ブリッグズ要塞へ
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嵐の前の静けさは山肌を流れる風よりも鮮明になって、現れた。眼下に広がる真っ白のキャンバスの上を進む蟻の群れをどう一掃してやろうかと、オリヴィエは思考を巡らせる。ブリッグズの北壁とも名高い名に恥じぬ鉄壁の守りを活かし、ドラクマ相手に歯向かわせない抑止力を蓄えてきていた。しかし、今となって突然に動きを見せたのは形勢逆転を狙ったことか……はたまた、何か策略があるのか、怪しい事この上ない。
「……」
顎に当てていた手で唇をなぞり、およそ100メートルほど先に立ち止まる群れ。バッカニアへの指示を飛ばし、屋上へと牽制の砲台を並べた。この飛距離なら問題なく当てられる。ドラクマの合図を待たず打ち込む体勢を敷き、オリヴィエは屋上へと向かった。
屋上へと上がると、マイルズ少佐とバッカニア大尉、そして##NAME1##がいた。再び響く地鳴りに、驚いた様子でドラクマを見つめている。
「アームストロング少将!配置は完了しております」
「あぁ、ご苦労。……マイルズに遭難者よ、見えるか?」
「はっ。ドラクマの連中、何を考えているのでしょうか?何の前触れもなく動き出すとは……一体……」
「遭難者って……もういいや。ドラクマって、あの大国のドラクマ?まさかアメストリスに喧嘩売ってくる国があるとはねぇ……」
「呑気なものだな貴様は。その頭には綿菓子でも入っているのか?ドラクマとはアメストリス建国時より摩擦し続けいる関係だ。平和ボケしている国内の人間には、分からんだろうがな」
「……すみません」
マイルズが差し出した望遠鏡を借り、指揮官を探す。あちらの指揮官には帽子に赤い羽根飾りをしているのがトップの印。口髭を蓄えたパイプの男が今回のトップらしい。髭のせいか威厳はあるが、顔はやや若い。権力争いも絶えないドラクマの一手は、そろそろ世代交代も近いということか。
「……見ない顔だな、しかし…トップで以外にも見知らぬ顔がいるぞ。」
ブラウンのコートをつけたアゴヒゲの男。色白なせいか、あの国の者ではないと一目瞭然だ。
「あれは錬金術師ですね、名前は知りませんが……恐らくやり手かと」
「ふん。そうでもないと、我がブリッグズ要塞を揺らせるような砲台などあの国に作れる筈もないだろう」
「アームストロング少将、ちょっと借りてもいいですか?望遠鏡」
「……」
##NAME1##に渡してやると、ふむふむや、なるほどなぁーと独り言が絶えない。
「おい、何を見ている」
「あの砲台ですよ。なんか特徴的だなぁと思って。アームストロング少将も見たことあるんじゃないですか、……グラン准将とか、その辺」
「……貸せ」
グラン准将といえば、二つ名は「鉄血」。イシュヴァール戦では先駆けとなったやり手の錬金術師で、主に武器の形成などが得意とした軍隊格闘もこなせる事で名を馳せた軍人……。
##NAME1##から望遠鏡を取り、砲台へと焦点を合わせると確かにデザイン性に無駄はなく、精巧に作られている。他国の砲台を真似たような作りに近い。
「多分グラン准将と同じタイプですね、あれ。しかも大砲とかだと、操る人間は強くなくても技術があればいいわけだし…。あの錬金術師さん、手袋の上から指輪を幾つかしてるから、それがグラン准将の手甲みたいな役割をしてるんだと思いますよ。」
「ちっ、面倒なことをしおって……」
「アームストロング少将……どう」
バッカニア大尉が言い掛けた瞬間に、オリヴィエの視界には青白い錬成反応。そして並べられた幾つかの砲台は、硝煙を上げて爆撃の音を立てた。
「くるぞ!伏せろ!」
「うわっ!」
「っ!」
先程の勢いのまま、無数に降ってくる炸裂弾の音がブリッグズ要塞の上を舞う。##NAME1##は一人、空を見上げると、飛んできた弾を見送り弾道の雲を辿る。
「っ!あつい、っ!なんだ!?」
パラパラと細かく振る火の粉に、バッカニア大尉が慌てて頭を拭く。
「あー……辛子とか仕込んだシンの弾みたいな物ですかね……辛子ではなく空中の塵と反応して熱を生むものみたいですけど」
