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気付きたくなかった【帝幻】



そう言うと、また先程の駅へ行き、何駅か進み乗り換えのために移動する。
そして切符売り場でまた別のものを買い、連れていかれたのは新幹線だ。


「待て待て、そんな遠いのか?」

「そーなんだよね!田舎のほう!さっきマップで見たら川とか田んぼとかばっかりのところだったし」


と言っても新幹線だからすぐ着くけどね!と笑い、車内販売のお菓子と飲み物を見つけるとすぐにおねえさーん!と声をかけた。


「ねー帝統、幻太郎って何が好きなんだろ?」

「俺が知るわけねーだろ。でもこないだしいたけは避けてたの見たぞ」

「情報が少なー。まぁお茶か水なら飲めるよね」


そう言って、お菓子、自分の分のコーヒーと帝統のコーラに、ミネラルウォーターを買った。
しばらくお菓子を食べながら、スマホをいじっていた乱数は、あー、と小さく呟いてSNSを開く。
検索欄に『幻太郎 見た』と入れてみたのだ。
出てくるのは最新ではない目撃情報ばかりで、ここ数日に関しては有力なものはない。
言葉を変えながら何度か試して、1つだけ。
『帰る途中で小説家の夢野幻太郎先生に会った!やばいめっちゃ綺麗だったー!丁度新刊買いに行ったところだったから、迷惑でなければってサイン頼んだら快く書いてくれた(;_;)さいこうだいすき(;_;)』
時間も数時間前で、かなりリアルタイムだ。
乱数はその投稿したアカウントのホームを眺めて、向かっている方向が正しいことを確認した。


「なぁ乱数。なんで幻太郎の地元にいると思うんだ?」

「うーん。なんとなくかなぁ」

「なんだよそれ」

「幻太郎の書きかけの小説すごいリアリティあって良かったんだよねー」

「あぁ、部屋にあったやつか?」

「うん。喋っていいのかわかんないけど、まっいいや。主人公への恋心に気付いてしまった男は絶望してしまって」

「絶望?なんでだよ」

「あ、帝統、もう着くから荷物持って!」


そう急かすと、乱数も食べ散らかしたお菓子を片付けて、カバンをしっかり抱える。
新幹線がとまり下車すると、そのまま鈍行のローカル電車に乗り換えて、ガラガラの車内に座った。


「で、さっきの続きね。男はそれを断ち切らなければいけないので、色々試行錯誤するんだけど、気持ちは膨らむばっかり。もう無理だって思ったから、男は昔住んでいた田舎の川まで行くの」

「どういうことか全然わかんねー」

「子どもの頃から、困ったときはそうしていたんだって。川を眺めて気分がスッキリしたり、解決しなかったらここに飛び込めば簡単に命を断てるって思えるから」

「おい···お前それリアリティってどういう···」

「あっ帝統、着いたよ!降りてすぐに川があるみたいだからそこから行ってみよ!」


そうして改札を出て、あたりを見渡すと、確かにまっすぐ行ったら川がある。
歩きながら、帝統は言い表せない心のざわめきを処理しきれないままに、乱数にさっきの続きをせがんだ。


「川にたどり着いた男は、しばらくぼーっとしていたんだけれど、思い立って川の中にざぶざぶ入っていくの」


川まではほんの数メートルで、喋りながらすぐに到着した。
帝統は乱数の声に耳を傾けながら川沿いを眺める。


「その恋心を抱いた相手っていう主人公が、」




















​───────二十歳のギャンブラーの男性なんだ。




















幻太郎がいたのは川、あと一歩進めば足が濡れてしまうような場所だった。
このままではダメだ。
帝統は本能のまま走り出す。
このまま手を引っ張って、河原に投げ飛ばすつもりだった。
あと一歩、手を掴もうとした瞬間。


「あ、」


そう呟いて幻太郎はしゃがみ込むので、勢いに乗っている帝統はそのまま川の中へすっ飛んで行った。
幻太郎は自分の上をなにか見覚えのあるものが通過していったので、その先を目で追う。


「おや。帝統、なにをしているのですか?」


しかも落ちた場所は対して深くもないし、石が沢山あって帝統は全身を至る所にぶつけながらなんとか座り込む。


「てンめぇーーーーー!なんで避けんだよ!」


「小生避けたつもりはまったくないでおじゃる。カエルを見つけたので挨拶をと思っての」


手のひらには小さなカエルが乗っている。
気のせいだろうか、帝統の方を見て馬鹿にしたように笑った気がした。
少し遅れて到着した乱数は、笑いながらカエルに挨拶をして、幻太郎の顔を覗き込む。


「幻太郎、テリトリーバトルの作戦会議しにきたよ!」

「はて、そんな約束していましたか?」

「してないけど、約束取り付けようと思ったら連絡取れないんだもん、探しちゃったよ〜」

「それはすまないことを。して乱数、なぜ帝統はあんな所で水遊びを始めたのでしょう?」

「あははっ、ほんとだー!なんでだろーね?」


帝統はゆっくり立ち上がり、ばしゃばしゃと川から上がった。


「乱数が紛らわしいこと言うからだろーが!」

「えーっ、僕なんか変なこと言ったかなー?わかんなーい!」

「このやろ···」

「まったく、仕方が無いので近くの衣料店で一式揃えますか。出世払いでお願いしますよ帝統」


小さな小道を歩きながらブツブツ言っている帝統を横目に、乱数がこっそり幻太郎の隣へ行き、服の裾を引っ張る。


「これは僕が預かっておくから、今はまだダメだよっ。わかった?」

「おやおや、スリの名人がこんな所に」

「あはは、幻太郎、懐が隙だらけだったからさー」


そう言って、白い封筒を乱数はカバンに突っ込んだ。


「さぁ、中身は見てもいいのかなこれ」

「お好きにどうぞ。ちょっと有名な書籍が入っているだけですよ。芸人さんが書いたんですけど」

「へー、そうなんだー!僕てっきり···」

「なんてもちろん、嘘ですけどね」







帝統が落っこちた場所から数歩向こうへ進んだら足がつかなくて流れが早くなる、だとか、そんなことは誰も気が付きはしなかったけれど。




















おわり

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