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前編

ホグワーツを卒業した私は、父のツテにより魔法省魔法法執行部の内の機関の一つである、ウィゼンガモット最高裁判所事務局で中級書記官として働いていた。
フクロウ試験では9科目でO判定を獲得し、イモリ試験では5科目でO判定を獲得した。
秀才であるため、親の七光りだと揶揄されることは無かった。


最近では死喰い人が、マグルやマグル生まれと結婚した魔法使いの自宅を襲う事件が多発している。
名前を言ってはいけない例のあの人が本格的に戦争をしかけているのだ。
混乱の時代の中、我がセルウィン家にも死喰い人になるかどうかという選択の時が来ていた。
日和見主義の父は死喰い人にはならなかったが、セルウィン家の本家の叔父は死喰い人になったそうだ。


父はウィゼンガモットで最高判事長という名誉ある役職に就いていた。
父はマグルや半純血の魔法使いを酷く嫌っていたが、仕事には誰よりも真摯に取り組んでいた。
純血にすこぉしばかり甘い他の判事達に厳しく接し、法廷では常に公平に判断することを求めていた。


第一次魔法戦争が始まってから多くの人々が死んだ。
純血、半純血、マグル生まれの魔法使い、マグル、スクイブ、闇に抗った魔法生物達。


私は純血主義者であり、純血以外はゴミだと思って生きてきた。
例外をあげるなら屋敷下僕のベルと乳母くらいだろう。
私が生まれた時、母は出産により死んでしまった。
私は父と乳母と屋敷下僕のベルと暮らしていた。
父は滅多に家に帰ってこなかったが、乳母とベルが居たから寂しくなかった。


私がまだホグワーツの4年生の頃、そう夏休み休暇が終わった頃の話である。


『レジー、貴方は純血主義よね?』


『勿論です。突然どうしたんですか?』


レジーは開いていた本を閉じ、静かに机へ置いた。
珍しく誰も居ない図書室で困ったように微笑んだ。
少し低くなった声が少年と青年の間を彷徨う彼によく似合っていた。


私はレジーの家族について噂程度にしか知らなかった。
ヴァルブルガ様とオリオン様、グリフィンドールに進んだ愚かな彼の兄と、屋敷下僕のクリーチャー。
純血主義者とは古来から屋敷下僕を見下し、道具のように使ってきた。
ブラック家には使えなくなった屋敷下僕の首を飾るという慣習もあるそうだが、この大人しい少年レギュラスにそんな事が出来るとは思えなかった。


『貴方は屋敷下僕についてどう思う?』


珍しく足を組み、顎に手を当てて言葉を探しているようだ。
いくらこの図書室に2人だけとはいえ、ブラック家次期当主としてどのような返答が望ましいか考えているのだろう。
ここにいるのがバーティならば直ぐに答えを貰うことが出来たのかもしれないが、残念ながらバーティはスラグホーン先生に呼ばれている。


『そんな深く考えないで。私は内の屋敷下僕であるベルを下等生物として見下していはいるけど、大切だとも思っているの。この前の夏休み休暇で父に屋敷下僕に情を持つなと怒られてしまったのよ。』


私がセルウィンの娘では無く、1人の人間として話せば彼も口を開いてくれた。
私は今までこんなレジーを見た事がなかった。
家のしがらみも何もかも抜きにして、優しく家族を想うように話す彼を。
バーティに愛を向ける彼とも、兄を寂しそうに見つめる彼とも違う、新しい彼の顔を知った。


『僕にとってクリーチャーは誰も居ないあの家で、唯一僕と一緒にいてくれた友達なんです。』


友達…
友達に見せる顔ではないだろう。
その顔は愛するものに向ける美しい表情だった。
短い言葉だったが、きっと彼は相当の勇気とリスクを払って発したかけがえのない言葉だったのだろう。


『とっても素敵ね。次のクリスマス休暇にでもお会いしたいわ。あ、安心して。屋敷下僕を見下しているといっても、他所様の家族に何か言ったりはしないわ。』


失言をしていたことを思い出し、言葉を繕った。
レジーは私の言葉に少し驚いたように固まったが、すぐに嬉しそうに言葉を続けた。


『勿論ですよ。僕友達をブラック邸に招待したことがなくて。バーティと貴方が遊びに来てくれたらとても嬉しいです。』


バーティの父が了承するかは分からないが、私が恋人達の空間に居ても良いのだろうか。


『その、2人の時間を邪魔してしまうようで申し訳ないわ。』


私の言葉に彼は『気にしないで』と笑ってくれたが、気にせずにはいられない。
だってあと数回しかない自由な冬なのだから。


冬休み、私とバーティはブラック邸にお邪魔した。
ブラック夫人は私がセルウィン家の娘だと知ると、とても親切にしてくれた。
そしてレジーのことをどう思うか問われた。
私には愛する人がいるのだと告げると、レジーについて問われることは無くなった。


