嘘吐き小説家の葛藤【帝幻】
「幻太郎、わりぃな」
「その言葉も聞き飽きましたけどねぇ。あ、嘘じゃないですよ」
時刻は夜、23時頃。
のっぴきならない理由で、と呼び出された先には、怖いお兄さんに囲まれている有栖川帝統。
幻太郎は小さくため息をついて、ひとこと。
「今度はいくらですか?」
帝統が喋る前に、1番権力のありそうな男がオイ、と誰かに指示をする。
すると、下っ端らしき貧弱そうな男が、ヘイ、と返事をして幻太郎の方へ近付いてきた。
「すいやせん、うちのボスが夢野先生の大ファンでして···この最新刊にサインを···」
「なるほど。帝統は小生を売ったわけですね」
「は?!人聞きの悪いこと言うな!俺は純粋に金を借りようと···」
「純粋に金を借りないでください。いくら足りなくてこういうことになったんです?」
「じゅ、じゅうごまん···です···」
それを聞くと幻太郎は、封筒を取り出しひぃふぅみぃと数え始める。
「これでおつりが来るでしょう」
近くにいた下っ端にそれを渡すと、リーダーの方をチラリと見る。
「まぁ金が入るなら·······、いいですよね?」
男たちは封筒を受け取ると、帝統を乱暴に離して去っていった。
「た、助かったけどよ、サインくらいしてやればよかったんじゃねぇの?」
「小生のサインは15万円よりも価値があるのですよ」
「マジで?!」
「嘘です。なんなら帝統のその一張羅に、大きくサインして差し上げてもいいんですよ」
「いらねぇわ!」
「ただ、あのように渡すのもなんだか釈然としないもので。それにサインならサイン会でお渡し出来ますよ」
「ふーん···」
「まぁサイン会なんて無いんですけど」
と、お決まりの意味の無い嘘でオチをつける。
帝統にはきっとわからないだろう。
きっとこのようなやり方でサインを渡したところでそこに価値は生まれない。
おそらくボスとやらが本当に本を読んで大ファンというのなら、あの部下達はきっと怒られてしまう。
誰しも、好きな相手には迷惑をかけたくない。
それに、金もないのに賭け事をする帝統が悪いのは、紛れもない事実なのだ。
「さて帝統、先程の大金はいつ返して頂けるのですか?小生、今月の家賃と水道代を支払わなければならないのですが···水道が止まったら小生干からびてしまう」
「まっ···なんでそんな状況ならそれこそサイン渡してやれば···」
「嘘ですよ。全部払って充分におつりがくる程度には貯えがありますので」
「なんだよ···」
「なんだよとはなんですか。まさか返さないおつもりで?」
「ちげーけど!焦っただろ!でも返すあてはまったくねぇ!」
日雇いバイトでもすっかなー、とボヤきながら一緒に向かう先は幻太郎の自宅だ。
素寒貧なのはわかっているので幻太郎もそれを黙って受け入れる。
冷蔵庫からペットボトルのミネラルウォーターを取り出し、それを律儀にコップに入れて帝統に渡す。
「お、わりーな。ボトルのままでよかったぜ?」
「妾は殿方と間接キスなんてとても出来ないのです」
「へっ、そうかよ」
「帝統は絶対バイ菌だらけなのでね」
「おい歯磨きくらいするわ!」
小生は締切が近いので、と奥の部屋に引きこもる幻太郎を見送ると、リビングにあるソファで帝統はごろんと横になる。
何度か来たことはあるけれど、やっぱりどこか殺風景だ、と帝統はあたりを見回した。
広くはないキッチンに小さい冷蔵庫、少し離れたところにあるローテーブルとソファ。
テレビは無くて、壁にはよくわからない絵が1枚と、古めかしい時計がひとつ。
そして幻太郎が現在こもっている部屋の扉。
あるものはそれだけだ。
部屋からはカタカタと音が聞こえるのでパソコンで作業しているのかもしれないけれどそれもわからない。
「·······暇だな」
時計の秒針がカチコチ進むさまをボーッと眺めながら、気が付くと瞼が落ちていた。
幻太郎が原稿を終えて部屋を出ると、だらしのない顔で眠りこけているギャンブラーがひとり。
やれやれ、と先程の部屋へ戻ると、薄手のタオルケットをずるずると引っ張って来て帝統の腹のあたりに雑に放る。
そうして、顔の近くにしゃがみ込むと、そのだらしのない口に垂れているヨダレを親指で拭ってやった。
「間接キスは、······嫌ですね」
そう呟いた。
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