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「そっか。小生は酔っ払っていたのでしたね」【帝幻】



夕食を済ませた午後八時頃。
真夏は夜でも暑くて、冷房をどれだけ強くしても部屋はなかなか冷えない。
幻太郎は、寝室に扇風機を置いて、その真横で座って本を読んでいた。
一昨日やっと新刊の出た、大好きなシリーズものだ。
そろそろ終盤で、佳境に差しかかる。
こんなときは何があっても全部無視して読み耽るのだが。
そういうタイミングに限って邪魔が入ることもまた、珍しくはないというものだ。
その日もその類だったらしく、小さめの音量に設定してあるインターホンが響く。
こんな時間に来る人間に心当たりは1人しかいない。
あと10分もあれば読み終わるので、当然のように無視を決め込む。
しかしインターホンは何度も何度も鳴り、挙句の果てにはドアをドンドンと叩く音が容赦無く響き渡った。
そうなるともう近所迷惑でしかない。
幻太郎が覗き穴から心当たりの人物であることを確認した後、仕方無く玄関の扉を少し開けると、途端に押し入るように入り込んで焦ったような声で騒ぐ。


「便所貸して!!」


こちらの返答を待たずしてそのまま靴を乱暴に脱ぎ捨て、手に持っている買い物袋も床に放り投げてドタバタとトイレに走った。
置いていった買い物袋を拾い上げると、ビールと日本酒に缶詰のおつまみやチーズ類。
とりあえずぬるくなってはいけないので袋ごと冷蔵庫に突っ込んだ。
そして、読みかけの本にお気に入りのしおりを挟むと寝室のベッドの枕元に置き、リビングのソファに腰掛けた。
数分後、トイレから出てきたのは青い髪の変人ギャンブラーで、笑いながら幻太郎の横に座った。


「いやー助かったわ!マンションに着く五分くらい前からすでに限界越えててよー!」

「正直無視しようと思ってたんですけど、あまりにもうるさいので仕方無く開けました」

「またまたー、嘘ですよとか言うんだろ?」

「いえ、これは嘘ではありません。買い物袋は冷蔵庫に突っ込んでありますので」

「あっそうそう今日めちゃくちゃ大勝ちして!とりあえずこないだ借りた分返しに来た!」


そういって封筒を手渡されたので、中身を確認する。
以前に大負けして貸したときの金額に利子のようなプラスアルファもつけて入っていた。


「······正直返ってくると思っていませんでした」

「人聞きわりーこと言うんじゃねーよ!んで、お礼も兼ねて酒も買ってきたから、一緒に飲もうかと思ってな!」

「アポ無しで訪ねてくるような時間ではないでしょう、まったく」

「連絡したけど電話もメールも反応ねぇんだもん。幻太郎どーせザルだろ?」

「そこそこ人並みにしか飲めないですよ···」


帝統は、冷蔵庫の中にある袋をそのまま引っ張り出してくると、テーブルにドンとお酒を並べる。
よく見ると、ビールも日本酒も種類が豊富だし甘いカクテル系もある。
まだ二十歳というのもあって、いろいろ試してみたいのだろう。


「幻太郎、どれがいい?」

「えーっと。じゃあ、これで」


手にとったのは、アルコール3%未満の桃のカクテルだ。
帝統はキョトンとした顔でその手元を見る。


「へ?そっち?俺てっきり日本酒とかいくのかなって思って買ってきたんだけど」

「日本酒は、飲んだことがないので」


幻太郎は成人してからも、ほとんどお酒を飲むことはなかった。
時々、付き合いで嗜むことがあっても、ほんの一口。
あとは得意の嘘で曖昧に切り抜けてきた。


「もしかして酒苦手か···?だったら無理に飲まなくても」

「苦手というか、量を飲んだことがそもそもないのでわかりませんよ」


いい機会なので飲んでみましょうか、と缶を開けたので、帝統もビールをひとつ手にとった。
こうして始まった宅飲み会なのだが。




甘い物を選んだのが間違いだった。
ジュースみたいにするする入っていってしまう。
気が付いたら、半分くらい残した状態で、ソファの背もたれにもたれてひっくり返っていた。


「幻太郎〜、大丈夫か?」

「ん〜〜〜〜〜〜〜〜あつい······」

「呂律まわってねーし。扇風機どこ?」

「おふとんのとこ···」


帝統は、寝室に扇風機を取りに行くと、幻太郎の前に置く。
スイッチをつけたら幸せそうに笑った。
リビングの冷房が少し弱めだったので、リモコンで温度を下げ強風に設定する。
しばらくはそれでよかったのだが、気分がよくなりもう少し、とお酒を口にした幻太郎は、再度ソファの背もたれに倒れる。


「げんたろ、もうやめとくか······?」

「やだー桃おいしい···だめだあつい」


いつものではないラフな和服を来ている幻太郎は、そのまま上の服を1枚脱いで、中に来ている服も前を開けて、肩を出すくらいまでずり下げた。
汗が冷房で冷えて気持ちいいのか、しばらくそのまま過ごしていたのだが、突然むくりと起き上がると、首が痛いと呟き隣にいる帝統の膝へ倒れてきた。


「はぁ·····だいす枕はかたい···」

「うるせーわ!」

「でも、なんか良いですよ居心地が」


幻太郎はふふふっと笑うと、帝統の腰のあたりにしがみついた。
ちょうど良い角度なのか肩や背中が服からよく見えている。
男だし平気だろうとお互い気にしていなかったのかもしれない。
だけれど、幻太郎の背中に滲んだ汗とか、際どいところにある幻太郎の顔とか、そんな状況になってしまうととても平気などとは言えなかった。