バーティが父の許可を得ずにやって来たことは大きな転機となった。


彼はついぞ闇に惹かれるだけでなく飲まれてしまったのだ。
友人と初めて過ごしたクリスマスはとてもあたたかくて、心地良かった。
途中空気を読んで書斎に潜り込むと、彼らは二人の時間をどのように過ごすのかと気になった。
野暮なことはしないし聞かない、私は夜に美味しいディナーに舌鼓を打ち、思い出話に花を咲かせた。
来年の話を一切しなかったのは内緒だ。
クリーチャーは料理がとても上手いため、いくつかレシピを教えて貰ったりもした。


『レシピを教えてくれてありがとう、クリーチャー。貴方はレジーを大切に想っているのですね。』


『勿論でございます。レギュラス様は最高の主様でございます。ブラック家次期当主として、これからも仕えさせていただくのです。』


レジーの友達は素敵だ。
屋敷下僕として主を慕うという気持ちもあるだろうが、クリーチャーはレジーという1人の少年を慕っているように感じた。
それこそ、ヴァルブルガ様やオリオン様よりも家族らしく思えた。


『クリーチャー、一つだけお願いがあります。レジーに何があっても見捨てないであげてください。彼が命を投げ捨てようとしても。』


クリーチャーは意味がわからないといった様子で渋々了承してくれた。


『それでも彼が命令を下すその時は、私が彼を助けます。この先光と闇として対峙することになっても、私は親友たちを守りたいから。』


この先の未来を考えることが許されない混沌の時代、私達の1寸先の未来に手を伸ばすことが許されないのならば、どうにか確約をつけようとするだろう。
誰かを売って得る宝が真の宝とは言えない。
禁断の果実に口を付けたとしても、私が守ると誓うのだ。


『貴方様は、レギュラス様のなんなのですか?』


恐る恐るといった様子でクリーチャーは私を見つめた。
私はレジーにとってなんなのだろうか。
私にとってレジーはなんなのだろうか。
親友というには私たちは近すぎる、かといってもちろん恋人でも無い。
レジーと私の関係を考察する上でバーティの存在は必要不可欠だ。


『分からない。でも本当に大切な存在なんだ。私は彼に生きていて欲しい、彼がどんな選択を選んだとしても彼に生きていて欲しい。』


これは勿論本音だ。
彼らが闇に堕ちたとしても、私は親友を掬い上げられない程貧弱では無い。


私の言葉にクリーチャーは頷いてくれた。
常に万が一を想定し、私は生きることを決意した。
父が死喰い人になるのなら、私も同じように死喰い人になってみせよう。


私達は3人揃って卒業することは無かった。
レジーは16歳の誕生日を迎えてから右腕に闇の印を刻まれた。
彼は決して死喰い人であると告げなかったが、消える前日に私に手紙を渡した。
手紙は白紙であった。
火であぶると文字が浮かび上がった。
古典的な仕掛けだが、彼の決意を示しているのだと理解した。




『親愛なるレティシア・セルウィン様

私はこれから貴方とは道を違えることになるかもしれません。

ペン取り、手紙を書いていると数々の学生生活の思い出が蘇ります。
貴方や愛する彼との時間はとても穏やかで、私の悩みや不安を吹き飛ばしてくれました。

私はずっと後悔していることがあります。

私が彼の膝に頭を預け眠っていた時のことです。
途中で目を覚ましたが、深刻な話をしているようなので寝たフリを続けました。
貴方が彼を愛していると告げた瞬間、言いようのない感情が湧き上がりました。

彼と話す他の女子生徒に感じていた嫉妬と全く同じものです。
でも、貴方は続けて私と彼を愛しているのだと告白してくれました。
彼が貴方の言葉に恐らく同意を示そうとした時、貴方は彼の言葉を止めましたよね。

