嘘吐き小説家の葛藤【帝幻】
人の気配がして、瞼を持ち上げるとそこにいたのはここの家主である胡散臭い小説家。
大きな目をさらに丸くしてこちらを見ている。
しっかりと目が合った、と思ったらすぐに逸らされてしまった。
なんだか口元に温かさが残っていて、寝惚けて自分で触っていたのか、と手で唇に触れてみるけれど、意味はあまりなかった。
「······帝統がヨダレを垂らして寝ていたので、今しがた拭いてさしあげたところですが」
目を逸らしていた幻太郎は何処にもいなくて、目の前にはいつもの、何を考えてるのかわからない笑顔の夢野幻太郎がいる。
「そりゃわりぃことしたな」
「介護費1万円なり」
「は?!」
「もちろん嘘ですけどね」
外を見ると、朝が近い。
「原稿は済んだのか?」
「えぇ滞りなく。間に合うように計画をたてて進めていますので、予定通りに動きさえすればいいだけの話ですよ」
「へー。俺にはわかんねー感覚だわ······」
「まぁ誰かさんに呼び出されたおかげで昨夜は徹夜だったんですけどね」
「うげっ、悪かったって···」
「まぁ嘘ですけど。ちゃんと寝てます」
「てめぇ」
幻太郎は嬉しそうにクスクス笑う。
子供のようだと言われようと、こうやって帝統とたわいもないやり取りをしているのが、ここ最近の楽しみひとつなのだ。
例え本当は寝ていなかったとしても、幻太郎にとってそれはどうでもいいことだった。
「さて。まだ朝食には早いですから、もう少し寝ましょうか」
そう言うと、帝統の手をグイッと引っ張って、先程こもっていた部屋へと連れて行く。
「幻太郎、俺ソファーでへーきだから」
「妾は帝統と一緒に寝たいのです。そんなに嫌なのですか?」
「いや、そういうわけじゃねーけどよ···」
「まぁもちろん嘘ですが、ただあのソファーそんなに良い品ではないんです。腰を痛めてしまうのでふかふか高級羽毛布団で身体を休めた方が」
「ふかふか高級···」
「良い提案でありんしょ?」
幻太郎はそう言うと、クローゼットから柔らかそうなパジャマを2着取り出し、片方を帝統に手渡す。
まぁ布団汚すのも申し訳ないしな、と帝統はそれを受け取った。
そしてその場で着ていたものを乱雑に脱ぎ捨て、幻太郎に咎められて仕方なく拾い上げて適当にたたむ。
幻太郎もいつもの和服を脱いで着替えを始めた。
肌が白かったり、身体が割と華奢だったりと、帝統はついまじまじと眺めてしまう。
だってあまりにも自分と違う。
同じくらいの背丈なのに、どうしてこんなに体格が違うのだろうか。
白い背中があまりにも綺麗で、帝統は思わず生唾を飲み込む。
「あんまり見られると、着替えにくいんですが」
「へっ?あっ、悪い、なんか綺麗だなと思ってよ」
「······そういうこと平気な顔して言わないでください」
「あ?どういうこと?」
「嘘です」
幻太郎は、洗濯に持っていくために自分の服を掴んだ。
そして部屋を出かかってから少し考えて1歩引き返すと、帝統の服も拾い上げる。
「ついでなんで、洗いますよ」
「いいのか?助かるー!」
「乾燥機付きなんで手間は一緒です」
そういうと、部屋を出て扉を閉める。
帝統は、大きなため息をついた。
幻太郎の肌を直視してから、どうも落ち着かない。
透き通るみたいに綺麗で、あいつからあのリリックが生まれるのも頷ける。
触ったら気持ちいいんだろうな、なんて考えて、頭をブンブンと横に振った。
男相手に何を考えてるんだ、と。
洗濯機に服を放り込んでスイッチをいれた幻太郎は、しばらくその中身を眺めていた。
2人の服が一緒になってぐるんぐるんとまわっているのを見て、幸せな気持ちになる。
まるで夫婦か恋人同士みたいだな、と。
そんなことを思うと思わず笑みがこぼれてしまう。
もちろんこんな気持ちは、帝統には絶対に悟られてはいけないけれど。