都合の良いまま【帝幻】
「嫌だと言っているだろ、この性欲魔人!」
そういって野良猫を追い出すように部屋から放り投げ、襖の戸を強めに閉める。
バン、という音と同時に何かが散らかる音がして、舌打ちと共にそれを片付けてベッドに潜る、そこまで音と気配で把握した。
帝統は小さくため息をついて、ソファーに座る。
ちょっと身体を触っただけでそんなに怒らなくてもいいじゃないか、とも思うが、どうやら酷く傷付けてしまったみたいだ。
セックスはもう何度もしている。
最初に泊めてもらったときになんとなくそういう雰囲気になって、そこからは所謂セフレのような状態。
男同士だし、後腐れのない遊びみたいなものだ。
少なくとも、帝統にとっては。
だから、今日もそれまでと同じように、同じベッドで転がって脇腹を少し撫でた、それだけのことだったのに。
虫の居所が悪かったのだろうか。
考えてもわからなかったので、帝統はそのままソファーに寝転がって、目を閉じた。
夜も更けていたこともあり、数分後には部屋中にイビキを響かせていたのだが。
「あいつ、もう寝たのか······?なんてお気楽なやつ···」
先程のベッドの中では、帝統を追い出した幻太郎が寂しそうに身体を丸めている。
数日前の昼間のことだった。
編集者から逃げて、乱数の事務所で締切を2日過ぎた原稿を抱えてコソコソと書いていた幻太郎は、一服しようとコーヒーをいれていた。
すると納期の迫った乱数もマグを持って寄ってきて、一緒にひと息つく。
「はぁ、しんど······幻太郎、締切くらい守りなよね、見かけによらずルーズなんだから」
「乱数だってぎりぎりなのでしょう。人の事言えませんよ」
「僕はまだ人様に迷惑をかけているわけじゃないもーん!それよりさー幻太郎」
「なんです?」
「こういう切羽詰まったときほど性欲強くなんない?おねーさん一人紹介しようか」
何を言ってるんだこの男は。
幻太郎は呆れて拒否をする。
「小生は間に合ってるんで結構」
「間に合ってるってなに?もしかして、恋人?」
「そんなものは、いないですけど」
「あっはは、嘘だよ、当ててあげよっか。帝統でしょ」
なるほど、カマをかけたということか。
確信を持って話しているので隠しても無駄だろうと思い、まぁ、と小さく肯定してコーヒーをすする。
「付き合ってないのぉ?」
「そんな約束をした記憶はないですね」
「ふーん。でも、幻太郎は帝統のこと好きだよね?」
「は?」
そのようなつもりはまったくない。
お互いの性欲処理にちょうどよかったというだけのことで、好きだのなんだのということは今まで1度だって考えたことすらないのだから。
「違うのー?」
「違いますね」
「えー、だって受け入れる側って身体の負担も大きいって言うじゃん!好きじゃないのにしんどいことするかなぁ?」
負担が大きいのは、確かにそうだ。
だけれど、それはそれじゃないのか。
セフレだって男同士ならどっちかはそうなるのだから。
「まぁ小生の方が年上なので」
「なにそれ関係あるの?」
「年齢や体格などを考慮したら、必然とこうなります」
「じゃあ、例えば僕とだったら幻太郎が突っ込む方になる?」
突っ込む方、とはまた下品な。
まぁ先日も、無花果お姉さんえっちかったねーなんて笑ってたような男だから、それくらいは普通なのだろう。
「そもそも乱数とはしないでしょう」
「えーっ、なんで?!」
「なんでって···乱数ですよ?」
「じゃあ、やっぱり帝統のことが好きだからしてるってことだよねっ」
あ。
そうなってしまうのか。
もう、何を言って墓穴を掘るだけのような気がして、コーヒーを置いて原稿にむかうことにした。
幸いにもその日のうちに書き上げることができ、乱数にお礼を言って家に帰ると待ち構えていた編集者にその場でチェックされ、泣きながら持っていった。
やっと原稿から解放された幻太郎は、今日は何もしないぞ、と宅配ピザをネット注文し、近所のコンビニでコーラを買ってデブ活の準備を整え、届いたピザを食べながらふと、乱数と話した内容を思い出す。