貴方は私を気遣って彼の言葉を聞かなかった。
あの時、私は子供でした。
あなたの言葉に嫉妬して、私を愛してくれる貴方に甘えてしまった。

私にあの日のやり直しをさせて下さい。
私は貴方を心から愛しています。
友人というには近く、恋人と表する程深い関係でもない。

それでも私は私達3人の関係を愛しています。
手紙でのやり直しになってしまって申し訳ありません。

恐らく、彼も私と進むことになるでしょう。
大切な貴方を一人残して離れることをどうか許して下さい。

レギュラス・アークトゥルス・ブラックより』




翌日、バーティが自主退学をしたそうだ。
スリザリンの王と純血名家の御曹司が消えたスリザリンでは、私と従姉妹が実質的な支配者となった。


私は必死に勉強に時間を費やした。
バーティは図書室の一番奥の日が当たる席をよく使っていた。
日の当たりにくい向かいの席に私が座って、彼の隣にはレジーが座っていた。


過去を思い出して懐かしむ時間はない、彼らが帰ってきても居場所を作れるようにウィゼンガモットに入ることを目指し勉強を続けた。
魔法史を、闇の魔術に対する防衛術を、変身術を、薬草学を、古代ルーン文字を、呪文学を、マグル学を、魔法薬学を、天文学を。
バーティのような頭脳があれば勉強も楽に出来たのだろうか。
少し恨めしい気持ちが芽生えてきた。


7年生のイモリ試験では、魔法史、呪文学、魔法薬学、薬草学、古代ルーン文字でO判定、闇の魔術に対する防衛術はE判定、天文学とマグル学、変身術ではA判定と高成績を修めた。


卒業すると私は魔法法執行部に配属され、中級官僚として働き始めた。
初めは研修をし、いくつかの部署や局で雑務を学んだ。
一月後には父の打診もあり、ウィゼンガモット最高裁判所事務局で書記官を務めることになった。


かなりの激務だが、この仕事に誇りを持っていた。
初めての冬を迎えようとした頃、私の部屋にクリーチャーがやってきた。
私は杖を取り、クリーチャーの手を取った。


「レジー?レジー、何処にいるの?」


洞窟の中を歩くと人工的な水盆を見つけた。
中身は空になっており、地面をしっとりと湿らせているものの正体を知った。
先にゆくと海が見えてきた。
海には黒い煙のようなものが漂っており、彼らの中心には懐かしい彼の魔力を感じた。


私は亡者に向かい杖を振るった。


「エクスペクトパトローナム」


巨大な蛇が亡者を食いちぎるように蹴散らした。
私は彼の元へ駆け寄り、頭を水面上に出した。
息をしていないため、岸まで連れてくるとマグル式の救命措置を初めた。


確かまずは服を脱がせるのだ。
杖で一振りすると程よく意外と筋肉質な素肌があらわになった。
普段なら直視できないから顔を背けるが、今は照れてる場合では無い。


胸骨を5センチほど圧迫する。
30回程一定のリズムで行い、気道を確保して息を吹き込む。
この時少しの罪悪感と今まで感じたことの無い胸の高鳴りを感じた。
バーティの顔がチラつくが、彼が死んでしまっては元も子もないので許して欲しい。
これはキスでは無い、断じてキスでは無い。
かれこれ5分程行い、腕も疲れてきた頃。


「ゴホッゴホッ、うっ」


意識はまだ回復していないようだが、息を吹き返したようだ。
大量の水を飲んでしまったのか、咳をする度に海水を吐いた。
かなり体が冷えている。


「クリーチャー、彼をひとまず我が別邸に連れてゆきます。ロンドン中心部にあります。」


「かしこまりました、セルウィン様」


姿くらましで別邸へ着くと、3階の客室へレジーを通した。
服を着替えさせ、ベッドに寝かせるとスコージファイとエピスキーを唱え、彼の体力に望みを託す事にした。


「クリーチャー、彼のことをお任せしても宜しいですか?」


「勿論でございます!」


何があって彼がこうなってしまったかは分からない。
クリーチャーの手にはペンダントがあった。


「クリーチャー、そのペンダントはもしかしてサラザール・スリザリンのものでは?」


私の言葉におろおろとしだしたので、ペンダントについて触れるのはやめた。
だがどうして私はサラザール・スリザリンのものだと分かったのだろうか。
というか本物なのだろうか。


