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中編

翌朝、私達は同じベッドに寝ていた。
先に起きた私はそっと彼の部屋を後にし、自室に向かった。
途中屋敷下僕を呼び入浴の準備をさせた。


入浴を済ませ、屋敷下僕に髪を乾かしてもらった。
艶やかな黒髪を編み込んだシニヨンスタイルによう。
乳母に髪をセットしてもらい、ナチュラルなメイクを施されてゆく。
仕上げにグロスを塗っていつもの私の完成だ。


「お嬢様、クラウチ様もお呼び致しましょうか?」


「結構よ。そんなことより、お父様や魔法省から連絡はないかしら?」


バーティの父や私の父にもなんらかの処分が下される筈だ。
そしてバーティを庇った私も立場的に処分は絶対に免れない。
現に私は今日から謹慎処分だ。
こんな忙しいご時世に休むことに罪悪感はあるが、つかの間の休みを満喫することにしよう。


「実は朝方ホグワーツから便りが届きました。」


「本当?バーティ宛なのよね?」


「はい、クラウチ様に宛てられたもので御座います。」


恐らくホグワーツの教授として迎える事に関するものだ。
バーティはホグワーツの教授に興味を持っていた。
スリザリンでの下級生からも面倒見の良い先輩として慕われていたし、闇に消えたと言っても彼の頭脳は一級品だ。
ホグワーツの教授職は彼にとって天職と言えるだろう。


「内容を確認するから貸してちょうだい。」


他人宛の手紙を私が読む事に抵抗はあるが、彼は名目上罪人扱いなので致し方ない事だと言い聞かせた。
レターナイフで器用に封を開け一枚の便箋を取り出した。


内容はホグワーツの雇用に関するものだ。
来年度の教員採用の案内だった。
どうやら今年の6年生の中から古代学の授業希望者が数名いるらしく、来年時は特別に古代学の授業を執り行う予定だそうだ。
バーティは個人的に古代学の授業を特別に希望して受講していた事もあり、講師としてスカウトが来た、という事だろう。



「成る程ね。ベル、バーティが起きたらこれを渡して。後古代学に関する書物を集めておいて。」


「かしこまりました。」


屋敷僕のベルに頼んで朝食に手をつける。
その後バーティがやってきてホグワーツの来年度の教授として働くかどうかという話し合いが行われた。


「バーティ、貴方はホグワーツで働くという事で良いのね?」


「ああ、構わない。約1年は古代学の復習とホグワーツの授業の教材選びやカリキュラムの作成に時間を充てるよ。」


「分かったわ。必要な物があれば言ってちょうだい。揃えさせるから。それと……もし何かあったら必ず私に相談して。私に出来ることはなんでもするから。」


「ありがとう、レティ。」


「さて、もうすぐ時間ね。ダンブルドア先生がお見えになるわ。」


すると暖炉から煙が立ちボンッと音を立ててダンブルドアが現れた。
煙突ネットワークって素晴らしいな。


「おはようございます、ダンブルドア先生。」


「おお、元気そうじゃのう。バーティも変わりないようじゃ。」


「お陰さまで。」


「それでは早速じゃが、2人に話を聞こう。バーティ、君には来年度ホグワーツの講師として7年生に古代学を教えて欲しいと思っておる。君の勤務態度次第では正式な教授として招く事も考えておるのじゃが…どうかね?」


ダンブルドアはバーティの目を真っ直ぐに見つめた。


「喜んで引き受けさせて頂きます。微力ながら全霊を持って生徒達に指導したいと思います。」


「ありがとう、よろしく頼むぞ。」


その後雇用に関する説明を受け、書類にサインをし話し合いが終了した。
あの狸もレギュラスが死んだと信じているようで、特に聞いてはこなかった。
まあ知っていたら怖いのだが。


ダンブルドアが去ってから私は古代学の書籍を用意してある事を告げた。
彼は用意された本を手に取りパラパラとページを捲っていく。
部屋には沈黙が流れ、紙の擦れる音だけが響く。
この空気に耐えられなくなってつい口を開く。


「バーティ、レギュラスと会う?彼はまだ目覚めていないのだけど…。」


いつかはバーティもレギュラスと会わなければならない。
それが今である必要は無いが、早いに越したことはないはずだ。


「…」


「無理に会う必要はないわ。時間が必要な事も人生にはあるのよ。」


バーティは私に頷き、会う事を辞めた。
例のあの人を裏切った事に対する憎しみ、生きていてくれた事の喜び、そして救えなかった自分に対する苛立ちを感じながらも、感情を押さえ込もうと必死な状態なのかもしれない。
それにレジーはまだ意識が戻っておらず、会ったところで話す事は叶わない。