「おい!貴様、なんとか出来ないのか!」
「……ブリッグズのため、ですか?」
「なに?」
##NAME1##はオリヴィエを見据えると、 降り注ぐ火の粉を右手で払い、全てを粉雪に変えた。一瞬の出来事でオリヴィエは目を見張る。
「……私が手を貸すのは、軍ではなく、貴方の為かと尋ねているんです。大袈裟な国や国境などの為ではなく、……貴方の為かと聞いている」
「……」
銀色の瞳が冷たさを帯びて、オリヴィエを見つめていた。まるで雪のようでありよく研がれたナイフの先端を携えている目。人を殺したことがあるからこそ、出来る何も恐れることはない境地の目。……欲しいのはその、技術……だけなのか。
オリヴィエは一瞬の躊躇いの後、##NAME1##を睨み返す。今の私は軍人であり「個人の利益」ではなく「組織の利益」のために、この手を汚している。だがそれを、望むのは何も「組織のため」ではない。
「……お前の力が、必要だ、……『天理の錬金術師』である、##NAME1##。お前が」
「……」
##NAME1##は瞬きをする間にも、火の粉は粉雪へと変わり、はらはらと積もる間もなく消える。
「……やっと呼んでくれましたね、アームストロング少将」
睨みつけていた筈なのに、ユウトは緊張感の欠片もない顔を浮かべて、苦笑いを浮かべた。オリヴィエは小さく舌打ちをすると、銘刀を抜き、##NAME1##に突きつける。
「わっ!タンマ!タンマ!」
「やかましい!」
##NAME1##は慌てて両手をあげるが、オリヴィエは容赦なく剣を振りかざす。
「さっさとやらんか!成果次第では、大幅にお前の恩返しする日数をチャラにしてやる」
「!……やったぁ」
「……で、どうする気だ?」
「ブリッグズ特有のやり方で。でも最初は一応、大砲使いますけどいいですか?」
「構わん。完膚なきまでに、二度と歯向かえないように叩きのめせ!」
「……了解」
##NAME1##は両手を擦り合わせる。
そして、タクトを操る仕草で両手を振った。
×
-ドラクマ勢-
「鉄血の錬金術師の教えを引いたものが、協力してくれるとはなぁ……」
「試し打ちを好きなだけさせてくれる貴殿との意見が一致しただけですよ」
「好きなだけ殺してくれて構わんぞ。お主もその方がよいだろう?」
「サンプルは幾つあっても困りませんからねぇ……」
「……ボス!大変です!ブリッグズが突如撃ってきてっ!……!」
「なにいっ!こちらも応戦しろ!」
「……了解。」
数度の打ち返しの後、ドラクマからの砲撃にブリッグズは大きく揺れる音を立てるものの、崩れる事はなくほぼ無傷のまま、沈黙していた。
「ちいいい!ブリッグズ……!忌々しい!」
「お任せを。こちらにはもうひとつ、手がありますから……」
「おお、それはなんだ?」
「鉄血の真骨頂、降り注いだ先で炸裂する物です。飛翔距離があれば、歩兵などは先程のように一撃です。無駄死ににもなりません」
「……よし!いけ!」
派手な砲撃の音に混じり、ブリッグズへ向けて大きな砲台を運び込む。大きな穴をひとつ開ければ、それだけで大手柄になる。男はそう、考えていた。しかし全ては遅く、甘かった。
頭の上をよぎる厚い雲と、暗雲の行方をオリヴィエは見据えていた。山肌を流れる嵐の卵は天理の錬金術師である##NAME1##の分身であり、よい武器である事を知らずに。
「……なっ、なんだ?急に天候が……?」
「よくあるものだ。山の天気は変わりやすい、すぐに流れるだろう」
男は悠長に構えていたが、足元の雪が舞い上がりやがて音を立てて流れるのを感じる。
ブリッグズの方向へ……雪に引かれている……?
「……た、っ大変です!ボス!ボス!ブリッグズから、っ、なにか、がっ、……が、かかかっ!か、」
「どうし、っ……!」
駆け寄った歩兵の衣服はぼろぼろで、まるで切り裂かれたような傷口に、鉄血の錬金術師は血の気を引いた。
「まずい!退却!急げ!」
「これ、はっ!」
鉄血の錬金術師は砲台に触れると、指先から伝わる冷たさに驚いた。鉄を操る物だからこそ掴めた、徐々に覆う寒気が肌を襲うことは。
地を這う冷気の群れ……?
指先から凍っていく……!