「クリーチャー、レジーがどこかへ行こうとしても決してここから出さないように。私にも立場がありますし、私は彼を守りたいのです。」


「わかりました。何があろうとレギュラス様をどこへも行かせません!クリーチャーは悪い子です!」


クリーチャーの意に反することをさせている自覚はあるが、私が四六時中ここにいる訳にも行かないので、こればかりはクリーチャーに託すしかないのだ。
安らぎの水薬を起きた時用に調合し、自宅へと戻った。


一月後、ヴォルデモートがハリーポッターに打ち倒された。
魔法界は混乱の時代を終わらせた英雄を讃えたのだ。
レジーはまだ意識が回復しないでいたが、体調は回復している。


明日捕縛された数多くの死喰い人達が裁判にかけられる。
その中によく知る名前を見つけた。


"バーテミウス・クラウチ・ジュニア"


裁判前の調書では死喰い人としか書かれていなかった。
随分小綺麗な服に身を包んだ品のある青年が写っていた。
彼のお父様は今頃カンカンだろうな。


翌朝、いつも通りに入省しウィゼンガモットへ向かった。
父は魔法省に籠りきり滅多に帰ってこなかったが、中級書記官である私は父程忙しくはなかった。
時間だ、さぁ行こう。


12時の鐘が鳴り響いた時、50人程の判事と数人と書記官を連れて法廷の扉が開かれた。
バーティはあくまでも参考人に近い立場らしく、傍聴席の隣にある参考人席に座っていた。


父であるクラウチ氏は苦しそうな表情で席に座った。
バーティの方を見やると目があったが、すぐに逸らされた。


アズカバンから、証言をしたいというイゴール・カルカロフが証言席へ引き上げられた。
カルカロフは既に分かりきっている情報を述べ続けたが、このままではアズカバン戻りは確定だろう。
それよりもバーティだ。
今のままなら、恐らく数日アズカバンに入り処遇が決まるだろう。
終身刑になることはないだろうが、良くて執行猶予付きの懲役刑だろう。


今後のみの振りを考えながらカルカロフの発言を羊皮紙に記録し続けた。
そういえばスネイプ先輩も死喰い人だったらしい。
ヴォルデモートが失脚する前に寝返ったから無罪らしいが、それもどうなのだろうか。


「待ってくれ!待ってくれ!」


「静粛に。証人が有意義な情報を提出出来ないのであれば、これにて評議会は終了とする。」


クラウチ氏が裁判の終わりを告げた。
有意義な情報が出ないため、カルカロフはアズカバン送りになるだろう。
羽ペンを仕舞い立ち上がろうとした時、カルカロフが言葉を続けた。


「待て待て待て。もう1つ知っている。」


「何を?」


「名前だ。」


「誰だ?」


ああ、なんだか嫌な予感がする。
もう一度羽ペンを握り、カルカロフの証言を書き取る。


「その者は闇祓いのロングボトム夫妻に拷問した、恐るべき磔の呪文を使って。」


「誰だ?そやつの名前を言え!」


ふとバーティの方へ目を向けると彼は立ち上がって法廷の出口へ向かおうとしていた。
ああ、まさか、そんなこと。
否定出来る材料を持たない私は無力だった。
違うと言って欲しい、別の者の名を挙げて欲しい。


「バーティ・クラウチ」


「「はああ?!」」


やめて、やめて、その先を出さないで。
ペンを握る手が震える。
インクが紙に滲んで汚れてゆく。


「ジュニアだあああっ!!!!」


バーティが慌てて逃げようとすると魔法によりその場に崩れ落ちた。
苦しそうに呻きながら多くの人間に取り押さえ去られた。


Shall we dance?


「お待ちください!!」


「レ、レティ?」


大声で私は周りを制した。
バーティの前へ出ると彼がなにか言いたそうな顔をしているが、お構い無しにウィゼンガモットの判事達に頭を下げた。
父は顔面蒼白で今にでも倒れそうだった。


「な、なんの真似ですか?ミス・セルウィン」


判事のひとりである女性が私に弁明を求めた。
私は頭を上げ、口を開いた。


「私はバーテミウス・クラウチ・ジュニアの恋人でした。」


「な、なんと!」


「息子と?一体どういうことだね?!」


判事達が驚き、クラウチ氏も酷く嘆いているようだった。
父は目を丸くして固まってしまった。
口から出任せを言い続けることにした。
賢いバーティならばきっと私の意図を理解しているはずだ。


