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情緒不安定な幻太郎のはなし【帝幻】









「うー···きもちわる···」

「大丈夫か?」

「うっ、まさかあのときの···帝統、責任とってください···」

「いつのだよ!んでお前どこに子宮あんだよ!」

「誰も妊娠などしませんよ···昨日アホほど飲んだので···」



そう、いわゆる二日酔いだ。
いつもはきちんと量を考え、ほどほどに飲む幻太郎だが、少しハメを外し過ぎてしまった。
ヤケ酒というやつである。
幻太郎は自分で水を入れ、不快感を流すようにごくごくと飲み干す。



時は少しだけ遡り、一昨日の夜。
幻太郎は、印税が思ったより多く入ったので、たまには贅沢をしようとお高い寿司屋に入る。
細い裏路地に入ったところにあるその店は、時々食べに行くお気に入りの場所。
美味しく食べて、久しぶりの満足感に上機嫌になりながら店を出ると、見覚えのある人物が視界の端にうつる。
その地域はいわゆるラブホ街で、たくさんのカップルがうろうろしているのはわかっているのだが。
どこにする?どこでもいいよ帝統クン決めて〜。あー、じゃあここでいいんじゃね。そんな感じの会話と共にクセのある青い髪がふわっと揺れた。
見間違いだと思い、しっかりとそちらを確認すると、間違いなくご本人。
帝統は幻太郎に気付くと、しっかり手を振って挨拶し、女性と共にネオンの光る建物に消えた。

心臓が騒ぎ出す。
どきどきなんてかわいいものではなくて、そう、まるで和太鼓を打ち鳴らしているかのような激しいものだった。

帝統が女性とホテルに入った。
ただそれだけである。
なぜこんなにも動揺する必要があるのいうのか。
自分にもわからないけれど、とにかくその日は吐き気と頭痛に襲われて、フラフラしながら自宅へと帰った。

家に着いて思いっきりシャワーをして、騒いでいる心臓を落ち着かせるために、入浴剤を入れてぬるめのお風呂に浸かった。
余計なことを考えないようにお気に入りの本を一冊持ち込んで、防水のスピーカーを使って音楽を流す。
その日は思考を停止させたままベッドに入り、無理矢意識を手放した。

次の日、原稿は一旦終わっているものの、幻太郎はペンをとる。
普段はパソコンでまずあらすじをまとめたり、大まかな流れを作ってから、鉛筆でざっと書いて、最後に修正をしながらペンで仕上げているのだが、これは仕事ではないのでこれでいい。
幻太郎は、気持ちが落ち着かないとき、その原因や対策が見えないときにはいつも、それを書いてまとめる。
そうすると気持ちがすっきりして、わからないものが見えてくるからだ。









"出会ったのは、元TDDの飴村乱数に声をかけられ、その事務所へ行ったときのことだ──────





気が付いたら昼食も食べずにずっと紙に向かっていて、窓の外は真っ暗だった。
ふぅ、とため息をついて出来上がったものを読み返すと、とんでもない物語が出来上がっているので、自分で書いておきながら思わず変な声が出てしまった。

そこに書いてあったのは、壮大な片想いを拗らせた夢野幻太郎の苦悩だった。
どうにか気を引こうとつまらない嘘をついてみたり、前世を恋人と言ってみたり、これは間違いなく構ってちゃんのメンヘラである。

つまり、帝統が女性とホテルに入ったことがこんなにもショックだったのは、そういうことだったのだ。

こんなクソつまらない物語は、自分の作品にも1度だって書いたことが無い。
それをぐしゃぐしゃに丸めて、陶器の皿に置いて火をつけた。
しばらくそれを眺めていた。
やばいこれ本物のメンヘラだ。
粉々の灰になった燃えカスをそのままにし、立ち上がった。



幻太郎はとりあえず近所のコンビニに出掛けた。
1番高いビールをありったけと、手近なおつまみをカゴにごろごろ入れて会計。
家に帰って、以前なにかの賞を取った時にもらった、なんかよくわからないけれど美味しいらしいお酒を熱燗にするために準備をして、温めている間にビールを開ける。
喉を鳴らして半分ほど飲むと、買ってきたおつまみを開けバリバリと食べる。

「······えっ、うま···コンビニ侮れない···」

独り言を呟きながら、ひたすら飲んで食べた。
熱燗が出来上がったのでそれを用意してお猪口に注ぐ。
これは別に美味しくないな、と思って、残りは片付けた。
料理酒に決定だ。
ビールに戻り、また一気に飲む。
おつまみを食べる。
その繰り返しだった。