愛を述べ、恨みを述べ、肌を触れ合わせて共に時間を過ごす。
そんな呪いのような行為に沈んでしまいたい気持ちはあるのだろう。
だが今それらはできない。


「俺は、今アイツを見たら殺してしまうかもしれない。なぁ、レティシア。俺は化け物だったんだ。」


彼は私の方を向いていたが、その瞳は何も映していなかった。
ただ闇が広がっていた。


闇に染まりつつあった世界の中で彼は多くの命を奪い、多くの人の希望や夢を踏みにじってきた。
そしてそれらの行為を闇の帝王は認め、受け入れ、褒め称えた。
しかしその行為を世間は許さないし、私も彼等を許さない。
だけど、化け物なんて悲しい言葉を使わないで欲しい。


「違うよ、バーティ。あなたは化け物なんかじゃない。あなたは私の親友だよ。大切なかけがえのない親友。」


彼の手は小刻みに震えていた。
彼は自分が化け物であると信じて疑わなかった。
助けを求める多くの人を嬲り殺してきた。
気付かぬうちに身体は恐怖心を抱いていた。


「大丈夫、私もあなたもただの魔法使いだよ。」


彼の手に手を重ねそっと握り締める。
この手を離さないように、決してどこにも行けないように優しさを少し滲ませて彼に微笑みかける。


「…君はいつも甘いと思っていたが、俺はずっとその甘さに救われたかったのかもしれないな。いつもありがとう、レティ。君が居てくれて良かった。」


気休め程度にしかならない言葉だ。
それでも、彼の心が少しでも軽くなって欲しいと思い言葉をかけた。


その後彼と別れ、私はレジーの元へ向かった。
扉をノックすると、すぐにクリーチャーが扉を開け部屋に招き入れてくれた。
レギュラスの顔色はすっかり明るくなり、体調に問題は無い事が伺える。


「クリーチャー、レギュラスの意識はまだ戻りませんか?」


レギュラスの手を握りしめるクリーチャーに問いかければ、暗い表情で頷いた。


「はい。レギュラス様の容態は回復しましたが、意識は戻られておりません。」


話を聞くと、例の洞窟で水盆の毒を飲み干し分霊箱と呼ばれる闇の帝王の魂の一部を獲得したが、毒の幻影に苦しみ水を求めて亡者達の手により湖に引きずり込まれてしまったらしい。
レギュラスはクリーチャーに対する闇の帝王の行為に失望し、せめてもの抵抗で分霊箱を奪ったそうだ。


「…分霊箱について私は多くを知りません。詳しくお聞かせ願えますか?」


「分かりました。分霊箱とは───」


分霊箱あるいはホークラックスとは、闇の魔法使いや魔女が不死性を獲得するために自身の魂の一部を閉じ込めるための強力な物体である。分霊箱があれば肉体が破壊されたとき魂をこの世に結びつけることができるようになる。
より多くの分霊箱を作ることでより不死に近くなる。


しかし複数の分霊箱を作ることは危険であり、作成者の人間性を削ぎ落として外見も歪めてしまうとされる。
魂の分断回数は魔法界の歴史上においてヴォルデモート卿が行った8つが最高となっている。
これは闇の魔法使いとしても常軌を逸した記録であり、ヴォルデモート卿を除けば魂の分断回数は2つが最高と記録されている。


「闇の帝王は、分霊箱を8つ作り、それらを破壊しなければ永遠に死ぬ事は無いのですね?」


「…はい。レギュラス様のお話ではそうなります。」


ならば、闇の帝王の魂はまだこの世界に縛り付けられている。
ハリーポッターが打ち倒したとはいえ無いはず。
ならばもし復活したら、レジーやバーティが報復されるかもしれない。
特にレジーは確実に裏切った事がバレているはず。
自分の一部に干渉した時点で、レジーの裏切りをヴォルデモートが知らないはずがない。


「…ならまだどこかで生きているという事だよね。」


「…はい。」


分霊箱を壊さなくてはならない。


「分霊箱はどうすれば壊す事が出来るのかしら?」


クリーチャーは知らないようで「分かりません」と淡々と答えた。
そして「クリーチャーは悪い子」と何度も繰り返し呟く。
クリーチャーもクリーチャーで精神的に限界なのかもしれない。
これ以上無理を強いる事は出来ないので話題を変えた。