「おい幻太郎、寝るならベッドで···」

「やぁだ。小生寝ません〜。いやですか?酔っ払いはめんどくさい?おまえがのませたんだろーばぁか」


酔うと泣くタイプとか笑うタイプとか色々あるけれど、どうやら幻太郎は絡むタイプらしい。
終始嬉しそうにニコニコしながら、普段ではあまり見られない姿を晒している。


「幻太郎、吐き気とかはねーのか?」

「なーいーでーす。ねーだいす、身長おなじくらいですよね?」

「おぉ」

「体重は?なんでこんなにガタイいいの?いつも素寒貧なのに」

「うるせっ。元々だわ」


あははは、と楽しそうに笑うと、お腹にぎゅーっとしがみついてくんくんと匂いを嗅ぐ。
そして、ん?と不思議そうな顔をすると、顔をあげた。


「だいす···女物の香水つけてます···?」

「あ?つけてねーけど?」

「なんか、あまい、におい」

「へっ?あぁ、多分スロットで隣にいたねーちゃんの匂いがうつったかも」


香水の匂いがドキツくて、少し頭が痛くなったんだった。
アレが当たり台でなければすぐにでも移動していたのだが、幸か不幸か回しても回してもドンドンくるので帝統はそこに居座っていた。
それでおそらく、匂いが染み付いたのだろう。
幻太郎は帝統の膝からどいて、ソファの端に逃げるように移動した。


「不快なのでいまからシャワーしてきてくださいな」

「げっそんなにキツくうつってたか···」

「はやくいってー!服も洗濯機!パンツ新品置いてある!やだー······はやくいけばか····」


露骨に嫌がるので、帝統は仕方無く立ち上がると、浴室を借りる。
軽く全身を洗ってすぐに出てくると、そこに詰んであるバスタオルを借りて水分を取る。
さっき言ってた新品のパンツは、タオルの横に3つくらい置いてあったのでそれを借りた。
服は洗濯機なので他に着るものが無い帝統は、とりあえずパンツ一丁でリビングに戻ったのだが、幻太郎がどこにもいない。
外かと思ったがベランダにもいなければ靴も置いてある。
ふと開きっぱなしの寝室の扉を見て、あそこか、と覗き込むと、幻太郎は下の衣服も脱ぎ捨ててベッドに転がっていた。
おそらく暑かったのだろう。
帝統は移動した扇風機をもう一度寝室へ戻し、弱めに風をあてた。
顔を覗き込むとすぅすぅと眠っていて、散々わめいて寝るのかよ、と帝統は少し笑った。
幻太郎の寝ている横に、起こさないようにゆっくりしゃがみ込んだ。
こんなチャンスでもなければ、この綺麗な顔を観察する機会なんかはない。
長いまつ毛ややわらかそうな唇、細くて綺麗な指をみて、本当に男かよと思う反面、背中や肩などはそれなりにがっしりしていた。
綺麗という言葉はありきたりだけれど、帝統にはそれ以上の語彙はない。
幻太郎だったらこういう気持ちを、明確な言葉に乗せることが出来るのだろう。
しばらくその顔を眺めていたら、ゆっくりと幻太郎の瞼が開いた。


「···おや帝統。なぜ服を来ていないのか···」

「おめーが服を洗濯機にいれろって言ったんだろ」

「そっか、小生は酔っ払っていたのでしたね」

「は?」

「なんでもありませんよ。まだすこし酔ってるみたいです」


そういうと、幻太郎は帝統に両手を伸ばして首の後ろを持ち、自分の方に引き寄せた。
よろけて転びそうになり、ベッドに手をついて体勢を持ち堪えたところで、至近距離にある幻太郎の顔。
お酒のせいか、ほんのりとピンク色に色付いている頬があまりにも妖艶で、少しの間それに見入ってしまった。
そうして、気が付いたときには帝統自ら、幻太郎の唇を塞いでいた。
それはいわゆる軽いものではなく、熱情を充分にはらんだ甘ったるいものだった。
キスをしたままベッドに乗り上げると、幻太郎に覆いかぶさるような体勢になった。
幻太郎もそれを拒まず、それどころか待っていたかのように受け入れる。

まるで、2人が、前世からの恋人だったかのように。























朝。
帝統が目を覚ますと、まだ隣で幸せそうに眠っている幻太郎を見て、思わず笑みがこぼれる。
こいつのこんな無防備な姿、自分以外見たことないんじゃないか、そんな気がした。
しばらく眺めておこうと、幻太郎の顔の目の前にゴロンと転がり、昨日舐め塞いだ唇を見る。
あぁ、自分はこれを、思いっきり貪っていた。
あまりにも柔らかくて気持ち良くて、ずっと触れていたいとすら思える。
思わず親指で幻太郎の下唇をそっと撫でると、幻太郎は嬉しそうに目を開けた。


「······わり、起こしたか?」

「いいえ、起きました。おはようございます」

「はよ」

「まだ、し足りませんか?昨日はあんなに激しかったのに」

「なっ、その言い方だとちょっと語弊が···」

「もしかして帝統、覚えていないのですか?昨夜、酔った小生を組み敷いて無理矢理····初めてだったのに···うっお尻が痛い」

「は?!待て待てそこまでしてねーだろ!キスしただけで!」

「もちろん嘘ですよ。···でも、キスはしました」


幻太郎は、帝統を昨日のように引き寄せる。


「なっ···にすんだよ」

「帝統は、この距離になるとキスをするような仕掛けになっているのかなと。違いましたか」

「ちげーわ!お前以外にそんなことしたことねぇよ!」

「···それは、告白と受け取ってよろしいので?」


そう笑うと、そっと触れるだけのキスをした。


















おしまい









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