しばらく飲んだあとで、散らかしたままその場に転がると、すぐに意識を手放した。
















インターホンの音で目を覚ました幻太郎は、気だるげに起き上がると時計を見る。
12時だ。
すぐに起きたのか1晩たったのかは、外を見てすぐにわかる。
今日は雨か···と思いながら立ち上がり、玄関へ向かった。
覗き穴で相手を確認すると、一昨日みた青い髪。
居留守を使おうとも思ったが、覗く時にガタンと音をたててしまい、向こう側で「幻太郎〜、入れてくれ〜」と声を掛けてくるので、鍵をあけて迎え入れた。


「帝統、今ものすごい散らかっててですね···」

「雨が凌げたらなんでもいいから頼む!」

「はぁ、まぁどうぞ」


身体がだるくて思うように動けない。
とりあえず帝統は一旦放っておいて、リビングのソファに座る。


「うー···きもちわる···」







そして、現在に至る。


「幻太郎がこんなに散らかすなんて珍しいな。うっわ、ビールもこんなにあけてるし···」

「小生だって飲みたい時くらいはあるんです」

「まぁそーだろーけど」


それにしたってこれは酷い、と言いながら、床に転がっている缶を回収する帝統。
こっちが弱ってるとこうも甲斐甲斐しくなるんだなぁ、と思いながら帝統を見ていると、意外と手が綺麗なことに気付いた。
あの綺麗な手で、あの女性を抱いたのか。
どんなふうに抱いたのだろう。
乱暴にするのだろうか。
それとも意外と優しかったりするのだろうか。
耳元で愛を囁いたりなどは、しなさそうだけれど。


「···なんだよ幻太郎、じろじろ見て」

「な、んでもありません」

「あっそ。まーいいけどよ」


何でも無くはない。
一昨日の女性とは付き合っているのか。
あの時だけなのか。
そもそもやることはやったのか、寝るところが無いから泊まっただけかもしれない。
だけれど、健康な男女が一緒にいて、やることはひとつだろう。
しかしそんな不躾なことを、聞く訳にはいかないじゃないか。
だけど。


「···う、そ、です」

「あ?」


ちょっと探るだけ。
あくまで世間話をするだけだ。
そう、ポップな感じに聞けばいい。


「一昨日の方は、あれは恋人でありんすか?」


聞いた。
聞いてしまった。
聞かない方がよかったのでは?
だってそれを肯定されようが否定されようが、自分がその座につくことなんてないのだ。
だったら真実なんか、必要ないのでは?
だけど、口から出してしまったものは取り消せないのをよく知っている。
嘘ですよ、なんて言葉を使ったところで、聞かれたものは聞かれた。


「あー、あいつは、」

「あーーーーーーーーっやっぱいいです!よく考えたらどーーーーーーでもいいです!帝統の恋人なんかいようがいなかろうが!小生にはどうでもいい!····っ」


やっぱり聞きたくない。
どう考えても挙動不審だけれど、大声で遮ってそのままトイレに走った。
そのままがっつりと吐き戻して、喉は焼け付くし頭痛に響くしで動けない。
帝統の顔を見てるともっと吐いてしまいそうだったので、しばらく籠ることにした。


「げんたろー、大丈夫かー?」


二日酔いの症状ではない。
自分でわかる。
帝統に恋人がいることが、きっと耐えられないのだろう。
身体が拒否するというのはこういうことか。


「だい、じょーぶ、なんで···」


こないでくれ、とは言えなかった。
優しくして欲しかった。
自分のために心配をしてくれるのが嬉しかった。


「幻太郎、何を考えてるのかわかんねーけどよ」


そうでしょうね!小生にもわかりません!
そんなことを思いながら、黙って俯いている。


「とりあえず体調わりーなら、看病くれぇは出来っから、なんかあったら言えよな?」


そう伝えてリビングへ戻る帝統。
優しい!!優!!!!しい!!!!!
むり!!すき!!!!
幻太郎はそのまま壁に頭をゴンゴン打ち付け、挙句隣人からの壁ドン、もちろん殴る方のやつをかまされ、少し凹んでトイレから出る。
帝統は机を拭いたりゴミを片付けてくれていて、こちらに気付くとコップに水を入れて渡してくれた。


「ほらよ。お前もうベッドで休めよ」

「すみません………妾はしばし前世の夢でも見てきます…」


そういうと幻太郎は、寝室にはいり扉を閉めた。


「どーしたんだ、あいつ。情緒不安定か?」


ま、いいか、と呟いて片付けを再開すると、台所に変なものが置いてあった。
陶器の皿に粉々の灰が入っている。
なんだこれ。
タバコの灰じゃねぇな、とよく観察するが、やっぱりよくわからなかった。
お香かなんかの残骸?と思い匂いを嗅いでみても、ひたすらただの灰の匂い。
なんか宗教でもやってんのかな、とそれは手を付けず置いたままにして、片付けを再開した。
















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