「クリーチャーが以前持っていたサラザール・スリザリンのロケット…それも分霊箱なのでしょう?」


「…はい。」

バツが悪そうにしながらも素直に答える。
クリーチャーも事態の重大さを理解しているらしい。


「ではそれを貸していただける?私が壊せるかどうか試してみるわ。」


流石に即答は出来ないようだ。
だが壊さなければ、今後ヴォルデモートが復活した時困るのはレギュラスやバーティである。
それを理解しているからか、この提案を拒否する事も出来ないのだろう。


「今すぐとは言わないわ。だけどいずれ壊すのであれば、早い内に方法を探した方が良いと思うの。」


「かしこまりました。考えさせて頂きます。」


部屋の中の空気の重さに耐えかねて、私は窓を開けた。
ひんやりとした空気が部屋の中に流れ込んできた。
微かな鳥のさえずりに耳をすませれば、幾分か気分が晴れる。


部屋を出る為に扉へ向かった直後、私が待ち望んだ優しげな低い声が鼓膜に響いた。


「…バーティ」


レギュラスの声が聞こえた。
愛する者の名前を忘れずに、想い続けるその様はまさにジュリエット。
彼にはヒロイン役がお似合いだ。


しかし、寂しいものである。
彼を救った私は、友人である私の名前はいつぞ呼ばれる事は無かったのだから。


「れ、レギュラス?」


彼の名を呼び振り返ると眩しそうに目を閉じたり開いたりするレギュラスが居た。
意識が回復したようだ。


「レギュラス様!!クリーチャーです、クリーチャーはレギュラス様のお側を離れません!!」


クリーチャーがレギュラスに抱きつき、レギュラスも力ない手をクリーチャーの背に回し、抱き合った。


数分後私のことを思い出したかのようにレギュラスがベッドから起き上がり、立ち上がろうとした。


「っ!」


しかし体がふらつき床の上に倒れてしまったのだ。


「レギュラス様!」


「レジー!」


慌てて私とクリーチャーが駆け寄りベッドに戻す。


「…レティシア、あなたが僕を助けてくれたんですね。」


「助けたなんて、対した事は何もしていないよ。ただ友達を…」


レジーを


「連れ戻しただけだからね。」


「…いいえ、あなたは僕を救ってくれた。僕はあの海で死ぬはずだった。あなたの守護霊が僕を、救ってくれた。」


柔らかな指先が私の頬に触れそっと撫でる。
冷たい指先を温めるように私の手のひらで彼の指先を包み込む。
ようやく、本当の意味で彼と友人になれたような気がして嬉しかった。
おかしな話である。
私と彼は出会った時からの友人だというのに。


「…おかえり、レジー。私の親友。」


「ただいま、親愛なるレティシア・セルウィン。」


彼の額に口付ける。
今だけ、今だけは彼に触れることを許して欲しい。
私はずっと欲しかったのだ。
レジーからの信頼が。


2人の邪魔をする気は無いが、2人の友人としてそばに居ることを許して欲しかった。
それが今日報われた気がしたのだ。
ようやく、2人のそばに居る事が出来るのだから。


私の頬を何かが伝い濡らしていく。
冷たい風は私の頬を乾かし、部屋の温度を下げていった。
レジーの体に障るかもしれない為、窓を締める。
レジーが疲れた表情をしていたので部屋を出る事にした。


「また来るから。次はすんなり目を覚まして欲しいわ。眠り姫様。」


「僕は男ですよ、レティシア。」


「あら、誰だって眠り姫になれるのよ。生きる屍の水薬をご存知かしら?ブラック様。」


そう言い返せば彼は笑った。
全てが解決した訳では無いが、少しずつ物語は終焉に向かっている。
悲劇で終わる物語を書き換えられるのは作者だけ。


私は私の役目を果たし、ロレンスとして罪を重ねる。
互いを勘違いさせ、全ての幕を引くおぞましい存在。
二人を知らずして陥れた最悪のキャラクター。
私にこそ相応しい。


世界の回すための歯車を取り付け、もう一度やり直そうとする彼等を壊す。
だけど、壊したいから壊すのでは無いわ。
善意で壊すのよ。
何故なら、ロレンスは知っているの。
壊れたものを修繕してこそ、物語はトゥルーエンドを迎えるのだと。


だから、悲観する必要は無いの。


「信頼してくれないと、私は何も為せない。」


ねぇ、ロミオ。
ジュリエットを愛しているのなら、私を信頼してくれるよね?


ねぇ、ジュリエット。
ロミオを愛しているのなら、私を信じて任せてくれるよね?


私は邪魔もしない、2人をただ見守り続けると約束するから。
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