。
帝統は人差し指でそれを拭って、結局泣くんじゃねぇか、と笑った。

「その真珠、高く売れるので集めといてくださいね」
「馬鹿か、全部俺が独り占めするんだよ」

そう言って、目元にキスをして、そのままベッドにもう一度あがると、覆い被さるようにして夢野の目をじっと見つめる。

「綺麗な目」

あなたもね、と返すと、もう一度そのままキスをした。





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