「私の叔父は死喰い人として亡くなりました。我が父にも死喰い人になるよう叔父は命じていましたが、父は正義に誓い死喰い人に落ちませんでした。今も尚名誉ある最高判事としてウィゼンガモットで公平な判断を下しています。」


「それがなんだと言うのかね?」


クラウチ氏が咎めるような口調で問う。
私怯まずに強気で話した。


「父が死喰い人にならなかったことがヴォルデモート卿の不興を買ったようだと、叔母から話を聞きました。バーティが死喰い人に落ちたのは、私が狙われていると分かったからです。彼は私を守るために私から離れました。私は彼が離れた理由をずっと考えていましたが、その理由を今日理解しました。どうか、彼に恩情をおかけください。彼が罰を受けるというのなら、彼が死喰い人である可能性を知っていて言わなかった私にも罪があります。私もアズカバンに入ります。」


バーティが信じられないものを見るような目つきで私を見ている。
自分で言ったことだが、アズカバンなんて御免だ。
私は絶対に生きてここから帰る。


私は在学中から婚約者ができると数ヶ月以内に婚約が破棄されるという、不運体質だった。
15歳の頃からは婚約者が一切おらず、誰とも交際をしていない。
この話は社交界では有名な話であり、私が女色では無いかと疑う声も挙がっていた。
この話を知るものならば、私の話には説得力があると感じるはずだ。



「ダメだ。どんな理由があろうと息子は罪人だ。アズカバン、終身刑に処す。」


苦々しい表情を浮かべバーティに宣言した。
しかし、女性判事達の反応は違った。


「お待ちなさい、クラウチ。」


「ええ、彼女を守るために身を落としたのであれば情状酌量の余地があるでしょう。ミス・セルウィンが誰とも交際をせず慎ましく過ごしてきたという話を聞いたことがあります。」


「どうなのですか?ミスター・セルウィン」


唐突に父へ白羽の矢が立った。
父は真っ青な顔でウンウンと頷いた。
娘の行動にかなり気分を害したようだ。


「では、やはりクラウチ・ジュニアには話を聞く必要がありそうです。判決を言い渡してください、ミスター・セルウィン。」


バーティの恋人の父親なのに判決を求められるのは、父が今まで誠実に務めてきたからなのだろう。
父は立ち上がりバーティを見つめた。


「バーテミウス・クラウチ・ジュニア。君はレティシア・セルウィンという恋人のためにその身を闇に落としたのだね?」


諭すように尋ねるとバーティは項垂れて首を縦に振った。
魔法法執行部の副部長の娘と部長の息子との切ない恋は、数多くの傍聴人や参考人、終いには判事達の心までもを掴んでしまったのである。
この話で一つロマンス小説が書けそうだ。


「判決を言い渡す。バーテミウス・クラウチ・ジュニアには執行猶予3年、懲役10年を言い渡す。ロングボトム家に対する賠償及び、魔法省に対して罰金を支払うこととする。3年間闇祓いの監視の元、我がセルウィンの別邸で生活をして貰うことになる。」


この発言に多くの人々が動揺した。
多くの人はこの言葉に娘想いの父親だと、責任を取ろうとする姿勢を賞賛するだろう。
バーティは目をぱちぱちとさせて固まっていた。


「そして、執行猶予期間に彼が何か問題を起こせばミス・セルウィンに彼を殺してもらう。」


「わ、分かりました。判事長」


最後に酷いことを言われたが、父はやはり誠実な人間であろうとした。
だから不誠実な私も応えた。
バーティは何も言わなかった。


ようやく裁判が終わる。
そう思った時、あの狸爺が口を開いた。


「まあ、待つのじゃ。ここで全てを決めてしまうのはあまりにも早計だと思わんかね?」


今世紀最強の偉大なる魔法使い。
アルバス・ダンブルドアが。
彼の発言に父やクラウチ氏、その他多くの判事達が顔を顰めた。
バーティもダンブルドアを強く睨みつけた。


「ダンブルドアよ、何が言いたいのかね?」


父はあくまで冷静に狸爺に質問をする。
ダンブルドアは穏やかな声音で優しそうな表情で、残酷な言葉を口にした。
その言葉は今の私にはナイフのように鋭く、恐ろしい。


「正直に言うと、儂にはミス・セルウィンがバーティを助けるための方便を言っているようにしか見えんのじゃ。」


「お言葉ですが、私達の仲が良いことは貴方もご存知ではありませんか?」


私は我慢できずにダンブルドアに刃向かった。
優等生の私でも我慢できないことはあるのだ。
バーティや父に申し訳なく思いつつ、私の本当の謝罪は記憶の中のレジーにしか向いていないのだ。
懺悔してもし足りない、この命を持っても消えぬ大罪を犯した。