周りを包み込む霧は、やがて空へと立ち上る。
それはすぐに嵐へと変わった。
「え、あああああああ!ああああ!」
「ぎゃあああ!」
「いったい、いたい!いたいい!なんだっ!なんだ急にっ!あ、あらし、っ?!」
「こ、れは、っ!まさ、かっ!まさかかああああ!あいつがあああ!」
「ああああ!」
「ぎぃ、いいい!ああ……!」
まるで針が全身を貫く痛みに肌を切り裂かれる。砲台だけではなく、周りの人間も全てを巻き込むような大きな大きな「寒波の塊」がドラクマを包んだ。どこまでいこうと逃げることは出来ない吹雪の中、絶対零度の嵐に悲鳴はすべて雪の上に散った。
##NAME1##が再度、右手を振ると嵐は舞い上がり、細かくなって本来の晴れ渡るブリッグズの青空がドラクマの血を艶やかに見せた。白の上に舞う鮮血の熱を褒める人間もおらず、讃える人間もいなかった。が、オリヴィエは密かに唇を歪めた。
「……な、っ!」
「一体、何をしたんだ……##NAME1##?!」
バッカニアとマイルズは、目の前に起こった全てを理解できずにいた。##NAME1##が右手を翳した瞬間、漂っていた暗雲からの竜巻と、巻き上がる雪のブリザードの音が響き、気がつくと全てが終わっていた。##NAME1##は答えることはせず、横に並んだオリヴィエを見つめた。
「いかがでしょうか、少将」
「……流石だな、天理の錬金術師よ」
「……その呼び方より、遭難者のほうがずっといいです」
「お前の力は見事だったと、褒めているのだぞ。こちらからの犠牲はなかったのだからな」
「バッカニア大尉やマイルズ少佐、開発ラインの皆さんを傷付けたくなかったですから。……勿論、アームストロング少将もね」
「ふん。」
##NAME1##は改めてマイルズとバッカニアを見つめると、最初のように無邪気に笑う努力を見せた。うまく笑えた顔をしていたが、段々と下手な笑みへと変わった。
「恐ろしいですよね、……兵器として使えば、私の力はこんなものなんです。」
「……##NAME1##」
こんな非力な女が、錬金術師か。
バッカニアは右手を握ると、数度指を動かし、##NAME1##の頭を掴む。
「バッカニア大尉……?」
「……お前のおかげで、俺たちは怪我をしていないし、お前の言う通りブリッグズの要塞は無傷で済んだんだ。その事に俺たちは感謝している。……使いたくない力を、使わせたのは俺たちだとしても、お前が守ったのは俺たちだけではない事を忘れるな」
「……!」
「そうだな。バッカニア大尉の言う通りだ」
マイルズもドラクマの方から目をそらし、オリヴィエを見つめた。オリヴィエはちらりと目配せをしただけに留め、コートを翻しドラクマを見つめていた。
「……っ、」
##NAME1##はゆっくりと、空を仰いだ。
「……有難う、……ございます」
「さて、飯でも食うか!」
「そうだな。##NAME1##、先にいくぞ」
「っ……はい……!」
マイルズとバッカニアが降りていき、##NAME1##は顔を下げると溢れていた涙を落とした。音もなく、声もあげずに、誰のためを思うこともなく、涙を流した。
「……##NAME1##」
「……あ、……アームストロング……少将……」
オリヴィエには背を向けていたのに、いつのまにか近くにいたオリヴィエに肩を叩かれて驚き、急いで涙を拭うと、ハンカチを手渡された。白い雪にも似ていて、赤い刺繍の施されたハンカチ。
「返すのはいつでもいい。貴様の好きなときにしろ」
「……すみ、ません」
「謝るのをやめろ。貴様は、……正しい選択をした。ただそれだけだ」
「……はい……、っ!」
ぎゅっと##NAME1##がハンカチを握り締めると、オリヴィエは何も言わず##NAME1##の身体を抱き寄せる。コートに伝わる温もりに、人としての体温と彼女なりの優しさが##NAME1##に染み渡っていった。
「………少将……?」
オリヴィエよりも頭ひとつ分ほど小さな身体に秘めた能力は、とてつもなく強大でその力を抱えた心は脆く儚い。その優しさがいつか身を滅ぼす事になる時がくる。……臆病者の言い訳でもあり、限界突破をした先の「壊れた##NAME1##」がオリヴィエには、遠くない未来に見えていた。
それは望まない未来だ。
「……お前は納得しないかもしれないが、私には守りたいものがある。それは私一人では成し遂げれる事が出来ない遥かに大きなものだ。それを支える幾つもの力が必要だ。時には脅かす存在を排除し、粛清する事も必要不可欠だ。」
「……だから、私が貴方には必要、なんですか」
「……そうだな」
力だけではなく、誰かの為を思って泣くことの出来る「優しさ」が私には欲しい。その代わりお前を守ると、決めよう。
「##NAME1##、お前の天理の力を私にも貸して欲しい。お前の言う「誰か」を守るための力を」
「……」
何度かの瞬きの後、##NAME1##は涙を溢すとオリヴィエの瞳を見つめ返す。見上げた空のように、澄んだ青を、……今度こそ、信じてみる気持ちにさせられる。回された腕に答えるために、##NAME1##はオリヴィエの腰へと手を回し、苦笑いで答えた。
「……条件を、つけて飲んでくださるなら」
「……なんだ?」
「私を一度、自由にしてください。その後のことも、……ゆっくり考えさせてください。」
「……分かった。」
オリヴィエが手を離すと、##NAME1##はハンカチで顔を拭いた。オリヴィエはそのまま踵を返し、屋上を降りた。
「……また、……ここに戻るために、か。はは」
##NAME1##は一度頭を振り、左手で右の鎖骨の下をなぞる。焼いた痛みは寒さに堪えてじりじりと、##NAME1##に痛みを与えた。刻み付けた青き錬成陣の刺青をぎゅっと押した。
「ノースウッドへ向かおう……話は、それからだ。」
end.
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