好きだとかは考えたことすらない。
だって、触られると擽ったくて気持ちいいし、あのガサツな男が、まるでガラス細工を扱うみたいに丁寧に優しく扱ってくれるのが心地好い。
だから一緒にいるとしたくなったりもするし、一つになったら心がぎゅうっと嬉しくなったりもする。
だけどそれは、あくまでお互いの性欲処理にちょうどいいからであって、そこに好きだとかの感情があるわけではなくて。
幻太郎はピザを平らげて歯磨きを済ませると、ベッドにダイブした。
変なことを考えたからだろうか、身体がうずうずする。
「あー······帝統こないかな···」
1人で抜けばいい。
それはわかっているのだ。
だけど、どうしてもそれは嫌だった。
だって触って欲しい。
丁寧に、壊れ物を扱うみたいに、優しく。
あれが最高に好きなんだ。
帝統の心を独り占めしてるみたいで。
そこまで考えて、ふと気付く。
こんな恋愛小説書いたことあるぞ。
彼の心を独り占めしたいの、と泣いている思春期の女の子を。
さっきまで書いてたヤツだな、と。
そんなわけない。
幻太郎はムクっと起き上がる。
あれはただの性欲処理で、別に自分で抜いたところで何も変わらないはずだ。
そう思って、ラフな部屋着を少しずらすと自分のものを出してみる。
どうやって抜いていたっけ、と幻太郎は首を傾げた。
帝統とするようになってから、自分ではやらなくなったのですっかり忘れている。
仕方がないので帝統が触るみたいに丁寧に優しく扱って、時間をかけて処理をしていく。
「は···、···だい、す···っ」
昔自分でしてたときは、5分くらいで終わったはずなのだけれど、要領を忘れてしまったので気付いたら結構な時間かかってしまった。
途中、名前まで呼んでしまい、終わったあとで自己嫌悪でいっぱいになる。
結局、帝統のことばっかり考えているじゃないか。
それから数日間モヤモヤしっぱなしのまま、時間は過ぎる。
そうしてある日、泊めてくれ〜、と家を訪ねてきてしまい、モヤモヤしたまま家に入れ、そして現在に至る、だ。
ソファーで眠りこけている帝統のところへ、毛布を持って音を立てないように近付くと、その顔をじぃっと眺める。
好きだなんて、あるわけがない。
馬鹿みたいなギャンブラーで、いつだってスリルが最優先で、自分の生命ですら賭けのテーブルに置いてしまうような危うい男。
あるわけがないけれど、じゃあ例えば好きだったとして、それがどうしたと言うのか。
子孫繁栄の観点で言えば、そうまさに「生産性が無い」感情であるし、もっと例えるならば、もし男女だった場合でも。
この男と添い遂げたいと思うか?
答えは否。
いつ死ぬかわからない、いつ帰ってくるかわからない、そんな人間と添い遂げたいわけがない。
寂しい思いだっていっぱいするだろうし、それにギャンブルの末に自身のケツくらいなら差し出して済ませようとすることすら簡単に想像がつくような人間だ。
どんな方向から考えても、やっぱり好きだなんて絶対にありえないしあってはならない。
不幸にしかならない。
だから、そんなことを考えて悲しくなって少し涙が溜まってきているなんてことは確実に気のせいであるし、ましてやこのだらしのない唇にキスをしたいなどという感情は、おそらく勘違いで。
幻太郎は持っていた毛布を帝統に被せ、フラフラとベッドに戻る。
そもそもこんな感情を認めてしまったら最後、おそらく帝統の方からセックスはできないと言われる可能性すらある。
あれは優しい男なのだ。
気持ちを弄ぶみたいなことはきっとしない。
だったら、自分の気持ちが本当はどうであるかなどはどうでも良くて、お互いにとって都合の良い関係であることが、良好に続けていくためには絶対条件なのではないだろうか。
幻太郎は自分の中で最良の結論が出たことに満足し、そのままグゥ、と眠りについた。
少しのモヤモヤはぐしゃぐしゃにして、とりあえずゴミ箱行き。
それでいいのだと、言い聞かせた。
つづく!
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