「そうじゃが、儂には君たちが友人のように見えたのじゃよ。恋人であればもう少し距離が近いと思うのじゃが。」


「そのように言われましても、私達は互いを想い合う関係なのですよ?」


バーティを見ずにダンブルドアを睨み続けた。
今彼がどんな顔をしているのか、私には想像もつかない。
私は彼の言葉が怖かった。


「ああ、そう怒らんでくれ。君達にはこの場で恋人であることを証明して欲しいのじゃ。そうじゃな、口付けて貰うことは出来んか?」


「え」


情けない声が響いた。
声の主は私だ。


「なんてことを言うんだ?!娘にこの犯罪者と結婚しろと、そう言うのか?!」


クラウチ氏が"犯罪者"というワードに眉を顰めた。
父が人前で怒鳴る姿を見るのは始めてだった。
家ではよくある事だが、人前では冷静沈着で賢い人物として振舞っている。
そんな父を言葉一つでここまで乱すことが出来るのはダンブルドアくらいだろう。


父だけでなくクラウチ氏や女性の判事たちも有り得ないと、ダンブルドアの発言を批判していた。
バーティの様子が気になるが、彼を見ることは出来ない。
拒絶されたら、例え付き合っていなくとも私は傷ついてしまうだろう。
なぜ傷つくのかは分からないが、彼に嫌われることを私は酷く恐れているのだ。


純血貴族にとって、口付けは結婚の約束…



───つまり婚約を意味している。



ここで私とバーティがキスをすれば私達は未来を共に歩む、結婚を前提とした婚約者だと公言することになる。
バーティには別に愛する恋人がいるのに、私とキスなど出来るはずがない。
というか私が拒否したい。


「まあ、結婚をしろとは言っておらんよ。この場で恋人であることを証明して欲しいだけなんじゃ。もし証明してくれれば、バーティを来年度のホグワーツの教授として迎えても良い。」


「ホグワーツの教授?」


バーティの声音はとても震えていた。
ホグワーツの教授はバーティの過去の夢だった。
あのたわいないクリスマスに彼から興味のある職業だと、濁しながらも教えて貰ったのだ。


『2人は幼い時、将来何になりたいと思っていましたか?』


私達は未来の話はしない。
未来があると決まっていないから、混沌の時代だったから、陣営が違ったから。
理由は色々あるが、未来の話をしたことは無かった。


その中で過去の話の中に隠された未来について語ることはあった。
3人で過ごしたクリスマス、私たちは幼い頃の夢について話した。


『私はあまり考えたことがなかったな。親の決めた人と結婚するんだと思ってた。あ、でも本が好きだからホグワーツの司書になりたいと思ったことがあるよ。』


セルウィン出身の研究者や学者はかなり多く、学会の権威として知られている人物が数多く実在した。
学のある名家として、彼らの著書や論文等が書斎に置かれていた。
幼い頃から小難しい文献を読んで育った私は、より多くの本が保存されているホグワーツの司書になって本を沢山呼んで生計を立てたいという、夢とも言えないお粗末な思想を持っていた。


次に口を開いたのはバーティだ。


『俺はホグワーツの教授には興味があったかな。教科によっては暇らしいが、闇の魔術に対する防衛術や呪文学なんかのフクロウ試験の主要科目の担当は相当の激務らしい。まあ、やりがいもあるだろうし、人に教えてみるのも面白そうだと思ったんだ。』


その口ぶりは軽やかで、過去の自分を懐かしむ彼はとても優しい目をしていた。
レジーがぽーっと顔を赤らめて、早口で自分の目標を語り出したのには少し笑ってしまった。
バーティはそんなレジーを愛おしそうに見つめて、2人だけの世界が出来つつあった。
私はお口チャックで二人から目を逸らした。


ダンブルドアの提案はとても魅力的で、今後のバーティの立場を守ってくれる大きな守護となるだろう。
スネイプ先輩同様守ってくれる可能性も高く、仮に彼がおかしなことをしようとしても、監視があるため安心して任せることが出来る。


