いちゃいちゃしてたのに!【帝幻】
カランコロンと下駄の音がする。
馬子にも衣装というのはこういうことか、と幻太郎はクスリと笑う。
夏の終わり、少し涼しくなってきた頃に毎年開催される夏祭りは、出店が立ち並ぶ大きな川沿いで花火を見ることが出来る。
そこから見る花火はとても近くて、上を見上げて迫力のある演出を楽しむのもひとつ。
だけれどその日、帝統と幻太郎は出店でりんご飴を買ったあとでその川を離れて、少し遠くまで歩いていた。
帝統が見つけた穴場スポットがあるらしく、そこでゆっくり見ようと言ってそこに向かっているのだ。
「ていうか幻太郎はなんで浴衣着てねぇんだよ?」
「いきなり誘いに来たのは帝統でしょう」
Tシャツにジャージなど外ではほとんど着たことはない幻太郎だが、部屋で1人の時は割とそんな感じで過ごしているそうで、誘ったタイミングがリラックスタイムだったこともありそのまま家を出てきたのだ。
歩きながらりんご飴をカリカリかじると、甘い飴が口に広がった。
「乱数もその辺歩いているんでしょうかね」
「あー、オネーサンとデートかもなぁ」
あ、こっちだぜ、と狭い路地に入り、そこを抜けると高台の上に出た。
なるほど、花火会場がよく見える場所で人気もない。
大きな石があったのでそこに並んで座ると、同じように穴場と聞きつけてやってきたであろう男女のカップルが路地を抜けてきた。
ちょうど帝統と幻太郎が見えない位置に陣取って、貸切だねーなんて話している。
花火が始まって、打ち上がる光を静かにながめ、ふと視線を感じて隣りを見ると、帝統がこちらを見ていた。
目が合ってしばらく、無言が続いてしまい、どうしようかと考えていると、先程のカップルの方から声が聞こえる。
いわゆる、喘ぎ声と言われるもの。
人が居ないと思ってイチャつき始めたのであろう。
帝統は平気なのだと思っていたが、どうやら耐性が無いようで確実に動揺し始めていた。
その様子があまりにも可笑しくてフフっと笑ってしまうと、真っ赤になってそっぽを向いた。
幻太郎はそっと立ち上がり、帝統の手を引っ張って静かにその場を後にすると、そのまま手を繋いで家まで連れていく。
あんなとこでおっぱじめんなよなー!とぶすくれている帝統に、冷蔵庫からビールを出してやると、さんきゅーとお礼を言ってソファーに座り、それを開けた。
「幻太郎は、その、あーゆーのは平気なのか?」
あーゆーの、とは先程のカップルのことだろう。
「えぇ、まぁこれでも小説家のはしくれですし、一応の耐性はあると思いますよ」
「ふーん。まぁお前綺麗だしな、それなりの経験はあるか」
「おや、帝統は童貞ですか」
「うっせぇ!興味がねぇだけだ!」
そう言って持っているビールをごくごくと飲み干すと、下を向いてため息をついた。
幻太郎は、自分もビールをひとつあけると、帝統の隣に座って半分ほど飲んだ。
イメージほど酒には強くない幻太郎は、頭が重たくなってきたのかそのままごろんと帝統の膝の上に崩れ落ちると、下からじーっと顔を眺めた。
「帝統は顔以外に取り柄がありませんねぇ」
「あ?おめーにだけは言われたくねぇぞそれ」
「何を。小生は顔だけじゃなくてちゃんと堅実に生きることも出来ますしお金もあります。顔も良いですけど」
「おま···」
幻太郎はそのまま帝統のポケットからくしゃくしゃになったタバコを取り出すと、1本抜いて咥える。
そしてまたポケットをまさぐり、ライターを拝借するとカチリと火を付けた。
「珍しいな、幻太郎がタバコなんて」
「なんか、一緒のものを好んでみたいと思ったんですよ」
「好む、ねぇ」
「でも煙たいからもう要らない」
そういうと、帝統の口にそれをつっこむ。
そしてふふふと楽しそうに笑って、けほ、と咳き込んだ。
「小生は、恋愛などしたことがなくて、わかんないんです」
「あ?」
「どうしたらこの気持ちが収まるのか······」
ただ、と小さく呟いて、幻太郎は笑う。
「毎日ものすごく幸せだ」
ずるずると起き上がると、帝統の持っている缶を奪い机に置き、両手をきゅっと握って帝統の胸の上に頭を乗せる。
「こんなふうにしても、誰にも叱られない。ま、帝統を好いていた女性たちからは怒られてしまうけれど」
今日の幻太郎はよく喋る。
可愛い顔をして自分を見る幻太郎は、いつもの飄々とした雰囲気ではなくて、完全にただの色ボケだ。
付き合うようになって、1ヶ月ほど経っただろうか。
キスはしてもそれ以上のことはなかなか出来ないまま。
もしかしてこれは、誘っているのか?
酒の勢いに任せてやってしまおうという魂胆なのだろうか。
だとしたら乗らない手はない。
帝統は、幻太郎の頬に手のひらをあてて、そのまま唇を重ねる。
幻太郎も、一生懸命それに応えていて、ぺろりと舌を舐めるとおずおずと口を開いた。
と思ったらその隙間から、ぬるんと幻太郎の舌が入り込んできて、一気に舌を絡め取られてしまう。
待て待て待て。
自分が主導権を握ろうとしていたところにコレかよ。
帝統は一旦離れようとしたが、離そうとすると必死にしがみついてきて離れない。
なんだか気持ちが良くて、このまま蕩けてしまいそうで、あぁ俺が受け入れる側でもいいかも···と一瞬意志が揺らいだところで唇は名残惜しそうにゆっくり離れた。
「ふふふ、帝統良い顔」
そう言って笑う幻太郎の方がよっぽどトロトロで『良い顔』をしているわけだが、多分自分も相当だろう、と帝統は小さく笑う。
「な、幻太郎、ゴムとかある···?」
そう言って、下腹部をやんわりと撫でるとその瞬間、何故かバチンという音と共に頬に痛みが走る。
「んな····っ、だいす、しょーせいは、そんなつもりじゃない!」
「はぁ?!今めっちゃ良い雰囲気だったじゃねーか!」
「かんちがいです!」
「はぁぁぁぁ?!そんなもん通用するか!今日は絶対する!大丈夫、痛くないようにするから!」
「やです!なんなら小生が優しくするので!お尻は無理です怖いだろ!普通に怖い!」
そんな押し問答が続き、結局その日も特に何もないまま。
数日後の夢野幻太郎のスマホの検索履歴に、『男同士 受け入れる側 痛み』なんて言う言葉が並んでいることは、まだ誰も知らないのだった。
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