都合の良いまま【帝幻】
次の日。
目を覚ますと日が登ってしばらく経つのがわかった。
外の明るさが朝のそれではないからだ。
おそらく昼は回っているだろう。
横向きに丸まっている体勢からむくりと起き上がると、寝始めた時には居なかった人影が背中側にいたことに気付く。
「うわっ、帝統か···いつのまに······?」
そして、自分の服が少し乱れていることにも気付いた。
待て待て。いくらなんでも寝ているやつに無理矢理するか。
多分寝相が悪かったのだろう。
そんなことを考えていると、帝統の瞼がぱかりと開いて、目が合う。
「おう」
「オウ、とはまた無愛想な挨拶ですね」
そう言いながらベッドを下りると、なんと下着をつけていない。
幻太郎も、帝統もだ。
それにびっくりしてしばらく固まっていると、帝統が口を開いた。
「お前、俺がさすがに寒くてベッド入れて貰おうと思ったら、寝惚けて抱き着いて来て、好きだ好きだってはちゃめちゃに誘ってきたんだけど、覚えてねぇ?」
そう言って頭をガリガリとかきながら、大きなあくびをした。
「自分から脱いでたし俺も脱がされたんだぜこれ」
ウケるよな、と笑っているけれど、こっちにとったらまったくウケない。
だって全然覚えていないのだ。
寄りによって、好きだなんて言ったのか、この口は。
「さすがに寝惚けてるのは丸わかりだったから、何もしてねーけど」
「それはそれは、知らぬうちにご迷惑おかけしたようで」
「やっぱ溜まってんじゃねーの?一発やるか?」
「結構。お腹も空いたしなにか食べましょう」
それだけ言うと、新しい下着を出して服を着替える。
冷蔵庫には何も無いから外に行こう、と帝統にも支度を促し、顔を洗って外に出る。
自分でもなかなか無いくらいにテキパキ行動した。
不用意に頭を働かせてはいけない。
醜態を晒したことを無しには出来ないだろうが自分の記憶から消すことくらいは出来る。
歩いて5分くらいの喫茶店に入り、適当なランチを2つ注文すると、なんだかどっと疲れた、と大きなため息をつく。
「なぁ幻太郎、1個聞きてぇんだけど」
「それはつまんないこと?だったら僕そういうのきらーい」
「乱数の真似うめぇな!···じゃなくて!」
「はぁ、まったく。なんです?」
我ながらクオリティ高いモノマネだった。
少し家で練習するか、とどうでもいいことをブツブツ言いながら、運ばれてきたコーヒーに砂糖とミルクを入れてぐるぐる混ぜる。
「お前、俺の事好」
「ストップストップストップ。隠蔽工作もラクじゃ」
「は?」
「ゴホン、いえなんでも。そうだ帝統、なに頼んだんでしたっけ?」
雑な誤魔化し方だが、動揺していて上手く頭が回らない。
なんでこいつは寄りによってこんな所でそんな話をし始めたんだ。
「あ?なんか適当におめーが頼んでたんだろうが」
「おっとそうでした」
「んだよ、言いたくねぇならそう言え、もう聞かねぇから」
「あー、是非そうしてください」
ふと隣のテーブルから、タバコをつける音と匂いがする。
幻太郎も少し嗜むことはあるが、食事時には好まないので家に置いてある。
目の前のギャンブラーは当然のごとくヘビースモーカーだが、こういった時には吸わない。
以前に、吸わないのかと尋ねたら、お前がご飯の時吸わねーじゃん、だから今はいい、なんて答えたのを思い出す。
まだ二十歳の若さでそんな気遣いが出来るものなのか、と感心したのを良く覚えている。
そういう、小さな気遣いが上手で、自己中見えて結構周りをよく見ている。
だから、金貸してと言っても、普通ならみんな断るところをホイホイ貸してしまうのだろう。
人を絆すことに無意識に長けている。
「俺の顔になにかついてんのか?」
「は?」
ボーッとしていたからだろうか、帝統の顔を眺めていたらしい。
幻太郎は、あぁすまない、と言ってコーヒーを一口。
「帝統のことを考えてたら、つい見てしまっただけです」
「俺の事?」
つい本当のことをポロリと口走ってしまい、一瞬固まる。
これではまるで、本当に好きみたいじゃないか。
「いや、間違えた、そうじゃなくて、えーーーっとぉ、あ、嘘です!」
「何言ってんだオメーは」
そう言って可笑しそうに笑うと、八重歯が見えて可愛い。
そう、この男は実は可愛かったりするのだ。
もう帝統が優しいやら気遣い上手やら可愛いやら、そんな事ばかり頭に巡っていて、幻太郎はそろそろ疲れてきた。
店員が運んで来たランチを、いただきますと手を合わせる帝統。
ほらそういうとこ!と幻太郎は頭を押さえる。
ガサツなくせに、店員にお礼を伝えて、ちゃんといただきますって手を合わせて、お前さてはガサツじゃないな?と思いながら、幻太郎も手を合わせて食べ始めた。
そうか、わかった、と幻太郎は心の中で整理をする。
これは帝統の評価がマイナスから入っているから、ちょっとマトモだとすごいことのように感じる、アレだ。
そうに違いない。
好きだとかなんだとか、そんな話ではないんだ。
うんうん、と心の中で納得をつけて、幻太郎はサンドイッチをかじった。
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