今すぐの話でもないだろうし、ひとまず保留にして恋人であることを認めてもらうことが1番重要なのだ。
問題はやはりキスなのだ。


バーティを見ることも出来ずダンブルドアを睨むことしか出来ない自分が嫌いだ。


何も言えない私は困惑していた。
助け舟を期待して父を見ると、諦めたように私たちを見つめて頷いた。
父にも無理ならば、私にはどうすることも出来ない。
クラウチ氏をチラリと見やると複雑そうな顔をして、軽く頭を下げられた。


私は仕方なく彼に答えを求めた。
ほら、賢いんだからどうにかしてよ、バーティ。


私が彼の方を見上げた時、唇に柔らかな感触がした。
熱を帯びた何かが触れた。


傍聴席から甲高い悲鳴が聞こえる。
私はこの感触を経験したことがある。
最も、一度目は酷く冷たかったが。


私はロレンス以下のクズになってしまったのだ。
大切な親友を公的に裏切ってしまった。


彼の顔を見ることが出来ず、目閉じることしか出来なかった。
離れた唇がもう一度触れ、角度を変えて深く口付けられ、口内にぬるりとした感触がした。
突然のことに体がびくりと跳ねた。
私はこんなの知らないのに、彼はお構い無しに口付けを続けるのだ。
苦しくて上手く息が出来ない。


彼は噛み付くように激しくレジーを愛するのだ。
彼は私を見ていない、愛する恋人を想って口付けているのだ。
私は拒絶された訳でもないのに悲しくなった。
自然と瞳から涙が一筋溢れた。


突然キスが止み、目を開けると彼が傷ついたような困惑したような顔で私の頬に流れた涙を指で掬った。
何も言わず、私に申し訳なさそうに頭を撫でた。
突然の行動に私はなんと言ったらいいか分からず、彼の優しい手つきを享受し、受け入れた。


「ダンブルドア校長、これで証明になりましたか?」


何も言えず涙を流し続ける私に代わって、バーティがダンブルドアに問う。
ダンブルドアは訝しげな顔で肯定した。


「ああ、君たちは紛れもない恋人じゃ。すまんかったのう。ホグワーツ教授の任については追って手紙を送ろう。」


認められた気がしないが、ダンブルドアが肯定したのだから気にする事は辞めよう。
レジーが起きたら謝らないといけない。
でもなんと言って謝ればいいのだろうか。


貴方の恋人とキスをしてごめんなさい?
貴方の恋人と婚約まがいなことをしてごめんなさい?
貴方の恋人をす…


いや、これ以上は考えるのを辞めよう。
このことはバーティと話して決めればいいのだ。
優秀なバーティならきっとすぐ解決策を思い付くはずだ。


この日、私達の関係は歪み始めたのだ。
私はまだ見て見ぬふりを出来るのだと、自分の気持ちに蓋をし直した。
大丈夫、上手くやれる。


バーティは闇祓いに護送され、レジーがこっそり使っているセルウィン家の別邸へ連れて行かれた。
私も直ぐに荷物を纏めセルウィンの別邸へ向かった。
裁判終了後、直ぐに別邸へフクロウ便を送ったため、クリーチャーには状況を理解出来ているはずだ。


思い足取りでもんを潜り、別邸へ足を踏み入れた。
アロホモラで鍵を開け、屋敷内へ戻ると屋敷下僕のベルと乳母が出迎えてくれた。


バーティは2階の客室を使っているようだ。
屋敷の外に数人気配がある。
恐らく闇祓いだろう。


私はバーティのいる客室へと向かい扉をノックした。


「どうぞ、開いてるよ。」


ほんの少しの間を置いて、扉に手をかけた。
ガチャりとドアノブを回し、ベッドに座る彼に視線を向けた。
学生時代によく見た優等生で優秀で賢い、首席のバーテミウス・クラウチがそこに居た。


「今晩は。素敵な夜ね、バーティ。」


「こんな夜に君に会えるなんて光栄だよ、レティ。」


初めてまともに顔を合わせた私達は何も言わずに笑いあった。
何も無かったかのように。


長い長い夜が始まる。
私達のダンスはまだまだ続くのだ。
このお遊戯を始めてしまった罪滅ぼしのためにも、私達は演じなくてはならない。
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